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東京高等裁判所 平成15年(ネ)2890号 判決 2004年6月03日

控訴人(原告) X

同訴訟代理人弁護士 青木孝

同 橋本栄三

同 鈴木研一

同 西村浩一

被控訴人(被告) Y

同訴訟代理人弁護士 大鐘孝

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は、控訴人に対し、金253万1608円及びこれに対する平成16年5月14日から支払済みに至るまで年6分の金員を支払え。

(2)  控訴人のその余の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、第1、2審を通じこれを3分し、その1を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し、478万7892円及びうち98万7892円に対する平成13年4月22日から、うち190万円に対する同年5月11日から、うち95万円に対する同月21日から、うち95万円に対する同年6月11日から、いずれも支払済みに至るまで年6分の金員を支払え。

(2)  訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は、控訴人が、被控訴人から内装工事等の発注を受けて工事(本工事及び追加工事)を完成しこれを引き渡したとして、被控訴人に対し、請負契約に基づき、報酬残額478万7892円及びこれに対する約定支払日の翌日から支払済みに至るまで商事法定利率年6分の遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  原判決は、未完成工事部分を除く本工事代金請求分の全部及び追加工事代金請求分の一部を認め、その合計額から被控訴人の弁済額200万円を差し引いた残額443万1938円の報酬請求権を認めたが、被控訴人による瑕疵修補に代わる438万8826円の損害賠償請求権を認め、控訴人が被控訴人に対し、438万8826円を支払うのと引換えに(同時履行の抗弁)、被控訴人は控訴人に対し、上記報酬残額及びこれに対する支払の日の翌日から支払済みに至るまで商事法定利率年6分の金員の支払をすべきものとした。これに対し、控訴人が本件控訴の申立てをした。

3  争いのない事実等

(1)  控訴人は、店舗等の内装工事等を業とする商人である(甲12)。

(2)  被控訴人は、平成13年3月16日、控訴人に対し、次の工事を発注した(以下この工事を「本工事」と、その契約を「本工事契約」という。)(契約日につき、甲1、12)。

ア 工事場所 東京都港区<以下省略>

イ 目的工事 内装工事等

ウ 報酬額 580万円

エ 支払時期 同年3月16日 200万円

同年5月10日 190万円

同年5月20日 95万円

同年6月10日 95万円

4  主な争点

(1)  本工事の内容等

(2)  追加工事の内容等

(3)  工事の完成引渡日の合意と履行引渡日

(4)  債務不履行による損害賠償請求権の有無、内容等

(5)  瑕疵修補に代わる損害賠償請求権の有無、内容等

5  主な争点についての当事者の主張

(1)  争点(1)(本工事の内容等)について

(控訴人)

本工事の内容は、別紙請負工事内容一覧表の「本工事」欄中の「控訴人主張」のとおりであり、請求報酬額は、同表記載合計額(a)に消費税を加えた額から値引分を控除した額である。

(被控訴人)

控訴人が主張する本工事の内容についての被控訴人の認否は、別紙請負工事内容一覧表の「本工事」欄中の「被控訴人認否」のとおりである。

(2)  争点(2)(追加工事の内容等)について

(控訴人)

被控訴人は、平成13年3月16日から同年4月20日ころまでの間に、控訴人に対し、報酬を相当額として追加工事を発注した(以下この工事を「追加工事」と、その契約を「追加工事契約」という。)。

追加工事の内容は、別紙請負工事内容一覧表の「追加工事」欄中の「控訴人主張」のとおりである。また、この工事の相当報酬額は消費税込みで98万7892円であるが、これは、同表記載の追加工事合計額97万0850円(b)に消費税を加えた金額の一部である。

(被控訴人)

控訴人の主張は否認する。本工事と重複するものがある。

(3)  争点(3)(工事の完成引渡日の合意と履行引渡日)について

(控訴人)

ア 控訴人と被控訴人との間において、工事完成引渡日の合意はなく、控訴人は、同月21日、本工事及び追加工事を完成し、これを被控訴人に引き渡した。

イ よって、控訴人は、被控訴人に対し、上記各報酬額合計から支払を受けた200万円を控除した478万7892円、及び追加工事分報酬98万7892円に対する完成引渡日の翌日である同月22日から、本工事分報酬のうち190万円に対する約定支払日の翌日である同年5月11日から、うち95万円に対する同じく同月21日から、うち95万円に対する同じく同年6月11日から、各支払済みに至るまで商事法定利率年6分の遅延損害金の支払を求める。

(被控訴人)

控訴人と被控訴人との間において、工事の完成引渡日は同年3月31日との合意であった。控訴人主張のアにおける工事の引渡し自体は認めるが、最終引渡日は同年5月8日である。同イは争う。

(4)  争点(4)(債務不履行による損害賠償請求権の有無、内容等)について

(被控訴人)

控訴人が上記の工事完成引渡日までに工事を完成することができなかったため、被控訴人は次のとおり損害を被った。

ア 工事遅滞による営業損失 416万7806円

① 店舗賃料(乙11、12) 69万9300円

② 賃金(乙13) 62万1600円

③ 使用不能となった食材等 84万0000円

④ 無駄になった招待状印刷代(乙16) 19万7000円

⑤ 完成遅滞による逸失利益(乙14)

37日間分 180万9906円

この計算過程は以下のとおりである。

A 売上

a 平成13年5月から12月まで240日間の売上合計 27,034,421円

b 1日当たりの平均売上 a÷240≒112,643円

c 37日間の売上 b×37=4,167,806円

B 必要経費

a 賃料

1日当たりの賃料 567,000÷30=18,900円

37日間の賃料 a×37=699,300円

b 源泉徴収による税額控除後の従業員の賃金2人分

1か月当たりの賃金 {300,000×(1-0.1)}+{260,000×(1-0.1)}=504,000円

1日当たりの賃金 504,000÷30=16,800円

37日間の賃金 16,800×37=621,600円

c 食材費 840,000円

d 印刷費 197,000円

C 純利益

Ac-(Ba+Bb+Bc+Bd)=1,809,906円

イ 他の業者に施工させた費用 310万0000円

① テラス工事費用(乙7) 290万0000円

② 動力工事費用 20万0000円

ウ 慰謝料 100万0000円

工事の完成が遅滞したほか、後記のとおりの工事の瑕疵の存在があって、被控訴人は、これらに悩まされた上、店の信用をも傷つけられた。以上による被控訴人の精神的損害は100万円を下らない。

エ 弁護士費用 48万0000円

以上アないしエの合計 874万7806円

(控訴人)

被控訴人主張のアは否認する。工事完成引渡日の約定はないから、被控訴人主張の営業損失は発生するものではない。

同イは否認する。テラス工事は、本工事契約及び追加工事契約のいずれの内容にもなっていないから、この工事費用を控訴人が負担する根拠はない。動力工事は、無償で行うこととなっていたが、現場に動力を用いるものがなく、不要と判断したため、工事をしなかったまでである。また、動力工事費用は数万円程度である。

同ウ、エは否認する。

(5)  争点(5)(瑕疵修補に代わる損害賠償請求権の有無、内容等)について

(被控訴人)

ア 補修費用 271万1824円

控訴人の工事には、① 壁面塗装の不備、② 床工事の不備、③ その他の瑕疵があるので、これらの補修工事を要し、補修費用は271万1824円と算定される(乙4)。

イ 補修期間14日間の逸失利益 68万4824円

上記の補修工事は、店内の壁・床・柱・はり等の内装を撤去して施工し直すといった大工事になるから、少なくとも2週間は閉店を余儀なくされ、これによって被控訴人は、次の算式により、合計68万4824円の逸失利益損害を被る。

1日の逸失利益 1,809,906円÷37日≒48,916円

14日間の逸失利益 48,916円×14日=684,824円

以上ア、イの合計 339万6648円

ウ 被控訴人は、この損害339万6648円と上記(4)の損害874万7806円の合計1214万4454円の支払を受けるまで報酬残額の支払を拒絶する。

(控訴人)

ア 被控訴人主張のアは否認する。仮に補修すべきものがあるとしても、乙4には不必要な工事が含まれており、補修費用の算定基礎には供し得ない。

同イは否認する。仮に補修すべきものがあるとしても、被控訴人主張の期間を要するほどの補修工事の必要はない。被控訴人は現に営業を行っており、瑕疵の存在が営業に支障を生じているわけではない。そうとすれば、営業を停止せずに非営業日ないし営業時間外に補修工事を行うことは十分可能であり、補修工事を行ったとしても営業を継続することができる。

同ウは争う。

イ 仮に控訴人に何らかの損害賠償債務があるとしても、平成16年5月13日の本件第3回口頭弁論期日において、本件各工事の報酬債権と対当額において相殺する旨の意思表示をしたので、その相殺後の報酬残額の支払を求める。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本工事の内容等)について

(1)  別紙請負工事内容一覧表の「本工事」欄中の「被控訴人認否」で「認める割合」100パーセントとされている項目(1の④、2の(照明器具)の⑩、⑪、2の(換気工事)、4の①、6の②、8の③、⑥及び9)は、その趣旨に照らして、当該工事が本工事の一内容として施工されたこと及びその対応報酬額が控訴人主張のとおりであることについて被控訴人が自白していることが明らかである。

(2)  上記「本工事」欄中、2の②の動力配線関係については、証拠(甲2、13、乙20、被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、当該工事が本工事の一内容になってはいたが、施工されないまま工事の引渡しが行われ、後に被控訴人側で20万円を支払って他の工事業者に施工させたことが認められるから、本工事の報酬から動力分として20万円(これに消費税額を加算した21万円)を控除するのが相当である(別紙請負工事内容一覧表下欄「未完成工事額」参照)。

(3)  上記「本工事」欄中、以上を除く項目については、証拠(甲2、4、6、8、12、控訴人本人)及び弁論の全趣旨により、当該工事が本工事の一内容として施工されたこと及びその対応報酬額が控訴人主張のとおりであることが認められる。

(4)  以上によれば、本工事契約報酬は559万0000円となる(別紙請負工事内容一覧表下欄「本工事契約報酬」参照)。

2  争点(2)(追加工事の内容等)について

(1)  別紙請負工事内容一覧表の「追加工事」欄中の「被控訴人認否」で「認める割合」100パーセントとされている項目(1の⑨、⑭ないし⑯、8の⑧、11の⑥、⑦、13の①ないし④)は、その趣旨に照らして、当該工事が本工事の一内容として施工されたこと及びその対応報酬額が控訴人主張のとおりであることについて被控訴人が自白していることが明らかである。

(2)  上記「追加工事」欄中、以上を除く項目については、証拠(甲3、5、12、控訴人本人)及び弁論の全趣旨により、当該工事が本工事の一内容として施工されたこと及びその対応報酬額が控訴人主張のとおり合計97万0850円であることが認められる。そうすると、これに消費税を加算して得られる追加工事分の報酬額は、控訴人の請求報酬額98万7892円を上回ることが計算上明らかである。

(3)  以上によれば、追加工事契約報酬98万7892円は正当であって、上記の本工事契約報酬559万0000円と合わせると、合計657万7892円となるから、これから弁済額200万円を差し引くと、報酬残額は457万7892円となる(消費税込み)。

3  争点(3)(工事の完成引渡日の合意と履行引渡日)について

(1)  証拠(甲1、2、甲7、甲10ないし13、乙5、6、証人A、控訴人本人、被控訴人本人)によれば、被控訴人は、焼肉屋であった店舗を賃借の上改装して多国籍料理店を開店するために改装を計画したものであること、しかしながら、控訴人は、この改装工事全部を請け負ったのではなく、テラス工事等については、他の業者を紹介することにとどめたこと、このため、控訴人が本工事契約に当たって被控訴人に手渡した見積書には、厨房器具、防災工事、有線放送、飾り物、空調工事及び配管配線取付け、テラス工事、厨房新規棚ガラス、店内カウンター吊り壁アートサイン、店外サイン、椅子、テーブル並びに店外テントを対象工事外とすることが注記されていたこと、特にテラス工事は、店舗前面部分にサッシを取り付ける工事を含んだもので開店に不可欠な工事であるが、その業者が同年4月10日ころまで決まらず、ようやく同月13日にサッシ工事業者を交えてサッシ工事の工程が決まり、これに絡んで開店予定日が同月22日に決まったこと、被控訴人は、同月17日に、完成年月日を同月20日とする消防法17条の3の2所定の消防用設備等設置届を所轄官庁に行い、同日に完成検査を終了し、また、同日に保健所の検査も終了し、営業が行えるようになったので、同年5月13日開店の挨拶状を関係者に送付したことが認められる。

被控訴人は、工事完成引渡日は同年3月31日との合意であった旨主張するが、上記のとおり、控訴人の請け負った工事は、開店のための全工事ではなく、しかも本工事開始後に追加工事の発注があったものであり、これと上記認定の事実経過を併せ考えると、乙17及び被控訴人本人の供述中、この両工事を含めて、明確な工事完成引渡日の合意があったとする部分は信用し難く、他に上記主張を認めるに足りる適確な証拠はない。

(2)  上記(1)の認定事実によれば、被控訴人は、平成13年4月17日、完成年月日を同月20日とする消防法17条の3の2所定の消防用設備等設置届を消防官署に対して行い、同日、同署の担当者による検査が終了したものであるから、本工事及び追加工事とも、同日に完成し、同月21日に引渡しが行われたものと認めるのが相当である。被控訴人は、最終引渡日は現実の営業開始日である同年5月8日である旨主張するが、これに沿う被控訴人本人の供述はたやすく採用できず、他にこの主張を認めるに足りる証拠はない。

4  争点(4)(債務不履行による損害賠償請求権の有無、内容等)について

(1)  上記3の認定事実によれば、工事完成引渡日が平成13年3月31日であったことを前提とする被控訴人主張の工事遅延による営業損失の主張は、その前提事実自体認めるに足りないものであるから、その余の点について検討するまでもなく、理由がないこととなる。

(2)  そして、テラス工事が本件各工事の工事内容になっていなかったことは前記認定のとおりであるし、動力工事は、本工事の一内容になってはいたが、施工されないまま工事の引渡しが行われているので、上記のとおり、被控訴人側で他の工事業者に施工させた工事代金である20万円を本工事の報酬から控除すれば足りるものである。このほか、動力工事が施工されないまま工事の引渡しに至ったことによって、被控訴人が上記工事代金を超えて追加支出を余儀なくされるなどの損害を被ったことを認めるに足りる証拠はない。

(3)  さらに、被控訴人は、工事の遅滞と瑕疵の存在によって悩まされた上、瑕疵の存在のため店の信用をも傷つけられた旨主張し、その慰謝料額を100万円としているが、このうち工事の遅滞を認め得ないことは、既に判示したところである。また、工事に瑕疵が存在していたことは、後記のとおりであるが、瑕疵の修補に代わる損害賠償の履行によってもなお償われない精神的被害を被っている事実を認めるに足りる証拠はなく、瑕疵の存在のため店の信用を傷つけられたとの点についても、これを認めるに足りる証拠はないというべきである。

このほか、被控訴人は弁護士費用をも主張するが、本件は不法行為責任を問うものでないから、弁護士費用損害を認めることはできない。

5  争点(5)(瑕疵修補に代わる損害賠償請求権の有無、内容等)について

(1)  証拠(乙3、乙8ないし10、乙17、18、21、乙22の1ないし6、証人B、被控訴人本人)によれば、控訴人の行った本件各工事には以下の瑕疵が存在することが認められる。

① 壁角の吹付塗装時吹付過剰によるダレ

② 壁面吹付塗装時のパテ処理工程の不足による塗装むら

③ 床ジョイント部の接着剤過剰によるカビの発生

④ 下地組の水平レベル調整不良による梁のゆがみ

⑤ 垂直レベル調整不良による間仕切壁のゆがみ

⑥ 製作不良によるカウンター等の取付部の隙間

⑦ 工事不良による配水管設置不良

⑧ 工事不良による戸棚扉丁番ビス不足

(2)  そして、証拠(乙4)及び弁論の全趣旨によれば、上記瑕疵の修補には合計204万6284円の工事費用を要することが認められる(乙4の工事代金総額271万1824円から、いずれも、上記瑕疵の修補とは無関係と認められる内装左官工事中のトイレ・タイルはがし工事、タイル施工工事、トイレ壁デコラはがし工事及びデコラ工事の合計53万8000円、電気工事の合計12万7640円、以上合計66万5540円を差し引いたもの)。

(3)  なお、被控訴人は、瑕疵の修補工事のため、2週間は閉店を余儀なくされるとし、この間の逸失利益損害をも主張するが、上記証拠によれば、これら瑕疵は、それぞれ店舗内の一部分に存在するものであることが認められるから、その規模、内容等にかんがみると、営業準備時間、休憩閉店時間や夜間等の閉店時間内に補修工事が十分に可能であるものと推認される。それでもなお、その修補工事のためには2週間にもわたる長期間の閉店が必要とされるとするならば、その必要性を根拠づける特段の事情がなければならないというべきところ、このような事情の存在を認めるに足りる証拠はない。

(4)  以上によれば、被控訴人は、瑕疵修補に代わる損害賠償請求権204万6284円を有していることになる。

(5)  そして、被控訴人は、この支払を受けるまでは報酬残額の支払を拒む旨、同時履行の抗弁権の行使を主張しているところ、これに対し、控訴人は、当裁判所における平成16年5月13日の本件第3回口頭弁論期日において、控訴人の本件各工事による請負報酬請求権を自働債権とし、被控訴人の瑕疵修補に代わる上記損害賠償請求権を受働債権として、対当額において相殺する旨の意思表示をし、その残額の支払を求めていることは、当裁判所に明らかである。

ところで、請負契約における注文者の報酬支払義務と請負人の目的物引渡義務とは対価的牽連関係に立つものであり、瑕疵ある目的物の引渡しを受けた注文者が請負人に対し取得する瑕疵修補に代わる損害賠償請求権は、この法律関係を前提とするもので、実質的・経済的には、請負金額を減額し、請負契約の当事者が相互に負う義務につきその間に等価関係をもたらす機能を有するのであって、しかも、請負人の注文者に対する報酬債権と注文者の請負人に対する瑕疵修補に代わる損害賠償債権とは、ともに同一の原因関係に基づく金銭債権である。以上のような実質関係に着目すると、両債権は同時履行の関係にある(民法634条2項)とはいえ、相互に現実の履行をさせなければならない特別の利益があるものとは認められず、金銭との引換給付を命ずる判決の強制執行手続上の難点をも併せ考えると、両債権の間で相殺を認めても、相手方に対し抗弁権の喪失による不利益を与えることにはならないし、両債務の清算履行上も合理的であり、このような場合には、相殺により清算的調整を図ることが当事者双方の便宜と公平にかない、法律関係を簡明にさせるゆえんでもある(最高裁昭和53年9月21日第一小法廷判決・裁判集民事125号85頁参照)。そして、請負人の報酬債権に対し注文者がこれと同時履行の関係にある瑕疵修補に代わる損害賠償債権を自働債権とする相殺の意思表示をした場合、注文者は、相殺後の報酬残債務について、相殺の意思表示をした日の翌日から履行遅滞の責任を負うが(最高裁平成9年7月15日第三小法廷判決・民集51巻6号2581頁参照)、注文者が相殺の意思表示をしないときに、請負人が報酬債権を自働債権として注文者の選択した瑕疵修補に代わる損害賠償債権に対して相殺の意思表示をした場合も、注文者は、相殺後の報酬残債務について、相殺の意思表示をした日の翌日から履行遅滞の責任を負うものと解すべきである。注文者が相殺の意思表示をしないときに、請負人が報酬債権を自働債権として注文者の選択した瑕疵修補に代わる損害賠償債権に対して相殺の意思表示をすることを許すことは、相殺による清算後の残報酬について遅延損害金の支払義務の発生を止め得る注文者の利益を失わせることになるが、このような利益を注文者になお保持させなければ不公平であるといえる合理的な理由は考え難く、相殺時までの抗弁権の存在効果によって、注文者は報酬債務について相殺時までの履行遅滞の責任を負わず、前記のとおり、相殺後の報酬残債務について、相殺の意思表示をした日の翌日から初めて履行遅滞の責任を負うにとどまると解することによって、当事者双方の衡平が十分に保たれるということができる。

そうすると、控訴人の上記相殺の意思表示は有効なものとして、被控訴人の瑕疵修補に代わる損害賠償債権と控訴人の報酬債権はその対当額において消滅し、控訴人は被控訴人に対し、報酬残債権253万1608円及びこれに対する上記相殺の意思表示の日の翌日である平成16年5月14日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるというべきである。

6  よって、被控訴人は、控訴人に対し、253万1608円及びこれに対する平成16年5月14日から支払済みに至るまで年6分の金員の支払を求めることができ、その余の控訴人の請求は理由がないから、これと一部結論を異にする原判決を変更し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 福岡右武 畠山稔)

<以下省略>

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