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東京高等裁判所 平成15年(行コ)188号 判決 2004年9月29日

主文

1  被告署長の本件控訴を棄却する。

2  原告の附帯控訴に基づき、原判決主文第2項中、被告署長に係る部分を取り消す。

3  被告署長が、平成10年2月4日付けでした原告の平成8年分の所得税に係る更正処分のうち、分離長期譲渡所得金額5572万6444円、納付すべき税額548万4600円を超える部分を取り消す。

4  訴訟費用は、第1、2審を通じ、被告署長と原告との間においては、原告に生じた費用を3分し、その2を被告署長、その余を各自の負担とし、原告と被告国との間においては、すべて原告の負担とする。

事実及び理由

第1  申立て

1  控訴の趣旨

(1)  原判決中、被告署長敗訴部分を取り消す。

(2)  原告の請求をいずれも棄却する。

2  附帯控訴の趣旨

(1)  原判決主文第2項を取り消す。

(2)ア(主位的請求)主文第3項と同旨

イ(予備的請求)被告国は、原告に対し、2532万2900円及びこれに対する平成9年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要等(略語等は、原判決に従う。)

1  概要

(1)  本件は、原告の平成8年分の所得税につき、A税理士が、居住用財産の譲渡に係る租税特別措置法(措置法)31条の3第1項及び35条1項に規定する課税の特例(本件各特例)の適用を求めず、譲渡所得が生じない旨の虚偽の内容の確定申告書(本件確定申告書)を提出した後、原告が、本件各特例の適用を求める修正申告(本件修正申告)をし、被告署長による更正処分(本件更正処分)及び2度にわたる重加算税賦課決定処分(「第1及び第2賦課決定処分」、併せて「本件各賦課決定処分」)がされ、原告が、被告署長に対し、本件更正処分中、修正申告額を超える税額に係る部分及び本件各賦課決定処分の取消しを求め、被告国に対し、上記請求が容れられない場合、国家賠償請求として、A税理士による仮装隠蔽行為には当時の練馬東税務署のB統括官が協力したとして、敗訴すれば支払うべき税金相当額2532万2900円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。

(2)  原審は、<1>本件更正処分中、上記部分の取消請求につき、本件各特例の適用を受けようとする旨を確定申告書に記載し、譲渡所得の金額の計算に関する明細書及び大蔵省令(当時)に定める書類を添付すべき旨の要件を満たさず、これにつきやむを得ない事情があるとはいえないとして棄却し、<2>本件各賦課決定処分取消請求につき、A税理士が、原告の夫Cらを騙して納税のための金員を騙取した上、事実に反する内容の確定申告書を練馬東税務署長に提出したのであり、原告自身の申告と同視することはできず、原告に仮装又は隠ぺい行為があったといえず、過少申告加算税を課すこともできないとして認容し、<3>国家賠償請求につき、B統括官の不法行為を認めることができないとして棄却した。

(3)  当裁判所は、<1>本件更正処分中、上記部分の取消請求につき、原判決と異なり、<2>第2賦課決定処分の取消請求につき、本件更正処分が取り消される以上、根拠を欠くとして、第1賦課決定処分の取消請求につき、原判決と同様の理由により、いずれも認容すべきものと判断し、<3>上記両請求の認容により、国家賠償請求につき、判断を要しないとした。

2  法令の定め、前提となる事実等及び争点

(1)  法令の定め、前提となる事実等及び争点は、前提となる事実等を補充するほか、原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」欄1から3まで(原判決3頁11行目から8頁5行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

(2)  前提となる事実等の補充

原告は、本件物件の譲渡につき、A税理士の作成に係る本件確定申告書が提出された後、本件修正申告の際、本件各特例の適用を受けようとする旨申告書に記載し、措置法及び大蔵省令(当時。以下、同じ)の規定する書類を提出した。

本件物件の取得費、譲渡費用、これらを基礎とする本件物件の売却による長期譲渡所得の金額は別紙税額算定表記載のとおりで、これに基づく納付すべき税額及び算出項目は、本件修正申告欄(本件各特例が適用される場合。原告の主張)及び本件更正処分欄(適用されない場合。被告署長の主張)に各記載のとおりである。

3  当事者の主張

当事者の主張は、当審における主張を以下に補充するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」欄4(原判決8頁6行目から29頁5行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  争点1(本件各特例の適用。本件更正処分の違法)

(原告)

A税理士の詐欺と同税理士の依頼に基づき本件確定申告書を受理して同税理士の詐欺の実行を容易にするためのB統括官の行為及びこれらに対する税務署の監督懈怠があることからすると、原告が本件各特例の適用を受けるための所定の手続を踏むことができなかったことには、措置法31条の3第4項及び35条3項の「やむを得ない事情」があったというべきである。

(被告署長)

措置法31条の3第4項及び35条3項の「やむを得ない事情」とは、天災その他本人の責めに帰すことのできない事由により、確定申告書を提出し、又は確定申告書に譲渡所得につき本件各特例の適用を受けようとする旨の記載をし、若しくはそのための資料を添付することが不可能であったと認められるような客観的事情を指し、納税者の主観的な意思あるいは個人的な事情はこれに該当しない。税理士に確定申告を委任した者は、適切な選任監督をしても本件各特例の適用が受けられない場合でない限り、「やむを得ない事情」があったということはできない。

本件については、A税理士の不正行為に対する税務署職員の協力はなく、事績書及び課税資料は、破棄されることなく、通常の事務処理に従って管理、処理され、A税理士による不正行為が発覚しないか、その発覚が困難となった事実もない。

(2)  争点2(本件各賦課決定処分の違法)

(被告署長)

ア 納税者から委任を受けた者(税理士を含む。)が国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときであっても、納税者が申告を委任した者の隠ぺい、仮装による過少申告を防止できた場合には、当該納税者に重加算税を賦課することができる。原判決は、重加算税の制度を倫理的な非難(責任非難)を基調として理解するものであるが、重加算税賦課は、納税義務違反を行わなくすることを目的とした倫理的非難を含まない制度である。原判決は、A税理士の行為と原告の行為とを同視できないとして、仮装又は隠ぺいの行為を認めなかったが、通則法68条1項の解釈適用を誤った違法がある。原判決は、原告にはA税理士が不正申告に及ぶことの認識がなかったと認定するが、原告には未必的な認識があった。

イ 過少申告の事実があれば、原則として過少申告加算税を賦課されるのであり、これを賦課することが不当又は著しく酷になる場合に限り、例外的にこれを賦課しないのが通則法の趣旨である。

本件においては、原告の代理人であるCらは、A税理士の不正申告について未必的な認識を有し、少なくとも選任監督に過失があり、過少申告につき、やむを得ない理由があるとはいえない。

(原告)

ア 被告署長の主張によると、納税者に責任がない場合にも納税者に重加算税を課することになるが、納税義務違反をしないようにするインセンティブを与えるという趣旨、目的に反する結果となる。被告署長は、税理士とそれ以外の第三者を区別せずに委任者の責任を論じているが、社会的事実を無視した議論である。仮装隠ぺいによる過少申告がされた後には、税務申告に係る委任事務は終了し、終了後に税理士に報告を求め、委任を解除しても、仮装隠ぺいによる税務申告がなかったと扱われることはないから、被告署長の主張は不可能を強いるものである。

通則法68条の仮装隠ぺいは納税者本人について認められることが必要で、委任を受けた者が仮装隠ぺいし、本人が過失により防止できなかった場合には、本人に仮装隠ぺいがあったとすることはできない。

イ 国税当局自身が税理士に対する納税者の信頼を醸成し、税理士を申告相談等で利用している。A税理士が原告を欺罔し、欺罔行為を容易にするための手段をB統括官が講じていたのであり、このような場合に原告に過少申告加算税を賦課しても、申告納税制度の秩序維持には役立たないし、納税者に酷である。

(3)  争点3(国家賠償請求の可否)

(原告)

ア 行政事件訴訟法の改正案によれば、処分の取消訴訟の被告適格は処分をした行政庁の所属する国又は地方公共団体にあるとされ、これによれば、全請求が控訴審に移審するのであり、附帯控訴を不適法とすることは著しく不合理である。

イ 原告の本件更正処分取消請求と国家賠償請求は、主観的予備的請求の関係にある。このような場合、主位的請求につき控訴がされた場合には、控訴のされていない予備的請求についても移審の効果が生じ、附帯控訴も適法とすべきである。

(被告国)

附帯控訴は、主たる控訴が提起され、現に訴訟が係属中であることを要し、通常共同訴訟において共同訴訟人の一部のみが控訴したときには、他の共同訴訟人には移審の効果が生じないから、これに対して附帯控訴を提起することはできない。

原告の被告署長に対する本件更正処分取消請求と被告国に対する国家賠償請求は、通常共同訴訟で、被告署長のみが控訴し、原告と被告国間の訴訟は、当審に移審しておらず、これについての附帯控訴は、不適法である。

第3  当裁判所の判断

1  事実経過

(1)  原告のA税理士への委任の経過と納税等

事実経過は、原判決の事実及び理由の「第3 当裁判所の判断」1(原判決29頁8行目から36頁20行目まで)記載を引用する。前提となる事実、上記引用部分に基づき、事実経過の主要部分を摘記すると、以下のとおりである。

ア 原告(大正○年生)は、昭和47年9月ころ、同28年9月ころから所有していた本件土地(練馬区早宮4丁目所在)上に、本件建物を建て、夫Cとともにこれに居住し、長男Dの住居の近くに転居するため、平成8年11月15日、株式会社タイセイハウスに対し、代金9600万円で本件物件を売却し、代金5780万円で本件買換物件(大田区南雪谷所在のマンション)を購入して転居した。

イ Cは、原告の依頼に従い、平成9年2月ころ、練馬区の区民相談及び雪谷税務署の相談において、上記資産譲渡に係る税額が約800万円となる旨説明を受け、Dからも同旨の説明を受けたが、計算方法や申告書の記載が分からないため、同月18日、Dの妻Eとともに、Eの母が確定申告を依頼していたA税理士の雪谷税務署の近くにある事務所を訪問し、同税理士に対し、売買契約書、譲渡費用の領収書、本件買換物件の契約書及び登記済権利証等の写し等を示すなどして本件物件及び本件買換物件の各代金、譲渡費用等を説明し、Eからも、本件各特例の適用を受けた場合の税額の試算(国税約576万円、地方税約230万円計約806万円)の記載されたDメモ(甲28)を示して正確な申告を依頼したい旨を述べ、同税理士から、同額を記載したAメモ(甲29)を示され、試算結果がほぼ正しい旨及び納税額550万円、手数料10万円計560万円で足りる旨、相談の結果等と比べて低額であることへのCの疑問につき、永年税務署に勤務した経験と素人による計算との差である旨の説明を受けた。

ウ Cは、同税理士に委任することとし、指示に従い、翌日、550万円と10万円を分けて封筒に入れ、「F」の印章及び関係書類とともに、同税理士に交付し、550万円について預かり証(甲30)を受領したが、なお、税額が低額であることに疑問を抱き、帰宅後、区民税の申告を依頼しなかったために同税理士が勘違いしたのではないかと疑い、その申告書を持参して疑問を述べたが、同税理士の事務員から、区民税の申告には、なお3万円を要するといわれ、これを支払った。

エ A税理士は、原告の譲渡所得につき、税理士名欄を空欄とし、原告の住所東京都練馬区光が丘3‐3‐3、所得の生ずる場所練馬区早見(正しくは、早宮)4‐48、収入金額9600万円、必要経費1億0911万余円、差引金額‐1311万余円、所得金額0円とする本件確定申告書(乙7)及び原告の住所同上、本件土地の購入年月日平成2年6月15日、購入代金1億0160万円等とする本件お尋ね文書(乙8)を作成し、原告から預かった550万円を納付せず、取得した。

オ A税理士は、本件確定申告書及び本件お尋ね文書につき、Cらにその内容を説明したり、原告の署名及び押印を求めたりすることもなく、Cらから説明を求められることもないまま、原告の住所が雪谷税務署管内から練馬東税務署管内の上記住所に移動した旨の虚偽の通知をし(乙6)、平成9年3月5日、申告書を持参する旨予め連絡した上、3件の確定申告書とともに、練馬東税務署のB統括官に提出し、同統括官は、本件確定申告書につき、受理印を押捺し、表面の検算欄及び裏面の分離長期譲渡所得記載欄外の2カ所に「B」の押印をした上、控えを同税理士に交付し、申告の受理に際し、事績書に、A税理士との間で申告相談を実施した旨記載し、本件物件の売却代金、取得価額等をお尋ね文書から転記した。(一部、乙9、10による。)

カ 原告は、平成9年11月14日、東京国税局査察部の調査後、本件修正申告をし、本件各特例の適用を受けようとする旨を申告書に記載し、措置法及び大蔵省令の規定する書類を提出し、その後、本件各処分を受けた。

(2)  A税理士の従前の脱税と有罪判決に至る経緯

ア A税理士は、20年余の税務署勤務の後、昭和44、5年ころ、税理士を開業し、始期は明らかでないが、平成8年ころまで、賄賂を贈って抱き込んだ税務署員の勤務する税務署の管内に納税者が住所移転した旨の虚偽の通知をし、送付された資産譲渡に伴う事績書等の課税資料を当該税務署員に抜き取らせ、譲渡所得の発生の事実が分からないようにした上、資産譲渡に係る所得を申告しない方法や、架空の、又は水増しされた経費を計上する等の方法により脱税し、有罪判決を受けた例では、納税者から納税のために1億3000万円余の多額の金員を預かりながら、500万円を納税に充てたのみで、残りを利得した。(甲6の1から18、乙3、6、原審証人A、弁論の全趣旨)

イ A税理士は、永年、雪谷税務署の近くに事務所を構え、同税務署の税務相談に協力するなどして来たが、脱税に協力した税務署員の異動や、平成8年暮れころから、従前の税務申告につき、不正申告の疑いを抱かれ、東京国税局査察部の調査を受けるなどし、税務署員に課税資料を抜き取らせる方法による脱税ができなくなり、同9年10月、逮捕され、同10年7月、贈賄、所得税法違反の罪等により、懲役4年6月等の有罪判決を受けた。(甲6の1から18、乙3、原審証人A)

(3)  税務署の審査

ア 事績書

1月から10月までの間の不動産の譲渡に関する情報については、翌年の1月ころまでに、住民票を基礎に、国税局が譲渡者の新住所地の税務署に資料を送付し、11月及び12月までの間の情報については、税務署が譲渡所得者の住所地を所管する税務署の資産課税部門に直接送付し、送付を受けた税務署は、移転登記資料及び譲渡物件の譲受人から提出される支払調書(法定調書)に基づき、譲渡所得者に関する資料、申告相談状況、税務調査の要否等を管理するための事績書を作成する(登記簿謄本は添付されないが、税務署部内のチェックシート、移転登記資料、法定調書等は、添付される。)。事績書は、譲渡者の新住所地か、物件所在地を所管する税務署に保管され、申告の受理及び審査の対照資料等として利用される。(乙14、弁論の全趣旨)

イ 申告の受理、審査

確定申告書(郵送又は持参される。)は受理後調査され、税務署員は、受理に際し、譲渡所得の記載のある確定申告書の提出に関する納税相談を担当するときは、計算過程に誤りがないかを検算した上で受理し、お尋ね文書等の添付書類に記載された譲渡価額、取得費等の金額、来署日、相談担当者等の相談事績を事績書に記載し、確定申告書の譲渡所得欄の欄外に押印するものとされている。(乙14、弁論の全趣旨)

確定申告書は、受理後、個人課税部門において保管され、申告内容につき整理票が作成され、申告の際の相談担当者と異なる資産課税部門の調査担当職員及び担当統括官により、事績書と整理票等に基づき、申告内容の正否及び調査の要否が審理され(申告審理といわれる。)、整理票は、確定申告書と分離したお尋ね文書、事績書と共に、保管される。受理された確定申告中、内容について実際に調査される件数は、譲渡所得に係る要処理件数(申告件数及び申告義務を負う納税者として税務署が把握している者のうち、無申告等のため、申告義務の有無等の確認を要する者の合計)の2%以下である。(乙14、弁論の全趣旨)

ウ 本件確定申告書の申告相談及び審理

本件確定申告書については、前記のとおり、平成9年3月5日、B統括官がA税理士との申告相談を実施して受理し、その旨を事績書に記載した他、本件物件の売却代金等を事績書に転記し、その後、同年4月11日、G統括官が申告審理を実施したが、いずれの際にも、裏付け資料と対比すべきものとされておらず、申告書の記載のみからは、A税理士による虚偽事実の記載が明らかとはならず、原告に係る事績書も保存され、失われてはいない。(乙9、10の1から4まで、原審証人B、弁論の全趣旨)

2  争点1(本件各特例の適用)について

(1)  税理士の役割

ア 我が国においては、税理士試験に合格した者等の税理士となる資格を有する者が、財務省令に定める事項につき、登録を受けて税理士となることができ、税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において納税義務の適正な実現を図ることを使命とし(税理士法1条)、故意に真正の事実に反して税務代理をした場合には、財務大臣により、業務停止、業務禁止の処分を受け、納税者が課税標準等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいし、又は仮装していることを知ったときは、その是正をするよう助言する義務を負う(同法41条の3)。このような内容の税理士の制度は、申告納税制度の下において、複雑で、専門的な知識と経験を要する税額の算定等の作業を税理士に分担させ、これにより、納税者による納税を円滑にして納税者の利益を図るとともに、課税業務の円滑に資することとしたものと認められ、課税実務に永年携わった者に税理士資格の取得が認められるのも、これを裏付ける。このような法制の下においては、税理士は、事務を行うについて納税者の単なる履行補助者の立場にとどまるものということはできない。

イ 我が国民は、納税の必要性及び重要性について的確な理解を有し、高度の専門知識を要する税務事務の専門家として、税理士に信頼を置いており、税理士が課税を枉げることを公務員に働きかけることはもとより、税理士の働きかけによって公務員が課税を枉げることがあるなどとは、通常、想定しないと言って誤りはない。

(2)  原告側の事情

イ 原告及びその意を受けたCらは、前記認定の事実経過によれば、本件各特例制度の適用を受けた上、誤りなく納税しようとして、練馬区の区民相談及び雪谷税務署の相談により、国税及び地方税を合わせて約800万円となる税額について教示を受けた上で、計算と申告手続に不案内で、専門家の助力を受けるため、Eの母が委任していたA税理士に委任したのであり、脱税の意図を有していたと窺うことはできず、かえって、必要な納税のために周到な準備と調査をしており、A税理士が永年にわたり脱税をしていた事実を知っていたと窺うこともできない。

また、前記のような我が国における税理士の役割についての認識の下においては、原告及びその意を受けたCが、A税理士に対して申告の内容について説明を求めず、また、原告が申告書に署名をしなかった事実を考慮しても、同人らにつき、A税理士の選任について責めに帰すべき事由があるとすることはできないし、我が国における税理士の受けている信頼及び税理士と一般納税者との間の税務知識の懸隔を考慮すると、本件事実経過の下においては、申告手続までの間の監督についても、責めに帰すべき事由があるとすることもできない。

イ 尤も、Cは、税額につき、区民相談等により約800万円となる旨の教示を受け、A税理士から、同額を教示された上、国税額のみに近い約550万円で足りる旨を告げられ、2度にわたって疑問を呈し、この事実経過につき、A税理士の逮捕後の検察官による事情聴取に際し、脱税に当たることを知って委任したかのように述べ、また、A税理士も、原審における証人尋問等において、脱税により税額が低くなることをCらも理解したかのように述べたことが認められる。しかしながら、前記認定の事実経過の下では、Cらに、いささかも脱税の意図があったとは窺えず、税額の低さにつき、2度にわたり、疑問を提起し、勘違いではないかと指摘した事実も、脱税を認識していたことを推認させるよりは、専門家の説明を受け、氷解するに至らないままに疑問を飲み込んだと認めうるにとどまる。また、原告から納税名下に金員を騙し取る意図を有していた本件の事情の下では、A税理士においても、自己の専門的力量により税額を低減させることができることを強調してCの信頼を得ようとしたことも容易に推認できるというべきである。これらによれば、上記供述及び証言は、前記認定を左右するに足りるものではない。

(3)  税務署側の事情

ア 本件確定申告書は、本件物件につき、取得時期を平成2年と偽り、取得費を事実に反して売却代金よりも高く計上し、譲渡所得及び税額を0にし、作成した税理士欄にA税理士が表示されておらず、A税理士の事務所にも近く、原告の転居後の住所地を管轄する雪谷税務署ではなく、同税理士が虚偽の通知により原告の住所とした東京都練馬区光が丘3丁目を管轄する練馬東税務署に提出され、同署に勤務するB統括官が受理し、検算した旨の押印をした。

イ A税理士は、従前、賄賂を贈って税務署員を籠絡し、納税者につき、当該税務署員の勤務する税務署の管内への虚偽の移動通知を出し、当該税務署に送付される当該納税者の課税資料を税務署員に抜き取らせるなどして譲渡所得の発生の事実が知られないようにした上、譲渡所得を申告しないか、又は架空若しくは水増しされた費用を計上するのを見逃して貰う方法により脱税し、平成9年3月も、原告の分を含む3件の確定申告書につき、納税者が練馬東税務署管内に移動した旨の虚偽の通知をした上、同署に勤務するB統括官に申告書を提出して受理されたが、原告の確定申告に係る事績書は破棄されておらず、A税理士がB統括官に申告書の持参につき事前に連絡したものの、同統括官に対して賄賂を贈った事実はもとより、同統括官がA税理士の依頼により、上記確定申告について税法の適用を枉げる行動をしたことを窺うにも足りない。

ウ 尤も、本件確定申告書は、本件物件の取得時期と取得価額について裏付け資料と対比すれば容易に露見する虚偽の事実が記載され、B統括官の勤務する税務署の管内に原告の住所が移転した旨の虚偽の通知をし、現に、予めの連絡の上、B統括官により受理されている。取得の時期と価額は、課税当局により真偽が確認されることがないことを確信していたと推認するほかない程度に明白な虚偽のもので、原告の住所地についての虚偽の移動先も、B統括官が在職する税務署であり、同統括官が便宜を図ることが期待される以外に理由が見あたらない行動ではある。

エ しかしながら、我が国の申告納税制度の下においては、納税者が自己の納税額を申告することにより税額が確定するのであり、納税者が虚偽の申告をすることは想定されておらず、申告の受理に当たっても、制度上、確定申告書及びこれと同時に提出されるべき書類についての明白な誤り等の点検が期待されているにとどまると認められる上、実際に申告書の内容について調査がされるものも、前記のとおり、申告件数及び申告が予定される件数全体の2%以下である。これらの事実を考慮すると、A税理士が、平成9年3月の本件確定申告当時、税務署員の協力も得られなくなっていた事情の下で、既に課税当局から疑惑の目を向けられていた事実に気づかないまま、税務署員としての勤務の経歴から、実際に調査される事例が稀であることを知っていて本件確定申告書も調査されないと予想し、また、申告書の提出後、永年、成功を収めたように、B統括官を贈賄により籠絡する意図の下に、取得時期を平成2年とし、取得価額を高額にしても怪しまれない配慮をした他は、脱税の成就のためには無防備又は杜撰極まりないと評するほかない、容易に露見する程度の虚偽の内容を記載したとも推認する余地があり、本件確定申告については、B統括官又は課税当局の側になんらかの非があるとすることもできない。

(4)  本件各特例の適用

ア 前記認定によれば、本件物件の譲渡が本件各特例を適用すべき要件を備えていることは明らかで、A税理士作成の本件確定申告書は、取得価額を偽り、譲渡所得が生じない内容のため、本件各特例の適用を受けようとする旨の記載がされず、本件各特例に該当する旨を証する書類の提出もされなかったものの、本件修正申告においては、本件各特例の適用を受けようとする旨の記載がされ、本件各特例に該当する書類として大蔵省令の定める書類も提出された。この事情の下においては、本件確定申告書の提出は、なお、原告の依頼に基づくもので、内容が原告の依頼の趣旨に明白に反することを考慮しても、A税理士による申告自体をもって無効なものということはできないが、本件修正申告書の提出の際にされた本件各特例の適用を受けようとする旨の記載及び上記書類の提出をもって、措置法31条の3第4項及び35条3項に規定するやむを得ない事情があるものとして、なお、本件各特例の適用をすることができるかどうかを決すべきである。

イ 本件についてこれをみるのに、前記のとおり、原告は、高齢(大正9年生)となり、夫のCともども、長男夫婦の近くに転居するため、永年保有していた本件物件を手放し、多額の譲渡所得を得、税務相談等を通じて周到に納税額を確認し、難解な措置法による特別措置の適用を受けるための計算及び申告手続への危惧から専門家の助力を得るため、転居後の管轄税務署の管内で開業し、Eの母が委任したことのあるA税理士に委任したもので、同税理士の脱税の実績を知らず、納税者として、同税理士への委任につき、いささかも、非難されるべき動機や事情を見出すことはできず、その選任又は監督に過失があると認めることもできない。殊に、A税理士は、我が国の税理士制度の下において、納税者からは独立した公正な立場において納税義務の適正な実現を図ることを期待されながら、従前、税務署員の経歴を税務署員を籠絡する手段としたと評しても誤りない方法により脱税を行い、あまつさえ、納税のために納税者から預かった金員までも騙し取り、原告からも、適正な納税についての委任を受けながら、その委任の趣旨を無視した上、納税のためと称して550万円もの多額の金員を奪ったのであり、前記のような大胆不敵な脱税が行われたのを永年にわたって放置してきたことについては、法律上与えられた税理士の監督権限の行使の見地から、当局の責任は、軽いとはいえない。

ウ 本件において、前記のとおり、納税者である原告は、落ち度がなく、独立した公正な立場において納税義務の適正な実現を図る使命(税理士法1条)を負う税理士により、およそ委任の趣旨に反した内容の本件確定申告書を提出され、多額の金員までだまし取られたのであり、一方、A税理士は、上記使命を蔑ろにし、専門知識を依頼者である原告のために役立てないばかりか、原告の信頼を裏切る行動に出たと認められ、原告は、本件確定申告に際し、本件各特例の適用を受けるのに最も適切な方法と信じてした税理士への委任によって、かえって、これを妨げられたというべきで、本件確定申告に際し、本人の責めに帰することのできない事情によって本件各特例の適用を受けるのに必要な行動を採ることができなかったと認められる。このような事情の下においては、原告の譲渡所得につき、本件確定申告書に本件各特例の適用を受けようとする旨が記載されず、所定の資料が添付されなかったことについてやむを得ない事情があったと認めるのが相当である。被告署長は、税理士に対する委任も、その他の者に対する委任も区別することなく、原告側に生じた事情により、本件各特例の適用を求める旨の申告がされなかったにとどまり、これについてやむを得ない事情があると認めることができないと主張するが、資格のある税理士の前記の法律上の使命を無視するもので、採用の限りではない。

エ 以上によれば、原告のした本件修正申告に瑕疵はなく、本件更正処分は、本件修正申告額を超える部分について、本件各特例の適用を認めない点において違法であり、取消しを免れない。

3  争点2(本件各賦課決定処分の違法)

(1)  第2賦課決定処分の違法

第2賦課決定処分は、本件更正処分を前提としており、前記のとおり、本件更正処分中本件修正申告額を超える部分が取り消される以上、取消しを免れない。

(2)  第1賦課決定処分の違法

ア 各標記についての判断は、原判決の「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」の3(原判決39頁15行目から45頁7行目まで)の記載を引用する。

イ 以上によれば、第1賦課決定処分も、過少申告加算税の部分をも含め、取消しを免れない。当審における被告署長の主張は、上記の判断を左右しない。

4  まとめ

以上のとおり、本件更正処分中、本件修正申告額を超える部分及び本件各賦課決定処分は、いずれも取消しを免れず、その取消請求が棄却されることを前提とする争点3(国家賠償請求)は、これについての判断を要しない。

第4  結論

以上によれば、本件更正処分中、本件修正申告額を超える部分及び本件各賦課決定処分の各取消しを求める原告の請求は理由があるから、被告署長の控訴を棄却し、原告の附帯控訴に基づく請求を認容することとし、主文のとおり判決する。

税額算定表

<省略>

※1:措置法31条4項による。

※2:措置法35条1項1号による。

※3:措置法31条1項3号による。

※4:措置法31条の3第1項による。

<4>=<1>-<2>-<3>

<8>=<4>-<5>-<7>

<11>=<9>-<10>

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