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東京高等裁判所 平成14年(ネ)5063号 判決 2003年2月13日

控訴人

株式会社マルヤ

代表者代表取締役

新井誠一

訴訟代理人弁護士

山田捷雄

斎藤友子

被控訴人

田中基義

訴訟代理人弁護士

鈴木信一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  控訴人と被控訴人との間の原判決別紙物件目録記載の建物(本件建物)についての駐車場付建物賃貸借契約の賃料が、平成一三年九月一日以降月額六〇〇万円であることを確認する。

2  被控訴人

控訴棄却

第2  事案の概要

1  本件は、控訴人が被控訴人に対し、被控訴人から賃借している原判決別紙物件目録記載の建物(本件建物)につき、平成七年七月に賃料額を六五六万七六〇〇円として締結された駐車場付建物賃貸借契約(本件賃貸借契約)の賃料が、平成一一年八月一日から平成一三年八月三一日までは月額五五六万七六〇〇円、平成一三年九月一日以降は月額五一八万一〇〇〇円に減額されたことの確認を求めるとともに、従前の賃料額の支払義務があることを前提に被控訴人のした未払賃料等(控訴人が賃料から差し引いた空調機の修理代を含む。)と保証金返還請求権の相殺(本件賃貸借契約では、控訴人が支払った保証金六億〇四四九万〇五二八円を平成七年七月一二日以降年三パーセントの利息を付して分割返済することになっていた)が無効であるとして、その分の保証金二六九五万六六七二円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

原判決は、控訴人の請求を棄却した。これに対し、控訴人が賃料減額確認請求の一部について不服を申し立てたものである(保証金返還請求については当審で訴えを取り下げた。)。

2  以上のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決事実及び理由欄第2ないし第4記載(一頁以下)のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

原判決は、本件賃貸借契約は、いわゆるバブル崩壊後に成立したとした。そのうえで、原判決は、原判決別紙物件目録記載の土地(本件土地)の周辺の土地の価格は下落していると認定しつつ、平成一一年度及び平成一三年度の地価下落率を根拠に、本件で、当事者の予測できない経済事情の変動があり、従前の賃料額が著しく不相当になったとまで認めることはできないと判断した。

しかし、本件賃貸借契約が締結されたのは平成七年七月一二日であるが、賃料についての合意がなされたのは平成三年五月一一日である。したがって、この時点からの地価下落率によって賃料額が不相当になったか否かを判断すべきであり、原判決は誤りである。

第3  当裁判所の判断

1  当裁判所も、控訴人の賃料減額請求は理由がないものと判断する。その理由は、次に記載するほか、原判決の事実及び理由欄第5の1記載(一一頁以下)と同一であるからこれを引用する。

(1)  本件賃貸借契約締結の経緯及びその内容等

原判決の事実及び理由欄第3の前提となる事実及び証拠(甲4、5、22、乙6、12の2、35)並びに弁論の全趣旨によれば、本件賃貸借契約締結の経緯及びその内容等は以下のとおりである。

ア 控訴人は、百貨小売業、飲食店、書店、公衆浴場等の経営等を目的とする株式会社である。控訴人は、平成三年五月一一日、田中武美為(武美為)と、駐車場付建物(店舗)の賃貸借を締結することを合意した(乙35)。これは、武美為所有の本件土地上に、武美為が控訴人の指定する仕様により建築する建物を建て控訴人が賃借し、その残りの土地は控訴人が駐車場として賃借すること、その建物部分の賃料は坪当たり五〇〇〇円とし、駐車場部分の賃料は、一台当たり四五〇〇円で駐車台数は一九〇台とするというものである。なお、当時、建築が予定されていた建物は、スーパーマーケットであった。

イ その後、控訴人の都合で、スーパーマーケットではなく、健康センター(公衆浴場)が建築されることになり、平成六年一一月一九日、賃貸借契約の予約契約(甲4)が締結された。その契約内容は、後記本件賃貸借契約と同旨である。その後、武美為は、平成七年六月二九日ころまでに、控訴人の指定する仕様にしたがい、本件建物を建築し、同年七月一二日ころ、本件建物及び本件駐車場を控訴人に引き渡した。本件建物の建築費は五億七九九九万〇五二八円(うち駐車場建設費は一億一三六七万二〇六一円)であって、その延床面積(付属の物置12.96平方メートルを含む。)は、3891.11平方メートル(約一一七九坪)であり、駐車場の収容台数は一五六台となった。

ウ 控訴人と武美為は、平成七年七月一二日、次の約定による駐車場付建物賃貸借契約(本件賃貸借契約)を締結した。

①使用目的 控訴人の経営する健康ランド(名称は「健康ランドファミリー峯店」)

②期間 平成七年七月一二日から平成二七年七月一一日までの二〇年間

③更新 期間満了の場合は、協議のうえ更新することができる。

④賃料 月額六五六万七六〇〇円(本件建物部分の賃料は五八六万五六〇〇円であり、駐車場部分は七〇万二〇〇〇円)

⑤支払方法 毎月末日限り翌月分前払い

⑥賃料改定 三年経過毎に五パーセントを基準に改定する。ただし、賃料が土地若しくは建物に対する公租公課、土地若しくは建物の価格、その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の賃料に比較して著しく不相当となったときは、賃料の改定について協議する(本件賃料改定条項)。

⑦諸費用の負担 武美為は、本件建物及び本件土地についての公租公課を負担する。控訴人は、本件建物、附帯設備及び本件駐車場の使用に関して生ずる水道・ガス・電気の使用料、町会費、衛生費、諸設備の保守費、その他の使用上の一切の費用を負担する。

⑧補修等 武美為は、本件建物の本体部分、外構、本件駐車場の補修に要する費用を負担する。上記部分が控訴人の責めに帰すべき事由により破損したときは、その補修費は控訴人の負担とする。控訴人は、本件建物のうち、そのほかの部分の補修に要する費用を負担する。

⑨敷金 三〇〇〇万円

⑩保証金 六億〇四四九万〇五二八円とし、平成七年七月一二日以降、年三パーセントの利息を付して分割弁済する。

エ 控訴人は、武美為に対し、平成八年二月五日までに敷金及び保証金全額を支払った。本件賃貸借契約締結後、控訴人と武美為は、保証金の返還につき、平成九年七月末日を第一回の弁済期として三一八四万一七二八円を支払い、平成一〇年から平成二七年まで毎年七月末日限り、三一八四万一六〇〇円ずつを、一年分の利息とともに支払う旨の合意をした。

オ 武美為は、平成九年一二月二六日に死亡し、被控訴人が本件土地及び本件建物の所有権と本件賃貸借契約上の賃貸人の地位を相続により承継した。

カ 控訴人は、被控訴人に対し、平成一一年七月一日ころ到達した書面で、本件賃貸借の賃料を、平成一一年八月一日以降、従前の月額六五六万七六〇〇円から月額五五六万七六〇〇円に減額する旨の意思表示をした。そして、控訴人は、被控訴人に対し、賃料減額の調停を申し立てた(川口簡易裁判所へ一一年(ユ)第四五号)が平成一二年七月一九日、不成立により終了した。

(2)  本件賃料改定条項の趣旨

ア 本件賃料改定条項は、賃料を三年経過毎に五パーセントを基準に改定するが、賃料が土地・建物の公租公課や価格、その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の賃料に比較して著しく不相当となったときは、賃料の改定について協議するというものである。このうち、前段の約定は、主として経済がいわゆる右肩上がりに拡大し、賃金物価が上昇していく可能性を念頭において定められたものと解される。現時の経済情勢においては、想定された可能性は実現しておらず、したがって当事者双方共前段の約定によるべきものとしていない。それ故、前段の約定は、特に考慮する必要はない。問題は、後段の約定の解釈である。

イ  上記(1)の事実によれば、本件賃貸借契約は、貸主がその費用の大部分を負担して、借主の指定する仕様による建物を建築し、その残りの土地を駐車場として貸すとの契約であり、借主の注文にしたがい、その都合に合わせて用意された物件を賃貸するものである(比喩的に「オーダーメイド賃貸」とも呼ばれるようである。)。このような賃貸借契約では、通常の建物の賃貸借契約と異なり、当該建物が汎用性を欠くため、貸主において、その物件を他の賃借人に賃貸することは極めて困難である。そうすると、その賃貸借契約が期間の途中で終了した場合、賃貸人が、建築費等の投下資本を回収することは決して容易ではない。その賃料が予定された契約期間の途中で頻繁にあるいは大幅に減額された場合も同じである。

ウ  このような事情があるから、本件賃貸借の賃料額及び本件賃料改定条項は、敷金や保証金の金額・返還方法の約定を含めて、賃借人が相当長期間にわたって本件建物を賃借して営業し、賃貸人が本件建物に投下した建築資金等を安定的に回収する必要性があることを前提に定められたものというべきである。そうすると、本件賃料改定条項の後段にいう「著しく不相当となったとき」とは、上記のような事情を考慮しても、なお、その約定賃料額を継続するのが当事者間の公平に反し、不相当といえるような経済事情の変動あるいは近隣との賃料格差が生じた場合をいうものと解するのが相当である。

エ  借地借家法三二条一項本文は、建物賃料が不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者が賃料の増減を請求できる旨を定めており、上記のように「著しく不相当となったとき」に限定していない。しかし、上記イのような本件賃貸借契約の特殊性、すなわち、貸主において汎用性を欠く建物を多額の費用で建築し、その投下資本を回収するリスクを負担していることを考慮すれば、それを通常の建物賃貸借の場合と同様に考えることはできない。借地借家法三二条も、結局は、貸主・借主双方の事情を踏まえた公平の原則に基づくものであるから、本件のような「オーダーメイド賃貸」の場合に、その賃料改定条項を上記のような経済的実体に即して解釈したからといって、それが同条の趣旨に反することになるものではない。

(3)  賃料減額請求の可否

ア 証拠(甲8の12、9の12)によれば、本件建物(物置、駐車場を含まず。)の平成一二年度及び平成一三年度の固定資産評価は、いずれも二億九五〇六万三四七四円である。これは、上記(1)の本件建物の建築価格に比べれば下がってはいるものの、建物の経年的減価を考慮すれば、それが著しく下落しているとまではいえない。また、上記証拠によれば、本件土地周辺の土地価格は下落しているものの、その程度は、本件賃貸借契約の成立時と比較して、平成一一年度は約一ないし二割、平成一三年度は約二ないし三割の下落である。なお、本件賃貸借契約は、土地すなわち駐車場用地の賃貸も含んでいるとはいえ、その賃料に占める割合は決して大きなものではない。

そうすると、このような土地建物価格の下落をもって、当事者が予測できないような内容あるいは程度の経済情勢の変動があったとか、その公租公課や価格が従前の賃料額が不相当になる程度に減額されたとはいえない。

イ 控訴人は、本件賃貸借契約が締結されたのは平成七年七月一二日であるが、賃料についての合意がなされたのは平成三年五月一一日であるから、この時点からの地価下落率によって賃料額が不相当になったか否かを判断すべきであると主張する。

しかし、本件賃貸借の賃料等の骨子が合意されたのは平成三年五月であるとはいえ、実際に賃料等の契約条件が最終的に確定し、契約が締結されたのは平成七年である。当時は、すでにいわゆるバブル経済も崩壊し、地価の下落傾向が続いていた時期である(公知の事実)。そのような時期に控訴人が、それ以前になされた賃料の合意につき、特に異議を述べないまま契約を締結した以上、それはその時点においても、それ以前に合意された賃料が相当なものであるとの判断があったとみられる。そうすると、現在になって、平成三年からの地価下落率を基準に賃料額の相当性を判断すべきであるとはいえず、上記控訴人の主張は理由がない。

ウ 次に、本件建物の近傍同種の建物の賃料について検討する。本件建物の坪当たりの賃料(付属の物置を含む。)は、四九七五円である(駐車場部分の賃料も加算した坪当たりの賃料は五五七九円)。

本件建物の近傍の床面積が一〇〇〇平方メートルを超える倉庫九つについての賃貸事例によれば、その賃料は、平成一三年当時、四〇〇〇円を上回るものが七、下回るものが二であり、大半は四〇〇〇円以上であって、四五〇〇円以上のものも二箇所あることが認められる(乙23号証)。本件建物は、種々の設備の施された健康ランドすなわち公衆浴場であり、倉庫に比べて賃料を安く設定すべき合理的理由はないから、本件建物が近傍類似の賃料と比較して著しく不相当になったと認めることはできない。

なお、控訴人は、本件建物と同種の公衆浴場である茨城県猿島郡総和町大字下辺見の「健康ランドファミリー総和店」の建物賃料と本件の賃料とを対比して、後者が不相当に高額であると主張する。しかし、両者の店舗の敷地の価格や立地条件、店舗の建築価格等が相似しているとの事情は認められないから、両者を単純に比較することはできず、同主張は失当である。

エ また、控訴人は、本件建物での営業状況が開業以来赤字が続き、平成九年度から黒字に転化したとはいえ、懸命な経営努力にもかかわらず、利益が極めて少ないなどと主張する。

しかし、そのような賃借人側の経営状況が直ちに賃料に反映されるとすれば、賃貸人の地位が著しく不安定になることは明らかであり、それが本件賃料改定条項にいう「その他の経済事情の変動」に含まれるとは解し難い。ことに、本件賃料改定条項は、長期的視点からみて賃貸人の投下資本の回収を安定的に図るという趣旨で決定されたものであり、この面からしても、上記のような控訴人側の収益事情が直ちに本件賃貸借の賃料減額事由に結びつくものではない。

オ 以上のとおり、本件賃貸借について、本件賃料改定条項に基づき、賃料を減額すべき事情は認められないから、控訴人の賃料減額請求は理由がない。

2  結論

したがって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・淺生重機、裁判官・及川憲夫、裁判官・原敏雄)

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