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東京高等裁判所 平成15年(ネ)3845号 判決 2003年11月12日

控訴人

被控訴人

同代表者法務大臣

野沢太三

同指定代理人

植田浩行

信本努

小宮山隆

伊倉博

伊藤栄一

主文

1  本件控訴及び当審における控訴人の請求をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人は、控訴人に対し、887万8500円及びこれに対する平成11年3月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(当審における請求の一部拡張)。

(三)  訴訟費用は第1、第2審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文と同旨

第2事案の概要等

1  事案の概要

控訴人は、個人で貸金業を営んでいた者であるが、川崎北税務署の統括国税調査官の乙及び係官の丁の税務調査を受け、乙から、平成元年分ないし平成3年分事業所得について、確定判決による貸金債権(損害金)が申告漏れとなっているので修正申告をするよう指導を受け、川崎北税務署長に対し修正申告をした上、修正に係る税金等を納付した。

乙は、この指導の際、修正申告後に上記債権が取立不能となったときは、更正の請求により修正申告に係る税金の還付が受けられるとの説明をし、控訴人は、その指導に基づき、未収の損害金債権を放棄したことを理由として、2度に亘り川崎北税務署長に対し更正の請求をしたところ、同署長は1度目の更正の請求を大幅に認め、これに基づく還付をしたが、2度目の更正の請求を認めなかった。控訴人は、これに対する審査請求をしたが棄却され、結局、乙の指導の際の説明に反し、修正申告に係る納税額の一部につき還付を受けることができなかった。

控訴人は、乙らの指導は、税金を騙取するためにされた詐欺行為に当たり、少なくとも過失があると主張して、国家賠償法1条1項に基づき、その雇用者である被控訴人に対し損害賠償請求をした。

控訴人の請求する損害賠償額は、1次的に、当審において請求を一部拡張し、平成元年分ないし平成3年分の本税の一部及び更正後の過少申告加算税及び重加算税の全額の合計額887万8500円であり(原審においては、控訴人が納付した所得税額等の3583万7700円から後日控訴人が還付を受けた2728万7100円を控除した差額の885万0600円)、第2次的に、平成6年分の未収債権につき正しい指導がされていれば、平成6年分の必要経費算入ができ、また、平成7年分及び平成8年分に損失の繰越しができたことにより支払わずに済んだはずの税額合計157万7500円である。

これに対し、被控訴人は、本件指導の内容が誤りであることは認めた上、控訴人は、そもそも本来支払うべき税額を納付したに過ぎないもので、損害が生じていない、そうでないとしても、控訴人主張の第2次的損害の発生と本件指導の誤りとの間に因果関係はない、また、第1次の更正処分により、本来還付されるべきでなかった所得税等の還付を受けているとして、これによる利益との損益相殺をすると主張し、その請求を争っている。

2  前提事実

当事者間に争いのない事実のほか、甲22、25の1ないし5、甲26、乙1の1ないし3によれば、本件において前提となる事実は以下のとおりである。

(1)  控訴人は、平成3年当時、個人で貸金業及び不動産業を営んでいた者である。

(2)  控訴人は、平成4年8月末頃、所轄の川崎北税務署から昭和62年分ないし平成3年分の5か年分の所得につき税務調査を受けた。

税務調査を担当した乙及び丁は、控訴人から預かった5か年分の書類を調査した結果、同年11月6日、控訴人に対し、平成元年分ないし平成3年分の所得につき、控訴人の貸金の債務者である丙、戊、A及びB(以下、丙を「債務者丙」と、丙を除く3名を「債務者戊ら」という。)に対する確定判決上の債権がみなし所得に当たるところ、これが申告漏れになっているとして修正申告を求めた。

控訴人は、上記申告漏れとなっていた未収の債権(損害金債権)は、債務者が倒産したり行方不明となったりして現実の取立てが不可能であるとして、みなし所得として課税されることに納得できず、修正申告には応じないとしていた。

その際、乙は、控訴人に対し、実際に回収できたかどうかに拘わらず、未収の債権が発生している以上申告しなければならないこと、申告した債権が後日回収不能となった場合は、国税通則法23条の更正の請求をすれば、その税金分は全額還付が受けられることを説明した。

(3)  控訴人は、その後も修正申告をしなかったが、乙らは、同年11月末及び12月1日に控訴人宅を訪問し、前記(2)と同様の説明をした上さらに平成元年分ないし同3年分の所得税の修正申告を指導した(以上の乙の指導を「本件指導」という。)ので、控訴人は本件指導の説明内容を信じて同年12月16日、乙らが記載した上記3年分の修正申告書に署名押印して、川崎北税務署長に提出し、同月15日、合計3986万6700円を納付した。

このうち、平成元年分ないし平成3年分の所得税として2942万1200円、過少申告加算税及び重加算税(但し、その賦課決定は、平成5年3月31日である。)として641万6500円の合計3583万7700円が納付金に充てられた(争いがない。)。

(4)  控訴人は、乙の本件指導に従い、平成5年6月28日、債務者丙に対する債権を放棄し、国税通則法23条2項3号に規定する事由の生じた日の翌日から起算して2か月以内である同年8月24日、平成元年ないし平成3年分の修正申告分の一部につき損失が生じたとして、川崎北税務署長に対し、第1次の更正の請求をしたところ、同税務署長は、平成6年2月28日付けで、平成元年分ないし同3年分の所得税の更正及び加算税の減額変更決定(以下「本件更正処分」という。)をし、本税分合計2291万9600円及び加算税分合計436万7500円の合計2728万7100円が控訴人に還付された(争いがない)。

(5)  控訴人は、平成6年9月30日、債務者戊らに対する確定債権を放棄したとして、同年10月5日、さらに川崎北税務署長に対し、平成元年分から同3年分の所得税につき第2次の更正の請求をした。この更正の請求により控訴人が減額を請求した額は、本税が平成元年分112万3100円、平成2年分263万7000円、平成3年分255万4400円、加算税が平成元年分42万7000円、平成2年分95万2000円、平成3年分67万円で、これらの合計額は836万3500円である。

(6)  同税務署長は、平成9年7月29日付け書面をもって、第2次の更正の請求につき減額更正をしない旨通知した。

(7)  控訴人は、これを不服として東京国税不服審判所に対し審査請求を申し出たが、平成11年3月1日、審査請求をいずれも棄却する旨の裁決がされた。

その理由は、<1>控訴人の第2次の更正の請求は、国税通則法23条1項の定める更正請求期限を経過している、<2>貸付金又はその利息債権を放棄することは、同法23条2項各号所定の更正の請求ができる後発的事由には該当しない、<3>控訴人は平成元年以降も事業所得を生ずべき事業を営んでいると認められ、所得税法152条の特例を受けられない、<4>前記の貸倒れ損失は、その事業上の損失として損失発生時における平成6年分において計上すべきものであって、所得の生じた平成元年分から平成3年分までの損失とは認められない、というものであった。

(8)  後記のとおり、本件に関係する所得税法及び国税通則法の規定からすると、貸倒れが生じた本件のような場合、当然に更正の請求ができる、その分の税額が返還されるとの本件指導における説明内容は、誤ったものであった(争いがない。)。

3  争点及び当事者の主張の要旨は、次のとおり、控訴人の当審における主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」のうち、「3 争点」及び「4当事者の主張」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

(当審における控訴人の主張)

原判決は、本件の争点は、平成元年分ないし平成3年分の更正の請求に関するものであると主張を整理した上、昭和62年分及び昭和63年分につき何ら触れるところがない。しかしながら、本件が、昭和62年以降の5年分の修正申告の指導に端を発していることからみれば、この2年分の修正申告及び納税等の経緯を判断しなかったのは誤りである。

平成元年分から平成3年分の修正申告書のみならず、昭和62年分及び昭和63年分の修正申告書を記載したのは川崎北税務署の担当官であり、控訴人は、これらに署名押印して提出したに過ぎない。また、修正申告に伴う税金等の納付も、金額は同担当官が記載したもので、控訴人はこれに従って納付しただけである。そして、この納付書や領収書によれば、控訴人が納付したのは、以下の本税のみである。

昭和62年分 306万8400円

昭和63年分 737万7100円

平成元年分 939万4600円

平成2年分 1076万1400円

平成3年分 926万5200円

これに対し、被控訴人は、別紙のとおり、平成元年分ないし平成3年分の本税合計2942万1200円、上記各年分の過少申告加算税及び重加算税合計641万6500円が納付されたものと主張している。すなわち、控訴人の知らないところで、肝心の納付額につき402万9000円の差額があり、また、控訴人が納付していない過少申告加算税及び重加算税として上記金額が納付されたことになっている。

このような、重大な間違いは考えられないことであると共に、本件争点を平成元年分ないし平成3年分のみであるとし、被控訴人の主張する納付額を認定している原判決が誤りであることは明らかである。

第3当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人の請求は理由がないものと判断する。

その理由は以下のとおりである。

1  所得税法36条1項は、「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。」と規定し、所得の計算につきいわゆる発生主義ないし権利確定主義をとっている。

この「その年において収入すべき金額」とは、その年中に収入することが確定した権利の金額をいい、原則として権利確定の年に所得が発生したものと解される。本件のような貸金債権に係る損害金については、現実には未収であっても、その権利が確定する日、すなわち損害金債権の発生の日をもって収入すべき年とすると共に、この発生の日における損害金の額をもって、事業所得の金額の計算上「収入すべき金額」として課税対象所得となる。

そして、甲13の2、14の2ないし4、15の2、3によれば、確定判決、配当手続きの終了等により、債務者戊に対する損害金は平成元年、債務者Aに対する損害金は平成2年、債務者Bに対する損害金は平成3年にそれぞれ権利が確定したものと認められるから、上記債務者らに対する損害金債権は、確定時の金額をもって、上記各年分の収入すべき金額に含まれることは明らかである。

したがって、上記損害金債権につき、その権利が確定した各年分の「収入すべき金額」に当たるものとして、平成元年分ないし平成3年分の所得税の修正申告を指導したことは法解釈上当然であって、乙の本件指導がこの点において誤っていたものということはできない。

そうである以上、その理由が控訴人主張のようなものであったにしても、控訴人が本件指導に従って上記各年分の修正申告をしたことは、まさに国税通則法16条ないし19条に定められた申告納税義務等の履践に他ならず、これに基づく相当税額の納付も税法上当然の義務の履行というべきである。

したがって、更正の請求により後に還付を請求することができるとの本件指導における説明が税法の解釈上明らかな誤りであったにしても、上記各年分の修正申告に伴う税額の納付については、控訴人の動機の如何を考慮する必要はなく、その余の点を考慮するまでもなく錯誤に当たるとすることはできないから、乙の欺罔行為を論ずる余地はないものといわなければならない。

この税法上の相当金額が、被控訴人の主張する別紙記載の金額であることは、弁論の全趣旨から明らかである。

2  次に、本件において、控訴人が更正の請求及び還付を求める事由は、損害金債権につき貸倒れが発生したということに尽きることは控訴人の主張自体明らかである。このように事業上の貸金債権のうち損害金債権が未収に確定した場合の納税者の救済方法について見ると、所得税法51条2項は、事業所得を生ずべき事業について生じた貸付金等その他の債権の貸倒れ等により生じた損失の金額は、その者のその損失を生じた日の属する年分の事業所得の計算上、必要経費に算入すると定めている。

そうすると、控訴人は、単に所得税法51条2項により、債権の貸倒れにより生じた損失を、それが発生した平成5年分又は平成6年分の必要経費として算入することが認められることになる。そして、これ以外に貸倒れにより損失が生じた場合について税額の還付を受ける方法は制度上設けられていない。なお、控訴人は貸金業を廃業したとも主張しているようであるが、その事実の有無と廃業の時期は本件全証拠によっても明らかではなく、所得税法152条の更正の請求をすることはできない。

本件指導において、更正の請求の可否及びこれによる税額の還付に関する説明内容に誤りがあったことは上記のとおりであるが、もともと、更正の請求や必要経費の算入等は、法律の規定に基づきその可否や限度が一義的に定まるものである以上、乙の説明によって、これらが左右されることもあり得ず、また、誤った指導に沿った納税処理がされるべきことを要求する権利が納税者にないことはいうまでもない。

3  さらに進んで、因果関係の存否、損害の有無の観点から本件請求の理由の当否を検討してみる。

(一)  平成元年分ないし平成3年分の本税の一部並びに本件各更正処分の過少申告加算税及び重加算税の合計887万8500円(又は還付を受けられなかった差額855万0600円)について

前記のとおり、控訴人が納付した3583万7700円は、別紙のとおり、平成元年分ないし平成3年分の所得税として2942万1200円が、過少申告加算税及び重加算税として641万6500円がそれぞれ納付金に充当された。このことは、税務処理として当然のことであり、控訴人の利益にかなうことである。

控訴人は、昭和62年分及び昭和63年分の修正申告もしており、昭和62年から平成3年までの5年分と指定して本税のみを納付したのに、上記納税処理がされたとしてこれに異議を唱えるかのようであるが、原審では訴訟代理人が付され、何度かの損害の主張の変更をしながらも、最終的に平成元年分ないし平成3年分の更正の請求の可否を争うことが主張上明らかにされた。そして、控訴審においても前記納税処理を前提として原審以来の請求をしているものであって、上記の控訴人の主張は誤解に基づくものと解するほかない。

この点を措くとしても、以下のとおり、控訴人に上記887万8500円又は還付を受けられなかった差額855万0600円につき損害が発生したものとはいえない。

すなわち、控訴人に対しては、平成6年3月24日、合計3058万2300円が還付されている。甲25の1ないし4、甲26及び乙1の1ないし3によれば、この還付金は、昭和62年分が306万8400円、昭和63年分が737万7100円、平成元年分が749万9100円、平成2年分が673万6600円、平成3年分が590万1100円であると認められるところ、昭和62年分及び昭和63年分は、修正申告に伴い一旦納付させた税額を全額還付していることが認められる。

そして、平成元年分ないし平成3年分については、所得税等として控訴人が本来納付すべき税額は、被控訴人主張のとおり、合計3583万7700円となるはずであるのに、平成元年から平成3年までの分として控訴人の納付した合計2942万1200円から最終的には2013万6800円が控訴人の口座に振り込まれて返還されている。結果として、平成元年分ないし平成3年分の所得税等として、多額の税債務を免れているといわざるを得ず、上記887万8500円又は還付を受けられなかった差額について損害があるなどということができないことは明らかである。

(二)  平成6年ないし平成8年に納付した157万7500円について

次に、控訴人は、乙の誤った本件指導がなければ、第2次の更正請求につき審査請求で争うまでもなく、現実に収入とならないことがはっきりした段階で平成6年分の必要経費に算入し、それでも損金がなくならない場合は、損金の繰り延べの手続きをとることができたのに、その機会を失し、これにより、平成6年分、平成7年分、平成8年分で合計157万7500円の所得税を多く納付することになり、納付税額と同額の損害を蒙ったと主張する。

しかしながら、平成6年分の所得税については、平成7年6月30日付け、平成7年分の所得税については平成8年5月28日付け、平成8年分の所得税については平成9年5月30日付けの川崎北税務署長による各更正処分により、当該各年分の所得税の額は、それぞれ、平成6年分は43万7900円に、平成7年分は26万6400円に、平成8年分は66万6600円に、それぞれ減額されており、確定申告における所得税額との差額である10万9500円、4万7100円、5万円の合計20万6600円は既に控訴人に還付されている(弁論の全趣旨)。したがって、現に控訴人が負担した平成6年分ないし同8年分の所得税の合計額は、137万0900円である。

そして、控訴人は、平成6年10月5日、債権放棄したことを理由として平成元年ないし平成3年分の所得税の更正の請求書を提出しているが、その際、川崎北税務署係官から平成6年分の必要経費に算入すべき旨の指導がされたはずである(甲13の1、甲14の1、甲15の1、弁論の全趣旨)。さらに、上記請求につき平成9年7月29日付けの「更正の請求に対してその更正をすべき理由がない旨の通知書」を受け取ったが、その理由中には放棄により貸倒れとなった場合には、所得税法51条2項の規定により平成6年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき旨が指摘されている。

そうだとすれば、乙による本件指導において、必要経費算入及びその繰延べにつき誤った説明がされていたとしても、控訴人は平成6年から平成8年の確定申告において必要経費に算入する方法をとることができたはずであり、その意味で、上記税額の支払と乙の本件指導の誤りとの間には相当因果関係を肯定することができないというべきである。

(三)  控訴人は、本件指導がなければ修正申告に伴う税金を支払う意思はなかったから、還付された税額は損害の一部回復に過ぎず、利益を得ていないと主張する。しかしながら、本件指導がなければ修正申告もこれに伴う税額の納付もしなかったとすれば、その場合には、川崎北税務署長により控訴人に対し、更正処分がされ、正規の税額及び賦課税の徴収をされたであろうことは容易にみてとれるところであって、その場合に、最終的にも控訴人が納税を免れることができたものとは到底考え難い。

4  以上によれば、控訴人の請求は理由がない。

第4結語

よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴及び控訴人の当審請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 相良朋紀 裁判官 三代川俊一郎 裁判官 上田卓哉)

別表

本税及び加算税等の内訳表

◎本税(申告納税額)

<省略>

◎加算税(過少申告加算税・重加算税)

<省略>

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