東京高等裁判所 平成15年(行コ)234号 判決 2004年8月31日
控訴人 玉川税務署長事務承継者雪谷税務署長
庄司範秋
同指定代理人 小尾仁
同 西澤芳弘
同 橋本修
同 丸山慶一郎
同 黒子雅則
同 畠田悟
同 植田浩行
同 別所卓郎
同 中村芳一
同 信本努
同 赤平公正
同 松尾啓一
同 増渕実
同 安井和彦
同 小林健二
被控訴人 甲
同訴訟代理人弁護士 鳥飼重和
同 好美清光
同 多田郁夫
同 今坂雅彦
同 内田久美子
同 間瀬まゆ子
同 松本賢人
同 堀招子
上記鳥飼訴訟復代理人弁護士 呰真希
同 木山泰嗣
上記鳥飼補佐人税理士 原木規江
同 佐野幸雄
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
主文と同旨。
第2 事案の概要
1 本件は、ストック・オプションの権利(会社が自社又は子会社の従業員、役員等に対して付与する、自社株式を一定の期間内にあらかじめ定められた権利行使価格で購入することができる権利)を行使して得た利益(当該権利の行使により取得した株式の権利行使時における時価と払い込んだ権利行使価格との差額に相当する経済的利益。以下「権利行使益」という。)が所得税法上の給与所得に当たるか一時所得に当たるか等が争われた事案である。
すなわち、日本法人であるA株式会社(アメリカ合衆国法人であるAの間接保有による100パーセント子会社。乙13)に勤務している被控訴人は、平成11年分の所得税申告において、同社の親会社であるAから付与されたストック・オプションの権利を同年中に行使して得た権利行使益を、当初は所得として申告せず、後に一時所得として修正申告したところ、玉川税務署長から、上記権利行使益は給与所得に当たるとして、平成12年11月8日付けで更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を受けたため、上記権利行使益は一時所得に当たるものであり、上記各処分は所得区分を誤った違法なものであるなどと主張して、玉川税務署長の事務承継者である控訴人に対し、上記更正処分のうち上記権利行使益を一時所得として算定した金額(総所得金額4億0602万3453円、納付すべき税額1億4250万9300円)を超える部分及び上記過少申告加算税賦課決定処分の取消しを求め、これに対し、控訴人は、上記権利行使益は給与所得に該当し、仮に、そうでないとしても、雑所得に該当すると主張して争った。
原審は、権利行使益の発生の有無及びその具体的な額が多様な要因に基づいて形成され、絶えず変動する株式の時価及び行使者自身の判断による権利行使の時期という多分に偶発的、一時的な要因によって定まるものであることからすれば、上記権利行使益を被控訴人が上記親会社から受けた給付と評価することは相当でなく、また、子会社に勤務する被控訴人が上記親会社に対して労務を提供する義務を負っていたとは認められず、現実に労務を提供したとも認められないから、上記権利行使益を雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受けた給付ということもできず、したがって、上記権利行使益は給与所得に該当せず、一時所得に該当する(ゆえに、雑所得には該当しない。)と判断した上で、これを前提に被控訴人の平成11年分の所得税に係る総所得金額及び納付すべき税額を算定すると被控訴人主張の金額になるとして、被控訴人の請求をいずれも認容したため、控訴人がこれを不服として控訴した。
2 法令の定め等、前提となる事実、控訴人による本件更正処分等の適法性の根拠、当事者の主張及び争点は、原判決「事実及び理由」の「第2事案の概要」1ないし5記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決4頁下から4、3行目の「与えた」を「与えられた」に改め、6頁末行の「従業員」の次に「(取締役を含む。以下、同じ。)」を加え、11頁末行の「本件11年分更正処分」を「本件更正処分」に、16頁10行目の「所得税の特例」を「所得税法の特例」にそれぞれ改め、23頁2行目の「第三小法廷判決・」の次に「裁判集民事152号93頁、」を加え、29頁下から8行目の「平成10年分」を「平成11年分」に改める。
第3 当裁判所の判断
1 本件における問題の所在
本件における問題の所在は、原判決「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」1記載のとおりであるから、これを引用する。
2 争点1(本件権利行使益が給与所得、一時所得又は雑所得のいずれに該当するか)について
当裁判所は、本件権利行使益は所得税法28条1項の給与所得に該当するものと判断する。その理由は、次のとおりである。
(1) 所得税法28条1項は、給与所得とは、「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得」をいうものと規定しており、同条項に列挙された「俸給」等の言葉が持つ通常の意味や、事業所得等の他の所得分類との相違点等を勘案すると、給与所得とは、支給の際の名称のいかんにかかわらず、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいい、給与所得に該当するか否かについては、給与支給者との関係において、何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならないと解される(前掲最高裁判所昭和56年4月24日第2小法廷判決参照)。
(2) 前記前提となる事実(1)及び弁論の全趣旨によれば、本件ストック・オプションは、米国A社が、同社のストック・オプション制度に基づき、被控訴人に付与したものであるところ、同社のストック・オプション制度は、Aグループ内のどの企業の従業員であるかを特に区別することなく、同グループにおける目覚ましい仕事ぶり、不可欠なスキルと知識、同グループの長期にわたる成長において果たした重要な役割によって同社に価値をもたらし得る従業員を対象とするものであり、また、被付与者である従業員に対し、権利の譲渡を禁止し、付与の日から1年を経過した後に初めてその一部の行使を可能とし、その後も一定期間を経た後に順次追加的に権利の行使を可能とし、その間に退職した場合には、行使が可能となっていないオプションを没収し、行使が可能となったオプションについても行使期間を制限するなど、グループ企業における一定期間の勤続を権利の行使の条件とするものであることが認められる。さらに、米国A社のストック・オプション・プログラムの概観(乙14)には、同社のストック・オプションが「総報酬額の上昇に応じて」付与される旨が明記されており、同社のストック・オプション制度が同グループにおける報酬体系の一環として位置づけられていることも認められる。
このような米国A社のストック・オプション制度の内容に照らすと、同制度は、同社が、同社を基幹会社とするAグループの従業員として優れた労務を提供している者に報奨を与え、これによってグループ企業における就労の継続と一層の職務の精励への動機付けを図り、ひいては同グループの業績向上ないし同社の株価の上昇を図ることを趣旨・目的とするものであること、したがって、ストック・オプションの被付与者が権利行使益を取得するためには、グループ企業に対して労務を提供することが当然の前提として要求されており、被付与者は、グループ企業に対して労務を提供しているからこそ、ストック・オプションの付与を受けられるという関係にあることが明らかである。そして、ストック・オプションの被付与者は、前記本件における問題の所在のとおり、その付与を受けることによって直ちに具体的な経済的利益を取得することができるものではなく、その権利を行使して付与会社から同社の株式を取得することによって初めて、具体的な経済的利益である権利行使益を享受することができるものであるから、同社のストック・オプション制度は、被付与者である従業員にストック・オプションの権利を行使することによって得られる権利行使益を取得させることを主眼とするものであり、ストック・オプションの付与そのものは、そのための手段にすぎないものということができる。
そうであるとすると、本件ストック・オプションは、我が国の雇用関係において支給されることの多い賞与に類するものであって、被控訴人が日本A社に対して提供し、及びその後一定期間提供する労務の対価として、米国A社から付与されたものであり、これを手段として被控訴人が取得した本件権利行使益も、これと同じ性質のものというべきである。
(3) もっとも、前記前提となる事実(1)及び本件における問題の所在のとおり、ストック・オプションの権利行使益の発生の有無及びその具体的な額が、絶えず変動する株式の時価及び行使者自身の判断による権利行使の時期によって左右されるものであり、付与会社が決定ないし判断するものではないことから、権利行使益をもって被付与者が付与会社から受けた給付といえるかが問題となり得る。
しかしながら、ストック・オプションの被付与者は、付与会社が被付与者にストック・オプションを付与し、その権利が行使された場合には自社の株式をあらかじめ定められた権利行使価格(通常は、その時点における時価よりも低額であると考えられる。)で当該被付与者に引き渡す義務を負ったからこそ、その権利行使価格で付与会社の株式を取得し、権利行使益を享受することができるものである。また、権利行使益の発生の有無及びその具体的な額は、上記のとおり付与後の事情によって左右されるものではあるが、このことは、当該付与契約において当然に予定されていたことにすぎず、しかも、あらかじめ定められた権利行使の条件、期間、価格等によって決まる範囲内にとどまるものである。
したがって、ストック・オプションの権利行使益は、被付与者が付与会社から受けた給付に当たるというべきであり、本件権利行使益は、被控訴人が米国A社から受けた給付に当たるということができる。
なお、この点に関しては、被付与者が取得した権利行使益に対応する損失が付与会社に発生しているかどうかも問題となり得る。しかしながら、被付与者がストック・オプションの権利を行使した場合、付与会社は、自社株式を被付与者に引き渡すために、自己株式(いわゆる金庫株)を譲渡するか、新株を発行するかしなければならないが、いずれの場合であっても、本来であれば付与会社が自ら保持し、処分することができたはずの株式の時価と権利行使価格との差額相当の経済的利益(含み益)を権利行使益として被付与者に移転することになるから、この点からも、ストック・オプションの権利行使益は、被付与者が付与会社から受けた給付に当たるということができる(法人税法施行令136条の4は、商法上のストック・オプションについて、権利行使益相当額を付与会社の損失とする取扱いをしていないが、これは、法人税課税の場面における取扱いを明らかにしたものにすぎず、実質的にみて、ストック・オプションの権利行使時に権利行使益相当額の経済的利益が付与会社から被付与者に移転することを否定したものとまではいえないから、同条の規定も、必ずしも上記のような理解と矛盾するものではない。)。
(4) また、上記(3)のとおり、ストック・オプションの権利行使益の発生の有無及び具体的な額が、絶えず変動する株式の時価及び行使者自身の判断による権利行使の時期によって左右されるものであり、被付与者の提供する労務の質ないし量と無関係に決まることにもなり得ることから、このような権利行使益をもって被付与者の労務の対価として給付されたものといえるかも問題となり得る。
しかしながら、上記(2)において認定説示したとおり、米国A社のストック・オプションは、Aグループの従業員として優れた労務を提供している者に報奨を与えるとともに、グループ企業における将来の就労の継続と一層の職務の精励への動機付けを図ることを目的とするものであり、被付与者である従業員が権利行使益を取得するためには、グループ企業に対して労務を提供することが当然の前提として要求されているから、ストック・オプションの付与は、被付与者である従業員の付与時までの労務の提供はもとより、付与時から権利行使時までの間の労務の提供とも、不可分に結び付いており、同社が被付与者である従業員にストック・オプションを付与し、その権利行使益を取得させるのは、当該従業員がグループ企業に対して労務を提供するからにほかならない。また、この点に関して、米国A社の前記ストック・オプション・プログラムの概観(乙14)には、「A株の価格は、様々な市場要因に左右されますが、我々全員からの力強いパフォーマンスは、株価とストック・オプションの価値に影響を与えることができます」と明記されており、同社のストック・オプション制度が、ストック・オプション及びその権利行使益と被付与者である従業員によって提供される労務とを関連づけていることも認められる。そして、一般に、会社の業績ひいては株価が総体としての従業員の職務の精励いかんにかかる面の存することは否定し難いところであるから、このような関連づけが経済的合理性を欠くものということはできない。
このようなストック・オプション及びその権利行使益と被付与者による労務の提供との関係にかんがみれば、たとえ労務の質ないし量と権利行使益の発生の有無及びその具体的な金額との間に数量的な相関関係が認められないか、あるいはそれが希薄なものであったとしても、ストック・オプションの権利行使益は、被付与者の労務の対価として給付されたものというべきであり、本件権利行使益は、被控訴人の日本A社に対する労務の対価として給付されたものということができる。
(5) さらに、本件ストック・オプションは、いわゆる自社株方式のストック・オプションではなく、親会社株方式のストック・オプションであり、被控訴人の勤務先会社である日本A社とは別法人である米国A社から付与されたものであるから、本件権利行使益も、同社から付与されたものというべきであるが、このように、直接の使用者以外の第三者から受けた給付についても、給与所得ということができるかも問題となり得る。
しかしながら、上記(1)のとおり、給与所得に該当するか否かについては、給与支給者との関係において、何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならないというべきであり、通常の場合、労務の提供の相手方である使用者とその対価の支給者とは一致することが多いということはできるとしても、これが一致しなければならない必然性はなく、所得税法28条1項も、使用者以外の第三者からの給付を一律に給与所得から除外することとはしていない。むしろ、租税負担の公平を図るため所得をその性質に応じて分類し、その種類に応じた課税を定めている同法の趣旨、目的に照らすと、同じ労務の対価でありながら、その支給者が直接の使用者であるかそれ以外の第三者であるかによって給与所得かそれ以外の所得かを区分し、その結果として当該所得に対する税額が異なることとなるような解釈を採用することは、同法の上記のような趣旨、目的に沿うものとはいい難く、また、合理的ともいい難い。
そうであるとすると、直接の使用者以外の第三者から受けた給付であっても、それが労務の対価として支給されたものであるときは、給与所得に該当するものというべきである。なお、前記最高裁判所昭和56年4月24日第2小法廷判決は、給与所得とは、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう旨判示しており、労務提供の相手方とその対価の支給者とが一致することを前提とした表現をしているが、同判決は、弁護士の顧問料収入が事業所得か給与所得かが争われた事案において、事業所得と給与所得との区別という観点から給与所得の性質を述べたものであり、直接の使用者以外の第三者から受けた給付を給与所得ということができるかについて判示したものではないから、上記の説示と矛盾するものではないというべきである。
そして、本件において、被控訴人の勤務先会社である日本A社は、Aグループの一員であり、米国A社の間接保有による100パーセント子会社であるところ、上記(2)及び(4)において説示したとおり、本件ストック・オプション及び本件権利行使益は、被控訴人の日本A社に対する労務の対価として付与されたものということができる。したがって、本件ストック・オプション、ひいては本件権利行使益が、被控訴人の勤務先会社である日本A社ではなく、別法人である米国A社から給付されたものであることは、本件権利行使益が給与所得に該当するものと解することの妨げとはならないというべきである。
(6) このほか、ストック・オプションが、被付与者である従業員が付与会社に対して提供する労務の対価として付与されるものであるとすると、そもそも、ストック・オプションの権利行使時に、その権利行使益を給与所得として課税するのではなく、ストック・オプションそのものの付与時に、その経済的価値を給与所得として課税すべきかも問題となり得る。
しかしながら、ストック・オプションそのものは、株式の譲渡を請求することができる権利ではなく、売買の一方の予約における予約完結権と同様に、付与契約において定められた権利行使の条件、それも被付与者のその後の就労の継続の有無及びその期間といった将来の事情いかんにかかる条件を満たした場合に限り、株式譲渡契約を成立させることができる権利にすぎず(上記(2)のとおり、ストック・オプションの付与そのものは、被付与者である従業員にその権利行使益を取得させるための手段にすぎないことにも留意すべきである。)、しかも、譲渡が禁止され、換価可能性もないものであるから、たとえ、それ自体の理論的な価格を算出することが全く不可能とまではいえないとしても、これをもって所得、すなわち所得税の担税力を増加させる経済的利益に該当し、その付与時に被付与者に現実の収入があったとみることはできず、また、その付与時に被付与者が現実の収入の原因となる権利を取得したとみることもできないというべきである。
したがって、上記の点は、前記(2)ないし(5)の説示を左右するものではない。
(7) 最後に、ストック・オプションに関する所得税の課税に関する唯一の法律の規定である措置法29条の2との整合性の点について触れておくと、同条は、商法上のストック・オプションのうち、いわゆる税制適格型のものについて、権利行使による株式の取得に係る経済的利益(権利行使益)については所得税を課さないとした上、取得した株式の譲渡時に譲渡価格と権利行使価格の差額に対して譲渡所得として課税する旨規定しているが、同条が措置法第2章「所得税法の特例」、第3節「給与所得及び退職所得」の中に置かれていることからすると、措置法は、上記権利行使益が給与所得に当たるとの位置づけの下に、その特例に関する規定を上記第3節に置いているものと解することができるから、上記説示のとおり本件権利行使益が給与所得に該当するとすることは、同条との整合性を有するものといえる。また、同条が、付与会社がその発行済み株式の総数の100分の50を超える数の株式を直接又は間接に保有する関係にある法人の取締役又は使用人等に付与されるストック・オプションについても、上記特例の対象としていることからすると、本件ストック・オプションのように付与会社の間接保有による100パーセント子会社の従業員に付与されたストック・オプションの権利行使益について、これを給与所得に該当するとすることも、同条との整合性を欠くものではない。
(8) 以上のとおり、本件権利行使益は、被控訴人が日本A社に対して提供した労務の対価として、米国A社から付与されたものであり、所得税法28条1項の給与所得、すなわち雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として受けた給付に該当するというべきである。
3 争点2(本件更正処分が理由附記の不備により違法となるか)について
被控訴人は、理由附記を欠く本件更正処分は違法である旨主張する。
しかしながら、所得税法は、居住者の提出した青色申告書に係る年分の総所得金額等の更正をする場合について、更正通知書に理由附記を要求しているが(同法155条2項)、これ以外の更正については、理由附記を要求していない。そして、このことは、大量かつ回帰的に行われる所得税課税事務については、その円滑な遂行が要請されること、所得税の更正については、更正通知書にその更正に係る年分の総所得金額等の所得別の内訳が附記され(同法154条2項)、不服申立手続等において処分庁から処分の理由が明らかにされることが予定されており(通則法84条4項、5項、93条2項)、処分庁の恣意的課税の抑制と納税者に対する処分理由の開示とが一定の範囲で制度的に担保されていることを考慮すれば、相応の合理性を有するものと認められる(更正について理由附記を要求していない通則法及び所得税法の規定が憲法31条及び32条に反する旨の被控訴人の主張は、採用することができない。)。
したがって、所得税法155条2項の適用のある更正処分ではない本件更正処分が理由附記を欠くからといって、それゆえにこれを違法ということはできず、被控訴人の上記主張は採用することができない。
4 争点3(本件更正処分が信義則違反により取り消されるべきか)について
被控訴人は、本件更正処分が信義則に反して違法である旨主張する。
しかしながら、租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、法の一般原理である信義則の法理の適用については慎重でなければならず、同法理に反するとして租税法規に適合する課税処分を取り消すためには、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお、当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存することを要すると解すべきであり、このような特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、後にその表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点を考慮しなければならないものというべきである(前掲最高裁判所昭和62年10月30日第3小法廷判決参照)。
これを本件についてみると、証拠(甲10、19、乙11の1~9)及び弁論の全趣旨によれば、平成9年以前の課税実務においては、ストック・オプションの権利行使益について一時所得として課税する例が多かったことが認められるが、他方で、平成10年ころからは、いわゆる税制適格型のストック・オプションを除き、権利行使益について給与所得として課税することに課税庁の取扱いが統一されたことが認められる。そして、本件において問題となっているのは、上記のとおり課税庁の取扱いが統一された後の平成11年分の所得税課税であるところ、被控訴人は、同年分の所得税の確定申告において、本件権利行使益を一時所得としてすら申告しなかったものであるから、被控訴人が従来の課税実務の取扱いを知りそれを信頼したがゆえに、本件ストック・オプションを取得し、あるいはその権利を行使し、あるいは同年分の所得税の確定申告を行ったものでないことは明らかというべきであり、他に、被控訴人が税務官庁による公的見解の表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについての具体的な主張立証はなく、そのような事情は証拠上もうかがわれない。
したがって、その余の点について検討するまでもなく、被控訴人に対する平成11年分の所得税課税について上記特別の事情は存しないというほかなく、被控訴人の信義則違反の主張は理由がない。
5 本件更正処分及び本件賦課決定処分の適法性
前記2のとおり、本件権利行使益は、所得税法28条1項所定の給与所得に該当するというべきである。そして、これを前提に被控訴人の平成11年分の所得税に係る総所得金額及び納付すべき税額を算定すると、前記控訴人の本件更正処分等の適法性の根拠(所得区分以外の点は当事者間に争いがない。)のとおり、いずれも控訴人主張の金額となり、本件更正処分のそれと同額か、これを上回るから、本件更正処分は適法である。
また、本件賦課決定処分は、前記控訴人の本件更正処分等の適法性の根拠のとおり、本件更正処分の結果、被控訴人の同年分の所得税に係る申告税額が過少となったことから、通則法65条1項及び2項の規定に基づいて算定した過少申告加算税を賦課決定したものであるから、これも適法である。
したがって、被控訴人の請求は、いずれも理由がない。
6 結論
よって、被控訴人の請求をいずれも認容した原判決は不当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して、被控訴人の請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横山匡輝 裁判官 佐藤公美 裁判官 萩本修)