東京高等裁判所 平成15年(ネ)587号 判決 2003年9月30日
控訴人
A野株式会社
同代表者代表取締役
B山太郎
他1名
両名訴訟代理人弁護士
板垣眞一
被控訴人
D原松夫
他1名
両名訴訟代理人弁護士
秋山昭八
同
泉義孝
被控訴人
A田梅夫
同訴訟代理人弁護士
小髙正嗣
主文
一 控訴人らの被控訴人らに対する本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人D原松夫(以下「被控訴人D原」という。)は、控訴人A野株式会社(以下「控訴人A野社」という。)に対し、二〇〇〇万円及びこれに対する平成一三年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人E田竹子(以下「被控訴人E田」という。)は、控訴人株式会社C川(以下「控訴人C川社」という。)に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成一三年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人A田梅夫(以下「被控訴人A田」という。)は、控訴人A野社に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成一三年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
との判決及び仮執行の宣言を求める。
二 被控訴人ら
主文と同旨の判決を求める。
第二当事者の主張
一 控訴人らの請求の原因
1 当事者及び関係者
(一) 控訴人A野社は、平成二年六月二〇日設立された、霊園の開発・設計、陵墓及び墓石の設計・施工・販売等を目的とする株式会社であり、控訴人C川社は、平成九年三月一三日設立された、控訴人A野社と同一の事業を目的とする株式会社である。
そして、訴外B野春夫(旧姓A川。以下「B野」という。)は、控訴人A野社及び控訴人C川社の各設立時から平成一一年一二月三日までの間、控訴人A野社及び同C川社の全株式を所有する唯一の株主であったが、平成一一年一二月三日、東京都新宿区西新宿においてB原クリニックを経営する訴外C山夏夫(以下「C山」という。)に対して、控訴人A野社及び同C川社の全株式を売り渡し、さらに、C山は、平成一二年五月一二日、控訴人A野社及び同C川社の全株式を第三者に売り渡したものである。
(二) 被控訴人D原は、平成六年三月一日から平成一二年五月二九日までの間、控訴人A野社の代表取締役であった者、被控訴人E田は、控訴人C川社の設立時から平成一二年五月二九日までの間、その代表取締役であった者、被控訴人A田は、平成七年一二月ころから平成一二年六月三〇日までの間、控訴人A野社及び同C川社との間において、税務申告及び税務相談についての顧問契約を締結していた顧問税理士であった者である。
2 控訴人A野社における仮払金等の不法領得
C山が控訴人A野社及び同C川社の全株式を第三者に売り渡した後に判明したところによれば、控訴人A野社においては、次のとおりの仮払金等の会計上の処理がされているが、これらの仮払金は、いずれも仮払金の支出先とされているB野、C山、被控訴人D原又は同A田においてこれらの仮払金の支払を受けて、これを領得し、また、C山において預金の払戻しを受け、これを領得したものであり、控訴人A野社は、これによって、合計二億四六七二万八三六四円の損害を被った。
(一) 平成一一年三月三日から同年一〇月二一日までの間、別紙仮払金目録(以下「目録」という。)番号一ないし六のとおりの六回にわたり、「B野」に対する「仮払金」の名目により、合計七六二五万〇六三〇円が支出され、同年九月二三日及び一〇月二一日の二回にわたり、「B野」からの「仮払金戻し」として合計五〇五〇万円が受け入れられたものとされ、その結果、控訴人A野社は、第一〇期の決算報告書上、平成一一年一二月三一日現在、「B野」に対する二五七五万〇六三〇円の「仮払金」を計上している。
(二) 平成一一年一二月二八日から平成一二年四月二六日までの間、目録七ないし六二のとおりの五六回にわたり、「本部」(C山の経営する前記クリニック)に対する「仮払金」の名目により、合計六五六八万〇一五四円が支出され、また、平成一二年一月二七日、「C山夏夫」名義による「仮払金戻し」として七二万〇六五〇円が受け入れられたものとされている。
(三) 平成一一年一二月二一日、目録六三のとおり、東海銀行南新宿支店の控訴人A野社名義の普通預金口座(口座番号○○○○○○○)から一億一〇〇〇万〇八四〇円、平成一二年四月一〇日から同年六月一六日までの間、目録六四ないし一〇〇のとおりの三七回にわたり、同銀行同支店の控訴人A野社名義の普通預金口座(口座番号×××××××)から合計二〇〇一万七三九〇円の総計一億三〇〇一万八二三〇円が引き出されているが、その会計処理はされていない。
(四) 平成一一年一〇月二一日及び同年一二月一日、目録一〇一及び一〇二のとおり、被控訴人D原に対する仮払金の名目により、一〇〇〇万円及び一〇〇万円の合計一一〇〇万円が支出されたものとされている。
(五) 平成一二年二月二日、目録一〇三のとおり、被控訴人A田に対する仮払金の名目により、一五〇〇万円が支出されたものとされている。
3 控訴人C川社における仮払金の不法領得
同様に、控訴人C川社においては、次のとおりの仮払金の会計上の処理がされているが、これらの仮払金は、いずれも仮払金の支出先とされているB野、C山又は被控訴人E田においてこれらの仮払金の支払を受け、これを領得したものであり、控訴人C川社は、これによって、合計一億五〇五〇万円の損害を被った。
(一) 平成一一年一二月二日、目録一〇四のとおり、「B野」に対する「仮払金」の名目により、一億四〇〇〇万円が支出されたものとされている。
(二) 平成一一年一〇月二一日及び同年一二月一日、目録一〇五及び一〇六のとおり、被控訴人E田に対する仮払金の名目により、一〇〇〇万円及び五〇万円の合計一〇五〇万円が支出されたものとされている。
4 不当に高額なリース料によるリース契約
被控訴人D原は、控訴人A野社の代表取締役として、平成六年三月三一日以降、自らが代表取締役を務める株式会社C田との間において、ビジネスフォン及び乗用車のリース契約を締結していたが、これらのリース契約におけるリース料は、いずれも適正価格の二倍以上の高額のものであって、控訴人A野社は、これによって、この間に支払済みのリース料の半額相当額(前者のリース契約につき二三九万九八七五円、後者のリース契約につき一〇六二万三六〇〇円)である合計一三〇二万三四七五円の損害を被った。
5 被控訴人らの責任原因
(一) 被控訴人D原及び同E田は、前記のとおり、それぞれ自ら仮払金の支払を受けて、これを不法に領得したものであるほか、取締役としての善管注意義務及び監視監督義務に違背して、B野、C山及び被控訴人A田らが不法に仮払金の支払又は預金の払戻しを受けて、これを領得するに任せ、また、被控訴人D原は、忠実義務に違背して、控訴人A野社の代表取締役として不当に高額なリース料によるリース契約を締結して、控訴人A野社及び同C川社に前記の損害を被らせたものであるから、控訴人A野社及び同C川社が被った前記の損害を賠償すべき義務がある。
(二) 被控訴人A田は、前記のとおり、自ら仮払金の支払を受けて、これを不法に領得したものであるほか、控訴人A野社の顧問税理士として、控訴人A野社の会計処理が適正に行われるよう指示助言すべき受任者としての義務に違背して、当然に知り得たはずのB野やC山らによる仮払金や預金払戻金の不法領得等の不正行為を放置したばかりか、C山が不法に仮払金を領得するに際して自らの口座を使用させるなどして、これに助力するなどしたのであるから、控訴人A野社が被った前記2の損害を賠償すべき義務がある。
6 結論
よって、控訴人A野社は、被控訴人D原に対し、前記2及び4の損害合計二億五九七五万一八三九円のうち二〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成一三年二月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被控訴人A田に対し、前記2の損害合計二億四六七二万八三六四円のうち一〇〇〇万円及びこれに対する前同様の同年二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、控訴人C川社は、被控訴人E田に対し、前記3の損害合計一億五〇五〇万円のうち一〇〇〇万円及びこれに対する前同様の平成一三年二月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。
二 請求原因事実に対する被控訴人らの認否
1 請求原因1について
(被控訴人ら)
請求原因1の事実は認める。
2 請求原因2及び3について
(被控訴人D原及び同E田)
請求原因2及び3の事実中、平成一一年一二月一日に被控訴人D原が控訴人A野社から一〇〇万円を、被控訴人E田が控訴人C川社から五〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。
被控訴人D原及び同E田は、単に名目的な取締役にすぎなかったものであるから、被控訴人D原及び同E田が支払を受けた上記の金員は、役員としての賞与ではなく、他の従業員と同様の、被用者としてのものである。
(被控訴人A田)
請求原因2の事実中、被控訴人A田が平成一二年二月二日に控訴人A野社から一五〇〇万円の交付を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。
被控訴人A田は、C山の指示に従い、上記日時に控訴人A野社からいったん一五〇〇万円を預かった上、直ちにこれをC山に交付している。
3 請求原因四について
(被控訴人D原)
請求原因4の事実は争う。
4 請求原因5について
(被控訴人D原及び同E田)
請求原因5の(一)の事実は否認する。
被控訴人D原及び同E田は、いずれも控訴人A野社及び同C川社の名目的な取締役であったにすぎず、控訴人A野社及び同C川社の経営はすべて一人株主であるB野及びC山が取り仕切っていたものである。そして、特に経理に関しては、B野及びC山は、被控訴人D原や同E田がこれに関与することを禁じた上、控訴人A野社及び同C川社の経理担当者であったD川秋子(以下「D川」という。)に直接指揮命令してこれに当たらせていたものであって、被控訴人D原や同E田がこれに関わる余地さえなかった。
(被控訴人A田)
請求原因5の(二)の事実は否認する。
被控訴人A田と控訴人A野社との間の顧問契約の内容は、税務申告及び税務相談であって、控訴人A野社及び同C川社の経理・会計についての監査を含むものではない。被控訴人A田は、一人株主であったB野やC山の出金指示等を控訴人A野社及び同C川社の経理担当者であるD川らに伝えたことがあったにすぎない。
三 被控訴人らの抗弁
(被控訴人D原及び同E田)
1 被控訴人D原及び同E田は、控訴人A野社及び同C川社の一人株主であったB野から、取締役としての責任を問わないものとするとの前提で、名目的な取締役に選任されたものであるから、その各選任の時点において、既に商法二六六条五項の定める取締役の責任を免除する「総株主の同意」があったものというべきである。
2 また、控訴人らの主張する仮払金の支出や預金払戻金の支払は、いずれも控訴人A野社及び同C川社の一人株主であるB野やC山の指示に基づいて同人らに支払われているのであるから、その各支払の時点において商法二六六条五項の定める取締役の責任を免除する「総株主の同意」があったものというべきである。
(被控訴人D原)
控訴人A野社は、平成一四年九月二五日、株式会社C田が控訴人A野社に対してその主張に係るリース料の支払を求めた訴訟事件(東京地方裁判所平成一二年(ワ)第一九五六八号)において、控訴人A野社が株式会社C田に一五〇万円のリース料を支払うものとするとの裁判上の和解をした上、控訴人A野社が株式会社C田に対して支払済みのリース料の返還を求めて提起していた反訴の訴え(東京地方裁判所平成一三年(ワ)第三四七三号)を取り下げ、これによって決着をみているものであるから、控訴人A野社が被控訴人D原に対して本訴請求に係る損害賠償を求めることは、信義則に反するものであって、許されない。
(被控訴人A田)
被控訴人A田と控訴人A野社との間の税務顧問契約には、商法二六六条五項の規定が類推適用されるものと解すべきところ、控訴人らの主張する仮払金の支出や預金払戻金の支払は、いずれも控訴人A野社及び同C川社の一人株主であるB野やC山の指示に基づいてされたものであるから、仮に被控訴人A田に受任者としての注意義務違反があったとしても、それによる責任を免除する商法二六六条五項の定める「総株主の同意」があったものというべきである。
四 抗弁事実に対する控訴人らの認否
抗弁事実はいずれも否認する。
理由
一 前提となる事実関係
請求原因1(当事者及び関係者)の事実、同2(控訴人A野社における仮払金等の不法領得)及び3(控訴人C川社における仮払金の不法領得)の事実中、平成一一年一二月一日に被控訴人D原が控訴人A野社から一〇〇万円を、被控訴人E田が控訴人C川社から五〇万円の支払を受けたこと及び被控訴人A田が平成一二年二月二日に控訴人A野社から一五〇〇万円の交付を受けたことはいずれも当事者間に争いがなく、これらの争いのない事実に、《証拠省略》を併せると、次のような事実を認めることができる。
1 控訴人A野社は、B野が資本金の全額を出資して設立した株式会社であって、同人がその全株式を所有していたが、自らは取締役に就けない事情があったため、かつて経営していた会社の部下であった被控訴人D原を形式的に代表取締役に就ける一方で、自らは「会長」として経営の全般を掌握していたものであり、他方、被控訴人D原は、被控訴人E田とともに旅行業を営む株式会社C田の共同経営に当たる傍ら、当初は月二、三度、平成八年ころからは週三、四日、控訴人A野社に出社して、社員の歩合給の計算事務等に従事するなどするにとどまっていた。
B野は、平成九年三月、資本金の全額を出資して控訴人C川社を設立し、その全株式を所有していたが、ここでも自らは取締役に就くことなく、被控訴人E田を名目的に代表取締役に就任させる一方で、自ら「会長」としてその経営の全般を掌握し、被控訴人E田は、月に数回程度、茶菓子を持参して控訴人C川社を訪れる程度であって、控訴人C川社の業務や事務に従事することはほとんどなかった。
そして、B野は、控訴人A野社及び同C川社の経理、会計事務は、B野の直接の指揮、監督の下に、平成七年一〇月に勤務していた銀行を辞めて、経理担当者として控訴人A野社に入社したD川に処理させることとし、被控訴人D原がこれに関与することを禁止していたため、被控訴人E田はもとより、被控訴人D原が、控訴人A野社及び同C川社の経理、会計事務に関わることはなかった。
2 このような状況の下において、D川は、B野から資金が必要であると言われる都度、指示された額の資金を控訴人A野社の銀行預金から払い戻すなどしてB野に交付し、金額の不確定なもの、使途の不明のもの、その他の未決算勘定については、B野に対する仮払金として仕訳をしていたが、平成一一年三月三日から同年一〇月二一日までの間にB野に対する仮払金として処理したものが合計七六二五万〇六三〇円(目録一ないし六)に達し、他方、B野は、同年九月二三日及び同年一〇月二一日に合計五〇五〇万円を戻したので、D川は、これを仮払金戻しとして仕訳をしたものの、第一〇期(平成一一年一月一日から同年一二月三一日まで)の決算報告書においては、期末におけるB野に対する仮払金として二五七五万〇六三〇円が計上されることになった。
さらに、D川は、B野に命じられて、平成一一年一〇月二一日、控訴人A野社及び同C川社から支出したものとして各一〇〇〇万円をB野に交付したが、これらをそれぞれ控訴人A野社の代表取締役である被控訴人D原あるいは控訴人C川社の代表取締役である被控訴人E田に対する仮払金(目録一〇一、一〇五)として処理したものの、そのまま未精算となった。
また、D川は、B野の指示に従い、平成一一年一二月一日、他の従業員らに対するのと同じく、控訴人A野社から被控訴人D原に対する賞与の名目で一〇〇万円を、控訴人C川社から被控訴人E田に対する賞与の名目で五〇万円を、それぞれ支払ったが、税法上は役員に対する賞与の支払を費用として損金に算入することはできないとの被控訴人A田の助言に従って、これをそれぞれ被控訴人D原及び同E田に対する仮払金(目録一〇二、一〇六)として処理し、そのまま未精算となった。
そのほか、被控訴人A田は、平成一二年三月中旬ころ、控訴人A野社の担当者から、「控訴人C川社は、かねてD野株式会社に対して二億円を貸し付け、その全額の返済を受けていたにもかかわらず、B野は、そのうち六〇〇〇万円を控訴人C川社に入金したのみで、残余一億四〇〇〇万円の入金がされていない。」として、その処理方法について相談を受けたが、B野は、当時、後記のとおり、控訴人A野社及び同C川社の全株式をC山に売り渡した後であったので、日付を遡らせて控訴人C川社のB野に対する仮払金とすべき旨を助言し、D川は、これを平成一一年一二月二日付の控訴人C川社のB野に対する仮払金(目録一〇四)として処理した。
3 B野は、平成一一年一二月三日、C山に対して、B野の所有していた控訴人A野社及び同C川社の全株式を売り渡したが、C山は、東京都新宿区西新宿においてB原クリニックの経営に携わっていたため、自らは控訴人A野社及び同C川社の取締役に就任することなく、従前どおり被控訴人D原を控訴人A野社の、被控訴人E田を控訴人C川社の、各代表取締役に就けたままにした上、自らの代行者として配下のE原冬夫を社長室長の肩書で控訴人A野社に派遣して、控訴人A野社及び同C川社の経営に当たらせることにしていたため、被控訴人D原及び同E田の立場や執務の状況には、大きな変化はなかった。
4 そして、C山は、E原冬夫を介するなどして、C山において自由に払戻しのできる控訴人A野社名義の預金口座を作るようにD川に指示したので、D川は、富士銀行の控訴人A野社名義の預金口座のキャッシュカードをC山に渡したところ、C山は、直接又は被控訴人A田(B野から控訴人A野社及び同C川社の株式を買い受けた際、紹介者として知り合ったもの)やE原冬夫を介して、必要な資金の額をD川に指示するなどし、D川は、同預金口座に振替入金するなどした。このようにして、C山は、平成一一年一二月二八日から平成一二年四月二六日までの間、五六回にわたり合計六五六八万〇一五四円を上記の控訴人A野社名義の預金口座から払戻しを受け、D川は、これらの使途が不明であったところから、これらを「本部(C山の経営する前記クリニックを意味する。)仮払金」(目録七ないし六二)として処理した。
これらのほか、C山は、平成一一年一二月二一日ころ、被控訴人A田を介して、D川に対して、東海銀行南新宿支店の控訴人A野社名義の普通預金口座(口座番号○○○○○○○)に振替入金させて、同預金口座から一億一〇〇〇万〇八四〇円の払戻しを受け、同様に、東海銀行南新宿支店の控訴人A野社名義の普通預金口座(口座番号×××××××)にも振替入金させて、平成一二年四月一〇日から同年六月一六日までの間、三七回にわたり合計二〇〇一万七三九〇円を上記の控訴人A野社名義の預金口座から払戻しを受け、D川は、これらをC山に対する仮払金(目録六三ないし一〇〇)として処理した。
さらに、C山は、平成一二年二月初めころ、被控訴人A田に対して、「多磨地方での霊園の開発に一五〇〇万円の資金が必要であるが、控訴人A野社からC山名義の口座に直接送金すると都合が悪く、被控訴人A田名義の預金口座を迂回して送金してもらいたいので、D川に指示して、そのようにさせて欲しい。」旨を依頼し、これを受けた被控訴人A田は、D川に対してその旨を連絡したところ、D川は、同月二日ころ、被控訴人A田名義の預金口座に一五〇〇万円を振替入金したので、被控訴人A田は、直ちにこれをC山に送金した。D川は、これを被控訴人A田に対する仮払金(目録一〇三)として処理した。
二 仮払金の不法領得等と控訴人らの損害
1 前項において認定したところによれば、目録一ないし六及び一〇一に係る各仮払金は、いずれも当時控訴人A野社の一人株主であったB野が控訴人A野社から交付を受けたものであり、また、目録一〇五に係る仮払金は、当時控訴人C川社の一人株主であったB野が控訴人C川社から交付を受けたものであるが、その使途等は一切明らかではなく、これが控訴人A野社又は同C川社の業務のために使用されたことを窺わせる事情も認められないのであるから、結局、B野が自らのためにこれを費消するなどして領得したものと推認するほかなく、これによって、控訴人A野社及び同C川社は、各仮払金と同額(控訴人A田社に対する仮払金戻し合計五〇五〇万円を控除した後の残額)の損害を被ったものということができる。同様に、目録一〇四に係る仮払金も、B野がD野株式会社から控訴人C川社への貸付返済金のうち一億四〇〇〇万円を控訴人C川社に入金しなかったものであって、これが控訴人C川社の業務のために使用されたことを窺わせる事情も認められないのであるから、結局、B野が自らのためにこれを費消するなどして領得したものと推認するほかなく、これによって、控訴人C川社は、これと同額の損害を被ったものということができる。
また、目録七ないし一〇〇及び一〇三に係る各仮払金は、いずれもその後控訴人A野社の一人株主となったC山が控訴人A野社の預金口座から払戻しを受け又は被控訴人A田の預金口座を経由して控訴人A野社から送金を受けたものであって、その使途等は一切明らかではなく、これが控訴人A野社の業務のために使用されたことを窺わせる事情も認められないのであるから、結局、C山が自らのためにこれを費消するなどして領得したものと推認するほかなく、これによって、控訴人A野社は、これと同額の損害を被ったものということができる。
他方、被控訴人D原に対する仮払金として処理されている目録一〇一に係る仮払金及び被控訴人E田に対する仮払金として処理されている目録一〇五に係る仮払金は、いずれもB野が控訴人A野社又は同C川社から交付を受けて領得したものであることは、前記のとおりであって、被控訴人D原又は同E田においてこれを領得したものとする余地はない。同様に、被控訴人A田に対する仮払金として処理されている目録一〇三に係る仮払金も、C山が被控訴人A田の預金口座を経由して控訴人A野社から送金を受けて領得したものであることは、前記のとおりであって、被控訴人A田においてこれを領得したものとする余地はない。
2 そして、目録一〇二及び一〇六に係る各仮払金は、被控訴人D原及び同E田に対する賞与との名目で支払われたものであることは、前記のとおりであるけれども、被控訴人D原及び同E田は、単なる名目的な代表取締役にすぎず、取締役としての業務は全く行っていなかったものであって、せいぜい社員の歩合給の計算事務等の日常の業務の処理に従事していたにすぎないものであること、控訴人A野社及び同C川社の他の従業員らも、当時、被控訴人D原及び同E田と同様に、賞与の名目で一定の金銭の支払を受けたものであることなどの事情に照らすと、被控訴人D原及び同E田に対して支払われた上記の賞与の名目での金銭の支払は、取締役としての職務執行に対する対価としての報酬や利益の配分としての性格を持つものではなく、他の従業員らに対するのと同様に、控訴人A野社及び同C川社の被用者としての業務遂行に対する対価たる性格を持つものであり、控訴人A野社及び同C川社の一人株主であったB野がその全株式をC山に売り渡すことになったのを機会に、これを後払いする趣旨で支払われたものと解するのが相当である。D川がこれを被控訴人D原及び同E田に対する各仮払金として仕訳をしたのは、形式的に役員になっている者に対する賞与の支払を費用として損金に算入することは税法上できないものとの被控訴人A田の助言に従ったものであるにすぎない。
したがって、被控訴人D原及び同E田に対する賞与の名目でのこれらの金銭の支払については、商法二六九条の規定の適用はなく、その支払について株主総会の決議を欠くからといって、これを違法とすることはできないし、控訴人A野社及び同C川社がその支払によって損害を被ったものということもできない。
3 次に、控訴人A野社は、被控訴人D原が控訴人A野社の代表取締役として、不当に高額なリース料率を設定して、自らが代表取締役を務める株式会社C田との間でビジネスフォン及び乗用車のリース契約を締結し、取締役としての忠実義務に違背して、控訴人A野社に損害を被らせたと主張し、甲第七八号証及び第八六号証(上記機材の一般市場におけるリース料率等)を援用するけれども、被控訴人D原及び同E田各本人尋問の結果によれば、控訴人A野社は、その設立当初においては、その事業に必要なビジネスフォンや乗用車を購入する資金的な余裕がなかったために、株式会社C田においてこれらの機材を購入した上で、これを控訴人A野社に賃貸することとして、上記のリース契約が締結されたものであること、そこでのリース料率は、株式会社C田が上記機材の購入等に要した経費を基礎に算出されたものであって、不当に高額にすぎるということはできず、また、これを一般市場におけるリース料率と対比して論ずることは必ずしも相当ではないことを認めることができるのであって、控訴人A野社の主張は、この点において、既に前提に欠けるものである。
三 被控訴人らの責任原因
1 控訴人A野社及び同C川社は、その一人株主であったB野及びC山が前記仮払金等を自らのために費消するなどして領得したことによって、損害を被ったものであるところ、控訴人らは、これを被控訴人D原及び同E田が取締役としての善管注意義務及び監視監督義務に違背し、また、被控訴人A田が顧問税理士としての受任者の義務に違背した結果であると主張するので、次に、これについて検討する。
2 先ず、被控訴人D原及び同E田については、前記の認定のとおり、控訴人A野社及び同C川社の一人株主であったB野やC山は、会社の主宰者として経営の全般を掌握し、自らが(C山についてはE原冬夫を介するなどして)その経営に当たっていたものであり、経理、会計事務についても、経理担当者を直接指揮監督していたものである一方で、被控訴人D原及び同E田は、全く取締役としての職務を行うことはなく、単なる名目上の代表取締役にすぎなかったものであり、特に経理、会計事務については、B野からこれに関与することを禁止されるなどして、一人株主との事実上の合意、了解の下に、全くこれに関わることがなかったものである。
このように、被控訴人D原及び同E田は、一人株主との事実上の合意、了解の下に、取締役としての職務、とりわけ経理、会計事務には全く関与していなかったものであるから、その限度において取締役としての善管注意義務や監視監督義務を免除されていたものというべきであり、会社の債権者その他の第三者に対する関係や責任についてはともかく、会社に対する関係においては、善管注意義務や監視監督義務の責任を負わないものと解するのが相当である。
したがって、控訴人A野社及び同C川社は、一人株主であったB野及びC山が仮払金等を不法に領得したことにつき、被控訴人D原及び同E田に対して、取締役としての善管注意義務違反又は監視監督義務違反を理由として、損害賠償を求めることはできない。
3 また、被控訴人A田については、被控訴人A田と控訴人A野社との間の顧問契約は、前記のとおり、税務申告及び税務相談を内容とするものであって、もとより控訴人A野社の経営やその経理、会計についての監査を含むものではないのであるから、被控訴人A田は、控訴人A野社の経理、会計事務が適正に処理され、仮払金等が不法に領得されることがないように控訴人A野社に指示したり助言したりすべき義務を負うものではない。確かに、被控訴人A田は、前記の認定のとおり、C山からの送金の指示や依頼等を控訴人A野社の経理担当者であるD川に取り次いだり、C山の依頼に応じて控訴人A野社からC山への送金先として自らの預金口座を利用させるなどしているけれども、これらは、被控訴人A田の顧問税理士としての地位に基づく行動ではないのであるから、自ずから別個の法律関係を構成するものである。
したがって、控訴人A野社は、一人株主であったB野及びC山が仮払金等を不法に領得したことにつき、被控訴人A田に対して、顧問契約上の受任者としての義務違反を理由として、損害賠償を求めることはできない。
四 結論
以上によれば、控訴人らの被控訴人らに対する本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は結論において相当であって、控訴人らの被控訴人らに対する本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村上敬一 裁判官 水谷正俊 裁判官永谷典雄は、転官のため、署名、押印することができない。裁判長裁判官 村上敬一)
<以下省略>