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東京高等裁判所 平成14年(行ケ)354号 判決 2003年9月30日

原告

サン・グリーン・リバー株式会社

訴訟代理人弁護士

清永利亮

訴訟代理人弁理士

佐々木功

川村恭子

藤野清規

被告

バレンチノ・グローブ・B.V.

(ベスローテン・フェンノートシャップ)

訴訟代理人弁護士

服部成太

稲益みつこ

訴訟代理人弁理士

杉村興作

末野徳郎

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判

特許庁が平成9年審判第20430号事件について平成14年6月4日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,本件商標の商標権者である原告が,被告の無効審判請求により,本件商標登録を無効とする審決を受けたため,審決の取消しを求めた事案である。

【本判決における用語例について】

[1] 人名の片仮名表記については種々の方法があるが,本判決では,証拠内容等を引用する場合を含め,「VALENTINO GARAVANI」については,被告の表記に従い「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」と,「GIANNI VALENTINO」については,原告の表記に従うとともに,証拠における記載状況に照らし,「ジャンニ・バレンチノ」と,それぞれ統一して表記する。

[2] 審決では,「VALENTINO GARAVANI/ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」,「valentino garavani」,「VALENTINO GARAVANI」,「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」の各表示,「valentino garavani」又は「VALENTINO GARAVANI」と「V」を図案化した図形を組み合わせた表示につき,以上を総称して,「VALENTINO(ヴァレンティノ)商標」ということとしている。被告は,この用語例に従って主張しているが,原告はこれに異論を述べている。後記のとおり,本件では,「VALENTINO(ヴァレンティノ)」が上記各表示の略称として広く認識されていたと認められるか否かという点が争点のひとつとなっているところ,上記の各表示は,いずれも「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)」のフルネームで表示され,単なる「ヴァレンティノ」又は「VALENTINO」との表示を含まないことが明らかであるのに,「VALENTINO(ヴァレンティノ)商標」という審決の用語法は,単なる「ヴァレンティノ」又は「VALENTINO」との表示も含むかのような誤解を与えかねないものであるから,本判決においては,やや長くなるが,より正確かつ公正に,上記各表示を総称して,「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)の表示」といい,特に商標として述べる場合には,「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」ということとする。審決及び当事者の主張を引用する場合でもこの用語法に統一する。

[3] 氏名として表記する場合には,商標の表記と区別する意味において,「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏」,「Valentino Garavani氏」などと,「氏」を添えて表記することがある。この区別の必要がない場合は,通常どおり,単に氏名のみを記載する。

[4]  商標の指定商品の記載は,特に断らない限り,審決に準じ,いわゆる旧別表の記載による。

1 特許庁における手続の経緯

(1) 本件商標

出願人:ヤング産業株式会社

商標権者:ヤング産業株式会社(登録時)

:サン・グリーン・リバー株式会社(原告。平成6年9月26日移転登録)

登録商標:「GIANNI VALENTINO」の欧文字を横書きしてなるもの。

指定商品:第22類「はき物,かさ,つえ,これらの部品および附属品」

出願日:平成元年3月30日

登録査定日:平成5年5月25日(甲4-2)

設定登録日:平成5年12月24日

登録番号:第2614322号

(2) 引用商標(審決で引用商標として示されたもの。)

引用A商標:「VALENTINO GARAVANI」の欧文字を横書きしてなり,昭和49年10月1日登録出願され,第22類「はき物(運動用特殊ぐつを除く),かさ,つえ,これらの部品及び附属品」を指定商品とし,昭和60年6月25日設定登録されたもの(第1786820号)。

引用B商標:「VALENTINO GARAVANI」の欧文字を横書きしてなり,昭和49年10月1日登録出願され,第17類「被服(運動用特殊被服を除く),布製身回品(他の類に属するものを除く),寝具類(寝台を除く)」を指定商品とし,昭和55年4月30日設定登録されたもの(第1415314号)。

引用C商標:「VALENTINO」の欧文字を横書きしてなり,昭和45年4月16日登録出願され(優先権主張昭和44年10月16日オランダ王国),第21類「宝玉,その他本類に属する商品」を指定商品とし,昭和47年7月20日設定登録されたもの(第972813号。その後,一部放棄により,指定商品中の「かばん類,袋物」についての商標権の一部抹消の登録がされた。)。

引用D商標:「VALENTINO GARAVANI」の欧文字を横書きしてなり,昭和49年10月1日登録出願され,第21類「装身具,ボタン類,かばん類,袋物,宝玉及びその模造品,造花,化粧用具」を指定商品とし,昭和60年7月29日設定登録されたもの(第1793465号)。

引用E商標:「VALENTINO GARAVANI」の欧文字を横書きしてなり,昭和49年10月1日登録出願され,第27類「たばこ,喫煙用具,マッチ」を指定商品とし,昭和54年12月27日設定登録されたもの(第1402916号)。

(3) 本件審判手続

無効審判請求日:平成9年12月1日(平成9年審判第20430号)

審決日:平成14年6月4日

審決の結論:「登録第2614322号の登録を無効とする。」

審決謄本送達日:平成14年6月14日(原告に対し)

2 審決の理由の要旨

別紙「審決の理由の要旨」に記載されたとおりである。

要するに,(ⅰ)「ヴァレンティノ」(若しくは「バレンチノ」)の表示は,「Valentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)」の氏名又はそのデザインに係る商品群に使用されているブランド(「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」)の略称を表すものとして,取引者及び需要者の間で広く認識されていたものというのが相当である,(ⅱ)本件商標の構成中に,上記略称として我が国において著名な「ヴァレンティノ」と同一の称呼を生ずる「VALENTINO」の文字を含むものであることなど,本件商標の構成態様及び取引の実情からすれば,本件商標を指定商品に使用した場合には,これに接する取引者及び需要者は,その構成中の「VALENTINO」の文字部分に強く印象付けられ,「ヴァレンティノ」とも呼ばれる「Valentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)」のブランドを連想,想起し,当該商品が「Valentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)」のブランドの一種,ないし兄弟ブランドであるとの誤解を生じるか,あるいは「Valentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)」,もしくはその関連会社と組織的,経済的に何らかの関係がある者の業務に係る商品であるかのように認識する蓋然性が極めて高いというべきであり,出所の混同を生ずるおそれがあるものといわなければならない,(ⅲ)よって,本件商標は,商標法4条1項15号に違反して登録されたものであり,その登録は無効とすべきものである,というものである。

第3原告の主張(審決取消事由)の要点

1 審決は,前記第2の2のとおりの理由で本件商標登録を無効としたが,(ⅰ)「ヴァレンティノ」(若しくは「バレンチノ」)の表示が,「Valentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)」の氏名又はそのデザインに係る商品群に使用されているブランド(「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」)の略称を表すものとしてとして著名であるとの事実はなく,(ⅱ)上記商標及び本件商標ともに,一連一体の表示として認識される別異の商標であり,本件商標をその指定商品に使用しても,上記商標と何らかの関係があるかのごとく商品の出所について混同を生ずることは決してなく,(ⅲ)本件商標登録を無効とした審決の認定判断には誤りがあり,取り消されるべきである。

その理由は,以下のとおりである。

2  本件商標の使用状況及び取引の実情は,次のとおりである。

Gianni Valentino(ジャンニ・バレンチノ)氏は,イタリア,ミラノ在住のデザイナーであり,ローマには,「GIANNI VALENTINO」のショップを有している。

原告の関連会社であるヤング産業株式会社(以下「ヤング産業」という。)は,ジャンニ・バレンチノ氏から,「日本国商標法における商品区分全類に属する商品につき,『GIANNI VALENTINO』の商標を使用すること,並びに商標権を取得することを1982年(昭和57年)12月21日より20年間の期間において承諾する。」旨の昭和57年12月10日付けの「承諾書」を得て,「GIANNI VALENTINO」ブランドによる商品展開を開始した。その後,順次,本件商標及び商品区分を異にする16件の「GIANNI VALENTINO」に関する商標の登録を受けた(第17類を指定商品とする本件「GIANNI VALENTINO」商標は,昭和62年4月30日に第1944782号として登録された。)。

原告は,ヤング産業から本件商標を取得した上,ヤング産業との間で商標管理委託契約書及び覚書を締結し,主に,ヤング産業がライセンス事業を行っている。

ジャンニ・バレンチノ氏の下には,平成2年ころから,Daniela Veltroni(ダニエラ・ベルトローニ)がアシスタント・デザイナーとなり,彼女から年2回シーズンディレクション(デザインの方向付け)が原告に送付されている。

ヤング産業は,当初,「GIANNI VALENTINO」商標を自社商品のブランドとして使用することで出発したが,ライセンス事業へと拡大して,昭和60年からライセンス事業は軌道に乗り,平成4年8月時点では,ライセンシーは24社となり,数社の入れ替えはあるものの,平成10年10月時点では38社となり,平成13年10月時点では29社となり,平成14年8月9日のリストでも24社となっており,常に20社以上のライセンシーによって,それらの会社の取り扱いに係る商品について,「GIANNI VALENTINO」商標は継続的に,かつ,全国的に使用されて今日に至っている。

各ライセンシーが取り扱う商品のカテゴリーは種々に及び,各カテゴリーに含まれる商品アイテムは,1500以上になっている(ライセンス事業開始当初は,約200アイテム。)。

そして,株式会社矢野経済研究所の「2001年版/ライセンスブランド全調査」によれば,「GIANNI VALENTINO」商標は,2000年度ライセンスブランド売上高ランキングで,116位中,年商250億円で第7位にランクされ,同「2002年版」の2001年度売上高ランキングでも第4位にランクされている。

ヤング産業は,長年にわたりライセンス事業に力を注ぎ,継続的な使用によって商品を普及させてきたものであり,これまでの宣伝・広告だけでも,「繊研新聞」への広告,東京及び大阪市の地下鉄構内及び地下街に設けられている広告掲載のスペースでの広告,ライセンシーの各種商品につき,商品カタログ,量販店におけるチラシ,通販カタログ,ギフトカタログなどへの掲載など,膨大なものである。

上記のとおり,ヤング産業は,「GIANNI VALENTINO」商標についての事業を拡大して20年,年間の売上も約300億円のブランドマーケットに成長して,被服,バッグ類,靴類などに限らず,家庭用品,陶器,寝具関係などの商品に使用しており,このようなファッショングッズを取り扱う需要者,取引者の間では,「GIANNI VALENTINO」商標は広く認識されている,いわゆる周知商標となっている。

3  「VALENTINO」の文字を含む商標の使用状況は,次のとおりである。

「世界の一流品大図鑑’85年版」(甲31-2)及び「世界の特選品’86」(甲31-3)では,「VALENTINO GARAVANI」の他に,「MARIO VALENTINO」,「Valentino Rudy」が掲載されており,これらのブランドも,少なくとも昭和60年,61年当時から,引用商標と同等に取引者,需要者の間に広く知られている著名商標となっている。

「VALENTINO」の文字を含む商標を使用したブランド品が提供されているマーケットをみると,「MARIO VALENTINO」,「VALENTINO RUDY」のほか,「FORTUNA VALENTINO」,「VALENTINO ORLANDI」,「GIOVANNI VALENTINO」,「RUDOLF VALENTINO」,「VALENTINO CHRISTY」,「STEFANO VALENTINO」,「SILVIO VALENTINO」,「VALENTINO DOMANI」など多数存在する。

「VALENTINO」又は「ヴァレンティノ」の文字を含む商標は,デザイナーズ・ブランドであるので,デザイナーの氏名を表示することになるのであり,それぞれの商標全体を一連に表示してはじめて自他商品の識別機能を発揮し,これら商標に接する取引者,需要者をして明確に識別し商品を選択せしめることになるのである。上記のように,「VALENTINO」の文字を含む商標は,いずれも全体を一連に表示して使用されており,一連に表示して使用するからこそ出所の混同を生じることなく,取引者,需要者は商品選択をすることができるのであり,かつ,我が国の取引の秩序が維持されているのである。

さらに,「VALENTINO」の文字を含む商品の取引では(特に,取引業者間では),迅速を尊ぶ商取引が行われている実情にあって,「ヴァレンティノ」ないし「バレンチノ」の部分を省略して,「ジャンニ」(Gianni),「マリオ」(Mario),「ルーディ」(Rudy),「ガラヴァーニ」(Garavani)等と簡略化して取引に使用されることが多いので,「VALENTINO」の文字を含むブランドが多数存在していても,彼此相紛れるおそれが生ずることはない。

上記のとおり,我が国の商品取引市場において,「VALENTINO」の文字を含む多数の商標が併存しているにもかかわらず,それらの商品に接する需要者(一般消費者を含む。),取引者は彼此誤認を生じることなく商品を選択しているのであり,このように取引の秩序が維持されているということは,各商標の「棲み分け」ができていることを示しているのにほかならない。

「VALENTINO」は,イタリアでは聖バレンタインに由来する姓(苗字)であり,日本の「田中」,「中村」,「鈴木」などのように,「VALENTINO」だけでは,どこのヴァレンティノ氏か分からず,「GIANNI VALENTINO」,「MARIO VALENTINO」のようにフルネームで表記しなければ,正確には理解できない(姓を後に記す表記法と,前に記す表記法とがある。)。イタリアにおいては,「VALENTINO」を姓とするデザイナーは多数存在するから,日本において,そのデザイナーに由来する「GIANNI VALENTINO」商標や「VALENTINO RUDY」なる商標などが複数存在していても,何ら不思議なことではない。日本において,「VALENTINO」の文字を含む商標がファッション商品を中心として多数存在する現状においては,単に「VALENTINO」と表記した商品に接しても,需要者は,どのVALENTINO商品であるのかを正確には識別し得ない。「VALENTINO」の文字を含む他の多くの商標の使用者は,デザイナーズ・ブランドとして,それぞれフルネームで表記して,それぞれ「棲み分け」を図っており,かつ,それぞれ商品を取り扱う代理店を異にし,商品の販売経路を異にしている場合もあるところから,ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏のブランドないしはその兄弟ブランドであるなどと誤解するようなことは決してない。

なお,特許庁において,「VALENTINO」の文字を含む多くの商標が登録されている。

4 審決は,「ヴァレンティノ」(若しくは「バレンチノ」)の表示は,「Valentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)」の氏名,又はそのデザインに係る商品群に使用されるブランドの略称を表すものとして,本件商標の登録出願前より,我が国のファッション関連の商品分野の取引者及び需要者の間で広く認識されていたものというのが相当であると認定しているが,誤りである。

本件証拠をみると,「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」の自らの商品カタログにおいては,「ヴァレンティノ」の略称を使用しているものがあるが(甲30-64~66・68),「ヴァレンティノの炎」という散文的なキャッチコピーの中で表示しているだけであり,商品の目印である商標として使用しているのではない。

審判において職権証拠調べの対象となった書証には,「ヴァレンティノ」のみの表示があるが(甲44,45),雑誌中でその記載がある頁しか証拠とされておらず,前後の頁の記載が明らかではなく,ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏の略称として使用されているのか否か不明である(なお,甲45の「編集ノート」では,「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」と記載されている。)。

その他,書証中で「ヴァレンティノ」との略称が用いられている書証であっても,同じ頁に「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)」などのフルネームの表示とともに記載され,あるいは辞典において「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」の項目の中の記述として,「ヴァレンティノ」との表記が使用されており,単に記事の中で簡略に表現するために使用されているにすぎないものなどである。なお,「岩波=ケンブリッジ世界人名辞典」(甲43)の記載によっても,上記略称を示すものとして取引者又は需要者の間に広く認識されていたことを示すとはいえない。

いずれにしても,本件商標の出願前の証拠としてはわずかな事例であり,単に,「ヴァレンティノ」「Valentino」のみの表示があったものが,「ValentinoGaravani」を表示するものとして使用され,かつ,著名であることを示唆するような資料は全く見当たらない。

その上,ファッションブランド市場には「VALENTINO(ヴァレンティノ)」の表示を含む多数のブランド品があり,それぞれ一連に表示して使用しているという取引の実情の中で,「ヴァレンティノ」,「VALENTINO」の略称のみでは,どのブランドを指称するのかが不明となり,商品の取引者,需要者の間に混乱を生じることになりかねない。

およそ,略称が「著名」になっているというためには,その略称が長期間にわたって継続して使用されている状態でなければならないが,そのような事実を示す証拠も見当たらない。むしろ,本訴において被告も認めるように,プレイロード株式会社(以下「プレイロード」)が「VALENTINO」商標の登録を受けていた関係で(被服類等の第17類を指定商品とし,昭和45年1月19日に第852071号として登録された。),昭和49年頃から上記商標の移転登録を取得する平成8年までの間,我が国においては,被服類等の被告商品には「VALENTINO GARAVANI」の商標が付されて輸入販売されていたのであり,商品に「VALENTINO」単独での商標の使用はされていなかった。このように使用されていなかった「VALENTINO」商標について,「VALENTINO」が「VALENTINO GARAVANI」の略称を表示するものとして著名であったとはいえない。

以上のとおり,被告は,昭和49年頃から平成8年頃まで,我が国で「VALENTINO」の文字を単独では商標として使用していなかった上,「Valentino」の文字を含むデザイナーが多数存在し,それらのデザイナーの商品群を表示する商標と商品が我が国のファッションブランド市場に多数提供されているという取引の実情の中で,審決で示された程度の使用例をもって,「ヴァレンティノ」や「バレンチノ」が「Valentino Garavani」の略称を示すものとして,取引者,需要者の間に広く知られていたということは全く考えられない。

5  審決は,前記第2の2「審決の理由の要旨」(ⅱ)のとおり説示して,出所の混同を生ずるおそれがあると認定判断した。また,審決は,被請求人(原告)が主張した「棲み分け」についても否定した。

しかし,以上の認定判断は,誤っている。

(1)  本件商標の使用状況及び取引の実情並びに「VALENTINO」の文字を含む商標の使用状況は,前記のとおりであり,「ヴァレンティノ」の表示は,引用商標を直ちに認識せしめるような著名なものではないこと,本件商標の登録出願前であっても登録査定までの間であっても,そのような事実のないことは,前記のとおりである。

(2) 以上によれば,我が国において「ヴァレンティノ」が引用商標の略称としても著名であるとは認識されていないこと,本件商標を含む「GIANNI VALENTINO」商標は,ファッションブランド市場において,売上高において上位にランクされるまでになり,かつ,業界における取引者,需要者の間に広く知られている商標となっていること,我が国の商品市場には,「VALENTINO」の文字を含む商標を使用した商品が多数存在し,「VALENTINO」の文字の使用によって,取引者,需要者の間に混乱を生ずることなく,我が国の取引の秩序を維持しているという取引の実情が現にあること(「棲み分け」をしている。),これに加え,本件商標を含む「GIANNI VALENTINO」商標は,常に全体を一連のものとして使用し,「ジャンニ・バレンチノ」の称呼が生ずるものであり,略称が必要なときは「ジャンニ」と称呼されることが認められる。これらにかんがみれば,本件商標を含む「GIANNI VALENTINO」商標と被告の引用商標は,本件商標の指定商品,その他各種商品に使用しても,取引の実際において彼此相紛れるおそれは全くない(「ヴァレンティノ」の称呼が生ずる表示と相紛れるおそれもない。)。

第4被告の主張の要点

1  審決の認定判断は,正当であって,審決に原告主張の違法はない。

2 原告は,矢野経済研究所作成のライセンスブランド調査(甲13-1等)を引用して,本件商標の周知性を主張する。しかし,上記調査は,調査方法,調査資料等が全く明記,公表されておらず,信頼性は極めて疑わしい。「いずれも弊社推定」と記載されるなど確たる客観的資料に基づいて作成されたものではない。上記では,2000年度の「ジャンニ・バレンチノ」ブランドが年商250億円として第7位にランクされているが,内訳は不明である。帝国データバンクの企業情報(乙1)などに照らせば,上記年商250億円とは考えられない。また,上記資料には,ルイ・ヴィトンに代表されるような著名ブランドの掲載がなく,掲載ブランドの採用につき疑問があり,客観性を疑わせる。なお,「VALENTINO GARAVANI」ブランドにつき,矢野経済研究所から公式の調査申入れがあったことも一切ない。このような資料をもとに,「GIANNI VALENTINO」商標の周知性を判断することはできない。

本件の問題は,本件商標登録出願時から査定時において,本件商標「GIANNI VALENTINO」が,周知商標となり,被告の周知著名な「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」,又はValentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)氏の略称若しくは同人のデザインに係る商品群に使用されるブランドの略称を表すものとして我が国のファッション関連の商品分野の取引者,需要者の間に広く認識されていた「VALENTINO」,「Valentino」,「valentino」,「ヴァレンティノ」,「バレンチノ」の商標と出所の混同を生ずるおそれがあったか否かの問題である。

しかし,本件商標「GIANNI VALENTINO」が周知商標であることを立証するための原告提出の証拠(甲11~28〔枝番号付きのものも含む。〕)は,いずれも本件商標の査定後の事実を示すものである。これらの証拠によって,本件商標がその登録出願時から査定時において周知商標となったものと認めることはできない。

また,原告の主張する「棲み分け」についても,前記のとおり本件商標登録出願時から査定時に,本件商標が周知商標であった事実はなく,周知著名な上記「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)」商標等と「棲み分け」がされていたことはないといわなければならない。

3 「VALENTINO」,「Valentino」の文字を含む結合商標が他に登録され,使用されていても,それらが,取引者,需要者によりイタリアの服飾デザイナーであるValentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)氏のデザインに係る商品に使用される「VALENTINO」と明確に区別され,Valentino Garavani氏とは関係のないものとして取引されているという事実はない。

すなわち,Valentino Garavani氏のデザインに係る商品に使用される「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」又は「VALENTINO」(「Valentino」,「valentino」,「ヴァレンティノ」,「バレンチノ」)の商標が「ヴァレンティノ」と呼ばれて,周知著名である事実に照らせば,取引者,需要者が,「VALENTINO」の語を含む結合商標について,Valentino Garavani氏のデザインに係る商品を示すものであって,その結合商標が付された商品を,周知著名な「VALENTINO」(「Valentino」,「valentino」,「ヴァレンティノ」,「バレンチノ」)ブランドないしはその兄弟ブランドであるなどと誤解している可能性も十分にあるというべきである。

のみならず,Valentino Garavani氏のデザインに係る商品に使用される「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」又は「VALENTINO」(「Valentino」,「valentino」,「ヴァレンティノ」,「バレンチノ」)の商標が「ヴァレンティノ」と呼ばれて,周知著名である事実に照らせば,「VALENTINO」の文字を含む商標であって,これと区別して認識されているものが,仮にあったとしても,そのことは,本件商標によってValentino Garavani氏のデザインに係る商品の出所の混同のおそれの事実を何ら左右するものではないというべきである。

なぜならば,仮に,他の結合商標が,周知著名な「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」又は「VALENTINO」(「Valentino」,「valentino」,「ヴァレンティノ」,「バレンチノ」)ブランドと区別され,出所を異にするものとして理解されているとするならば,そのことは,「VALENTINO」の文字を含む商標が,「VALENTINO」とそれ以外の他の特定の文字とが結合したものとしてよく知られ,かつ,Valentino Garavani氏とは関係のないものとしてよく知られるに至っている等の特段の事情があることを意味するのであって,そのような場合にこそ,Valentino Garavani氏のデザインに係る商品に使用される「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」又は「VALENTINO」(「Valentino」,「valentino」,「ヴァレンティノ」,「バレンチノ」)の商標と区別され,原告のいう「棲み分け」がされるといい得るのである。

ところが,本件商標登録出願時から査定時に,本件商標が,「VALENTINO」とそれ以外の他の特定の文字「GIANNI」とが結合したものとして取引者,需要者においてよく知られ,かつ,Valentino Garavani氏とは関係のないものとしてよく知られるに至っている等の特段の事情は,全く認められないのである。

したがって,前記「VALENTINO」の文字を商標中の構成に取り入れている多数の商標が登録され,使用されていることによって,本件商標についてValentino Garavani氏のデザインに係る商品との出所の混同のおそれが減少するものということはできない。

原告は,イタリアにおいては「VALENTINO」を姓とするデザイナーは多数存在し,日本において,「VALENTINO」の文字を含む商標がファッション商品を中心として多数存在する現状においては,フルネームで表記して,それぞれ「棲み分け」をはかっている旨主張する。

しかしながら,イタリアにおいて「VALENTINO」を姓とするデザイナーは多数存在したとしても,我が国における被告の「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」の周知著名性を何ら妨げる事由となるものではない。我が国においては,「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」が周知著名であり,「VALENTINO」,「Valentino」,「valentino」,「ヴァレンティノ」,「バレンチノ」と表示されている場合には,ファッション関連の商品分野の取引者,需要者は,Valentino Garavani氏のデザインに係る商品を表示するものと識別し得るものである。そして,「VALENTINO」の文字を含む商標がファッション関連の商品に使用される場合には,Valentino Garavani氏のデザインに係る商品を示すものであり,その商標が付された商品を,周知著名な「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」又は「VALENTINO」(「Valentino」,「valentino」,「ヴァレンティノ」,「バレンチノ」)ブランドないしはその兄弟ブランドであるなどと誤解するおそれがあるものというべきである。

4  原告は,「ヴァレンティノ」,「バレンチノ」が「Valentino Garavani」の略称を示すものとして,取引者,需要者の間に広く知られていたということはない旨主張する。しかし,原告の主張は失当である。

通常,著名なデザイナー・ブランドの場合には,特に外国人の著名なデザイナーにあっては,そのデザイナーの氏名の略称により(「シャネル(CHANEL)」,「クレージュ(Courreges)」,「アルマーニ(ARMANI)」,「フェラガモ(Ferragamo)」,「ディオール(Dior)」等),そのデザイナーのデザインに係る商品を指すことがファッション関連商品を取り扱う我が国業界においてよくみられる取引の実情である。著名なデザイナーであるValentino Garavani氏も,上記著名なデザイナーと同様に,「Valentino(ヴァレンティノ)」と略称され,同氏のデザインに係る商品を指すものとして我が国の取引者,需要者において周知著名であることは,証拠に照らして明らかである。

実際にも,諸外国,とりわけ,イタリア,フランス等のヨーロッパ主要国及び米国における服飾等のファッション関連商品分野においては,「VALENTINO」といえば,周知著名なデザイナーValentino Garavani氏の略称又は同氏のデザインに係る商品に使用されるブランドの略称として知られているところである。

我が国においては,三井物産株式会社がイタリアのVALENTINO社との交渉に成功,独占輸入契約を締結し,イタリアの著名デザイナーValentino Garavani氏のデザインに係る商品に「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」を付した商品を昭和45年(1970年)から輸入した。その後,昭和49年(1974年)7月17日に,その商品の国内販売のため,三井物産他2社の共同出資により,東京都千代田区紀尾井町(設立当初,現在は平河町)に株式会社ヴァレンティノ・ブティック・ジャパン(以下「ヴァレンティノ・ブティック・ジャパン」)を設立した。同社は,直営販売店をホテルニューオータニ内に置くほか,直営店を全国一流百貨店等に出店して,遅くとも1977年(昭和52年)頃には,これらの一流百貨店等において,Valentino Garavani氏のデザインに係る商品について「VALENTINO」,「Valentino」,「ヴァレンティノ」を用いて販売していたものである。かかる状況は現在においても引き続き継続しているところである。

なお,プレイロードは,「VALENTINO」との商標につき,第17類を指定商品として,昭和43年に出願し,昭和45年1月19日に第852071号として設定登録を受けていた。このため,三井物産は,被服類等の第17類につき,「VALENTINO」商標の登録を得ることができなかった。そこで,三井物産は,日本向けのみにつき,「VALENTINO GARAVANI」の商標を付することとした。この結果,日本以外の外国では,すべて「VALENTINO」商標として周知著名な製品が,日本でのみ「VALENTINO GARAVANI」商標が付されることとなった。しかし,この間にも,イタリアのオリジナル広告用カタログ,パンフレット類は,「VALENTINO」のままで通用していた。プレイロードとの間では訴訟等の争いはなかった。その後,「VALENTINO」商標(第852071号)は,平成6年12月19日,プレイロードから帝人商事株式会社に移転登録され,平成8年9月9日には,ヴァレンティノ側への移転登録がされた。被告は,これ以後,「VALENTINO」商標を被服等について使用している。

このような事実にかんがみると,遅くとも1977年(昭和52年)頃から現在に至るまで,我が国における服飾等のファッション関連商品分野においては,「VALENTINO」,「Valentino」,「ヴァレンティノ」といえば,周知著名なデザイナーValentino Garavani氏の略称又は同氏のデザインに係る商品に使用されるブランドの略称として知られているというべきである。

したがって,上記審決の認定判断には,何らの誤りもない。

なお,原告は,証拠のほとんどが「VALENTINO GARAVANI」と「VALENTINO」が併記されたものであるなどと主張するが,重要なのは,「VALENTINO GARAVANI」の略称が「GARAVANI」ではなく,「VALENTINO」である点である。その他の「VALENTINO」を含む商標においては,「VALENTINO」と省略表記される例はなく,このことは,「VALENTINO GARAVANI」のみが「VALENTINO」として著名であることを明白に示している。両者が併記されている事実は,審決の認定を妨げるものではない。

5  原告は,出所の混同を生ずるおそれがあるものとした審決の認定判断が誤りであるなどと主張するが,失当である。

本件商標は,「GIANNI VALENTINO」の欧文字を横書きしてなるものであって,欧文字で15文字であり,比較的長い商標である。また,デザイナーズ・ブランドは,そのデザイナーの氏名の略称により,そのデザイナーのデザインに係る商品を指すことがファッション関連商品を取り扱う我が国業界においてよくみられる取引の実情である。本件商標についても同様の事由により,取引の実際においては,その一部だけによって簡略に表記ないし称呼され得るものである。

被告の商標は,周知著名な「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」又は「VALENTINO」(「Valentino」,「valentino」,「ヴァレンティノ」,「バレンチノ」)ブランドであり,Valentino Garavani氏のデザインに係る婦人・紳士物の衣料品,毛皮,革製バッグ,革小物,ベルト,ネクタイ,靴,ライター,傘,ハンカチ等,ファッション関連商品について周知著名な商標である。

仮に,被告の商標がイタリア人の氏姓を連想させるもので,造語による商標に比して,独創性が高くないとしても,本件商標の指定商品は,はき物,かさ,つえ等であり,被告の商標が現に使用されている商品と同一であるか,これと関連性の程度が極めて強いものである。このことから両者の商品の取引者及び需要者が共通することも明らかである。しかも,両者の商品が日常的に消費される性質の商品であることや,その需要者が特別な専門的知識経験を有しない一般大衆であり,これを購入するに際して払われる注意力はさほど高いものではない。そうすると,本件商標の商標法4条1項15号該当性を判断する上で,被告の商標の独創性の程度を重視すべきではない。

したがって,被告の商標の周知著名性の程度の高さや,本件商標と被告の商標とにおける商品の同一性,関連性及び取引者,需要者の共通性に照らすと,本件商標がその指定商品に使用されたときには,簡易迅速性を重んずる取引の実際においては,本件商標の構成中の「VALENTINO」の文字部分がこれに接する取引者,需要者に特別な文字として,その注意を引くであろうことは容易に予測し得るところである。

以上のとおり,本件商標は,被告の商標と同一の部分をその構成の一部に含む商標であって,その外観,称呼及び観念上,この同一の部分「VALENTINO」がその余の部分から分離して認識され得るものであることに加え,被告の「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」又は「VALENTINO」,「ヴァレンティノ」等のブランドの周知著名性の程度が高く,しかも,本件商標の指定商品と被告の商標の使用されている商品が重複し,関連性を有し,両者の取引者及び需要者も共通している。これらの事情を総合的に判断すれば,本件商標は,これに接した取引者及び需要者に対し,Valentino Garavani氏若しくはその経営する会社又はこれらと緊密な関係にある営業主の業務に係る商品であることを連想させて,その商品の出所につき誤認混同を生じさせるものであり(広義の混同のおそれ),本件商標の登録を認めた場合には,被告の周知著名な「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」の持つ顧客吸引力へのただ乗り(いわゆるフリーライド)やその希釈化(いわゆるダイリューション)を招来する結果を生じかねない。

したがって,本件商標について商標法4条1項15号に該当すると認定判断し,本件商標の登録を無効にすべきものとした審決は,正当なものであって,何らの誤りもないものである。

原告は,「VALENTINO」の文字を含む商標が原告の商標のほかにも多数存在することを指摘する。しかし,これらのほとんどの商標の出願,登録は,「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」に係る商品が「VALENTINO」の略称をもって周知著名性を獲得した昭和52年前後又は平成に入ってからのものである。この事実は,逆に,「VALENTINO」の有名性,著名性及びそのブランドの顧客吸引力を示している。「VALENTINO GARAVANI」以外の「VALENTINO」を含む商標群は,すべて「VALENTINO GARAVANI」ブランドへのフリーライドの商標であり,本件「GIANNI VALENTINO」商標も同様である。

第5当裁判所の判断

1  本件商標の内容について

本件商標は,「GIANNI VALENTINO」の欧文字を横書きしてなるものであり,指定商品を第22類「はき物,かさ,つえ,これらの部品および附属品」とし,平成元年3月30日登録出願,平成5年5月25日登録査定を経て,同年12月24日設定登録を受けたものである。なお,弁論の全趣旨によれば,「GIANNI VALENTINO(ジャンニ・バレンチノ)」とは,イタリア生まれのデザイナーの氏名そのものである。

2  Valentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)氏について

証拠(甲38,41,42,乙18,19〔枝番号付きのものも含む。〕)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

Valentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)氏は,1932年イタリアに生まれた。ミラノとパリでファッションを勉強した上,パリのギ・ラローシュの下で働くなどした後,1959年にイタリアに戻り,ローマにデザイン工房を設けた。1967年にフィレンツェで白一色の「白のコレクション」を発表して,「ニューズ・ウィーク」,「タイム」,「ライフ」などの雑誌等,マスコミに大きく取り上げられるなど,一躍その名を高め,同年には,ニーマン・マーカス賞(ファッション界のオスカー賞に相当するといわれる。)を受賞した。その後,エリザベス・テイラー,オードリー・ヘップバーン,ジャクリーヌ・ケネディ,モナコ公国グレース妃などの著名人を顧客に持ち,世界の高級ブランドとしての名声を高めていった。

3  「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)」の表示の周知著名性について

(1)  証拠(甲30-14~50,31-2・3,72-1~4,乙17)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

三井物産は,ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏のデザインに係る商品について,独占輸入契約を締結し,昭和45年(1970年)から輸入を始めた。昭和49年(1974年)7月17日には,国内販売のため,三井物産他2社の共同出資により,ヴァレンティノ・ブティック・ジャパンが設立された。同社は,直営販売店をホテルニューオータニ内に置くほか,直営店を全国有名百貨店等に出店して,遅くとも昭和52年(1977年)頃には,これらの有名百貨店等において,ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏のデザインに係る商品を全国的に販売していた。

被告の有する我が国における登録商標としては,前記第2,1(2)の引用商標として記載したものなどがある。このうち,引用C商標は,「VALENTINO」との商標である(第21類「宝玉,その他本類に属する商品」で,「かばん類,袋物」を除くものが指定商品)。もっとも,本件商標の指定商品と同じ第22類について被告が有する登録商標は,前記引用A商標である「VALENTINO GARAVANI」との商標であって,第22類についての「VALENTINO」との商標は,マリオ・バレンチーノS.P.A.が設定登録を受けている(第22類の「はき物(運動用特殊靴を除く),かさ,つえ,これ等の部品及び附属品」が指定商品)。なお,同社は,上記「かばん」等についても「VALENTINO」との商標の登録を受けている。また,被服を含む第17類を指定商品とする「VALENTINO」との商標については,プレイロードが昭和43年に出願し,昭和45年1月19日に第852071号として設定登録を受けたことで,ヴァレンティノ・ガラヴァーニ側,すなわち三井物産は,被服類等につき,「VALENTINO」商標の登録を得ることができなかった。そこで,三井物産は,やむを得ず,プレイロードと協議の結果,被服類を含めすべての商品について,日本向けのみに「VALENTINO GARAVANI」のマークを付することとなった。その後,「VALENTINO」商標(第852071号)は,平成6年12月19日,プレイロードから帝人商事株式会社に移転登録され,平成8年9月9日には,被告側への移転登録がされた。

ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏のデザインに係るハンドバッグ,ベルト,婦人服,紳士服,パーティーバッグ,フォーマルウェア,スポーツウェア,ネクタイ,婦人靴等は,多くの雑誌等において,繰り返し紹介されており,その表示として,「VALENTINO GARAVANI/ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」,「valentino garavani」,「VALENTINO GARAVANI」,「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」,又は「valentino garavani」若しくは「VALENTINO GARAVANI」と「V」を図案化した図形とを組み合わせたものが多用されている。

(2) 上記認定事実によれば,本件商標の出願ないし登録査定日までの時期において,「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)の表示」が周知で著名になっていたということができる(原告もこの点は積極的に争わない。)。

4  「VALENTINO(ヴァレンティノ)」の表示の周知著名性について

(1) 前記のとおり,プレイロードがいち早く被服を含む第17類を指定商品とする「VALENTINO」との商標の登録を受けていたという特殊事情があった。そこで,商品本体に付する表示としては,ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏のデザインに係るすべての商品について,日本向けのものにのみ,「VALENTINO GARAVANI」のマークを付する措置を講じていたが,被告への移転登録のされた平成8年9月9日の後は,「VALENTINO」との商標を付することができるようになったものであって,以上は,我が国のみの特殊事情であった(乙17,弁論の全趣旨)。

(2) 一方,ローマ,フィレンツェ,ミラノなどにあるVALENTINO GARAVANIの店名は,「Valentino」との名称であり,イタリアで印刷された宣伝広告用の書籍やパンフレット等では,「VALENTINO」のみの表示が広く使われており,また,外国では,Valentino Garavani氏について「VALENTINO」とのみ表記した書籍が出版されるなどしている(甲42,乙13,17,18-1~8,20,弁論の全趣旨)。

平成8年9月9日以前におけるヴァレンティノ・ブティック・ジャパン作成の日本語の商品カタログなどでも,表紙にこそ「VALENTINO GARAVANI」との表示もあるが,むしろ本文では,「VALENTINO」又は「ヴァレンティノ」のみの表示でほぼ統一されている(甲30-63~68,乙5,6)。また,被告は,前記のとおり,昭和47年7月20日の設定登録以降,第21類「宝玉,その他本類に属する商品」を指定商品とする(後に指定商品中の「かばん類,袋物」について商標権の一部抹消)「VALENTINO」との登録商標も有している。

(3)  本件商標の指定商品の取引者,需要者が接するものと認められる一般に発売されている書籍,雑誌等をみると,次のような記載がある。

辞典類において,ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏を指して,「ヴァレンティノ」,「VALENTINO」との表示があるものがある(「服飾辞典」昭和54年3月5日第1刷発行,文化出版局(甲41),「英和商品名辞典」平成2年第1刷発行,研究社(甲42))。特に,「岩波=ケンブリッジ 世界人名辞典」(平成9年11月21日発行,岩波書店,甲43,乙22)は,「通称ヴァレンティノ」と明記している。

雑誌において,「ヴァレンティノ」,「VALENTINO」との表示がされたものとして,次のものがある。すなわち,「ヴァレンティノは,1952年,ジャン・デシーのアトリエ主任をした後…今シーズンのヴァレンティノのデザイン傾向はクラシック…」との記載のほか,「ヴァレンティノ」とのタイトルに続き「最も人気があるヴァレンティノのネクタイは…」との記載(「世界の一流品大図鑑」昭和51年6月5日発行,講談社,甲38),「ローマだけでもヴァレンティノの店は四店ある…ヴァレンティノは偉大なファッションクリエイターとして…」との記載(「EUROPE一流ブランドの本」昭和52年12月1日発行,講談社,甲39),「永遠にエレガンスを追求するヴァレンティノにとって…ヴァレンティノの高度なファッション感覚に色づけされたハンドバッグは…」との記載(「世界の一流品大図鑑’81年版」講談社,甲30-14・15),「女性らしさを愛し,魅惑的で優美な衣裳作りを心がけているというヴァレンティノ」との記載(「世界の一流品大図鑑’85年版」昭和60年5月25日発行,講談社,甲31-2),「ヴァレンティノのネクタイを締めていると女性の眼差しまで変わってくるとか」との記載(「男の一流品大図鑑’85年版」昭和59年12月1日発行,講談社,甲40),「ナチュラルでしかも新鮮な風合いは,美を創造するヴァレンティノの情熱が感じられます」との記載(「世界の特選品’86」,昭和60年11月1日発行,世界文化社,甲31-3),「ヴァレンティノの服は,このスカート丈とニット素材…」との記載(「ヴァンサンカン 25 ans1987.10」昭和62年10月号,甲30-36・37),「ヴァレンチノ,ソニア・リキエルから,若々しいbisブランドがデビュー。…この秋デビューしたヴァレンチノの『オリバー・ドンナ』」との記載(「non-no’89No23」平成元年12月5日発行,集英社,甲44),タイトルとして「リズの花嫁衣装はバレンチノ」との記載に加え,記事本文での「8度目の結婚をする米女優エリザベス・テイラーのウエディングドレスを,イタリアの有名デザイナー,バレンチノが作ることになった。…リズが…バレンチノのところへ電話をかけてきて,…頼んだ」などの記載(「報知新聞」平成3年7月29日,甲30-70),表紙での大きな文字による「ヴァレンティノ」との表示に加え,その脇に「今月の特集/ファッション界最大のスター"ヴァレンティノ"の魅惑」との記載(「marie claire 1996.2」平成8年2月1日発行,中央公論社,甲45。なお,末尾の「編集ノート」で「モード界の巨匠,ヴァレンティノ・ガラヴァーニの華麗なる世界にスポットを当てました。」と記載)である。

また,本件全証拠によっても,「VALENTINO GARAVANI」以外のブランドで,単に「VALENTINO(ヴァレンティノ)」との表示で通用しているものが存在することは認められない。

なお,百貨店の三越,高島屋,伊勢丹の売り場案内図で「ヴァレンティノ」との表示がみられるが(乙7~9),これは,店舗名自体が「VALENTINO(ヴァレンティノ)」との名称とされているからであろうと思われる。しかし,これら案内図は,前記プレイロードとの関係が解決した平成8年9月9日以後のものであり,それ以前から「VALENTINO(ヴァレンティノ)」と表示されていたことの証明にはならない。

(4) 以上認定のとおり,平成8年9月9日以前には,我が国においては,上記(1)のような特殊事情により,ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏のデザインに係る商品には,すべて「VALENTINO GARAVANI」のマークが付されていたこと,しかし,それは日本向けの商品のみであり,イタリアなどのファッション界において,「VALENTINO」は,Valentino Garavani氏を指すものと理解されており,被告のパンフレットはもとより,店舗名や書籍等でも「VALENTINO」のみの表示が多用されていること,平成8年9月9日以前はもとより,本件商標の出願日及び登録査定日の以前から,我が国でも多くの書籍,雑誌等において,同氏のことを「VALENTINO」,「ヴァレンティノ」と表記して紹介されていることが認められるのであり(なお,本件商標の出願日又は登録査定日の後に出版されたものも,出願日又は登録査定日当時の事情を推認する証拠になり得る。),これらに照らせば,本件商標の出願日及び登録査定日の当時,本件商標の指定商品の取引者,需要者の間で,「VALENTINO」,「ヴァレンティノ」の表示は,Valentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)氏又はそのデザインに係る商品群に使用されるブランド(「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」)の略称を表すものとして認識されていたものというべきである。この点に関する審決の認定判断は是認し得るものである。

なお,上記認定は,商標の指定商品の区別なく認められるのであって,本件商標の指定商品と同じ第22類について被告が有する登録商標が「VALENTINO GARAVANI」で,マリオ・バレンチーノS.P.A.が第22類について「VALENTINO」との登録商標を有することは,上記の認定を左右するものではない。

(5) 原告は,「VALENTINO」,「ヴァレンティノ」の表示がValentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)氏又はそのデザインに係る商品群に使用されるブランドの略称を表すものとして認識されていたとする審決の認定判断が誤りであるとし,その根拠となった証拠につき,「バレンチノ」,「VALENTINO」との表示があるものは,「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)」との記載とともにされているなど,単に記事の中で簡略に表現するために使用されているにすぎないなどと主張する。

しかし,前掲「marie claire 1996.2」(甲45)は,雑誌の表紙において,大きい文字で「ヴァレンティノ」とのみの表示となっているのであり(末尾の編集ノート欄には,「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」との記載がある。),雑誌の編集者・発行者としては,読者を引きつけるべき表紙のタイトルが意味不明なのは致命的であるから,「ヴァレンティノ」との表示のみで,読者には「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」のことであると理解されるとの認識の下に編集・出版したことが明らかである。また,前記「世界の一流品大図鑑’81年版」(甲30-14・15)は,ハンドバッグを紹介するにつき,「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」との表題が記載された上で,説明文中では,上記のとおり「ヴァレンティノ」との表示で記載されているものである。これは,フルネームの繰り返しを避けたにすぎないとも考えられなくもないが,「VALENTINO」の文字を含む商標が唯一でない状況の中で,略すとしても「ガラヴァーニ」とはせず,「ヴァレンティノ」としたということは,記事の筆者が「ヴァレンティノ」という表示により「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」を表現し得るものと考えたからにほかならないといえる。その余のものも,ほぼ同様のことがいえる。なお,前記「世界の一流品大図鑑」(甲38)では,ネクタイ,ブラウス,セーターなどの商品を他のブランドとともに紹介する中で単に「ヴァレンティノ」として紹介しており,該当ページには「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」の記載はない(もっとも,別の頁にデザイナー紹介の部分があり,そこでは,フルネームの記載もある。)。原告の主張は採用の限りではない。

(6) 原告は,我が国において,平成8年9月9日以前には,被告商品には,「VALENTINO GARAVANI」の表示が付され,「VALENTINO」の文字を単独では商標として使用していなかった状況を指摘して,「VALENTINO」,「ヴァレンティノ」の表示がValentino Garavani氏又はそのデザインに係る商品群に使用されるブランドの略称を表すものとして認識されていたとする審決の認定判断が誤りであると主張する。

確かに,前認定のとおり,平成8年9月9日以前には,被告商品には,「VALENTINO GARAVANI」の表示が付されていた状況が存在するが,それにもかかわらず,前記(1)ないし(4)に判示した諸事情が存在することによって,本件商標の出願日及び登録査定日の当時,本件商標の指定商品の取引者,需要者の間で,「VALENTINO」,「ヴァレンティノ」の表示は,Valentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)氏又はそのデザインに係る商品群に使用されるブランドの略称を表すものとして認識されていたものと認められるのであるから,原告の主張は,採用の限りではない。

(7) 原告は,さらに,「VALENTINO」は,イタリアでは多い姓(苗字)であり,「VALENTINO」だけでは,どこのヴァレンティノ氏か分からず,フルネームで表記しなければ,正確には理解できないこと,さらに,そのような「Valentino」の文字を含むデザイナーが多数存在し,それらのデザイナーの商品群を表示する商標と商品が我が国のファッションブランド市場に多数提供されている実情があることから,「VALENTINO(ヴァレンティノ)」の略称のみではどのブランドを指称するのか不明であるとし,「ヴァレンティノ」や「バレンチノ」が「Valentino Garavani」の略称を示すものとして,取引者,需要者の間に広く知られていたということは全く考えられないと主張する。

しかし,以下のとおり,この主張も採用の限りではない。

(a) まず,「VALENTINO」の文字を含む商標のうち,「MARIO VALENTINO(マリオ・バレンチノ)」についてみるに,証拠(甲31-2・3,34-9,40,46,47,63-1~19,71-1・2,72-1~4)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

Mario Valentino(マリオ・バレンチノ)氏は,1927年イタリア生まれで,靴職人でデザイナーであった父の影響を受け,1952年にMARIO VALENTINO社を設立し,1954年のローマ・アルタモーダ・コレクションにおけるサンゴ製のサンダルにより大成功を収め,名を世界的なものとした。ニューヨーク生活を経て,1966年ナポリに戻り,イタリア各地でブティックを展開し,1960年代初頭に靴から鞄の分野に商品を広げ,さらに,革製品による服飾の分野へも進出し,総合皮革メーカーとして活躍してきた(1991年没)。本件証拠においては,「メイド・イン イタリア大図鑑」(昭和59年6月1日発行),「男の一流品大図鑑’85年版」(昭和59年12月1日発行),「世界の一流品大図鑑’85年版」(昭和60年5月25日発行),「世界の特選品’86」(昭和60年11月1日発行),「ヨーロッパの一流品」(昭和60年12月1日発行)などにおいて,「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)」の商品とともに,「MARIO VALENTINO(マリオ・バレンチノ)」の商標を付した靴,バッグ,財布などの商品について,紹介記事が掲載されている。昭和46年には,我が国で「MARIO VALENTINO」の商標が登録出願され,以後,出願が続々とされている。マリオ・バレンチーノS.P.A.は,我が国において,第22類を指定商品とする「VALENTINO」との商標,かばん,バッグ,財布,ベルト,手袋等を指定商品とする「VALENTINO」との商標などについて,登録を受けている。株式会社アスティコは,昭和62年10月に「マリオ・バレンチノ」とライセンス契約をしてライセンス事業を開始した。

次に,「VALENTINO」との文字を含むその余の商標についてみるに,証拠(甲31-2,34-5・9,35,36,64-1~16,65-1~24)及び弁論の全趣旨によれば,昭和57年から「Valentino Rudy」(バレンチノ・ルーディ)との商標の登録出願がされ,その商標を付した商品(服飾,小物等)が昭和58年ころから我が国で流通していること,平成3年には,株式会社アスティコが「GIOVANNI VALENTINO(ジョバンニ・バレンチノ)」とライセンス契約をしたこと,昭和53年から「RUDOLPH VALENTINO」(ルドルフ・ヴァレンティノ)との商標が登録出願されていることが認められる。

以上によれば,昭和40年代から「MARIO VALENTINO(マリオ・バレンチノ)」の商標が,昭和50年代に入って,「RUDOLPH VALENTINO(ルドルフ・ヴァレンティノ)」,「Valentino Rudy(バレンチノ・ルーディ)」などの商標が知られるようになり,本件商標の登録査定日までには,「GIOVANNI VALENTINO(ジョバンニ バレンチノ)」の商標もみられるようになったといえる。その他,必ずしも上記のような時期は明確ではないが,多くの「VALENTINO」の文字を含む商標が存在することがうかがえる。

(b) 本件証拠中には,百貨店で婦人服等を扱った者らが作成した報告書(甲67,68)があり,単に「VALENTINO」,「ヴァレンティノ」といった場合,どのブランドか特定できず,フルネームか,「VALENTINO」部分以外の名称で区別していた旨の記載がある。総合商社の勤務歴のある者の報告(甲66-1)も同旨をいうものと解される。また,百貨店での取引担当歴のある者の著書では,「ヴァレンティノというと大多数の人はマリオ・ヴァレンティノを思うのではないか」と指摘する(乙21)。そして,TBSの情報番組である「はなまるマーケット」平成11年6月25日放送分(甲66-2)によれば,視聴者から,「ヴァレンティノという人が何人もいて誰が本家かちっともわからない」との趣旨の疑問が寄せられたことが放送されている。

(c) 検討するに,上記各報告書(甲67,68)がいつの時点の状況を述べるのか必ずしも明らかでないが,いずれにしても,多くの「VALENTINO」を含む商標が存在する状況下で取引をする専門家としては,万が一にも取引に齟齬があってはならないので,上記のような慎重な扱いをしていたことはむしろ当然である。しかし,そのことと本件商標の登録出願日及び登録査定日の当時において,需要者,取引者の間で「VALENTINO(ヴァレンティノ)」が「Valentino Garavani」の略称として認識されていたか否かとは必ずしも直結しない。少なくとも,一般需要者においては前認定のとおり広く認識されていたと認められるし,上記報告をした専門の取引者においても,その認識がありながら,取引上は上記慎重な措置をとったとしても何ら不自然ではない。また,上記書籍(乙21)においては,上記記載をした理由として,「巷に氾濫しているVマークの製品のほとんどは,マリオのライセンス商品だから」と記載されている。要するに,流通する商品数の視点からいうものであり,「VALENTINO(ヴァレンティノ)」との表示の周知著名性とは直結するものではない。そして,上記TBSの番組は,本件出願日又は登録査定日当時の状況を扱うものでないことは明らかである。その点をおくとしても,上記放送部分に続いて,司会者らも,「家族でやっていると思うよね」と視聴者に同感の意を示した上,調査した結果報告として,数あるブランドの中で有名なのは,「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」と「マリオ・バレンチノ」であり,前者はトップデザイナーズ・ブランド,後者は靴で有名な皮革製品の高級ブランドであって,この2つのブランドの成功で「VALENTINO(ヴァレンティノ)」を含むブランドがたくさん発生し,その数は100くらいあるが,マリオ・バレンチノの子らがバレンチノに自己の名を付加したブランドを使っているほかは,相互に親戚関係はないとの趣旨のコメントをしている。以上によれば,同番組の趣旨は,「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ」と「マリオ・バレンチノ」によって形成された「ヴァレンティノ」のブランドイメージに他の多くのものが便乗し,平成11年当時,混同という事態が生じているというものであると理解される。

以上によれば,上記証拠(甲66-1・2,67,68,乙21)は,前記(1)ないし(4)の認定を妨げるものではない。

いずれにしても,「VALENTINO」がイタリア人に多い氏姓であるからといって(そのことは必ずしも我が国では周知ではない。),また,「VALENTINO」の文字を含む商標が多数存在するとの実情があるからといって,我が国における「VALENTINO(ヴァレンティノ)」との表示の使用等のされ方によっては,取引者,需要者の間で特定のブランドの略称としての認識が成立し得ないわけでもない。そして,実際,本件各証拠によれば,前記(1)ないし(4)のとおり,「Valentino Garavani」について「VALENTINO(ヴァレンティノ)」との表示が使用されてきた実情が存在し,他のブランドではこのような事実が認められないことも相まって,我が国において,「VALENTINO」,「ヴァレンティノ」がValentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)氏又はそのデザインに係る商品群に使用されるブランド(「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」)の略称を表すものとして取引者及び需要者の間で広く認識されていたことを認め得るのである。

よって,原告の上記主張は,採用することができない。

(d) なお,「MARIO VALENTINO(マリオ・バレンチノ)」ブランドの著名性との関係で付言しておく。

本件では,この点に関する十分な証拠は提出されていないが,前掲証拠からは,次のことが推測される。

マリオ・バレンチノ氏は,ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏より年上で,かつ,我が国にその商品が流通した時期もやや早かった。両者のスタートは,靴とオートクチュールというように異なっていたが,次第に双方の商品の範囲が広がって競合するようになった。商標登録の分野では,前記のとおり,両者で「VALENTINO」との商標を取得し合っている。しかし,ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏側は,当初から意識的に「VALENTINO(ヴァレンティノ)」との商標を軸としてブランド展開をする方針を堅持していたものと推測される。一方,マリオ・バレンチノ氏側は,少なくとも,本件証拠にみられる限り,フルネームによる表示を使用しており,「VALENTINO(ヴァレンティノ)」との表示でMARIO VALENTINO(マリオ・バレンチノ)を表した証拠は存在しない。このようなことから,欧米では,「VALENTINO」といえば「Valentino Garavani」を指すものとの認識が確立されていき,我が国でも,商標登録について前記特殊事情があったにもかかわらず,前認定のとおり,同様の認識が成立していったものと推測される。

したがって,MARIO VALENTINO(マリオ・バレンチノ)の表示も我が国において,周知著名といえ,「VALENTINO(ヴァレンティノ)」との名称に対するブランドイメージの向上に寄与したことは否定し得ないとしても,上記事情にも照らせば,本件商標の出願日及び登録査定日の当時,本件商標の指定商品の取引者,需要者の間で,「VALENTINO」,「ヴァレンティノ」の表示は,Valentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)氏又はそのデザインに係る商品群に使用されるブランド(「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」)の略称を表すものとして認識されていたとの認定を妨げるものではない。

5  本件商標が他人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれについて

(1)  商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には,当該商標をその指定商品又は役務に使用したときに,当該商品等が他人の商品又は役務に係るものであると誤信されるおそれがある商標のみならず,当該商品等が右他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ(広義の混同を生ずるおそれ)がある商標を含むものと解するのが相当である。そして,「混同を生ずるおそれ」の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきである(最高裁第3小法廷平成12年7月11日判決・民集54巻6号1848頁)。

(2)  そこで,本件商標について,本件商標の登録出願日及び登録査定日の各当時における,他人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれの有無について検討する。

既に説示したとおり,本件では,(a)本件商標の登録出願日及び登録査定日の各当時,VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標は既に周知著名であり,かつ,「VALENTINO」,「ヴァレンティノ」の表示は,ValentinoGaravani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)氏又はそのデザインに係る商品群に使用されるブランド(「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」)の略称を表すものとして,取引者及び需要者の間で広く認識されていたこと,(b)本件商標は,「GIANNI VALENTINO」の欧文字を横書きにしてなるもので,外観及び称呼においては,「GIANNI(ジャンニ)」と「VALENTINO(バレンチノ)」とが二分して認識され得るものであり,「VALENTINO(バレンチノ)」の部分は,上記(a)の「VALENTINO(ヴァレンティノ)」と同一であること(なお,原告は,本件商標の片仮名表記では「バレンチノ」としていると主張するが,同じ「VALENTINO」であることに変わりはなく,また,「ヴァレンティノ」と表記したものと比べても,日本語の称呼として特に異なるところはない。),(c)本件商標の指定商品は,「はき物,かさ,つえ,これらの部品および附属品」であるところ,本件商標の指定商品の需要者と,Valentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)の各商品(前記のとおり,靴,ハンドバッグ,ベルト,婦人服,紳士服,パーティーバッグ,フォーマルウェア,スポーツウェア,ネクタイ等と広く及んでいる。)の需要者とは,大半において共通することが認められる。

以上の事情に照らせば,本件商標の登録出願日及び登録査定日のいずれの時点に立って判断しても,本件商標をその指定商品について使用するときは,その取引者及び需要者において,上記商品が「Valentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)」と前記のような緊密な関係にある営業主の業務に係る商品と広義の混同を生ずるおそれが認められるものというべきである。

なお,「VALENTINO GARAVANI」又は「VALENTINO」という商標自体が人名であり,独創性がそれほど高くないとしても,この認定判断を左右するものではない。

(3) 原告は,需要者が単に「VALENTINO」と表記した商品に接しても,どのVALENTINO商品であるのかを正確には識別し得ないとの前記主張を前提に,「VALENTINO」の文字を含む他の多くの商標の使用者は,デザイナーズ・ブランドとして,それぞれフルネームで表記して「棲み分け」をしており,本件商標である「GIANNI VALENTINO」商標も同様に,常に全体を一連のものとして使用しており,「ジャンニ・バレンチノ」の称呼が生じ,略称が必要なときは「ジャンニ」と称呼されるので,Valentino Garavaniの商品との混同を生ずるおそれはないと主張する。

原告は,また,ヤング産業が「GIANNI VALENTINO」商標についての事業を拡大して20年,年間の売上も約300億円のブランドマーケットに成長して,被服,バッグ類,靴類などに限らず,家庭用品,陶器,寝具関係などの商品に使用しており,このようなファッショングッズを取り扱う需要者,取引者の間では,本件商標である「GIANNI VALENTINO」商標は広く認識されている,いわゆる周知商標となっていると主張する。

(a) そこで,検討するに,原告主張のとおり,「VALENTINO」の文字を含む商標の使用者がフルネームで表記することによって,「VALENTINO GARAVANI」又は「VALENTINO」という商標とは類似しない商標としたり,相互に商標として区別し得るものとしたとしても,前記(2)のような事情がある以上,通常は,商標法4条1項15号が対象とする前記のような広義の混同を生ずるおそれまでもが解消されるとはいい難い。しかし,主張の趣旨にかんがみ,以下,さらに検討をしておく。

(b) 本件商標の使用状況等の取引の実情についてみるに,証拠(甲4~7,9~29,48~62,70,73〔枝番号付きのものも含む。〕)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

Gianni Valentino(ジャンニ・バレンチノ)氏は,イタリアのミラノで手作りのおしゃれ関係の商品の店を営んでいたカルロ・バレンチノ(Carlo Valentino)の子として生まれ(後記吉江孝の報告書(甲70)によれば1955年頃の生まれということになる。),ミラノに活動拠点をおくデザイナーとなった。カルロ一家と交際のあった吉江孝(元通産省,後に丸紅株式会社に勤務)からの紹介により,ヤング産業は,ジャンニ・バレンチノから,1982年(昭和57年)12月10日付けの「承諾書」により,「日本国商標法における商品区分全類に属する商品につき,GIANNI VALENTINOの商標を使用すること,並びに商標権を取得することを1982年12月21日より20年間の期間において承諾する。」との承諾を得た。ヤング産業は,「GIANNI VALENTINO」ブランドによる商品展開を開始し,順次,本件商標及び商品区分を異にする16件の「GIANNI VALENTINO」に関する商標の登録を受けた。原告は,ヤング産業から本件商標を取得した上,ヤング産業との間で商標管理委託契約書及び覚書を締結した。

ヤング産業は,当初,「GIANNI VALENTINO」商標を自社商品のブランドとして使用することで出発したが,ライセンス事業へと拡大し,昭和60年ころからライセンシーとなった業者が「GIANNI VALENTINO」の商標を付した商品を販売するようになり,平成4年8月時点では,ライセンシーは24社となり,数社の入れ替えはあるものの,平成10年10月時点で38社,平成13年10月時点で29社,平成14年8月9日時点で24社となっている。「GIANNI VALENTINO」商標の付された商品は,スーツ,シャツ,ネクタイ,ベルト,帽子,手袋,ハンカチ,靴下,バッグ,財布,アクセサリーなど多くのカテゴリーに及び,男性用,女性用にもわたっており,全国的に展開されている。本件商標は,「GIANNI VALENTINO(ジャンニ・バレンチノ)」とフルネームで使用されている。

株式会社矢野経済研究所の「ライセンスブランド全調査」によれば,「ジャンニ・バレンチノ」ブランドの平成12年度の売上高は250億円とされている(同調査による上代ベースの総売上げとしては,平成9年度が416.6億円,平成13年度が500億円とされている。)。

ヤング産業は,発行部数約20万部の日刊ビジネス流通専門紙である「繊研新聞」において,平成6年2月から平成14年4月まで年4~5回程度の頻度で「GIANNIVALENTINO」ブランドに関する広告を掲載した。さらに,平成7年10月から平成8年11月まで,東京の営団地下鉄1駅,都営地下鉄2駅,大阪市営地下鉄2駅の各構内又は地下街に設けられている広告掲載のスペースでの広告を実施した。なお,大阪梅田駅には,画面の変化する電動式の掲示板とし,さらにショーウインドゥとするなどした。

このほか,ライセンシーの各種商品について,商品カタログ,チラシ,通信販売カタログ,ギフトカタログに掲載され,「GIANNI VALENTINO」商標が掲載された。

本件証拠として提出されたものでは,平成2年用以降のカタログに革製ジャケト及びコート,タオルのギフトセット,自動車シートカバー,シャツ,バッグなどが掲載されている。また,写真週刊誌である「フラッシュ」(平成5年11月2日号,光文社),「フライデー」(平成5年11月5日号,11月25日号,12月24日号,講談社)に通信販売の二光株式会社により革製ハーフコート,ブルゾンの広告が掲載されている。

なお,「GIANNI VALENTINO」のショップがローマにある。また,平成2年ころから,Daniela Veltroni(ダニエラ・ベルトローニ)がジャンニ・バレンチノ氏のアシスタント・デザイナーとなり,Danielaから年2回シーズンディレクション(デザインの方向付け)が送付されることにより,我が国への「GIANNI VALENTINO」ブランドのデザインの指示がされている。

(c) 以上によれば,本件商標を付した商品は,昭和60年ころから流通していることが認められ,登録査定日当時には,ライセンシーが24社程度存在し,ライセンシーにより,その商品に関するカタログ,チラシ,広告への掲載がされていたことなどは推認することができる。しかし,本件商標を付した商品の売上げについては,平成12年度の売上高が250億円(上代ベースの総売上げとしては,平成9年度が416.6億円,同13年度が500億円)との矢野経済研究所の調査結果があるが,本件登録出願日当時はもとより,登録査定日当時の売上高についても,これを認めることのできる証拠はなく,原告の主張すらない。上記調査結果から推認するには,年数の隔たりが大きすぎ,考慮すべき経済情勢なども複雑であって,適切な売上高の推認をすることは極めて困難である。そして,前認定のとおり,登録出願日以前における本件商標を付した広告宣伝に関する証拠は存在しないし,登録査定日以前の証拠としては,カタログへの掲載を示す証拠があるのみであって,本件商標を周知させるのに有力とみられる新聞や公共の場における広告やディスプレイによる広告がされたのは,いずれも登録査定日後である平成6年2月以降にすぎない。なお,写真週刊誌に広告が掲載されたのも,前認定のとおり,設定登録の手続がされた直前ではあるが,登録査定日のほぼ半年後である。

そうであってみれば,「VALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)商標」を使用した商品との混同によるブランドイメージへのフリーライドを狙ったものと推測される多数の「VALENTINO」を含む商標の中にあって,本件商標が「GIANNI VALENTINO」という実在のデザイナーの氏名を商標とし,同人及びそのアシスタントによるデザインの下に積極的な営業活動をし,かなりの実績と知名度も得ていることがうかがえるものの,本件商標である「GIANNI VALENTINO」商標は,その使用状況等の取引の実情をみても,登録出願日当時はもとより,登録査定日当時においても,前記の広義の混同を生ずるおそれを否定するほどの事情を具えるには至っていないものといわざるを得ない。

そして,原告は,「GIANNI VALENTINO」商標は,常に全体を一連のものとして使用し,略称が必要なときは「ジャンニ」と称呼されるので,混同を生ずるおそれはないと主張するが,上記認定の事情に照らせば,原告のこの主張をもってしても,前記(2)の認定を覆すことはできないというべきである。

(4)  以上を要するに,本件商標登録が商標法4条1項15号に違反してされたものであるとした審決の判断は是認し得るものであり,本件商標の登録は許されないといわざるを得ない。

6  結論

以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないというほかなく,原告の請求は棄却されるべきである。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 塩月秀平 裁判官 田中昌利)

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