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東京高等裁判所 平成14年(行ケ)349号 判決 2004年9月08日

原告

共立電器産業株式会社

訴訟代理人弁理士

児玉喜博

長谷部善太郎

岩出昌利

被告

特許庁長官 小川洋

指定代理人

沼澤幸雄

野田直人

涌井幸一

高橋泰史

井出英一郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判

「特許庁が異議2000-73383事件について平成14年5月21日にした決定を取り消す。」との判決。

第2事案の概要

本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。

本件は,後記本件訂正発明の特許権者である原告が,特許異議の申立てを受けた特許庁により本件特許を取り消す旨の決定がされたため,同決定の取消しを求めた事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  本件特許

特許権者:共立電器産業株式会社(原告)

発明の名称:「オゾン発生器」

特許出願日:平成3年3月13日(出願日の遡及適用による出願日)

設定登録日:平成11年12月24日

特許番号:第3017146号

(2)  本件手続

特許異議事件番号:異議2000-73383号

訂正請求日:平成13年1月23日,同年8月30日(甲12,13。以下,「本件訂正」といい,本件訂正後の請求項1に係る発明を「本件訂正発明」という。)

異議の決定日:平成14年5月21日

決定の結論:「訂正を認める。特許第3017146号の訂正後の請求項1に係る特許を取り消す。」

決定謄本送達日:平成14年6月17日(原告に対して)

2  本件訂正発明の要旨(下線部が本件訂正により本件訂正前の請求項1に付加された。)

【請求項1】開口部を有する正の筒状電極とその開口部の外側に隣接した略中心軸上に先端が設けられた負の針状電極とから形成される,マイナスイオン,または,マイナスイオン及びオゾンを発生し,送風するオゾン発生器において,上記開口部の軸線に対し直交する方向に着脱自在に取り付けられることを特徴とする筒状電極のみのカートリッジ。

3  決定の要点

決定は,本件訂正を認めた上で,以下の理由から,本件訂正発明は,下記(1)①ないし⑤に記載された各発明に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであると認定し,結論として,本件特許は,特許法29条2項に違反してなされたものであるから,取り消されるべきものであるとした。

(1)  引用刊行物等

① 実願昭61-196857号(実開昭63-103729号)のマイクロフィルム(甲4)

② 実願昭47-13530号(実開昭48-89686号)のマイクロフィルム(甲5)

③ 実願昭58-108139号(実開昭60-17260号)のマイクロフィルム(甲6)

④ 特開昭62-57662号公報(甲7)

⑤ 実願平1-11633号(実開平2-102429号)のマイクロフィルム

(甲8)

(以下,決定の用例と同様に,上記①の刊行物を「引用例1」,引用例1の発明を「引用発明1」といい,その余の刊行物もこれにならって略称する。)

(2)  引用発明1の要旨

引用例1には,以下の発明が記載されているといえる。

「開口部を有する正の筒状電極とその開口部の外側に一方向に片寄って配設され略中心軸上に先端が設けられた負の針状電極とから形成される,マイナスイオン,または,マイナスイオン及びオゾンを発生し,送風する脱臭器」

(3)  一致点

本件訂正発明と引用発明1は,以下の点で一致しているといえる。

「開口部を有する正の筒状電極とその開口部の外側に配設され略中心軸上に先端が設けられた負の針状電極とから形成される,マイナスイオン,または,マイナスイオン及びオゾンを発生し,送風するオゾン発生器」

(4)  相違点

本件訂正発明と引用発明1は,以下の点で相違しているといえる。

「(イ) 本件訂正発明では,針状電極が筒状電極の開口部の外側に隣接して設けられているのに対し,引用発明1では,筒状電極の開口部の外側に一方向に片寄って配設されている点。

(ロ) 本件訂正発明では,筒状電極の開口部の軸線に対し直交する方向に着脱自在に取り付けられる筒状電極のみのカートリッジを具備しているのに対し,引用発明1では,このようなカートリッジを具備していない点。」

(5)  相違点についての認定

(相違点(イ)について)

「まず,本件訂正発明の上記相違点(イ)の針状電極が筒状電極の開口部の外側に「隣接して」設けられている点の技術的な意味…は,マイナスイオン及びオゾンを含む風の発生とその風速の確保にあるといえる。

一方,引用発明1の上記相違点(イ)の「一方向に片寄って配設」の技術的な意味…も,マイナスイオン及びオゾンを含む風の発生とその風速の確保であることは明らかであるから,両者は,針状電極と筒状電極の開口部との配置によってマイナスイオン及びオゾンを含む風の発生とその風速を確保するという観点では実質的な差異はないといえる。

そうすると,上記相違点(イ)は,両者の針状電極と筒状電極の開口部との配置関係に実質的な相違があるか否かに尽きるといえるから,この観点で本件訂正発明の「隣接して」と引用発明1の「一方向に片寄って配設」との意味について,以下に検討する。

先ず…本件訂正発明の「隣接して」とは,その針状電極と筒状電極の開口部との配置の観点からみれば,「隣あってつづいて」設けられている状態,具体的には,本件特許明細書や図面の記載からみて,針状電極と筒状電極の開口部とが「一定の間隔(間隔が零の互いに接している状態を含む)をもって配置されている状態」を意味すると解するのが相当であるといえる。

一方…引用発明1の「一方向に片寄って配設」については,針状電極と筒状電極の開口部との配置関係から,(i)両者が一定の間隔をもって配置,(ii)両者が接して配置,という態様のほかに(iii)針状電極が筒状電極の開口部の内部に入り込んで配置という態様をも含むと解釈する余地があるといわざるを得ない…。

…針状電極と筒状電極とでイオン風を発生させる「イオン風発生器」において,例えば引用例2の第4図にイオン風の風速と針状電極と筒状電極の開口部との距離Sとの関係が図示されているとおり,針状電極と筒状電極の開口部との上記(i)ないし(iii)の態様はいずれも周知の事項である。また,本件訂正発明と引用発明1…の針状電極の上記配置態様の相違は,針状電極と筒状電極との周知の配置態様の中から設計的にどの配置の態様を選択すればよいかというだけのことであるから,…引用例2の周知事項を参考にすれば当業者が容易に想到することができたというべきである。」

(相違点(ロ)について)

「本件訂正発明の上記相違点(ロ)は,汚れやすく消耗する等交換を必要とする筒状電極を収納する着脱自在な容器5(これを「カートリッジ」と称している)を具備するというものであるが,汚れやすく消耗する部品を交換自在に設けることは,一般の家電製品によく見られる慣用手段であるが,電極を用いる空気清浄器の分野でも例えば引用例3ないし引用例4にみられるとおり周知・慣用手段である。特に,引用例4の第1図には,電極を容器に収納してユニット化(イオン化ユニット1と集塵ユニット2と)し,これらユニットを空気の流れと直交する方向に着脱自在に設けた「空気清浄器」が図示され,そして,これらユニットは,電極を容器に収納したカートリッジに相当するものであり,その着脱方向も「開口部の軸線に対し直交する方向」であることが明らかである。

してみると,空気の清浄技術の分野においても,消耗電極を着脱自在なカートリッジに収納して設けることや,その着脱方向を開口部の軸線に対し直交する方向とすることも周知事項であるといえるから,上記相違点(ロ)は,これら周知事項を参考にすれば当業者が容易に設計することができたことというべきである。」

(6)  結論

「したがって,本件訂正発明は,引用例1に記載の発明と引用例2ないし引用例5に記載の周知・慣用手段を参考にすれば当業者が容易に発明をすることができたものといえるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。」

第3原告の主張(決定取消事由)の要点

決定は,引用発明1の認定を誤り(取消事由1),この誤った認定に基づいて本件訂正発明と対比した結果,一致点と相違点(イ)の認定を誤り(取消事由2),さらに相違点の判断を誤り(取消事由3),本件訂正発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由4)結果,誤って,本件訂正発明は進歩性を欠くと判断したものである。

1  取消事由1(引用発明1の認定の誤り)

決定は,引用発明1の負のコロナ発生電極(針状電極に相当。以下,引用例1を引用する場合以外は,「針状電極」との用語を用いる。)が,正の対向電極(筒状電極に相当。同様に,以下,「筒状電極」との用語を用いる。)の「開口部の外側」に一方向に片寄って配設されていると認定したが,誤りである。引用例1には,「コロナ発生電極1のコロナ発生部は,対向電極2に対し一方向に片寄って配置されている」(1頁実用新案登録請求の範囲の項)と記載されているにすぎず,コロナ発生部が対向電極の開口部の外側に配置されているとは明記されていない。引用例1の第1図によれば,コロナ発生部である針状電極の先端が筒状電極の開口部より内側に入っていることは明らかである。

2  取消事由2(一致点及び相違点(イ)の認定の誤り)

(1)  一致点の認定の誤り

上記のとおり,引用発明1では,負の針状電極は,正の筒状電極の開口部の外側に位置しているとはいえない。したがって,決定が,両発明は,負の針状電極が正の筒状電極の開口部の外側に配設されている点で一致すると認定したことは誤りである。

(2)  相違点(イ)の認定の誤り

上記のとおり,引用発明1では,負の針状電極は,正の筒状電極の開口部の外側に位置しているとはいえないのであるから,決定が,相違点(イ)において,引用発明1では針状電極が筒状電極の開口部の外側に一方向に片寄って配設されていると認定したことは誤りである。

3  取消事由3(相違点の判断の誤り)

(1)  相違点(イ)について

ア 決定は,針状電極と筒状電極の開口部との配置関係について,(i)両者が一定の間隔をもって配置,(ii)両者が接して配置,(iii)針状電極が筒状電極の開口部の内部に入り込んで配置,の3態様に整理し,引用発明1は,本件訂正発明と上記(i)及び(ii)の点で一致するが,上記(iii)の態様を含む点で相違すると説示している。

しかしながら,本件訂正発明の明細書(甲13,以下「本件訂正明細書」という。)の「導電性を有する筒状電極と,先端が該筒状電極の一方の開口部の外側に一定の間隔をもって配置される・・・※針状電極」(段落【0009】),「針状電極は,その先端が筒状電極の一方の開口部の外側でかつその略中心に位置づけられている。」(段落【0010】)との各記載並びに本件訂正前の特許公報(甲3,以下「本件訂正前明細書」という。)の図1及び3に照らすと,本件訂正発明の「開口部を有する正の筒状電極とその開口部の外側に隣接した」とは,針状電極の先端が,開口部の外側に一定の間隔をもって配置されていること(上記(i))を意味し,開口部に接して配置されていること(上記(ii))は含まないと解すべきである。したがって,本件訂正発明における針状電極と筒状電極の開口部との配置関係は上記(i)のみとなる。

他方,引用発明1の針状電極の先端は,引用例1の第1図のとおり,筒状電極の開口部より内側に入っているのであるから,引用例1には上記(iii)の配置態様が示されているにすぎない。

したがって,決定が,本件訂正発明と引用発明1は,上記(i)及び(ii)の配置態様を含む点で一致すると認定したのは誤りである。

イ 決定は,引用例2の第4図にイオン風の風速と放電極(針状電極に相当。以下,「針状電極」との用語を用いる。)と接地電極(筒状電極に相当。以下,同様に「筒状電極」との用語を用いる。)の開口部との距離Sとの関係が図示されていることを根拠に,上記(i)ないし(iii)の配置態様はいずれも周知事項であるから,引用発明1において上記(i)ないし(iii)のいずれの配置態様を選択するかは設計事項にすぎないと判断する。

しかしながら,引用例2の電極極性は,プラス電圧が針状電極に印加されるプラスのコロナ放電技術であり,マイナスのコロナ放電技術である引用発明1とは,生成する物質,風速,放電特性,作用効果等の面で大きな差異がある。したがって,両者は全く異なる技術であり,引用例2の技術を引用例1に適用することはできない。すなわち,電極の極性の違いは両引用例を組み合わせる阻害要因となる。

(2)  相違点(ロ)について

決定は,相違点(ロ)について,空気の清浄技術の分野において,消耗電極を着脱自在なカートリッジに収納して設けることや,その着脱方向を開口部の軸線に対し直交方向とすることは周知事項であるといえるから,これら周知事項を参考にすれば当業者が容易に設計できたと判断する。

しかしながら,本件訂正発明は,筒状電極に付着する塵挨を除去してマイナスイオンとオゾンの発生機器の性能を長期間維持するために筒状電極をカートリッジ化した独自の構成の発明であり,針状電極との間隔が一定に保持されるよう,筒状電極の開口部の軸線に対して直交方向に着脱自在に取り付けられるようにしたものである。これに対し,引用例1には,電極間隔を外側に一定に保つ必要性も,筒状電極を着脱する思想も開示されておらず,カートリッジ化することや着脱する方向についても何の記載も示唆もない。

決定が挙げる引用例3及び4は,いずれも汚れた空気を内部に吸い込み,機体内部で吸い込んだ空気に含まれる塵埃に電荷を負荷し,その電荷を帯びた塵埃を反対電極に吸着して集塵し,塵埃が取り除かれてきれいになった空気を機外に送気する空気清浄器である。これに対し,引用発明1は,オゾン及びマイナスイオンを機外に放出し,空気中の臭気に作用して脱臭するものであるから,空気を清浄にするメカニズムが全く異なる。筒状電極を着脱することには何ら触れていない引用例1に,技術的な相違を看過して引用例3ないし4に記載された技術を適用する理由は存在しない。

このように,決定は,カートリッジ化する一般的な技術が存在すること及び単に公知の技術を列挙して,着脱方向も周知であるとして,引用例1記載の筒状電極をカートリッジ化すること及び着脱方向についても容易に発明できると断じているのみであって,技術の本質を見ることなく進歩性を否定したものであるから,誤りである。

4  取消事由4(本件訂正発明の顕著な作用効果の看過)

本件訂正発明は,以下のとおり,引用された各文献からは予期できない優れた作用効果を有するにもかかわらず,決定がこうした効果を十分に評価していないのは誤りである。

①  マイナスイオンと低濃度オゾン製造し,ファンなしで送風する機器であること。

②  室内や車内に放出,拡散されたマイナスイオンやオゾンが脱臭,除菌し,環境改善をする機器であること。

③  ファンによる騒音や電気器や電子機器に障害が発生しないこと。

④  正電荷を印加する筒状電極とその外側に配置した負電荷を印加する針状電極とからなるシンプルな機器構成であるから,小型で,他の機器に組み込んで使用することができること。

⑤  微細な塵埃を吸着した筒状電極をカートリッジとし,交換等メンテナンスによっても,電極間隔を一定に保つことができ,性能維持が向上し,安全性も高く,実用性に優れていること。

第4被告の主張の要点

決定には,原告の主張する取消事由はいずれも存在しない。

1  取消事由1(引用発明1の認定の誤り)に対して

引用例1には,針状電極と筒状電極の配置関係について,「コロナ発生電極と対向電極を対向して設け」(1頁実用新案登録請求の範囲の項)と記載されている。この「対向」とは,「互いに向き合うこと」という意味であるから,引用例1の上記記載は,「針状電極と筒状電極を互いに向き合うように設け」と言い換えることができる。針状電極と筒状電極とが互いに向き合うためには,針状電極は,筒状電極の針状電極側の開口部の外側に配置されることになる。例えば,引用例2の第1図,公開特許公報(特開昭51-91694,乙1)の第1図及び第2図,公開特許公報(特開昭48-47791,乙2)には,針状電極が筒状電極の開口部の外側に配置されているイオン風発生器が図示されている。

したがって,引用例1の針状電極の配置について,「筒状電極の開口部の外側に…配置」されていると認定した決定には何ら誤りはない。

2  取消事由2(一致点及び相違点(イ)の認定の誤り)に対して

(1)  一致点認定の誤りに対して

決定が,引用例1の針状電極について,対向電極の「開口部の外側」に配設されていると認定した点に誤りはないのであるから,決定の一致点の認定に誤りはない。

(2)  相違点(イ)認定の誤りに対して

決定が,引用例1の針状電極について,筒状電極の「開口部の外側」に配設されていると認定した点に誤りはないのであるから,決定の相違点(イ)の認定に誤りはない。

3  取消事由3(相違点の判断の誤り)に対して

(1)  相違点(イ)に対して

ア 原告は,針状電極と筒状電極の開口部との上記配置態様(i)ないし(iii)について,本件訂正発明における配置は上記(i)(両者が一定の間隔をもって配置)であって,上記(ii)(両者が接して配置)を含む余地はなく,引用発明1の配置は上記(iii)(針状電極が筒状電極の開口部の内部に入り込んで配置)のみであると主張する。

しかしながら,本件訂正明細書(甲13)には,「本発明の課題を解決するための第1の手段は,開口部を有する正の対向電極とその開口部の外側に隣接した略中心軸上に先端が設けられた負の針状電極とにより」(段落【0008】),「これら以外の解決手段には,導電性を有する筒状電極と,先端が該筒状電極の一方の開口部の外側に一定の間隔をもって配置されると共に前記筒状電極の略中心に位置付けられる導電性を有する針状電極と」(段落【0009】)と記載されている。これらの記載によれば,「開口部の外側に隣接した」という表現と「開口部の外側に一定の間隔をもって配置される」という表現は,異なる意味に用いられていることは明らかであり,本件訂正発明の「外側に隣接」が「開口部の外側に一定の間隔をもって,配置されていること」を意味すると解することはできない。

また,原告は,平成10年3月2日付け手続補正書(乙3)の特許請求の範囲の請求項1の「先端が対向する筒状電極の一方の開口部の外側に一定の間隔を有して前記開口部の略中心軸上に位置するように針状電極を設けた放電電極」との記載を,平成11年10月28日付け手続補正書(乙4)によって「開口部を有する正の対向電極とその開口部の外側に隣接した略中心軸上に先端が設けられた負の針状電極とによりマイナスイオン,または,マイナスイオン及びオゾンを発生し送風する放電電極」と補正している。かかる審査過程における補正の経緯に照らしても,「外側に隣接した」という表現が「外側に一定の間隔を有して」という表現と同じ意味を表すものであるとはいえない。

したがって,本件訂正発明における針状電極と筒状電極の配置関係は,上記(i)及び(ii)の点で一致するとの決定の認定に誤りはない。

他方,引用例1の針状電極と筒状電極の配置に関し,引用例1の第1図には,針状電極が筒状電極の開口部より内側に配置されているかのように図示されているが,針状電極が筒状電極の開口部より「内側に」配置されているとの記載や示唆は引用例1にはない。決定は,上記第1図の記載も考慮して,引用発明1の「一方向に片寄って配設」とは,上記(i)及び(ii)のほかに(iii)の配置態様も含むと認定して相違点の判断をしているのであるから,誤りはない。

イ 原告は,決定が,引用例2の第4図を根拠に,上記(i)ないし(iii)の配置態様はいずれも周知の事項であると判断した点について,マイナスのコロナ放電技術である引用例1と,プラスのコロナ放電技術である引用例2とは,生成物等の面で大きな差異があるから,引用例2を引用例1に適用することはできないと主張する。

しかしながら,決定が引用例2を挙げたのは,電極の極性の入れ替えの着想が容易想到であることの根拠ではなく,イオン風の風速とこの風速を確保するために必要な針状電極と筒状電極との距離Sとの関係が周知であることを示すためである。針状電極の極性にかかわらず,針状電極と筒状電極との間ではコロナ放電が生じるのであり,またこの放電によってイオン風が発生することも同様であるから,両者は,そのイオン風の発生のための放電メカニズムの点で基本的に共通しているといえる。したがって,引用例1と2の電極の極性の違いは両引用例を組み合わせる阻害要因とはならない。

(2)  相違点(ロ)に対して

原告は,カートリッジ化の効果を筒状電極の清掃の必要性の観点から主張しているが,引用例1の筒状電極でも塵埃吸着作用が行われることは自明の事項であるから,この点を勘案しても,カートリッジ化の構成は,引用例3ないし5に示されている周知・慣用手段に基づいて当業者が容易に設計することができた程度のものである。

また,原告は,カートリッジ化によって電極間の距離を一定に維持することができるとも主張しているが,このような効果は,カートリッジであるがゆえの属性というべき程度のものであり,引用例3ないし5にみられる電極のカートリッジ化の具体例から当業者が容易に予想できるものである。

4  取消事由4(本件訂正発明の顕著な作用効果の看過)に対して

原告の主張する「ファンなしで送風する機器」,「オゾンが脱臭」等の効果は,引用例1記載の「脱臭器」でも同様に作用する効果である。また,「カートリッジ化」も,一般の家電製品等多くの機器において常用されている慣用手段であり,その効果も一般に知られているから,原告が主張する効果は,いずれも当業者が容易に予想することができるものばかりであり,顕著な効果といえる程のものではない。したがって,原告の作用効果に関する主張も失当である。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1及び2(引用発明1の認定の誤り,その誤りに基づく一致点及び相違点(イ)の認定の誤り)について

原告は,決定が,引用発明1の針状電極と筒状電極の開口部の配置関係について,「開口部の外側に一方向に片寄って配設され…た負の針状電極」と認定したのは誤りであると主張する。

そこで,検討するに,引用例1には,「コロナ発生電極と対向電極を対向して設け,前記コロナ発生電極のコロナ発生部を,前記対向電極に対して一方向に片寄って配設し,両電極間に高電圧を印加し,コロナ放電を発生させると共に,前記両電極間に発生したイオン風をケース外に流出するように構成したことを特徴とする脱臭器。」(1頁実用新案登録請求の範囲(1))との記載がある。

このように,引用例1には,単に針状電極のコロナ発生部を筒状電極に対して「一方向に片寄って配設し」と記載され,「外側に一方向に片寄って配設し」とは記載されていないことや,引用例1の第1図には,針状電極のコロナ発生部分が,筒状電極の両端部(針状電極側)を結んだ直線よりやや内側に入り込んだ状態が図示されていることによれば,引用発明1の針状電極が筒状電極の開口部の「外側に一方向に片寄って」配設されているとの決定の認定は誤りであるといわざるを得ない。

この点,決定は,上記のとおり認定した理由について,「対向」とは,「互いに向き合うこと」という意味であり,針状電極と筒状電極とが互いに向き合うためには,針状電極は,筒状電極の針状電極側の開口部の外側に配置されることになると説示する。しかしながら,針状電極を筒状電極に「対向」して設けるのは2つの電極が放電するような配置関係をとるためであると考えられ,そうであれば,「対向」とは放電するに足る間隔をあけて向き合うことを意味するにすぎず,必然的に針状電極が筒状電極の開口部の外側に配置されることにはならないと理解するのが自然である。

したがって,決定が,「対向」という用語から,引用例1の針状電極が筒状電極の開口部の「外側に配置」されていると認定したのは誤りであり,同認定に基づく一致点及び相違点(イ)の認定も誤りである。

ただし,決定は,引用発明1における針状電極と筒状電極の開口部との配置関係は,(i)両者が一定の間隔をもって配置,(ii)両者が接して配置,(iii)針状電極が筒状電極の開口部の内部に入り込んで配置,のいずれの態様をも含むと解釈する余地があるとして,上記(ii)及び(iii)の場合も含めて相違点(イ)の検討をしているので,上記の引用発明1の認定の誤り並びに一致点及び相違点(イ)の認定の誤りは結論に影響を与えていないことは明らかである。

2  取消事由3(相違点の判断の誤り)について

(1)  相違点(イ)について

原告は,本件訂正発明の針状電極と筒状電極の開口部の配置関係は上記(i)及び(ii)であり,引用発明1の配置関係は上記(iii)に限定されることを前提とした上で,本件訂正発明のように上記(i)及び(ii)の配置態様とすることは引用発明1から容易に想到することはできないと主張する。

ア 本件訂正発明における針状電極と筒状電極の開口部の配置関係そこで,まず,本件訂正発明における針状電極と筒状電極の開口部の配置関係を検討する。

原告は,本件訂正発明における針状電極と筒状電極の開口部の配置関係に関し,「外側に隣接」とは,針状電極の先端が筒状電極の開口部の外側に一定の間隔をもって配置されていること(上記(iii))を意味し,それらが互いに接している状態(上記(ii))を含む余地はないと主張する。

しかしながら,「隣接」とは一般に「隣り合わせになっていること」(「大辞林(第二版)」)を意味するところ,このような「隣接」の通常の意味に照らせば,本件訂正発明の「外側に隣接」するとは,針状電極と筒状電極の開口部が外側に接して配置されること(上記(ii))及び外側に一定の間隔をもって配置されること(上記(i))を含むと解するのが相当である。

また,本件訂正明細書の「課題を解決するための手段」の項には,(ア)「本発明の課題を解決するための第1の手段は,開口部を有する正の対向電極とその開口部の外側に隣接した略中心軸上に先端が設けられた負の針状電極とによりマイナスイオン,または,マイナスイオン及びオゾンを発生し送風する放電電極であり,…」(段落【0008】),(イ)「これら以外の解決手段には,導電性を有する筒状電極と,先端が該筒状電極の一方の開口部の外側に一定の間隔をもって配置されると共に前記筒状電極の略中心に位置付けられる導電性を有する針状電極と,前記筒状電極と針状電極間に直流の高電圧を印加する高電圧発生装置,とからなり,…」(段落【0009】)との記載がなされており,そこでは「隣接した」との表現と「一定の間隔をもって配置される」との表現が対比的に使い分けられている。

さらに,原告は,平成10年3月2日付け手続補正書(乙3)をもって特許請求の範囲の請求項1を「先端が対向する筒状電極の一方の開口部の外側に一定の間隔を有して前記開口部の略中心軸上に位置するように針状電極を設けた放電電極」と補正したが,平成11年10月28日付け手続補正書(乙4)によって同項を「開口部を有する正の対向電極とその開口部の外側に隣接した略中心軸上に先端が設けられた負の針状電極とによりマイナスイオン,または,マイナスイオン及びオゾンを発生し送風する放電電極」と補正していることが認められる。このように審査過程においても,原告は,「外側に隣接した」との表現を「外側に一定の間隔を有して」との表現とは異なる意味を持つものとして使用していることが認められる。

したがって,「外側に隣接」とは,開口部の外側に接していることを含まず,一定の間隔をもって配置されていることを意味するとの原告主張は採用することはできず,決定の認定には誤りはない。

イ 引用発明1における針状電極と筒状電極の開口部の配置関係

次に,引用発明1における針状電極と筒状電極の開口部の配置関係について検討する。

原告は,決定が,引用発明1の針状電極と筒状電極の開口部の配置関係について,上記(i)ないし(iii)を含むものであると認定したのは誤りで,引用例1には上記(iii)の配置態様が示されているにすぎないと主張する。

しかしながら,引用例1には「コロナ発生電極と対向電極を対向して設け,前記コロナ発生電極のコロナ発生部を,前記対向電極に対して一方向に片寄って配設し」(1頁実用新案登録請求の範囲の項)と記載されているところ,上記のとおり,「対向」とは放電するに足る間隔をあけて向き合うことを意味すると解すべきであり,引用例1には針状電極のコロナ発生部を筒状電極の開口部の「内側に」配置する旨の記載ないし示唆はないのであるから,引用発明1の針状電極のコロナ発生部は筒状電極の開口部に接し,またはその外側に位置する場合を含むと解するのが自然である。

また,そもそも,針状電極のコロナ発生部を筒状電極に対して一方向に片寄って配設している技術的な意義は,引用例1に「コロナ発生電極1と対向電極2の間に高電圧電源3によって高電圧が印加されると,コロナ発生電極1の先端エッジよりコロナが発生し,イオン電流がコロナ発生電極1から対向電極2へ向かって流れる。コロナ発生部と対向電極2の位置が一方向に片寄っているため,イオンの流れが一方向に強くなり,イオン風が発生する。」(4頁17行目~5頁3行目)と記載されているように,イオン風を発生させるためであると認められる。イオン風が発生するのは,針状電極のコロナ発生部が筒状電極の開口部の内側に位置する場合に限らないことは,本件訂正発明等に照らし明らかであるから,引用例1の「一方向に片寄って配設」とは,針状電極が筒状電極の開口部の内側に位置する場合に限らず,イオン風を発生させることのできる態様全体,すなわち,上記(i)ないし(iii)のいずれの態様をも含むと解するのが相当である。

上記のとおり,引用例1の第1図には,針状電極のコロナ発生部分が,筒状電極の開口部の内側に入り込んだ状態が図示されていることは原告の指摘するとおりであるが,引用例1の第1図はあくまで引用発明1についての実施例の一態様であり,同図面をもって上記(i)及び(ii)の態様が含まれないと認めることもできない。

したがって,引用発明1が上記(i)ないし(iii)のいずれの配置態様も含むとの決定の認定には誤りがない。

ウ 容易想到性について

上記ア及びイによれば,針状電極と筒状電極の開口部の配置に関し,本件訂正発明には(i)及び(ii)の態様が含まれ,引用発明1には(i)ないし(iii)の態様が含まれていると認めることができる。本件訂正発明と引用発明1のオゾン発生器は,いずれも針状電極と筒状電極との間に高電圧を印加することにより生ずるイオン風を利用して脱臭するという点でメカニズムを共通しており,しかも,両発明ともマイナスのコロナ放電技術であるから,先行技術たる引用例1に開示されている(i)ないし(iii)の配置態様のうち,(i)及び(ii)の配置態様を採用して本件訂正発明のような構成にするのは,容易に想到できるというべきである。

また,公開特許公報(昭60-147263,乙5)の第1図,特許公開公報(昭52-99799,乙6)の第1図には,放電電極の極性が負のイオン発生器場合において,放電電極が対向電極の放電電極側の両端を結んだ直線の外側に位置していることが示されており,これらの文献に照らしても,針状電極を筒状電極の開口部に接しまたはその外側に配置する技術は容易想到であると認めることができる。

以上によれば,マイナスのコロナ放電技術である引用例1とプラスのコロナ放電技術である引用例2の組合せに阻害要因があるかどうかを検討するまでもなく,決定の相違点(イ)についての判断には誤りがない。

(2)  相違点(ロ)について

原告は,本件訂正発明は,筒状電極に付着する塵挨を除去してマイナスイオンとオゾンの発生機器の性能を長期間維持するために筒状電極をカートリッジ化し,筒状電極の開口部の軸線に対して直交方向に着脱自在に取り付けられるようにしたものであり,引用例1,3,4から容易に想到できるとはいえないと主張する。

しかしながら,一般的に,汚れやすく消耗する部品をカートリッジ化して,交換可能なように着脱自在に取り付けられるようにすることは家電製品の分野等で周知・慣用手段であるということができる。また,本件訂正発明においても,集塵機能を有する筒状電極が汚れやすく消耗しやすい部品に当たると考えられるところ,引用例4の第1図には,イオン化線9(針状電極に相当)が複数本設けられたイオン化ユニット1と対向電極板10(筒状電極に相当)及び反発電極板11を備えた集塵ユニット2からなるイオン風式空気清浄器において,各ユニットが空気の流れる方向(筒状電極の開口部の軸線の方向と一致)に対して直交方向に着脱自在に取り付けられていることが開示されていると認められる。したがって,イオン発生器の筒状電極をカートリッジ化し,筒状電極の開口部の軸線に対して直交方向に着脱自在に取り付けられるようにする構成は,当業者であれば容易に想到できる事項であると認められる。

また,原告は,針状電極との間隔が一定に保持されるようにカートリッジを取り付ける構成となっていることも指摘するが,カートリッジを装着したときに針状電極と筒状電極の間隔が一定に保持されるようにすることは当然であり,当業者であれば容易に想到できると解される。

したがって,決定の相違点(ロ)に対する判断にも誤りは認められない。

(3)  取消事由4(本件訂正発明の顕著な作用効果の看過)について

原告が主張する「ファンなしで送風する」「脱臭,除菌,環境改善」「ファンによる騒音や電気器や電子機器に障害が発生しない」「シンプルな機器構成」「交換等メンテナンスによっても,電極間隔を一定に保つ」などの効果は,いずれも本件訂正発明の構成をとることに伴って必然的に生じるものであり,予測困難な顕著な作用効果であると認めることもできないので,原告の取消事由4の主張は失当である。

3  結論

以上のとおり,原告主張の決定取消事由はいずれも理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 田中昌利 裁判官 佐藤達文)

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

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