東京高等裁判所 平成15年(う)361号 判決 2003年6月04日
〔当事者〕 A
上記の者に対するわいせつ図画頒布、わいせつ図画販売(変更後の訴因・わいせつ図画販売、児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反)、わいせつ図画販売目的所持(変更後の訴因・わいせつ図画販売目的所持、児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反)、児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反被告事件について、平成14年12月26日新潟地方裁判所長岡支部が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官佐藤崇出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、刑訴法378条1号、3号該当、訴訟手続の法令違反、事実誤認及び法令適用の誤り等の主張である(以下、弁護人作成の控訴趣意審「第5部控訴理由」に記載の各控訴理由を、同項の見出しに従い「控訴理由第1」というように略記する。)。
第1管轄違い(刑訴法378条1号)の論旨について(控訴理由第1)
所論は、児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下単に「児童買春・児童ポルノ禁止法」又は「法」という。)は、児童福祉法の特別法であるから、少年法37条1項の適用を受けるので、本件は家庭裁判所の管轄に属する事件であるのに、地方裁判所に起訴されたものであるから、管轄違いであるというのである。
しかしながら、たとえ、所論のいうように、児童買春・児童ポルノ禁止法違反の罪が、少年法37条1項所定の罪の特別法的性格を有するとしても、同項に限定列挙された罪には該当せず、法律に家庭裁判所の権限に属させる旨の特別の規定がない以上は、その第一審の管轄裁判所は地方裁判所又は簡易裁判所である(裁判所法31条の3第1項3号、2項等)。
論旨は理由がない。
第2訴因逸脱認定(刑訴法378条3項)の論旨について(控訴理由第3)
所論は、原判決は、パーソナルコンピュータ(以下「パソコン」という。)と光磁気ディスク(以下「MO」という。)は、児童ポルノ所持の訴因として主張されていないのに、パソコン及びMOを児童ポルノと認定し、児童ポルノ所持罪(法7条2項)を適用している(原判示第4)、という。
しかしながら、当該公訴事実と変更後の当該訴因を比較検討し、検察官の釈明内容をも考慮し、かつ、当該訴因・罰条変更請求書の「性交又は性交類似行為に係る児童の姿態等の映像がパーソナルコンピュータの画面に再生、表現できる情報を記録した」ものであるとの記載にもかんがみれば、本件において、パソコンとMOの所持も児童ポルノ所持の訴因の一部として審判の対象となっていることは明白である。
論旨は理由がない。
第3理由不備・理由齟齬の論旨について(控訴理由第12)
所論は、原判決が量刑理由で、児童ポルノ販売罪の保護法益及び被害に関し誤った説示をしており、これが理由不備・理由齟齬に当たり、量刑も根拠がないというが、原判決が所論が指摘するような見解に立っているとは必ずしも解されない。所論は、被害児童の個別の被害を量って量刑することは不可能であるから、懲役刑に処した原判決は誤りであるともいうが、心身に及ぼす一般的悪影響が肯認できるからこそ規制が是認されているのであって、量刑に当たって必ずしも個々の被害児童の精神的被害の程度を認定することは要しない。
論旨は理由がない。
第4訴訟手続の法令違反に係る論旨について(控訴理由第4ないし第6、一部他の控訴理由を併せて主張するものを含む。)
1 判断遺脱の所論について(控訴理由第4)
所論は、原判決が、原判示第4の事実につき、パソコンとMOの児童ポルノ所持罪について有罪の認定をしているのか不明確であるというが、原判示の当該記載にかんがみれば、ハードディスク及びMOが児童ポルノで、かつ、わいせつ物に当たることを判示していることは明らかであって、これがわいせつ物であることのみを判示したと解する所論は独自の見解にすぎない。
2 児童ポルノの訴因不特定、訴因逸脱の所論について(控訴理由第5)
所論は、本件で児童ポルノとされている写真や画像データは、それぞれ児童1人1人を特定し、個々の写真・画像データ毎にそれぞれ法2条3項1号ないし3号のうち何号に該当するか明らかにすべきであるのに、公訴事実はそれをせずに漠然と記載しており、このような公訴事実は刑訴法256条3項の要請を充たしておらず、また、その訴因では1号のみに該当すると主張されているのに、公訴事実記載の製造、所持に係る物には他の号に該当する児童ポルノが含まれているところ、原判決は、訴因不特定のまま実体判断をした違法があり、かつ、1号に該当しない物を1号ポルノと認定した事実誤認ないし法令適用の誤りがある、などという。
しかしながら、法2条3項の各号は児童ポルノの定義規定であり、その各号のいずれかを充たせば児童ポルノに該当するというのにすぎず、もとよりその各号毎に別罪が成立するものではなく、各児童ポルノについて、それぞれ何号に当たるかを網羅的に訴因に明示する必要はない。また、検察官は、公訴事実(訴因変更後のもの)において、例えば販売については「性交類似行為に係る児童の姿態」などと、1号のみに限定していない趣旨と読み取れる記載をしているのであって、所持、製造の各訴因については、これに加え、公判期日に検察官が2号、3号を含む趣旨であると釈明しているのであるから、1号のみが訴因の内容となっているとの所論は前提を欠くものであり、原判決の「罪となるべき事実」第1、第3の1及び第4においても、法2条3項1号にのみ該当するというような限定した判示はしていない。公訴事実及び原判決において、製造については製造物毎に、販売及び所持についてはそれぞれ品名毎に、被写体の児童が特定されており、本件公訴提起の方式には違法な点はなく、判決の罪となるべき事実の判示方法にも理由不備の違法はない。
3 MOの取調べ手続の違法について(控訴理由第6)
所論は、MOは証拠物として採用されているのに、原審ではその内容を再生せずに証拠調べを終了しているが、証拠物を展示しなければMOの適法な取調べを了したことにはならないと主張する。
しかしながら、被告人及び原審弁護人は、MOが証拠物として採用され取り調べられた原審第1回公判期日に取調べ方法に異議を述べた形跡はなく、また、MO(甲94)についての立証趣旨は「被告人が製造した児童ポルノである光磁気ディスクの存在等」にすぎず、検察官の罪体立証に必要なそのMOの内容については別の証拠により明らかにされているから、証拠調べの方法として、MOの存在のみを示すために単にMOを外形的に展示するにとどめたとしても、何ら違法なものとはいえない。
第5法令適用の誤りに関する論旨について(控訴理由第2、第7ないし第10、第13、第14、一部他の控訴理由を併せて主張するものを含む。)
1 本件MOに関する法令適用の誤りについて
所論は、<1>本件MOはMacフォーマットで記憶されており、Macは稀な機種であるから、一般人は本件画像を閲覧できず、視覚で認識できないから「児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したもの」とはいえず、児童ポルノに当たらない(控訴理由第7)、<2>「製造」とは、撮影、編集等により新たに児童ポルノを作り出すことをいうところ、電子データも児童ポルノであり、MOに蔵置されたデータは、撮影されてコンパクトフラッシュカードにいったん蔵置されたデータを、ハードディスクを経由して無編集でコピーしたものであるから、MOの作成は不可罰的事後行為ないし所持罪を構成するものにすぎず、製造罪(法7条2項)には当たらない(控訴理由第9)、<3>MOはバックアップ用であり、その製造・所持には販売目的がない(控訴理由第10)、という。
まず、<1>の点については、いわゆるマッキントッシュのパーソナルコンピュータは我が国においても広く普及していることは公知の事実であり、それらの機器を使用すれば視認は容易であるし、本件MOの画像データは汎用性の高い形式のファイルで保存されているから、他のパソコンに転送して表示させることも容易であり、「視覚により認識することができる方法により描写したもの」(法2条3項各号)に当たるものと認められる。<2>の点は、全く同一のデータを異なる媒体にコピーした場合であっても、その媒体は新たな取引の客体となり得るのであって、「製造」というを妨げない。デジタルカメラで撮影し、コンパクトフラッシュカードにその映像を蔵置した行為も当然製造に当たるところ、犯意を継続させてMOにそのデータを転送すれば、両者が包括一罪として評価されることになるが、そうであるとしても、後のMOの作成行為が不可罰となるわけではない。<3>の点も、本件MOがバックアップ用であるとしても、被告人は、必要が生じた場合には、そのデータを使用して、販売用のCD-Rを作成する意思を有していたのであり、電磁的ファイルの特質に照らすと、児童ポルノの画像データのファイルが蔵置されている媒体を所持することにより、容易にそのファイルをそのままの性質で他の媒体に複製して販売することができるから、法益侵害の実質的危険性は直接的で、かつ切迫したものといえる。もっとも、本件において、実際には、元のファイルをそのまま複製するのではなく、目をぼかす、サイズを縮小するなどの加工を経た画像ファイルを記録した媒体を販売に供しているが、ファイルサイズの縮小は、機械的に処理できるものであり、目のぼかしも容易な加工であり、児童ポルノと評価される部分は、ほぼそのまま複写されることになるから、MOのファイルは、相当な加工の過程を経て商品となる原材料のような性質のものではなく、販売用の児童ポルノと同質のものであり、MO自体は販売目的を有しなくても、販売目的の所持ということができるものと解すべきである。とりわけ、このことは、製造罪についてみれば明らかである。すなわち、児童の心身に有害な影響を直接与える行為は、児童ポルノの撮影行為であろうが、それによって得られるフイルムや画像ファイルなどの生のデータをそのまま販売するのではなく、これに加工を施した上で販売する意思であれば、撮影をしただけでは販売目的の製造は既遂とならず、販売用の加工を施して商品として完成させなければ製造罪には当たらないということになり、法の趣旨を損なう結果となる。したがって、ここでいう販売の目的には、後にそれに同質性を損なわない程度の加工を施した上で販売する目的を有するような場合も含むものと解するのが正当であり、所持罪についても同様に解される。
以上のとおりであるから、論旨はいずれも理由がない。
2 罪数関係の誤りをいう論旨について(控訴理由第8、第11、第13、第14)
所論は、<1>児童ポルノ罪は、個人的法益に対する罪であるから、被害児童毎に包括して一罪が成立し、製造・所持は販売を目的としているから、製造罪、所持罪、販売罪は牽連犯であり、これらはわいせつ図画販売罪・わいせつ図画販売目的所持罪と観念的競合になり、結局、一罪となるが、原判決は、併合罪処理をしており、罪数判断を誤っている(控訴理由第8)、<2>児童ポルノ罪とわいせつ図画等に係る罪とは法条兢合(特別関係)により児童ポルノ罪のみが成立する(控訴理由第11)、<3>児童ポルノ販売罪の保護法益は描写された者の個人的法益であるから、罪数も侵害された法益の個数を基準とすべきであり、販売罪は5罪が成立し併合罪となるのにこれを包括一罪とした原判決は法令解釈を誤っている(控訴理由第13)、<4>原判決は、児童ポルノ製造罪について撮影行為を基準に1回1罪としているが、弁護人の主張に対する判断では媒体を基準にして罪数を判断すべきであると判示しており、理由齟齬であり、また、MOに関しては1個しか製造していないから、撮影行為が何回に及んでも1個の製造罪であり、ビデオテープは12本製造されているから12罪であって、法令解釈の誤りがある(控訴理由第14)などという。
まず、<1>の点は、児童ポルノ製造罪及び同所持罪は、販売等の目的をもってされるものであり、販売罪等と手段、結果という関係にあることが多いが、とりわけ、児童ポルノの製造は、それ自体が児童に対する性的搾取及び性的虐待であり、児童に対する侵害の程度が極めて大きいものがあるからこそ、わいせつ物の規制と異なり、製造過程に遡ってこれを規制するものである。この立法趣旨に照らせば、各罪はそれぞれ法益侵害の態様を異にし、それぞれ別個独立に処罰しようとするものであって、販売等の目的が共通であっても、その過程全体を牽連犯一罪として、あるいは児童毎に包括一罪として、既判力等の点で個別処罰を不可能とするような解釈はとるべきではない。もっとも、わいせつ図画販売目的所持罪と同販売罪とは包括一罪であるから、結局、原判示第2ないし第4の各罪は一罪として評価されるべきであり、この点で原判決には法令の適用を誤った違法があるが、処断刑期の範囲は同一であるから、判決に影響を及ぼすものではない。<2>の点は、児童ポルノ販売罪等は、その行為が、児童ポルノに描写された児童の心身に有害な影響を与え続けるのみならず、これが社会にまん延すると、児童を性欲の対象としてとらえる風潮を助長することになるとともに、身体的及び精神的に未熟である児童一般の心身の成長に重大な影響を与えることなどを理由に処罰しようとするものであって、性的秩序、風俗を害することを防止しようとする刑法のわいせつ図画に係る罪とは処罰根拠が異なるだけでなく、児童ポルノに該当するものでも、わいせつ図画には該当しない場合もあるから、所論のいうように両罪が法条兢合(特別関係)にあるとは認められない。<3>の点は、原判決には所論のいうような誤りはなく、所論は原判決を正解しないものである。<4>については、同一の機会に撮影して製造した物は一罪と解するべきであるが、本件のMOについては、全く別の機会に製作されたファイルが追加記録されているのであるから、媒体は同一でも追加記録は別罪を構成するものというべきである。原判決の「弁護人の主張に対する判断」の1は、画像データが同一でも別の媒体に複写すれば製造に当たる旨を説示したにすぎず、媒体が同一であれば一罪になる旨判示したものではなく、所論は原判決を正解しないものといわざるを得ない。
3 MOの没収について(控訴理由第2)
所論は、本件MOには被告人がホームページの作成・管理を依頼されている顧客のデータが保管されており、顧客のデータについては、被告人以外の者が、プライバシー権、肖像権、著作権、商標権という人格権、物権を有することが明らかであり、本件MOは一部が犯人以外の者に属するのであって、これを没収することは刑法19条に違反し、憲法31条、29条にも違反する、という。
所論のとおり、本件MOには、ホームページのバックアップデータと推認されるファイルも記録されているが、本件MOが没収されることによって被告人の請け負ったホームページの作成、管理が不可能になったとしても、被告人が債務不履行責任を負い、発注者が、被告人や第三者に対し本件MOに保存されている発注者が提供したファイルを無断で使用しないよう請求することはできても、本件MO自体は被告人の所有物であり、発注者等が本件MOについて物権的な権利を有しているとは認められない。また、没収は、物の所有権を観念的に国家に帰属させる処分にすぎず、帰属した物の処分は別個の問題である。仮に国に帰属した後に、国が本件MOを発注者等の権利を害するような使用や処分をしようとした場合には、その行為の差し止めやファイルの複写、消去などを求め得る可能性はあるとしても、そのような可能性があることは没収の言い渡しを何ら妨げるものではない。
論旨はいずれも理由がない。
その他、所論を逐一検討しても、前記の点以外には、原判決に所論のいうような違法な点は認められない。
よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 原田国男 裁判官 池本壽美子 裁判官 大島隆明)