東京高等裁判所 平成14年(行コ)84号 判決 2002年10月23日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は,参加によって生じた費用を含め,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は,焼津市に対し,492万5804円及びこれに対する平成12年4月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文と同旨。
第2事案の概要
本件は,焼津市長であった被控訴人が,焼津商工会議所(以下「商工会議所」という。)との間に派遣協定を締結し,職務専念義務を免除した上,商工会議所に派遣した市職員に対して給与等の支払(財務会計行為)をしたことは,地方公務員法(以下「法」という。)24条1項,30条及び35条の趣旨に反し,違法であるとして,焼津市(以下「市」という。)の住民である控訴人が,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,市に代位して,同派遣職員に支払われた給与のうち市が負担した部分に相当する金額について,不法行為に基づく損害賠償を請求している事案(住民訴訟)である。
1 基本的事実(証拠の摘示のない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
控訴人は,市の住民であり,被控訴人は,平成3年8月から本件訴訟の提起時まで焼津市長の職にあった者である。また,商工会議所は,商工会議所法に基づき設立された法人であり,市内における商工業者の共同社会を基盤とし,商工業の総合的な改善発達を図り,兼ねて社会一般の福祉の増進に資し,もって商工業の発展に寄与することを目的としている(商工会議所定款1条,3条)。(甲7)
(2) 市職員の派遣
ア 被控訴人は,平成11年4月1日,焼津市長として,商工会議所との間で,市職員を商工会議所に派遣するに当たり,次の内容の協定(以下「本件協定」という。)を締結した。
(ア) 職員の派遣(1条)
市及び商工会議所の協議に基づき,市の職員を商工会議所に派遣するものとする。
(イ) 派遣期間(2条)
派遣期間は,市及び商工会議所の協議に基づき決定するものとする。
(ウ) 身分(3条)
市は,派遣職員につき,市職員の身分を保有させたまま派遣を命じ,商工会議所は,該当職員に商工会議所の職を命ずるものとする。この場合,市及び商工会議所は,派遣職員に不利にならないように適切な措置を講ずるものとする。
(エ) 給与等(4条)
派遣職員の商工会議所の職務に係る給与等は,派遣職員が商工会議所の団体において就く職に相当する給与の額とする。
(オ) 給与等の支給(5条)
派遣職員に対する給与等は,市が市の関係規定に基づいて支給するものとし,商工会議所は前条の給与相当額を市に支払うものとする(1項)。
前項の規定による商工会議所から市への給与相当額の支払時期は,派遣期間の属する年度末とする(2項)。
(カ) 旅費(6条)
派遣職員の派遣期間中における商工会議所の用務に係る旅行に要する費用は,商工会議所の関係規定を適用して,商工会議所が負担し支給するものとする。
(キ) その他(7条)
その他必要な事項については,その都度,市及び商工会議所が協議して定めるものとする。
(ク) 派遣職員の主な職務内容
本件協定に添付された「商工会議所での派遣職員の主な職務内容」と題する書面によって,派遣職員の主な職務内容が次のとおり定められた。
市の商工業等の振興計画を積極的に実施し,推進するため,総合経済団体(商工会議所)と連携して次の業務を行う。
① 全国豊かな海づくり大会への支援に関すること。
② 焼津漁港用地の幅広い利活用に関すること。
③ 中心市街地,商店街の活性化と街づくりの推進に関すること。
④ 市の商業活性化基金助成事業による商店街等活性化対策の推進に関すること。
⑤ その他市との連絡,調整。
イ 被控訴人は,平成11年4月1日,焼津市長として,本件協定に基づき,市総務部参与のAに対し,その職務専念義務を免除(以下「本件職務専念義務の免除」という。)した上,商工会議所への派遣(以下「本件派遣」という。)を命じた。本件職務専念義務の免除は,焼津市職員の職務に専念する義務の特例に関する条例(以下「本件免除条例」という。)2条4号の「前3号に規定する場合を除くほか任命権者が定める場合」との規定をうけた,焼津市職員の職務に専念する義務の免除に関する規則(以下「本件免除規則」という。)2条2号の「市行政の運営上その地位を兼ねることが特に必要と認められる団体の役員,職員等の地位を兼ね,その事務又は事業を行う場合」に該当するとしてされた。
ウ Aは,前同日,商工会議所から事務局長に任命され,商工会議所の職員としてその職務を行うこととなった。そして,平成12年3月31日をもって市を定年退職したが,引き続き,商工会議所の事務局長として勤務している。
(3) 市による給与の支給
市は,Aに対し,平成11年4月1日から平成12年3月31日までの間に,給与として,合計1042万6901円(控訴人主張の1060万9609円ではない。)を支給した(以下「本件給与支出」という。)。また,本件協定4条,5条1項により,商工会議所から市に対し,商工会議所の事務局長職に相当する給与額である568万3805円が支払われた。(弁論の全趣旨)
(4) 住民監査請求
控訴人は,平成12年6月13日,市監査委員に対し,本件給与支出が違法な公金の支出であるとして住民監査請求を行った。
同監査委員(2名)は,同年8月10日付で,市職員を職務専念義務を免除して商工会議所へ派遣したことは,法30条及び35条の趣旨に反し,職務専念義務免除による本件給与の支払は法24条1項の趣旨に反し,違法なものというべきである,ただし,このことによる損害を被控訴人(市長個人)が賠償すべきかについては合意に至らなかった旨の監査結果を控訴人に通知した。
そこで,控訴人は,同年9月8日,本件訴訟を提起した。
2 争点
(1) 本件給与支出は違法か。
ア 本件職務専念義務の免除は,法30条及び35条の趣旨に反する違法なものか。
イ 本件協定は,法24条1項の趣旨に反する違法なものか。
(2) 損害の発生の有無及び損害額。
第3争点に対する当事者の主張
1 争点(1)ア(本件職務専念義務の免除の違法性)について
(控訴人の主張)
(1) 本件免除条例は,法35条を根拠にするものであるが,職務専念義務を免除することは,任命権者の全くの自由裁量に委ねられるものではなく,服務の根本基準を定める法30条や職務専念義務を定める法35条の趣旨に沿うものにのみ許される。すなわち,派遣職員が派遣先で従事する職務が地方公共団体の行政目的の達成に資するものであり,派遣することに公益上の必要性がある場合に限り,職務専念義務の免除が許される。それ以外の場合に職務専念義務を免除することは,法30条及び35条の趣旨に反し,違法である。
(2) Aの商工会議所事務局長としての職務は,いずれも商工会議所の定款に定める目的達成のための業務,又は定款に掲げた事業に係る職務であり,市職員の果たすべき職務とは明らかに異なり,市の商工業振興策とは直接的に関連性のない内部的事務を中心とするものであった。また,ジャスコ出店に関するAの職務は,旧大規模小売店舗法に基づく商工会議所の業務であるし,この出店問題については,市の商工業振興策と商工会議所の業務内容とは重要な部分において両者が必ずしも一致するとは限らず,両者間に不一致が生じた場合に,必ずしもこれをAが解消し得るとは期待できないものであった。したがって,本件派遣には,公益上の必要性がなく,本件職務専念義務の免除は,法30条及び35条の趣旨に反し,違法である。
(3) 商工会議所の事務局長職には,本件派遣前から,市の退職職員が7代くらい続けて就任していたが,職務専念義務を免除して現役の市職員を派遣したのは,本件派遣に係る平成11年4月1日から平成12年3月31日までの1年間のみであった。その後は,市を定年退職したAが,引き続き,商工会議所の事務局長職に就き,本件派遣当時と同様の職務を行っている。
市は,平成8年度から,「部長職は58歳で役職定年し参与とする。」との人事制度を導入したが,この人事政策の背景には,定年退職を間近にした幹部職員が多くなってきたことに伴うポスト不足解消のねらいがあり,この人事政策の結果,役職に就かない余剰幹部が生じることになった。本件派遣は,このような状況の下で行われたのであり,その目的は,余剰幹部の解消にあって,市の行政目的達成のための公益上の必要性に基づくものではなかった。
(被控訴人の主張)
(1) 本件職務専念義務の免除は,商工会議所の事務局長の職が本件免除規則2条2号の「市行政の運営上その地位を兼ねることが特に必要と認められる団体の役員,職員等の地位」に該当するとしてされたものであるが,職員派遣に伴う職務専念義務の免除については,それぞれの地方公共団体の実情に応じ,裁量権の濫用にわたらない限り,地方公共団体の長の判断に委ねられるべきものである。また,市の意向をもって,市の関連団体に一つの組織を設置し,あるいは一つの事業を実施してもらうについて,市の意向を酌んだ者が現場に居ると居ないとでは,その円滑な目的達成に大きな差が生じる。市職員の身分を持つ現役の職員を派遣することは,このような場合において最も効果的な手段となる。
(2) 市は,その商工業関連施策を実施する上で,従前,市内商工業者の中核的存在である商工会議所と密接な関係を保ちつつ,共同して市の商工業の振興に努めてきており,商工会議所の事業は,市の商工業関連施策と相当の範囲において一致し,又は深い関係を持っている。このような関係にある商工会議所に,市が商工関係分野を始め豊富な行政経験のあるAを事務局長として派遣し,職務に従事させることは,それ自体,商工会議所における市の関連事務事業の充実につながるとともに,市と商工会議所との連絡,調整や情報交換等が豊富かつ円滑に行われることによる連携強化にもつながり,市の商工業関連施策の推進に寄与する効果があった。また,市の商工業関連施策と一致するところが大きく,かつ,関連事務事業の実施母体として重要な役割を果たしている商工会議所に,Aが事務局長として勤務したことは,実質的に市の事務を代行したに等しい。加えて,(3)のとおり,Aは,商工会議所において,市の商工業振興策と具体的関連性の強い職務に従事しており,その職務遂行は,市の行政目的の達成に資するものであった。
(3) Aの具体的職務は,次のとおりであった。
ア 全国豊かな海づくり大会(以下「海づくり大会」という。)への支援
市は,海づくり大会への関連事業の実施のためには,関係団体や市民を巻き込みながらその協力の下にこれを実施する必要があり,かつ,その実施を市の活性化につなげたいと考えていた。商工会議所に海づくり大会推進のための組織を発足させることも,その態勢づくりの一つの手段であった。Aは,海づくり大会のPRのための講演会や大会のプレイベントに参加したほか,商工会議所に設置された豊かな海づくり大会検討委員会(以下「海づくり大会検討委員会」という。)の発足などにかかわり,海づくり大会とその関連イベント等の実施のための態勢づくりに寄与した。
イ 焼津漁港用地の利活用
焼津漁港においては,第9次漁港整備長期計画として,沿岸海面の大規模な埋立事業が進行し,小川漁港との一体化による新焼津港の整備事業が進んでいた。この漁港用地をどのように整備し活用していくかは,市の商工業を始め,周辺の住整備環境にもたらす効果や影響においても重要な課題として認識されており,市としては,漁港整備事業について広く関係者の理解を深めながら,官民の意見を集約し,その整備のあり方を模索していた。平成11年度においては,商工会議所にその特別委員会として焼津漁港利活用特別委員会(以下「漁港利活用特別委員会」という。)が設置されたが,Aは,その発足に関与するとともに,幹事として同委員会や幹事会に出席するなどし,同委員会の運営の円滑化と同委員会の活動及び検討内容を充実したものとすることに貢献した。
ウ 中心市街地の活性化とまちづくりの推進
市は,中心市街地における既存商店街の商業の低迷傾向に歯止めを掛けるための施策として,商店街に対する各種の補助事業や中心市街地の商業環境整備事業などを行い,商店街の活性化に努めている。商工会議所は,市内の六つの商店街の連合体である焼津市商店街連合会(以下「商店街連合会」という。)から,商店街振興や近代化を図るための共同事業等の一切の運営事務の委託を受け,また,焼津市商店街連合会青年部(以下「商店街連合会青年部」という。)からも,商店街のサービス強化事業や会議,連絡等の運営事務の委託を受け,これらの事務事業を行っている。Aは,商工会議所の事務局長としてこれら受託事務事業の統括管理を行ったほか,商店街の役員会及びその他各種の会議や研究会に出席し,指導,助言,情報提供等をすることによって商店街連合会や各商店街の事業の充実に寄与した。また,市の補助事業に関しては,各商店街から市への補助事業申請などについて適切な指導をすること等により,円滑な補助事業の実施に寄与した。
エ 焼津市商業活性化基金助成事業による商店街活性化事業の推進
焼津市商業活性化基金(以下「商業活性化基金」という。)は,市が,商工会議所を中心としてその運用益金を原資とする商業活性化事業を推進するため,市と商店街とが資金を半分ずつ拠出し,商工会議所に設置した基金である。そして,焼津市商業活性化事業実施要領に基づき,商工会議所が商業活性化基金を運用し,助成対象事業計画を取りまとめ,商工会議所に設置する商業活性化推進委員会の協議,決定を経て,基金助成による商店街イベント事業等が実施されている。Aは,商工会議所の事務局長として,また,商業活性化推進委員会の委員として,助成対象事業計画の取りまとめや商業活性化基金の運用に関与し,商業活性化基金助成事業の円滑な実施と基金の適正な運営に寄与した。
オ 焼津市商業振興策の進行管理
焼津市商業振興策は,市と商工会議所を中心とする共同作業によって策定した市の商業活性化のための関連施策であるが,Aは,その進行管理と推進のための同振興策進行管理委員会に出席するなどしてその推進に寄与した。
カ 市との連絡,調整
市と商工会議所との連絡,調整は,関連事業の実施等の全般に関し,事務事業の実施の個別の場面において,Aによって,随時,必要の都度,市の商工関係部課との間で行われた。連絡,調整のための定例の会議として挙げられるのは,市・商工会議所定例打合せ会であり,Aは7回の会議に出席し,その議題となった市や商工会議所の事業等について,双方の情報に精通する者として,協議に参加するとともに,各事業の連絡・調整役として関連事業の円滑な実施に寄与した。また,毎年度の事業として行われている市長との懇談会(市内経済界各方面からの市への要望と市の回答)の実施においても,市への要望事項の取りまとめや懇談会の実施に関し,市と商工会議所との間の連絡・調整役となって,懇談会の円滑な実施に寄与した。さらに,Aは,市の重要な観光イベントであり,市の委託事業を含め実行委員会形式(委員長は商工会議所会頭)によって実施されている焼津みなとまつりにおいても,実行委員会事務局として,打合せから当日の作業に至るまで,積極的なかかわりを持ち,その円滑な実施に寄与した。
キ 焼津市観光協会の関連事業
焼津市観光協会と市との関係については,平成9年度までは市が観光協会の事務局を運営してきたものであり,平成10年度からこれを商工会議所に移転したという特殊な歴史的経緯があり,また,商工会議所の事務局長が観光協会の事務局長を兼務している。このように,観光協会の事業については,従前は実質的に市の事業として行われてきたものが,事務局の移転に伴い,実質的に,商工会議所が事業の運営主体となったものである。現在では,観光協会の各イベント事業は,市商工観光課との共同事業あるいは市商工観光課の補助事業となっている。Aは,観光協会の事務局長として,観光協会の職員1人と共に観光協会の事業の運営に従事し,焼津海上花火大会,黒潮まつり,観光キャラバンなどの観光イベントや事業にも積極的な関与をした。これらの事業は,市の観光行政施策の主要な部分となっており,Aは,これを担い,実践した。
ク 大規模小売店舗の出店対策
平成11年度に出店計画があったジャスコ焼津ショッピングセンター(以下「ジャスコ」という。)の出店に関して,Aは,地元商工業者の意見集約のため,各会議や打合せに出席したほか,情報収集や市との連絡,調整等を行い,既存商業との商業調整に寄与した。大規模・中規模小売店舗の出店に伴う商業調整については,当時,大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律(以下「大店法」という。)の廃止と大規模小売店舗立地法(以下「大店立地法」という。)の制定に伴い,市の指導要綱の見直しが必要となるなどの局面にあった。市が既存商業保護の要請に重点をおいた商業調整を行うことはもはや難しい状況にあったため,市としては,出店を阻止し,あるいは推進するという立場にはなかったが,既存商業低迷の状況にあっては,商業調整は依然として重要な行政課題であり,出店計画の現実的な調整が望まれていた。Aが,商工会議所の事務局長として出店調整に深く携わったことは,市の行政課題としての商業調整の事務を実質的に代行したに等しく,これにより既存商業保護の要請や出店への反発が吸収され,ジャスコの出店に対する柔軟な対応が果たされた。
ケ 海洋深層水の利活用
新たな産業創出として期待されている駿河湾深層の海洋深層水の利活用の推進のためには,行政の支援とともに産業界における理解や研究を進める必要があり,市は,商工会議所を中心としてその推進を図ろうとしていた。取水施設の設置等が進む中,Aは,平成11年6月の焼津市海洋深層水利用研究会(以下「海洋深層水利用研究会」という。)の発足に際し,市と商工会議所との連絡・調整役となって打合せを行うなど,海洋深層水の利活用促進のための体制づくりに寄与した。海洋深層水利活用の推進事業は,市と商工会議所が中心となって進められることとなった。
コ その他
商工会議所は,市の補助事業として中小企業相談所を運営し,市内小規模事業者に対し,巡回指導及び窓口指導を行い,経営指導と経営改善を進めているが,Aは,商工会議所の事務局長としてその運営を統括し,事業の円滑な執行に寄与した。
(4) 従前,市と商工会議所は,密接な協力関係にあり,本件派遣前においても,商工会議所の事務局長職には,市の退職職員が就任していた。平成11年度に現役の職員を派遣したのは,商工会議所からの派遣要請に対し,市の職員配置などの人事環境がそれに応じることができる状況にあり,かつ,現役の職員を派遣することによって,市と商工会議所との連携が一層緊密かつ円滑なものとなり,市の商工業関連施策の充実と円滑な推進が期待されたこと,特に,同年度においては,海づくり大会関連事業や海洋深層水利活用事業について産業界を巻き込んだ推進体制の整備の必要等があったことなどから,現役の職員を派遣することがこれらの目的達成のためにより有効であると判断されたためである。
(5) 職員派遣の問題を法的に解決するため平成12年4月26日に公布された公益法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律(平成14年4月1日施行)に基づく政令には,派遣先対象団体として商工会議所が定められている。
(6) 以上によれば,本件派遣には,公益上の必要性があり,本件職務専念義務の免除は,法30条及び35条の趣旨に反せず,違法でない。
2 争点(1)(イ)(本件協定の違法性)について
(控訴人の主張)
法204条1項は,常勤の職員に対し,給料を支給する旨規定し,また,法24条1項は,「職員の給与は,その職務と責任に応ずるものでなければならない」旨規定しているところ,Aは,違法な本件職務専念義務の免除により商工会議所に派遣され,派遣期間中主として商工会議所の事務局長として職務を行っていたのであるから,常勤の職員ということはできないのはもちろん,派遣期間中市の職務に従事しなかったのであるから,給与の支給はできないというべきである。それにもかかわらず,本件協定は,市がAに対し,市の常勤職員として勤務しているのと全く同額の給与を支給する旨定めている。したがって,本件協定は,給与の根本基準を定める法24条1項の趣旨に反し,違法である。
(被控訴人の主張)
(1) 職務専念義務の免除を行った場合における給与支給の有無は,地方公務員法,地方自治法等の法律で定められるものではなく,各地方公共団体の給与条例等の定めるところによる。そして,市においては,市職員の給与に関する条例(以下「本件給与条例」という。)11条1項4号及び市職員の給与に関する規則(以下「本件給与規則」という。)18条の19によれば,職務専念義務を免除された場合でも,関係団体等への派遣のための職務専念義務の免除については,派遣先から報酬を受けるときは,その額を減額して給与を支給することになる。つまり,本件のような職務専念義務の免除をした場合における給与の支給の有無及びその額は,派遣先との協定等により決定される派遣先からの報酬支給の有無及びその額によって,初めて決定されることになる。
(2) 市と商工会議所は,本件協定において,Aが商工会議所の職員として取り扱う事務(商工会議所のための内部的事務)の量に相当する給与は商工会議所が負担する旨合意した。したがって,Aの職務の中に,市の商工業振興策と密接な関連を有しないものが仮にあったとしても,商工会議所のためにする事務に相当する給与を商工会議所が負担する以上,本件協定は,ノーワーク・ノーペイの原則に違反しない。
(3) また,本件給与条例によれば,公務外の傷病により勤務できない職員を休職にした場合には,その職員に対して,その期間中,給料,調整手当,住居手当,扶養手当及び期末手当の80パーセントを(12条2項),刑事事件に関し起訴されて勤務しない職員に対しては,これらの60パーセントを(12条3項),それぞれ支給することができるとされている。本件協定により,市はAの給与合計1042万6901円の約45パーセントに相当する474万3096円を負担することになったが,市が自らの必要により派遣し,公務と同等の,又はこれと関連性が非常に高い職務に従事した職員に対し,給与の45パーセントを負担することは,前記の地方公務員の給与制度に照らしてみても,また,一般人の常識からみても相当で,きわめて常識的かつ合理的なものであり,市に損害を与えるものではない。
(4) 以上によれば,本件協定は,給与の根本基準を定める法24条1項の趣旨に反せず,違法でない。
3 争点(2)(損害)について
(控訴人の主張)
(1) 本件職務専念義務の免除及び本件協定が違法である以上,本件給与支出は,違法である。そして,違法な本件給与支出により,市は,Aに支出した給与の合計1060万円9609円(推定)と,Aが商工会議所の業務に従事した分として商工会議所が市に納入した568万3805円との差額である492万5804円(推定)の損害を被った。
(2) 本件給与条例11条1項の規定は,本件派遣のように長期間にわたり職務に従事しない職員について給与を支給する根拠とはならない。
(被控訴人の主張)
(1) 本件職務専念義務の免除及び本件協定は違法ではないので,本件給与支出は,違法でない。したがって,市に損害は発生しない。
(2) 本件給与条例11条1項では,休日,休暇その他の場合等を除き,職員が勤務しないときは,1時間当たりの給与額に勤務しなかった時間を乗じた額を減額して給与を支給することを定めており,適法な職務専念義務の免除がなくても,なお正当に支給される給与額がある。また,年次有給休暇等の日数分については,もともと,勤務しなかったとしても給与が支給される。したがって,仮に,本件給与支出が違法だとしても,損害額の算定に当たっては,Aの給与について市の負担した額(474万3096円)からこれらの正当に支給され得た額を控除すべきである。
第4当裁判所の判断
1 前記第2の1の基本的事実及び証拠(各事実の末尾等に掲記)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
(1) 商工会議所の性格,業務内容及び本件協定締結に至る商工会議所側の事情等
商工会議所は,2000人を超える(平成12年3月31日当時)市内の商工業者からなる団体であるが,事務局は,事務局長1人,一般職員7人,経営指導員5人,補助員1人,記帳専任職員1人の合計15人の職員体制であり,事務局長が,専務理事の命を受けて庶務を統括していた。また,事務局長は,会頭や専務理事の補佐的役割を果たす職責を持つとともに,焼津市観光協会の事務局長も兼ねていた。商工会議所は,営利を目的とせず,また,特定の個人又は法人その他の団体の利益を目的としてその事業を行わないものとされ(定款6条),商店街の活性化事業,焼津市商業活性化事業,焼津市商業振興策(丙1)の進行管理による街づくりの推進事業,みなとまつり,海上花火大会などの観光事業,中小企業相談所事業などを行っており,これらの事業の円滑な実施のために,市との定例打合せ会を行ったり,市長との懇談会を開催して要望事項等について意見交換をしたりなどしていた。さらに,平成11年度には,上記のような通常の事業のほかに,海づくり大会の開催のための態勢づくり,海洋深層水利活用の推進,焼津漁港用地の利活用の検討,ジャスコ出店対策などの新たな事業や課題があった。このような状況において,商工会議所では,従来事務局長職には市退職職員が就いていたが,平成11年度には副会頭3名が交代するという事情もあり,事業の充実のため,事務局長職に市の現役の職員の派遣を受けたいと考え,市長である被控訴人に対し,現役の職員の派遣要請を行った。商工会議所は,派遣職員の給与について,当初は,財政的な見地及び商工会議所が市の商工業関連の仕事をかなり手伝っているとの認識から,市に全額負担してもらいたいと考えていた。(甲7,乙2,3,丙1,7,証人B)
(2) 市の商工業振興策及び本件協定締結に至る市側の事情等
市は,商工業の振興や商店街の活性化などの行政課題について,従前,市の商工業者の中心的存在である商工会議所を通じて各種の事業を推進する手法を採っており,商工業者の育成や支援,商工業関係イベントも,実質的に商工会議所を実施母体として行っていて,平成11年度には,総額914万9000円の補助金を交付した。さらに,平成11年度における市の商工関連行政施策としては,焼津市商業振興策の進行管理,焼津市商業活性化事業などの商工行政,みなとまつり,海上花火大会などの観光行政があり,いずれも商工会議所を実施母体として,協働して推進していくことが予定されていたが,同年度には,上記のような通常の事業のほかに,海づくり大会開催のための態勢づくり,海洋深層水利活用の推進事業,漁港・海岸整備事業,ジャスコ出店に伴う商業調整などの新たな事業や課題があった。特に,海づくり大会については,市は,これを低迷する商工業などの活性化の起爆剤として位置付け,官民が一体となって参加する事業として取り組み,また,海洋深層水の利活用については,産業界と行政が共同して研究し,その有効利用を進めようと考えていた。
このような状況において,商工会議所から現役の職員の派遣要請を受けた市は,商工会議所とは今後も協力して商工業の振興に当たらなければならないと認識していた上,平成11年度は,特に海づくり大会開催のための態勢づくりの必要があったため,現役の職員を派遣する合理性があると判断した。そこで,市は,茅ヶ崎市における商工会議所への派遣職員に対する給与の支出が違法とされた事例を検討し,市と商工会議所との関係は,茅ヶ崎市の場合に比して,かなり緊密であるから,商工会議所への現役の職員の派遣は違法でないと判断したが,商工会議所の事務局長としての職務の中に,市の商工業施策の推進と関連の薄い部分があるとすれば,そのような部分についてまで市が給与を負担することは相当でなく,住民の理解も得られないおそれがあると考えた。そこで,市は,派遣職員の給与について,商工会議所の事務局長本来の職務遂行に見合う給与相当分は商工会議所に負担させるべきものと考えた。(甲5,乙1,丙1,3,6,証人C)
(3) 本件派遣等
上記のとおり,市と商工会議所との間で,当初,派遣職員の給与の負担についての考え方は相違していたが,最終的には,商工会議所が事務局長職の給与相当額を負担することで合意した。そして,市は,商工観光関係の部局を経験し,商工行政経験が豊富なAを派遣することとして,平成11年4月1日,商工会議所との間で本件協定を締結した。そこで,被控訴人は,Aの職務専念義務を免除した上,同人に商工会議所への派遣を命じた。
Aは,同日,商工会議所から事務局長に任命され,平成12年3月31日まで,派遣職員として,その職務を行った。市は,Aに対し,平成11年4月1日から平成12年3月31日までの間に,給与として,合計1042万6901円を支給し,そのうちの商工会議所の事務局長職に相当する給与額である568万3805円が,本件協定4条,5条1項に基づき,商工会議所から市に支払われた。
なお,本件給与条例11条1項は,職員が勤務しない時間については原則として給与を減額すると規定し,減額しない場合として,「前3号に掲げる場合のほか,規則で定める場合」(同項4号)を挙げているが,これをうけて,本件給与規則18条の19は,「本件免除条例2条の規定により職務専念義務を免除された場合」には給与を減額せず,ただし,その間報酬を得たときは,同報酬額を給与から減額すると規定している。したがって,本来ならば,Aは,商工会議所から568万3805円を,市から474万3096円をそれぞれ直接支給されることになるのであるが,市及び商工会議所の給与支給事務の煩雑化や2か所から支給されることによる派遣職員の負担を回避するため,本件協定においては,市からの一括支給と商工会議所から市への負担金の納入による清算という形で処理することにした。(乙1ないし3,丙2の1,2,丙3,証人C,同B,同A)
(4) Aの職務内容
ア 本件協定において,Aの商工会議所での主な職務内容は,第2の1(2)ア(ク)のとおり定められていたところ,Aも,本件派遣の目的は商工会議所における市の関連事業を推進することにあり,自分に与えられた職務も商工会議所の事務局長として,市と密接な関係のある事務事業に関する事務局長としての職務を,円滑に,かつ,より密接に連携を保ちながら推進することにあると理解した。
Aは,人事,予算,例規改正,文書指導などの事務,会員の加入増強及び会費事務,共済事務などの会員に関する事務,正副会頭会議,常議員会や総会などの商工会議所の法人組織としての会議等の事務など,商工会議所のための内部的事務を処理したほか,次のイに記載のような対外的意味合いをもつ職務に従事した。
イ(ア) 海づくり大会への支援
海づくり大会は,流通,加工を含めた水産業全般の振興を図るため,その意識高揚等を図る目的で開催される国民的行事であるが,市は,平成10年度から海づくり大会招致推進室及び全国豊かな海づくり大会招致推進庁内委員会等の組織を設置し,平成13年の同大会招致活動を進めた結果,平成11年1月12日,市(新焼津漁港)での開催が正式決定され,この海づくり大会には,天皇陛下の行幸をも仰げることになった。市は,海づくり大会を低迷する商工業などの活性化の起爆剤として位置付け,官民が一体となって参加する事業として取り組むこととし,平成11年5月18日には,第21回全国豊かな海づくり大会焼津市実行委員会を発足させた。他方,商工会議所も同年8月19日には,特別委員会として海づくり大会検討委員会を発足させた。
Aは,商工会議所事務局長として,海づくり大会のPRのための講演会や大会のプレイベントである「さかな王国海のフェスティバル」に参加したほか,海づくり大会検討委員会の発足などにかかわり,同委員会に出席した。
(イ) 焼津漁港用地の利活用
焼津漁港においては,第9次漁港整備長期計画が進行し,小川漁港との一体化による新焼津港の整備事業が進んでいた。商工会議所は,漁港用地の利活用と地域の活性化を推進するため,平成11年度に特別委員会として漁港利活用特別委員会を設置したが,市からは,経済部長,水産商工課長らがオブザーバーとして同委員会に参加した。
Aは,事務局長として,同委員会の発足にかかわるとともに,幹事として同委員会や幹事会に出席するなどして,入港船の誘致,大水深岸壁を含めた新港の整備や集客型の後背地の整備についての具体的な方策を検討した。
(ウ) 中心市街地の活性化とまちづくりの推進
商工会議所は,商店街連合会から商店街振興や近代化を図るための共同事業等の一切の運営事務の委託を受け,また,商店街連合会青年部からも商店街のサービス強化事業や会議,連絡等の運営事務の委託を受け,これらの事務事業を行っていた。
Aは,商工会議所の事務局長として,これら受託事務事業の統括管理を行ったほか,商店街の役員会やその他各種の会議や研究会に出席し,商店街活性化のための方策としての事業やイベントの実施に関し協議した。また,商店街活性化のための市の補助事業の実施に関しては,助言及び指導をした。
(エ) 焼津市商業活性化基金助成事業による商店街活性化事業の推進
市は,商工会議所を中心としてその運用益金を原資とする商業活性化事業を推進するため,市と商店街が6000万円ずつ資金を拠出し,商工会議所に商業活性化基金を設置している。そして,焼津市商業活性化事業実施要領に基づき,商工会議所がこの商業活性化基金を運用し,助成対象事業計画を取りまとめ,商工会議所に設置された商業活性化推進委員会(市経済部長及び商工観光課長も委員である。)の協議,決定を経て,基金の助成による商店街イベント事業等が実施されており,平成11年度には,ふれあい動物園など5件の事業(助成金額合計145万円)が実施された。
Aは,商業活性化推進委員会の委員として,同委員会に出席し,また,地域振興活性化事業打合せに出席するなどして,基金の運用や助成対象事業の取りまとめに関与した。
(オ) 焼津市商業振興策の進行管理
焼津市商業振興策(丙1)は,平成10年3月に市と商工会議所を中心とする共同作業によって策定された市の商業活性化のための関連施策であるが,同振興策の取組状況や事業計画等の把握と進行管理のために,同振興策進行管理委員会が設置されている。
Aは,平成11年度に2回開催された同委員会のうちの1回にオブザーバーとして出席し,問題点等について協議した。
(カ) 市との連絡,調整
市と商工会議所との連絡,調整は,関連事業の実施等の全般にわたり,事務事業の実施上,個別の場面において,必要の生じる都度,Aによって,随時,市の商工関係部課との間で行われた。また,正式な連絡,調整のための会議として,市・商工会議所定例打合せ会があり,平成11年度には9回開催された。
Aは,上記定例打合せ会のうち6回の打合せ会に出席し,海づくり大会,海洋深層水事業,ジャスコ出店問題等について協議した。
また,市と商工会議所は,毎年,市長との懇談会を開催し,市内経済界各方面から提出される要望事項に対して市が回答しているが,Aは,事前に,市への要望事項の取りまとめをするとともに,事前打合せや懇談会に出席した。
(キ) 観光事業
焼津市観光協会と市との関係については,市は,観光協会の事業について,補助金の支出を含め,全面的に協力し,平成9年度までは市が観光協会の事務局を運営していたが,平成10年度からこの事務局を商工会議所に移転したという歴史的経緯があり,また,観光協会の事務局長は,商工会議所の事務局長が兼務している。このように,観光協会の事業は,従前実質的に市の事業として行われてきたが,事務局の移転に伴い,商工会議所がその運営主体となって行われるようになった。Aは,観光協会の事務局長として,観光協会の事業の運営に従事し,焼津海上花火大会,黒潮まつり,観光キャラバンなどの観光イベントや事業の実施に関与した。また,市の重要な観光イベントであり,市の委託事業を含め実行委員会形式(委員長は商工会議所会頭)によって実施されている焼津みなとまつりにおいても,Aは,実行委員会事務局として,準備段階から当日の事業実施に至るまで,関連事務及び作業に従事した。
(ク) ジャスコの出店対策
平成11年度において,焼津南部区画整理地区内にジャスコの出店計画の問題があり,大店法に基づき,静岡県の大規模小売店舗審議会(以下「大店審」という。)から地元の商工会議所に意見が求められることになった。ジャスコの出店に伴う既存小売店舗への影響の調整は,市にとっても重要な行政課題であり,規制緩和や大店法の廃止と大店立地法の制定という法改正に伴い,市の指導要綱を見直す必要に迫られるなど,ジャスコ出店問題に対する市の立場は微妙なものであり,市が前面に立って商業調整を行うことが難しい状況にあった。このような状況において,Aは,地元商工業者の意見集約のため,各会議や打合せに出席したほか,情報収集や市との連絡調整等を行った。その結果,商工会議所は,小売業者に対する影響の大きさ,出店予定地周辺の交通渋滞等生活環境の悪化,市民生活の安全についての配慮等から,店舗面積は53パーセント削減した1万1808平方メートルに,閉店時刻は午後8時以前に,年間休業日数は24日以上にすることで地元の意見を集約し,この集約結果を尊重するよう付記して大店審に報告した。なお,大店審は,審議の結果,店舗面積は30.7パーセント削減した1万7400平方メートル,開店日は届出どおり,閉店時刻は午後8時,年間休業日数は20日と決定した。
(ケ) 海洋深層水の利活用
新たな産業創出として期待されている駿河湾深層の海洋深層水の利活用の推進のためには,行政の支援とともに産業界における理解や研究を進める必要があり,市は,商工会議所を中心としてその推進を図ろうとしていた。海洋深層水の取水施設の設置等が進む中,市は,平成11年6月,海洋深層水利活用の検討のため,海洋深層水利用研究会(会長は焼津市長,副会長は商工会議所会頭,事務局は市水産商工課)を発足させ,その活動の一環として,深層水を利用した商品開発等の研究を進めるため,下部組織として海洋深層水事業化部会を設置することとし,この所管を商工会議所に依頼した。Aは,海洋深層水利用研究会の発足に際し,市と商工会議所との連絡・調整役となって,研究会設置の趣旨,運営方法,委員の構成などについて打合せを行うなど,海洋深層水の利活用促進のための体制づくりにあたった。また,海洋深層水利用研究会発足後は,同研究会の幹事会に出席した。
(コ) その他
商工会議所は,市の補助事業として中小企業相談所を運営し,市内小規模事業者に対し,巡回指導及び窓口指導を行い,経営指導と経営改善を進めているが,Aは,商工会議所の事務局長としてその運営を統括した。
(ア,イの事実につき,乙1ないし3,丙4,5の1ないし5,丙7ないし9,証人C,同B,同A)
2 争点(1)ア(本件職務専念義務の免除の違法性)について
(1) 前記基本的事実によれば,本件職務専念義務の免除は,本件免除条例2条4号の「前3号に規定する場合を除くほか任命権者が定める場合」との規定をうけた本件免除規則2条2号の「市行政の運営上その地位を兼ねることが特に必要と認められる団体の役員,職員等の地位を兼ね,その事務又は事業を行う場合」の規定に該当するとしてされたものであることが認められる。
ところで,本件免除条例に基づく職務専念義務の免除は,任命権者の裁量によって行われるものではあるが,その裁量は全くの自由裁量というものではなく,職務専念義務の免除が服務の根本基準を定める法30条や職務専念義務を定める法35条の趣旨に反する場合には,裁量の範囲を逸脱したものとして違法になると解すべきものである。そして,裁量の範囲を逸脱したか否かは,①職員派遣の目的,②派遣先団体の性格及び具体的な業務内容,③その業務内容と市の政策との関連性,④派遣される職員の派遣先団体における具体的な職務内容,⑤その職務内容と市の政策との関係のほか,⑥派遣期間,派遣人数等諸般の事情を総合考慮した上,市の行政目的達成のため職員を派遣することについての公益上の必要性を検討し,これらに照らし,職務専念義務の免除が法30条や35条の趣旨に反しないかどうかによって判断されるべきである(最高裁平成10年4月24日第2小法廷判決・判例時報1640号115頁,判例地方自治175号11頁参照)。
(2) 上記の見地に立って本件をみるに,まず,本件派遣の目的は,商工会議所と連携して,市の商工業等の振興計画を積極的に実施,推進することにあったこと,商工会議所は,市内における商工業者の共同社会を基盤とし,商工業の総合的な改善発達を図り,兼ねて社会一般の福祉の増進に資し,もって商工業の発展に寄与することを目的とし,営利を目的としない法人であることは,前記基本的事実及び前記1に認定のとおりである。したがって,本件派遣の目的自体には公益性があると認められるとともに,派遣先である商工会議所は,その性格等も派遣目的に適う団体であるということができる。
ちなみに,地方公共団体の職員を公益法人等に派遣する制度等を整備するために制定された「公益法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律」(平成12年法律第50号,平成14年4月1日施行)は,派遣の対象として,特別の法律により設立された法人(営利を目的とするものを除く。)で政令で定めるもの(同法2条1項2号)を掲げているが,同法2条1項2号の法人を定める政令(平成12年政令第523号)には,派遣先対象団体の一つとして商工会議所も定められている。
次に,商工会議所の具体的な業務内容と市の商工業振興策との関連性については,前記1で認定したところによれば,海づくり大会開催のための態勢づくり,焼津漁港用地の利活用,商店街振興事業,商店街イベント振興事業,焼津市商業活性化事業,焼津市商業振興策の進行管理,観光事業,海洋深層水利活用の推進事業及び中小企業相談所事業は,市の施策を,商工会議所が市と共に,又は市に代わって実施している関係にあること,平成11年度においては,市及び商工会議所は,いずれも,海づくり大会開催のための態勢づくり,焼津漁港用地の利活用,海洋深層水利活用の推進事業を重要な事業として位置付けていたことなどが認められ,これらによれば,商工会議所の業務内容と市の商工業振興策との間にはかなり密接な関係があったものといえる。
さらに,前記1で認定したところによれば,Aについては,本件協定において,商工会議所での主な職務内容を市の商工業振興策と密接な関係のある職務とする旨定められていた上,Aは,実際にも市の企画する商工業振興策と直接的な関連性が認められる海づくり大会開催のための態勢づくり,焼津漁港用地の利活用,商店街振興事業,商店街イベント振興事業,焼津市商業活性化事業,焼津市商業振興策の進行管理,観光事業,海洋深層水利活用の推進事業及び中小企業相談所事業等に具体的に関与したものと認めることができる。
そして,上記のように,本件派遣の目的に公益性があること,商工会議所の業務内容と市の商工業振興策との間にはかなり密接な関連性があり,内容的にも一致しているものが多いこと,Aの商工会議所での主な職務内容は,市の商工業振興策と直接的に関係するものであったことなどに照らせば,市の商工業振興策という行政目的達成のために本件派遣をすることについては公益上の必要性があったものと認められ,また,派遣人数は1人で,派遣期間も1年(本件協定では協議に基づき決定するとされているが,1年後にはAが市を定年退職するので事実上1年となる。)と限られたものであったことも考えれば,派遣の方法も相当であったといえるから,本件職務専念義務の免除は,法30条及び35条の趣旨に反せず,違法ではないというべきである。
(3) 控訴人は,本件派遣は,市の行政目的達成のための公益上の必要性に基づくものではなく,役職定年制が導入されたことに伴う余剰幹部の解消が目的であったと主張する。しかし,本件派遣の目的が,市の商工業等の振興計画を積極的に実施,推進することではなく,余剰幹部の解消にあったことを認めるに足りる証拠はなく,本件派遣に余剰幹部の解消という側面及び効果があったとしても,そのことにより,本件派遣の公益上の必要性がなくなるものではないから,控訴人の上記主張は理由がない。
控訴人は,Aの職務はいずれも商工会議所の目的達成のため定款に定められた業務等であり,Aは商工会議所事務局長として,市の商工業振興策とは直接的に関連性のない商工会議所の内部的事務を中心としてその職務を遂行したにすぎないと主張する。しかし,商工会議所の事務内容と市の商工業振興策との間の密接な関連性の存在及びその内容に一致するものが多いこと,Aの商工会議所での主な職務内容は市の商工業振興策と直接的に関連するものであったことは,前記認定のとおりであるから,控訴人の上記主張は理由がない。
控訴人は,Aの行った職務内容(1(4)イ)のうち,観光事業,海洋深層水の利活用,その他の小規模事業者に対する指導,相談事業は,本件協定により当該職員が行うべき主な職務内容(基本的事実1(2)ア(ク))に含まれていないと主張する。しかし,派遣職員の職務内容を定めた「商工会議所での派遣職員の主な職務内容」と題する書面(丙3)の記載内容は,職務の主なものの例示であると解され,1(4)のとおり,Aには,市の商工業等の振興計画を積極的に実施,推進するため商工会議所と連携して行うにふさわしい業務をすることが期待されていたのであるから,控訴人の上記主張は失当である。
控訴人は,市は,海づくり大会のために,平成10年度に3名,平成11年度に5名,平成12年度に6名の専任職員を配置しているのであるから,ことさら,商工会議所に職員を派遣する必要はなく,仮に,派遣の必要があるとしても,海づくり大会が近づく平成12年度ないし平成13年度の方が派遣の必要性が高いと考えられるとか,海洋深層水事業に関し,商工会議所は事業全体の一部を担当したにすぎず,しかもそれに見合う補助金が支給されているから,人的支援は許容されないとも主張する。しかし,本件派遣には公益上の必要性があるといえることは,前示のとおりであり,Aが本件派遣により期待され,かつ,現実に果たした役割は前記認定のとおりであるから,被控訴人が市長としてした本件派遣決定は,その裁量の範囲を超えているとは認められず,これは,控訴人の上記主張する事由によって左右されるものではない。したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
控訴人は,ジャスコ出店問題については,市と商工会議所は,明確に方針が異なっており,市の商工業振興策と商工会議所の業務内容とは重要な部分において両者が必ずしも一致するとは限らず,両者間に不一致が生じた場合に,必ずしもこれをAが解消し得るとは期待できないものであったから,Aの商工会議所における職務は市の行政目的の達成に資するものではなかったと主張する。しかし,ジャスコの出店問題については,前記1(4)イ(ク)で認定のとおり,市は,出店の推進又は阻止という立場にはなく,既存小売店舗への影響の調整を重要な行政課題ととらえていたものであり,一方,商工会議所は,大店法廃止を踏まえて,既存商店街も大型店との競争関係より共存・共生関係による道を模索していくべきであるとの認識を有していたものであり,地元商工業者の意見の集約結果もジャスコ出店絶対阻止というものではなかったのであるから,両者の方針が一致せず,その不一致をAが解消できないという状況ではなかった。そして,前記の規制緩和や法改正の流れの中,市が前面に立って,進出してくる店舗と既存小売店舗との商業調整を行うことが難しい状況下にあって,Aには正に市の行政課題としての商業調整の事務を実質的に代行することが期待されていたのであり,Aはその職務を遂行したものであるから,控訴人の上記主張は失当である。
3 争点(1)(イ)(本件協定の違法性)について
(1) 市においては,本件給与条例11条1項4号及び本件給与規則18条の19により,関係団体等への派遣のため職務専念義務を免除された場合に,派遣先から報酬を受けるときは,その額を給与から減額し,給与を支給することになる。すなわち,本件のように職務専念義務を免除した場合における給与の支給の有無及びその額は,派遣先との協定等により決定される派遣先からの報酬支給の有無及びその額によって,初めて決定されることになる。したがって,本件協定は,市自身の事務に従事していない者に市が給与を支給するか否か,及び支給する場合の支給額を直接的に決定するものである。
被控訴人が市長として締結した本件協定は,市が,Aの給与合計1042万6901円の約45パーセントに相当する474万3096円を支給するという内容であるが,このような本件協定についても,2(1)と同様に,①ないし⑥の諸般の事情を総合考慮した上,市の行政目的達成のために本件派遣をすることの公益上の必要性を検討し,これらに照らし,本件協定が法24条1項の趣旨に反しないかどうかを判断する必要がある(前掲最高裁判決参照)。
(2) そこでこの点について判断するに,本件派遣の目的には公益性があること,商工会議所の業務内容と市の商工業振興策との間にはかなり密接な関連性があり,内容的にも一致しているものが多いこと,Aの商工会議所での主な職務内容は,市の商工業振興策と直接的に関係する事務であったこと,派遣人数は1人で,派遣期間も1年と限られたものであったことは前記判断のとおりである。また,市と商工会議所は,本件協定において,Aが商工会議所の職員として取り扱う事務(商工会議所のための内部的事務)の量に相当する給与は商工会議所が負担する旨合意していたものであるから,Aの職務の中には,前記1(4)アで認定したとおり商工会議所のための内部的事務もあったものの,商工会議所のためにする事務の量に相当する給与を商工会議所が負担する以上,市が給料を肩代わりしているということはできず,本件協定は,ノーワーク・ノーペイの原則に違反しない。さらに,本件給与条例によれば,公務外の傷病により勤務できない職員を休職にした場合には,その期間中,給料,調整手当,住居手当,扶養手当及び期末手当の80パーセントを(12条2項),刑事事件に関し起訴されて勤務しない職員に対してもこれらの60パーセントを(12条3項),それぞれ支給できるとされている。このような地方公務員の給与制度にも照らせば,市が商工会議所で主に市の商工業振興策と直接的に関係する事務に従事したAに対し,給与の45パーセントを支給したことも不合理とはいえないというべきである。
(3) Aの給与の支給については,基本的事実(2)のとおり,市及び商工会議所の給与支給事務の煩雑化や2か所から支給されることによるA本人の負担を回避するため,本件協定では,市からの一括支給と商工会議所から市への負担金の納入による清算という形で処理する内容になっているところ,控訴人は,本件協定は,市が派遣職員であるAに常勤職員として勤務しているのと全く同額の給与を支給することとなり,違法である旨主張する。しかし,地方自治法242条の2第1項4号によるいわゆる代位請求は,同条1項所定の地方公共団体の執行機関又は職員による一定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実によって地方公共団体が被り,又は被るおそれのある損害の回復又は予防を目的とするものであるから,支給額が不当か否かは実質的な支出額によって判断すべきであり,控訴人の上記主張は理由がない。
(4) 以上によれば,市の商工業振興策という行政目的達成のために本件派遣をすることの公益上の必要性が認められ,本件協定は,法24条1項の趣旨に反せず,違法でない。
4 したがって,本件給与支出には違法性が認められないから,その余について判断するまでもなく,控訴人の本件請求は理由がない。
よって,当裁判所の上記判断と同旨の原判決は相当であり,本訴控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 久保内卓亞 裁判官 大橋弘 裁判官 長谷川誠)