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東京高等裁判所 平成15年(行コ)9号 判決 2003年11月26日

控訴人

静岡県知事訴訟承継人

社会保険庁長官

真野章

指定代理人

新谷貴昭

外7名

被控訴人

X

訴訟代理人弁護士

家本誠

宮崎孝子

望月正人

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

主文と同じ。

第2  事案の概要

1  本件は,両網膜色素変性症により視野欠損率96.16パーセントとなり,障害基礎年金の支給を請求したのに対し静岡県知事から障害の状態が国民年金法施行令(以下「国年令」という。)別表2級15号に当たるとの裁定処分を受けた被控訴人が,静岡県知事の権限を承継した控訴人に対し,被控訴人の上記障害の状態は同別表1級9号に当たるのにこれを認定しない違法があるとして,上記裁定処分の取消しを求める事案である。原判決は,被控訴人の請求を認容して上記裁定処分を取り消したため,控訴人がこれを不服として控訴を申し立てた。

2  争いのない事実等(証拠を掲記しないものは,当事者間に争いがない。)

(1)  被控訴人は,平成2年9月6日,慶應義塾大学病院眼科佐賀正道医師(以下「佐賀医師」という。)により,両眼底に網膜色素変性症による視野障害があり,視野は輪状暗点と診断された(乙12)。

(2)  被控訴人は,同年10月24日,身体障害者福祉法施行規則第7条第3項による別表第5号身体障害者障害程度等級表(以下「身障者等級表」という。)の眼視野障害2級の身体障害者として認定され,静岡県から身体障害者手帳の交付を受けた(甲5)。

(3)  被控訴人は,平成8年6月28日,佐賀医師により,両眼に網膜色素変性症による進行性の視野障害があり,右裸眼視力0.2(矯正視力1.0P),左裸眼視力0.05(矯正視力0.8P)であり,両眼の視野欠損率は96.16パーセントとの診断を受けた(乙4)。

(4)  被控訴人は,同年9月30日,静岡県知事に対し,両網膜色素変性症により障害の状態にあるとして,国民年金法第30条の2第1項に基づき障害基礎年金の支給を請求(以下「本件支給請求」という。)したところ,静岡県知事は,平成9年2月14日,被控訴人に対し,上記支給請求日における被控訴人の両網膜色素変性症による障害の状態は,国年令別表に定める程度に該当しないとして,障害基礎年金を支給しない旨の処分をした。被控訴人は,上記処分を不服として,同年3月25日,静岡県社会保険審査官に対し,審査請求をした。

(5)  静岡県社会保険審査官は,同年8月25日,被控訴人に対し,上記処分は妥当であるとして,審査請求を棄却する旨の裁決をした。被控訴人は,その後,この裁決を不服として社会保険審査会に再審査請求をした。

(6)  静岡県知事は,被控訴人の障害の状態を調査の上,平成10年4月30日,被控訴人に対し,上記(4)の不支給処分を取り消して,国年令別表2級15号の障害基礎年金を支給する旨の変更処分(以下「本件処分」という。)をした。被控訴人は,更に本件処分を不服として,社会保険審査会に対し,同別表1級9号の障害基礎年金の支給を求めたが,社会保険審査会は,平成11年6月30日,本件処分は妥当であるとして,再審査請求を棄却する旨の裁決をした。

(7)  被控訴人は,平成13年11月16日,佐賀医師により,Ⅰ―2イソプターでの視野欠損率は100パーセント,矯正視力は右眼0.6,左眼0.6との診断を受けた(乙12)。

(8)  被控訴人は,平成13年11月21日,神奈川県相模原市役所国民年金課に対し,障害基礎年金の額の改定請求をした。相模原社会保険事務所長は,平成14年3月11日,被控訴人に対し,上記請求後の障害等級の認定結果が請求前と同じく国年令別表2級であるとして,上記障害基礎年金の額の改定をしないこととし,その旨の通知をした。被控訴人は,これを不服として,同年4月17日,神奈川県社会保険事務局社会保険審査官に対し,審査請求をしたが,同社会保険審査官は,同年5月28日,同審査請求を棄却する旨の決定をした(乙12,15ないし17)。

(9)  被控訴人は,上記決定を不服として,社会保険審査会に対して再審査請求をしたところ,社会保険審査会は,平成15年4月30日,上記障害基礎年金の額の改定請求時(平成13年11月21日)における被控訴人の障害の状態は,国年令別表1級9号に該当すると認めるのが相当であるとして,上記障害基礎年金の額の改定をしない旨の処分を取り消す旨の裁決をした(甲15)。

(10)  平成12年4月1日施行の地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律(平成11年法律第87号)第199条により,国民年金法第3条第2項のうち国民年金事業の事務の一部を「都道府県知事」に行わせることができる旨の規定が削除され,これに基づき,地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律の施行に伴う厚生省関係政令の整備等に関する政令(平成11年政令第393号)により国年令第1条第2号の障害基礎年金等の給付を受ける権利の裁定に関する事務を都道府県知事に委任する旨の規定が削除されたため,平成12年4月1日より,国民年金法の給付を受ける権利の裁定は,同法第16条の規定により社会保険庁長官が行うこととなった。

3  当事者の主張

(1)  被控訴人の主張

ア 国年令別表の障害の程度と身障者等級表の級別との関係について

身障者等級表は,2級の視覚障害として,「1 両眼の視力の和が0.02以上0.04以下のもの 2 両眼の視野がそれぞれ10度以内でかつ両眼による視野について視能率による損失率が95パーセント以上のもの」とする旨規定しているところ,上記のうち1は,「両眼の視力の和が0.04以下のもの」とする国年令別表1級1号に該当し,他の部位の障害についても,国年令別表の1級各号の多くが身障者等級表2級の障害と同程度と位置付けられていることからすれば,身障者等級表2級に該当すると認定された被控訴人の視野障害の状態は,当然に国年令別表1級9号と同程度の障害の状態であると判断されるべきであるから,被控訴人の障害の状態を同別表2級15号に該当するとした本件処分は,違法であるから取り消されるべきである。

イ 被控訴人の障害の状態について

仮に視野障害については個別具体的判断をするとしても,以下の事情からすれば,被控訴人の視覚によって得られる情報は,両眼の視力の和が0.04以下の者と同程度もしくはそれ以下であるから,被控訴人の視野障害の程度は,同別表1級9号に該当することが明らかであり,したがって,同別表2級15号に当たるとした本件処分は違法であるから取り消されるべきである。

(ア) 被控訴人の視野欠損率は96.16パーセントで,視野を水平に置いた場合,左右上下2度の幅しか視野がなく,左右の目の視野が重ならないため,小さな2つの穴を両目で見開いて覗いているかのようなものである。そのため一定の判読が可能であるとしても,対象に焦点を合わせることが極めて困難である。

(イ) 室内と異なり,状況が変化する屋外においては,目印となる物を特定することが困難であり,周りの気配等もその度毎に変化するため,一人での外出は不可能である。

(ウ) 上肢が不自由ではないことから食事に箸を使用することはできるが,視野が極めて限られることからテーブルの上の皿に気が付かないことや,皿の上の総菜を見落としたりすることも多い。

(エ) 視力障害の場合には,はっきりと見ることはできなくとも,ぼんやりと広い範囲で目の前の事態を認識することが可能であるのに対し,被控訴人のような視野障害の場合には,上下左右2度という極めて小さな視野の範囲内でしか,目の前の事態を認識することができないため,視野に入らない限り,全く危険を察知することができない。そのため,被控訴人は,平塚盲学校での寄宿舎生活においても,視力障害のある友人につかまって歩いている状態であった。

(オ) また,被控訴人は,上記盲学校においても,廊下で立ち話をしている生徒等に衝突したりすることがあったし,部屋の出入りについても,手を前に差し出して,障害物の有無を確認しながら歩行しなければならなかった。

(2)  控訴人の主張

ア 国年令別表の障害の程度と身障者等級表の級別との関係について

国民年金法の障害等級は,障害により生活の安定が損なわれるのを防止することを目的とする所得補償を決定するために設けられたものであるのに対し,身体障害者福祉法の障害等級は,身体障害者の自立と社会活動への参加を促進するため,身体障害者を援助し,必要に応じて保護するという同法の目的のために設けられたものであって,両者の障害認定の趣旨・目的が異なっているから,両者の障害等級の位置付けは必ずしも一致しなければならないものではなく,また,そもそも障害等級の区分数が両者では異なり,一方の一の障害等級が他方の一の障害等級に対応するという関係にはなっていない。したがって,身障者等級表2級の視覚障害に該当すれば,国年令別表1級に該当するというような対応関係は存しないから,被控訴人の主張は失当である。

イ 本件処分の適法性について

被控訴人の障害の状態について,国年令別表1級9号の「日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの」には該当しないが,同別表2級15号の「日常生活が著しい制限を受けるか,又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」には該当すると判断した本件処分は適正であることは,以下のことから明らかである。

(ア) 平成8年9月27日付けの診断書(乙4)によれば,被控訴人の同年6月28日における障害の状態は,右裸眼視力0.2(矯正視力1.0P),左裸眼視力0.05(矯正視力0.8P),両眼の視野欠損率は96.16パーセントであり,これを単純に障害等級に当てはめると,視力障害については障害の状態と評価する程度にはなく,視野障害は国年令別表に定める障害の状態には該当しない。

(イ) 被控訴人は,平成8年5月から8月までの間,マンションの管理人として稼働していたが,目が不自由であるとはいっても計器の点検などに影響はなく,マンションの中を移動中に段差につまずいたり,掃除をしても一部ゴミが残っていたりしたことはあるが,管理人としての執務は概ねきちんとこなすことができた。

(ウ) 被控訴人は,平塚盲学校に通学していた当時も隔週週末ごとに盲学校の寮と伊東市内の自宅を定期的に往復していた。

(エ) 被控訴人は,社会保険審査官に対して,平塚盲学校には一人で伊東から毎日通学しており,一度通ったことのある道路は気にならないで歩けるが,初めての道路は何があるか分からないため気を遣う,また,マンションの階段は普通の人と変わりなく歩いていた旨述べた。

(オ) 被控訴人は,慣れない環境下では介助が必要な場合があると考えられるが,室内を手すり,杖等は使用せず,自由に歩行できている様子である上,名刺の文字の判読は可能であり,限られた生活環境下では支障があるとは思われない。

(カ) 被控訴人の作成に係る本件訴状は,整然と細かい文字で書かれている。

(キ) 被控訴人は,原審口頭弁論期日においても,法廷で原告席に着席するに当たって特に介助を必要とする様子はなかったし,書証の確認も速やかに行うことが可能であった。また,平成13年9月21日の原審口頭弁論期日において,携帯電話が鳴るや否や,直ちに鞄の中からこれを探し出し,取り出して音を切る動作をし,原審口頭弁論期日の当日,静岡駅において駅従業員の手を借りることもなく一人で歩行していた。

(ク) 被控訴人は,最近においても,歩行するスピードは通常人とあまり変わりなく,特に周囲をきょろきょろするような素振りもない。青信号に変われば直ちに歩行を開始し,危険を感じている形跡は見受けられない。

(ケ) 行政訴訟は行政処分の事後審査であるから,違法性判断の基準時は処分時であると解されているから(最高裁判所昭和27年1月25日第二小法廷判決・民集6巻1号22頁),本件処分の違法性判断の基準時は,平成9年2月14日(当時は不支給処分。その後,平成10年4月30日に原処分を取り消し,2級に該当することを前提とする本件処分をした。)であるから,本件処分の違法性を判断するに当たっては,上記基準時以降の事情を考慮するべきではない。

第3  争点に対する当裁判所の判断

1  国民年金法第30条第2項は,障害基礎年金の障害等級につき,障害の程度に応じて重度のものから1級及び2級とし,各級の障害の状態は,政令で定めることとし,これに基づき,国年令第4条の7は,別表において各級の障害の状態を定めているところ,同別表は,視力障害の状態につき「両眼の視力の和が0.04以下のもの」を1級1号と,「両眼の視力の和が0.05以上0.08以下のもの」を2級1号と,それぞれ定めているが,他方,視野障害の状態については独立して障害の程度を定めていない。しかしながら,視野障害の状態が,同別表1級9号の「前各号に掲げるもののほか,身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって,日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの」,又は,同別表2級15号の「前各号に掲げるもののほか,身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって,日常生活が著しい制限を受けるか,又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」に該当する場合には,その程度に応じて障害基礎年金の支給の請求ができるというべきである。

2 被控訴人は,その視野障害の程度が身障者等級表に定める2級に該当すると認定されているから,当然に国年令別表1級9号に該当する旨主張するが,身障者等級表及び国年令別表が定める各障害等級はそれぞれ制度上の趣旨・目的を異にするものであるから,障害の程度もそれぞれ固有の基準に従い各別に判定されるべきものであって,被控訴人が主張するように,たまたま身障者等級表の2級に該当するとされている障害の状態が国年令別表に定める1級に該当する場合があるとしても,そのことから直ちに身障者等級表の2級に該当する場合は当然に国年令別表の1級に該当するということはできず,他に被控訴人の主張するような解釈を採用すべき法律上の根拠はない。したがって,被控訴人の視野障害が身障者等級表の2級に該当するとしてもこれが直ちに国年令別表の1級に該当するということはできない。

3  被控訴人の障害の状態について

(1)  「国民年金・厚生年金保険障害認定基準について(昭和61年3月31日庁保発第15号)」によれば,国年令別表・厚生年金保険法施行令別表第1に規定されている障害の状態の基本は,1級につき,「身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のものとする。この日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度とは,他人の介助を受けなければほとんど自分の用を弁ずることができない程度のものである」とし,また,2級につき,「身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が,日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のものとする。この日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度とは,必ずしも他人の助けを借りる必要はないが,日常生活は極めて困難で,労働により収入を得ることができない程度のものである。」としている。

また,「平成8年度国民年金障害認定審査医員会議における確認事項(平成9年12月社会保険庁指導課)」は,両眼の「視力障害と視野狭窄が併存する場合の障害認定については,同一部位における障害であるがこれを総合して認定して差支えないものであり,この場合に視力障害のみでは国民年金法別表に定める程度に該当しない者の障害の程度については,例えば両眼の視力の和が0.12以下でありかつ両眼の視野狭窄がそれぞれ5°以内である場合には同表2級に該当するものと認定して差支えない。」(昭和45年8月6日庁文発第1893号の2)として取り扱っているところであるが,視野狭窄について近年の医学的検査法の進歩に伴い,より生活実態を反映する趣旨で平成7年に身体障害者福祉法施行規則の一部改正が行われたことを考慮し,当分の間,請求人の日常生活状況等から「日常生活に著しい制限を受けるか,又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」に該当すると認められるものについては,2級に該当するものとして認定して差し支えないものとする。」としている(乙10)。

さらに,「国民年金・厚生年金保険障害認定基準の改正について(庁保発第12号平成14年3月15日)」においては,国年令別表・厚年令別表第1に規定されている1級及び2級の認定基準は,上記「国民年金・厚生年金保険障害認定基準について(昭和61年3月31日庁保発第15号)」のとおりであるが,視野障害のうち「身体の機能の障害が前各号と同程度以上と認められる状態であって,日常生活が著しい制限を受けるか,又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」とは,両眼の視野が5度以内のものをいうとしている(乙18)。

(2)  前記争いのない事実に甲14,15,乙4,6,14,19,20,21,23,24,28,原審における証人杉山裕保及び被控訴人本人の各供述並びに弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

ア 被控訴人は,平成8年6月28日,同医師の診察を受け,両眼に両網膜色素変性症による進行性の視野障害があり,右裸眼視力0.2(矯正視力1.0P),左裸眼視力0.05(矯正視力0.8P)であり,両眼視野欠損率は96.16パーセントとの診断を受けた。

イ 被控訴人は,平成8年5月1日から8月31日にかけて,○○マンションにおいて,マンションの共用部分の清掃,電球・蛍光灯の交換,鍵を預かった場合の受け渡し,宅配便の受け渡しなどを行う管理人として勤務していた。被控訴人は,採用時の面接においては杖もなく特に目が悪いようには見受けられず,計器の点検等には影響がなかったため管理人として採用されたものであるところ,目が悪いせいか段差につまずくことやゴミが残っていることはあったものの,特段の問題なく勤務しており,管理日誌も被控訴人が記入して滞りなく提出していた。

ウ 被控訴人は,平成9年4月に神奈川県立平塚盲学校に入学し,寄宿舎において生活していたところ,同寄宿舎は隔週の週末に閉鎖されるため,被控訴人は,同一方向に帰宅する生徒らとともに,伊東市内の自宅まで帰宅していた。

エ 被控訴人は,平成10年1月6日,被控訴人の指定した熱海市桜木町<番地略>××マンション128号室において,静岡県健康福祉部年金指導課業務調整官の杉山裕保(以下「杉山」という。)と面談した。この際,被控訴人は,杉山を上記部屋の玄関まで出迎え,同部屋の室内を手すりや杖等は使用せず自由に歩行できている様子であり,杉山が被控訴人に対して交付した名刺の文字も判読している様子であった。

オ 被控訴人は,平成8年9月30日付けの障害基礎年金の支給を請求する申立書(乙19),前記争いのない事実等(4),(5)記載の平成9年3月21日付け審査請求書(乙20)及び同年9月2日付け再審査請求書(乙21)を自筆により作成したのみならず,平成11年7月27日付けの本件訴状も自筆により作成した。

カ 被控訴人の現在の住居は,マンションの4階にあるが,エレベーターがないことから,歩行により階段を昇降しているが,マンションには,特に身体障害者用の設備が設置されていることはうかがわれない。また,現在の被控訴人の勤務場所と住居との間の距離は約150メートルであるが,被控訴人はこの間を一人で徒歩で通勤している。

キ 被控訴人は,平成13年11月16日,佐賀医師により,Ⅰ―2イソプターでの視野欠損率は100パーセント,矯正視力は右眼0.6,左眼0.6との診断を受けた。

ク 被控訴人は,平成13年11月21日,障害基礎年金の額の改定請求をしたが,改定をしないこととされたため,これを不服として審査請求をしたがこれを棄却されたことから,再審査請求をしたところ,社会保険審査会は,平成15年4月30日,上記障害基礎年金の額の改定請求時における被控訴人の障害の状態は,国年令別表1級9号に該当するとして上記障害基礎年金の額の改定をしない旨の処分を取り消す旨の裁決をした。

(3) 上記(1)及び(2)によれば,本件処分時(平成10年4月30日)における被控訴人の障害の状態をもって日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のものということはできず,上記障害は,国年令別表の2級15号に該当するにすぎないといわざるを得ないから,本件処分に被控訴人の主張するような違法事由があったと認めることはできない。なお,社会保険審査会は,上記のとおり,被控訴人の上記障害基礎年金の額の改定請求時(平成13年11月21日)における被控訴人の障害の状態は国年令別表1級9号に該当することを前提とする裁決をしているが,被控訴人の本件障害基礎年金の支給の請求をした時点から上記障害基礎年金の額の改定請求をした時点までに被控訴人の視野狭窄が進行していることは前記のとおりであり,被控訴人の視野障害の状態が本件処分時においても前記改定請求時のものと同程度であったことを認めるに足りる証拠はないから,上記改定請求時の障害の状態が国年令別表1級9号に該当するとしても,そのことから直ちに本件処分時における被控訴人の障害の状態も同様に国年令別表1級9号に該当するということも困難というほかない。

第4  結論

以上によれば,被控訴人の本件請求には理由がなく,これを認容した原判決は不当であるから,原判決を取り消して,被控訴人の本件請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条,民事訴訟法第67条第2項,第61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・濱野惺,裁判官・持本健司,裁判官・竹内努)

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