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東京高等裁判所 平成15年(行ケ)221号 判決 2004年3月31日

フランス共和国 92000 ナンテール <以下省略>

原告

フォルシア・シエジュ・ドートモービル・ソシエテ・アノニム

代表者

訴訟代理人弁理士

志賀正武

船山武

渡邊隆

村山靖彦

実広信哉

東京都千代田区<以下省略>

被告

特許庁長官 今井康夫

指定代理人

平上悦司

田中秀夫

高木進

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1  請求

特許庁が異議2002―70053号事件について平成15年1月9日にした決定を取り消す。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「背も垂れ部の調整装置」とする特許第3185895号発明(平成4年3月5日出願〔優先権主張平成3年3月5日・フランス共和国〕、平成13年5月11日設定登録、以下、この特許を「本件特許」という。)に係る特許権者である。

その後、本件特許につき特許異議の申立てがされ、同申立ては、異議2002―70053号事件として特許庁に係属したところ、原告は、平成14年11月11日、本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載等の訂正(以下「本件訂正」といい、本件訂正によって訂正された本件明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を「本件発明1」という。)を請求した。

特許庁は、上記事件につき審理した結果、平成15年1月9日、「訂正を認める。特許第3185895号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は、同年2月3日、原告に送達された。

2  本件発明1に係る発明の要旨

シートの背も垂れ部の調整装置であって、

座席の座る位置の枠に取り付けられる固定された環状フランジ(1)を有し、上記固定フランジは、内部にカップ(2)の形状の凹部を有し、かつ、セル(50)のセットと、環状可動フランジ(12)のかしめられた周縁を受けるための大きな直径を有する環状凹部(26)とを備え、

上記環状可動フランジ(12)は、シートの背も垂れ部の枠に取り付けるための外部固定部材を有し、

上記固定フランジ(1)のセル(50)は、互いにその間隔を120゜であるように取り付けられ、各々上部歯(3a)を有している3つのブロック(3)を備えるブロックのセットを備え、

上記ブロック(3)は、可動フランジ(12)の方向に向いている小片(5a)を各々有するブロックプッシャー部材(5)を圧迫しており、

上記ブロックプッシャー部材(5)は、カム(7)を圧迫しており、該カム(7)は、該カム(7)を回転させる中心シャフト(14)に取り付けられており、かつ、該カム(7)の3つのステップ(6)の延長部として、くぼみ部(8)と、狩猟用ラッパの形状を有するスプリング(10)と共同して働くシャンク(9)のセットとを有しており、

上記スプリング(10)は、固定フランジの内部に形成されたキャビティ(11)に収容される一先端を有し、

上記ブロックプッシャー部材(5)の小片(5a)が、可動フランジ(12)の内部に収容されたアンラッチングリング(18)と共同して働き、該アンラッチングリング(18)は、半径方向厚さの厚い部分(18b)を3箇所有し、これにより、上記カム(7)が、スプリング(10)の動きに対して収縮する方向に回転したときに、上記ブロックプッシャー部材(5)が、シートの背も垂れ部の調整装置の中央に向けて押し戻した状態で保持されることを特徴とする背も垂れ部の調整装置。

3  本件決定の理由

本件決定は、別添決定謄本写し記載のとおり、本件訂正を認めた上、本件発明1は、特開平2―228914号公報(甲3―1、以下「刊行物1」という。)、米国特許第4082352号明細書(甲3―2、以下「刊行物2」という。)及び特開平1―104201号公報(甲3―3、以下「刊行物3」という。)に記載された発明(以下、それぞれ「引用発明1」~「引用発明3」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1は特許法29条2項の規定により特許を受けることができず、本件発明1についての特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるから、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により取り消されるべきであるとした。

第3  原告主張の本件決定取消事由

本件決定は、本件発明1と引用発明1との一致点の認定を誤った(取消事由1)上、本件発明1と引用発明1との相違点2、4及び5に関する判断を誤った(取消事由2~4)結果、本件発明1は引用発明1~3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)

(1)  本件決定は、本件発明1と引用発明1とを対比し、「引用発明1において、『平坦な凸部48』を3箇所有した『回動プレート26』の内径側部分が、本件発明1の『可動フランジの内部(の)アンラッチングリング』に相当している」(決定謄本8頁第2段落)とした上、両者の一致点として、「上記ロック部材が、可動フランジの内部(の)アンラッチングリングと共同して働き、該アンラッチングリングは、半径方向厚さの厚い部分を3箇所有」する点(同最終段落)を認定した。しかしながら、本件発明1のアンラッチングリング18は、引用発明1における内歯を有する回動プレート26とは機能も構造も異なるものであるから、引用発明1には「アンラッチングリング」に相当する部材は存在しないというべきであり、本件決定の上記一致点の認定は誤りである。

(2)  引用発明1の凸部48と内歯22とは、回動プレート22の内周に交互に設けられており、一つの部材として構成されている。これに対して、本件発明1においては、内周歯を有する可動フランジ12と、アンラッチングリング18とは別体に設けられ、しかも、別体に設けられていることによって、互換性等の特有の作用効果を奏するものである。凸部48と内歯22とが一体に形成された引用発明1の構造と、それらが別体に形成されてアンラッチングリング18がそれ自体で独立した部品として形成された本件発明1の構造とでは、当然に構造上一致しないとみるべきである。

(3)  この点について、被告は、ロック部材を中央に向けて押し戻した状態で保持するという機能に着目すれば、本件発明1のアンラッチングリング18の機能と、引用発明1の「『平坦な凸部48』を3箇所有した『回動プレート26』の内径部分」の機能とが対応するから、本件決定の一致点の認定に誤りはない旨主張するが、そのような極めて限られた局面における機能が対応するからといって、異なる構造のものについて、構成が一致していると認定することは妥当でない。たまたまある局面での機能が一致するからといって、その構成が一致すると認定することが許されるとすれば、本来的に進歩性を有する構造についてまで進歩性が否定されることに帰着する。

確かに、本件発明1のアンラッチングリング18の厚さの厚い部分18bが、本件発明1の可動フランジ12の内周歯とブロック3の上部歯3aとの噛合を解除する機能を持っているという点に限れば、本件発明1の厚さの厚い部分18bと引用発明1の凸部48とは、類似した機能を持っているが、本件発明1のように可動フランジとアンラッチングリングを別体に設けた構成と、引用発明1の回動プレート26とでは、以下のような差異があり、全体としてみれば、両者は明らかに異なっている。

第1に、引用発明1の凸部48には、ロックギヤ20の歯18が直接摺動するという問題があり、ロックギヤ20の歯の耐久性に悪影響を及ぼすのに対し、本件発明1は、ロック部材の上部歯3aが噛合するにしても、噛合を解除するにしても、上部歯3aはいかなる面に対しても「摺動」しないように構成されているから、上部歯3aが損傷を受けることはない。第2に、引用発明1の歯部18及び凸部48は、摩擦によって、歯部18を磨耗させたり凸部48を損傷したりすることがあるのに対して、本件発明1の上部歯3aは、どの部分にも接触することはないので、磨耗や損傷を受けることはあり得ない。第3に、引用発明1においては、シートバックフレーム16を回動させて、ロックギヤ20が凸部48の一部にわずかに乗り上げている場合には、ロックギヤ20の歯部18の一部は内歯22と噛合し、他の一部は凸部48を圧迫するために、ロックすべきでないにもかかわらずロック状態になってしまうという問題があるのに対して、本件発明1においては、上部歯3aの一部が内周歯に噛合する状態と、上部歯3aの他の一部が可動フランジ12のいずれかの部分に接触する状態とが同時に並存することはないから、上記のような問題がない。第4に、引用発明1の回動プレート26は、内歯22と凸部48とが交互に設けられているため、機械加工を困難にしているという問題があるのに対して、本件発明1は、アンラッチングリング18という単一の部材に厚い部分を形成するだけであるので、機械加工が容易である。

(4)  また、被告は、本件発明1においては、ブロック3の上部歯3aと可動フランジ12の内周歯とが噛み合うことは規定されていない旨主張するが、本件発明1の背もたれ部は、ある回動位置で固定され、ある角度では自由に回動可能でなければならないところ、背もたれ部が固定されるには、ブロック3の上部歯3aが存在する以上、この上部歯3aと噛み合う対象部分が存在しなければならず、その噛み合う対象部分は可動フランジ12の内周歯以外には存在しないというべきである。仮に、上部歯3aに噛合する内周歯の存在を前提とした議論が許されないとすれば、本件発明1は背もたれ部を固定させることができないリクライニングシート調整装置となって、リクライニングシート本来の機能を発揮できないものとなってしまうから、被告の上記主張は失当である。

さらに、被告は、本件発明1は、アンラッチングリング18に内周歯を設ける構造を除外するものではないとも主張するが、形式的に特許請求の範囲の記載において限定が付されていないからといって、被告主張のように解釈することは妥当でない。ブロック3の上部歯3aに噛合する内周歯をアンラッチングリングに形成しようとしても、その内周歯には、上部歯3aではなく、小片5aが係合することになるから、それでは機能しない。したがって、アンラッチングリング18には、ブロック3の上部歯3aと噛合する内周歯を設けることはできず、内周歯を設けるとすれば、可動側部材、すなわち可動フランジ12以外にはあり得ない。

(5)  以上によれば、本件決定の上記一致点の認定は誤りというべきであり、この誤りが本件決定の結論に影響を及ぼすことも明らかである。

2  取消事由2(相違点2に関する判断の誤り)

(1)  本件決定は、本件発明1と引用発明1との相違点2として、「上部歯を有するロック部材に関し、本件発明1では、ブロックとブロックプッシャー部材の二つの部材で構成し、ブロックは、ブロックプッシャー部材を圧迫しているのに対して、引用発明1では、一つの部材であるロックギヤ20で構成している点」(決定謄本9頁第2段落、「b.」の項)を認定した上、相違点2について、「引用発明3に見られるように、背も垂れ部の調整装置(『背もたれの連結部材』が相当)において、上部歯を有するロック部材を、一つの部材で構成することに代えて、二つの部材に分割し、上部歯を有する部材が他方の部材を圧迫して構成することが知られている以上、引用発明1における一つの部材で構成されているロックギヤ20を引用発明3に倣ってブロックとそれに圧迫されるブロックプッシャー部材の二つの部材で構成する程度のことは、当業者が容易になし得ることと認められる」(同下から第3段落)と判断したが、誤りである。

(2)  本件発明1のロック部材は、ブロック3とブロックプッシャー部材5の二つの部材から構成されており、ブロックプッシャー部材5に設けられた小片5aは、アンラッチングリング18と共同して働き、ブロックプッシャー部材5を中心に向けて維持する機能を有している。そのために、ブロック3は、スプリング4によって可動フランジ12の内周歯との噛合が解除されるようになっている。これに対し、引用発明1のリクライニング調整装置においては、本件発明1の小片5aの存在も、小片5aと共同して働くアンラッチングリング18の存在も示唆されていないから、引用発明1につき、引用発明2又は引用発明3を適用することはできない。

3  取消事由3(相違点4に関する判断の誤り)

(1)  本件決定は、本件発明1と引用発明1との相違点4として、「アンラッチングリングに関し、本件発明1では、可動フランジの内部に『収容』されているのに対し、引用発明1では、可動フランジの内部に一体的に形成されている点」(決定謄本9頁第2段落、「d.」の項)を認定した上、相違点4について、「アンラッチングリングを可動フランジと一体に形成するか、別体に形成するかは、当業者が必要に応じて適宜選択しうる設計的事項にすぎない」(同最終段落~10頁第1段落)と判断したが、以下のとおり、アンラッチングリング18を可動フランジ12と一体に形成するか、別体に形成するかは、単なる設計的事項ではないから、本件決定の上記判断は誤りである。

(2)  アンラッチングリング18を可動フランジ12と別体に形成することによる作用効果は、以下のとおり顕著なものである。

ア 引用発明1の場合に、背もたれ部の限界傾斜角度を調整するためには、内歯22と凸部48の周方向長さを変えた回動プレート26が必要であるし、そうすると、それに対応したロックギヤ20やそれに対応したベースプレート24など相当多数の部品を準備して組み付けなければならず、かなりのコストアップの要因となる。これに対して、本件発明1の場合には、アンラッチングリング18を可動フランジ12と別体に設け、可動フランジ12はロック部材との噛合機能のみに特化し、アンラッチングリング18の機能をロック部材の出没制御機能に特化させることにより、アンラッチングリング18の交換だけで背もたれ部の限界傾斜角度を変更することができる。そして、本件発明1は、アンラッチングリング18を可動フランジ12とは別体とすることによって、異なった車種にも、また後部座席の乗降を容易にするために背もたれ部を任意の傾斜角度にするにも、種々のアンラッチングリング18を用意しておくだけで、他の部品を共通化して使用することができるので、大量生産に適している。このような本件発明1の作用効果は、単に、一つの部材ですべての機能を共有して小型化するとか、機能に応じた部材を用意するといった抽象的な議論とは全く懸け離れた、特有のものである。

なお、被告は、本件発明1はアンラッチングリング18について交換可能とは規定していないと主張するが、本件発明1は「アンラッチングリング18が固定されている」とも限定されていないから、可動フランジ12とアンラッチングリング18が別体であるがゆえに「交換可能」であるとの原告の主張を妨げるものではない。

イ 回動プレート26の内歯22は、搭乗者がもたれかかり、大きな荷重が掛かった場合にも、これを受け止めて折損しないような機械的特性が必要であるのに対して、回動プレート26の凸部48は、ロックギヤ20が接触したときにロックギヤ20がスムーズに摺動できる程度の機械的特性で十分であるから、内歯と凸部とではその機械的特性の差異に応じて、熱処理工程を異ならせる必要がある。しかし、可動フランジとアンラッチングリングとが一体として形成された場合には、このような異なる熱処理を行うことができないのみならず、材料を異ならせることもできないために、コストアップの要因にもなる。また、機械的特性の差異に応じて、凸部48と内歯22とでは材料を変えた方がよい場合にも、アンラッチングリング18と可動フランジ12とを別体に構成した効果が発揮されることは当然である。

(3)  これに対し、被告は、本件発明1においては、ブロック3の上部歯3と可動フランジ12の内周歯とが噛み合うことは規定されていない、本件発明1はアンラッチングリング18に内周歯を設けた構造を除外するものではない旨主張するが、これに対する反論は上記1(4)のとおりである。

4  取消事由4(相違点5に関する判断の誤り)

(1)  本件決定は、本件発明1と引用発明1との相違点5として、「アンラッチングリングと共同して働く部材に関し、本件発明1では、各々のロック部材に設けられた『可動フランジの方向に向いている小片』であるのに対し、引用発明1では、そのような構成を有していない点」(決定謄本9頁第2段落、「e.」の項)を認定した上、相違点5について、「引用発明2に見られるように、背も垂れ部の調整装置(『シートリクライナ16』が相当)において、ロック部材(『歯付きドッグ58』が相当)の小片(『制止ピン68』が相当)が可動フランジ(『係止リング30』が相当)側に形成された半径方向厚さの厚い部分(『円弧形状の溝穴69の制止面108』が相当)と共同して働くようにしたものが知られている以上、引用発明1において、引用発明2に倣い、ロック部材の一部材である小片を、半径方向厚さの厚い部分を備えたアンラッチングリングと共同して働くように構成する程度のことは、当業者が容易に推考し得たものと認められる」(同10頁第2段落)と判断したが、誤りである。

(2)  一般に、係争発明と第1引用例との間の相違点に対応する動作が第2引用例に記載されているというだけで、当該第2引用例を当然に引用することができるものでないことは明らかである。動作が共通していても、構成が異なれば進歩性を有する技術的思想は多数存在するのであるから、係争発明と第2引用例との構成上の相違が顕著である場合には、当該第2引用例を適用することはできないと解すべきである。

そして、本件においては、本件発明1は、3箇所分散型の基本構造を採用しているのに対して、引用発明2は、1箇所で背もたれ部の荷重を受け止めなければならないことから、<1>本件発明1が3箇所で歯を噛合させているのに対して、引用発明2は1箇所で歯を噛合させている点、<2>本件発明1のブロック3は常に外方向と中心方向から圧迫されているのに対して、引用発明2のドッグ58は中心方向の一方向からのみ常に付勢されている点、<3>本件発明1がフランジとは別体で新規にアンラッチングリングを創作したのに対して、引用発明2はフランジに相当する既存のシートバックアームそれ自体に溝穴69の制止面108を形成している点、<4>引用発明2では単一部材であるドッグ58でしか構成されていない点、<5>引用発明2にはアンラッチングリング18を収容するリング構造のものは存在しない点、<6>引用発明2の構造のものは、シートバックアーム20に穴あけ加工された溝穴69の制止面108に制止ピン68が制止されることにより、ロック部材のアンラッチングが実現される点、<7>引用発明2のものにおいて、本件発明1のようにロック部材として3個のドッグを有するように構成したとすると、溝穴68は円周のほぼ3/4を占めるほどに機械加工で切り落とさなければならず、機械的強度を担う部分は全周の1/4しかないので機械的強度が低下せざるを得ない点といった特徴を有する、独特の構造になっている。中でも、上記<1>~<3>の相違点は、本件発明1と引用発明2とでは、基本的な技術的思想の出発点が異なっていることを示しており、したがって、引用発明2を、相違点5に関して適用することはできない。

(3)  本件決定は、引用発明2として、「歯付きドッグ58の歯付きドッグ端部60をシートリクライナ16の係止リング30上の表面110に係合しないように阻止する動作を、歯付きドッグ58から突設された制止ピン68が係止リング30の側に係止リング30とは別部材として構成されたシートバックアームの端部26の円弧形状の溝穴69の制止面108と共同して働くことにより行っているシートバックリクライナ。」(決定謄本6頁下から第3段落)を認定するが、「歯付きドッグ58の制止ピン68と、それと共同して働く制止面108の形状とした点、そしてこの形状を歯付きドッグ端部60に噛み合う係止リング30とは別部材に設ける点」は、刊行物2(甲3―2)に記載されている技術事項の中でも断片的な事項である上、一つの機能を実現する構造は多岐にわたって考えられるから、このような断片的な技術事項を恣意的に抽出し、これを引用することは妥当ではない。

また、被告は、ロック部材をアンラッチング状態にするための構成として引用発明2をみるとき、当該機構は歯付きドッグ58の数が一つのものに限定されるものではないと主張するが、歯付きドッグ58はそれ自体単独で成立するものではなく、直径方向の運動のみを行う一つの歯付きドッグ58、歯付きドッグ58の運動を制御するカム64、歯付きドッグ58と噛合する係止リング30、ブロックピン68を制止する一つの溝穴69の制止面108を備えたシートバックアーム20等の部材と共同して働くものであるから、このリクライニングシート調節機構は、刊行物2に記載のものに限定される。すなわち、刊行物2に記載された技術的思想は、歯付きドッグ58も溝穴69も一つのものに限定されるというべきである。したがって、特に、引用発明2は、ロック解除をカム作用のみによって行う構成であるために、歯付きドッグ58は一つしか存在し得ない上、溝穴69も一つしか存在しないシートバックアーム20に形成されていることから、引用発明1のように3箇所で歯を噛合するような構造のものに適用することはできない。

第4  被告の反論

本件決定の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

(1)  原告は、本件発明1のアンラッチングリング18は、引用発明1における内歯を有する回動プレート26とは機能も構造も異なるものであるから、引用発明1には、「アンラッチングリング」に相当する部材は存在しない旨主張する。

しかしながら、本件決定が、「引用発明1において、『平坦な凸部48』を3箇所有した『回動プレート26』の内径側部分が、本件発明1の『可動フランジの内部(の)アンラッチングリング』に相当している」(決定謄本8頁第2段落)とした上、両者の一致点として、「上記ロック部材が、可動フランジの内部(の)アンラッチングリングと共同して働き、該アンラッチングリングは、半径方向厚さの厚い部分を3箇所有」する点(同最終段落)を認定した趣旨は、引用発明1において、回動プレート26の内側に一体的に形成された平坦な凸部48が、ロック部材であるロックギヤ20を中央に向けてアンロック状態で保持してシートバックを回転可能とする態様が、本件発明1において、アンラッチングリング18の半径方向厚さの厚い部分18bが、ロック部材であるブロックプッシャー部材5及びブロック3を中央に向けて押し戻した状態で保持して背もたれ部を回転可能とする態様に対応していることに基づき、ロック部材を中央に向けて押し戻した状態で保持する機能に着目して両者を対応させたものであって、本件決定の上記一致点の認定に誤りはない。

(2)  なお、原告は、本件発明1の可動フランジ12がブロック3の上部歯3aと噛合する内周歯を有するものであることを前提に主張を展開しているが、本件発明1の特許請求の範囲の記載には、上記上部歯3aに係合する可動フランジ12の内周歯部分に関する構成の記載はないばかりか、そもそも、上記上部歯3aがどこに係合するかも明確ではないから、アンラッチングリングと係合するものであってもよいということになる。したがって、引用発明1の回動プレート26に「内歯22」があるとしても、「平坦な凸部48」を3箇所有した「回動プレート26」の機能及び構成は、本件発明1のアンラッチングリング18のそれと同様であるということができる。

(3)  さらに、原告は、本件発明1について、可動フランジ12とアンラッチングリング18とが別体に構成される旨主張しているが、この点は、本件決定において、相違点4として抽出され、別途検討されているところであるから、本件決定に相違点の看過はない。

2  取消事由2(相違点2の判断に関する誤り)について

原告は、引用発明1においては、本件発明1における小片5aの存在も、これと共同して働くアンラッチングリング18の存在も示唆されていないから、引用発明1につき、引用発明2又は引用発明3を適用することはできないとし、本件決定の相違点2に関する判断は誤りである旨主張する。

しかしながら、ロック部材を移動する小片5aをロック部材の一部であるブロックプッシャー部材5に設けることについては、ロック部材に設けるという以上の技術的意義は認められないから、ロック部材を分割することと、小片を設けることとの間には格別の技術的関連性はない。そうすると、引用発明1には、本件発明1におけるアンラッチングリング18と小片5aの組合せが示唆されていないとしても、そのこととはかかわりなく、引用発明3に示される技術的事項を引用発明1に適用して、ロック部材をブロック3とブロックプッシャー部材5から構成するようにすることは当業者が容易に行い得ることである。

3  取消事由3(相違点4に関する判断の誤り)について

(1)  原告は、アンラッチングリング18を可動フランジ12と一体に形成するか、別体に形成するかは、単なる設計的事項ではないとし、その根拠として、本件発明1においてはアンラッチングリングと可動フランジとを別体とすることにより、<1>アンラッチングリングの交換だけで背もたれ部の限界傾斜角度を調整することができる、<2>部材の機械的特性に応じて熱処理工程や材料を異ならせることができるといった顕著な作用効果を生じる旨主張する。

(2)  しかしながら、本件発明1は、ブロック3の上部歯3と可動フランジ12の内周歯とが噛み合うことを規定するものではないから、これを前提とする原告の上記主張はそもそも失当である。また、本件発明1は、アンラッチングリング18に内歯を設けたものを除外するものではないし、アンラッチングリング18について交換可能であるとも規定していない。

なお、仮に、本件発明1が、原告主張のようにアンラッチングリング18と可動フランジ12の機能を特化して別部材とし、アンラッチングリング18を交換可能に構成したものであるとしても、一つの部材ですべての機能を共有することによって、部品点数の減少、製品の小型化を図るか、逆に、それぞれの機能に応じた部材を個別に用意することによって、部品点数の増加、製品の大型化というデメリットはあっても、個々の機能に対する部品の最適化や、機能ごとの設計変更、修理への対応を図ることとするかは、当業者がその設計時に通常考慮すべき選択的事項にすぎない。

4  取消事由4(相違点5に関する判断の誤り)について

(1)  原告は、本件発明1と引用発明2とは基本的な技術的思想の出発点が異なっているから、引用発明2を相違点5に関して適用することはできない旨主張する。

(2)  しかしながら、本件決定は、引用発明2を本件発明1と対比するものではなく、引用発明2を「歯付きドッグ58の歯付きドッグ端部60をシートリクライナ16の係止リング30上の表面110に係合しないように阻止する動作を」する構成として引用するものであって、そこには、「歯付きドッグ58から突設された制止ピン68が係止リング30の側に係止リング30とは別部材として構成されたシートバックアームの端部26の円弧形状の溝穴69の制止面108と共同して働くこと」が記載されているのであるから、引用発明1においてロック部材に小片を設け、ロック部材に噛み合う回動プレート26の側の、それと別部材(本件発明1のアンラッチングリング18)に、小片と共同して働くよう、制止面108に対応した半径方向厚さの厚い部分を設けることは、当業者が容易に推考し得たものとした本件決定に誤りはない。

(3)  また、本件決定は、引用発明2を「歯付きドッグ58の歯付きドッグ端部60をシートリクライナ16の係止リング30上の表面110に係合しないように阻止する動作を」する構成として引用するものであるから、ロック部材をアンラッチング状態にするための構成として引用発明2をみるとき、当該機構は歯付きドック58の数が一つのものに限定されるものでないことは明らかであり、引用発明1の三つのロック部材をアンラッチング状態にするための構成としても適用し得るものである。原告は、引用発明2は1箇所で背もたれ部の荷重を受け止める特殊な構成である旨主張するが、上記機構においては、その数に直接かかわらない普遍的な構造であるということができるから、原告主張の点は、引用発明2の引用発明1への適用を阻害するものではない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

(1)  本件決定は、本件発明1と引用発明1とを対比し、「引用発明1において、『平坦な凸部48』を3箇所有した『回動プレート26』の内径側部分が、本件発明1の『可動フランジの内部(の)アンラッチングリング』に相当している」(決定謄本8頁第2段落)とした上、両者の一致点として、「上記ロック部材が、可動フランジの内部(の)アンラッチングリングと共同して働き、該アンラッチングリングは、半径方向厚さの厚い部分を3箇所有」する点(同最終段落)を認定しているところ、原告は、本件発明1のアンラッチングリング18は、引用発明1における内歯を有する回動プレート26とは機能も構造も異なるものであるから、引用発明1には「アンラッチングリング」に相当する部材は存在しないというべきであり、本件決定の上記一致点の認定は誤りである旨主張する。

(2)  確かに、本件発明1に係る発明の要旨は、上記第2の2のとおりであり、そこでは、「可動フランジ」と「アンラッチングリング」とは区別して規定され、両者の関係については、「可動フランジ(12)の内部に収容されたアンラッチングリング(18)」と規定されているから、本件発明1における「可動フランジ」と「アンラッチングリング」が別部材として構成されるものであることは明らかである。

この点について、本件決定は、上記のとおり、引用発明1の「『回動プレート26』が・・・『可動フランジ』に・・・相当している」と認定する一方で、「引用発明1において、『平坦な凸部48』を3箇所有した『回動プレート26』の内径側部分が、本件発明1の『可動フランジの内部(の)アンラッチングリング』に相当している」と認定しており、このような認定は、同一部材である「回動プレート26」と「回動プレート26の内径側部分」とが、別部材である「可動フランジ」と「アンラッチングリング」とに同時に相当すると認定したものであって、発明の構成に係る認定として正確性を欠くものといわざる得ない。

(3)  更に進んで、上記部分に係る本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点について検討する。

引用発明1において、「上記ロックギヤ20が、回動プレート26の内側に一体的に形成された平坦な凸部48と共同して働き、該平坦な凸部48は、半径方向内方に向けて3箇所突出して形成され」(決定謄本5頁最終段落)る点については、当事者間に争いがなく、さらに、引用発明1と本件発明1とを対比すると、「『回動プレート26』が・・・『可動フランジ』に、『カム38』が『カム』に、・・・『平坦な凸部48』が『半径方向厚さの厚い部分』に・・・それぞれ相当している」(同7頁最終段落~8頁第1段落)点及び「引用発明1における『ロックギヤ20』と、本件発明1の『ブロック又はブロックプッシャー部材』或いは『ブロック及びブロックプッシャー部材』は、共に『ロック部材』という概念で共通」(同8頁第3段落)する点も、当事者間に争いがない。

そうすると、引用発明1における「平坦な凸部48」を3箇所有する「回動プレート26」の内径側部分は、本件発明1の「アンラッチングリング」の機能を奏するものということができるから、本件発明1と引用発明1とは、「上記ロック部材が、可動フランジの内部(の)・・・と共同して働き、該・・・は、半径方向厚さの厚い部分を3箇所有」する部材、すなわち「アンラッチングリング」の機能を奏する部材が存在する点において一致する。他方、当該部材が、本件発明1においてはアンラッチングリング18として可動フランジとは別部材に構成されているのに対し、引用発明1では回動プレート26(可動フランジに相当)の内側部分に回動プレートと一体的に形成されていることは上記(2)のとおりである。

以上によれば、本件発明1と引用発明1とは、「上記ロック部材が、可動フランジの内径側に位置する部材と共同して働き、当該部材は、半径方向厚さの厚い部分を3箇所有する」点において一致し、「当該部材に関し、本件発明1では、アンラッチングリング18として可動フランジとは別体に構成され、可動フランジの内側に収容されているのに対し、引用発明1では可動フランジの内側に一体的に形成されている点」において相違するものと認めるのが相当であり、本件決定の上記一致点の認定には、上記と異なる限度で誤りがあるというほかはない。

(4)  しかしながら、他方、本件決定は、本件発明1と引用発明1との相違点4として、「アンラッチングリングに関し、本件発明1では、可動フランジの内部に『収容』されているのに対し、引用発明1では、可動フランジの内部に一体的に形成されている点」(決定謄本9頁第2段落、「d.」の項)を認定した上、「アンラッチングリングを可動フランジと一体に形成するか、別体に形成するかは、当業者が必要に応じて適宜選択しうる設計的事項にすぎない」(同頁最終段落~10頁第1段落)と判断しているから、以上によれば、本件決定においては、上記(3)において判示した相違点と実質的に同一の相違点が認定され、それに対する検討(その当否は、別途、後記3において判断する。)が加えられているものと解することができる。

したがって、本件決定における上記一致点の認定の一部の誤りは、本件決定の結論に影響を及ぼすものではないというべきである。

(5)  これに対し、原告は、たまたまある局面での機能が一致するからといって、構成まで同一視して認定するとすれば、本来的に進歩性を有する構造にまで進歩性が否定されることに帰着する旨主張する。

しかしながら、引用発明1においても、本件発明1のアンラッチングリングと同一の機能を有する部材が存在することは上記のとおりであり、これを一致点として認定することを妨げる理由はない。原告主張の点は、その主張のような構造上の差異が存在するのであれば、これを、別途、相違点として認定した上、その容易想到性の有無を検討することで対処できる事柄というべきであり、採用の限りではない。

また、原告は、本件発明1における可動フランジとアンラッチングリングを別体に設けた構成と引用発明における回動プレートとの差異について、その作用効果の面から、るる主張しているが、そうした点は、上記(3)において判示した相違点(実質的に本件決定の認定した相違点4と同一である。)に関する判断の誤り(取消事由3)について主張するのであれば格別、一致点の認定の誤りないし相違点の看過を導くものとは解されないから、取消事由1に関する主張としては、その主張自体、当を得ないものというべきである。

(6)  以上によれば、本件決定の一致点の認定は一部に誤りがあるものの、その誤りは本件決定の結論に影響を及ぼすものではないと認められるから、結局、原告の取消事由1の主張は理由がない。

2  取消事由2(相違点2に関する判断の誤り)について

(1)  本件決定は、本件発明1と引用発明1との相違点2として、「上部歯を有するロック部材に関し、本件発明1では、ブロックとブロックプッシャー部材の二つの部材で構成し、ブロックは、ブロックプッシャー部材を圧迫しているのに対して、引用発明1では、一つの部材であるロックギヤ20で構成している点」(決定謄本9頁第2段落、「b.」の項)を認定した上、相違点2について、「引用発明3に見られるように、背も垂れ部の調整装置(『背もたれの連結部材』が相当)において、上部歯を有するロック部材を、一つの部材で構成することに代えて、二つの部材に分割し、上部歯を有する部材が他方の部材を圧迫して構成することが知られている以上、引用発明1における一つの部材で構成されているロックギヤ20を引用発明3に倣ってブロックとそれに圧迫されるブロックプッシャー部材の二つの部材で構成する程度のことは、当業者が容易になし得ることと認められる」(同下から第3段落)と判断した。これに対し、原告は、引用発明1のリクライニング調整装置においては、本件発明1の小片5aの存在も、小片5aと共同して働くアンラッチングリング18の存在も示唆されていないから、引用発明1に引用発明2又は引用発明3を適用することはできない旨主張する。

(2)  しかしながら、本件決定は、上記相違点2とは別に、本件発明1の小片5a及び小片5aと共同して働くアンラッチングリング18について、相違点5として、「アンラッチングリングと共同して働く部材に関し、本件発明(注、本件発明1)では、各々のロック部材に設けられた『可動フランジの方向に向いている小片』であるのに対し、引用発明1では、そのような構成を有していない点」(決定謄本9頁第2段落、「e.」の項)を認定しているから、原告主張の「引用発明1のリクライニング調整装置においては、本件発明1の小片5aの存在も、小片5aと共同して働くアンラッチングリング18の存在も示唆されていない」ことによる固有の問題は、上記相違点5に関する判断の誤り(取消事由4)について検討されるべき事柄であるというほかはない。その他、本件発明1における小片5a及びアンラッチングリング18の存在が引用発明1において示唆されていないことが、どのような理由で、引用発明1に対する引用発明2又は引用発明3の適用を阻害するのか、原告の主張からは、その関連性が不明であるといわざるを得ないから、原告の上記主張は採用の限りではないというべきである。

なお、刊行物3(甲3―3)に、引用発明3として、「上部歯を有するロック部材を、それぞれ一つの部材で形成された支承板3、4、5或いは13、14、15に代えて、上部歯12を有する高さの低い支承板13、14、15とそれらに圧迫される中間部22、23、24の二つの部材で構成し、さらに該中間部がカム26を圧迫するようにした車両座席の背もたれの連結部材。」(決定謄本7頁下から第2段落)が記載されていること及び「引用発明1における『ロックギヤ20』・・・は、共に『ロック部材』という概念で共通」(同8頁第3段落)していることについては、当事者間に争いがないから、引用発明1と引用発明3とは、いずれも、シートの背もたれ部の調整装置のロック部材に関する技術であるという意味で、同一の技術分野に属するものであることは明らかである。そうとすれば、引用発明1のロック部材(ロックギヤ20)に、ロック部材を二つの部材で構成する引用発明3の上記技術事項を適用することを妨げるべき事情は特段認められない。

(3)  以上によれば、原告の取消事由2の主張は理由がない。

3  取消事由3(相違点4に関する判断の誤り)について

(1)  本件決定は、本件発明1と引用発明1との相違点4として、「アンラッチングリングに関し、本件発明1では、可動フランジの内部に『収容』されているのに対し、引用発明1では、可動フランジの内部に一体的に形成されている点」(決定謄本9頁第2段落、「d.」の項)を認定した上、相違点4について、「アンラッチングリングを可動フランジと一体に形成するか、別体に形成するかは、当業者が必要に応じて適宜選択しうる設計的事項にすぎない」(同最終段落~10頁第1段落)と判断した。これに対し、原告は、アンラッチングリング18を可動フランジ12と一体に形成するか、別体に形成するかは、単なる設計的事項ではないから、上記判断は誤りであるとし、その根拠として、アンラッチングリングを可動フランジと別体とすることにより、<1>アンラッチングリングの交換だけで背もたれ部の限界傾斜角度を調整することができる、<2>部材の機械的特性に応じて熱処理工程や材料を異ならせることができるといった顕著な作用効果が生ずる旨主張する。

(2)  しかしながら、原告が「顕著な作用効果」として挙げる上記<1>及び<2>の点は、いずれも本件明細書に記載のない事項である上、そもそも、一つの部材ですべての機能を共有することによって、部品点数を減少させることによるメリットを得るか、逆に、機能ごとに特化した部材を個別に用意することによって、部品点数の増加によるデメリットはあっても、機能ごとの設計変更等への対応の便宜(上記<1>)、製造段階における個々の機能に対応する最適化の便宜(上記<2>)を図るといった程度のことは、当業者が適宜選択すべき設計事項にすぎないというべきである。したがって、仮に、本件発明1が原告の上記主張に係る効果を有するものであるとしても、その効果自体、格別のものであるとは認められないから、原告の上記主張は採用することができない。

また、原告は、本件発明1の作用効果は、単に、一つの部材ですべての機能を共有して小型化するとか、機能に応じた部材を用意するといった抽象的な議論とは全く懸け離れた、特有の作用効果を有するものである旨主張するが、そこで主張されている作用効果は、正しく、機能ごとに特化した部材を用意することによる自明の作用効果にすぎないと認められるから、原告の主張は採用の限りではない。

(3)  さらに、原告は、取消事由1に関してではあるが、上記のとおり、本件発明1のように可動フランジとアンラッチングリングを別体に設けた構成と、引用発明1の回動プレート26との差異として、引用発明1にみられる問題点が本件発明1では解消されている旨主張する(上記第3の1(3))。この主張は、相違点4に係る本件発明1の構成は、引用発明1におけるように、ロックギアの歯と噛合する機能及びその噛合を解除する機能との双方を回動プレート26という一つの部材に持たせるのではなく、前者の機能はブロック3の上部歯3aと噛合する歯を有する可動フランジ12に持たせ、後者の機能のみをアンラッチングリングという別体の部材に持たせた点に進歩性がある旨の主張であると理解できるところ、被告は、本件発明1は、ブロック3の上部歯3aと可動フランジ12の内周歯とが噛み合うことを規定するものではないから、これを前提とする原告の上記主張はそもそも失当であり、また、本件発明1は、アンラッチングリング18に内歯を設けたものを除外するものでもないとも主張する。

そこで検討すると、本件発明1においては、上記第2の2のとおり、固定フランジ1に取り付けられたブロック3が上部歯3aを有していることは規定されているものの、それと噛合すべき内周歯の存在及びその部位については、本件明細書(甲2―2添付の全文訂正明細書)の特許請求の範囲の請求項1には何ら規定されていない。発明の要旨の認定は、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなど、発明の詳細な説明を参酌することが許される特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである(最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁)。この点について、原告は、本件発明1の背もたれ部は、ある回動位置で固定され、ある角度では自由に回動可能でなければならないところ、背もたれ部が固定されるには、ブロック3の上部歯3aと噛み合う対象部分が存在しなければならず、そうでなければ、本件発明1は背もたれ部を固定することができないリクライニングシート調整装置になってしまう旨主張する。しかしながら、仮に、そのようにいうことができるとしても、原告の上記主張は、本件明細書の上記請求項1に接した当業者において、ブロック3の上部歯3aと噛み合う内周歯が「可動フランジ12に」設けられているものと理解すべき理由となるものではなく、上記特段の事情に該当するものともいえない。

また、原告は、ブロック3の上部歯3aに噛合する内周歯が可動フランジ12に設けられていると解すべき理由として、ブロック3の上部歯3aに噛合する内周をアンラッチングリングに形成しようとしても、その内周歯には、上部歯3aではなく、小片5aが係合することになるから、それでは機能しないとも主張する。しかし、原告の主張自体、本件明細書の発明の詳細な説明や本件特許出願の願書に添付された図面に示された実施例における、アンラッチングリングと小片5aとの位置関係を前提とするものであることは明らかであるから、本件発明1において、アンラッチングリングに内周歯を設ける構成を除外していると解すべき理由としては十分ではないし、また、上記特段の事情の主張に当たらないことも明らかである。

さらに、本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみても、確かに、【実施例】の欄に、「可動フランジ12に形成されているキャビティ112が、その表面112aにセル50に収容されているブロック3の上部歯3aと共同して働くための歯車に噛み合う部分を有していることもまた注意すべきである」(段落【0028】)、「図1において、関節装置は、掛け金のかかる位置に存在する。これは、ブロック3の上部歯3aが可動フランジ12の噛み合わせ112aに噛み合うためである」(段落【0029】)、「ブロック3は、リーフスプリング4によって奥へ偏っている。そして可動フランジ12の歯車が噛み合う部分112aは、これにより自由になっている」(段落【0034】)、「さらに、ブロック3の歯は、可動フランジ12の歯112aに再び噛み合う」(段落【0037】)との記載はあるものの、より一般的な説明である【課題を解決するための手段】(段落【0011】)の欄には、可動フランジ12がブロック3の上部歯3aと噛合する歯112aを有する旨の記載は見受けられない。そして、本件明細書の特許請求の範囲に、【請求項5】として、「前記歯(112a)と共同して働くブロック(3)の上部歯(3a)が、可動フランジ(12)のキャビティ(112)の内側面に割り込んでいることを特徴とする請求項1記載の背も垂れ部の調整装置。」との別項が規定されていることを考え併せれば、上記の【実施例】欄における説明は、あくまで上記請求項5に対応する実施例の説明であると理解するのが自然かつ合理的というべきである。

したがって、発明の詳細な説明の記載を参酌しない場合はもとより、仮に、発明の詳細な説明の記載を参酌したとしても、特許請求の範囲の請求項1の文言上、特段の限定の付されていない本件発明1について、原告主張のように、あえて内周歯の存在部位に関する限定を付することによって、その技術的意義を限定的に理解することは許されないものといわざるを得ず、結局、原告の上記主張は、その前提において誤りであるというほかはないから、採用することができない。

(4)  以上によれば、原告の取消事由3の主張は理由がない。

4  取消事由4(相違点5に関する判断の誤り)について

(1)  本件決定は、本件発明1と引用発明1との相違点5として、「アンラッチングリングと共同して働く部材に関し、本件発明(注、本件発明1)では、各々のロック部材に設けられた『可動フランジの方向に向いている小片』であるのに対し、引用発明1では、そのような構成を有していない点」(決定謄本9頁第2段落、「e.」の項)を認定した上、相違点5について、「引用発明2に見られるように、背も垂れ部の調整装置(『シートリクライナ16』が相当)において、ロック部材(『歯付きドッグ58』が相当)の小片(『制止ピン68』が相当)が可動フランジ(『係止リング30』が相当)側に形成された半径方向厚さの厚い部分(『円弧形状の溝穴69の制止面108』が相当)と共同して働くようにしたものが知られている以上、引用発明1において、引用発明2に倣い、ロック部材の一部材である小片を、半径方向厚さの厚い部分を備えたアンラッチングリングと共同して働くように構成する程度のことは、当業者が容易に推考し得たものと認められる」(同10頁第2段落)と判断した。これに対し、原告は、本件発明1と引用発明2とは基本的な技術的思想の出発点が異なるなどとして、引用発明2を相違点5に関して適用することはできず、審決の上記判断は誤りである旨主張する。

(2)  そこで検討すると、まず、引用発明2が、「歯付きドッグ58の歯付きドッグ端部60をシートリクライナ16の係止リング30上の表面110に係合しないように阻止する動作を、歯付きドッグ58から突設された制止ピン68が係止リング30の側に係止リング30とは別部材として構成されたシートバックアームの端部26の円弧形状の溝穴69の制止面108と共同して働くことにより行っているシートバックリクライナ。」(決定謄本6頁下から第3段落)であることにつき、当事者間に争いはない。

他方、引用発明2の「シートリクライナ16」が本件発明1の「背も垂れ部の調整装置」に相当することは明らかであり、また、刊行物2(甲3―2)において、「板状係止リング30は・・・大径のピン34およびそれらピン34の間に延在するリンク35によって、シートバックアームの端部26に固定されている」(訳文4頁下から第2段落)と記載されているように、引用発明2の「係止リング30」は、シートバックアームに固定され、図1、2に示されるとおり、シートバックアーム20と共に回動するものであるから、本件発明1の「可動フランジ12」に相当すると認められる。そして、引用発明2の「歯付きドッグ58の歯付きドッグ端部60」は、「係止リング30上の表面110」に係合するから、「歯付きドッグ58」が、本件発明1の「ブロック3」及び「ブロックプッシャー部材5」と「ロック部材」という概念で共通し、引用発明2の「歯付きドッグ58から突設された制止ピン68」が、本件発明1の「ブロックプッシャー部材(5)の小片(5a)」と「ロック部材の小片」という概念で共通することも明らかである。

さらに、引用発明2の「シートバックアームの端部26の円弧形状の溝穴69の制止面108」は、係止リング30の側に構成され、「歯付きドッグ58」の歯付きドッグ端部60をシートリクライナ16の「係止リング30」上の表面110に係合しないように阻止する動作を、「歯付きドッグ58から突設された制止ピン68」と共同して働くことにより行うから、本件発明1の「アンラッチングリング(18)の半径方向厚さの厚い部分(18b)」と、可動フランジ12側に形成され、ロック部材の小片と共同して働き、ロック部材をシートの背も垂れ部の調整装置の中央に向けて押し戻した状態で保持する点において共通する。

以上によれば、本件決定が、「引用発明2に見られるように、背も垂れ部の調整装置(『シートリクライナ16』が相当)において、ロック部材(『歯付きドッグ58』が相当)の小片(『制止ピン68』が相当)が可動フランジ(『係止リング30』が相当)側に形成された半径方向厚さの厚い部分(『円弧形状の溝穴69の制止面108』が相当)と共同して働くようにしたものが知られている」(決定謄本10頁第2段落)とした認定判断に誤りはなく、そうである以上、相違点5に係る構成を、当業者が容易に想到することができたとする本件決定の判断についても、誤りはないというべきである。

(3)  この点について、原告は、本件発明1と引用発明2とでは基本的な技術的思想の出発点が異なるから、引用発明を相違点5に関して適用することはできない旨主張する。

しかしながら、そもそも本件発明1と引用発明2との構成の相違により、引用発明2を引用発明1に適用することの容易想到性が直ちに左右されるものではないばかりでなく、原告の上記主張を、本件発明1と引用発明2ではなく、引用発明1と引用発明2との基本的な技術的思想の相違等に係る主張であると善解したとしても、引用発明1と引用発明2とは、「シートのリクライニング装置」及び「シートバックリクライナ」の発明という点で共通する上、ロック部材をシートの背もたれ部の調整装置の中央に向けて押し戻した状態で保持するために、ロック部材が可動フランジ側に形成された半径方向厚さの厚い部分と共同して働くようにするという点でも共通するから、少なくともこの構成に関する限り、同一の技術分野に属する発明として、その組合せないし置換を妨げる理由はないというべきである。原告が引用発明2の「独特の構造」として主張する諸点についても、ロック部材をシートの背も垂れ部の調整装置の中央に向けて押し戻した状態で保持する技術という観点からみれば、ロック部材の小片が可動フランジ側に形成された半径方向厚さの厚い部分と共同して働くようにする引用発明2の技術を、引用発明1に適用することを困難とするような技術分野の違いを基礎付けるものとはいえない。

したがって、原告の上記主張は採用の限りではない。

(4)  また、原告は、「歯付きドッグ58の制止ピン68と、それと共同して働く制止面108の形状とした点、そしてこの形状を歯付きドッグ端部60に噛み合う係止リング30とは別部材に設ける点」は、刊行物2(甲3―2)に記載された技術事項の中でも断片的な事項である上、一つの機能を実現する構造は多岐にわたって考えられるから、このような断片的な技術事項を恣意的に抽出し、これを引用することは妥当ではないとも主張する。

しかしながら、上記の技術事項は刊行物2に明記され、しかも、刊行物2に当該技術事項が記載されていることは、原告も自認するところであるから、相違点5の容易想到性の判断に当たり、これを考慮することが許されないとする理由はない。原告の上記主張は失当である。

(5)  以上によれば、原告の取消事由4の主張は理由がない。

5  以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 岡本岳 裁判官 早田尚貴)

異議の決定

異議2002―70053

フランス・91300・マッシー・エソーン<以下省略>

特許権者 フォルシア・シエジュ・ドートモービル・ソシエテ・アノニム

東京都新宿区<以下省略>志賀国際特許事務所

代理人弁理士 志賀正武

東京都新宿区<以下省略>志賀国際特許事務所

代理人弁理士 渡邊隆

東京都千代田区<以下省略>成瀬・稲葉・井波特許事務所

代理人弁理士 成瀬重雄

東京都中央区<以下省略>末成国際特許事務所

代理人弁理士 末成幹生

神奈川県横浜市<以下省略>

特許異議申立人 B

特許第3185895号「背も垂れ部の調整装置」の請求項1に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。

結論

訂正を認める。

特許第3185895号の請求項1に係る特許を取り消す。

理由

1.手続の経緯

特許第3185895号(請求項の数5)に係る発明についての出願は、平成4年3月5日(パリ条約による優先権主張1991年3月5日、フランス)に特許出願され、平成13年5月11日にその発明について特許権の設定登録がなされ、その後、請求項1に係る特許について、申立人・Bより特許異議の申立がなされ、取消しの理由が通知され、その指定期間内である平成14年11月11日に訂正請求がされたものである。

2.訂正の適否についての判断

(1) 訂正の内容

訂正事項a

特許請求の範囲の請求項1における

「上記固定フランジ(1)のセル(50)は、互いにその間隔を120゜であるように取り付けられ、各々上部歯(3a)を有しているブロック(3)のセットを備え」を

「上記固定フランジ(1)のセル(50)は、互いにその間隔を120゜であるように取り付けられ、各々上部歯(3a)を有している3つのブロック(3)を備えるブロックのセットを備え」

と訂正する。

(2) 訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否

上記訂正事項aは、ブロックのセットを、特許請求の範囲の請求項1中の「上記ブロック(3)は、可動フランジ(12)の方向に向いている小片(5a)を各々有するブロックプッシャー部材(5)を圧迫しており」、「カム(7)の3つのステップ(6)」及び「アンラッチングリング(18)は、半径方向厚さの厚い部分(18b)を3箇所有し」等の記載内容と整合させるために「3つ」であることを明確にするものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とした明細書の訂正に該当し、明細書の段落【0014】及び【0016】の記載に基づくものであるから新規事項の追加に該当せず、また、「簡単で、安価で、何等かのアクシデントが起きたときにさえ、非常に信頼性に富み、そして面倒な操作を必要としない装置を提供する」という課題に変更を及ぼすものでもないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(3) むすび

以上のとおりであるから、上記訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条第1項ただし書及び第2項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

3.特許異議の申立てについての判断

(1) 本件発明

上記2.で示したように上記訂正が認められるから、本件の請求項1に係る発明(以下、「本件発明1」という。)は、上記訂正に係る訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。

「シートの背も垂れ部の調整装置であって、座席の座る位置の枠に取り付けられる固定された環状フランジ(1)を有し、

上記固定フランジは、内部にカップ(2)の形状の凹部を有し、かつ、セル(50)のセットと、環状可動フランジ(12)のかしめられた周縁を受けるための大きな直径を有する環状凹部(26)とを備え、

上記環状可動フランジ(12)は、シートの背も垂れ部の枠に取り付けるための外部固定部材を有し、

上記固定フランジ(1)のセル(50)は、互いにその間隔を120゜であるように取り付けられ、各々上部歯(3a)を有している3つのブロック(3)を備えるブロックのセットを備え、

上記ブロック(3)は、可動フランジ(12)の方向に向いている小片(5a)を各々有するブロックプッシャー部材(5)を圧迫しており、

上記ブロックプッシャー部材(5)は、カム(7)を圧迫しており、該カム(7)は、該カム(7)を回転させる中心シャフト(14)に取り付けられており、かつ、該カム(7)の3つのステップ(6)の延長部として、くぼみ部(8)と、狩猟用ラッパの形状を有するスプリング(10)と共同して働くシャンク(9)のセットとを有しており、

上記スプリング(10)は、固定フランジの内部に形成されたキャビティ(11)に収容される一先端を有し、

上記ブロックプッシャー部材(5)の小片(5a)が、可動フランジ(12)の内部に収容されたアンラッチングリング(18)と共同して働き、該アンラッチングリング(18)は、半径方向厚さの厚い部分(18b)を3箇所有し、これにより、上記カム(7)が、スプリング(10)の動きに対して収縮する方向に回転したときに、上記ブロックプッシャー部材(5)が、シートの背も垂れ部の調整装置の中央に向けて押し戻した状態で保持されることを特徴とする背も垂れ部の調整装置。」

(2) 引用刊行物に記載された発明

ア.当審が通知した取消しの理由で引用した刊行物1(特開平2―228914号公報)には、図面と共に以下の事項が記載されている。

・「この発明は、シートバックの傾斜角度を調整するシートのリクライニング装置に関する。」(公報第1頁右下欄第12~13行)

・「第1図ないし第3図に示すように、この発明に係るシートのリクライニング装置10は、ロック機構12を備えて構成され、ロック機構を介して、シートクッションフレーム14、シートバックフレーム16が連結されている。ロック機構12は、第1図に加えて第4図を見るとよくわかるように、外周に歯部18を持つロックギヤ20と、ロックギヤの歯部の噛合可能なリング状の内歯22とを具備して構成されている。そして、ロックギヤ20がベースプレート24の内面に配設され、リング状の内歯ギヤ22が回動プレート26の内面に成形されている。ベスプレート24は、たとえば、120゜離反した3ヶ所の凹部28を内面に持ち、ロックギヤ20が、凹部内にそれぞれ摺動可能に配設されている。」(同第3頁左上欄第2~16行)

・「また、ベスプレート24は、挿通孔34を有し、挿通孔に、シャフト36を遊挿して、カム38が、ベースプレートに回動可能に配設されている。カム38は、ロックギヤ20を半径方向外方に押圧可能な押圧片40を一体的に持ち、偏倚手段、たとえば、一端をベースプレート24に、他端をカムの係止片42にそれぞれ係止したトーションばね44の偏倚力のもとで、ロックギヤが、押圧片を介して半径方向外方に押圧されている。また、第1図からよくわかるように、回動プレート26は、リング状の内歯22を内面に持ち、ベースプレート24の段部46に遊嵌されて、ベースプレートに対して回転可能に配設されている。このような構成では、ロックギヤ20の摺動によって、ロックギヤの歯部18、内歯22のロック、ロック解除が行なわれる。たとえば、ロックギヤ20は、通常時、カムの押圧片40によって、外方に押圧され、ロックギヤの歯部18が、回動プレートの内歯22に噛合し、回動プレート26がロックされる。また、カム38を回動し、ロックギヤ20への押力を除くと、ロックギヤの歯部18、内歯22間のロックが解除される。ここで、この発明によれは、回動プレート26の回動によって、ロックギヤ20の乗り上げ可能な内歯の形成されていない平坦な凸部48が、ロックギヤの幅に対応して、リング状の内歯22に突出して部分的に形成されている。・・・(中略)・・・このような構成では、回動プレート26が反時計方向に回動し、ロッグギヤ20が凸部48に乗り上げると、回動プレートがベースプレート24に対してロックされない状態、いわゆるアンロック状態が設定される。そして、支持リング52が、ベースプレート24のリム54に嵌装されて、ベースプレートに対して回動プレート26を回転可能に支持するとともに、段部46からの回動プレートの離脱を防止している(第1図、第2図参照)。このようなロック機構12のベースプレート24、回動プレート26は、第1図、第2図に示すように、相反する方向に延出した一連のボルト56、58をそれぞれ持ち、ボルトは、それぞれ複数箇所で等間隔に設けられている。・・・(中略)・・・ロック機構12のボルト56、58がシートクッションフレーム14、シートバックフレーム16の挿通孔60、62にそれぞれ挿通され・・・(中略)・・・それぞれ固定される。」(同第3頁右上欄第8行~第4頁左上欄第7行)

・「このような状態から、操作レバー70を操作して、カム38をトーションばね44の偏倚力に抗して反時計方向[注:「時計方向」が正しい]に回動させると、押圧片40によるロックギヤ20への押力が除かれて、ロックギヤがフリーとなる。」(同第4頁右上欄第14~18行)

・「そして、シートバック15を前方に押圧して回動プレート26を反時計方向に回動させると、・・・(中略)・・・第5図に示すように、ロックギヤが凸部48に乗り上げる。このような状態において、ロックギヤ20は、内歯22から離反した状態で保持されているため、操作レバー70の操作力を除いてカムの押圧片40でロックギヤを半径方向外方に押圧しても、ロックギヤの歯部18は内歯22に噛合せず、アンロック状態が保持される。そして、このような、アンロック状態において、シートバック15が迅速に前倒しされる。」(同第4頁左下欄第8~19行)

・また、特に第4図及び第5図には、カム38が、3つの押圧片40の延長部として、へこみ部と、狩猟用ラッパの形状を有するトーションばね44と共同して働く係止片42のセットとを有する構成であること、及び、ロックギヤ20がカム38に当接している状態が示されている。

上記記載事項及び図示内容からみて、刊行物1には下記の発明が記載されていると認められる。

「シートバックの傾斜角度を調整するシートのリクライニング装置10であって、

シートクッションフレーム14に取り付けられるベースプレート24を有し、

上記ベースプレート24は、内部に段部46を有し、かつ、凹部28のセットと、回動プレート26の周縁を受けるための大きな直径を有する支持リング52とを備え、

上記回動プレート26は、シートバックフレーム16に取り付けるためのボルト58を有し、

上記ベースプレート24の凹部28は、互いにその間隔を120゜であるように設けられ、各々歯部18を有しているロックギヤ20のセットを備え、

上記ロックギヤ20は、カム38に当接しており、該カム38は、該カム38を回転させるシャフト36に取り付けられておリ、かつ、該カム38の3つの押圧片40の延長部として、へこみ部と、狩猟用ラッパの形状を有するトーションばね44と共同して働く係止片42のセットとを有しており、上記トーションばね44は、ベースプレート24の内部に形成された係止用凹部に収容される一先端を有し、

上記ロックギヤ20が、回動プレート26の内側に一体的に形成された平坦な凸部48と共同して働き、該平坦な凸部48は、半径方向内方に向けて3箇所突出して形成され、これにより、上記カム38が、トーションばね44の動きに対して収縮する方向に回転したときに、上記ロックギヤ20が、シートバックの傾斜角度を調整するシートのリクライニング装置10の中央に向けてアンロック状態で保持されるシートバックの傾斜角度を調整するシートのリクライニング装置10。」(以下、「引用発明1」という。)

イ.同じく引用した刊行物2(米国特許第4082352号明細書)には、シートバックリクライナに関し、図面と共に以下の事項が記載されていると認められる。

・「歯付きドッグ端部の制止ピン68はシートバックアームの端部26に設けた円弧形状の溝穴の中に受容され、後に説明する制止動作を行う。」こと(明細書第3頁第4欄第17~19行、和訳は異議申立人の提出した甲第2号証に添付された翻訳文参照)

・「図7dに示すように、シートバックアームが前方の乗降しやすい位置に旋回している間に、ドッグ58の制止ピン68が、シートバックアームの端部26の円弧形状の溝穴69の制止面108と摺動可能に係合する。係止ピン68と制止面108の間の係合により、歯付きドッグ端部が、係止用の歯56から反時計回りにリング30上の表面110に係合しないように阻止する。よって、起動カム64の、偏向スプリング86による反時計回りの通常の偏向により、歯付きドッグ端部60がリング面110と係合しないように、また、シートバックアーム20が前方の乗降しやすい位置へ/から旋回する際の歯を磨耗しないように防ぐ。シートバックアーム20が後ろ方向に旋回すると、制止ピン68は制止面108の時計回りの端部に向かって摺動した後、その制止面から離れて大径面112上に移動し、再び歯付きドッグ端部と係止リングの歯56を係合させる。」こと(明細書第4頁第5欄第36~53行、和訳は同翻訳文参照)

上記記載事項及び第5、6、7d図に示された内容からみて、刊行物2には下記の発明が記載されていると認められる。

「歯付きドッグ58の歯付きドッグ端部60をシートリクライナ16の係止リング30上の表面110に係合しないように阻止する動作を、歯付きドッグ58から突設された制止ピン68が係止リング30の側に係止リング30とは別部材として構成されたシートバックアームの端部26の円弧形状の溝穴69の制止面108と共同して働くことにより行っているシートバックリクライナ。」(以下、「引用発明2」という。)

ウ.同じく引用した刊行物3(特開平1―104201号公報)には、車両座席の背もたれの連結部材に関し、図面と共に以下の事項が記載されている。

・「第5図及び第6図に示す連結部材は、第3図及び第4図を参照して説明した連結部材と略同一であるが、支承板13、14、15は高さがより低く、下部に平坦面13’、14’、15’を有する。平坦面13’、14’、15’は、中間部22の上部に設けられる略V字形ディスエンゲージメント21の下部に支持される。中間部22、23、24はその下部領域22a、23a、24aにおいて典型的にはカムである制御部材と接触する。支承板13、14、15が歯付環10と係合しないアンロック位置では、支持板は第5図に示す位置を占めるが、支承板が歯付環10のロック位置にある際には支持板13、14、15の歯には環10の歯の底部にあり、支持板14、15の辺縁14b、15aは中間部23、24のV字形ディスエンゲージメント21の横方向側部に支持されるので第3図及び第4図について上述した如く支持板13、14、15の押し付け位置が確実にされる。」(公報第4頁左上欄第1~19行)

・「第7図及び第8図に示す如く、中央制御シャフト25の作用で回動するカムが凸部26a、26b、26cの回動により中間部22、23、24から係合離脱する際支承板が容易に歯付環10から係合離脱して座席の背もたれ部の座席の座部に対する係合離脱を確実にするよう支承板は歯の底部にある際弾性戻しブレード29を変形させる。」(同第4頁右上欄第14行~左下欄第1行)

・また、第1~4図には、上部歯を有するロック部材を、それぞれ一つの部材である支承板3、4、5或いは13、14、15として形成されたものが示され、第5~8図には、該ロック部材を、それぞれ上部歯12を有する高さの低い支承板13、14、15と中間部22、23、24の二つの部材で構成すると共に、弾性戻しブレード29により該支承板が該中間部を圧迫し、さらに該中間部がカム26を圧迫している態様が示されている。

上記記載事項及び図示内容からみて、刊行物3には下記の発明が記載されていると認められる。

「上部歯を有するロック部材を、それぞれ一つの部材で形成された支承板3、4、5或いは13、14、15に代えて、上部歯12を有する高さの低い支承板13、14、15とそれらに圧迫される中間部22、23、24の二つの部材で構成し、さらに該中間部がカム26を圧迫するようにした車両座席の背もたれの連結部材。」(以下、「引用発明3」という。)

(3) 対比・判断

本件発明1と引用発明1とを対比すると、後者の「シートバックの傾斜角度を調整するシートのリクライニング装置10」は、その意味、機能又は作用等からみて前者の「シートの背も垂れ部の調整装置」に相当し、以下同様に、「シートクッションフレーム14」が「座席の座る位置の枠」に、「ベースプレート24」が「固定された環状フランジ」或いは「固定フランジ」に、「段部46」が「カップの形状の凹部」に、「凹部28」が「セル」に、「回動プレート26」が「環状可動フランジ」或いは「可動フランジ」に、「支持リング52」が「環状凹部」に、「シートバックフレーム16」が「シートの背も垂れ部の枠」に、「ボルト58」が「外部固定部材」に、「歯部18」が「上部歯」に、「カム38」が「カム」に、「シャフト36」が「中心シャフト」に、「押圧片40」が「ステップ」に、「へこみ部」が「くぼみ部」に、「トーションばね44」が「スプリング」に、「係止片42」が「シャンク」に、「係止用凹部」が「キャビティ」に、「平坦な凸部48」が「半径方向厚さの厚い部分」に、「アンロック状態」が「中央に向けて押し戻した状態」に、それぞれ相当している。

また、引用発明1において、「平坦な凸部48」を3箇所有した「回動プレート26」の内径側部分が、本件発明1の「可動フランジの内部(の)アンラッチングリング」に相当している。

さらに、引用発明1における「ロックギヤ20」と、本件発明1の「ブロック又はブロックプッシャー部材」或いは「ブロック及びブロックプッシャー部材」は、共に「ロック部材」という概念で共通し、引用発明1における「ロックギヤ20は、カム38に当接」している状態と本件発明1の「ブロックプッシャー部材は、カムを圧迫」している状態は、共に「ブロックプッシャー部材は、カムに接触」している状態という概念で共通している。

したがって、両者は、

「シートの背も垂れ部の調整装置であって、

座席の座る位置の枠に取り付けられる固定された環状フランジを有し、

上記固定フランジは、内部にカップの形状の凹部を有し、かつ、セルのセットと、環状可動フランジの周縁を受けるための大きな直径を有する環状凹部とを備え、

上記環状可動フランジは、シートの背も垂れ部の枠に取り付けるための外部固定部材を有し、

上記固定フランジのセルは、互いにその間隔を120゜であるように取り付けられ、各々上部歯を有している3つのロック部材を備えるロック部材のセットを備え、

上記ロック部材は、カムに接触しており、該カムは、該カムを回転させる中心シャフトに取り付けられており、かつ、該カムの3つのステップの延長部として、くぼみ部と、狩猟用ラッパの形状を有するスプリングと共同して働くシャンクのセットとを有しており、

上記スプリングは、固定フランジの内部に形成されたキャビティに収容される一先端を有し、

上記ロック部材が、可動フランジの内部(の)アンラッチングリングと共同して働き、該アンラッチングリングは、半径方向厚さの厚い部分を3箇所有し、これにより、上記カムが、スプリングの動きに対して収縮する方向に回転したときに、上記ロック部材が、シートの背も垂れ部の調整装置の中央に向けて押し戻した状態で保持される背も垂れ部の調整装置」、

において一致し、

a.環状可動フランジの周縁に関し、本件発明1が「かしめられた」周縁としたのに対し、引用発明1では、支持リングによりその周縁を受けている点(以下、「相違点1」という。)、

b.上部歯を有するロック部材に関し、本件発明1では、ブロックとブロックプッシャー部材の二つの部材で構成し、ブロックは、ブロックプッシャー部材を圧迫しているのに対して、引用発明1では、一つの部材であるロックギヤ20で構成している点(以下、「相違点2」という。)、

c.ロック部材のカムへの接触に関し、本件発明1では、「カムを圧迫」しているのに対し、引用発明1では、その態様が明確にされていない点(以下、「相違点3」という。)、

d.アンラッチングリングに関し、本件発明1では、可動フランジの内部に「収容」されているのに対し、引用発明1では、可動フランジの内部に一体的に形成されている点(以下、「相違点4」という。)

e.アンラッチングリングと共同して働く部材に関し、本件発明では、各々のロック部材に設けられた「可動フランジの方向に向いている小片」であるのに対し、引用発明1では、そのような構成を有していない点(以下、「相違点5」という。)、

で相違している。

以下、上記相違点について検討する。

・相違点1について

引用発明1において、環状可動フランジの周縁を支持リングで受ける際に、該支持リングでかしめるように構成することは、当業者が必要に応じて適宜なし得る設計的事項にすぎない。

・相違点2について

上記引用発明3に見られるように、背も垂れ部の調整装置(「背もたれの連結部材」が相当)において、上部歯を有するロック部材を、一つの部材で構成することに代えて、二つの部材に分割し、上部歯を有する部材が他方の部材を圧迫して構成することが知られている以上、引用発明1における一つの部材で構成されているロックギヤ20を引用発明3に倣ってブロックとそれに圧迫されるブロックプッシャー部材の二つの部材で構成する程度のことは、当業者が容易になし得ることと認められる。

・相違点3について

上記引用発明3に見られるように、背も垂れ部の調整装置(「背もたれの連結部材」が相当)において、ロック部材がカムを圧迫するようにしているものが知られている以上、引用発明1において、かかる構成を採用することは当業者にとって容易である。

・相違点4について

アンラッチングリングを可動フランジと一体に形成するか、別体に形成するかは、当業者が必要に応じて適宜選択しうる設計的事項にすぎない。

・相違点5について

上記引用発明2に見られるように、背も垂れ部の調整装置(「シートリクライナ16」が相当)において、ロック部材(「歯付きドッグ58」が相当)の小片(「制止ピン68」が相当)が可動フランジ(「係止リング30」が相当)側に形成された半径方向厚さの厚い部分(「円弧形状の溝穴69の制止面108」が相当)と共同して働くようにしたものが知られている以上、引用発明1において、引用発明2に倣い、ロック部材の一部材である小片を、半径方向厚さの厚い部分を備えたアンラッチングリングと共同して働くように構成する程度のことは、当業者が容易に推考し得たものと認められる。

そして、本件発明1により奏される効果は、上記引用発明1乃至3から予測し得る範囲内のものである。

したがって、本件発明1は、上記刊行物1乃至3に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4) むすび

以上のとおりであるから、本件発明1は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

したがって、本件発明1についての特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認める。

よって、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14条の規定に基づく、特許法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定により、結論のとおり決定する。

平成15年1月9日

審判長 特許庁審判官(略)

特許庁審判官(略)

特許庁審判官(略)

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