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東京高等裁判所 平成14年(行コ)234号 判決 2003年9月11日

控訴人 関東地方整備局長

代理人 千葉俊之 菊地原正彦 ほか11名

控訴人参加人 東京都知事

被控訴人 豊國圭介 ほか4名

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用及び参加によって生じた費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文と同旨

第2事案の概要

1  事案の概要は、原判決の「事実及び理由」第2に記載のとおりである。すなわち、本件は、東京都品川区小山台2丁目に不動産を所有する被控訴人らが、平成8年12月2日付け建設省告示第2159号で告示された、建設大臣による東京都市計画公園事業第5・5・25号目黒公園(以下「本件事業」という。)の事業認可(以下「本件認可」という。)によりその所有する土地又は建物の敷地(以下「本件民有地」という。)が事業地に取り込まれ、収用されるおそれが生じたため、本件認可の取消しを求めた事案である。

被控訴人らは、本件認可及びその前提となる都市計画決定において、本件民有地を事業地に加えなくても、隣接する公有地(国有地)を事業地とすれば足りたのであるから、建設大臣及び参加人が、本件民有地が私有地であることを考慮せずに事業地としたのは、裁量権を逸脱濫用したものであり、本件認可は違法であると主張する。

原審は、本件認可の前提となる昭和32年の都市計画決定は、その考慮要素及び判断内容に著しい過誤欠落があり、裁量の範囲を逸脱して違法であるから本件認可は違法であるとして、被控訴人らの請求を認容したため、控訴人が控訴した。

なお、第1審原告青山三喜子(原判決別紙物件目録4(1)記載の土地の共有者)は、平成13年4月27日死亡し、その権利を承継した被控訴人青山和夫及び同青山雅彦が訴訟を承継した。また、第1審原告佐藤正忠(原判決別紙物件目録2記載の土地建物の所有者)は、当審で訴えを取り下げた。

2  都市計画法の規定、前提事実、争点及び争点に関する当事者双方の主張は、次のとおり控訴人参加人の当審における補充的主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」第2の1ないし3に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決6頁3行目の「所有していた」を「所有していたが、青山三喜子は平成13年4月27日死亡し、被控訴人青山和夫及び同青山雅彦がその権利を承継した。」と改める。

3  控訴人参加人の当審における補充的主張

東京都は、東京都震災対策条例47条に基づき、林試の森公園を避難場所(番号156)に指定しているが、林試の森公園は、東京都の目標である原則として1人当たり1平方メートルの避難有効面積の確保には足りない状況にあるところ、西側官舎敷地の避難場所有効面積は、現状では5793平方メートルであるが、これを公園とした場合には3166平方メートルに減少する。西側官舎敷地には、空き地と不燃化された高層建築物である現小山台住宅があり、防災上一定の役割を果たしているのであって、林試の森公園の防災機能を補完する上で有効である。

第3判断

1  都市計画事業認可の要件及び都市計画決定の要件について

(1)  都市計画法61条は、都市計画事業を認可する要件として、事業の内容が都市計画に適合し、かつ、事業施行期間が適切であることなどの要件を規定していること、都市計画事業の認可は、適法な都市計画決定又は変更決定がされていることを前提として、その上に積み重ねられる手続であるから、都市計画決定又は変更決定が違法であれば、その認可も違法となるものと解するのが相当であることなどは、原判決の「事実及び理由」第3の1に説示されているとおりであるから、これを引用する。

(2)  昭和32年決定時及び昭和62年決定時における都市計画決定の要件は、原判決の「事実及び理由」第3の2の(1)及び(2)に記載されているとおりであるから、これを引用する。

2  都市計画決定の適法性の判断について

(1)  都市計画決定における裁量

都市計画において、都市施設の適切な規模や配置といった事項は、これを一義的に定めることのできるものでなく、様々な利益を比較考量し、これらを総合して政策的、技術的な裁量によって決定せざるを得ないものであり、このような判断は、技術的な検討を踏まえた一つの政策として都市計画を決定する行政庁の広範な裁量にゆだねられているというべきであって、都市施設に関する都市計画の決定は、行政庁がその決定についてゆだねられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したと認められる場合に限り違法となるものであり、裁判所は、行政庁が計画決定を行う際に考慮した事実及びそれを前提とした判断の過程を確定した上、社会通念に照らし、それらに著しい過誤欠落があると認められる場合にのみ、行政庁がその裁量権の範囲を逸脱したものということが許されることは、原判決の「事実及び理由」第3の2の(3)アに説示されているとおりであるから、これを引用する。

(2)  都市計画決定の違法判断の基準時

都市計画事業認可の取消訴訟における事業認可の違法判断の基準時は、当該行政庁のした当該事業認可の時であり、都市計画決定の違法性も、都市計画決定のされた時を基準として判断すべきことは、原判決の「事実及び理由」第3の2の(3)イに説示されているとおりであるから、これを引用する。

(3)  本件認可の適法性の検討の前提となる都市計画決定

本件民有地は、昭和32年決定の際、計画区域に含められたものであり、昭和62年決定は、本件民有地以外の区域について計画区域を一部変更するものであるため、本件認可の適法性の検討の前提となる都市計画が昭和32年決定であるか、昭和62年決定であるかが問題となるが、本件民有地は、昭和32年決定により都市計画区域に含められたものであり、昭和62年決定は、主要部分を変更しないまま若干の区域の変更をしたものにすぎないから、本件認可の前提となる都市計画決定は、本件民有地に関する部分については、昭和32年決定であると解するのが相当であることは、原判決の「事実及び理由」第3の2の(4)イに説示されているとおりであるから、これを引用する。そこで、以下、昭和32年決定の適法性について検討する。

3  昭和32年決定の適法性について

(1)  昭和32年決定に至る経緯

ア 東京都市計画地方審議会は昭和31年3月、公園・緑地の適正な配置及び重点的な都市計画公園・緑地の整備を図るための調査研究を行うことを目的として、東京都市計画公園緑地調査特別委員会を設置し、公園・緑地計画が統一的に検討されることとなった(<証拠略>)。

イ 調査特別委員会は、公園緑地再検討基準(<証拠略>)を設け、個々の公園・緑地の現況についての説明の聴取、航空写真による判定又は現地調査に基づいて、上記基準により廃止又は縮小することが妥当なものについてはこれを除去し、上記基準に合致しているものは追加するなどの検討を行い、昭和32年4月30日、第91回東京都市計画地方審議会において公園緑地再配置方針を報告した(<証拠略>)。

ウ 建設大臣は昭和32年7月30日、目黒公園計画を含む東京都市計画公園緑地決定について東京都市計画地方審議会に付議した(<証拠略>)。東京都市計画地方審議会は同年11月6日、第93回東京都市計画地方審議会において東京都市計画公園緑地決定を議決し(<証拠略>)、建設大臣は同年12月21日、昭和32年決定をし、これを告示した。

エ 目黒公園計画は、上記東京都市計画公園緑地決定の一環として計画決定されたものであり、昭和32年2月27日開催の第3回東京都市計画地方審議会の議事録には、目黒公園についての提案理由として、林業試験場の地域であって奇木等の樹木が多く、植物公園にすることが望まれるという趣旨の説明がされたことが記載され(<証拠略>)、また、同年8月5日開催の第92回東京都市計画地方審議会の議事録には、多数の計画のうち、予定地が公園的な使用に供されていないものについて積極的に事業を行うこととし、既に公園的な要素を持っている土地については、積極的に公園事業化を進めるのではなく、当分そのまま利用し、将来他の用途に供されるおそれがある場合にこれを買収して他の用途に転換されるのを防ぐ趣旨で再検討すべきであるとの説明が記載されている(<証拠略>)。

(2)  昭和32年決定の計画区域等

ア 昭和32年決定の計画区域は、品川区小山台2丁目及び目黒区下目黒4丁目各地内の地積約11.70ヘクタールで、原判決添付の別紙図面(以下「別紙図面」という。)1の太線で囲まれた部分であり、当時の林業試験場の本体敷地(別紙図面1のAの部分)に、林業試験場の公務員宿舎敷地(別紙図面1のCの部分)及び本件民有地(別紙図面1のDの部分)を加えた区域であった(<証拠略>)。

林業試験場の本体敷地の南西側にある西側官舎敷地(別紙図面1のB1の部分)には、昭和32年決定当時、農林本省宿舎があり、南東側の土地(別紙図面1のB2の部分)には、公務員宿舎と思われる数棟の建物があったところ(<証拠略>)、B1部分及びB2部分は計画区域とされなかった。

イ C部分には昭和22年9月、林業試験場所管の木造平家建ての林業試験場公務員宿舎が3棟新築され、昭和32年決定当時も同宿舎が存在していた(<証拠略>)。C部分の一部には昭和32年3月、農林本省が所管する農林本省職員宿舎である旧小山台住宅1棟が新築された(<証拠略>)。

B1部分には昭和24年3月、農林本省が所管する農林本省宿舎として木造平家建ての建物25棟が新築され、昭和32年決定当時も同数の建物が存在していた(目黒住宅。<証拠略>)。また、B2部分には昭和32年当時、公務員宿舎と思われる数棟の建物があったが、その建築時期、規模等の詳細は不明である。

本件民有地には昭和32年決定当時、少なくとも4棟の建物が存在していた(<証拠略>)。

ウ 林業試験場の出入口は、東側の表門、北門、南側の裏門(以下「南門」という。)の3箇所であり、これを公園として整備した場合、来園者はこれらの出入口を利用することになるところ、最寄駅はJR山手線の目黒駅、東急目蒲線(当時)の不動前駅及び武蔵小山駅であり、武蔵小山駅から南門までの距離は約600メートルである。林業試験場の接道状況は悪く、直結する幹線道路又はこれに次ぐ支線道路はなく、東側の表門は区道と接しているが、南門は区道と接していない(<証拠略>。なお、別紙図面1ないし4参照)。

(3)  本件民有地が計画区域に取り込まれた理由について

ア 上記のとおり、昭和32年決定により目黒公園が計画され、計画区域には、林業試験場の本体敷地(別紙図面1のA部分)を中心とするほか、林業試験場の公務員宿舎敷地(同C部分)及び本件民有地(同D部分)が加えられた。その理由を直接明らかにする資料はないが、上記認定事実と証拠(<証拠略>)及び計画区域の形状等を総合すれば、次のように推認することができる。

<1> 林業試験場には、奇木等を含む貴重な樹木が多いことから、これらを保全するため大規模な伐採・改変を行わず、園路についても、既存の動線を活用することを前提とする。したがって、南門の設置場所は現状どおりとする。

<2> しかし、南門は接道状況が悪いので、これを区道と直接に接続させる必要があり、そのためには、C部分及びD部分を入口部分とすれば、区道から南門にかけて、ほぼ最短で見通しがよく、間口の広い入口を設けることができる。公園には、災害時における避難場所としての機能も求められるところ、上記の点はこの目的にも合致する。

以上のような考慮に基づくものであったと推認される。なお、国有財産中央審議会は昭和55年5月19日、大蔵大臣に対し、林業試験場跡地について、「避難場所を兼ねた公園として利用する。この場合、本地周辺地域は、道路整備が十分でなく、過密木造住宅地区も多いので、公園の防災機能を高めるため、本地へ通ずる道路の整備を行うほか、本地周辺地域の不燃化を推進するものとし、この関連において必要があるときは、本地内の外周部分の一部を利用するものとする。」旨の答申をしている(<証拠略>)。また、東京都は、昭和62年に目黒公園基本計画を策定しているが(<証拠略>)、上記計画において、C部分及びD部分は、災害時に避難機能を有する入口広場として位置付けられている。

イ ところで、被控訴人らは、公園南側に公道に接する公園入口を設けるには、西側官舎敷地(別紙図面1のB1部分)を利用することによっても可能である旨主張する。しかしながら、その場合には、控訴人が主張するように、別紙図面4の(イ)図のとおり動線は曲線となり、入口広場から公園の中への見通しが十分でなく、災害時における有効な動線とならないのであり、少なくとも、本件民有地(D部分)を入口部分とした場合と比較して、適切であるということはできない。

また、被控訴人らは、南門の既存の位置を基準にすることが問題であり、南門の位置を西側官舎敷地に変更すべき旨主張する。しかしながら、南門の位置を西側官舎敷地部分に変更し、例えば、別紙図面3の矢印<1>のように公園中央部へ向けて新たに園路を設けるとすれば、樹木の伐採等が必要になり、上記のとおり、できる限り既存の樹木を保全するという見地からは、望ましいものということができない。なお、上記基本計画では、南門を入った西側部分は、基本的に伐採・移植を行わず、樹林として残すものとされている(<証拠略>)。

(4)  昭和32年決定の適法性について

ア 上記のとおり、昭和32年決定において、C部分及びD部分が公園入口部分として計画区域に取り込まれた理由は、この部分を公園入口とした場合には、区道から南門にかけて、ほぼ最短で見通しがよく、間口の広い入口を設けることができ、既存の樹木の保存及び災害時における避難場所(避難場所への入口)としての目的に合致すると考えられたことにあるものと推認され、上記理由は合理性に欠けるものではない。

被控訴人らは、昭和32年決定に際しては、本件民有地を計画区域に取り込まずに、いかに有効な動線を設計できるかをまずもって検討すべきであったが、そのような議論がされた痕跡は見当たらない旨主張する。なるほど、昭和32年決定に際して行われた検討経過を明らかにする資料は現存しないが、上記のとおり、林業試験場には、奇木等を含む貴重な樹木が多いことから、これらを保全するため大規模な伐採・改変を行わず、園路についても、既存の動線を活用することを前提とし、南門の設置場所は現状どおりとするものとされたことが推認されるのであって、被控訴人が主張するような検討資料が存在しないからといって、その検討がされなかったということにはならない。そして、被控訴人らが主張するように、西側官舎敷地を計画区域に取り込み、南門の位置を変更することが可能かどうかを検討してみても、それが望ましいものということができないことは、上記のとおりである。

また、被控訴人らは、本件のように、計画区域に取り込まれる土地が私有地である場合には、隣接する公有地を利用すること等により行政目的を達成することが可能かどうかを検討することが義務付けられるというべきであり、公有地では行政目的が達成できず、私有地を収用しなければならない必要不可欠性が認められる場合に限り私有地を計画区域に取り込むことが認められると解すべきであって、昭和32年決定において、西側官舎敷地を利用せず、本件民有地を計画区域とするものとされたのは、私権よりも公務員の居住の利益を優先した官尊民卑の価値観によるものである旨主張する。

しかしながら、昭和32年当時に施行されていた旧都市計画法及び現行の都市計画法(昭和44年施行)の規定を見ても、被控訴人らが主張するように、まず公有地の利用を検討し、公有地によっては行政目的を達成することができない場合にのみ私有地の利用が認められるべき旨を定めた規定は見当たらない。すなわち、現行の都市計画法3条1項は、「国及び地方公共団体は、都市の整備、開発その他都市計画の適切な遂行に努めなければならない。」とし、同条2項は、「都市の住民は、国及び地方公共団体がこの法律の目的を達成するため行なう措置に協力し、良好な都市環境の形成に努めなければならない。」として、国、地方公共団体及び住民の責務を定め、公園は同法にいう都市施設であるところ(11条1項2号)、都市計画基準を定める同法13条1項11号は、「都市施設は、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置することにより、円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように定めること」と規定しているが、これらの規定及びその他の関係規定を検討しても、都市計画を決定する上で、公有地と私有地の利用につき差異があるものとは解されない。上記規定が定めるように、「都市施設は、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置する」という観点に基づいて定められるべきものであって、被控訴人らが主張するように、まず公有地の利用を検討し、公有地によっては行政目的を達成することができない場合にのみ私有地の利用が認められるべきであるといった観点が、都市計画を策定する上で絶対的なもの(最優先すべき評価ないし判断)と解することはできない。そして、前記2(1)で説示したように、都市計画において、都市施設の適切な規模や配置といった事項は、これを一義的に定めることのできるものでなく、様々な利益を比較考量し、これらを総合して政策的、技術的な裁量によって決定せざるを得ないものであって、このような判断は、技術的な検討を踏まえた一つの政策として、都市計画を決定する行政庁の広範な裁量にゆだねられているというべきである。

被控訴人らは、昭和32年決定において、西側官舎敷地を利用せず、本件民有地を計画区域とするものとされたのは、私権よりも公務員の居住の利益を優先した官尊民卑の価値観によるものであるとも主張するが、昭和32年決定においてC部分及びD部分(本件民有地)が計画区域に取り込まれた理由が合理性に欠けるものでないことは上記のとおりであって、根拠のない非難というほかない。

イ 以上の検討結果によれば、昭和32年決定が、その考慮要素及び判断内容に著しい過誤欠落があり、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであって違法であるということはできない。なお、被控訴人らは、東京都は、昭和53年に林業試験場が茨城県に移転した際、林業試験場の職員官舎敷地を計画区域に取り込めば計画目的を十分に達成することができたのにこれを怠り、さらに、昭和57年以降、防災対策緊急事業計画の観点から昭和32年決定を見直す機会があり、同時期に西側官舎敷地の一部を昭和32年決定の計画地内に取り入れることができたにもかかわらず見直しをしなかったなど不作為の違法がある旨主張する。その趣旨は必ずしも判然としないが、被控訴人らが主張する点を考慮しても、上記の検討結果に照らせば、昭和32年決定がその後に違法になったと解すべき事由は認められない。

4  以上のとおりであって、昭和32年決定は適法であるから、昭和32年決定(形式的には昭和62年決定)に基づいてされた本件認可は適法であり、その取消しを求める被控訴人らの請求は理由がない。そうすると、これを認容した原判決は相当でないから、原判決を取り消した上、被控訴人らの請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内俊身 小川浩 大野和明)

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