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東京高等裁判所 平成15年(行ケ)217号〔2〕 判決 2003年11月26日

大阪府寝屋川市春日町14の23 熊野荘17号

原告

森徳雄

東京都港区高輪2丁目21番44号

被告

タイホー工業株式会社

代表者代表取締役

小坂田弘三

訴訟代理人弁理士

福田賢三

福田伸一

福田武通

加藤恭介

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

特許庁が無効2001―35187号事件について平成15年4月7日にした審決を取り消す。

第2  当事者間に争いのない事実等

1  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「防曇剤」とする特許第1441167号発明(昭和54年12月24日特許出願、昭和63年5月30日設定登録、以下「本件発明」といい、その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。

原告は、平成13年4月29日、本件特許につき無効審判の請求をし、特許庁は、同請求を無効2001―35187号事件として審理した結果、平成15年4月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同月17日、原告に送達された。

2  本件発明の要旨

別添審決謄本写しの「理由」の「1.手続の経緯・本件発明」に記載のとおりである。

3  審決の理由

審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、本件発明は、その特許出願前に原告が発明をしていた発明について被告が冒認出願し、特許を受けたものであるが、本件特許は、特許法123条1項6号により無効とすべきである旨の原告(請求人)の主張に対し、本件発明は、その特許出願前に原告が発明をしていたとする発明とは別個の発明であるというほかはないから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできないとした。

第3  原告主張の審決取消事由

1  本件発明は、その特許出願前に原告が発明をしていた発明であるから、本件特許は、発明者でない者であってその発明について特許を受ける権利を承継しないものの特許出願に対してされたものとして、無効とされるべきであるのに、審決は、この原告の主張を理由がないとする誤った認定判断をした(取消事由)ものであるから、違法として取り消されるべきである。

2  原告は、審決謄本の送達があった日である平成15年4月17日から30日の出訴期間が経過した後に、本件訴えを提起したことになるが、特別な事情により最高裁判所に訴状を提出していたので、出訴期間内に提起できなかったものである。

第4  被告の反論

本件訴えは、原告が自認するとおり、特許法178条3項が定める出訴期間経過後に提起されたものであるから、不適法として、却下されるべきである。

第5  当裁判所の判断

1  原告が本件訴えにおいて取消しの対象としている審決に係る審決謄本が、平成15年4月17日、原告に送達されたことについては、当事者間に争いがなく、また、原告が東京高等裁判所に本件訴えを提起した日が同年5月28日であることは、当裁判所に顕著である。

そうすると、本件訴えは、特許法178条3項が定める30日の出訴期間が経過した後に提起された不適法なものであるといわざるを得ない。

2  この点について、原告は、出訴期間を遵守できなかったのは、特別な事情により最高裁判所に本件訴状を提出していたためであると主張する。その趣旨は必ずしも明らかでないものの、一件記録に照らせば、本件訴状は、本来、東京高等裁判所に提出すべきところ、何らかの事情により、当該封筒に宛先として「東京都千代田区隼町4番2号」(最高裁判所の所在地)と記載してしまったため、その提出が遅延した旨の主張であると理解される。しかしながら、仮に、上記の事実関係を前提としたとしても、本件訴状に記載された作成日付及び本件訴状在中の封筒上の証紙の消印欄の日付がいずれも平成15年5月26日であることからすると、原告が本件訴状を発送したのは同日のことであり、その時点で、既に審決取消の訴えの出訴期間は経過していたものであると認めるのが相当であるから、原告が最高裁判所の所在地を宛先として記載した事情のいかんにかかわらず、民事訴訟法97条1項所定の事実に当たるということはできず、本件訴えを適法と認める余地はないというべきである。

3  以上によれば、被告に対する本件訴えは、不適法でその不備を補正することができない(なお、この点は、本件の請求の趣旨を、本件特許を無効とするとの判決を求める趣旨、あるいは、私人間における特許無効確認の判決を求める趣旨と理解した場合でも同様である。)から、民事訴訟法140条により、口頭弁論を経ないでこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 岡本岳 裁判官 早田尚貴)

審決

無効2001―35187

大阪府寝屋川市春日町14―23 熊野荘17号

請求人 森徳雄

東京都港区高輪2丁目21番44号

被請求人 タイホー工業株式会社

上記当事者間の特許第1441167号発明「防曇剤」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

1.手続きの経緯・本件発明

本件特許第1441167号に係る発明(昭和54年12月24日出願、昭和63年5月30日設定登録、以下、「本件発明」という。)は、特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。

「水溶性の防曇基剤に、下記構造式で表わされる界面活性剤を配合してなる防曇剤。

<省略>

(n′、n″はそれぞれ1以上の正整数で、n′+n″は6以上の正整数を示す)」

2.請求人の主張

これに対して、請求人は、請求人は昭和52年6月21日付けで実用新案登録出願をしており、その公告公報の第1頁第2欄第5行ないし第37行に、油の膜と記載されており、本件発明を先に考案、発明しているのに対して、被請求人は、請求人が本件発明を出願した日より後の昭和54年12月24日に本件発明を冒認出願し、昭和63年5月30日に特許権の設定登録をしており、本件発明の特許は特許法第123条第1項第6号の規定により無効とすべきであると主張し、証拠方法として甲第1号証(特公昭62―47227号公報)、甲第2号証(実公昭57―58027号公報)、甲第3号証(特許第2566512号公報)、甲第4号証(特開平6―93971号公報)を提出している。

3.甲第1号証ないし甲第4号証の記載事項

甲第1号証には、本件発明が記載されている。

甲第2号証には、「車輌1の前面ウインドガラス5の前方側にエアーカーテン33を形成する車輌のエアーワイパであって、前面ウインドガラス5に略平行に、かつ略全面に沿った後面エアーカーテン32を形成する上向きエアーノズル31を前面ウインドガラス5の下縁部26aに沿って複数個並設し、前記後面エアーカーテン32の前方側で前面エアーカーテン30を形成する上向きエアーノズル24を前面ウインドガラス5の下縁部26aに左右に首振り自在に備えて、該エアーノズル24を首振り振動させる手段23を備え、上記前面エアーカーテン30を形成するエアーノズル24を前傾上方にエアーを噴射すべく設け、各ノズル24、31へのエアー供給用パイプ18、19に夫々エアー流量調整用絞り弁21を設けたことを特徴とする車輌のエアーワイパ」(特許請求の範囲)、「また、上記の場合には、前面ウインドガラスに油膜が付着しやすいと云う欠点もあり、更に、上記の場合には、前面ウインドガラスの全面をワイパでぬぐうことは困難であって、隅部は汚れたままであると云う欠点もあった。」(1頁2欄4~8行)、「前面ウインドガラス5に油膜が付着することもなく、前面ウインドガラス5を清浄に維持できるのであり」(3頁5欄6~8行)と記載されている。

甲第3号証には、車輌用のエアーワイパーの発明が記載されており、「その目的は、雨水の吹き飛し作用をより効果的なものとし、かつ結露による前面ウインドガラスの曇りを有効に防止することのできる車輌用エアワイパーを提供することにある。」(2頁4欄7~9行)と記載されている。

甲第4号証には、複数サイクルコンプレッサの発明が記載されている。

4.対比・判断

(請求人の冒認についての主張)

請求人は、本件発明の防曇剤は請求人が本件発明の出願前に請求人がなした出願時に発明していた発明であるとし、本件出願前の甲第2号証中に「油の膜」と記載されていることからして、油性、油の膜を使用した防曇剤の発明をしているのであると主張している。

そして、本件発明の防曇剤は、その公告公報第2頁第4欄に油の膜を使用することが記載されていることからして、請求人が発明した油性、油の膜を使用した防曇剤の発明の冒認発明であると主張している。

(請求人が本件発明より先に発明したと主張する油性の油の膜を形成する防曇剤発明)

甲第2号証について検討するに、甲第2号証には車輌用のエアーワイパの考案が記載されており、「油膜」(1頁2欄5行)と記載されているが、この記載だけでは請求人が本件発明より先に発明したと主張する防曇剤発明がいかなる発明なのか明らかとはいえない。そして、この点は、本件出願後の出願に係る甲第3号証の車輌用のエアーワイパーの発明において「その目的は、雨水の吹き飛し作用をより効果的なものとし、かつ結露による前面ウインドガラスの曇りを有効に防止することのできる車輌用エアワイパーを提供することにある。」(2頁4欄7~9行)と記載されていることや、甲第4号証に複数サイクルコンプレッサの発明が記載されていることを参照してみても同様である。

しかし、この点についてさらに検討するに、請求人は「甲第1441167号の公告公報第2頁第4欄第25行ないし27行に油性、油の膜を使用しており、まねをしたのであるから防曇剤の特許の権利を特許法第123条第1項第6号の規定により無効とすべきである。」(平成13年8月13日付け手続補正書1頁下から6~3行)と主張しているので、請求人の主張によれば請求人が本件発明より先に発明したと主張する発明は油性の油の膜を形成する防曇剤発明ということになるので、とりあえず、請求人が本件発明より先に発明したと主張する発明は油性の油の膜を形成する防曇剤発明であるとして、検討を進めることとする。

そして、本件発明が請求人が本件発明より先に発明したと主張する油性の油の膜を形成する防曇剤発明である場合には、さらに、甲第2号証に「油膜」(1頁右欄5行)と記載されていることから請求人が本件発明より先に本件発明の防曇剤を発明していたのかどうかについて検討することとする。

(本件の防曇剤発明)

本件の防曇剤についてみるに、本件の防曇剤は、水溶性の防曇基剤に特定の界面活性剤を配合してなるものである。

そして、本件の防曇剤で用いる水溶性の防曇基剤は、「この発明で水溶性防曇基剤としては、(イ)アニオン界面活性剤、HLB値の大きい水溶性の界面活性剤、HLB値の小さい油溶性の界面活性剤、グルコールエーテル、アルカノールアミン、水、(ロ)HLB値の小さい油溶性の界面活性剤、アニオン界面活性剤、アルコール、グルコールエーテル、アルカノールアミン、水、(ハ)アニオン界面活性剤、HLB値の大きい水溶性の界面活性剤、アルコール、アルカノールアミン、水、(ニ)HLB値の小さい油溶性の界面活性剤、アルコール、水、(ホ)HLB値の大きい水溶性の界面活性剤、アルカノールアミン、アルコール、水、(ヘ)以上の成分に水溶性のシリコンオイルを配合したもの等を例示することができる。」(甲第1号証2頁4欄23~36行)と記載されており、これらはいずれも油の膜を形成するものではなく、本件発明でこれらの防曇基剤に配合される特定の界面活性剤も油の膜を形成するものではない。

してみると、本件発明の防曇剤は、油の膜を形成するものではない防曇基剤に油の膜を形成するものではない特定の界面活性剤を配合してなるものであり、本件の防曇剤は油の膜を形成するものではない。

(本件発明が冒認であるかどうかの検討)

請求人が本件発明より先に発明したと主張する発明は油性の油の膜を形成する防曇剤であるのに対して、本件発明の防曇剤は油性の油の膜を形成しないものである。

そうすると、本件発明は、本件発明の出願前に請求人がなした出願時に発明していたと主張する発明とは別個の発明というほかはないものである。

したがって、甲第2号証の出願時に請求人が油性、油の膜を使用した防曇剤の発明をしていたのかどうかをさらに検討するまでもなく、請求人の主張は理由がないとすべきものである。

この点について、請求人は平成13年8月13日付けの手続補正書において「被請求人甲第1号証特許第1441167号防曇剤に油の膜を使用しているのである。油は岩石を高熱で熱して採取した油でも、化学の油であっても植物の油であっても、油膜の原理は油と水は分離する性質(作用)を持っており、油の膜には変わりないのである。」(2頁19~22行)と主張しているが、本件発明の防曇剤は先に述べたように油性の油の膜を形成しないものであるから請求人の主張は採用することはできない。

この点についてさらに検討するに、請求人は「甲第1441167号の公告公報第2頁第4欄第25行ないし27行に油性、油の膜を使用しており、まねをしたのであるから防曇剤の特許の権利を特許法第123条第1項第6号の規定により無効とすべきである。」(同手続補正書1頁下から6~3行)と主張しているが、甲第1号証である特許第1441167号の公告公報第2頁第4欄第25行ないし27行には「HLB値の小さい油溶性の界面活性剤、グルコールエーテル、アルカノールアミン、水、(ロ)HLB値の小さい油溶性の界面活性剤」と記載されており、油溶性とは油に溶ける性質を有していることを意味しているのであるから、係る記載は油性、油の膜を意味するものではない。そして、界面活性剤は油ではなく、水と分離する性質ではなく水と混合する性質を有するものであるから、甲第1号証である特許第1441167号の公告公報第2頁第4欄第25行ないし27行の記載に基づいて本件発明の防曇剤が油性、油の膜を使用しているとすることはできない。

なお、請求人は、平成14年2月20日付けで上申書を提出しているが、該上申書の内容について検討するに、その前半部の主張の内容はおおむね平成13年8月13日付けの手続補正書の内容を補充するものであるが、その後半部の主張においては「弁理士安田敏雄の事務所の二階で防曇剤の依頼をしたときに、隣の部屋で第三者タイホー工業株式会社の人と被請求人安田敏雄とが結託して、油の膜を横取りしたのである」(3頁20~22行)旨の主張がされており、該主張は請求の理由を変更することになる新たな主張であるから、平成14年2月20日付けの上申書は採用することができないものである。したがって、平成14年2月20日付けの上申書の検討は行わないこととする。

5.むすび

以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許の請求項1に係る発明の特許を無効とすることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成15年4月7日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

〔審決分類〕P1112.152―Y (C09K)

上記はファイルに記録されている事項と相違ないことを認証する。

認証日 平成15年4月7日 審判書記官 龍野光利 <省略>

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