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東京高等裁判所 平成14年(行コ)244号 判決 2003年5月20日

控訴人 甲野太郎 ほか3名(仮名)

被控訴人 静岡税務署長

代理人 宮田誠司 剣持孝文 ほか2名

主文

1  本件各控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が、控訴人らに対し、それぞれ平成11年6月16日付けでした平成5年分、平成6年分及び平成7年分の所得税に係る加算税の各変更決定処分をいずれも取り消す。

第2事案の概要

1  本件は、平成5年分、平成6年分及び平成7年分の所得税につき、被控訴人から、それぞれ過少申告加算税の賦課決定を受けた後、同過少申告加算税をそれぞれ重加算税に変更する旨の各変更決定処分(以下「本件各処分」という。)を受けた控訴人らが、<1>上記の所得税申告は、控訴人らの顧問公認会計士である訴外A(以下「A」という。)の欺罔行為に基づくものであり、控訴人らが「事実の隠ぺい又は仮装行為」を行ったものではないから、本件各処分は重加算税の課税要件(国税通則法68条1項。以下、国税通則法を単に「法」という。)を欠いた違法なものであること、<2>少なくとも、本件各処分のうち平成5年分の所得税に関する処分は、除斥期間(法70条4項)を経過した違法なものであることをそれぞれ主張して、本件各処分の取消しを求めた事案である。

2  原判決は、上記<1>の点(争点1)については、Aの行為は控訴人らの行為と同視できるから、本件各処分は重加算税の課税要件を満たすものであって、何ら違法なものではなく、また、<2>の点(争点2)については、本件は法70条5項に該当するから、除斥期間も経過していないと判断して、控訴人らの請求をいずれも棄却したため、これを不服とする控訴人らが控訴したものである。

なお、被控訴人は、当審において、重加算税の課税要件につき、改めて解釈基準を示し、納税者から、その国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実(以下「課税要件事実」という。)の把握、管理に関し委任を受けた第三者が、課税要件事実の隠ぺい、又は仮装に及んだ場合において、当該納税者が選任、監督上の注意義務を尽くすことにより、当該第三者による課税要件事実の隠ぺい、又は仮装を防止することができた場合には、当該納税者に重加算税を賦課することができるものと解すべきである旨の主張をした。

これを受けて、控訴人らも、被控訴人の上記のような主張の修正は妥当なものであるとした上で、本件では控訴人らにAについての選任・監督上の注意義務違反はなかった旨主張した。

3  争いのない事実、争点及び当事者の主張は、後記のとおり当審における双方の主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄第2「事案の概要、争いのない事実及び争点」の1及び2(原判決3頁7行目から11頁19行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

なお、以下、控訴人らを個別に示すときは、「控訴人X1」のように表記する。

第3当審における当事者双方の主張

1  被控訴人の主張

(1)  重加算税の課税要件(法68条1項の解釈基準)について

ア 重加算税の趣旨、目的

法の設けた加算税制度は、申告納税制度及び徴収納付制度の定着と発展を図るため、申告義務及び徴収納付義務の違反に対して特別の経済的負担を課すことによって、それらの義務の履行の確保を図り、ひいてはこれらの制度の定着を促進しようとする制度であり、なかでも法68条1項に定める重加算税は、法65条所定の過少申告加算税を課すべき納税義務違反が、本税の課税要件事実を隠ぺいし、又は仮装するという不正手段を用いた悪質な態様で行われた場合に、重い経済的負担を課することによって、かかる悪質な態様による納税義務違反の発生を防止し、もって申告納税制度による適正な徴税の実を挙げようとする趣旨に出た行政上の措置である。

イ 重加算税の構造

所得税法120条1項は、納税者に所得税の申告義務を課しているが、このように納税者に申告義務の課された申告納税方式の国税(法16条2項1号)では、納付すべき税額は、原則として納税者の申告によって確定し、当該税額が税務署長等の調査したところと異なる場合に限り、税務署長の処分によって確定する(同条1項1号)。

そのゆえんは、税の申告が、課税要件事実を最もよく知る納税者自身によるからにほかならず、この趣旨に照らせば、所得税法120条1項に定める申告義務とは、第1に、法定申告期限内に課税要件事実を把握、管理した上、申告書を提出すべき義務であるにとどまらず、第2に、納税者において最もよく知る課税要件事実を正確に把握、管理した上、これを正しく反映させた申告書を作成し、提出すべき義務であり、第3に、特に課税要件事実を隠ぺい、仮装することにより、税務署長等の調査による是正を妨げることを許さない内容のものでなければならない。

上記のような申告義務の内容は、そのまま申告義務違反に対する加算税の構造に反映され、過少申告加算税は、正しい税額の申告をしなかった義務違反に対するものであるのに対し、無申告加算税は、法定の申告期限内に申告をしなかった義務違反と、正しい税額の申告をしなかった義務違反から構成され、重加算税は、更にそれらが隠ぺい、仮装という不正手段による悪質な過少申告である場合の加重類型と解されるものである。

ウ 納税者が課税要件事実の把握、管理を第三者に委任した場合

納税者は、国税の課税要件事実の把握、管理を自ら行うばかりでなく、第三者にこれを委任することも自由であるから、前記の重加算税の趣旨、目的からすると、当該第三者が課税要件事実に係る隠ぺい、仮装に及んだ場合に、法が、課税要件事実の把握、管理を第三者に委任することを容認しつつ、その委任がされた場合に限っては、重加算税による納税義務違反の防止を放棄したものと解すべき合理的理由はない。

したがって、法68条1項は、第三者に上記の委任をした納税者に対し、当該第三者の隠ぺい、仮装を防止させようとする趣旨、目的をも含んでいると解すべきであり、少なくとも、納税者が、上記の委任をした第三者の隠ぺい、仮装を防止することができたと認められるにもかかわらず、重加算税を賦課し得ないとすることは、重加算税の趣旨、目的に反するものというべきである。

以上は、前記のとおりの重加算税の構造からも基礎付けられるものであり、課税要件事実の把握、管理を第三者に委任しても、課税要件事実を最もよく知り得る者が納税者であることに変わりはないから、納税者は、当該第三者に対し、前記イと同様、第1に、法定申告期限内に課税要件事実を把握、管理させ、当該期限内に申告書を提出するばかりでなく、第2に、課税要件事実を正しく反映させた申告書を作成することができるよう、課税要件事実を正確に把握、管理させ、第3に、当該第三者が課税要件事実を隠ぺい、仮装し、もって納税者が過少申告に至ることのないよう注意すべき義務を、その申告義務の一環として当然に負うものと解される。

そうであるにもかかわらず、納税者が必要な注意を欠いた結果、納税者から上記の委任を受けた第三者が、課税要件事実の隠ぺい、仮装に及んだときは、納税者自身が課税要件事実を隠ぺい、仮装した場合と同じ性質のものと評価することができる。

そして、第三者に上記の委任をする納税者は、適切な受任者を選任し、いつでも事務処理状況の報告を求め(民法645条)、いつでも委任契約を解除し(同法651条1項)、委任終了時に遅滞なく、てん末の報告を受ける(同法645条)など、課税要件事実の把握、管理の内容をコントロールする手段を有しており、これらの選任、監督上の手段を通じて、第三者による課税要件事実の隠ぺい、仮装を防止することが可能なのであるから、にもかかわらず、納税者が選任、監督上の手段を尽くさず、当該第三者による課税要件事実の隠ぺい、仮装の防止を怠った場合に、当該納税者が重加算税を課されたとしても、何ら酷ではないというべきである。

エ 小括

以上のとおり、ア)重加算税の趣旨、目的、イ)重加算税の構造、ウ)委任契約に基づく選任及び監督手段の存在のいずれの観点に照らしても、納税者から課税要件事実の把握、管理の委任を受けた第三者が、課税要件事実の隠ぺい、仮装に及んだ場合において、当該納税者が選任、監督上の注意義務を尽くすことにより、当該第三者による課税要件事実の隠ぺい、仮装を防止することができた場合には、当該納税者に重加算税を賦課することができるというべきである。

この場合において、<1>当該第三者の権限の大小、<2>納税者と当該第三者との親族関係の有無、<3>当該第三者が隠ぺい、仮装に及んだ目的、<4>納税者と当該第三者との利害対立の有無、<5>当該第三者がいわゆる専門家か否かという事情は、一切考慮する要はない。なぜなら、これらの事情はいずれも、納税者の当該第三者に対する選任、監督上の措置を不要とするものではなく、また、これを不可能とするものでもないからである。

(2)  本件への適用

ア 本件は、控訴人らが、Aから勧められるままに本件投資を決意し、その手続一切などについてAに一任し、本件投資に関する課税要件事実の把握、管理をAに包括的に委任したところ、Aが当該課税要件事実に係る隠ぺい、仮装に及び、そのため控訴人らが過少申告に至った事案であり、控訴人らは、Aが上記の隠ぺい、仮装に及ぶに際し、Aに対する選任、監督上の措置を何ら採っていないものであり、控訴人らが当該措置を採ることを不要又は不可能とする事情は何ら認められない。

したがって、本件の控訴人らについて、法68条1項を適用し、重加算税を賦課することができることは明らかである。

イ これに対し、控訴人らは、Aが公認会計士であったから、Aを信頼したのであり、Aに対する選任、監督上の措置を採らなかった控訴人らに対し、重加算税を賦課することはできない旨主張するが、本件投資を勧誘し、その手続一切を控訴人らのために行うことは、公認会計士の業務とは無関係であるし、Aが公認会計士であったことが、控訴人らについてAに対する選任、監督上の措置を不要とする事情たり得ないことは明らかであるから、控訴人らの上記主張は失当である。

また、控訴人らは、Aは、課税要件事実に係る隠ぺい、仮装を控訴人らのためではなく、A自身のために行ったものであるから、同人の隠ぺい、仮装を理由として控訴人らに重加算税を課することはできない旨主張するようである。

しかし、第三者が誰のために隠ぺい、仮装を行ったかということと、納税者本人にとって防止可能であったか否かは、全く無関係であり、Aが自分のために仮装、隠ぺいを行ったことが、控訴人らについて、Aに対する選任、監督上の措置を不可能とする事情たり得ないことも明らかであって、控訴人らの同主張も失当である。

2  控訴人らの主張

(1)  重加算税の課税要件について

被控訴人は、当審において、ようやく前記のとおり主張の修正をしたが、控訴人らは、従来から、納税者の帰責性の有無及びその程度が「第三者と同視し得るか否か」の判断要素になると主張してきたから、その限りにおいて、被控訴人の上記主張の修正は妥当なものと考える。

しかしながら、被控訴人は、いまだに前記の「小括」において、<1>ないし<5>の事情は一切考慮する要はない旨の主張を維持するが、上記の各事情は、重要性において濃淡はあるにしても、いずれも選任・監督上の過失の有無を検討する際に勘案すべき事情であり、それらの検討は避けて通れないものというべきである。

(2)  本件において、控訴人らには選任・監督上の過失はないこと、並びに争点1に関する原判決の不当性

本件は、<1>Aが、控訴人らに対して「米国パートナーシップの出資持分を購入しないか」との話を持ちかけ、<2>購入を決意した控訴人らが、Aに対し購入に係る一定の手続を依頼したところ、<3>実際は、Aの詐欺行為であったという事案である。そして、Aは、控訴人らから金員を詐取するために、本件契約書、本件請求書、本件事業所得決算書等をすべて偽造したのであって、何も知らない控訴人らは、それらが真正な文書であると信じ、出資持分の購入を前提として所得税の申告をしたものであるから、控訴人らには、以下のとおり、Aの選任・監督上の注意義務に違反するものがあったとはいえない。

ア 控訴人らとAとの関係

ABC観光等とAとの間の顧問契約は、ABCグループの会長である控訴人X1が、メインバンクである住友銀行静岡支店長から紹介を受け、顧問契約をしてやってくれないかと頼まれたことから、同契約の締結を余儀なくされたものであり、まず、この点で原判決は、同顧問契約の本質を見過ごしている。しかも、Aは、同顧問契約締結後も、月1回程度、税法の一般的解釈等に関する文書を送付するほか、半年から1年に一度会社を訪れていたにすぎない。

したがって、Aが、原判決のいうように、本件投資について控訴人らの代理人又は補助者というべき立場にあったと認めることはできない。

また、控訴人らが、Aの言を信用したことは確かであるが、そうであるからといって、詐欺の加害者が、被害者の代理人又は補助者となるわけではない。Aに委任したのは、本件事業所得決算書の作成に関する手続の一部であって、Aに裁量を与えるようなことは一切していない。

本件パートナーシップのスキーム自体には何らの欠陥があったわけではなく、Aの説明のとおりに本件パートナーシップの出資持分を購入していれば、何の問題も生じなかった。

以上のように、控訴人らは、一般的に高い社会的信用を有する資格を持ち、かつ、メインバンクからの紹介という、いわば間違いのない公認会計士であるAを信用したものであり、結果として、Aが詐欺目的で勧誘を行い、実際には何ら購入手続を行うことなく、これを隠すために各種書類の偽造を行ったことについて、控訴人らに、かかるAの行動を予見せよというのは不可能である。

イ 利害対立性

通常、納税者が第三者に申告事務等を委任した場合に、監督義務が果たせるのは、納税者と当該第三者の利害が一致しており、納税者が当該第三者の報告・説明等を通じて、当該第三者の行動の意味を知ることができるからであるが、本件では、Aは、本件パートナーシップのスキームを提案したときから、控訴人らを騙そうとして、周到な準備の上で策を弄していたのであり、詐欺の加害者と被害者という関係において、両社の利害は真っ向から対立している。このような場合に、納税者が、利害対立のない通常の納税者のように、申告者の行動の意味を知ることは不可能か、又は著しく困難である。

これに加えて、Aは上記のとおりの高い社会的信用と専門的知識を有する肩書の持ち主であるばかりか、大手都銀の支店長からの紹介という事情もあったから、控訴人らが、Aの言を信用してもやむを得ない状況にあり、また、Aの詐欺を見抜くのは困難であった。

なお、この点に関し、原判決は、控訴人らが、後日、Aから詐取された金員を取り戻し、被害の一部回復を受けたことをもって、通常の加害者と被害者との関係と全く同一ではないと判断したが(原判決19頁)、このような原判決の論理は、騙された被害者が、詐取された金員を回収してはならないとの行為規範を国民に対して与えるに等しく、極めて不当な判断である。

ウ 本件契約書の署名時期と購入代金の支払時期について

原判決は、本件契約書への署名や本件請求書に基づく出資金の振込等が全く行われていない段階でされた平成5年分の確定申告において、Aの作成した本件事業所得決算書に本件事業損失が計上されているなど不自然な点があったにもかかわらず、控訴人らが、これについて何ら疑問を持たず、平成7年4月にB会計士に指摘されるまで本件パートナーシップに関する契約関係を漫然と放置していたことなどから、Aと控訴人らとの間には一定の信頼関係があったものと推認されるとし(原判決18頁)、また、このような控訴人らには帰責性もあると判断する(原判決19頁)。

しかし、控訴人らは、平成5年分の確定申告期限である平成6年3月より以前の平成5年12月の時点で、本件パートナーシップの持分の購入を決意し、その手続をAに依頼しており、同投資に関する本件契約は成立し、既に本件投資も現実に行われているとの認識であった。そして、控訴人らがAに対し、契約書へのサインの時期について尋ねたところ、Aが「契約書は後でも大丈夫ですよ。」と説明したものであり、通常の取引でも契約書の作成が実際の取引開始に遅れることは珍しいことではないので、Aの言を信じた控訴人らに落ち度はない。加えて、平成6年6月ころには、Aから実際に契約書が郵送され、控訴人らはこれに署名して返送しているのであるから、控訴人らが平成5年12月の段階で契約書に署名しなかった一事をもって、Aが詐欺行為を働いていたことを見抜く義務を控訴人らに課することはできない。

また、本件投資についての売買代金の支払が5回の分割払いになっていたことも、上記同様、控訴人らの帰責性を肯定する要素とはならない。そして、平成7年においても、確定申告後の6月に本件請求書が送付されているのであるから、控訴人らが騙されているのではないかとの疑問を抱かなかったのも全く不自然ではなく、「漫然と放置していた」などと評価することはできない。

エ 東京高等裁判所平成14年1月23日判決(高等裁判所判例集55巻1号1頁)との関係

控訴人らは、原審においても上記参考判決を引用して、本件が重加算税の課税要件には当たらないことを主張したにもかかわらず、原判決は、同判決に言及しないのみならず、あいまいな基準で本件について同課税要件を満たすと判示した不当なものである。

上記の参考判決は、納税者に税理士が違法の手段を取るのではないかとの疑いを抱く契機が与えられていたにもかかわらず、当該納税者について重加算税の課税要件を満たさないと判断したが、同判決の事例に比べ、本件の控訴人らには、そのような契機が全く与えられていなかったものであり、本件は、より控訴人らの帰責性が少ない場合であるから、なおのこと重加算税の課税要件は否定されるべきである。

(3)  争点2に関する原判決の不当性

法70条5項に定める「偽りその他不正の行為」とは、ほ脱犯の構成要件である「偽りその他不正の行為」と同義であると解されており、ほ脱犯の構成要件としての「偽りその他不正の行為」とは、ほ脱の意図をもって、その手段として税の賦課徴収を不可能もしくは著しく困難ならしめる何らかの偽計その他の工作を行うことをいうと解されている。

本件において、仮にAにほ脱の意思があったとしても、同人に騙された控訴人らには、ほ脱の意図は全くなかったから、Aの行為と控訴人らの行為とを同視することはできない。

したがって、法70条5項の適用についても、Aの行為と控訴人らの行為を同視できると判断した原判決は不当であり、本件には同条項の適用はないというべきであるから、平成5年分の所得税に関する本件処分は、除斥期間(法70条4項)を徒過してされた違法な処分である。

第4当裁判所の判断

1  当裁判所も、控訴人らの請求をいずれも理由がないと判断するものであり、その理由は、判断の前提となる事実の認定につき、原判決「事実及び理由」欄第3「争点に対する判断」の1(原判決11頁21行目から17頁1行目まで)の認定部分を引用するほか、以下のとおりである。

2  争点1(重加算税の課税要件)について

(1)  重加算税の制度は、過少申告をした納税者が、課税要件事実の全部又は一部の隠ぺい、又は仮装という不正手段を用いた場合に、過少申告加算税よりも重い負担を課し、行政上の制裁を科することによって、悪質な納税義務違反の発生を防止し、もって申告納税制度及び徴収納付制度による適正な徴税の実現を確保しようとするものである。

そして、納税者が納税申告を第三者に委任した場合、又は納税者が課税要件事実の把握ないし管理を第三者に委任した場合において、当該第三者がした隠ぺい・仮装行為に基づく申告について、納税者がどこまで責任を負うべきかについては、納税者と当該第三者との関係、当該行為に対する納税者の認識及びその可能性、納税者の黙認の有無、納税者が払った注意の程度等に照らして、個別的、具体的に判断されるべきものであり、したがって、上記の事実関係を基礎にして、納税者が当該第三者に対する選任、監督上の注意義務を尽くすことにより、第三者の隠ぺい・仮装行為を防止することができた場合には、第三者の不正行為を納税者の行為と同視し得るものとして、その防止を怠った当該納税者に対し重加算税を賦課することができると解すべきである。

(2)  そこで、本件についてこれをみるに、まず、控訴人らが、Aの勧めにより本件パートナーシップに対する本件投資をするに至った経緯については、<証拠略>によると、控訴人X1は、Aの説明を十分には理解しておらず、投資することにより損失が生じるので節税対策になるといった程度の認識であったこと、控訴人X2は、本件国税調査を担当した係官に対し、ナーシングホームの購入により減価償却費が発生し、税金が還付されるとの認識であったが、基本的に控訴人X1に任せていた旨、控訴人X3は、同係官に対し、本件契約後数年間は減価償却費の計上メリットとして損失計上が先行するが、その後は利益が発生するので、利益を繰り延べる節税効果があるものと認識し、損失の発生ばかりのパートナーシップというものがあるのか疑問に思いながら、控訴人X2が持参した本件契約書に署名した旨をそれぞれ述べたこと、控訴人X4は、本件契約書に署名する際は、控訴人X1の意見と判断に従っただけであり、その後平成7年6月ころ、B会計士とともにAと会い同人から説明を聞いて、初めてAの説明に疑問を感じたことがそれぞれ認められる。

上記認定事実によれば、控訴人X1は、そもそも本件パートナーシップに対する本件投資が、どのような節税対策になるのかについて、正確な認識すら持たず、当初からAに任せきりの状態で、同人の言を信じて本件投資を行ったものであり、その余の控訴人らも若干の認識の相違はあるが、同様に本件投資による節税対策について十分な理解をしないまま、基本的に控訴人X1の考えに従って本件契約書にそれぞれ署名したものである。しかも、原判決の前記認定のとおり、控訴人らは、平成6年3月から平成8年3月までの長期にわたり、本件投資による本件事業損失を計上した本件事業所得決算書に基づく本件各確定申告をし、それらの決算書の作成についてもAにこれを一任し、その間、控訴人らにおいて、Aに対し本件投資の中身について詳細な報告を求めることも全くしていない上、平成7年6月ころ、上記のとおり、控訴人X4がAと会って同人の説明に疑問を持った後も、平成7年分の所得税の申告期限である平成8年3月の確定申告の基礎となる本件事業所得決算書を依然としてAに作成させたものであって、平成7年分の所得税の支払期限である平成8年5月15日が近づいたころ、B会計士の助言により、ようやく本件パートナーシップを解約することをAに伝えたにすぎない。

なお、その後、平成8年9月ころ控訴人らの所得税に関する税務調査が入った後の同年11月には、Aから、控訴人らの支払った金員が控訴人らに返還され、また、平成9年2月に、控訴人X1がAから過少申告加算税相当額の賠償金を受領した事実経過は、原判決の認定するとおりであるが、原判決挙示の各証拠によっても、控訴人らがAとの顧問契約を解約したのか否か、また解約したとしてその時期がいつであるかは明らかとならない。

以上の事実関係からすれば、Aは、控訴人らから、本件各年分の本件確定申告そのものの委任を受けたわけではないが、同確定申告の基礎となる事業所得に係る青色申告決算書について、控訴人らに対し本件パートナーシップへの本件投資による節税対策を勧誘し、これを損失計上する本件事業所得決算書を作成したものであるから、Aは、控訴人らから、課税要件事実の把握及び管理を委任された者であると認められるところ、控訴人らは、Aによる本件投資の勧誘及びその開始の当初から3年間もの長期にわたり、同決算書の作成をAに任せきりにしていたものであり、その後の上記事実経過をも併せ考慮すると、控訴人らには、課税要件事実の把握及び管理を委任したAについて、その選任、監督上の注意義務を尽くさなかった違法があるというべきであるから、Aによる本件の隠ぺい、仮装行為については、控訴人らの行為と同視し得るものとして、控訴人らに対し、重加算税を課することができるというべきである。

(3)  この点に関し、控訴人らは、前記のとおり、Aが控訴人X1の経営する会社のメインバンクから紹介された公認会計士であること、本件はAが控訴人らを騙した犯罪行為によるものであること、本件契約書の署名時期と購入代金の支払時期にずれがあることに関する原判決の説示が不当であることをそれぞれ詳細に主張するところ、原判決中、控訴人らが後日、被害の回復を受けたことをもって、控訴人らとAの関係が、通常の被害者と加害者の関係と全く同一であるとまではいえないと判示した点は、相当な説示とはいえず、訂正されるべきではあるが、その点を措いても、控訴人らの上記主張は、いずれも前記(2)の判断を左右するものとはいえない。

(4)  以上により、本件各処分は、重加算税の課税要件を満たすものであり、控訴人らに重加算税を賦課した本件各処分に違法はない。

3  争点2(法70条5項の適用の有無)

法70条5項は、所得税法238条1項等所定のほ脱犯の構成要件である「偽りその他不正の行為」と同一の文言を用いているものの、重加算税は、刑罰とは異なり、前記のとおりの趣旨及び目的をもって違反者に課される行政上の措置であって、故意に納税義務違反を犯したことに対する制裁ではないから(最高裁判所昭和45年9月11日第二小法廷判決・刑集24巻10号1333頁、同昭和62年5月8日第二小法廷判決・裁判集民事151号35頁)、当該申告等が課税要件事実の隠ぺい又は仮装に当たり法68条1項所定の重加算税の課税要件が満たされるときは、当該行為は法70条5項の「偽りその他不正の行為」に該当し、その重加算税に関する更正決定等については、同条項により7年間の除斥期間が適用されると解すべきである。

したがって、本件において控訴人らに対して賦課された重加算税については、前記のとおり法68条1項の課税要件を満たすものであるから、平成5年分の所得税に関する本件処分については、法70条5項の適用が認められ、同処分が期間制限に違反してされた違法なものであるということはできない。

したがって、この点に関する控訴人らの主張も採用することができない。

第5結論

以上によれば、控訴人らの請求はいずれも理由がないから、これと同旨の原判決は、結論において相当であって、本件各控訴はいずれも理由がない。

よって、控訴人らの本件各控訴をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 石垣君雄 大和陽一郎 富田善範)

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