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東京高等裁判所 平成15年(う)385号 判決 2003年5月26日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は,弁護人野武興一作成の控訴趣意書記載のとおりであり,これに対する答弁は検察官金田茂作成の答弁書記載のとおりであるから,これらを引用する。

第1  原判示第1の業務上過失致死傷に関する事実誤認等の主張について

(控訴趣意書第2、第3)

1  論旨

論旨は、原判決は、被告人が、平成14年1月12日午前6時ころ、普通乗用自動車を運転して茨城県つくば市飯田244番地98先の高速自動車国道常磐自動車道下り車線三郷起点28.5キロポスト(以下、場所の特定につき、「キロポスト」とは、同道路下り車線の三郷起点の地点をいう。)付近片側3車線道路の第2通行帯を谷和原方面から水戸方面に向け時速約120キロメートルで進行中、同道路を大型貨物自動車を運転して自車と同方向に進行していたAの運転態度に立腹し、同道路の第3通行帯を時速約100キロメートルで進行していた同人運転車両(以下「A車」という。)の直前で自車を停止させて、A車を同通行帯上で停止させようとしたが、当時は日の出前で、かつ、同所付近は照明設備もない暗い場所であった上、同通行帯の後続車両の運転者は、同通行帯に停止車両があることを予測せず時速100キロメートルを超える高速度で進行してくることが通常であり、同通行帯上で自車及びA車を停止させれば、A車に同通行帯の後続車両が衝突する危険が予測されたのであるから、同通行帯上で自車及びA車を停止させることは厳に差し控えるべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、立腹の余り、同車を停止させるため、同車の直前にあえて自車を進入させた上、徐々に減速して同市花島新田29番地47先の28.8キロポスト付近の同通行帯上で自車及びA車を停止させた過失により、同日午前6時25分ころ、同通行帯を谷和原方面から水戸方面に向け進行してきたB(当時20歳)運転の普通乗用自動車前部を停止中のA車後部に衝突させ、よって、前記B及び同車の同乗者3名の合計4名を死亡させるとともに、同乗者1名に重傷を負わせたとの事実を認定しているが、<1>被告人は、A車を第3通行帯上に強いて停止させたことはなく、Aが自分の意思で停止させたものであり、被告人には原判決が過失とする行為がないのに、原判決はこれを認定した、<2>仮に被告人がA車を第3通行帯上に停止させたとしても、本件事故の直接の原因は、Aが第3通行帯にあえてA車を停め、被告人車が走り去った後も、衝突防止の措置も執らずに第3通行帯にA車を停止させ続けたことにあるのであって、午前6時ころの停止行為にあるのではなく、被告人がA車を停止させた行為と本件事故との間には因果関係がないのに、原判決はこれを認めた、<3>仮に被告人がA車を第3通行帯上に停止させたとしても、停止させた段階では、A車が本件のように長時間停止し続けることは予見できなかったから、被告人には本件事故についての予見可能性がないのに、原判決はこれがあることを前提に被告人の過失を認定した、<4>被告人が本件事故現場を離れ、停止目的が終了してしまった後、A車がなお約7、8分も極めて危険な第3通行帯に停止し続けることは、予測しがたいものであり、被告人には本件事故の予見可能性も回避可能性もないのに、原判決はこれがあることを前提に被告人の過失を認めたものであって、いずれにせよ原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認ないし法令適用の誤りがある、というのである。

2  論旨に対する判断

原判決が挙示する関係証拠によれば、原判示第1の事実を優に認定することができ、原判決が原判示第1の事実を認定し、被告人に業務上過失致死、同傷害の罪が成立するとした理由を(事実認定の補足説明)の項で説示するところも概ね正当として是認できるのであって、当審での事実取調べの結果を併せ考慮しても、原判決に所論の事実誤認ないし法令適用の誤りはない。以下、所論にかんがみ、その理由を補足して説明する。

(1)  基本的な事実の経過と関係者の供述の概要

関係証拠によると、原判決が(事実認定の補足説明)の「2客観的な事実関係」として認定する事実が認められ、被告人運転の普通乗用自動車(以下「被告人車」という。)とA車が停止するまでの経緯に関する関係者(目撃者C、A及び被告人の3名)の供述の概要も、原判決が「3 被告人車及びA車が停止するまでの経緯に関する関係者の供述の検討」の(1)ないし(3)に摘示するとおりである。

(2)  Cの供述調書及び同人立会の実況見分調書などの関係証拠から認められる被告人車及びA車が停止するまでの事実関係原判決が指摘し、所論も認めるとおり、Cは、被告人やAとは何の関係もなく、たまたま本件当時に本件事故現場付近を自動車で走行していた第三者であり、本件事故現場付近を走行中に、通常の走行状態ではない被告人車とA車の走行の様子を目撃し、後方から相応時間これを注視していたという事実関係からすると、Cの目撃供述は基本的に信用することができる。そこで、Cの供述を軸にしながら関係証拠を総合すると、27.3キロポスト付近から本件事故現場の28.8キロポスト付近までの間において、さらに次の事実を認定することができる。すなわち、<1>27.3キロポスト付近で、第2通行帯を走行していた被告人車が、第3通行帯を走行していたA車に並んだ状態で幅寄せをしたこと、<2>27.5キロポスト付近で、被告人車は第2通行帯から第3通行帯に車線変更しA車の前に入ったこと、<3>27.8キロポストから27.9キロポスト付近で、A車は第3通行帯から第2通行帯を経て第1通行帯に一度の動きで車線変更し、被告人車も、A車の動きに従い、その前方で第2通行帯を経て第1通行帯に車線変更し、ハザードランプを点滅させ、A車は、一旦速度を落としたこと、<4>28.1キロポストから28.2キロポスト付近で、A車は第1通行帯から第2通行帯に車線変更し、速度も時速約100キロメートルに上げて、第1通行帯の被告人車を追い抜くと、被告人車は第1通行帯から第2通行帯を経て第3通行帯に車線変更し、A車と並んだこと、<5>28.4キロポスト付近で、被告人車は第3通行帯から第2通行帯に車線変更し、A車の前に入ったこと、<6>28.5キロポストから28.6キロポスト付近で、A車が第2通行帯から第3通行帯に車線変更すると、その前を走行していた被告人車も第2通行帯から第3通行帯に車線変更し、A車の前に入ったこと、<7>28.7キロポスト付近で、A車のブレーキランプが左右ともに点灯し、続いて右のウインカーが点滅したこと、<8>A車はゆっくりとスピードを落として停止したこと、<9>本件事故現場である28.8キロポスト付近の第3通行帯で、被告人車は、A車の前方約5.5メートルの地点に停止したことなどの事実が認められる。

(3)  Aの公判供述及び被告人供述の信用性の検討とそれに基づく被告人車及びA車が停止するまでの事実経過(被告人はA車を停車させたか)

以上認定の事実を前提として、Aの原審公判供述(以下「Aの公判供述」という。)と被告人の捜査段階及び原審公判での供述(以下、これを併せて「被告人の供述」という。)の信用性について検討すると、Aの公判供述は、27.0キロポスト付近から本件事故現場の28.8キロポスト付近までの間の状況について、具体的であり、特に不自然なところもなく、上記<1>ないし<3>の段階でA車が第2通行帯を走行していたとする点で<1>ないし<3>の事実と食い違うものの、停止に至った原因として重要な事実である上記<4>ないし<9>の事実に符合し、基本的に信用性が認められるのに対し、被告人の供述は、具体的ではあるものの、停止に至った原因として重要な事実である上記<2>、<3>、<6>の車線変更の順序や被告人車がA車の前に車線変更した状況に反して、被告人にとって有利な内容(<2>に関しては、被告人車の動きに従ってA車が第1通行帯に車線変更した旨、<3>及び<6>については、A車の動きに従って自分も車線変更したのであって、A車の前に入ったのではない旨の内容)となっていて、Cの供述やAの公判供述と符合する部分はともかく、これに反する部分はその信用性を認め難い(なお、捜査段階では、被告人は、A車を停止させるために第3通行帯に進入したことを認めている。乙19)。

そうすると、信用性の認められるCの供述、Aの公判供述(Cの供述に反する部分を除く。)及び被告人の供述中のCの供述とAの公判供述に反しない部分などの関係証拠によれば、27.0キロポスト付近から本件事故現場の28.8キロポスト付近までの間の状況として、先に認定した事実に付加して、a被告人は、A車に立腹し、これを停止させて文句を言おうとしていたこと、b上記<6>ないし<9>の段階で、被告人は、A車を停止させるため、A車の前に割り込み、速度を落として被告人車を停止させたこと、cAは、被告人車のこの動きを受けて自車を減速し停止させたこと(Aは当日出発時間が遅れたために先を急いでいて、自ら積極的に高速道路に停止する理由は見出せない。)などの事実が認められ、こうした事実を総合すると、被告人が、A車を追いかけ、A車を停止させようとし、Aが車線変更をするなどして被告人車から逃れようとするうち、最終的に被告人車がA車を停止させるために第3通行帯を走行しているA車の前方直前に割り込んで減速したため、A車もブレーキをかけ、A車及び被告人車が本件事故現場である28.8キロポスト付近の第3通行帯に停止したと認めることができる。もっとも、Aとしては、そのまま停止せずに車線変更できた可能性は否定できず、被告人の行為のみによって不可避的にA車が本件事故現場に停止したとまでは言い難いが、被告人の停止に向けた一連の行為からすると、被告人の行為によってA車と被告人車が本件事故現場に停止したと評価することができる。被告人が、A車と被告人車を本件事故現場の第3通行帯に停止させたとする原判決の認定に誤りはない。

なお、被告人車の同乗者Dの供述(甲9)によっても、これまで認定した事実関係に疑問が生じるものではない。

(4)  所論に対する個別検討

所論は、被告人がA車を停止させたかどうかにつき、種々の主張をするが、以下の検討のとおり、いずれも採用することはできず、その他、所論が原判決の事実認定を論難するところも理由がない。

ア 所論は、Cの供述に関し、<ア>Cの供述によると、A車は第1通行帯で一旦停止する態勢に入ったのに、その後、車線変更して逃走を図った、<イ>Cは、被告人車が第3通行帯を走行するA車の前方に入ったとは供述するものの、その直前に入ったとは供述せず、その目撃は確実ではない、<ウ>Cの供述や目撃の状況からして、A車がブレーキランプを点灯させる(すなわち減速する)前に被告人車がその前方に進入したのか点灯後に進入したのか微妙であるとして、被告人が、A車を第3通行帯に停止させたことについて疑問を呈するが(控訴趣意書4頁)、<ア>の点については、Cの供述によると、A車が第1通行帯に車線変更すると、その前に被告人車が進入してきたためにA車の速度が落ち、その後Aがさらに第2通行帯に車線変更したと認められ、Aが一旦この段階で停止しようとしたとはいえず、また、Aが第2通行帯に車線変更したこと自体は、被告人車とのトラブルを避けようとした行動として不自然なものではないし、<イ>及び<ウ>の点については、前記の<6>ないし<8>の事実の認定のもとになるCの供述全体、特に被告人車がA車の前方に入るとすぐにCからは見えなくなったこと、被告人車がA車の前に進入した後、まもなくA車のブレーキランプが左右共に点灯し、続いて右のウインカーが点滅した旨明確に述べていることからすると、その具体的な距離はともかく、被告人車がA車の直前に進入したと認めて差し支えないと考えられ、所論が疑問とする点は、前記認定を左右するものではない。

イ 所論は、原判決は、被告人が第3通行帯を走行するA車の前方約13.9メートルないし約23.9メートルの地点に自車を進入させその後減速したと認定しているが、それ自体自殺行為に近い無謀行為であって、経験則上あり得ない非常識な認定であり、仮にそうした事態がおこれば、後続車のA車は急制動措置を執らざるを得ず、激しいスリップ痕が生ずるのが自然であるのにこうした痕跡もないことからすると、被告人が供述するとおり、被告人は、速度を落としたA車を見てその前方に進入し、さらにブレーキをかけて減速するA車の動静をみて減速したとするほうが、C供述により整合すると主張する(控訴趣意書5頁)。しかし、信用できるCの供述によると、前記のとおり、被告人車はA車の直前に進入したと認められ(C立会いの実況見分調書謄本(甲68)によると、その際の被告人車とA車の距離については、C車と被告人車及びA車の距離から算出すると、一応約27.5メートルということになる。)、被告人の供述がCの供述と整合性を有するといえないことは明らかであるし、被告人車が進入した際にA車の速度がやや落ちていたとAが供述しているところがあること、それ以前にも被告人車がA車の前方への進入を繰り返し、さらに進入してくることも予測可能であったこと、それ以前の進入状況においても、被告人車がA車のほぼ直前に進入したと推認できるのにA車において特に激しい急制動の措置を執った事情もないこと等からすると、原判決の事実認定が明らかに経験則に反する非常識な認定ということはできない。所論を採用することはできない。

ウ 所論は、原判決において、被告人が、A車の運転態度に立腹し、A車の前に進入後、徐々に減速してA車を減速させ、最終的に停止させたとする点につき、Cは、被告人車が第3通行帯のA車の前に進入した後、A車が第2通行帯に車線変更することも可能であったと供述しており、Aとしては、A車を執拗に追いかけ停止を求める被告人に対し、憤激の上被告人と話をつけようとして自ら積極的に減速、停止させようとしたことは十分あり得ると主張する(控訴趣意書5、6頁)。しかしながら、信用できるCの供述などから認定できる前記認定の事実関係からすると、原判決が説示するとおり、被告人車の第3通行帯への進入と減速がなければ、Aが第3通行帯に自車を停止させる事情はないものと認められるし、Aも被告人車が執拗に停止を求めてくるので、その運転手から事情を聞き、進路を妨害したことについての納得のいく説明をさせようとある程度の覚悟を決め、被告人車の減速に合わせて減速した旨供述しており、その供述に不自然不合理なところはなく、Aが自ら積極的に自車を停止させたとは到底認められない。なお、Cが供述するように、Aとしては、物理的に第2通行帯に車線変更することも可能であったとしても、被告人の一連の行為からすると、被告人の行為によってA車と被告人車が本件事故現場に停止したと評価することができるのは前述のとおりである。所論は採用できない。

エ 所論は、原判決は、被告人車がA車の前方に車線変更する前にA車が減速したとする被告人の供述は、被告人車が第3通行帯を走行中のA車の前に車線変更した後にA車のブレーキランプがついたとするCの供述と反することや後続車が先に減速、停止したのに応じて先行車が後続車に近接して停止するのはかなり難しいことからして採用できないとするが、実際の減速はブレーキペダルを踏まなくとも、アクセルから足を離せば可能であり、必ずしも、ブレーキランプの点灯の有無が減速の有無を左右する唯一の基準ではなく、ブレーキランプが点灯しなくとも、減速は可能であるから、ブレーキランプがついてはじめて減速するということを前提とする原判決は不当であると主張する(控訴趣意書6頁)。確かに、ブレーキペダルを踏まなくても減速が可能とはいえるが、被告人の供述を裏付ける証拠はなく、むしろ、Cは、被告人車とA車の一連の動きを目撃してその内容を供述しているところ、前記のとおり、被告人車がA車の前に進入し、その後まもなくA車のブレーキランプが点灯したと供述しており、被告人車の進入に応じてA車がブレーキをかけたと推認できること、Cは、他の部分では自車とA車との距離関係などからブレーキランプが点灯しなくてもA車が減速したと供述しているのに、被告人車がA車の前に進入する前にA車が減速したとは供述していないことなどからすると、被告人の供述を信用できないとした原判決の説示は十分に首肯することができ、所論は採用できない。

オ 所論は、Aの供述の信用性を争っているが(控訴趣意書第2の5)、Aの公判供述は、争いのある27.0キロポスト付近から本件事故現場の28.8キロポスト付近までの間の状況について、先にみたとおり、具体的で、特に不自然なところもなく、前記の<1>ないし<3>の段階でA車が第2通行帯を走行していたとする点でCの供述と食い違うものの、停止に至った原因として重要な<4>ないし<9>の事実に符合し、基本的に信用性が認められ、出発時間の遅れを捜査段階では供述していなかったとか、走行時のスピードについてCと異なる供述部分があるなど所論指摘の点は、いずれもその基本的信用性に影響を及ぼすものではない。なお、Aが飲酒していたと推認されるとの所論には特に具体的な根拠はない(平成14年1月12日午後0時57分にAに対して実施された飲酒検知では、アルコールは検出されていない。)。

(5)  これまでの検討等を踏まえ関係証拠から認定できる事実関係

原判決は、(事実認定の補足説明)の6項(原判決11頁から14頁)において、常磐自動車道下り線でのA車と被告人車の動き、A車が停止に至る状況、A車停止後の被告人とAとのやりとりや暴行の状況、A車停止後にA車を避けようとして追突事故を起こしたE親子らの乗車車両の停止状況並びに同親子と被告人及びAとのやりとり、被告人が本件事故現場を立ち去った後の状況などの事実関係をまとめて認定しているが、これまでの検討と後記第2での傷害の事実に関する検討結果からすると、概ねこの認定を是認することができる。

これによると、平成14年1月12日午前6時ころにA車が本件事故現場に停止した後の事実経過の概要は、次のとおりである。すなわち、A車の後部のハザードランプは点灯していたが、左側のランプは、電球が断線して点灯していなかったため、後方から見ると、右ウインカーのみが点滅している状態であったこと、被告人は、被告人車から降りてA車まで移動し、Aに文句を言い、A車のドアを開けてステップに上がり、エンジンキーに手を伸ばしたり、ドアの内側に入り、Aの左顔面を右手拳で殴打し、その際、Aは、エンジンキーを抜いてズボンのポケットにしまったこと、被告人は、Aを運転席から引きずり降ろし、被告人車まで引っ張って行き、AがDに対して謝罪の言葉を言ったこと、その後、被告人は、Aの大腿部などを足蹴にし、Aも被告人に反撃したこと、午前6時7、8分ころ、本件現場付近の第3通行帯を走行していたF運転の普通乗用自動車(以下「F車」という。)及びG運転の普通乗用自動車(以下「E車」という。)は、A車を避けようとして第2通行帯に車線変更したが、E車がF車に追突したため、第3通行帯の被告人車の前に停止し、Eらが降車したこと、被告人は、暴行をやめ、携帯電話で友人に電話を掛け、Eらに近づき、「あのトラックは酔っ払い運転だ」などと言ってEらと共にA車に行ったこと、Aは、A車に戻り、午前6時10分ころから15分ころの間に、携帯電話で110番通報し、被告人に殴られたなどと話し、Eらを被告人の仲間と思い、Eらに声を掛けられても、無言で運転席に座っていたこと、被告人は、午前6時17、18分ころ、Dに被告人車を運転させて本件現場から立ち去ったこと、Aは、午前6時18分ころから20分ころの間に、再び110番通報し、被告人車が水戸方面に走り去った旨などと話したこと、Aは、A車を発進させようとしたが、エンジンキーが見つからず、被告人に投棄されたと思い、再度近づいてきたEらと付近を捜したが、結局ズボンのポケット内にエンジンキーを発見し、A車のエンジンを始動させたこと、Aは、A車前方約17.4メートルの地点に停止中のE車とその前方約4.9メートルの地点に停止中のF車に進路を空けてもらおうと思って、A車から降車し、E車に向かう途中の午前6時25分ころ、本件事故が発生したことなどの事実関係が認められる。

(6)  被告人によるA車の停止行為と本件事故との因果関係及び本件事故の予見可能性等(控訴趣意書第3)

上記ないしの事実関係に、原判決も指摘し関係証拠から認められる、本件事故現場は、片側3車線の高速自動車国道の追越車線に当たる第3通行帯で、本件当時、夜明け前で周囲に照明灯は設置されておらず、暗い状況であったこと、被告人がA車を停止させた段階において、本件事故現場付近には相応の交通量があったこと、本件事故前にも、第3通行帯を走行していたF車がA車を避けるために急ブレーキ・左急転把の措置を執らざるを得なくなり、その後方を走行しEらが乗車していたE車が同様の措置を執ったが、F車に追突することになったこと、被告人がA車を停止させたのは、Aに文句を言い、被告人や女性同乗者に謝罪させるためであり、現にそうした行動に及んでAを車外に出るようにさせていることなどの事実関係を総合すると、A車を停止させた段階で、被告人としては、被告人が被告人車から降りるとともに、AもA車から降りることになり、被告人車やA車がある程度の時間継続してその場に停止することになることは当然予想できると認められ(被告人の捜査段階の供述では、これを自認している。)、片側3車線の高速道路の追越車線を走行する自動車は、追越車線に停止車両がないことを前提に高速で走行しているのが通常であることを考えると、被告人車とA車が第3通行帯に停止している前記認定のような事実関係のもとでは、第3通行帯を走行してくる後続車が、同通行帯に停止しているA車の確認が遅れ、A車への衝突を回避する措置を執ることが遅れるためにA車に追突する危険性があることは、被告人にも十分に予見可能であったと認定することができる(これまで検討してきた事実関係からすると、被告人が、A車を第3通行帯に停止させないようにすることは可能であり、被告人に本件事故の回避可能性があったことも明らかである。)。また、被告人がA車を第3通行帯に停止させることがなければ、本件事故が生じていないことも明らかであり、被告人がA車を本件事故現場に停止させた段階で、本件のような追突事故が起こりうることは被告人を含めて十分に予想することができ、停止から20数分後に本件事故が発生していることを考えると、その予測可能の範囲内で本件事故が発生し、被告人がA車を停止させたことによって生じた事故発生の危険性が現実化したと評価することができるから、被告人の行為と本件事故との因果関係を肯定することができる。被告人がA車を停止させた行為と本件事故との因果関係を認め、被告人に本件交通事故の予見可能性と回避可能性があることを前提に、被告人の上記行為をとらえて、被告人に本件事故を惹起させた業務上過失致死(傷害)の過失があると認めた原判決の事実認定ないし法令適用に誤りはない。

(7)  所論に対する個別検討

所論は、被告人の行為と本件事故との因果関係、本件事故の予見可能性、回避可能性などについて、種々主張するので、以下個別に検討を加える。

ア 所論は、仮に被告人がA車を第3通行帯上に停止させたとしても、本件事故の原因は、Aが第3通行帯にあえてA車を停め、被告人車が走り去った後も、第3通行帯にA車を停止させ続けたことにあるのであって、午前6時ころの停止行為にあるのではなく、その停止させた行為と本件事故との間には因果関係がないし、停止させた段階では、被告人にはA車が本件のように長時間停止し続けることは予見できなかったから、本件事故についての予見可能性がないと主張する。確かに、被告人車が本件事故現場付近を離れてから約7、8分後に本件事故が発生したこと、Aは、A車の停止後事故発生までの間、後続車の追突防止のための措置を講じず、また、被告人車が本件事故現場付近を離れた後、直ちにA車を発進させなかったことなどの事実が認められるが、原判決も指摘するとおり、A車の停止後すぐに被告人がA車のもとに来てAに文句を言い、暴行を加えるなどし、被告人が現場付近を離れた後にAはA車を発進させようとしたものの、Aが被告人から暴行を受けた際に、エンジンキーを被告人に投棄され紛失したものと勘違いしたため、A車の周囲を探すなどしたほか、A車の前方の第3通行帯上に、A車を避けようとして追突事故を起こしたE車とF車が停止していたため、安全に発進させることができないと考え、E車及びF車に進路を空けてもらうよう依頼しようとしていたため、停止がなお継続していたものであり、これら一連の経過は、被告人がAに文句を言い謝罪させるために停止させて、暴行を加えたことに誘発されて生じたものであって、被告人がA車を停止させた行為との関係では予想外のものということはできず(Aの行動が特別に異常なものであったともいえない。)、こうした事情が介在したからといって、被告人がA車を停止させたことと本件事故との間の因果関係が否定されることにはならないし、予見可能性が否定されるものでもない。

なお、所論は、高速道路の第3通行帯にA車を停止させることも、後続車の追突防止のために措置を取らなかったことも、安易に危険な場所に大型トレーラーを停止させ続け、直ちにこれを発進させなかったことも、全て、Aの高速道路を走行する大型車両運転者としての交通法規遵守の意識の欠如に起因しているとし、それを前提にして、被告人の行為に誘発されたものとは到底認められないと主張するが、これまで検討してきた事実関係からすると、全てAの責任とするその前提自体が失当である。そして、前記のような事実関係からは、前記のとおり、被告人がAに文句を言い謝罪させるためにA車を本件事故現場に停止させたもので、A車の停止が継続する状況になったのも、被告人がA車を停止させた後にAに暴行を加えるなどしたことに誘発されて生じたものと評価できるから、所論は採用の限りではない。また、所論は、当裁判所も正当として是認する先のような原判決の論理が正しければ、仮にA車が30分あるいは1時間以上停止し続けた場合も、その一因を作ったのは被告人であるとしてその過失責任を問い得ることになってその限界が不明確であるなどとも主張するが、原判決は、予見可能性や因果関係の有無について、被告人がA車を停止させてから事故発生までの時間の長さだけで判断しているわけではなく、被告人がA車を停止させた状況、A車停止後の被告人とAの状況、A車が停止し続けることになった事情とそれへの被告人のかかわりの程度、本件事故発生の状況などを具体的に考慮して判断しているのであって、所論の主張自体が当を得ないものであるし、基準が不明確になるとの非難も当たらない。所論は採用できない。

イ さらに、所論は、仮に被告人がA車を第3通行帯に停止させたとしても、A車の停止時間として予想できるのは、本件現場の道路上で口論、喧嘩となり、これが収まって停止目的が終了し、被告人が現場を離れるとともに、その後通常、大型トレーラーが現場から発進するのに要する時間、遅くとも6時20分ころまでというべきであり、それまでに発生する事故については予想可能であったといえるが、自らが現場を離れ、停止目的が終了してしまった後、約7、8分も、A車が極めて危険な第3通行帯に停止し続けることは、場所が高速道路の第3通行帯であること、A車には何ら故障はなく、車両自体に発進の支障となるものがないこと、前方に停止する2台の乗用車との距離は十分な間隔があって、発進や車線変更上の支障も何ら認められないこと等に照らせば、予測しがたいものであり、被告人が現場を離れてから7、8分も経過してからの事故発生は被告人には予見できず、被告人が現場を離れた後の事故の回避可能性も被告人にはない旨主張する。しかし、本件起訴にかかる被告人の過失は、A車を第3通行帯に停止させた行為であり、その行為と本件事故との因果関係やその時点での結果の予見可能性と回避可能性が問題とされるべきであり、この点については、これまで縷々述べてきたとおり、因果関係も予見可能性や回避可能性も肯定されるのであって、所論の指摘は、被告人が本件事故現場を離れた時点における予見可能性と結果回避可能性を問題としている点で失当である(公訴事実も原判決が認定している事実も、被告人が何もしないで事故現場を立ち去ったことを過失としているわけではない。)。

(8)  結論

以上の検討からすると、原判示第1の事実を認定し、被告人に業務上過失致死及び業務上過失傷害の罪が成立するとした原判決に所論の事実誤認ないし法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

第2  原判示第2の傷害の事実に関する事実誤認の主張について(控訴趣意書第2の4、5)

1  論旨

論旨は、原判決は、被告人が、平成14年1月12日午前6時10分ころ、茨城県つくば市花島新田29番地47先の前記道路28.8キロポスト付近路上において、Aの運転態度に立腹し、同人に対し、その頭部、顔面を手拳で数回殴打し、その大腿部等を数回足蹴りにするなどの暴行を加え、よって、同人に全治約2週間を要する頭部(左側頭部、左前額部、左頬部)打撲、左大腿部打撲の傷害を負わせたとの事実を認定しているが、被告人が、Aの大腿部等を故意に数回足蹴りしたことはないし、A車のステップに上がってAの左顔面を右手拳で殴打したこともないから、これを認定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

2  論旨に対する判断

原判決が挙示する関係証拠によれば、原判示第2の事実を優に認定することができ、原判決が、被告人に原判示第2の傷害の罪が成立するとした理由を(事実認定の補足説明)の項で説示するところも概ね正当として是認できるのであって、原判決に所論の事実誤認はない。以下に、所論にかんがみ、その理由を補足して説明する。

(1)  傷害に関するAの供述の概要

Aは、本件事故現場の28.8キロポスト付近の第3通行帯に停止した後の状況について、捜査段階及び原審公判廷で概要次のとおり供述している。

すなわち、被告人は、被告人車から降りて、A車に駆け寄り、A車の運転席ドア付近で怒鳴り、「トレーラーの運転手のくせに」、「脇に乗っている女がびっくり(した)。謝れ。」などと言った。Aが、A車の運転席ドアを少し開けると、被告人は、ステップに上がり、ドアを開けドアの内側に入ってきて、エンジンキーに手を伸ばしたり、Aの左顔面を右手拳で5、6回殴打した。そして、被告人は、A着用のジャンパーの襟を左手でつかみ、「女に謝れ。」と言って、Aを運転席から路上に引きずり降ろした。その際、Aは、エンジンキーを車のキーボックスから抜いて、ズボンのポケットにしまった。その後、被告人は、Aのジャンパーの襟をつかみながらAを被告人車の運転席の外まで引いていき、「女に謝れ」と言った。Aが、被告人車の助手席にいたDに「すいません。怖い思いをさせて。」なとど言ったところ、Aの右横にいた被告人は、Aの大腿、腰、胸辺りを足で蹴ってきた。このときの蹴りの強さはそれほど強いものではなく、足の先だけではなく、膝でもAの腰や腹などを蹴っていたと思う。その時の蹴りの回数は約5、6回だったと思う。被告人が拳で殴りかかってきたので、Aは、被告人に対し、顔に1回頭突きをしたり、鼻の上辺りを1、2回手拳で殴打するなどの反撃を加えた。

(2)  (1)のAの供述の信用性

Aの捜査段階での供述及び公判供述は、この部分においても具体的で、特に不合理なところもなく、停止後に被告人のほうからA車のほうに行って文句を言い、A車から降りたAが被告人車に行って助手席のDに謝罪の言葉をかけ、Aから警察に暴行被害を受けている旨の110番通報をしているという一連の事態の流れからも自然であり、また、Aが本件当日筑波メディカルセンター病院で診断を受け、頭部(左側頭部、左前額部、左頬部)打撲、左大腿部打撲の傷害を負っていると診断されていることや現実にAが被告人車に行ってDに謝罪の言葉をかけ、警察に110番通報している事実は、Aの上記供述の裏付けになっており、その信用性に特に疑問を生じさせるところはない。

(3)  傷害に関する被告人の供述の概要とその信用性

これに対して、被告人は、被告人のほうからA車のほうに行き、A車のステップにも上がったが、Aを殴ってはいない旨、そこでAに文句を言い、A車から素直に降りてきたAを被告人車のほうに連れて行ってDに謝罪させようとすると、いきなり鼻の辺りに固い物が当たる衝撃を受け、Aから殴るか蹴るかされたと思い、腹を立ててAの顔面を殴るなどの暴行を加え、もみ合いになったが、蹴ってはいない旨、AがDに謝ったかどうかは全く気づかなかった旨などを捜査段階及び原審公判廷で供述しているが、被告人のほうがAに文句を言い、Dに対するものも含め謝罪を求めて積極的な行動をとっているという停止後の一連の流れと整合しているとは言い難く、Aが被告人の要求に応じ被告人車まで行ってDに謝罪の言葉をかけていることからすると、それ以前にAのほうからいきなり暴行に及ぶことも考え難いし、また、Dが、被告人とAが被告人車のほうに歩いてきて、被告人がAに文句を言い、被告人車の運転席ドアから「D1(Dのこと)、ごめんな」と言った後、Aも運転席のドアのほうから「どうも、どうも、すいません」と言い、その後暴行が行われたと供述していることとも矛盾しており、これを信用することができない。

(4)  傷害に関する所論についての個別検討

ア 所論は、原判決が、Aの供述をほぼ全面的に採用し、なぜ被告人の捜査段階及び原審公判廷での供述を信用しないのかが不明であるというが、原判決は、Aの傷害の被害を受けた状況に関する供述が信用できる理由をDの供述などの検討も含めて説示し(その趣旨は、上記と同旨と理解できる。)、これに反する被告人の捜査段階及び原審公判廷での供述が信用できないとしているのであって、所論の指摘は当たらない。

イ 所論は、Dの供述は、極めて自然で具体性があり、被告人とは連絡も取り合わないまま事件直後に警察官になされたもので信用性が高いのに、原判決が殴り合いの状況につき同供述をほとんど採用していないのは不当であるというのであるが、前述のとおり、原判決は、Dの供述内容も考慮して、Aの傷害の被害を受けた状況に関する供述に信用性があり、被告人の捜査段階及び原審公判廷での供述に信用性がないと判断しているのであるから、所論の原判決に対する論難は当たらない。

なお、Dは、停止した被告人車の助手席に前方を見て座っていたところ、後方から声が聞こえたので振り返ると、被告人とAが被告人車のほうに歩いてきて、前記のようにDに声をかけ、その後暴行が行われたと供述しているのであって、被告人とAが被告人車に歩いて来る前の暴行の有無などの状況は目撃していないと考えられ、直接的にこの段階でのAの捜査段階での供述及び公判供述の信用性に影響をもたらすものではないし、また、Dが、Aの謝罪の言葉の後、被告人が何か言ったことに対して、Aが急に(先に)被告人の顔を殴った旨供述する点も、Dが被告人と親しい関係にあること、Dは、被告人の頼みで本件直後は被告人車の運転をDがしていた旨警察官に供述していたところ、弁護士からいつまでも嘘を言っていると被告人が更に重い罪になってしまうから本当のことを言うように言われ、「喧嘩は相手が先に殴ったのでしょ、事故は自分達が去った後なのでしょう」とかの確認の話もした上、本件事故の2日後である平成14年1月14日に警察官に本件事故に至る経緯、その後の状況、被告人とAのやりとりなどについて供述したこと、さらにAが被告人に言われるとおりにDに謝罪の言葉をかけたなどの一連の流れとAの捜査段階での供述及び公判供述の内容などを考えると、そのままこれを信用することはできない。

ウ 所論は、被告人がA車のステップに上がってドアの内側から運転席のAの左顔面を右手拳で続けて5、6回も殴打するのは不自然であるなどと主張するが、平成14年3月20日に実施された実況見分の結果(甲74)によると、被告人とAが相対している状況のもとでは特に不自然で殴打することが困難というものではなく、Aが捜査段階及び原審公判廷で供述するところが、不自然不合理で信用性がないということにはならない。

エ その他所論は、Aの捜査段階での供述及び公判供述の信用性を争っているが(控訴趣意書第2の5)、所論指摘の点が、いずれもその信用性に影響を及ぼすものではないことは前述のとおりである(前記第1の2(4)オ参照)。

(5)  結論

その他、所論が原判決の事実認定を論難するところはいずれも理由がなく、採用することができず、被告人がAの大腿部等を数回足蹴りにしたと認定した点及び被告人が、A車の運転席ステップに上がり、ドアの内側に入ってAの左顔面を右手拳で殴打したと認定した点のいずれについても事実の誤認はない。論旨は理由がない。

第3  量刑不当の主張について(控訴趣意書第4)

1  論旨

論旨は、被告人が原判示第1の業務上過失致死傷について無罪であることを前提にして、原判示第2の傷害の点について、原判決の量刑は、著しく重過ぎて不当であるというのである。

2  論旨に対する判断

前記第1での検討からすると、所論は、そもそもその前提を欠き失当である。

なお、念のために、所論が被告人にとって酌むべき事情と指摘する点について検討してみても、原判決が(量刑の理由)として説示するところはこれを正当として是認することができ、被告人を懲役4年6月の実刑に処した原判決が重過ぎて不当とはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。