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東京高等裁判所 平成15年(行コ)251号 判決 2004年6月30日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を取り消す。

(2)  第1事件

ア 被控訴人が平成12年9月28日付けでした東京都青少年の健全な育成に関する条例8条の規定に基づき控訴人の発行に係る雑誌「DOS/V USER(ドスブイ・ユーザー)」(DVD&CD-ROM付き雑誌)平成12年9月号及び「遊ぶインターネット」(DVD&CD-ROM付き雑誌)平成12年10月号を青少年にとって不健全な図書類として指定した処分を取り消す。

イ 被控訴人が平成12年11月2日付けでした東京都青少年の健全な育成に関する条例8条の規定に基づき控訴人の発行に係る雑誌「DOS/V USER(ドスブイ・ユーザー)」(CD-ROM付き雑誌)平成12年10月号及び「遊ぶインターネット」(DVD&CD-ROM付き雑誌)平成12年11月号を青少年にとって不健全な図書類として指定した処分を取り消す。

(3)  第2事件

被控訴人が平成12年12月1日付けでした東京都青少年の健全な育成に関する条例8条の規定に基づき控訴人の発行に係る雑誌「DOS/V USER(ドスブイ・ユーザー)」(CD-ROM付き雑誌)平成12年11月号及び「遊ぶインターネット」(CD-ROM付き雑誌)平成12年12月号を青少年にとって不健全な図書類として指定した処分を取り消す。

(4)  第3事件

被控訴人が平成12年12月21日付けでした東京都青少年の健全な育成に関する条例8条の規定に基づき控訴人の発行に係る雑誌「DOS/V USER(ドスブイ・ユーザー)」(CD-ROM付き雑誌)平成12年12月号及び「遊ぶインターネット」(DVD&CD-ROM付き雑誌)平成13年1月号を青少年にとって不健全な図書類として指定した処分を取り消す。

(5)  訴訟費用は,第1審及び第2審とも被控訴人の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

3  原判決(主文)の表示

(1)  控訴人の請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は,控訴人の負担とする。

第2事案の概要

本件は,控訴人の発行に係る雑誌「DOS/V USER(ドスブイ・ユーザー)」の平成12年9月号ないし同年12月号及び「遊ぶインターネット」の平成12年10月号ないし平成13年1月号(いずれも,DVDとCD-ROMとが付いているものかCD-ROMのみが付いているもの。以下併せて「本件各図書」という。)について,被控訴人が,東京都青少年の健全な育成に関する条例(都青少年条例)8条に基づき,青少年に対し,著しく性的感情を刺激し,青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるものとして指定したこと(本件各指定)に対し,控訴人が,都青少年条例の規定の憲法違反,本件各指定の違憲・違法などの主張((1)都青少年条例8条等の規定は,憲法21条2項前段の検閲禁止に該当し,また,そうでないとしても,(2)被控訴人の都青少年条例の運用は,憲法21条1項に根拠を有する事前抑制禁止の原則に違反するものであり,さらに,(3)本件各図書中のごく一部に青少年に不健全な部分があったとしても,同一図書類中の大部分を占める「健全」な部分については,青少年だけでなく成人も知る権利を有しており,都青少年条例は,この知る権利を制約するものであるから,そのような条例に対する合憲性判定基準としてより制限的でない他の選び得る手段の基準を用いるべきところ,本件ではより制限的でない基準としていわゆる分量的基準に従うべきであるにもかかわらず,分量的基準によらない上記条例の運用は憲法21条に違反し,加えて,(4)都青少年条例8条の規定は,不明確であるから憲法31条に違反し,又,(5)都青少年条例の内容は憲法14条にも違反することから,無効であり,(6)本件各図書は,そもそも都青少年条例8条1項の不健全図書類には該当せず,また,都青少年条例15条1項に定める要件を実質的に充たしていない違反があり,さらに,(7)本件各指定は,東京都行政手続条例(都行政手続条例)の不利益処分に該当するのにもかかわらず,名あて人となるべき控訴人に対して聴聞又は弁明の機会を付与しておらず,都行政手続条例13条に違反し,かつ,被控訴人が控訴人に対して,本件各指定と同時に,不利益処分の理由を示しておらず,都行政手続条例14条に違反し,さらに加えて,(8)本件各指定は,被控訴人の権限ゆ越ないし権限濫用であるなどの主張)をし,以上主張のような違憲又は違法を理由として,本件各指定の取消しを求めている事案である。

被控訴人は,本案前の抗弁として,本件各指定は,いずれも,行政事件訴訟法3条2項にいう「処分」に当たらないと主張して控訴人の本件各訴えの不適法却下を求め,本案の答弁として,都青少年条例8条等の規定又は被控訴人の都青少年条例の運用は,憲法21条等の規定に違反していない,本件各図書は不健全図書類に該当している,本件各指定は,都青少年条例に違反せず,都行政手続条例にも違反せず,本件各指定に被控訴人の権限ゆ越ないし権限濫用はないなどと主張して,控訴人の取消請求を争っている。

原判決は,本件各指定は,行政事件訴訟法3条2項所定の取消訴訟の対象となる処分に当たると判断して,被控訴人の本案前の主張を退け,その上で,控訴人の憲法違反の主張はいずれも理由がないと判断し,本件各図書が都青少年条例8条1項の規定する不健全な図書類に該当すると判断し,本件各指定についての控訴人の都青少年条例違反の主張は理由がなく,都行政手続条例違反の主張も理由がないと判断し,控訴人の権限ゆ越ないし権限濫用の主張は理由がないと判断し,もって,控訴人の請求をいずれも棄却したので,控訴人は,控訴をした。

第3法令の定め等

1  都青少年条例(昭和39年東京都条例第181号。ただし,平成13年3月30日条例第30号による改正前のもの。)の定め

(1)  目的

都青少年条例は,青少年の環境の整備を助長するとともに,青少年の福祉を阻害するおそれのある行為を防止し,もって青少年の健全な育成を図ることを目的とする。(1条)

(2)  青少年の定義

青少年とは18歳未満の者をいう。(2条1号)

(3)  図書類の定義

図書類とは,販売若しくは頒布又は閲覧若しくは観覧に供する目的をもって作成された書籍,雑誌,文書,図画,写真,ビデオテープ及びビデオディスク並びにコンピュータ用のプログラム又はデータを記録したシー・ディー・ロムその他の電磁的方法による記録媒体並びに映写用の映画フィルム及びスライドフィルムをいう。(2条2号)

(4)  図書類等の販売等の自主規制

図書類の発行,販売又は貸付けを業とする者は,図書類の内容が,青少年に対し,性的感情を刺激し,又は残虐性を助長し,青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認めるときは,相互に協力し,緊密な連絡の下に,当該図書類を青少年に販売し,頒布し,若しくは貸し付け,又は観覧させないように努めなければならない。(7条)

(5)  不健全図書類の指定

知事は,「販売され若しくは頒布され,または閲覧若しくは観覧に供されている図書類または映画等で,その内容が,青少年に対し,著しく性的感情を刺激し,またははなはだしく,残虐性を助長し,青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの」(以下「不健全図書類」という。)を,青少年の健全な育成を阻害するものとして指定することができる。(8条1項1号))

前項の指定は,指定するものの名称,指定の理由その他必要な事項を告示することによってこれを行わなければならない。(同条2項)知事は,前2項の規定により指定したときは,直ちに関係者にこの旨を周知しなければならない。(同条3項)

(6)  不健全図書類の指定の手続

知事は,(5)の指定をしょうとするときは,東京都青少年健全育成審議会(都審議会)の意見を聞かなければならない。(15条1項)知事は,前項の規定により,都審議会の意見を聞くときは,都青少年条例7条に規定する自主規制を行っている団体があるときは,必要に応じ,当該団体の意見を聞かなければならない。(同条2項)

(7)  不健全図書類の指定の効果

ア 図書類の販売又は貸付けを業とする者及びその代理人,使用人その他の従業者並びに営業に関して図書類を頒布する者及びその代理人,使用人その他の従業者(販売業者等)は,都青少年条例8条の規定により知事が指定した図書類(指定図書類)を青少年に販売し,頒布し,又は貸し付けてはならない。(9条1項)何人も,青少年に指定図書類を閲覧させ,又は観覧させないように努めなければならない。(同条2項)

イ 都青少年条例17条の関係公務員は,都青少年条例9条1項の規定に違反して青少年に指定図書類を販売し,頒布し,又は貸し付けた者に対し,東京都規則で定める書式による警告書を交付することにより警告を発することができる。(18条1項1号,同条2項,同条3項))

都青少年条例18条1項1号の規定による警告に従わず,なお,都青少年条例9条1項の規定に違反した者は,30万円以下の罰金又は科料に処せられる。(25条)

2  「東京都青少年の健全な育成に関する条例第5条,第8条及び第14条の規定に関する認定基準」(昭和39年10月22日39総青健第29号知事決定。ただし,平成13年生都協青第199号知事決定による改正前のもの。)のうち,第2「第8条による指定に関する認定基準」(以下「都認定基準」という。))

都青少年条例8条1項1号において「著しく性的感情を刺激し,または,はなはだしく残虐性を助長し,青少年の健全な成長を阻害するおそれがある」と認められるもののうち,「著しく性的感情を刺激するもの」とは,原則として次のとおりとする。

(1)  図書類(ビデオテープ及びビデオディスク並びにコンピュータ用のプログラム又はデータを記録したシー・ディー・ロムその他の電磁的方法による記録媒体を除く。)の指定に関する認定基準

ア 男女の肉体の全部又は一部を露骨に表現し,卑わいな感じを与えるもの

イ 性的行為を露骨に表現し,又は容易に連想させ,卑わいな感じを与えるもの

ウ 医学的,民俗学的その他学術的内容であっても,性に関する描写,表現が青少年に対し性的劣情を刺激するもの

エ 前記のほか,素材,描写,表現等が前記アからウまでと同程度に卑わいな感じを与えるもの

(2)  コンピュータ用のプログラム又はデータを記録したシー・ディー・ロムその他の電磁的方法による記録媒体の指定に関する認定基準

ア 男女の肉体の全部又は一部を露出し,卑わいな感じを与えるもの

イ 動作が性的行為を露骨に表現し,若しくは容易に連想させ,卑わいな感じを与えるもの又はせりふ,説明,口上,歌曲等言語が著しく卑わいな感じを与えるもの

ウ 記録されたプログラムを実行することにより,擬似的に著しく卑わいな体験をさせるもの

エ 医学的,民俗学的その他学術的内容であっても,性に関する描写,表現が青少年に対し性的劣情を刺激するもの

オ 前記のほか,素材,描写,表現等が前記アからエまでと同程度に卑わいな感じを与えるもの

3  出版倫理協議会の自主規制についての申し合わせ(出版倫理協議会〔社団法人日本取次協会,社団法人日本書籍出版協会,社団法人日本雑誌協会,日本出版物小売業組合全国連合会=現 日本書店商業組合連合会〕昭和40年5月7日決定。昭和40年6月1日実施。以下「本件申し合わせ」という。)

(1)  都審議会で,青少年の健全な育成を阻害するものとして,連続3回の指定を受けた雑誌類は,出版倫理協議会で検討し,次号から「18才未満の方々には販売できません」という字句を印刷した帯紙(幅3cm以上5cm,薄いブルーまたはグリーン)を,その発行者でつけることとする。

(2)  年通算5回指定されたものも次号から同様の帯紙をつけることとする。

(3)  上記(1)及び(2)の帯紙は該当誌の全部数につけることとし,帯紙のないものは,取次店で取り扱わないこととする。

(4)  取次店はこれらの帯紙のついた第1回目の現品を小売書店に送品するにあたり,定期部数を再確認するため必要部数の申し込みをうける。申し込みのない小売書店への送品は一切行わない。

(5)  これらの雑誌類で,その後連続3回指定されない場合は,従前の取り扱いに復することができる。

4  都行政手続条例(平成6年12月22日東京都条例第142号。)の定め

(1)  処分の定義

処分とは,条例等に基づく行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいう。(2条1項2号)

(2)  不利益処分の定義

不利益処分とは,行政庁が,条例等に基づき,特定の者を名あて人として,直接に,これに義務を課し,又はその権利を制限する処分をいう。(2条1項4号本文)

(3)  不利益処分をしようとする場合の手続

行政庁は,不利益処分をしようとする場合には,不利益処分の区分に従い,都行政手続条例第3章の定めるところにより,当該不利益処分の名あて人となるべき者について,次のイないしハのいずれかに該当するときは聴聞による,次のイないしハのいずれにも該当しないときは弁明の機会の付与による,意見陳述のための手続を執らなければならない。(13条1項)

イ 許認可等を取り消す不利益処分をしようとするとき。

ロ イに規定するもののほか,名あて人の資格又は地位を直接にはく奪する不利益処分をしようとするとき。

ハ イ及びロに掲げる場合以外の場合であって行政庁が相当と認めるとき。

(4)  不利益処分の理由の提示

行政庁は,不利益処分をする場合には,原則として,その名あて人に対し,同時に,当該不利益処分の理由を示さなければなない。(14条1項)不利益処分を書面でするときは,上記理由は,書面により示さなければならない。(同条3項)

第4判断の前提となる争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実

1  控訴人は,雑誌等の編集・発行等を目的とする株式会社である。

2  「DOS/V USER」は,控訴人が平成5年4月から発行している月刊誌であり,その発行部数は約23万部である。(甲11)頁数は表紙等を含めて約110頁であり,その内容は,誌面の大部分がパソコン関連の情報及び広告であり,付録としてCD-ROMが2枚付いている(ただし,そのうちの1枚がDVDである場合もある。)。また,「遊ぶインターネット」は,控訴人が平成7年2月から発行している月刊誌であり(ただし,平成12年4月号までは,雑誌名が「遊ぶWindows」であった。),その発行部数は約10万部である。(甲11)頁数は表紙等を含めて約90頁である。その内容は,「DOS/V USER」とほぼ同様であり,付録としてCD-ROMとDVDが付いている(ただし,CD-ROMだけの場合もある。)。

3  本件における不健全図書類の指定

(1)  都青少年条例の一部改正

平成9年10月16日公布の都青少年条例の一部改正条例により,同条例2条2号の図書類に,コンピュータ用のプログラム又はデータを記録したシー・ディー・ロムその他の電磁的方法による記録媒体が加えられ,都青少年条例の適用対象の図書類の範囲が拡大された。(乙1)

(2)  平成12年9月28日付けの不健全図書類の指定(本件指定1)

ア 被控訴人は,平成12年9月18日,出版倫理協議会(社団法人日本書籍出版協会,社団法人日本雑誌協会,社団法人日本出版取次協会及び日本書店商業組合連合会により構成されている。)加盟社に,首都圏新聞即売懇談会,東京都古書籍商業協同組合及び東京都貸本組合連合会の加盟社を加えた都青少年条例7条に規定する自主規制団体(本件自主規制団体)との間で,都青少年条例15条2項の規定に基づき,諮問候補図書類に関する打合せ会(打合せ会)を行った。本件自主規制団体は,上記打合せ会において,被控訴人に対し,「DOS/V USER」平成12年9月号(本件図書1)及び「遊ぶインターネット」平成12年10月号(本件図書2)を都審議会への諮問候補誌とされたい旨の意見を述べた。(弁論の全趣旨)

イ 被控訴人は,同年9月21日,上記アの意見を踏まえ,都審議会に対し,都青少年条例15条1項の規定に基づき,本件図書1及び本件図書2を同条例8条1項に規定する不健全図書類に指定すべきか否かについて諮問した。そして,都審議会は,同日,被控訴人に対し,本件図書1及び本件図書2を不健全図書類に指定することが適当である旨を答申した。

ウ 被控訴人は,同月28日,上記イの答申を受け,都青少年条例8条1項及び2項の規定に基づき,東京都公報に登載するという方法で告示することにより,本件図書1及び本件図書2を同条1項に規定する不健全図書類に指定した。告示された指定の理由は,上記各図書のいずれについても,「著しく性的感情を刺激し,青少年の健全な成長を阻害するおそれがある。」というものであった。

エ 被控訴人は,同日付けで,都青少年条例8条3項の規定に基づき,本件指定1で指定された指定図書類の発行所等(控訴人を含む。),新刊書店,古書店,雑誌委託販売店(コンビニエンスストア),ブックレンタル店,雑誌自動販売業者,学校及び他道府県区市町村等の関係団体等(以上を併せて以下「関係者」ということがある。)1万3316名に対し,郵便により本件指定1がされたことを周知させた。

(3)  平成12年11月2日付けの不健全図書類の指定(本件指定2)

ア 被控訴人は,平成12年10月23日,本件自主規制団体との間で,都青少年条例15条2項の規定に基づき,打合せ会を行った。

本件自主規制団体は,上記打合せ会において,被控訴人に対し,「DOS/VUSER」平成12年10月号(本件図書3)及び「遊ぶインターネット」平成12年11月号(本件図書4)を都審議会への諮問候補誌とされたい旨の意見を述べた。

イ 被控訴人は,同年10月26日,上記アの意見を踏まえ,都審議会に対し,都青少年条例15条1項の規定に基づき,本件図書3及び本件図書4を同条例8条1項に規定する不健全図書類に指定すべきか否かについて諮問した。そして,都審議会は,同日,被控訴人に対し,本件図書3及び本件図書4を不健全図書類に指定することが適当である旨を答申した。

ウ 被控訴人は,同年11月2日,上記イの答申を受け,都青少年条例8条1項及び2項の規定に基づき,東京都公報に登載するという方法で告示することにより,本件図書3及び本件図書4を同条1項に規定する不健全図書類に指定した。告示された指定の理由は,上記各図書のいずれについても,3,(2),ウと同様であった。

エ 被控訴人は,同日付けで,都青少年条例8条3項の規定に基づき,本件指定2に係る関係者1万3267名に対し,郵便により本件指定2がされたことを周知させた。

(4)  平成12年12月1日付けの不健全図書類の指定(本件指定3)

ア 被控訴人は,平成12年11月20日,本件自主規制団体との間で,都青少年条例15条2項の規定に基づき,打合せ会を行った。本件自主規制団体は,上記打合せ会において,被控訴人に対し,「DOS/V USER」平成12年11月号(本件図書5)及び「遊ぶインターネット」平成12年12月号(本件図書6)を都審議会への諮問候補誌とされたい旨の意見を述べた。

イ 被控訴人は,同年11月24日,上記アの意見を踏まえ,都審議会に対し,都青少年条例15条1項の規定に基づき,本件図書5及び本件図書6を同条例8条1項に規定する不健全図書類に指定すべきか否かについて諮問した。そして,都審議会は,同日,被控訴人に対し,本件図書5及び本件図書6を不健全図書類に指定することが適当である旨を答申した。

ウ 被控訴人は,同年12月1日,上記イの答申を受け,都青少年条例8条1項及び2項の規定に基づき,東京都公報に登載するという方法で告示することにより,本件図書5及び本件図書6を同条1項に規定する不健全図書類に指定した。告示された指定の理由は,上記各図書のいずれについても,3,(2),ウと同様であった。

エ 被控訴人は,同日付けで,都青少年条例8条3項の規定に基づき,本件指定3に係る関係者1万3208名に対し,郵便により本件指定3がされたことを周知させた。

(5)  平成12年12月21日付けの不健全図書類の指定(本件指定4。本件指定1ないし本件指定4を併せて「本件各指定」という。)

ア 被控訴人は,平成12年12月13日,本件自主規制団体との間で,都青少年条例15条2項の規定に基づき,打合せ会を行った。本件自主規制団体は,上記打合せ会において,被控訴人に対し,「DOS/V USER」平成12年12月号(本件図書7)及び「遊ぶインターネット」平成13年1月号(本件図書8,なお,本件図書1ないし8を併せて「本件各図書」という。)を都審議会への諮問候補誌とされたい旨の意見を述べた。

イ 被控訴人は,平成12年12月14日,上記アの意見を踏まえ,都審議会に対し,都青少年条例15条1項の規定に基づき,本件図書7及び本件図書8を同条例8条1項に規定する不健全図書類に指定すべきか否かについて諮問した。そして,都審議会は,同日,被控訴人に対し,本件図書7及び本件図書8を不健全図書類に指定することが適当である旨を答申した。

ウ 被控訴人は,同月21日,上記イの答申を受け,都青少年条例8条1項及び2項の規定に基づき,東京都公報に登載するという方法で告示することにより,本件図書7及び本件図書8を同条1項に規定する不健全図書類に指定した。告示された指定の理由は,上記各図書のいずれについても,3,(2),ウと同様であった。

エ 被控訴人は,同日付けで,都青少年条例8条3項の規定に基づき,本件指定4に係る関係者1万3160名に対し,郵便により本件指定4がされたことを周知させた。

4  本件指定1ないし本件指定3の後の本件訴訟に至る経緯

(1)  「DOS/V USER」及び「遊ぶインターネット」は,本件指定1ないし本件指定3により,連続3回の指定を受けたため,控訴人は,平成12年12月1日付けで,出版倫理協議会から,上記の各雑誌について,本件申し合わせのとおり取り扱う旨の通知を受けた。

(2)  「DOS/V USER」及び「遊ぶインターネット」が本件申し合わせによる自主規制の対象となったことから,控訴人は,本件各指定が言論表現及び出版の自由を統制する不当なものであると考えていることを新聞記事や雑誌等で主張するとともに,順次第1事件及び第2事件の本件訴訟を提起し,上記各誌については,取次店を通さずに読者へ直接販売することとし,「DOS/V USER」平成13年1月号に,その旨を掲載した。(甲2の5,証人P1)

第5主な争点及びこれに関する当事者の主張

1  本件の主な争点は,以下の(1)ないし(6)である。

(1)  被控訴人の本案前の抗弁の成否すなわち都青少年条例8条1項による不健全図書類の指定は,行政事件訴訟法3条2項の規定する処分に当たるか否か。(争点1)

(2)  都青少年条例8条1項,9条の規定は,憲法の次の各条項に違反するか否か。(争点2)

ア 憲法21条1項(事前抑制の禁止),2項(検閲の禁止)

イ 憲法21条1項(より制限的でない他の選び得る手段のテスト等)

ウ 憲法31条(構成要件の明確性)

エ 憲法14条

(3)  本件各指定は,次の点で都青少年条例に適合しているか否か。(争点3)

ア 本件各図書は,同条例8条1項の定める不健全図書類に該当するか。

イ 本件各指定に当たり,同条例15条1項の違反があったか。

(4)  本件各指定は,都行政手続条例13条に違反するか否か。(争点4)

(5)  本件各指定は,理由の提示を欠くものとして違法か否か。(争点5)

(6)  本件各指定が権限ゆ越ないし権限濫用に当たるか否か。(争点6)

2  第5,1の各争点に関する当事者の主張は,下記3及び4記載の控訴人の当審における主張及びこれに対する被控訴人の反論を付加するほか,原判決が摘示するとおり(原判決13頁5行目から同64頁3行目まで)であるから,これを引用する。

3  控訴人の当審における主張

(1)  争点2(第5,1,(2),ア及びイ)について

ア 仮に都青少年条例の規制目的を是認するとしても,そのためには,青少年が「不健全」な部分を知る権利のみを制約すべきであるところ,本件各図書の大部分は,「健全」なパソコン関係の情報であり,有害図書の自動販売機への収納を禁止処罰する岐阜県青少年保護条例に関する判例(最高裁判所平成元年9月19日第三小法廷判決・刑集43巻8号785頁。以下「岐阜県条例上告審判決」という。)で問題となった図書とは内容が異なっている。岐阜県上告審判決の事案は「卑わいな姿態若しくは性行為を被写体又はこれらの写真を掲載する紙面が編集紙面の『過半』を占めると認められる」雑誌を対象としているのであるから,本件各図書のように,仮に不健全な部分が存在するとしても,それが当該雑誌が提供する情報のごく一部でしかなく,当該雑誌には他に支配的な価値があり,かつ,誌面には不健全部分がなく,購入しても特別の機器なしには再生することができない媒体が添付されているに過ぎないケースとは異なる。本件各図書の大部分は「健全」なものであり,今回「不健全」とされた本件各図書の該当個所は付録部分であり,その本体となる雑誌部分から容易に分離することが可能であるにもかかわらず,それぞれを含む部分が一体となっているからといって,全体として制約することは許されない。

イ 立法の前提となる事実の欠缺

総務庁青少年対策本部調査報告(乙21)において青少年を非行にかりたてる社会的環境として「テレビ,新聞,雑誌などのマスコミの影響」,「ポルノ雑誌,アダルトビデオなどの自動販売機」が挙げられている。本件各図書の「不健全」部分は,被控訴人によれば,パソコンでしか見ることのできないCD-ROM等の部分にのみ存在するから,あえて本件各図書に関係のある部分を挙げるとすれば「インターネットのアダルト番組」となるが,そもそも本件各指定当時,自室でインターネットに接続できるパソコンを保有する環境にあった青少年の割合は極めて少ないことが推測されるから,青少年がパソコンを使用してインターネットのアダルト番組を見ることにより悪影響を受けるという社会共通の認識の基礎となる事実が存在しないことがうかがえる。また,NHK「日本人の性」プロジェクト編「データブックNHK日本人の性行動・性意識」(2002年日本放送出版協会)(甲82)によるアンケート調査の結果によっても,性情報の取得等において,インターネットは重要な役割を果たしているとはいえない。

したがって,本件各図書を不健全図書類として指定する都青少年条例は,立法事実を欠くものである。

(2)  争点3(第5,1,(3),ア及びイ)について

ア 本件各図書は,以下の理由から,都青少年条例8条1項の規定する不健全図書類には該当しない。

(ア) そもそも「著しく性的感情を刺激し,青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの」(不健全性)という要件は明確でない。「わいせつ」について用いられる「いたずらに性欲を興奮又は刺激させ,かつ,普通人の正常な性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反するもの」(最高裁判所昭和26年5月10日第一小法廷判決・刑集5巻6号1026頁)なる定義は,幾年にもわたる各界からの批判を経て,現在は比較的明確な基準で運用されており,性器の露出があるものに限定して構成要件該当性が検討されるのが現在の刑事実務上の扱いであることは周知のとおりである。不健全図書類指定による効果は,最終的には刑事罰にまで及ぶべきものであるから,不健全性についても,わいせつ性と同等の明確性が必要である。

(イ) 都認定基準は,

① 男女の肉体の全部又は一部を露骨に表現し,卑わいな感じを与えるもの

② 性的行為を露骨に表現し,又は容易に連想させ,卑わいな感じを与えるもの

③ 医学的,民俗学的その他学術的内容であっても,性に関する描写,表現が青少年に対し性的劣情を刺激するもの

④ 前記のほか,素材,描写,表現等が前記①から③までと同程度に卑わいな感じを与えるもの)

を不健全図書類とするものであるが,これは,男女の肉体の一部や性的行為を連想させる表現が「卑わいな感じ」を与えれば直ちに「不健全性」に該当するというに等しいものである。そして「卑わいな感じ」なるものは,原審における証人P2及び同P3に対する各証人尋問の結果からも一切明らかとならなかった。上記の都認定基準は,男女の肉体の一部(性器及びその周辺等に限られない)が表現されていさえすれば,それだけで不健全性を帯びたものと認定することを許容するものであり,正当な基準たりえず,結局,「わいせつ」概念が,定義としては「普通人の正常な性的羞恥心を害す」とか「善良な性的道義観念に反する」という感覚的直観的要件を形式的には維持しながら,実質的には,性器の露出があるか否かという客観的物理的判断のみを単一の決定的要件とする扱いに収斂していったように,不健全性概念についても,これに該当するか否かに係る一義的明解な指標を用いざるを得ないのが趨勢であるというべきである。かかる観点に立って吟味すれば,結局性器の全部又は一部の露出をメルクマールにする以外には現実的な基準が見あたらないから,その限りでわいせつ概念と不健全性概念は,その外延を重ねることになる。

両概念を整合的に理解するためには,わいせつ概念は,主として性器の全部又は一部の露出の程度が甚だしく,卑わい性が高いものであって,直ちにわいせつ物として取り締まる必要があるもの,具体的には,いわゆる「ぼかし」が全くなく性器の全部又は一部を直接見ることになるものを意味し,不健全性概念は,原則として露出の程度が低く卑わい性が小さいもので,市場から排除すべきか否かに関し指定処分等の介在が必要であると思われるもの,具体的には,「ぼかし」は存在するが,それによっては,原盤において露出している性器の全部又は一部の全体を覆うに至らないか,又は「ぼかし」の効果が薄く,「ぼかし」を通してもなお原盤において露出している性器の全部又は位置の輪郭・形状等を感知しうるものについて用いられるべきである。以上の判断基準によれば,原審判決別表1から8の2までに記載されたコンテンツ中,右端に○が付されたものを,順次,子細に検討しても,「ぼかし」による性器の全部又は一部の露出の隠蔽が完全でなく,又は効果が薄いものは皆無であり,結局,本件各図書は,都青少年条例8条1項の定める不健全図書類に該当しないものといわなければならない。

イ 都青少年条例15条1項違反

原判決は,東京都の担当者が,予め調査した図書類について本件自主規制団体との間で打合せ会を行い,その意見を聞いた上で都審議会に諮問しているものであり,このような事前の絞り込みがなされていることに照らすと,都審議会の審議が形骸化しているなどということはできないとしているが,その「事前の絞り込み」なるものが,東京都の担当者の不合理,恣意的な運用によるものであることがまさに問題であり,この運用は,結局のところ,東京都の担当者の3名の判断でしかないものであって,被控訴人は,控訴人に対しては何の前触れもなく本件各指定をしたにもかかわらず,CD-ROM付きの同類雑誌である「ウインドウズ・パワー」(株式会社アスキー発行)及び「Windows100%」(株式会社晋遊社発行)に関しては,各発行会社に対し,従前のままでは不健全図書類の指定を受ける旨の情報を事前に提供し,それを受けて各会杜が,編集方針を変更している事情がうかがえること,テックジャイアン誌(株式会社エンターブレイン社発行)については,2001年6月号及び同年7月号が不健全図書類の指定を受けたものの,同年8月号については指定を免れているが,これは同年9月号の発行姿勢を判断要素に入れて8月号を非指定としたものであると考えられること,被控訴人は,指定候補図書と非指定図書との基準について,条例及び認定基準に該当するか否かとか,それを社会通念に照らしながら判断するとしか説明していないこと,被控訴人は,控訴人が,被控訴人に対して,「DOS/V USER」及び「遊ぶインターネット」の指定号と非指定号との内容の差異について,明らかにするよう釈明を求めたにもかかわらず,被控訴人からはそれに対する回答がなかったこと,単行本と雑誌とで青少年にあたえる影響に違いはないのに,被控訴人は,「3回連続指定による事実上の廃刊」という効果が期待できない単行本を購入対象とせず,指定対象としていないことなどから,極めて恣意的であって,このような恣意的運用を前提とした審議会の審議は形骸化していることが明らかである。

(3)  争点4(第5,1,(4))及び争点5(第5,1,(5))について

ア 本件各指定が「対物処分」又は「対物的処分」であることから,都行政手続条例が不適用となるものではない。処分は,結局は人に対してなされるものであり,対物処分か対人処分か,はたまた混合処分かは,処分の要件が名あて人個人の事情とは関係のない客観的なものであるか,名あて人個人の事情によって異なるものであるかによって区別されるにすぎない。対物処分とは処分の要件の問題であって,名あて人とは処分の相手方であるから,別次元の問題である。対物処分でも名あて人は存在するのであるから,対物処分であるから名あて人はいないとする論理は誤りである。

イ 都青少年条例を分析すると,次のようになる。

知事は,一定の要件に該当するものを青少年の健全な育成を阻害するものとして指定することができる(行為裁量)(都青少年条例8条)。その直接の効果は,「図書類の販売又は貸付けを業とする者及びその代理人,使用人その他の従業者並びに営業に関して図書類を頒布する者及びその代理人,使用人その他の従業者」(販売業者等)を名あて人として,指定図書類の青少年への販売等を制限すること(9条1項),指定図書類を自動販売機等以外で販売等するとき,他の図書類と明確に区分しておくこと(9条2項),自動販売機等業者は,指定図書類を自動販売機等に収納してはならず,収納している場合には撤去すること(13条の3第1,2項)が求められるということになる。関係公務員はこれに違反した者に対して警告を発することができ(18条),この警告に従わず,この違反をすれば,30万円以下の罰金又は科料に処せられる(25条)。この不健全図書類の指定は「指定するものの名称,指定の理由その他必要な事項」を告示することによって行われる(8条2項)のであり,その図書類の発行者名が示される。しかも,「不健全図書類の指定について」(通知)という被控訴人からの控訴人への通知文(甲1の1ないし4)では,「これらの図書類は,青少年(18歳未満の者)に販売し,頒布し,又はこれを貸し付けてはなりません。これについて違反があった場合には,同条例25条の規定により,30万円以下の罰金または科料に処せられます。」との警告が同時になされている。この通知は,わざわざ発行者に対して特別になされているところからすると,公衆を対象とする単なる周知措置の一環とみることはできない。

したがって,都青少年条例8条の指定は,一見すると,物を対象とするようであるが,発行業者は,販売業者としての立場ではもちろん,発行者としての立場においても,この指定の名あて人であるというべきである。告示においても,控訴人の名称は,発行所名として記載されているから,この告示には,控訴人を含め,特定の名あて人の記載は存しないということにはならない。

ウ 原判決が本件各指定に対して都行政手続条例の適用を除外する理由は,①対物処分であることと,②特定個人を名あて人として行われるものではないことにの2つである。本件各指定の要件は,人的な要素ではなく,物的な要素だけであるから,これは対物処分であるが,上記アで述べたとおり,対物処分でも名あて人は存在するのであるから,①から②が導かれるわけではない。また,都行政手続条例の条文に即して吟味しても,対物処分だという理由による適用除外規定はない。すなわち,不利益処分に対する行政手続の適用除外事項を定める都行政手続条例13条2項のうちで,ここで関係がありそうな規定は,その第3号である「施設若しくは設備の設置,維持若しくは管理又は物の製造,販売その他の取扱いについて遵守すべき事項が条例等において技術的な基準をもって明確にされている場合において,専ら当該基準が充足されていないことを理由として当該基準に従うべきことを命ずる不利益処分であってその不充足の事実が計測,実験その他客観的な認定方法によって確認されたものをしようとするとき。」という定めであるが,これをみても,単に対物処分だという理由では,行政手続を不要とするものではないことがわかる。さらに,実質的にみても,行政手続法は,処分を行う際に事前に被処分者の意見を聞き,場合によっては証拠の提出を求めて,口頭審理を行って,誤った処分がなされることを可及的に防止しようとする。処分は,事実を法に当てはめて行われるものであるが,それは,事実の認定,法の解釈,事実の法への当てはめ,いかなる処分をするべきか,又処分をするかしないかなどに関して,機械的ではなく,人間による評価が行われるので,これについて,処分庁の一方的な判断ではなく,被処分者の意見を聞くべきだと考えられるからである。この点について,処分要件のうち,対物性と対人性では多少違うとも言える。対物的な要素であれば,名あて人の言い分を聴かずとも判定しやすいのに,対人的な要素であれば,名あて人の言い分を聴かなければ正しい事実認定をすることが難しいという違いである。しかし,それは決定的なものではない。対物性に関しても,その所有者に聞かなければ正確には事実認定をすることが容易ではないともいえるからである。立法的にみてもこのような区別はされていない。たとえば,風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風営法)の定める風俗営業の許可は,対人処分であると同時に対物処分であるが(風営法4条1項は人的要素,同2項は物的要素),その許可の取消しについて,同法8条では,人的要素を理由とするものを定め,同法26条は,同法違反などを理由として,営業所の構造及び設備を技術上の基準に適合させなければならないという維持義務(同法4条2項,同法12条)をも基準としている。後者は対物処分の面がある。これについて,同法41条は,聴聞の規定をおいているが,対物処分を除外する規定をおいていない。さらに,建築基準法における違反建築物の除却命令とか壁面線の指定のような,財産権に関わり,比較的容易に判断できる処分についてさえ,事前手続が保障されているのであるから,表現の自由という憲法上高い地位を与えられている人権に関わる,微妙な判断を要求される本件の指定において事前手続の保障がないことは均衡を欠くことも,あわせて参考とすべきである。

エ 一般処分を理由として,都行政手続条例の適用を否定することはできない。都行政手続条例2条4号の不利益処分の定義によれば,不特定人を対象とするいわゆる一般処分は対象外である。名あて人が特定していないのに,事前手続を行うとすれば,無数の大衆を相手とせざるをえなくなり実施上不可能であり,かつ不必要であると考えられたのであろう。ここにいう一般処分とは,相手方が不特定かつ多数の処分をいうものである。その例として,道路の通行禁止,建築制限を伴う都市計画決定を挙げることができる。本件各指定については,東京都からはがきによる指定を受けた発行者以外の販売店が非常に多数にのぼっているが,販売店に対する関係を措けば,本件各指定の告示に発行者などの特定の名あて人が記載されていること,また発行者に対してわざわざ通知がなされていることからもわかるように,この指定は,対物処分ではあるが,発行者との関係では,一般的なメルクマールに該当する者に対して一律に向けられるものではなく,雑誌ごとに個別の判定を行った上で,その発行者である「特定の者を名あて人として」いるものであって,前記の交通規制や犬のけい留命令とは異なるものであるから一般処分には当たらない。

オ 以上から,本件各指定は,都行政手続条例上の不利益処分に該当するから,本件では,都行政手続条例13条に基づく手続がおこなわれておらず,また,都行政手続条例14条に定める理由の提示がなされるべきであるのに,これらがなされていないという瑕疵が存する。

(4)  争点6(第5,1,(6))について

本件自主規制に関係する都青少年条例7条は,被控訴人による不健全図書類の指定が,そのまま民間の自主規制の基準になることまでをも予定しているわけではない(民間の「自主規制」と被控訴人による不健全図書類の指定とは,本来別のものであって,同条は,両者が連動するものであるとしているわけではない。)。

しかるに,被控訴人は,3回連続して,不健全図書類の指定がなされると,特に民間による独自の審査が行われることなく,指定に係る図書は,そのまま自動的に流通市場から排除される仕組みが現存することを認識し,かつ当該指定図書を市場から排除する目的で指定を行っている。被控訴人は,雑誌のみをターゲットとして不健全図書類の指定を繰り返し,いかなる「不健全」な単行本をも放置してかえりみないのであるから,本件各指定は,結局,常に,単に青少年の健全な育成を図るという目的を超えて,当該雑誌を流通から排除する目的をもつものである。

4  当審における被控訴人の反論

(1)  控訴人は,「本件各指定の告示からも,都青少年条例のシステムからも,また発行者に対する通知文を見ても,特定の発行者を名あて人としている。」として,本件各指定が控訴人を名あて人とするものである旨主張するが,同主張は,以下述べるとおり,その前提において誤っている。

ア 都青少年条例は,不健全図書類の指定により販売等の制限を受ける図書類販売業者等に個別に同指定の通知をするものとはせず,同指定の告示を行うものとしている。これは,同条例の目的である「青少年の環境の整備を助長するとともに,青少年の福祉を阻害するおそれのある行為を防止し,もって青少年の健全な育成を図ること」を実効力をもって推進するためには,その指定の効力をすべての図書類販売業者等に同時に及ぼす必要がある一方で,その全員を確実に把握して同時期に個別の通知を到達させることが極めて困難であることから,これを特定の個人又は団体を名あて人として行わないものとした上,告示という方法により画一的に図書類販売業者等にこれを告知することとしたものである。この点については,最高裁判所も,都市計画法における都市計画事業の認可につき,上記と同様の理由によって認可処分の名あて人が特定の個人でない旨の判示をしている(最高裁判所平成14年10月2日第一小法廷判決・民集56巻8号1903頁)。

したがって,本件各指定は特定の個人又は団体を名あて人として行われたものではないから,控訴人は,本件各指定の名あて人ではない。

イ 控訴人は,本件各指定の告示において発行者名として控訴人の名称が記載されていることをもって,本件各指定の名あて人が控訴人である旨主張するが,当該告示において控訴人の名称を記載しているのは,図書類の特定方法として発行者名を併記することが一般に用いられていることから,それに則っただけのものであって,本件各指定の名あて人を示すためではないことは明らかである。

ウ 都青少年条例8条3項において,関係者に指定の事実を周知する旨規定しているのは,不健全図書類の指定という行為が告示によってなされた後に,同条例の目的の実効性をさらに高めるため,青少年を取り巻く関係者(図書類販売業者ではない学校等の関係団体を含む。)に指定の事実を周知徹底するだけのものであって,この周知をもって本件各指定の名あて人を特定することができないことはいうまでもない。さらに,同条例の規定のいずれにも,発行者が不健全図書類の指定の名あて人であると読み取れる規定はない。

(2)  被控訴人は,自主規制の対象とならない雑誌形態の図書類及び単行本についても不健全図書類として指定しているから,本件自主規制との関係で,出版の事前規制を意図して不健全図書類の指定をしているものではない。

ア 被控訴人は,雑誌のような外観をとりながら単発に出版される出版物(ムック)についても,以下のとおり指定している。本件申し合わせの内容からすると,本件自主規制の対象としている雑誌類は,単発の出版物ではなく,週刊誌・月刊誌など定期的に連続して出版することが予定されている出版物である。したがって,定期的に連続して出版されることが予定されていない出版物は,表紙,装丁などが一般の雑誌のような体裁をとっていても,本件自主規制の対象雑誌には当たらないことになるが,被控訴人は,自主規制制度の存在とは別に指定を行っているものである。

① 使えるインターネット アダルトサイト 1000BE-MOOK(平成12年8月20日発行・同月31日指定)

② アダルトサイト2001 ツカサムック07(平成12年12月25日発行・同月21日指定)

③ CD-ROM Dプレイ(CD-ROM付き雑誌)ワニマガジンムックシリーズ161(平成13年2月25日発行・同年3月1日指定)

イ 被控訴人は,ムック以外の単行本も購入し,次のとおり指定している。

「かっこいい自転車」(平成13年5月30日発行・同年9月27日指定)したがって,被控訴人が単行本を指定候補図書としていないとか,単行本について不健全図書類として指定された事実がないことを前提とする控訴人の主張は誤っている。

第6証拠関係

証拠関係は,原審訴訟記録及び当審記録中の各証拠関係目録の記載のとおりであるから,これを引用する。

第7当裁判所の判断

1  争点1(本案前の抗弁の成否)について

当裁判所も,控訴人のように図書類の発行を行なう者には,その図書類が都青少年条例8条1項の規定に基づく不健全な図書類の指定を受けた場合には,当該指定図書類について,これを青少年に対して販売し,頒布し,又は貸し付けてはならないとの制限が生じることによって,もともと自由であった当該図書類の流通販売が相応の範囲で制約されることになるという法的な不利益が生じるものと認められるから,本件各指定は,行政事件訴訟法3条2項所定の取消訴訟の対象となる処分に当たるものといわざるを得ないのであって,本件各図書を発行する控訴人には本件各指定の取消しを求める利益があるものと解され,そうすると,被控訴人の本案前の抗弁は,理由がないものと判断する。そのように判断する理由は,原判決の「事実及び理由」欄の第3の1に摘示するとおり(原判決64頁22行目から同68頁3行目まで)であるから,これを引用する。

2  争点2のうち検閲の禁止(憲法21条2項前段)違反の成否について

(1)  憲法が,表現の自由につき,広くこれを保障する旨の一般的規定をその21条1項に置きながら,同条2項前段に特別に検閲禁止の規定を設けたのは,検閲がその性質上表現の自由に対する最も厳しい制約になるものであることにかんがみ,これについては,公共の福祉を理由とする例外の許容(憲法12条,13条参照)をも認めない絶対的禁止の趣旨を明らかにしたものと解すべきであり,このような解釈を前提として考究すると,憲法21条2項前段にいう「検閲」とは,行政権が主体となって,思想内容等の表現物を対象とし,その全部又は一部の発表の禁止を目的として,対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に,発表前にその内容を審査した上,不適当と認めるものの発表を禁止することを,その特質として備えるものを指すと解すべきである(最高裁判所昭和59年12月12日大法廷判決・民集38巻12号1308頁,同昭和61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁)。

(2)  そこで,都青少年条例8条1項,同9条の各規定による規制が,検閲に該当するか否かについて判断する。

都青少年条例8条1項1号により,不健全図書類の指定の対象となるものは,「販売され若しくは頒布され,または閲覧若しくは観覧に供されている図書類等」であり,いずれも発表後のものであることは明らかであって,都青少年条例9条の規定による効果は,販売業者等に,事後的に,青少年に対して,指定図書類を販売し,頒布し,又は貸し付けることが禁止されるものであることからすると,上記各条項による規制が検閲に該当しないことは明らかといわざるを得ないのである。したがって,これが憲法21条2項前段に違反する旨の控訴人の主張は,失当であり,採用することができない。

3  争点2のうち検閲の禁止以外の憲法違反の成否について

(1)  表現行為に対する事前抑制は,新聞,雑誌その他の出版物や放送等の表現物がその自由市場に出る前に抑止してその内容を読者ないし聴視者の側に到達させる途を閉ざし又はその到達を遅らせてその意義を失わせ,公の批判の機会を減少させるものであり,また,事前抑制たることの性質上,予測に基づくものとならざるを得ないこと等から事後制裁の場合よりも広汎にわたり易く,濫用の虞があるうえ,実際上の抑止的効果が事後制裁の場合より大きいと考えられるのであって,表現行為に対する事前抑制は,表現の自由を保障し,検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし,厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうるものといわねばならない(最高裁判所昭和61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁)。また,表現の自由の保障は,他面において,これを受ける者の側の知る自由の保障をも伴うものと解すべきである(最高裁判所昭和44年11月26日大法廷決定・刑集23巻11号1490頁,同昭和58年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁,同昭和59年12月12日大法廷判決・民集38巻12号1308頁)。

(2)  表現の自由は,憲法の保障する基本的人権の中でも特に重要視されるべきものであるが,さりとて絶対無制限なものではなく,公共の福祉による制限の下にあることは,いうまでもない(最高裁判所昭和59年12月12日大法廷判決・民集38巻12号1308頁)ところ,その内容が著しく性的感情を刺激し,又は著しく残忍性を助長する有害図書が一般に思慮分別の未熟な青少年の性に関する価値観に悪い影響を及ぼし,性的な逸脱行為や残虐な行為を容認する風潮の助長につながるものであって,青少年の健全な育成に有害であることは,既に社会共通の認識になっていると解される(最高裁判所平成元年9月19日第三小法廷判決・刑集43巻8号785頁参照)。

都青少年条例8条1項の規定により被控訴人が不健全な図書類として指定することができる図書類は,前記のとおり販売等がされている(発表後の)図書類で,その内容が,青少年に対し,著しく性的感情を刺激し,またははなはだしく,残虐性を助長し,青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるものであるから,このような図書類についての表現の自由が公共の福祉による制限の下におかれることはやむを得ないところというべきである。

控訴人は,本件各図書が不健全図書類ではないと主張するが,証拠(甲2の1ないし同5,甲3の1ないし同4,甲8の1)及び弁論の全趣旨によれば,本件各図書の内容が青少年に対して著しく性的感情を刺激し,青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるものに該当することは明らかといわなければならない。また,控訴人は,本件各図書の一部が仮に不健全図書類に該当するとしても,本件各図書の読者層は18歳以上が圧倒的多数を占めているから,受け手として青少年に向けられている場合に該当しないとも主張するが,上掲の証拠によれば,パソコン等を操作して,本件各図書のうち本件各指定を受ける原因となったアダルトビデオ等のコンテンツを開こうとする際に,あらかじめ「あなたは18歳未満か否か」を尋ねる画面が表示され,18歳未満であるとした場合には自動的にコンテンツが閉じられるようにプログラムされていることが認められる。このことからすると,控訴人は,本件各図書が青少年にとって有害であるか,少なくとも好ましくない影響が生じる可能性を懸念したことから,上記コンテンツにアクセスさせるべきではないという明確な意識のもとに,上記プログラムを組み込んでいるものと推認される。しかしながら,上記プログラムは,読み手に18歳未満か否かを自己申告させる方式をとり,その結果,18歳未満であると申告した場合に,上記コンテンツを開けなくするように設定されているのみであるから,性的好奇心にとかくかられがちになりやすい青少年が,仮に自己が18歳未満ではないと申告して,上記コンテンツを開くことは極めて容易であって,上記プログラムは,青少年に幾分その自制心を呼び覚まさせるものではあるものの,それ以外には何らの障壁をも設けていないことは明らかである。これに加え,乙34によれば,控訴人は,本件各図書においても,アダルトビデオを借りることができない男性のニーズに応えて雑誌に電子媒体方式によるアダルトビデオコーナーを設けることにしたことが合理的に推認できるのであり,このことからすると,控訴人は,アダルトビデオを見たいという読者層の存在を前提として本件各図書を発行しており,その際,控訴人自身,本件各図書が,青少年に好ましくない影響が生じる可能性を自覚しながら,その点については,もっぱら購入者のモラルによる抑制に任せたまま,本件各図書を発行していたものであると推認されるのである。なお,控訴人が読者層の根拠であると主張する「ドスブイユーザー10月号読者カード集計報告書」(甲7)は,控訴人が訴状で主張する月間発行部数(DOS/V USERは約23万部)に照らすと,わずかに800通の返信数の中からその4分の1に相当する200通を無作為抽出した分の分析結果にすぎず,その結果から本件各図書の購読者の年齢層の大勢を推認することは相当でないから,上記判断を左右するものとは認められない。

また,控訴人は,青少年に対する影響等について,本件各指定がなされた当時においては,青少年がパソコンを利用してインターネットのアダルト番組にアクセスすることにより悪影響を受けるという社会共通の認識の基礎となる事実が存在しないなどと主張するが,本件各図書は,いずれも,アダルトビデオないしアダルトホームページの紹介部分が媒体として伝達しようとする情報の中の最も重要な情報となっているものと理解するのが相当であるから,本件各図書は,アダルトビデオ等のダイジェスト版に類するものとして,その青少年に対する影響を考えるべきである。この点について,甲31及び甲80の中には,アダルトビデオから青少年を隔離することについて消極的な意見が開陳されているが,このような意見が社会共通の認識となっていると認めるべき証拠資料は見当らず,却って,甲82によれば,どの年齢層においても,性のイメージに影響を与えるもの又は性情報の入手源として,アダルトビデオが看過できない影響力をもっていると認められるのであるから,このことに照らせば,都青少年条例が指定対象とする図書類が青少年の健全な育成にとって有害であるとの社会共通の認識はなお存在するというべきである。

そうしてみると,控訴人は,甲31及び甲80の意見を挙げて,性情報が多い方が現実の性行動は少なくてすむなどと独自の主張を展開するが,それらの証拠が立法事実の不存在を示すものとも本件各図書の不健全性を阻却するものとも認められず,他に控訴人の主張を認めるに足りる証拠はないから,その主張は,到底採用の限りではない。

以上のとおりであるから,都青少年条例8条1項の規定による不健全図書類の指定及び本件各指定は,いずれも,その目的は正当であり,かつ,その立法事実は,引き続き存在するものというべきである。

(3)  次に,表現の自由の制約方法の点について検討する。

ア 都青少年条例8条1項の規定による指定を受けると,販売業者等が指定図書類を青少年に販売し,頒布し,又は貸し付けることが制限されること,都審議会で,連続3回の指定を受けた雑誌類は,出版倫理協議会で検討し,本件申し合わせの効果により,販売業者等は,当該指定図書類を青少年に販売すること等が禁止されることは前述したとおりであり,証拠(甲23,甲25)及び弁論の全趣旨によれば,不健全図書類としての指定がなされることにより,コンビニエンスストア等が販売を自粛したり,さらに,3回の連続指定を受けると,上記自主規制制度により,対象となった図書類は販売方法が大幅な制約を受け,その結果,発行者において採算がとれないことになり,当該図書類が廃刊に追いやられたりする可能性が存することも認められる。これらのことからすると,都青少年条例8条1項の規定による指定は,表現の自由(知る自由)の事前抑制を招く可能性が全くないとはいえない一面もあると考えられる。

イ そこで,都青少年条例8条1項の規定による指定及び本件各指定について,規制方法としての相当性について更に立ち入って検討する。

(ア) 都青少年条例の目的及び前記のような立法事実の存在に照らすと,どのような図書類が青少年の健全育成を阻害するおそれがあるのかという点の判断及びその規制方法等については,社会一般の意識の上に立った合目的的判断が妥当するものというべきであるから,成人の知る権利を制限する際に要請されるような厳格な違憲審査基準を採用すべき理由は見出し難い。控訴人は,より制限的でない他の選びうる手段の基準によるべきであると主張するが,同様の理由から採用することはできない。なお,控訴人は,より制限的でない他の選びうる手段の基準に適うものとして,いわゆる分量的基準が存在すると主張するが,前者の違憲審査基準をとることが相当でないことは上述したとおりであり,また,いわゆる分量的基準なるものを採用するか否かについては,条例制定における合目的的判断の範疇に属するものというべきであるから,上記主張も採用することができない。

(イ) 控訴人は,本件各指定により,青少年の本件各図書の健全な部分についての知る権利と,成人の本件各図書についての知る権利が制約されることから本件各指定が違憲であると主張するが,前者は,本件各図書が前記のように不健全図書類に該当することが避けられないことに伴い,不可避的に生じる事態にほかならないからこれをもって違憲の主張の論拠とはなし得ず,また,後者の成人の知る権利については,本件各指定の効果は,控訴人に対して,直接本件各図書の発行を禁止するものではなく,成人がこれを入手することも不可能ではないことからすると,やはり,本件各指定による成人の知る権利への影響が違憲の論拠となるものとは解されない。

(ウ) 控訴人は,本件各図書の大部分は,パソコン関係の情報であり,パソコン関係の情報は普遍的な価値を有し,あるいは支配的な価値があり,本件各図書の大部分は「健全」なものであり,「不健全」とされた本件各図書の部分は,いずれも付録部分に過ぎないから,本件各図書に係る表現の自由を全体として制約することは許されないなどと主張するが,証拠(甲2の1ないし同5,甲3の1ないし同4)によれば,本件各図書は,いずれもCD-ROM又はDVDの双方若しくは前者のみが付録とされている雑誌であり,その形態は,本件図書1(DOS/V USER 平成12年9月号)を例に引くと,その表紙及び同2頁には,DVDの内容として,一般的な動画編集ソフトなどの紹介とともに「マルチアングル&マルチサウンドムービー」,「エンターテイメントムービー」,「おいしいシーンの連続!禁断のアダルトムービー100連発」,「禁断のロングアダルトムービー」などの記載及びアダルトビデオのパッケージ写真が掲載されており,同7頁には「禁断のアダルト映像」として,付録DVDを操作することによりビデオの角度や声を変更し,いやらしさをパワーアップできる等の説明があり,同10頁及び同11頁には「禁断のアダルトムービー100連発」と題してDVDに収録されているアダルトビデオのパッケージ写真が多数掲載されていること,同8頁及び同9頁,同12頁から同15頁には,アイドルの映像や体験ソフトなどがDVDに収録されている旨掲載されていること,また,CD-ROMについても,表紙及び同3頁に,一般的パソコンソフトやパソコン用ゲームや体験ソフトの紹介とともに「新技術搭載禁断の長時間ムービー収録」とともにアダルトビデオのパッケージ写真が掲載され,同16頁から同42頁までは無料ソフトの紹介記事があり,同78頁及び同79頁には「禁断のアダルトムービー大収録」と題してアダルトビデオの紹介とパッケージ写真が掲載されており,また「新技術搭載長時間アダルトムービーいいトコばっかり22分間」などの記載が存在しており,他の本件各図書においても,ほぼ同内容でCD-ROM又はDVDの記事がいわゆる雑誌本体と付録との連動方式で掲載されていることが認められる。また,「DOS/V USER」及び「遊ぶインターネット」は誌名が違うものの中身的にはほとんど変わりがないことが認められる(原審P1証言)。

以上によれば,本件各図書は,いずれも,パソコン情報等を欲する者及びアダルトビデオ情報等を欲する者双方が購入するであろうという予測のもとに,いわば両者を抱き合わせる形で編集及び発行がなされている雑誌であると認められる。そうであるとすると,本件各図書は,その内容から推認される編集方針のもと合理的に読者を獲得しようとする一体不可分の雑誌であると認められるから,本件各図書が指定を受けることにより,青少年が健全な部分を知る権利が制約されることになっても,やむを得ない制約であるというべきであり,成人の知る権利との関係でも,前記のように解される面もあり,本件各指定により制約が及ぶことは,本件各図書の性質上,やむを得ないところというべきであり,これに反する控訴人主張は採用するこができない。

(4)  そうして見ると,都青少年条例8条1項の規定に基づく指定及び本件各指定は,あらかじめ都審議会等の意見を聞くことになっていること及び指定の効果として,ただちに青少年以外の者に対する図書類の販売等が禁止されるものではないこと等と相まって,表現の自由(知る自由)に対する規制方法としてもやむを得ない程度にとどまるものといわざるを得ないのであり,都青少年条例8条1項の規定に基づく指定及び本件各指定は,事前抑制禁止原則に違反するものとは認められないというべきである。

(5)  控訴人は,都青少年条例8条1項1号の規定が「青少年に対し,著しく性的感情を刺激し,またははなはだしく残虐性を助長し,青少年の健全な育成を阻害するおそれがあると認められるもの」というものであって,基準として漠然としておりかつ明確さを欠くと主張する。

しかしながら,同号の規定の要件についての具体的な判断基準として,都認定基準が存在し,かつ公にされていること(甲5,乙22,弁論の全趣旨)及び都認定基準の内容に照らすと,通常の判断能力を有する一般人の理解において,具体的場合に,当該図書類がその適用を受けるものかどうかの判断を行なうことが可能になるような基準を読み取ることは可能であると解される。その際,都青少年条例8条1項の規定の趣旨及びその文理等に徴することが当然必要であり,そのようにしたとすれば,控訴人が主張するように「男女の肉体の一部や性的行為を連想させる表現が卑わいな感じを与えれば直ちに不健全性に該当するというに等しい」とは到底いうことができず,「また男女の肉体の一部が表現されていさえすれば,それだけで不健全性を帯びたものと認定することを許容するものである」とも解されないことは明らかである。この点について,控訴人は,わいせつ概念との対比における不健全性概念の定義についてるる主張するが,独自の見解というべきであり,採用できない。

以上のとおりであるから,憲法31条違反をいう控訴人主張は,理由がない。

(6)  自主規制による市場からの排除を目的に指定が行なわれているか。

ア 控訴人は,出版倫理協議会による自主規制との関係で,被控訴人が事前規制を意図して不健全な図書類の指定をしているものであるから,事前抑制禁止に違反する旨,運用面での違憲性を主張する。この主張は,事前抑制が濫用的になされている旨の内容と通じるものがあると解されるところ,この問題は争点6にも含まれているので,ここでは両者について併せて検討することとする。

(ア) この点に関する都青少年条例の定めは,原判決の第1,1,オ及びカの記載のとおりであり,被控訴人は,自主規制団体が存する場合にはあらかじめその意見を聞いたうえで,次に都審議会の意見を聞かなければならない義務を負っているのであるから,被控訴人の独断で,不健全図書類の指定ができるというものではない。

(イ) 証拠(甲8の1ないし同8の4,甲24,甲25,甲72,甲73,甲76,甲77,乙43)によれば,被控訴人は,前記法令の定めに従って,不健全図書類の指定について,出版倫理協議会の意見を聞いたうえで,これについて同協議会の意見が分かれた場合には,都審議会に諮る前に,上記協議会で出された指定不相当の意見の要旨(理由)を都審議会のメンバーに対して説明しており,これについて都審議会のメンバーはそれぞれに自由な立場から指定すべきか否かについて意見を述べていることが認められ,被控訴人がことさら意図的に出版の事前規制を行わせるように都審議会の判断を誘導したり,これを操っている事実はまったく認めることができない。

(ウ) この点については,たしかに,原審証人P2によれば,現在の担当部署の人的状況から単行本まで手が回らないという実情にあることが認められるが,証拠(乙12,乙44ないし50)によれば,指定の数自体は少ないにしても,被控訴人が不健全図書類として単行本あるいは非雑誌であるムックを不健全図書類として指定している事実が認められる(付言するに,P4の平成12年11月27日付け陳述書(甲11)によれば,コンビニエンストアでは販売されていないムック(ゴー・ゴー・Windows(コアマガジン)」,「電脳キッズ(ワニマガジン社)」についても指定がなされたとの情報を収集している事実が認められる。)から,被控訴人が単行本を全く調査対象としていないということにはならず,控訴人の上記主張は,採用することができない。

(エ) 控訴人は,被控訴人が,出版倫理協議会による自主規制により,不健全図書類の指定を連続3回受けることが当該雑誌の廃刊につながる事実を十分に認識しつつ,それを前提として出版社に対し,次号以降の雑誌の内容を規制しているとして,この点が事前抑制禁止の原則に違反するものであると主張するが,証拠(乙22)によれば,都青少年条例は,原則的に出版業界の自主規制を尊重し,それと協働することにより青少年の健全育成目的を達成することを目していることが認められるから,控訴人が3回指定による事実上の廃刊が生ずることについて認識していること自体をもって不自然であるとは認められない。また,本件自主規制は,出版倫理協議会を構成する社団法人日本出版取次協会,社団法人日本書籍出版協会,社団法人日本雑誌協会及び日本出版物小売業組合連合会(現 日本書店商業組合連合会)が申し合わせたものであり,被控訴人が出版倫理協議会及びその会員を支配し,あるいはこれを被控訴人の影響下において自主規制を運用させているような事実を認めるに足りる証拠は存在せず,他に,ことさら被控訴人が指定図書を廃刊させることを意図して不健全図書類の指定を行っている事実を認めるに足りる証拠も存在しない。

イ 以上によれば,被控訴人による本件各指定が権限ゆ越や権限濫用に当たるものとは認められないから,控訴人の主張は採用できない。

(7)  憲法14条違反の成否について

ア 控訴人は,都青少年条例の不健全な図書類に対する規制が,他の道府県の規制に比して,漠然かつ不明確であり,大きな萎縮効果を生じさせるものであるから,憲法14条1項に違反する旨主張するが,そのような事実を認めるに足りる証拠はなく,控訴人のこの点の主張は,理由がない。

イ 控訴人は,有害ないし不健全な図書類の規制が各地域間で異なるのは不合理であると主張するが,憲法が各地方公共団体に条例制定権を認めている以上,各地域間で規制の程度に多少の差異が生じたとしても,それが青少年の健全な育成を阻害するおそれがある図書類を青少年の健全な育成を図る目的の下にどのような方法でどの程度規制するかに関する合目的的判断の範囲内にとどまるときは,その差異がそれ自体で憲法14条1項違反を構成することには至らないものと解されるところ,都青少年条例による不健全な図書類の規制がそのような合目的的判断の範囲を逸脱するものとは認められないから,控訴人の主張は,失当であり,理由がないことは明らかである。

(8)  上記(2)ないし(7)のとおり,争点2については,都青少年条例8条1項及び同9条の規定及び本件各指定は,憲法21条1項,憲法31条,憲法14条のいずれにも違反するものとは認められず,また,上記(6)で検討したように,被控訴人には,濫用的に指定権を行使したり,都審議会を支配して形骸化させたりする事実は認められないから,争点6における権限ゆ越又は権限濫用はいずれも認めることができず,これを理由に本件各指定の違法を主張する控訴人主張は採用できない。

4  争点3(本件各指定の都青少年条例の適合性)について

当裁判所も,本件各図書は,都青少年条例8条1項の定める不健全図書類に該当するものであり,また,都審議会の審議については,控訴人の主張するような形骸化は認められず,都青少年条例15条1項の違反は認められないと判断する。そのように判断する理由については,前記3,(2)及び(6)で各説示したほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3の3(原判決78頁14行目ないし同84頁22行目まで。ただし,原判決81頁18行目から25行目までを「したがって,本件各図書をそれぞれ一体として不健全図書として指定したことについては,都青少年条例の違反は認められない。」に改める。)であるから,これを引用する。

5  争点4(本件各指定の都行政手続条例の適合性)及び争点5(本件各指定における理由提示の有無)について

(1)  控訴人は,本件各指定は,不利益処分をしようとする場合には,行政庁は当該不利益処分の名あて人となるべき者について,意見陳述のための手続を執らなければならないとの都行政手続条例13条の規定が履践されていないから違法であると主張し(争点4),また,本件では,都青少年条例8条2項にいう理由の告示もおざなりであるのみならず,都行政手続条例14条は,不利益処分をする場合には,その理由を提示すべきことを定めているにもかかわらず,本件各指定は,理由の提示を欠いているから違法であると主張する(争点5)。これに対し,被控訴人は,指定の効力をすべての図書類販売業者等に同時に及ぼす一方で,その全員を確実に把握して同時期に個別の通知を到達させることが極めて困難であることから,特定の個人又は団体を名あて人として行わないものとした上,告示という方法により画一的に図書類販売業者等にこれを告知することとしたものであるから,名あて人は存在しないと主張する。この問題は,都行政手続条例が,「処分」を条例等に基づく行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいうと定義した上で,「不利益処分」を,行政庁が,条例等に基づき,特定の者を名あて人として,直接に,これに義務を課し,又はその権利を制限する処分をいうと定義していることに関連して,被控訴人は,本件各指定の対象は,当該不健全図書類であって,その発行者に対する処分ではないと主張し,控訴人は,いわゆる対物処分であっても名あて人は存在すると主張して対立しているところに現われているが,その要点は,本件各指定が「不利益処分」に該当するか,すなわち,控訴人が,本件各指定の名あて人として,直接に,義務が課され,又は権利の制限を受けていると認められるかどうかという点に帰着するものと解される。

(2)  そうしてみると,まず,本件各指定がされたことについては,東京都公報で告示されるところ,証拠(甲1の1ないし同4,乙3,乙4の1,乙6,乙7の1,乙9,乙10の1,乙12,乙13の1)によれば,同告示中に控訴人名が記されていることが認められ,さらに販売業者等に対するはがきによる通知とは別に,控訴人に対しては別書式による通知がなされていることが認められるから,そのような告示及び通知により,控訴人を名あて人として,本件各指定がされたものであるかの外観が生じているようにも見られないではない。

しかしながら,控訴人は,本件各指定により,直接,本件各図書を販売し,頒布し,又は貸し付けることが制限されるわけではないことは,既に述べたとおりである。たしかに,控訴人に対してなされた通知(甲1の1ないし同4)には「これらの図書類は,青少年(18歳未満の者)に販売し,頒布し,又は貸し付けてはなりません。これについて違反があった場合には,同条例第25条の規定により,30万円以下の罰金又は科料に処せられます。」との記載があることが認められるが,同通知は,控訴人が本件各指定に違反して青少年に対して本件各図書を販売等したことを原因として発されたものでないことは,同通知上の記載から明らかであるから,同通知が都青少年条例18条1項1号に基づく警告であるとは認められない。

したがって,同通知に条例上の根拠を求めるとすれば同条例8条3項に基づく関係者に対する周知措置の一環であると理解せざるを得ず,そうであるとすれば,本件各指定が,直接に,控訴人に義務を課し,又はその権利を制限する処分でないことは明らかであるといわねばならない。

このように,本件各指定を受けた控訴人が本件各図書を販売し,頒布し,又は貸し付けたとしても,それにより直ちに罰金等が科される仕組みとはなっていない(その意味で,本件は,平成8年宮崎県条例第27号による改正前の宮崎県における青少年の健全な育成に関する条例(昭和52年宮崎県条例第27号)が,知事の有害図書類の指定をした場合にその旨を告示するとともに,知事の指定に違反して指定図書類の販売行為等を行った販売業者等は20万円以下の罰金に処するとしていた(同条例29条4項1号,乙14)のと明らかに事案を異にするものである。)。本件では,本件各指定により当然刑事罰が科されるというものではなく,関係公務員により発される警告書に従わないで,さらに販売等をしたことにより刑事罰が科されることになることは,都青少年条例の規定上,明らかというべきである。

(3)  以上のほか,本件全証拠によるも,本件各指定が,本件各図書の発行者である控訴人に対して,直接に,義務を課し,又はその権利を制限することを認めることができないから,結局,本件各指定は,都行政手続条例にいう不利益処分に該当するものとは認められず,そうすると,本件各指定をするにつき控訴人に意見陳述のための手続を執るべきであったのにもかかわらずそれが履践されていない旨の控訴人の主張及び本件各指定は理由の提示を欠き,違法である旨の控訴人の主張は,いずれも,その前提が認められず,理由がないというべきである。

6  以上の認定判断によれば,控訴人の本件各請求は,いずれも理由がなく,棄却すべきである。

第8結論

よって,これと同旨の原判決は相当であり,本件控訴は,いずれも理由がないから,棄却し,控訴費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法67条1項,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 雛形要松 裁判官 山崎勉 裁判官 北澤純一)

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