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東京高等裁判所 平成14年(ネ)518号 判決 2003年2月05日

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの訴えを却下する。

3  訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

主文と同旨

第2  事案の概要

1  本件の概要

本件は、被控訴人らが、控訴人に対し、コンピュータ等を売り渡し、控訴人との間で、同売買代金債務を目的とする準消費貸借契約をそれぞれ締結したと主張して、控訴人に対し、被控訴人東京三洋貿易株式会社は、貸金元金4383万7850円及び約定利息金2148万0546円(同元金に対する年7%の割合の7年間分)の合計6531万8396円並びに同元金に対する弁済期の翌日である平成7年(1995年)4月16日から支払済みまで年14.5%の割合による約定遅延損害金、被控訴人株式会社エムイーアイジャパンは、貸金元金11億5081万5424円及び約定利息金5億6389万9557円(同元金に対する年7%の割合の7年間分)の合計17億1471万4981円並びに同元金に対する弁済期の翌日である平成7年(1995年)4月16日から支払済みまで年14.5%の割合による約定遅延損害金の各支払を求めた事案である。

原判決は、控訴人が適式の呼出しをうけながら、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面も提出しないから、請求原因事実を争うことを明らかにしないものと認め、これを自白したものとみなして、被控訴人らの請求をいずれも認容した。

当審において、控訴人は、主権国家として他国の民事裁判権には服さないと主張し、本件訴えの却下を求めた。

当裁判所は、控訴人に対し、我が国の民事裁判権からの免除を認めるのが相当で、本件訴えは不適法であり、却下を免れないと判断した。

本件の事実関係は、当審における当事者の主張を次項に付加するほかは、原判決の事実及び理由の初行及び2行目(原判決2頁3行目及び4行目。引用部分を含む。)のとおりであるから、これを引用する。

2  当審における当事者の主張

(1)  控訴人の主張

ア 裁判権の免除について

国家は、互いに平等・独立・威信を有するという思想に基づき、その行為又は国有財産をめぐる争訟について、他国の裁判所の管轄に服することを免除され、不動産関係訴訟等特別の場合のほか、自ら進んで免除を放棄して応訴する場合を除き、その同意なく外国の裁判管轄権に従属するよう強制されない(主権免除)のが、国際法上の原則であり、大審院の昭和3年12月28日決定がこの立場に立つことを明らかにして以降、我が国における多くの下級審裁判例も主催免除の立場を採用している。

本件においては、日本国と控訴人との間には、控訴人が日本国の裁判権に服する場合があることを合意ないし宣明する条約や政府間の協定は存在しないし、控訴人から日本の裁判権に服する旨の個別の意思表示もない(控訴人は、原審において、答弁書及び準備書面を提出せず、口頭弁論にも出頭しておらず、売買契約の注文書(甲1の1、2)には日本の裁判所において紛争を解決する旨の国際裁判管轄条項が記載されているが、これにより国際裁判管轄の合意があるとしても、主権免除の放棄を意味するものではない。)。

制限免除主義により、私法的契約について主権免除を認めない解釈を前提としても、外国国家との間の私法的契約の成立とその契約に関して紛争が生じていることを主張するだけで、当該外国国家の主権免除が認められなくなるわけではなく、主権免除不適用の効果を発生させる原因事実である当該外国国家との間の私法的契約の成立が認定されることが必要である(最高裁第2小法廷平成13年6月8日判決、判例時報1756号55頁参照)。

本件においては、被控訴人らは、控訴人の代理人であるマイクロ・エレクトロニクス・インターナショナル社(以下「マイクロ社」という。)と売買契約及び準消費貸借契約を締結したと主張するが、控訴人がマイクロ社にこれらの契約書面等を作成するについて代理権を授権した事実はなく、被控訴人らの提出する被控訴人ら代表者の陳述書によっても、控訴人がマイクロ社に代理権を授権したとは認められず、控訴人は、日本国の民事裁判権から免除され、民事裁判権に服しない。

イ 国際裁判管轄について

原判決は、売買契約の注文書(甲1の1、2)により国際裁判管轄の合意がされ、それが準消費貸借契約(甲5の1、2)に基づく貸金請求訴訟にも及ぶことを前提として、本件について国際裁判管轄を認めたものと推測されるが、被控訴人らが、当事者間にかかる合意があることを主張するだけで管轄が認められるわけではなく、管轄原因事実として、マイクロ社が控訴人から代理権を与えられ、控訴人を代理して売買契約等を締結したことの立証が必要であるが、被控訴人らの提出する代表者の陳述書によっても、控訴人がマイクロ社に代理権を授権したと認めることはできず、日本の裁判所は、控訴人に対する国際裁判管轄を有するとはいえない。

(2)  被控訴人らの主張

主権免除とは、原則としていかなる国家も他国及びその国有財産に対して裁判権を行使することができないという国際慣習法上の原則であり、絶対主義国家観のもと、絶対免除主義が大勢であったが、国家の活動範囲が拡大し、国家自らが通商貿易活動を行うようになり、主権免除によって外国国家と取引関係に入る私人に不公平な結果をもたらすことになり、私人の権利を保護し、ひいては、国家と外国人との間の取引の安定を図るために、制限免除主義の考え方が出現し、1972年の国家免除に関する欧州条約、1976年のアメリカ国家免除法、1978年のイギリス国家免除法、1979年のシンガポール国家免除法、1981年の南アフリカ連邦国家免除法、パキスタン国家免除法、1982年のカナダ国家免除法、1985年のオーストラリア国家免除法等の制限免除主義を内容とする条約の締結又は立法がされるなど、制限免除主義は世界的趨勢となっている。我が国は、昭和3年12月28日の大審院決定以来、一貫して絶対免除主義をとっているといわれており、その後も、制限免除主義を宣明した裁判例はみあたらないが、傍論ではあるものの、制限免除主義に好意的理解を示す判決もされている(東京高裁平成10年12月25日判決、判例時報1665号64頁)。また、日本政府は、これまで国際会議の場で制限免除主義を支持する見解を表明している。

控訴人は、1981年に国家免除法を制定して制限免除主義を宣明しており、控訴人国内の私企業が他国に対して訴えを提起する時は制限免除主義に拠りながら、日本国の私企業の控訴人に対する訴えについて絶対免除主義を主張するのは公平を欠き許されない。

制限免除主義の下では、裁判権に書面により同意した場合又は法廷地国を義務履行地とする契約に関する訴訟の場合には主権免除は適用されないと解すべきである。

本件訴訟は、被控訴人らと控訴人との間で締結された売買契約の代金債務を目的とした準消費貸借契約に基づき、貸金等の支払を求めるものであり、明らかに私法的行為に属し、かつ義務履行地を日本とするものである。また、売買契約には、準拠法を日本法とし、日本国の裁判所を合意管轄とする旨の規定があり、準消費貸借契約にも準拠法を日本法とする旨の規定があるから、控訴人が書面により裁判権に同意していることは明らかである(準消費貸借契約の旧債務についてなされた管轄合意の効力は、準消費貸借契約の履行請求訴訟にも及ぶ。)。控訴人は、マイクロ社の代理権を否認するが、同社は単なる私企業ではなく、控訴人国防省の関連会社であり、売買契約及び準消費貸借契約について控訴人から代理権を授権されていたことも明らかである(甲4の1、2)。

また、控訴人は、制限免除主義がいかなるものであるかは熟知しているはずであるから、東京地方裁判所からの呼出しなど諸手続への対応は相手国のルールに従い真摯に行うべきであったのに、これを無視し、答弁書を提出せず、第1回口頭弁論期日に出席せず、在日本パキスタン国大使館の書記官から我が国外務省職員に対し、ファックスにより、この件に関係していることを示す証拠はなく、このことを東京地方裁判所に通知し、平成13年7月23日に代わる新期日を示して欲しいと依頼し、裁判手続を放棄する対応をした。

よって、本件訴訟について、控訴人には日本国の民事裁判権からの免除は適用されないし、日本国の裁判所に管轄があるというべきである。

第3  当裁判所の判断

1  一件記録及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  被控訴人らは、平成12年9月29日、控訴人を被告として前記「第2 事案の概要」1記載の内容の貸金等の支払を求める旨の本件の訴状を東京地方裁判所(原審裁判所)に提出し、同裁判所は、第1回口頭弁論期日として平成13年7月23日午後1時10分を指定した。同訴状及び口頭弁論期日の呼出状は、在パキスタン日本国大使館を経由して、同年4月25日、控訴人外務省に送達された。

控訴人の在日本国大使館員は、2001年(平成13年)7月16日付書面により、我が国の外務省アジア局南西アジア課職員に宛てて、概要、本件で主張されている事実関係について控訴人政府の関与の裏付けがないと本国政府から通知を受けたこと、このことを東京地方裁判所に連絡願いたいこと、同年7月23日の口頭弁論期日に関する控訴人の対応は後日本国の関係部局から在パキスタン日本国大使館を通じて相応の期間内にされること及び新たな口頭弁論期日の指定を希望する旨の内容の英文の書面を送付し、口頭弁論期日当日午前、当該外務省職員から原審裁判所に同書面がファックスにより転送された。

(2)  控訴人は、前記書面以外には、答弁書及び準備書面等の提出をも含め、何らの応答をせず、指定された第1回口頭弁論期日に出頭しなかった。

(3)  原審裁判所は、2001年(平成13年)7月23日、口頭弁論を終結し、同年8月27日、被控訴人らの請求を認容する判決(原判決)をし、同判決は、在パキスタン日本国大使館を経由して、同年10月18日、控訴人外務省に送達された。

(4)  控訴人政府代理人マイクロ社代表者A名義の被控訴人ら宛の注文書(甲1の1、2)には、控訴人政府が購入代金を支払わなかった場合、被控訴人らは日本国の法律に基づいて適宜な行為をしてよいとの準拠法に関する定め(第8項)のほか、この事に関して紛争が生じた場合には日本国の裁判所で裁判することに合意する旨の定め(第9項)がされている。

また、同じく控訴人政府代理人マイクロ社代表者A及び被控訴人ら名義の金銭消費貸借契約書(甲5)には、本契約に関して紛争が生じた場合は日本国の法律を適用する旨の定め(第5項)もされている。

(5)  控訴人の商務参事官Bは、2001年(平成13年)10月26日付け委任状によって、控訴人訴訟代理人弁護士らに本件控訴についての訴訟代理権を授権し、国防産業局セクレタリーであるCは、2002年(平成14年)7月6日付けの委任状において、前記商務参事官に対して、控訴人訴訟代理人弁護士らに訴訟代理権を授権する権限を授権した旨を確証した。

2  本件控訴の適法性(控訴人訴訟代理人弁護士らの訴訟代理権)について

控訴人の憲法90条、97条及び99条によれば、控訴人政府の行政権は大統領に帰属し、大統領は、控訴人国内外において直接又は部下の公務員を通じて行政権を執行し、すべての行政上の行為(all executive actions)は、大統領の名においてされるとものと規定されている。また、控訴人の民事訴訟法79条、80条によれば、控訴人政府に対して提起される訴訟においては、控訴人が当事者となり、控訴人政府の公務員の職務権限内でその者によってされたと主張されている行為に関して提起された訴訟においては、当該事項を所轄する局(部署)のセクレタリーが、控訴人を代表する権限を有すると解される。上記民事訴訟法の適用範囲は、控訴人国内と規定されているが、上記憲法の解釈によれば、大統領は、直接のみならず部下の公務員を通じても行政権を執行すると規定されており、上記民事訴訟法の適用を排除して解釈すべき特段の事情は見当たらないから、控訴人国外において控訴人が訴訟の当事者になる場合においても、控訴人の法律上、所轄の局のセクレタリーが、控訴人を代表する権限を授権されていると解するのが相当である。また、控訴人の憲法99条について、公務員が控訴人政府の職務を控訴人のために執行するに際し、その権限が大統領に由来する旨を常に表示することを要請しているとまで解釈することはできない(現に、被控訴人らが、控訴人政府を代理する者との間で締結したと主張する売買契約等を裏付ける書証として提出する文書においても、その者の権限が大統領に由来する旨明示されてはいない。)。

本件訴訟は、控訴人国防省の関連会社であるマイクロ社が控訴人政府を代理して、被控訴人らとの間で高性能コンピュータ2台及び付随品一式の売買契約及び同売買代金を目的とする準消費貸借契約を締結する権限を有していたと主張し、被控訴人らが控訴人に対して貸金等の請求をしている事案であり、上記主張によれば、上記売買契約等は控訴人国防省に属する国防産業局が所轄する事項であり、本件訴訟については、被控訴人らの主張する上記売買契約等を所轄する国防省国防産業局のセクレタリーが、法律上控訴人を代表する権限を有していると認められる。

本件においては、前記のとおり、控訴人訴訟代理人弁護士らは、控訴人を代表する権限を有する国防産業局セクレタリーであるCから授権を受けた商務参事官Bから、本件控訴の訴訟代理権を授権されており、本件控訴についての訴訟代理権を有すると認められる。

したがって、本件控訴は、控訴人の訴訟代理権を有する弁護士らによってなされた適法なものということができる。

3  民事裁判権の免除について

(1)  基本的理解

主権国家である外国国家は、不動産に関する訴訟等特別の理由が存する場合を除き、原則として我が国の民事裁判権に服することはない(主権免除特権)。

このような主権免除特権は、条約でこれを定めるか、特定の訴訟につき、予め若しくは訴訟の提起後、当該訴訟について外国国家が我が国の裁判権に服すべき旨を表示するなどの方法により、国家間の行為として明らかにされるか、又は、特定の訴訟につき、外国国家が自ら進んで我が国の民事裁判権に服する場合に限り、これを放棄したと解すべく、このような場合を離れ、外国国家と私人との間の契約等において我が国の民事裁判権に服する旨の合意がされたことにより直ちに外国国家をして我が国の民事裁判権に服させる効果を生ずることがないと解するのが相当である。(大審院昭和3年12月28日決定・民集7巻12号1128頁参照)

(2)  本件について

本件訴訟は外国の主権国家に対して金銭の給付を求める訴訟であることが被控訴人らの主張から明らかで、上記理解の下では、控訴人は、我が国の民事裁判権に服する旨を表示した等の事実がある場合を除き、我が国の裁判権に服することはない。

我が国と控訴人との間で、条約や政府間の協定等により控訴人が日本国の裁判権に服さないという主権免除特権の放棄を定めてはいないし、控訴人から日本国に対する主権免除特権を放棄する旨の包括的な意思表示がされた事実は認めることができない。

もっとも、記録によれば、控訴人が、1981年に国家免除法を制定して制限免除主義を宣明し、同法は、外国国家に対する控訴人の裁判所における手続からの免除を原則とし、商取引及び契約、雇用契約、財産の所有権等について裁判権免除の例外を認める内容のものであることもうかがわれるが、控訴人の国内法であり、これを制定した事実のみによって、控訴人が、日本国に対して主権免除特権を放棄する旨表示したと理解し、又は外国国家に対して主権免除特権を主張することが公平に反して許されなくなると解することはできない。

本件訴訟提起後の経過は、前記1のとおりであり、控訴人が訴状等の送達を受けた後我が国の外務省に前記の連絡をしたことをもって自ら進んで我が国の裁判管轄権に服する意向を示したということはできない(送付された書面の内容によっても、日本国の裁判手続に服することを表示していると認めることはできず、裁判手続自体に対する態度を留保しているとみるのが相当である。)し、控訴人が原判決の取消しを求めて控訴したことが日本国の裁判権に服する旨の表示をしたことに当たらないことも、多言を要しない。

さらに、前記1(3)のとおり、控訴人政府代理人マイクロ社代表者名義の注文書(甲1の1、2)には、紛争が生じた場合に日本国の裁判所で裁判することに同意する旨の定めがされているものの、マイクロ社代表者の代理権限(控訴人は、マイクロ社の代理権限を争っている。)についてはしばらく措いても、注文書による意思表示は、相手方である被控訴人らに対してされたもので、控訴人から日本国に対してされたものでないことも明らかである。

そうすると、控訴人が日本国の裁判権に服さないという主権免除特権の放棄について、日本国に対する個別的な表示をしたということもできない。

(3)  以上によれば、控訴人が我が国の民事裁判権に服することを前提とする被控訴人らの控訴人に対する本件訴えは、不適法である。

第4  結論

よって、本件訴えが適法であることを前提として被控訴人らの請求を認容した原判決は相当ではないからこれを取り消し、本件訴えを却下することとし、主文のとおり判決する。

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