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東京高等裁判所 平成15年(行コ)81号 判決 2003年9月24日

主文

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  本件附帯控訴を棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

主文1項,2項及び4項と同旨。

2  控訴の趣旨に対する答弁

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は,控訴人の負担とする。

3  附帯控訴の趣旨

(1)  原判決中被控訴人の控訴人に対する請求に係る敗訴部分を取り消す。

(2)  控訴人と被控訴人との間で,被控訴人の延滞税納付債務が存在しないことを確認する。

(3)  控訴人は,被控訴人に対し,78万0600円及びこれに対する平成10年12月23日から支払済みまで年7.3%の割合による金員を支払え。

(4)  訴訟費用は,第1,2審とも,控訴人の負担とする。

(5)  (3)につき仮執行の宣言

4  附帯控訴の趣旨に対する答弁

(1)  主文3項及び4項と同旨。

(2)  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第2事案の概要

本件事案は,被控訴人が,亡夫の遺産相続に伴う相続税申告をして更正を受けた後に,遺産分割審判の確定を理由として再更正を受けたが,その納付すべき相続税全額について法定納期限以降の延滞税が課されたことを不服として,被控訴人の取得した相続財産のうち法定相続分相当額については上記更正の時点から相続税法上の配偶者優遇措置の適用があったと同様に考慮すべきであり,その余の相続税増額部分については再更正請求時まで延滞税は発生しないなどと主張して,延滞税納付債務の不存在確認及び過誤納金の還付を求めたものである。そのほか事案の概要は,次のとおり訂正するほかは,原判決の事実及び理由欄の「第2 事案の概要」中の控訴人と被控訴人関係部分に記載のとおりであるから,これをここに引用する。

1  原判決5頁7行目の「前記3)」を「前記4)」に改め,同頁23行目の「相続税法51条2項2号ロ」を「相続税法(平成15年法律第8号による改正前のもの。以下同じ。)51条2項2号ロ」に改める。

2  原判決9頁17行目の「相続税」を「延滞税」に改める。

3  原判決11頁16行目の「原告が」から同25行目までを「被控訴人が納付すべき相続税の本税の額は892万2500円であり,延滞税の額は合計399万5500円であって,その合計額は1291万8000円となる。」に改める。

4  原判決12頁5行目の「被告国が」から同10行目の「上回っており」までを「控訴人が主張する延滞税額である1074万3200円と上記ア)に記載した正しい延滞税額である399万5500円との差額である674万7700円については延滞税の納付債務が存在しないものであり,また,上記イ)記載の納付済税額1370万6200円は,上記ア)記載の相続税本税額と延滞税額の合計1291万8000円を78万8200円上回っており」に改める。

第3当裁判所の判断

1  本件事案について

(1)  前記第2,1の前提事実等によれば,本件の事実関係は,以下のとおりである。

ア 被控訴人は,昭和63年11月2日付けで配偶者であった亡Aの遺産相続に伴う相続税の申告をし,この申告により納付すべき税額6786万0100円が確定した。その後,被控訴人は,平成元年2月12日付けで当初申告について更正の請求をし,本件更正によって納付すべき相続税額が4444万9700円に減額された。しかし,この段階においては,遺産分割協議が成立していなかったため,配偶者に対する軽減措置,いわゆる配偶者控除の適用は受けられなかった。

イ 平成9年10月22日に至り,亡Aの遺産分割審判が確定したことから,被控訴人は,平成10年2月13日付けで浅草税務署長に対し再更正の請求をし,同年4月28日付けで本件再更正の処分を受け,納付すべき税額が892万2500円に減額された。

被控訴人の税額が大幅に減額されたのは,本件再更正における被控訴人が取得する財産等に対する課税価格は2億0037万7000円であり,本件更正における課税価格1億7939万5000円より増額したものの,本件更正においては受けることができなかった配偶者に対する軽減措置を本件再更正においては受けることができたためであった。

ウ 被控訴人は,相続税を納付していなかったが,平成10年3月10日,相続税の支払として893万0600円を納付した。

エ 東京国税局長は,平成10年10月27日付けの書面で,被控訴人の相続税に係る延滞税につき133万2600円を免除した結果,免除後の延滞税額は1074万3200円となった旨の本件延滞税免除通知をした。この延滞税免除通知における延滞税額は,本件再更正によって減額された892万2500円の万未満の数字を切り捨てた892万円を基にして,昭和63年11月2日(法定納期限)から昭和64年1月2日(法定納期限の翌月から2か月後)までの61日間は年7.3%の割合,昭和64年1月3日から平成10年3月10日(相続税の納付日)までは年14.6%の割合によって計算した合計1207万5800円から免除額133万2600円を控除したものであり,延滞税の免除は,平成5年12月15日から平成7年12月31日までの間は本件土地建物の被控訴人の持分に対する本件差押えによって滞納された相続税の全額を徴収するために必要な財産につき差押えがされたものと認め(国税通則法63条5項),延滞税額の2分の1の範囲内でされたものであった。

(2)  本件の争点

被控訴人がなにがしかの延滞税を支払うべきことは当事者間に争いがないが,いつから,いかなる税額に対して延滞税が課せられるべきなのか,東京国税局長が一部の延滞税を免除しなかったことが違法といえるのかが争われている。

控訴人は,延滞税は当初の相続税の法定納期限から納付されるまで本件再更正によって減額された相続税額に対して課せられると主張するのに対し,被控訴人は,本件再更正は被控訴人の取得する財産の価額が増額したものの配偶者控除の規定が適用されたため結果的には税額が減額されているが,本来的には当初から配偶者控除の規定が適用されて当然の事案であるから,本件再更正は実質的には遺産分割審判が確定した結果被控訴人が取得する財産が増額したことを理由として,その増額部分について相続税を増額させる増額再更正とみるべきで,増額した相続税額に対しては相続税法51条2項2号ロの規定により延滞税は課されるべきではないと主張している。

また,延滞税の免除については,被控訴人は,延滞税の対象となるべき相続税額が381万9000円であることを前提として,本税と延滞税を合わせても,本件土地建物に対する差押えによって平成10年まで一貫して「滞納に係る国税の徴収に必要な財産につき差押え」がされていたものといえるから,平成8年以降についても延滞税の免除がされるべきであったと主張している。

2  延滞税の算定について

(1)  国税通則法29条は,更正又は再更正の効力について規定しているところ,その1項は,更正又は再更正で既に確定した納付税額を増加させるものは既に確定した納付税額に係る部分の国税についての納税義務に影響を及ぼさない旨を,その2項は,既に確定した納付すべき税額を減少させる更正又は再更正は,その更正等により減少した税額に係る部分以外の部分の国税についての納税義務に影響を及ぼさない旨をそれぞれ規定している。しかるところ,国税通則法がこのような規定を設けたのは,更正又は再更正によって増加した部分又は減少した部分以外の部分にも更正又は再更正の効力を及ぼすと,既に行われた納税のすべてが過誤納となったり,徴収処分がすべて無効となるなど種々の不合理な事柄が生起し,無用な混乱と紛争が起こることが予想されて妥当ではないことから,納税義務は,更正又は再更正の前後で別異のものとなるわけではないものの,更正又は再更正によって変更されなかった部分についてはなお従前のものを有効なものとして扱うのが相当との考えによるものと思われる。

(2)  これを本件についてみると,上記1の事実関係に照らすと,被控訴人の当初申告により被控訴人が納付すべき相続税額は6786万0100円と確定していたが,本件更正によって4444万9700円に減額され,さらに,本件再更正によって892万2500円に減額されたものである。そして,この二度にわたる税額の減額は,いずれも既に確定した税額を減少させる更正と再更正であるから,その効力については,いわゆる減額更正として,国税通則法29条2項の規定が適用されるものと解される。

したがって,当初申告による確定した相続税に関しては,本件更正と本件再更正とによって減少した税額に係る部分以外の国税,すなわち相続税892万2500円とこれに対する延滞税の納付義務に影響を及ぼさないと解するのが相当である。

(3)  これに対して,被控訴人は,前記のとおり,本件再更正は被控訴人の取得する財産の価額が増額したものの配偶者控除の規定が適用されたため結果的には税額が減額されているが,本来的には当初から配偶者控除の規定が適用されて当然の事案であるから,本件再更正は実質的には遺産分割審判が確定した結果被控訴人が取得する財産が増額したことを理由として,その増額部分について相続税を増額させる増額再更正とみるべきであり,増額した相続税額に対しては相続税法51条2項2号ロの規定により延滞税は課されるべきではないと主張している。そして,具体的には,本件更正時に配偶者控除の規定が適用されていればそれによる税額は本件再更正による税額よりも少ない381万9000円となるから,納付すべき税額を892万2500円とした本件再更正は,実質的には510万3500円の増額更正であり,この510万3500円の部分については法定納期限である昭和63年11月2日からの延滞税は課せられるべきではなく,延滞税の対象となるべき税額は381万9000円とすべきであると主張する。

しかしながら,更正又は再更正がいわゆる増額更正であるか,あるいは減額更正であるかは,その理由によってみるべきではなく,その結果が従前の納付すべき税額を増額させるものであるか,それともこれを減額させるものであるかによって判断すべきものと解するのが相当である。なぜなら,前記のように,国税通則法29条の規定は,更正又は再更正によって納付すべき税額が変わる場合であっても,無用の混乱と紛争を避けるため,できるだけ従前にされた納税や徴収処分を有効なものと扱う趣旨で設けられたものであると解されるのであり,そうであれば,更正又は再更正の理由によって従前の確定した税額の納付義務に影響を及ぼすのは相当ではないからである。したがって,取得する財産の価額が増加しても何らかの軽減措置の適用によって結果として納付すべき税額が変わらなければ,従前の税額についての納付義務は何ら影響されないし,更正又は再更正において軽減措置の適用を受けてもなお納付すべき税額が従前の額よりも増額すれば,軽減措置を適用せずに課せられた従前の税額に対する納付義務には何ら影響はないというべきである。

なお,前記の事実関係に照らせば,本件再更正の請求には,被控訴人の取得した財産の価額を増額させる部分と配偶者控除の適用により税額を減額させる部分とがあるということもできないではないが,取得する財産の価額が増加したからといってそこから直ちに税額が決定されるわけではなく,被控訴人の取得した財産の価額等を基に課税価格を算定し,その後に配偶者控除の規定を適用して最終的に税額を定めるものであって,本件再更正自体に税額を増額する部分があるわけではなく,確定していた従前の税額を減額する一つの更正処分があるにすぎない。本件再更正をもって実質的な増額更正であるとみることはできないというべきである。

したがって,本件再更正が増額更正であることを前提にして,相続税法51条2項2号ロの規定の適用をいう被控訴人の主張は,到底採用することができないというべきである。

2  延滞税の不免除の違法について

被控訴人は,国税通則法63条5項に基づく延滞税の免除が平成7年12月31日までの分についてしかされていないのは違法であり,平成10年3月10日までの分を免除の対象とするべきであると主張する。

しかし,国税通則法63条5項は,国税局長等は,滞納に係る国税の全額を徴収するために必要な財産につき差押えをした等の場合においては,その差押え等に係る国税の計算の基礎とする延滞税につき,その差押え等がされている期間のうち,当該国税の納期限の翌日から2月を経過する日後の期間に対応する部分の金額の2分の1に相当する金額を限度として,免除することができる旨を定めているところ,本件においては,平成8年1月1日以降の期間については国税局長等の免除決定はされていない。被控訴人の主張は,延滞税の対象となる相続税額が381万9000円であることを前提とするものであるところ,この前提が採用し得ないことは前記1のとおりである。この点をしばらく措くとしても,仮に免除をしないことが違法であるとしても,それゆえに当然に免除の効果が発生するわけではないから,免除をしないことが違法であるかどうかは,延滞税の額に影響を及ぼさないというべきである。

そうすると,この点に関する被控訴人の主張は,その余について判断するまでもなく,失当というほかはない。

3  被控訴人の延滞税額と過誤納金について

上記1によれば,東京国税局長が本件延滞税免除通知で示した延滞税の算定方法及び算定結果は正当であり,これによれば,被控訴人は平成10年3月10日現在1207万5800円の延滞税債務を負い,これが延滞税の一部免除により1074万3200円になったものというべきである。そして,前記前提事実等によれば,東京国税局長は,被控訴人が納付した893万0600円のうち相続税本税892万2500円を超過する8100円及び共同相続人であり被控訴人の相続税につき連帯納付義務を負う者に対する還付金合計477万5600円につき,いずれも本件の延滞税の支払に充当する処理をしたことが認められるから,被控訴人の延滞税の残額は595万9500円となったものといえる。これと異なる見解に立ってする被控訴人の延滞税額についての主張は,採用することができない。

したがって,共同相続人に対する還付金が被控訴人の延滞税に充当処理されたことによって被控訴人に過誤納金が発生したということはできないというべきである。

4  結論

以上の次第であるから,被控訴人は,控訴人に対して,現在595万9500円の延滞税納付債務を負っているというべきであるところ,被控訴人の本件請求のうち,延滞税納付債務の不存在確認を求める請求は,控訴人が主張するこの595万9500円の延滞税納付債務の不存在確認を求める趣旨と解されるから,すべて理由がないというべきである。また,被控訴人の本件請求のうち,過誤納金があることを前提とする金員請求も理由がない。

よって,控訴人の控訴に基づいて原判決中控訴人敗訴部分を取り消し,被控訴人の請求をいずれも棄却することとし,被控訴人の附帯控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 久保内卓亞 裁判官 大橋弘 裁判官 長谷川誠)

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