東京高等裁判所 平成14年(ネ)5747号 判決 2005年1月26日
主文
1 原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の上記取消しに係る部分の請求を棄却する。
3 被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。
4 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴及び附帯控訴の趣旨
1 控訴人
(1) 原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人の予備的請求を棄却する。
2 被控訴人
(1) 原判決中、被控訴人の主位的請求及び予備的請求に関する部分を次のとおり変更する。
(2) 控訴人は、被控訴人に対し、金1億5937万3000円及びこれに対する平成10年9月25日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件事案の概要は、原判決を次のとおり改め、当審における当事者双方の主張として次の2及び3のとおり加えるほかは、原判決「事実及び理由」欄中の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決2頁23行目の「アイディーエス」を「アイ、ディ、エス」に、同頁24行目の「乙21」を「乙8、21」に、同頁25行目の「雑誌の」を「雑誌、」に、同頁26行目の「乙22の2」を「乙9」に、それぞれ改める。
(2) 同7頁20行目の「G」の次に「(以下「G」という。)」を加え、同9頁2行目の「B」を「B」と訂正する。
2 当審における控訴人の主張(被控訴人の予備的請求に対するもの)
(1) 被控訴人は、控訴人には契約締結上の信義則違反による損害賠償義務がある旨主張するが、上記の信義則違反とは、控訴人が本件基本契約ないし4社契約を締結しなかったことを内容とするものである。
しかしながら、平成10年9月18日付け内容証明郵便を送付することにより4社契約を最終的に拒否したのは被控訴人であり、控訴人が上記契約の締結を拒否したものではない。したがって、被控訴人の予備的請求についても棄却されるべきである。
(2)ア 原判決は、4社契約を締結するに当たって、控訴人には、信義則上、自動牌九機に対するCからの改良要求がないことを確認する義務があったものと判示するが、上記の確認義務の存否は原審口頭弁論において主張されていない事項であるから、それを認定することは弁論主義に違反する。
イ また、上記のCの意向については、被控訴人側においてCに予め確認することが可能な状況にあった。更に、Cが、4社契約を締結する当日(平成10年8月17日)に自動牌九機の改良を申し立てたのは、同年7月2日に米国に向け発送した同機の試作機に対する、米国カジノでのテスト結果に基づくものであり、被控訴人に対する伝達が殊更遅れたものでもない。まして、控訴人のD部長が、予めCから上記改良についての意見を聞き取り、被控訴人に伝えるだけの時間的余裕もなかった。更にまた、カジノでのテスト使用により、自動牌九機に対する改良の希望が出てくることは、被控訴人において十分に予測できたことである。
したがって、上記判示のように、控訴人において信義則に反する点は存在しない。
(3) 損害について
仮に本件において、控訴人に契約締結上の信義則違反により何らかの賠償義務があるとしても、その範囲については、本件基本契約ないし4社契約が成立していない以上、被控訴人の履行利益は問題にならず、信頼利益の喪失によるものに限られるというべきである。したがって、自動牌九機の代金や専用牌の代金から、本件における損害を算定することは誤りである。
(4) 過失相殺について
仮に本件において控訴人に何らかの損害賠償義務があるとしても、被控訴人においては、本件金型の転用、本件商品の販路の開拓等により、被控訴人の損害の発生及び拡大を防ぐべき余地があった。
したがって、被控訴人の損害については、相応の過失相殺がなされるべきである。
3 当審における被控訴人の主張
(1) 主位的請求について
ア 平成10年1月21日における本件個別発注契約の成立について
(ア) 本件個別発注契約は、本件発注書(甲第4号証、乙第15号証)に基づくものであるが、本件発注書は、被控訴人から一方的に発出されたものではなく、それまでに控訴人と被控訴人との間において、書面のやり取り、案文の提示、担当役員の了解等を含む詳細な協議を行い、双方合意に達した上で授受されたものであり、決して契約の準備段階において交わされた文書に止まるものではない。
(イ) 確かに、本件発注書には具体的な納期等の記載がないが、そのことから直ちに、本件発注書が単なる準備的な書面であるとはいえず、また、同書面中には、納品に関し「搬入指示書に従う」と明示されているから、具体的な納期の定めがないともいえない。
自動牌九機の単価については、その後合意により変更されているが、そのことも、本件発注書が準備的な書面であることを裏付けるものではない。
控訴人、被控訴人間の具体的な取引形態についても、本件発注書が出された時点において確定していなかったものではなく、被控訴人に対する発注者は控訴人であることが既に決まっていた。
更に、本件発注書には、「正式な売買契約書は後日作成する」との記載もあるが、これは、その後の追加発注分も含めて、纏めて書面化し、基本契約書を作成するために記載されたものである。
なお、本件発注書が正式なものであることを前提に、同日付けをもって、控訴人とAとの間においても覚書が作成されている。
(ウ) 以上のように、本件発注書における合意は、将来の追加的発注を前提とした自動牌九機100台と専用牌についての個別発注契約であることが明らかである。
イ 平成10年7月1日における本件基本契約の成立について
本件基本契約は、本件個別発注契約を発展的に拡大させたものである。
控訴人、被控訴人ら4社により平成10年7月1日に作成された本件条件合意書(甲第7号証)には、契約内容について詳細な記載がないが、自動牌九機と専用牌の価格、支払方法、納期等、売買契約において最も重要とされる点が記載されており、本件基本契約の締結を証するものである。しかも、上記以外の契約内容についても、控訴人、被控訴人間において、本件発注書に準拠するほか、必要事項が口頭で合意されたのであるから、基本契約として十分なものである。
その上で、本件基本契約については、控訴人の債務不履行を理由に解除されたものであるから、控訴人は被控訴人に対し、上記不履行により被控訴人が被った損害を賠償すべき責任がある。
(2) 予備的請求について
ア 控訴人、被控訴人間の契約交渉は、平成10年8月18日の時点で最終的な決裂に至ったものではなく、その後に決裂したものであるが、その原因は、後記イのとおり、控訴人が何ら正当な理由なく基本契約の締結を拒否したことにある。これは、契約締結過程における控訴人の著しい信義則違反であることが明らかである。
イ すなわち、控訴人と被控訴人は、本件個別発注契約を発展させた平成10年7月1日の合意を受け、それまでに成立した合意内容を書面化するための検討を行い、その内容についてもほぼ合意に達し、後は調印するだけの状態となった。ところが、控訴人の要請により、控訴人、被控訴人にBを加えた3社による契約案、更にはこれにAを加えた4社による契約案が作成されるに至り、4社契約案についても最終的に合意に達した。ところが、4社契約が現実に締結される予定であった平成10年8月17日、突如Cから、自動牌九機に対する新たな改造要求が出され、控訴人担当者であったD部長も、これに同調して契約の締結を拒否するに至ったため、契約は締結されるに至らなかったものである。
しかしながら、控訴人、被控訴人間においては、その後も契約締結のための交渉が続けられ、同年9月2日には、31台目以降の自動牌九機の改造についても一定の合意が成立した。
それにもかかわらず、控訴人のD部長は、被控訴人により平成10年7月に納入された合計30台の自動牌九機及び専用牌(以下「7月分商品」という。)の代金を支払うに当たって、Gという実体不明な会社を突如登場させ、控訴人を契約の当事者から逃れさせようとしたものであり、このことは、自ら合意していた4社契約を拒否する行為であり、著しく信義に反する行為である。しかも、控訴人は、Gをして、被控訴人に対し、「Gが取引の当事者となったことを銘記する。」旨の記載のある覚書に調印しないと7月分商品の残代金を支払わない旨通知させ、控訴人のこれまでの契約交渉への関与を一切消し去ろうとする、いわば証拠隠滅工作を行ったものである。
控訴人のこのような行為は許されるものではなく、この点においても、控訴人は著しく信義に反するものである。
そのため、被控訴人は、平成10年9月18日付け内容証明郵便をもって、控訴人に対し基本契約の速やかな履行を求めたが、その履行がなかったため、上記基本契約を解除したものであり、これにより、基本契約、更には4社契約は最終的に決裂するに至ったものである。
ウ 以上の経過からみるならば、控訴人は、被控訴人との契約締結過程における信義則に反するものとして、被控訴人に対し、当然に損害賠償義務を負担すべきである。
(3) 被控訴人の損害について
ア 契約締結過程での信義則に反する行為によって損害が生じた場合、賠償されるべき損害の範囲は、信頼利益、履行利益といった概念に拘泥することなく、要は、それぞれの事案毎に、契約交渉段階や信義則違反の程度等の諸事情を考慮して、信義則に反する行為により相手方が被ったと認められる損害(相当因果関係のある損害)をすべて対象とすべきである。
本件においては、平成10年8月17日の時点で、控訴人が本件案文に従った基本契約の締結を拒否することは、既に信義則上許されない状況にあったというべきである。すなわち、同日の時点においては、契約内容の具体的事項が定められた段階にまで至っていたのであるから、控訴人には、被控訴人の契約成立に対する期待を侵害しないよう、誠実に契約の成立に務めるべき信義則上の義務が課せられ、これに違反して契約の締結を不可能ならしめた場合には、特段の事情がない限り、その行為は違法となるものと解される。
したがって、控訴人の契約締結拒否による被控訴人の損害については、原判決の判示するとおり、基本契約が締結された場合に準じ、基本契約から生ずるべき拘束力の範囲内に含まれるものすべてについて、その賠償を認めることが条理に適うというべきである。
イ 他方、被控訴人が、本件における一連の取引交渉過程において、契約が有効に成立するものと信頼して支出した費用についても主張するならば、次のとおりである。
(ア) 自動牌九機の開発費用
a 開発機構部品購入代金 110万9484円
自動牌九機本体の開発に当たって、外部から購入した部品代金の合計額である。
b 開発電気部品購入代金 60万4523円
自動牌九機本体の開発に当たって、外部から購入した電気部品代金の合計額である。
c 自動牌九機の金型費用 15万2880円
自動牌九機を製造するための金型製作費用の合計額である。
d 基板開発費用 263万6597円
自動牌九機の基板開発に要した費用の合計額である。
e 自動牌九機の開発及び改良に係る人件費 3600万円
被控訴人は、自動牌九機の試作機開発のための9か月間及びその後の改良のための3か月間、自動牌九機を完成させるために、常時、機械技術者2名、電気技術者1名の合計3名を配し、社内における設計、部品製造、加工、検査等を行わせた。この間において被控訴人が同技術者らに対し支払った給与及び賞与額は、合計1906万7743円である。
しかしながら、企業における人件費は、雇用した人員の給与分だけを意味するものではなく、売上ベースに基づいて支払給与額の数倍として計算するのが相当である。そうすると、本件においては、少なく見積もっても、従業員一人当たり1か月100万円の割合による売上ベースの人件費を要したものというべきである。
したがって、上記の間における人件費は合計3600万円となる。
f 渡米出張費 67万7013円
被控訴人従業員Hが、自動牌九機の修理のため、平成10年2月から3月にかけて渡米した際の費用の合計額である。
(イ) 専用牌の製作費用
a 専用牌の金型費用 4460万5050円
専用牌の金型代金の合計額(本体代金4248万1000円、消費税212万4050円)である。
b 専用牌の金型開発費 582万5000円
金型を製作したミツミ電機株式会社(以下「ミツミ電機」という。)が社内的に支出した開発代金である。
c 製品製作・設備費用 159万円
ミツミ電機が金型を製作するに当たり、専用牌の出来上がりのチェックや機械設備に要した費用である。(b、cについては、被控訴人とミツミ電機との間において、専用牌が同社から被控訴人に継続的に供給されることにより生じる利益をもって上記各費用を償還することが合意されていたが、専用牌の供給がなくなったため、同社の損害として被控訴人が支払うことを余儀なくされたものである。)
d 平成10年8月分として納入が予定されていた専用牌1万2600組の代金相当額 127万0800円
1組の仕入単価が960円であったため、それにより計算した金額である。
e ミツミ電機における仕掛かり中の在庫品(3110組)の代金相当額 313万4880円
f ミツミ電機が保有する専用牌の原料在庫分 92万円
(ウ) 自動牌九機の在庫分の損失
a 平成10年8月に納品が予定されていた自動牌九機の在庫 900万円
約定に従い1台30万円として計算したもの。なお、実際の原価は30万円を上回る。
b 製品化されていない自動牌九機の在庫部品の原価
(a) 機構部品の購入済み在庫 837万9316円
(b) 社内製作済みの部品在庫 123万7714円
(c) 電気部品の購入済み在庫 325万2740円
いずれも今後製品に使用する予定で、購入又は製造した自動牌九機の部品の原価である。なお、いずれも被控訴人の帳簿上の評価額による。
(エ) 平成10年7月納品分(7月分商品)の残代金相当額 549万8000円
(以上合計1億3732万3997円)
第3 当裁判所の判断
1 本件における事実経過及び争点(1)(主位的請求)についての当裁判所の認定は、原判決を次のとおり改め、当審における被控訴人の主張(1)に対する判断として次の(2)のとおり加えるほかは、原判決「事実及び理由」欄中の「第3 争点に対する判断」1及び2に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1)ア 原判決14頁1行目の「J」を「J」に、同16頁15行目から同16行目にかけての「専務取締役であるF(以下「F専務」という。)」を「D部長」にそれぞれ改め、同頁19行目の「件」(2か所)をいずれも「軒」と訂正する。
イ 同18頁22行目の「F専務」を「専務取締役であるF(以下「F専務」という。)」に改め、同19頁14行目ないし同16行目を削り、同頁17行目の「40、」の次に「乙17、22の1、」を加え、同頁22行目の「本プロジェクトの」を「C氏に権利がなくとも本プロジェクトの」に改める。
ウ 同20頁26行目の「好評を博した。」を「好評を博した(なお、この2台の代金については、被控訴人は控訴人からBを通じて支払を受けた。)。」に、同21頁14行目の「45の1」を「41の1ないし41の83、42の1ないし13、43の1ないし15、45の1、46」にそれぞれ改める。
エ 同22頁1行目の「同年6月16日」を「同年6月4日」に改め、同頁20行目の「甲5、6、」の次に「14の1ないし7、」を、同行の「22の2、」の次に「41、」を、同23頁8行目の「3600組」の次に「(以下、同月2日に引き渡した量産機3台と合わせて「7月分商品」という。)」を、同頁13行目の「甲7、」の次に「9の1ないし4、14の7、」をそれぞれ加え、同行の「46、」を削り、同24頁1行目の「68、」を削る。
オ 同26頁12行目の「これに異議を唱えず、Cの意向に沿う態度を示した。」を「Cの意向がそうであればそれに沿って検討を加えることもやむを得ないとの態度を示した。」に、同頁15行目の「交渉を打ち切り」を「、D部長らの執り成しにもかかわらず」に、同頁25行目の「継続を要請した。」を「継続を要請し、D部長も、交渉の継続には異存がなく、Cをなだめる必要があることなどを述べた。」に、それぞれ改める。
カ 同27頁14行目の「本件商品の保証等の」から同16行目の「納得せず」までを「「甲(被控訴人)は、乙(G)が日本出版株式会社の業務を代行する形で取引の当事者となったことを銘記する。」、「甲は自己の商品の品質、性能、を保証し、万一米国の買い手からクレームを受けた場合は、乙に一切の損害を及ぼさないよう責任を持って対処する。」等の文言が記載された「覚書」を送付し、「覚書」に被控訴人の署名を得るのに合わせて7月分商品代金の残額を支払う旨連絡したが、被控訴人は、7月分商品の売買がGとの取引となることに納得せず」に、同頁18行目の「支払を求める内容証明郵便を送付した」を「支払を求めるとともに、未払の場合には本件発注書に記載された100台のうち未製造の40台分の売買契約及び基本契約を解除する旨を記載した内容証明郵便を送付した」に、同頁20行目の「17、36、54、62、63、乙6の1から5」を「15の1、17、36、38、40、54、62、63、乙6の1から5、17、22の2」に、それぞれ改める。
キ 同29頁13行目から同14行目にかけての「基本契約の締結が強く期待される状況における行動として十分理解可能というべきある」を「基本契約の締結を期待したことによるものと解される」に、同頁23行目の「もっとも、」から同25行目の「原告の直接の販売先として」までを、「もっとも、上記のとおり4社において合意がなされた上、前記1(10)で認定したとおり、その合意に基づいて3社契約ないし4社契約を締結することが予定され、しかもその際、被控訴人の直接の販売先として」に、それぞれ改める。
ク 同30頁5行目から同頁17行目までを、次のとおり改める。
「エ なお、その後、同年7月中に、被控訴人から控訴人ないしCに対し出荷された7月分商品については、代金が合意され、完成品として現に引渡しがなされたものである以上、被控訴人、控訴人間に個別の売買契約が成立したものと認めることが可能であるが、本件基本契約の締結とは別個のものというべきである。また、被控訴人は、前記1(9)のとおり、7月分商品の上記売買契約に基づく残代金549万8000円の支払を受けていないが、被控訴人は、本訴においてその残代金自体の支払を求めているものではなく(なお、残代金の支払義務者はGであると認める余地がある。)、同年9月18日付け内容証明郵便をもって控訴人、被控訴人間の契約をすべて解除したとする趣旨を主張するところであるから、上記の残代金債権自体については検討を要しないものというべきである。」
(2) 当審における被控訴人の主張(1)について
被控訴人は、本件個別発注契約及び本件基本契約について、いずれも成立したものと主張するが、前記引用に係る原判決掲記の各証拠によると、上記については原判決認定の各事実が認められるところであり、それらに照らすならば、上記各契約について成立を認定するまでに至らないものというべきである。
したがって、被控訴人の上記主張は採用できない。
2 争点(2)(契約締結上の信義則違反の有無)について判断する。
(1) 前記引用に係る原判決認定によると、控訴人、被控訴人ら間における平成10年8月17日及び18日の協議(以下「4社協議」という。)で4社契約が成立するまでに至らなかったのは、Cが、完成した自動牌九機について、新たな改造要求を持ち出したためであることが明らかであり、また、控訴人、被控訴人、Cらの間において従前行われてきた契約交渉の推移及び上記改造要求の内容にかんがみるならば、上記要求は時機を逸したものであり、当日、Cにおいて契約の締結に応じないことが許されるだけの正当な理由があったものとは認め難い。したがって、被控訴人側が上記のCの改造要求に反発したのも無理からぬ面があり、同日に4社契約が締結されなかったことについてはCに責めがあるものといわざるを得ない。
他方、控訴人に関しては、Cが本件商品を買い受けることを承諾しなければ、控訴人単独で被控訴人との間に本件商品の売買契約を成立させる訳にはいかない立場にあり、また、D部長においては、4社契約の案文(本件案文)を確定する段階でCの意思を確認しているはずであるから、それ以上に同人の意向を直前に確認する義務があったものとも解し難く、更に、上記確認がなされることにより当日の4社契約が締結されるに至ったはずであるとも認め難いところである。
したがって、当日、控訴人が、単独で被控訴人との基本契約を締結するまでに至らなかったとしても、契約交渉の当事者として信義則に反するとまでは認めることができないといわざるを得ない。
また、4社契約においては、Cも、控訴人とは別に契約当事者としての地位を有し、契約締結交渉に臨んでいた以上、Cの行為を控訴人の行為と同一視することも妥当とはいえず、控訴人が当然にCと同一の責任を負うべきであるとすることはできない。
(2) 更に、前記引用に係る原判決認定の事実によると、控訴人、被控訴人間の契約交渉は、4社協議後もなお継続し、双方とも改めて4社契約の締結に向けて努力する意向を示していたことが認められる。ところが、その後、その関係が解消されるに至ったものであるが、その原因は、被控訴人が控訴人に対し、平成10年9月18日付け内容証明郵便により「契約解除」を通告し、契約交渉を打ち切る意思を明示したことによるものであったことが明らかである。
そして、甲第36、第38、第40号証によると、その理由は、被控訴人が、Gから「覚書」案の送付を受けたことにより、7月分商品の買い主がGとされることに不満を持ち、控訴人が4社契約ないし基本契約を締結する意思がないものと考えたことによるものであったことが認められる。しかしながら、前記引用に係る原判決認定によると、上記覚書による措置は、7月分商品に限ってGを直接の買い主として扱うものであるにすぎない上、被控訴人は、既に、その方法によりGから上記商品代金のうち1000万円の支払を受けていたことをも考慮すると、D部長、Gらによる上記措置が、特に信義に反するものであったとも認め難く、控訴人の契約締結意思の欠如を示すものであったとも解されない。したがって、被控訴人による上記の「契約解除」通知の発出が、控訴人側の行為によりそのような対応を余儀なくされた結果であるものとも認められない。
そうしてみると、控訴人、被控訴人間においては、なお契約交渉が続けられるべきところを、交渉を打ち切り、契約締結の可能性を消滅させたのは被控訴人側であったものといわざるを得ず、被控訴人が控訴人に対し、契約の締結の拒否を理由に損害賠償を請求することはできないものといわざるを得ない。
(3) したがって、被控訴人の予備的請求についても、その余の点を判断するまでもなく、理由がないというべきである。
第4 結論
以上によると、被控訴人の控訴人に対する本件請求を一部認容した原判決は失当であり、控訴人の本件控訴は理由があるから、原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消して、被控訴人の請求を棄却するとともに、被控訴人の附帯控訴は理由がないから棄却することとする。
よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法67条2項、61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 根本眞 裁判官 持本健司 片野悟好)