大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成15年(行ケ)143号 判決 2004年6月07日

原告

アールシーエー ライセンシング コーポレイション

(旧商号)

アールシーエー トムソン ライセンシング コーポレイション

訴訟代理人弁理士

伊東忠彦

湯原忠男

被告

特許庁長官 今井康夫

指定代理人

橋本恵一

新宮佳典

小曳満昭

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2002-15388号事件について平成14年11月29日にした審決を取り消す。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成12年4月20日,名称を「テレビジョン偏向装置」とする発明につき特許出願(1986年〔昭和61年〕4月18日・英国及び同年12月18日・アメリカ合衆国の各特許出願に基づく優先権を主張して昭和62年4月17日に出願した特願昭62-96102号の一部の新たな特許出願)をしたが,平成14年5月15日に拒絶査定を受けたので,同年8月12日,不服の審判の請求をし,不服2002-15388号事件として特許庁に係属した。

特許庁は,同事件について審理した結果,同年11月29日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年12月17日,原告に送達された。

2  本件特許出願の願書に添付した明細書(平成14年9月10日付け手続補正書により補正されたもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の【請求項1】記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨

垂直同期入力信号に応答して,位相変調された垂直制御信号を発生する手段と,上記位相変調された垂直制御信号に応答して上記位相変調された垂直制御信号に同期した鋸波形を有する第2の信号を発生する鋸波発生器とよりなり,上記第2の信号は所定の偏向サイクルにおいて第1の方向に変化するトレース部分と上記第1の方向と実質的に逆の方向に変化するリトレース部分とを有し,上記第2の信号は各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,各サイクルにおいて同じ期間であって上記垂直制御信号の位相変調によって影響を受けない期間を有する間隔を有し,更に垂直偏向巻線と,上記第2の信号に応答して上記垂直偏向巻線に印加される鋸波形を有する垂直偏向電流を発生する手段とよりなり,上記垂直偏向電流はトレース期間中に,上記第2の信号の上記トレース部分に対応するものであって上記垂直制御信号に従って位相変調されるトレース部分を有し,上記垂直偏向電流は上記垂直制御信号の位相が変化する偏向サイクルの各々において上記位相変調された垂直制御信号と同位相に維持される構成のテレビジョン偏向装置。

3  審決の理由

審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,実願昭59-95586号(実開昭61-14572号)のマイクロフィルム(甲4,以下「刊行物1」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3原告主張の審決取消事由

1  審決は,本願発明と刊行物1の発明との相違点に関する認定判断を誤った(取消事由)結果,本願発明の進歩性を誤って否定したものであるから,違法として取り消されるべきである。

2  取消事由(相違点に関する認定判断の誤り)

(1)  審決は,本願発明と刊行物1の発明との相違点として認定した,「上記『第2の信号』(注,一致点の認定に係る「上記位相変調された垂直制御信号に応答して上記位相変調された垂直制御信号に同期した鋸波形を有する第2の信号」)が,本願発明においては『各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,各サイクルにおいて同じ期間であって垂直制御信号の位相変調によって影響を受けない期間を有する間隔を有し』とするのに対して,刊行物1の発明においては,各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間の間隔が示されていない点」(審決謄本6頁(2)「相違点」)について,「『第2の信号』を『各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,各サイクルにおいて同じ期間であって垂直制御信号の位相変調によって影響を受けない期間を有する間隔を有し』とすることは,当業者であれば,刊行物1の発明に基づいて,適宜なし得ることである」(同7頁第3段落)と判断したが,誤りである。

(2)  まず,審決は,「刊行物1の発明において,位相補正された信号(A)は,分離回路(6)で分離された従来の垂直同期信号(V)の周波数が2倍(2V)にされて位相補正されたもの(2V’)であるから,この位相補正された信号(A)は,分離された従来の垂直同期信号(V)と同じ(同期)期間(帰線期間)を有する間隔を有することは,明らかである」(審決謄本6頁下から第3段落)と認定した。しかしながら,位相補正回路(15)に供給される信号は,分離回路(6)からの垂直同期信号が2逓倍回路(14)により,信号が変換されたものであり,一般的なパルス周波数の2逓倍回路は,パルス幅が変更されてもよいものであるから,位相補正回路(15)に供給される信号が,分離回路(6)で分離された垂直同期信号(V)と同じパルス幅を有するパルスであるということはできず,したがって,位相補正回路(15)から出力される信号が,分離回路(6)で分離された垂直同期信号(V)と同じパルス幅を有するパルスであるとすることもできない。

(3)  次に,審決は,「上記位相補正された信号(A)によって,鋸歯状波信号(B又はS1)のピークレベル(始点レベル)が一定にされるのであるから,鋸歯状波信号(B又はS1)は『各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,各サイクルにおいて同じ(同期)期間(帰線期間)を有する』ことも,明らかである」(審決謄本6頁下から第2段落)と判断したが,誤りである。刊行物1では,第5図の鋸歯状波発生器(19)が,ピークレベル(始点レベル)が一定である第4図Bの鋸歯状波信号S1を出力するものであり,位相補正された信号(A)によって,鋸歯状波信号(B又はS1)のピークレベル(始点レベル)が一定にされるのではない。また,「鋸歯状波信号(B又はS1)のピークレベル(始点レベル)が一定にされる」ことから,「鋸歯状波信号(B又はS1)は『各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,各サイクルにおいて同じ(同期)期間(帰線期間)を有する』こと」になると判断したことには,論理の飛躍がある。刊行物1の第4図の鋸歯状波信号S1は,単なる1本の直線で表現されているから,これによれば,トレースの最後に位置するリトレースするためのリトレース部分についての具体的な内容については何ら開示されておらず,鋸歯状波信号(B又はS1)が,「各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,各サイクルにおいて同じ(同期)期間(帰線期間)を有する」ということはできない。

(4)  また,審決は,「鋸歯状波信号(B又はS1)の始点レベルが,位相補正された信号(A)によって一定にされるということは,位相補正された信号(A)の周期が異なっても一定にされるのであるから,鋸歯状波信号(B又はS1)は『位相補正された信号(A)の周期が異なっても影響を受けない期間を有する間隔を有する』ことも,明らかである」(審決謄本6頁最終段落~7頁第1段落)と判断したが,上記(3)と同じ理由により,誤りである。

(5)  以上の点に関し,被告は,特開昭55-90185号公報(乙1,以下「乙1公報」という。),特開昭61-10367号公報(乙2,以下「乙2公報」という。)及び特公昭54-33807号公報(甲5,以下「刊行物2」という。)を引用して,審決が,抽出される垂直同期信号の幅は通常一定であり,そのような一定幅を有する垂直同期信号,あるいはそれに対応する信号の前縁でトレースからリトレースに移り,後縁で次のトレースに移るようにする技術が周知であることを当然の前提にしている旨主張する。しかしながら,引用に係る上記公報には,垂直同期信号が欠落した場合,垂直の偏向動作を維持するための複数の手段は開示されているが,本願発明のように,位相変調された垂直制御信号による問題を解決するための手段については開示がなく,その図面は,コンデンサの放電時間等を無視しており,正確な図面であるとはいえない。また,乙2公報には,垂直同期信号の前縁でトレースからリトレースに移り,後縁で次のトレースに移るようにする技術は開示されていない。

(6)  さらに,審決は,本願発明の実施例の記載について,刊行物2を引用した上,「本願発明が,結果として,垂直偏向電流のスタートレベル(始点レベル)を一定にするものだとしても,刊行物1の発明における『垂直出力回路(17)』に代えて,刊行物2の発明を適用することによって,刊行物1の発明において,垂直偏向信号(垂直偏向電流)の始点レベルを一定とすることは,当業者であれば,容易になし得ることである」(審決謄本7頁最終段落)と判断したが,本願発明は,「垂直偏向電流のスタートレベル(始点レベル)を一定にする」点を要旨とするものではないから,審決のこの判断も誤りである。

第4被告の反論

1  審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。

2  取消理由(相違点に関する認定判断の誤り)について

(1)  垂直偏向回路において,抽出される垂直同期信号の幅は通常一定であり,そのような一定幅を有する垂直同期信号,あるいはそれに対応する信号の前縁でトレースからリトレースに移り,後縁で次のトレースに移るようにする技術が,本件特許出願前に周知であることは,乙1公報,乙2公報及び刊行物2の記載からも明らかであり,審決は,このことを当然の前提にしている。そのような前提に立てば,刊行物1の発明のように,2逓倍し位相変調した垂直同期信号を利用して2倍の周波数で画像を表示するようにしたものにおいても,「各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,各サイクルにおいて同じ期間であって上記垂直制御信号の位相変調によって影響を受けない期間を有する間隔」を設ける程度のことは,当業者が適宜し得たことである。

(2)  審決の判断中,上記(1)の容易想到性の判断に直接にかかわらない部分は,余事記載というべきものであり,以下のとおり,審決の結論に影響を及ぼすものではない。

ア まず,2逓倍回路がパルス幅を変えるものか否かは,本願発明の進歩性とは関係しない。刊行物1における位相補正された信号(A)は,分離回路(6)で分離された従来の垂直同期信号(V)を基に作成されており,この信号(A)が従来の垂直同期信号(V)と同様,各サイクルにおいて一定のパルス幅を有することは明らかであり,そうであれば,本願発明の進歩性は否定されることになり,また,刊行物1には,位相補正された信号(A)を受けて,鋸歯状波発生回路(19)が鋸歯状波信号S1を発生することが記載されているから,この限りにおいて,審決の判断に誤りはない。

イ 上記のとおり,鋸歯状波信号S1のピークレベル(始点レベル)を一定とするか否かは,本願発明の実施例には関係するが,その要旨とは直接に関係しない事項であり,刊行物1の発明においても,各サイクルにおいて同一幅を有する位相補正された信号(A)に基づき,鋸歯状波信号(B又はS1)が作成されるのであって,上記周知技術を前提にして考えれば,鋸歯状波信号(B又はS1)を「各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,各サイクルにおいて同じ(同期)期間(帰線期間)を有する」ものとすることに何らの困難もないことは明らかである。

ウ 刊行物1の第4図にリトレース部分の期間が示されていないのは,刊行物1の発明においては,この期間を通常のものから変更することを発明の対象としていないことによるものと考えられるが,このことは,刊行物1の発明において「各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,各サイクルにおいて同じ期間であって上記垂直制御信号の位相変調によって影響を受けない期間を有する間隔」を設けることが困難であることを意味するものではない。上記周知技術を前提にすると,刊行物1の発明においても,「各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,各サイクルにおいて同じ期間であって上記垂直制御信号の位相変調によって影響を受けない期間を有する間隔」を設けることは,何らの困難もないというべきである。

エ なお,審決が刊行物2を引用した点は,余事記載にわたるものであり,審決の結論には関係しない。

第5当裁判所の判断

1  取消理由(相違点に関する認定判断の誤り)について

(1)  原告は,審決が,本願発明と刊行物1の発明との相違点について,「『第2の信号』を『各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,各サイクルにおいて同じ期間であって垂直制御信号の位相変調によって影響を受けない期間を有する間隔を有し』とすることは,当業者であれば,刊行物1の発明に基づいて,適宜なし得ることである」(審決謄本7頁第3段落)と判断したことに対し,容易想到性の判断の誤りを主張する。

そこで,まず,この点に関する本件特許出願前の技術水準について検討すると,乙1公報には,名称を「陰極線管表示装置における垂直偏向発振回路」とする発明に関し,「いま,入力端子Tから,第2図の@に示す如き垂直同期信号が伝達されるとき,・・・トランジスタ1は第2図@において,期間T1はオフ,T2はオンとなり,逆にトランジスタ2は期間T1はオン,T2はオフとなる。したがって,上記期間T1の間に,コンデンサC3に蓄積された電荷はトランジスタ2を経由して放電されることとなる。そして上記期間T2の間に,抵抗R6,R7を経由して+12Vの電源から充電されることになる」(2頁右下欄第3段落~最終段落),「上記期間T1における偏向コイルLに流れる急激な電流変化により,該偏向コイルLには第2図@に実線として示すフライバック・パルス電圧が発生する。・・・この電圧が抵抗R14及びコンデンサC2を経由して,トランジスタ2のベースに印加されるので,トランジスタ2のオン状態はより完全なものとなり,コンデンサC2の放電を一層完全に行なうことができる」(3頁右上欄第2段落)と記載されており,これらの記載によれば,一定の期間T1を有する垂直同期信号により,期間T1の前縁でトレースからリトレースに移り,後縁で次のトレースが開始する鋸歯状波信号を発生させ,この一定期間T1に鋸歯状波信号を発生するコンデンサの電荷を放電させることが開示されている。

また,乙2公報には,名称を「垂直偏向同期回路」とする発明に関し,「第3図(A)の様に垂直同期信号が入力されると,タイマー回路15からは同期信号の立ち上がりを基点として一定時間巾T1を有するパルス(第3図(B))を出力する。このパルスの時間巾T1はタイマー回路15の抵抗27,コンデンサ28によって定まる。このパルス(B)によってトランジスタ17をON-OFFし,ON時にはコンデンサ18のディスチャージ電流及び定電流源19の電流を吸収する。OFF時には,定電流源19の電流Iがコンデンサ18をチャージされ,出力端20に鋸歯状波(第3図(C))が得られる。・・・又,T1は垂直偏向の帰線期間に相当している」(2頁左下欄第2段落~右下欄第1段落)と記載されており,これらの記載によれば,垂直同期信号を入力して一定時間幅T1を有するパルスを発生させ,このパルスによって一定時間幅T1に対応する期間の前縁でトレースからリトレースに移り,後縁で次のトレースが開始する鋸歯状波信号を発生し,上記期間中にコンデンサの電荷を放電させることが開示されている。

以上によれば,抽出される垂直同期信号の幅は,通常,一定であると認められ,また,本件特許出願前に,そのような一定幅を有する垂直同期信号,あるいはそれに対応する信号(パルス)の前縁でトレースからリトレースに移り,後縁で次のトレースに移るようにし,各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間の期間中にコンデンサがその電荷の影響を無視できる程度に放電されるようにする技術は,周知であったと認められる。

そうすると,刊行物1に,「位相変調された垂直同期信号」(垂直同期信号として供給される位相補正された信号(A))によって発生される「第2の信号」(鋸歯状波信号S1・第4図のB)について,「各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,各サイクルにおいて同じ期間であって変調された垂直同期信号の位相変調によって影響を受けない期間を有する間隔を有する」ことという相違点に係る構成が明示されていないとしても,刊行物1発明において,上記のような周知技術に基づき,各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,垂直偏向の帰線期間に相当する一定の期間(同じ期間)を有する間隔があるようにし,その期間中にコンデンサをその電荷の影響が無視できる程度に放電させて,鋸歯状波信号が垂直同期信号の位相変調により影響を受けないようにすること,すなわち,その期間を鋸歯状波信号が「位相変調によって影響を受けない」ようにした期間とすることは,当業者が適宜にし得ることというべきである。

これに対し,原告は,乙1公報及び乙2公報は,本願発明のように,位相変調された垂直制御信号による問題を解決するための手段について開示したものではないと主張する。しかしながら,垂直同期信号の周波数を2倍にしない従来の垂直偏向信号の鋸歯状波波形が,各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に同じ期間を有する間隔を有することは,本件特許出願前に周知の事項であり,この期間にコンデンサの電荷を放電させるものである以上,本願発明のように,位相変調された垂直制御信号に同期した鋸波形の垂直偏向信号を発生させる場合においても,そのトレース部分の間に,垂直制御信号の位相変調によって影響を受けない期間を有する間隔を設けることは,当業者が適宜にし得ることというべきであって,原告の上記主張は,上記判断を左右するものではない。

原告は,また,上記各公報の図面では,コンデンサの放電時間が無視されており正確な図面であるとはいえないと主張するが,乙1公報には,上記のとおり,「期間T1の間に,コンデンサC3に蓄積された電荷はトランジスタ2を経由して放電される」ことが明確に記載されており,乙2公報でも,コンデンサがその電荷の影響が無視できる程度に放電されると考えられるから,原告主張の図面の記載により上記判断が左右されるものではない。

(2)  原告は,審決が,刊行物1の発明に基づく容易想到性を肯定するに当たり,「刊行物1の発明における『鋸歯状波信号(B又はS1)』は,『各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,各サイクルにおいて同じ期間であって位相補正された信号(A)の周期が異なっても影響を受けない期間を有する間隔を有する』ことは,当業者において自明のことである」(審決謄本7頁第2段落)と認定したことに関し,その誤りを主張する。本願発明の容易想到性が肯定されることは,上記(1)で説示したとおりであるが,念のため,原告主張の点について,検討する。

ア 原告は,まず,審決が,「当業者において自明のこと」とする上記認定に当たり,「刊行物1の発明において,位相補正された信号(A)は,分離回路(6)で分離された従来の垂直同期信号(V)の周波数が2倍(2V)にされて位相補正されたもの(2V’)であるから,この位相補正された信号(A)は,分離された従来の垂直同期信号(V)と同じ(同期)期間(帰線期間)を有する間隔を有することは,明らかである」(審決謄本6頁下から第3段落)と認定したことに対し,一般的なパルス周波数の2逓倍回路は,パルス幅が変更されてもよいものであるから,位相補正回路(15)に供給される信号が,分離回路(6)で分離された垂直同期信号と同じパルス幅を有するパルスであるということはできないと主張する。

確かに,刊行物1の発明において,位相補正された信号(A)は,分離回路(6)で分離された垂直同期信号(V)の周波数が2倍にされて位相補正されたものであり,このことから直ちに,「位相補正された信号(A)は,分離された従来の垂直同期信号(V)と同じ帰線期間を有する間隔を有する」とはいえない。

しかしながら,刊行物1における位相補正された信号(A)は,分離回路(6)で分離された従来の垂直同期信号(V)を基に作成され,これに基づいて鋸歯状波信号を発生させるものである。垂直同期信号やこれを基にして鋸歯状波信号を発生させるために形成される信号は,上記(1)認定のとおり,通常,各サイクルにおいて一定のパルス幅を有するものであるから,刊行物1にこれと反する記載がされていない以上,上記信号(A)が従来のものと同様に各サイクルにおいて一定のパルス幅を有すると解すべきである。そうであれば,刊行物1の発明も,垂直同期信号の周波数を2倍にしない従来の回路と同様に,一定のパルス幅を有する信号により,「期間の前縁でトレースからリトレースに移り,後縁で次のトレースが開始する鋸歯状波信号を発生すること」,すなわち,鋸歯状波信号(B又はS1)が各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,上記一定のパルス幅に対応する「一定の期間を有する間隔」を有することは明らかである。したがって,原告主張は採用の限りではない。

イ 原告は,また,審決が,同じく「当業者において自明のこと」とするに当たり,「上記位相補正された信号(A)によって,鋸歯状波信号(B又はS1)のピークレベル(始点レベル)が一定にされるのであるから,鋸歯状波信号(B又はS1)は『各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,各サイクルにおいて同じ(同期)期間(帰線期間)を有する』ことも,明らかである」(審決謄本6頁下から第2段落),「鋸歯状波信号(B又はS1)の始点レベルが,位相補正された信号(A)によって一定にされるということは,位相補正された信号(A)の周期が異なっても一定にされるのであるから,鋸歯状波信号(B又はS1)は『位相補正された信号(A)の周期が異なっても影響を受けない期間を有する間隔を有する』ことも,明らかである」(同6頁最終段落~7頁第1段落)と認定判断したことに対し,①「鋸歯状波信号(B又はS1)のピークレベル(始点レベル)が一定にされる」ことから,「鋸歯状波信号(B又はS1)は『各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,各サイクルにおいて同じ(同期)期間(帰線期間)を有する』こと」になると判断したことには,論理の飛躍がある,②刊行物1では,第5図の鋸歯状波発生器(19)が,ピークレベル(始点レベル)が一定である第4図Bの鋸歯状波信号S1を出力するものであり,位相補正された信号(A)によって,鋸歯状波信号(B又はS1)のピークレベル(始点レベル)が一定にされるのではない,③刊行物1の第4図の鋸歯状波信号S1は,単なる1本の直線で表現されているから,これによれば,トレースの最後に位置するリトレースするためのリトレース部分についての具体的な内容については何ら開示されておらず,鋸歯状波信号(B又はS1)が,「各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,各サイクルにおいて同じ(同期)期間(帰線期間)を有する」ということはできないとして,その認定判断の誤りを主張する。

(ア) まず,原告の上記①の主張について検討すると,刊行物1(甲4)の発明では,「第1,第2副フィールド,あるいは第3,第4副フィールドでの水平走査位置が等しくなるように垂直偏向の位相が補正されるものであり,各垂直同期はわずかずつ異なっている」(7頁第2段落)のであり,鋸歯状波信号(B又はS1)の始点レベルが一定にされるのであるから,その最下位レベルが各副フィールドにより異なることは明らかである。ところで,鋸歯状波信号は,本件明細書,乙1公報及び乙2公報の記載にみられるとおり,通常,コンデンサの充放電により発生させるのであるから,刊行物1のように始点レベルを一定にするためには,コンデンサの放電期間をその充電電圧に応じた期間とするか,コンデンサの放電期間を一定期間とし,この期間にコンデンサを完全に放電させることが必要である。しかしながら,前者の構成とすることは,放電レベル(始点レベル)の制御や放電期間の制御が必要となるのに対し,後者の構成は,上記(1)のとおり,本件特許出願前の周知技術であったから,刊行物1に別段の記載がない以上,刊行物1の発明においても,周知技術のように一定の期間を設けてコンデンサの電荷を放電させているものと解するのが相当である。そうとすれば,この期間が,位相補正された信号の周期が変わっても影響を受けない一定期間であることも明らかである。したがって,審決が,鋸歯状波信号(B又はS1)の始点レベルが一定にされることから,鋸歯状波信号(B又はS1)について,「各トレース部分の最後とその次のトレース部分の最初との間に,各サイクルにおいて同じ(同期)期間(帰線期間)を有(し)」,「位相補正された信号(A)の周期が異なっても影響を受けない期間を有する間隔を有する」ことが明らかであると判断した点に誤りがあるとはいえない。

(イ) 次に,原告の上記②の主張についてみると,刊行物1(甲4)には,「垂直出力回路(17)は,例えば第3図に示すように構成されている。同図において,端子(18)には位相補正回路(15)で位相補正された信号(第4図Aに図示)が垂直同期信号として供給され,この信号は鋸歯状波発生器(19)に供給され,これよりそのピークレベル(始点レベル)が一定である鋸歯状波信号S1(第4図Bに図示)が得られる」(7頁第3段落)と記載され,位相補正された信号(A)を受けて,鋸歯状波発生回路(19)が鋸歯状波信号S1を発生することが開示されているのであるから,その限りにおいて,審決の認定に原告主張の誤りはないというべきである。

(ウ) 原告の上記③の主張については,刊行物1において,リトレース期間を1本の直線で表示し,その期間について記載していないことは,上記(1)の周知事項を当然の前提としたものであると解され,この点に何ら矛盾を生じさせるものではないから,失当というほかはない。

(3)  さらに,原告は,審決が,刊行物2を引用した上,「本願発明が,結果として,垂直偏向電流のスタートレベル(始点レベル)を一定にするものだとしても,刊行物1の発明における『垂直出力回路(17)』に代えて,刊行物2の発明を適用することによって,刊行物1の発明において,垂直偏向信号(垂直偏向電流)の始点レベルを一定とすることは,当業者であれば,容易になし得ることである」(審決謄本7頁最終段落)と判断したことの誤りを主張するが,本願発明の要旨とは直接関係しない実施例について審決が付加的に説示した事項(審決謄本7頁第4段落~最終段落)を論難するものにすぎず,審決の結論を左右するものではないから,採用の限りではない。

(4)  以上によれば,原告の取消事由の主張はいずれも理由がない。

2  以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 古城春実 裁判官 岡本岳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例