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東京高等裁判所 平成15年(行ス)41号 決定 2003年11月18日

抗告人 国

代理人 古川忠雄 信本努 佐藤昌永 ほか2名

相手方 株式会社プランニングキャンプジャパン

主文

原決定を取り消す。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨は、原判決を取り消し、相手方の文書提出命令の申立てを却下する旨の裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙に記載のとおりである。

第2判断

1  本件は、相手方が、本所税務署長を被告として提起した法人税更正処分取消等請求事件(基本事件)の審理において、「国税不服審判所における東裁(法)平12第26号審査請求申立事件について、Aの国税不服審判所長に対する答述の内容を記載した書面」(以下「本件文書」という。)につき文書提出命令の申立て(以下「本件申立て」という。)をしたところ、原審が抗告人(国)に対して本件文書の提出を命じたため、抗告人が抗告に及んだものである。

2  相手方は、本件文書の所持者は国税不服審判所であるとして本件申立てをし、原審は、国税不服審判所が本件文書を保有している事実を認めたが、本件文書の所持者は国(抗告人)であるとして、抗告人に対し本件文書の提出を命じた。その理由の要旨は、次のとおりである。すなわち、行政事件訴訟法7条によれば、行政事件訴訟における文書提出命令についても、民事訴訟法219条ないし225条の各規定の例によるべきことになるところ、民事訴訟においては、国の行政機関が保有する文書について文書提出命令の申立てがされた場合、申立てに係る文書の所持者は国と解されており、行政事件訴訟法にこれと異なって解すべき規定はないので、民事訴訟の場合と同様に解するのが相当というべきであるから、本件文書の所持者は国(抗告人)である、というのである。

3  しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

民事訴訟において国が訴訟の当事者である場合、国は権利義務の主体として訴訟の当事者となっているのであるから、国の行政機関が保有する文書につき文書提出命令の申立てをする場合には、訴訟の当事者である国が当該文書を所持するものとして、当事者である国に対して文書提出命令の申立てをすれば足りる(民事訴訟法220条4号ニも、「国が所持する文書」の概念を認めている。)。そして、文書の提出を命じられた相手方である国が文書提出命令に従わない場合には、当事者が文書提出命令に従わないものとして、民事訴訟法224条による制裁を受けるべきことになる。もっとも、国の行政機関が保有する文書につき訴訟の当事者である国に対して文書提出命令を発する場合でも、裁判所は、公務員の職務上の秘密に関する文書については、当該文書が民事訴訟法220条4号ロに掲げる文書に該当するかどうかについて当該監督官庁の意見を聴かなければならない(同法223条3項)から、当該文書を保有する具体的な行政機関及びその監督官庁を確定する必要があるが、そのことは上記規定に基づく手続上の要請であって、当事者である国が当該文書を所持するものとすることと矛盾するものではない。

これに対し、行政庁の処分の取消し等を求める行政訴訟(抗告訴訟)においては、訴訟の当事者(被告)は国でなく、当該処分の取消しを求められている行政庁であるから、民事訴訟において、訴訟の当事者である国に対して文書提出命令の申立てがあった場合と同様に解することはできない。すなわち、抗告訴訟においては、被告となった行政庁が所持する文書とそれ以外の国の行政機関が所持する文書は明確に区別することができるのみならず、国は訴訟の当事者ではないから、民事訴訟における場合と同様に、国の行政機関が保有する文書を当事者である国が所持するものとして、国に対して文書提出命令を発することはできない。また、抗告訴訟においては、行政庁の処分の適否が審判の対象であるから、当該行政庁以外の行政機関が文書提出命令に従わないからといって、当該行政庁が民事訴訟法224条による制裁を受けるのは、必ずしも妥当であるとは解されない。なお、抗告訴訟に関連請求として民事訴訟が併合されている場合には、文書提出命令の申立ての立証趣旨がいずれの訴訟に関するものであるかによって区別し、両訴訟に関連する場合には、行政庁(抗告訴訟の当事者)又は国(民事訴訟の当事者)のいずれか又は双方を文書の所持者として扱うのが相当である。

4  以上のとおりであるから、原決定には民事訴訟法220条等にいう「文書の所持者」の解釈を誤った違法があり、この趣旨をいう抗告理由は理由がある。

ところで、上記のとおり、相手方は、本件文書の所持者は国税不服審判所であるとして本件申立てをしているのであるから、本件申立て自体は不適法というべきものではない。ただし、本件申立てに対して被告は、本件文書の保管権限を有するのは国税不服審判所長であるから、本件文書の所持者は国税不服審判所長であり、また、国税不服審判所長に対して指揮監督権を有するのは国税庁長官であって、本件文書は公務員の職務上の秘密に関する文書であるから、監督官庁である国税庁長官の意見を聴かなければならない旨主張するところ、原審は国税庁長官の意見を聴いていない(原審は国税不服審判所長の意見を聴いたが、同所長は、監督官庁は国税庁長官であるから意見を述べる立場にないとして、意見を述べなかった。)。したがって、本件申立てについては、本件文書の所持者及び監督官庁の意見聴取の要否等について、更に審理を尽くす必要がある。

よって、原決定を取り消した上、本件を原審に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 大内俊身 小川浩 大野和明)

(別紙)

第1はじめに

本件の基本事件は、不動産の仲介業を営む相手方(原告)が、土地取引に関して受領した1億円全額が宅地建物取引業法46条1項に規定する報酬の額を超える報酬を受ける行為であり、平成8年改正前の租税特別措置法63条の2第2項1号の「超短期所有に係る土地の譲渡等」に該当するとして、本所税務署長(被告)において、いわゆる土地重課の対象としてした法人税更正処分に対し、1億円にはコンサルティング業務に対する報酬も含まれており、同条は適用されないなどと主張して、前記処分の取消しを求めた事案である。

相手方(原告)は、「国税不服審判所における東裁(法)平12第26号審査請求申立事件について、Aの国税不服審判所に対する答述の内容を記載した書面」(以下「本件文書」という。)につき、文書提出命令の申立てをしたところ、原決定は、申立人(国)に対し、本件文書の提出を命じる旨の判断をした。

しかしながら、原決定には、以下に述べるとおり、民事訴訟法(以下「法」という。)223条1項等に定める「文書の所持者」の解釈を誤り、文書の所持者ではない申立人(国)に本件文書の提出を命じ、また、監督官庁の意見聴取(法223条3項)も適法に実施されてないなど、手続に法令違反がある上、本件文書は、法220条4号ロに該当し、所持者に提出義務はなく、法221条2項に定める必要性もないのに、本件文書の提出を命じた点で判断を誤っている。

したがって、原決定は取り消されるべきであり、本件文書提出命令の申立ては速やかに却下されるべきである。

第2原審の手続の法令違反について

1 「文書の所持者」(法223条1項等)の解釈の誤りについて

(1)ア 原決定は、結論として、本件文書の所持者は国である旨の判断をしている(原決定書9ページ)。

しかし、行政庁を被告とする行政事件訴訟において、国の行政機関が保有する文書に対する文書提出命令の申立てがなされた場合の「文書の所持者」(法第223条第1項等)の解釈については、従来から見解の対立があったところであるが、文書の所持者は当該文書を所持する行政庁であると解するのが通説であり、実務もそのような立場で運用されている(改訂「行政事件訴訟の一般的問題に関する実務的研究」218ページ、門口正人ほか「民事証拠法大系」第4巻93ページなど。裁判例として、高松高等裁判所平成11年8月18日決定・判例時報1706号54ページ、大阪高等裁判所昭和62年3月18日決定・高裁民集40巻1号26ページなど)。

イ この点は、従来の通説及び実務のとおり、当該文書についての保管権限を持つ行政機関(行政庁)が文書の所持者であると解されるべきである。その理由は、基本事件の被告(以下「被告」という。)が、平成15年1月21日付け意見書<略>及び同年2月21日付け意見書<略>で述べているとおりであるが、これを簡潔にまとめると、<1>前記のとおり、通説及び従来の実務は、行政庁を被告とする行政事件訴訟において、文書の所持者を、当該文書を所持する行政庁であると解しており、これを変更する必要性は認められないこと、<2>文書の所持者を国とのみ記載した申立てがなされた場合、文書の存否の判断、送達先等について、困難な事態が生じ得ること、<3>法220条は、文書の所持者が有する当該文書の処分の自由を前提として、特定の場合にこれを制約するとの立場から規定されているものであるから、守秘義務がある事項が記載された文書や、法令により原則的に公開が禁止された文書について、法220条所定の文書提出義務を負う「文書の所持者」とは、当該文書の提出が守秘義務に違反するか否か、又は法令により許容されるものか否かを判断し、その提出の可否を決定する権限と責務を有する者、換言すれば、当該文書について処分権を有し、その閲覧に応ずべきか否かについての決定権限をもつ者と解すべきであること、などである。

(2) これに対し、原決定は、取消訴訟においても、この規定は、国の行政機関が保有する文書の場合、文書の所持者を行政機関(行政庁)ではなく、民事訴訟と同様に国と解することによって、監督官庁からの意見聴取手続の規定(法223条3項)を整合的に解することができるとする(原決定書9ページ8行目以下)。

しかし、原審裁判所は、平成15年4月18日付け求意見書<略>をもって、国税不服審判所長に対し、法223条3項に基づき、本件文書が法220条4号ロに該当するか否かについての監督官庁としての意見を求めているが、他方で、原決定は、国税不服審判所が本件文書を保有していることを認めている(原決定8ページ下から9行目など)。そうすると、原決定のように解すると、文書の保有者に対して監督官庁としての意見を求めていることになり、裁判所が公務員の職務上の秘密に該当するか否かを適正に判断することができるようにするために監督官庁に対する意見聴取手続の規定を設けた実益が失われることになる。

また、所持者を国と解した場合、抗告訴訟の当事者は行政庁であるところ、当事者以外の行政庁が文書提出命令に従わなかった場合の制裁規定として、法224条と225条のどちらが適用されるのか判断がつかなくなるという事態を招来する。

(3) さらに、原決定のように解すると、抗告訴訟において、被告となっている行政庁が所持する文書について文書提出命令が申し立てられた場合にも、所持者は国となるはずであり、国に対して第三者としての審尋をする必要がある上、決定の相手方も国になるものと思われる。

しかし、かかる場合に第三者審尋をすることは無駄であり、従来の実務においてもそのような手続は採られてこなかったと思われる上、決定の相手方を国とする扱いもされていなかったものである(後者に関する裁判例として、大阪高等裁判所昭和61年9月10日決定・判例時報1222号35ページなど)。

(4) したがって、行政庁を被告とする行政事件訴訟において、国の行政機関が保有する文書に対する文書提出命令の申立てがなされた場合の「文書の所持者」は、当該文書を所持する行政庁であると解するべきである。

これを本件についていえば、本件文書は、国税不服審判所(以下「審判所」という。)の国税審判官(以下「審判官」という。)が作成したAに対する質問調書であるところ、被告の平成15年4月9日付け意見書<略>の第1に記載されているとおり、本件文書の保管権限は国税不服審判所長(以下「審判所長」という。)にある。

(5) 以上のとおり、本件文書の所持者は審判所長であると解すべきであり、申立人(国)を本件文書の所持者とした原決定の判断は誤りである。

2 監督官庁として意見聴取がなされていない違法について

裁判所は、公務員の職務上の秘密に関する文書について同法220条4号に掲げる場合であることを文書の提出義務の原因とする文書提出命令の申立てがあった場合には、当該文書が同号ロに掲げる文書に該当するかどうかについて、当該監督官庁の意見を聴かなければならない(行政事件訴訟法7条、法223条3項)。

本件文書は、上記1のとおり審判所長が所持する文書であるところ、被告の平成15年4月9日付け意見書<略>の第2で述べているとおり、審判所は、国家行政組織法8条の3及び財務省設置法22条の規定に基づき、国税庁の特別の機関として設置されたものであり、国税庁長官は、財務大臣の承認を受けて審判所長を任命する(国税通則法78条2項)とともに、審判所長の指揮監督権を有している(国家行政組織法10条)から、国税庁長官が審判所長の監督官庁である。

したがって、原決定に当たっては、国税庁長官に対し、監督官庁としての意見を聴かなければならないところ、その手続が履践されていないから、原決定は、法223条3項の規定に違反しており、違法である。

第3法220条4号ロ該当性の判断の誤りについて

1 原決定は、本件文書が、法第220条第4号ロの提出義務除外文書に該当するものと認めることはできない旨の判断をしているが(原決定書11ないし12ページ)、この判断は、以下に述べるとおり誤りである。

2 「公務員の職務上の秘密に関する文書」の要件該当性について

(1) 原決定は、本件文書が公務員の職務上の秘密に関する文書である可能性は否定しないものの、この点についての明確な認定をしないまま「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ」について判断している(原決定12ページ)。

しかしながら、本件文書が法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密に関する文書」に該当することは明らかというべきである。

(2) すなわち、ここでいう「職務上の秘密」とは、いわゆる実質秘を意味し、非公知の事項であって、実質的にもそれを秘密として保護するに価すると認められるものとされている(ジュリスト1209号104ページなど)。そして、本件文書には、答述者であるAや相手方(原告)が関与した土地売買取引に関して、取引経過、取引関与者相互の関係、受領した報酬額等、その取引に関与した者のプライバシー、企業秘密等に係わる情報が含まれているから、「公務員の職務上の秘密に関する文書」に該当するものである。

また、審判所の質問調書の答述者が基本事件の訴訟において証人として質問調書に記載のある事項について証言した場合であっても、その事項に関連する質問調書上の答述内容すべてが、直ちに「秘密」に該当しなくなるわけではない。なぜなら、質問調書は、部外に漏らさないという信頼に基づいて参考人から得られた答述を記載した文書であり、答述者が訴訟において証言した事項に関連した事項が記載されていたとしても、審判所においていかなる答述をしたかという具体的な答述内容については、依然として「非公知の事項」であって「秘密」に当たると考えられるからである。加えて、本件文書には、訴訟における証人尋問の証言内容と同様の事項が記載されているほか、証人尋問では尋問も証言もされていない事項も含まれている。

これらの点からしても、本件文書が「公務員の職務上の秘密に関する文書」に当たることは明らかである。

3 「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ」の要件該当性について

原決定は、「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ」の要件該当性を否定するが、以下に述べるとおり、その判断は誤りである。

(1) 第一に、原決定は、「本件文書に記載された答述と同一の事項についてAが既に証人として証言している」(原決定書12ページ8行目以下)とした上で、「本件文書を提出することにより、国税不服審判所長の職権調査機能が阻害されることを理由として、国税不服審判所における公務の遂行に著しい支障を生じるおそれがあると認めることはできない」と結論付けている(同ページ13行目以下)。原決定の前記判断は、Aが、本件文書に記載された内容のすべてについて、証人として証言したことを前提としていると思われる。

しかしながら、前記のとおり、本件文書には、Aが証人として証言していない事項も記載されているのであって、原決定の判断の前提としている「本件文書に記載された答述と同一の事項についてAが既に証人として証言をしている」との事実評価自体が誤っている。

原審裁判所がどのような証拠に基づき上記のような事実認定をしたのか不明であるが、原決定がいう「同一の事項」が「申立人の平成6年2月1日から平成7年1月31日までの事業年度における法人税に係る更正処分等に関するもの」(原決定12ページ2行目から3行目)という漠然とした事項であるとしても、本件文書には、申立人の更正処分等には関わらない答述内容も含まれているのであって、Aが、本件文書に記載された事項のすべてについて証言をしているという原決定の認定は誤りである。

(2) 第二に、原決定は、Aが本件文書に記載された答述と同一の事項について既に証人として証言していることを前提として、本件文書が提出されることにより、「審判所において答述の内容をみだりに部外に漏らさないという参考人等の信頼が損なわれるとか、今後、審判所がこのような参考人等の信頼に基づいて答述を得ることが困難になるとは認め難い」としている(現決定書12ページ11行目以下)。

しかしながら、本件のような場合はもとより、仮に本件文書の記載事項とAが証人として証言した事項が同一であったとしても、「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ」がないとはいえないのであって、原決定には論理の飛躍があるといわざるを得ない。

すなわち、国税不服審判所の職権調査、審理(国税通則法97条)は、非公開の手続によって行われ、参考人は出頭義務がなく、不答弁又は虚偽答弁について刑罰の制裁を受けるだけであり、質問調書は、参考人が審判官の職権調査に応じ、部外に漏らさないという信頼に基づいて答述した内容を記載したものであって、当該審理に必要な限度において、参考人の協力を得て行われるものである。

これに対し、裁判所における証言は、証人義務(法第190条)に基づくもので、公開の場である法廷において、原則として出廷義務(法192条から194条)を課された証人が、偽証罪(刑法169条)の制裁のあることを警告され、宣誓の上(201条1項)、特定された事項について(法180条)尋問され、その尋問内容について、原則として証言義務(法200条)を負った状況下で実施されるものである。

このように裁判所における証言と審判官に対する答述は明らかにその性質を異にする。

したがって、質問調書に記載された答述と同一の事項について証人として証言していたとしても、そのことから直ちに審判所において答述した内容をみだりに部外に漏らさないという参考人等の信頼が害されないというものではない。現に、Aは、基本事件において証人として証言した後においても、「審判所の審理に協力して任意に話をしたことなので、その質問調書を審判所からむやみに部外に公開されることはおかしい」旨述べている(別添申述書)。

また、「今後、審判所がこのような参考人等の信頼に基づいて答述を得ることが困難になるとは認め難い」との原決定の判断には、それを支える何らの根拠も認められない。むしろ、原決定の論理によれば、審判官の調査に応じて答述した参考人は、後日裁判所に証人として呼び出されて答述と同一の事項について証言させられた上、裁判所の文書提出命令により審判所での答述内容も部外に公開されるということになるのであって、この論理が認められることになれば、審判所の調査に第三者が参考人として協力しなくなるおそれは大であり、仮に調査に応じたとしても、プライバシーに関わる事項や企業秘密など公開されたくない事実については、審判所の調査に応じる者がいなくなるといえる。このことは、質問調書について、審判所が任意に外部に公開したのではなく、裁判所の提出命令によって提出されることになったとしても、結局、審判所の調査に応じて答述した秘密が公開されるという結果は同じであり、参考人等にとっては、正にその結果こそが重大な意味を持つのであって、審判所で答述した内容が公開されるということになれば、今後、第三者が審判所の調査に参考人として協力することに無視できない萎縮効果が及ぶことになり、審判所に対して公開されたくない秘密は答述しないという動機付けが働くことには変わりがないのである。審判所の調査に応じて答述してもその内容が公開されることはないという信頼があったからこそ、これまで審判所の調査に多くの第三者が参考人として協力し、任意にプライバシーや企業秘密等に関わる事項についても答述し、その結果、迅速、適正な裁決が行われてきたのである。

参考人として調査に応じたAの別添申述書<略>の内容を見ると、答述者は、審判所の非公開の審理にのみ使用されるという高度の信頼に基づいて審判官の調査に任意に応じていることは明白であり、その質問調書を部外に公開することは、その信頼を損なうものであり、そして、更に今後、同様の立場にある第三者の協力を得られなくなる蓋然性が高くなることを意味するものである。

前記のとおり、現行法下の国税不服審判所の審理においては、手続が非公開で行われ、訴訟手続のように出頭義務等を負わせる規定はなく、参加人等の任意の協力に頼らざるを得ないところ、文書提出命令とはいえ、その内容が外部に開示されるおそれを理由に、今後、国税不服審判所が参考人等の答述を得られないことが容易に予想され、ひいては、国税不服審判所の調査機能を阻害することのみならず、形骸化することは明らかである。

したがって、原決定が、「本件文書が提出されることになったとしても、そのことにより、国税不服審判所において答述の内容をみだりに部外に漏らさないという参考人等の信頼が損なわれるとか、今後国税不服審判所がこのような参考人等の信頼に基づいて答述を得ることが困難になるとは認め難い」と判断していることは、審判所の職権調査を任意で受ける参考人等の心情を理解しない全く的外れの判断であって、それが誤りであることは明らかである。

(3) 第三に、原決定は、「本件文書について、第三者のプライバシー、企業秘密等に係わる情報が含まれていることから、公務員の職務上の秘密に関する文書に該当する可能性があるとしても、このような秘密等に係る情報を含む文書を提出することにより公共の利益を害し、または公務の遂行に著しい支障を生じることを認めるに足りる具体的な主張、立証はない」としている(原決定書12ページ下から10行目以下)。

しかしながら、審判所長は、平成15年5月9日付け「書面による審尋に対する陳述書」において「本件文書には第三者のプライバシー、企業秘密に係わる情報が含まれており、そのような情報を含む文書が審判所から部外に漏れ公開されるということ自体が、今後、審判所の職権調査に協力して、審判所の審理に必要なそのような秘密を含む情報の提供をする者がなくなる事態を招き、審判所の職権調査が著しく阻害されるから、審判所の公務の遂行に著しい支障を生じる」旨、具体的に主張しており、そのような支障を生じるおそれがあることは事柄の性質上明らかであるから、具体的な主張、立証がないということにはならない。

仮に、原決定が、個別具体的な秘密情報の内容を明らかにして、それによって生じる弊害を個別具体的に明らかにしなければ具体的な主張、立証がないという趣旨であれば、その主張、立証自体が公務員の守秘義務に抵触し、第三者のプライバシー侵害や企業秘密の漏えいによる損害発生を招き、公共の利益を害することにつながるものであって、およそ不可能を強いるものである。

なお、Aは、前記のとおり、基本事件において証人として証言した後においても、別添申述書<略>のとおり、「審判所の審理に協力して任意に話をしたことなので、その質問調書を審判所からむやみに部外に公開されることはおかしいことから、訴訟の証拠としての提出には同意しない」旨申述していることからすれば、参考人の質問調書をむやみに部外に公開すれば審判所の職権調査に協力が得られなくなることは容易に推認できるといえる。

(4) 以上のとおり、本件文書は、公務員の職務上の秘密に関する文書に該当し、その提出により公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあると認められるから、法220条4号ロに該当するものであり、これを否定した原決定の判断は誤りである。

4 本件文書提出命令の申立てにつき、法221条2項の必要性がないことについて

(1) 法221条2項は、同法220条4号を提出義務の原因とする文書提出命令の申立てにつき、文書提出命令の申立てによって文書を入手する必要性があることを要件としている。その趣旨は、文書提出命令が、挙証者の証拠提出に代えて、裁判所の命令により他人の証拠の提出を強いるものである以上は、まず挙証者が証拠の収集・提出に努めるべきであり、これが尽きた際に補充的に相手方に提出を命ずべきであるとの理由によるものであり(中野貞一郎ほか・新民事訴訟法講義〔補訂版〕275、276ページ)、証拠調べの必要性とは別に、文書提出命令によって当該文書の提出を求める必要性がなければならないとされているものである。

このような趣旨からすれば、同項にいう必要性は、挙証者と文書の所持者との公平を図るための要件と考えられるから、同法221条2項の必要性の要件を欠く場合とは、文書提出命令によって入手しようとする文書と同一内容の文書等を、文書提出命令の申立て以外の方法で容易に入手し得る場合、その他当該文書提出命令の申立てが、挙証者と文書の所持者との公平を害する場合をいうと解するべきである(門口正人ほか「民事証拠法大系」第4巻149ページ参照)。そうすると、以下に述べるとおり、本件文書提出命令の申立てにおいては、文書提出命令によるべき必要性は認められないというべきである。

(2) 相手方(原告)は、平成14年8月13日付け文書提出命令に関する反論書<略>及び平成15年5月23日付け文書提出命令に対する意見書<略>において、本件文書提出命令の申立ての必要性について主張しているが、その主張するところは、<1>本件文書の方が証言よりも記憶が新しいうちになされたものであるから信用性が高いこと、<2>審判所では証言と異なる供述をしていたのであるから、本件文書が証言の信用性の弾劾に不可欠であることの2点である。

しかも、相手方(原告)の主張によっても、本件文書につき文書提出命令によって提出を求めなければならない理由は明らかではない。

すなわち、基本事件において、Aに対する証人尋問(双方申請)がなされ、相手方(原告)は、本件文書の内容につき、Aの証人尋問において明らかにする機会が与えられたのであり、現に、相手方(原告)において、この点について十分な尋問を行っている。しかも、Aは、証人尋問において、証言内容と審判所での答述内容とが異なることをうかがわせるような証言は一切していない上、別添申述書<略>において、「基本的には審判所でお話したことも証言も内容は同じであると思っています」と申述しており、基本事件における証言内容は、審判所における答述内容と異なるものではないことが明らかとなっている。

(3) また、原決定は、Aが審判官に対し、「好日地所から仲介業務のみならず、コンサルティング業務も委託された旨答述していた可能性を否定することはできない」、「Aの供述に変遷が認められた場合、同人の証人尋問における供述の信用性には疑問が生じるのみならず、本件文書に記載された同人の答述の内容いかんによっては、この答述の方が信用性が高いと認められる可能性がないとはいえない」(原決定10ページ2行目以下)として、本件文書提出命令の申立ての必要性を肯定しているが、この判断によっても、文書提出命令によらなければならない必要性は明らかではない。

すなわち、前記のとおり、Aに対する証人尋問において、原告代理人からの質問に対してAが誠実に答えており、Aの国税不服審判所における答述の内容も含め、Aに対する尋問が十分になされている。加えて、その他の人証、書証の証拠調べも行われており、Aの証言の信用性についての判断資料は、既に十分提出されているのであって、相手方(原告)は、本件文書の内容について、Aに対する証人尋問によって十分知ることができたものである。

そもそも、基本事件においてAの証人尋問が行われた理由は、相手方(原告)が受領した1億円の趣旨が仲介手数料なのかコンサルティング業務の報酬なのかという点にあると推測されるところ、その趣旨を的確に認識しているのは金銭の授受の当事者であり、その当事者の供述が直接証拠となるのであって、Aの証言は、当事者の供述を補完する二次的な証拠にすぎない。そのA自身が証人として証言し、相手方(原告)側にはその証言の信用性を吟味する機会も十分与えられていたのであるから、より一層、本件文書を文書提出命令によって提出を求める必要性はないといえる。

(4) 原決定は、相手方(原告)に反証の機会を与えるため、あるいは訴訟における真実発見のための証拠収集の便宜に重点を置きすぎており、我が国の租税の賦課徴収にかかる紛争解決において審判所の果たしている機能、役割を軽視しており、その判断は挙証者と文書の所持者との公平を著しく欠くものである。

すなわち、我が国では、国税の賦課徴収処分の取消しを求める訴訟は、原則として異議申立て及び審査請求の二段階の不服申立てを経た後でなければ裁判所へ提起することができないこととされている。

これは、<1>税法が複雑かつ専門的であることから、行政庁の知識経験を活用して、訴訟に至らずに事件の解決が図られるのが好ましいこと、<2>国税に関する処分が大量かつ回帰的であること、<3>裁判所への濫訴を回避できること、<4>税務行政を統一的に運用させる役割をもたせること等の理由によるものである。

そして、訴訟と異なり、審査請求についての費用は無料であり、代理人の資格制限もなく、納税者にとって極めて利用しやすい制度となっており、昭和45年の審判所発足以来、21万件を超える審査請求がなされている。これに対し、審判所の裁決が行われた事件の大半が訴訟提起に至らずに解決しており、裁判所への濫訴を防止し、司法の機能を有効に活用するための訴訟外紛争処理機関としての役割を十分に果たしてきている。

このように、我が国において、審判所の果たしてきた重要な役割を今後も十分に果たさせるためには、審判所独自の調査審理機能を維持しなければならない。訴訟における真実発見が重要であることはいうまでもないが、審判所の審理に当たって収集した文書を無制限に訴訟に提出させることになれば、審判所の調査審理機能は大きく損なわれ、今後の審判所の審理は形骸化せざるをえず、訴訟外紛争処理機関としての機能も失われることになる。そのような事態に陥れば、訴訟は激増し、ひいては司法の機能不全を招来するおそれもあるのであって、その意味で公共の利益を害することにもなるのである。

(5) 以上のとおり、原決定は、本件文書提出命令の申立てにつき、文書提出命令の方法による必要性が認められないにもかかわらずこれを認容したものであって、取消しを免れない。

第4結論

以上のとおり、原決定には、行政事件訴訟において、国の行政機関が保有する文書に対する文書提出命令の申立てが行われた場合の当該文書の所持者の解釈を誤り、本件文書の所持者ではない国に提出を命じている点、また、法223条3項の手続に違反した点に違法がある。さらに、原決定には、本件文書が法220条4号ロの提出義務除外文書に該当しないとした判断及び法221条2項の必要性を肯定した判断も誤っている。

したがって、原決定は取り消されるべきであって、本件文書提出の申立ては速やかに却下されるべきである。

〔参考〕第1審 東京地裁 平成14年(行ク)第68号平成15年6月30日決定

主文

相手方は、国税不服審判所における東裁(法)平12第26号審査請求申立事件について、Aの国税不服審判所に対する答述の内容を記載した書面を提出せよ。

理由

第1本件申立ての趣旨

1 文書の表示

国税不服審判所における東裁(法)平12第26号審査請求申立事件について、Aの国税不服審判所長に対する答述の内容を記載した書面(以下「本件文書」という。)

2 文書の趣旨

上記文書は、Aが申立人の平成6年2月1日から平成7年1月31日までの事業年度における法人税に係る更正処分等に関して答述した内容を記載した文書である。

3 文書の所持者

4 証明すべき事実

申立人及びAが、有限会社好日地所(以下「好日地所」という。)から、<住所略>所在の土地27筆の売買の仲介業務とは別個に、上記各土地についての開発計画の企画・立案、土地価格の鑑定評価、開発に関する許認可の承継当についてのコンサルティング業務を受託する旨合意し、その報酬を土地売買代金の3パーセントと定めたうえ、Aが申立人の受領した1億円のうち5000万円をその報酬として受け取った事実

5 文書の提出義務の原因

民事訴訟法220条3号後段及び同条4号

第2申立人の主張及びこれに対する反論等

(申立人の主張)

1 本件文書が民事訴訟法220条3号後段の法律関係文書に該当すること

民事訴訟法220条3号後段に規定する「文書が・・・挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき」とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書だけでなく、その法律関係に関係のある事項、又はその法律関係の形成過程において作成された文書をも包含すると解すべきである。

そして、本件文書は、国税不服審判所が申立人による審査請求を受けて、当該請求の当否を判断し、裁決を行う過程で作成されたものであって、法律関係の生成の過程において作成されたということができるから、同号後段に定める、挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された文書に該当する。

なお、本件文書が法令上の作成義務のない文書であったとしても、そのことと、同号後段に定める法律関係文書に該当するか否かは次元の異なる問題であるし、本件文書は、Aが国税不服審判所の要請に応じてその知るところを答述したからこそ作成し得た文書であって、それを国税不服審判所の内部のみで作成した純粋な内部資料であるかのように解するのは誤りであるから、本件文書がいわゆる内部文書であって法律関係文書に該当しないということはできない。

2 本件文書が民事訴訟法220条4号本文に該当し、同号ロ規定の提出除外文書に該当しないこと

本件文書については、Aがその提出に同意しており、個人のプライバシーや企業秘密等の情報が含まれていることはないうえに、国税不服審判所に対する答述内容は、裁決書等に引用することを前提として聴取されるものであるから、本件文書を提出することにより、公務員の守秘義務に抵触することはなく、本件文書は、民事訴訟法220条4号ロに規定する「公務員の職務上の秘密に関する文書」として提出義務が除外される場合に該当しないというべきである。

また、仮に本件文書が「公務員の職務上の秘密に関する文書」に該当するとしても、その提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障をきたすおそれがないことは明らかであるから、本件文書は、いずれにしても同号ロに規定する提出除外文書に該当しないというべきである。

国税不服審判所に対して答述を行う参考人等としては、裁判所が課税処分の当否を判断する際に当該答述を使用することは、当然に予想されるところであるから、本件文書が証拠として提出されることによって、今後国税不服審判所の調査に協力する者がいなくなり、適正な審理、裁決が困難となることはあり得ない。むしろ、本件文書の提出を拒むことができるとすれば、国税不服審判所による恣意的な参考資料の取扱いが可能となることにより、裁判所が裁決の当否を検証することができなくなり、適正な審理、裁決手続が担保されなくなるというべきである。

3 本件申立ての必要性について

ア 本件文書は、申立人の国税不服審判所長に対する審査請求を受けて、担当審判官がAに質問した結果を記載した文書であり、本案事件の証人尋問よりも同人の記憶が新しいうちに作成されたものであるから、証人尋問における供述よりも記憶に忠実である可能性が高く、このことは、同人が証人尋問において、担当審判官等に対する答述時の記憶すら定かでない旨述べていることからも明らかである。

また、Aは、当初、被告の調査及び国税不服審判所に対する答述において、好日地所から委託された業務は、仲介業務のみならず、不動産評価業務等のコンサルティング業務を含んでいた旨供述していたが、好日地所の代表取締役であるBが、自らの独立後の重要な顧客となったことから、本案事件の証人尋問においては、今後のBとの関係を考慮し、かねてから申立人やAにコンサルティング業務を依頼したことはない旨述べていたBに迎合して、好日地所からコンサルティング業務を受託したことはなく、自分は申立人の仲介業務のコンサルティングを請け負ったのみであるなどと供述するに至ったものである。

このようなことに加え、証人尋問におけるAの供述内容に不合理な点があることに照らせば、本件文書に記載されたAの答述の方が、証人尋問における同人の供述よりも信用性が高いから、Aの正しい認識を明らかにするために、本件文書について、文書提出命令を行う必要があるというべきである。

イ さらに、Aは、本案事件の証人尋問において、好日地所から直接コンサルティング業務を委託された事実はない旨供述するが、当初は、税務署や国税不服審判所に対し、同社からコンサルティング業務を依頼された旨供述していたのであって、Aの証人尋問における供述は、同人が過去にこれと矛盾する供述をしていたことからすれば、その限りにおいて信用することはできない。

そして、Aが証人尋問において、明確な記憶がないなどとして当初の供述に関する証言を避ける以上、申立人がAの過去の供述を基にその証言の信用性を弾劾するには、本件申立てによるしかないことからも、本件文書について、文書提出命令を行う必要性が認められることは明らかである。

ウ 被告は、Aの答述内容を任意に提出できる立場にあるにもかかわらず、それを提出しようとしないところ、申立人が本件文書を証拠として使用できないとすれば、被告は自分に有利な証拠だけを提出して、不利な証拠を隠ぺいできることになり、著しく不公平な結果となるから、両当事者の証拠収集能力の不均衡を是正し、公平な裁判を実現するためにも、本件申立てが認められるべきである。

(被告及び国税不服審判所長の主張)

1 本件申立てを行う必要性がないこと

本件申立てに係る文書は、前記第1の1のとおりであるところ、Aに対しては、本案事件において既に証人尋問が実施されており、改めて同人の国税不服審判所に対する答述を記載した書面を証拠として取り調べる必要性はない。

これに対し、申立人は、Aが本案事件の証人尋問においてことさらBに迎合する供述に及んだものであることや、かつてAが証人尋問における供述と異なる供述をしており、証言の信用性を弾劾するために必要であることを理由に、本件文書の文書提出命令を行う必要性が認められる旨主張する。

しかしながら、Aが証人尋問において、虚偽の供述をしなければならない理由は見当たらないし、審査請求が行われた以上、Aの国税不服審判所に対する答述が、Aが独立して事業を始めた後に行われたことに照らせば、この答述においても、証人尋問における場合と同様に、Bに迎合した供述をした可能性があるといわざるを得ない。加えて、申立人は、本件申立てが必要であることの根拠として、Aが税務署や国税不服審判所に対する供述内容について明確な証言を避けていることを挙げるが、Aの証人尋問における供述についてそのような評価をすることはできないというべきである。

したがって、本件申立てを行う必要性に関する申立人の上記主張は失当である。

2 本件文書が法律関係文書に該当しないこと

民事訴訟法220条3号後段の法律関係文書とは、挙証者と所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書のみならず、その法律関係に関連のある事項を記載した文書を意味するが、専ら所持者ないし作成者の自己使用を目的として作成された文書(内部文書)は、その記載内容にかかわりなく、法律関係文書に該当しないと解される。

そして、行政過程で作成される文書のうち、法令により作成が義務付けられている文書は、当該文書を作成することが適正妥当な行政の執行に資するものであり、専ら自己使用を目的として作成された文書ということはできないが、そうでない文書は、上記の適正妥当な行政の執行という見地からは作成する必要がないものであるから、専ら自己使用を目的として作成されたものというべきである。

これを本件について見ると、本件文書は、国税不服審判所の担当審判官が、国税通則法97条1項1号に基づき、審理を行うために必要があるとして、参考人であるAに対して質問した結果を記載した文書であるところ、このような文書は、申立人と国税不服審判所長との間の法律関係自体又はその法律関係に関係のある事項を記載したものでないことは明らかであるし、本件文書は法令上作成が義務付けられていないうえ、あくまで国税不服審判所における審理、裁決を行うために内部的に作成されたものであるから、専ら自己使用を目的として作成、収集した文書にほかならないというべきである。

したがって、本件文書は、民事訴訟法220条3号後段の法律関係文書に該当しないといわざるを得ない。

3 本件文書が民事訴訟法220条4号ロの提出義務除外文書に該当すること

ア 国税不服審判所は、国税庁の特別の機関ではあるものの(財務省設置法22条)、納税者の正当な権利救済機関として、税務署長等の税務の執行部門から独立して、国税に関する法律に基づく処分についての審査請求に対する裁決を行う機関であるところ(国税通則法78条1項)、簡易迅速な手続による適正な裁決を行うため、その手続は非公開とされ、職権主義に基づき、国税審判官の合議体によって調査、審理及び議決が行われ、国税不服審判所長は、かかる議決に基づき裁決を行うこととされている(同法94条、98条)。

そして、国税不服審判所の担当審判官その他の職員は、審理を行うために必要があるときは、職権で、審査請求人、原処分庁又は参考人に質問することができ、また、それらの者の帳簿書類その他の物件につき、その提出を求め、それを留め置き、これを検査することができる(国税通則法97条1項、2項)。この職権調査によって得られる参考人の答述は、専ら国税不服審判所における非公開の審理のためだけに用い、みだりに部外に漏らさないという信頼に基づく答述者の協力の下に得られるものであって、通常、個人のプライバシー、企業秘密等の情報を含んでおり、国税不服審判所の職員は、この調査によって得られた情報について、国家公務員法100条1項による守秘義務を負うものである。

国税不服審判所の迅速かつ適正な審理、裁決は、これら参考人等の協力によって初めて可能となるのであるから、国税不服審判所の職員が調査の過程で得た参考人等の答述を記載した書面を訴訟において証拠として提出することとなれば、国税不服審判所は、参考人等の協力を得られなくなり、迅速かつ適正な審理、裁決は不可能となる。

イ 本件文書は、国税不服審判所の担当審判官が参考人であるAから答述を得た結果を記載した文書であり、国税不服審判所における非公開の審理のためだけに用い、みだりに部外に漏らさないという信頼に基づいて参考人から答述を得た結果であるところ、本件文書には、Aや第三者のプライバシー、企業秘密等に係わる情報が含まれており、これが公務員の職務上の秘密に該当することは明らかである。

そして、仮に、国税不服審判所が本件文書を部外に漏らすことになれば、今後、国税不服審判所の審理において、参考人等の答述を得ることは困難となり、国税不服審判所の職権調査機能は著しく阻害され、公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあることは明らかであり、ひいては、国税不服審判所制度の根幹を揺るがすことになりかねない。

したがって、本件文書は、民事訴訟法220条4号ロに規定する「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」に該当することが明らかである。

第3当裁判所の判断

1 弁論の全趣旨によれば、国税不服審判所が本件文書を保有していることが認められる。

まず、このように、行政庁を被告とする行政事件訴訟において、国の行政機関が保有する文書に対する文書提出命令の申立てが行われた場合における文書の所持者について検討する。

行政事件訴訟法7条は、「行政事件訴訟に関し、この法律に定めがない事項については、民事訴訟の例による」と規定していることから、行政事件訴訟における文書提出命令の申立てについても、民事訴訟法219条ないし225条の各規定の例によることとなるところ、これらの規定における「文書の所持者」の意義については、民事訴訟法は特段の定義規定をおいていない。そこで、民事訴訟においては、「所持者」についての通常の文言的理解に従って、例えば、国の行政機関が保有する文書に対する文書提出命令の申立てが行われた場合における文書の所持者は国と解されているところであるが、行政事件訴訟法においても、「所持者」について民事訴訟の場合と異なって解すべき旨の規定はおかれていないのであるから、文書の所持者については民事訴訟と同様に解することが相当というべきである。

そして、このことは、公務員の職務上の秘密に関する文書について民事訴訟法220条4号に掲げる場合であることを文書の提出義務とする文書提出命令の申立てがあった場合、当該文書が同号ロに掲げる文書に該当するかどうかについて当該監督官庁の意見を聴かなければならないとされているところ(同法223条3項)、取消訴訟においても、この規定は、国の行政機関が保有する文書の場合、文書の所持者を行政機関(行政庁)ではなく、民事訴訟と同様に国と解することによって整合的に解することができること、取消訴訟と当該処分又は裁決に関連する原状回復又は損害賠償に係る訴えとが併合されている場合(行政事件訴訟法13条1号)においても、当該文書提出命令の申立てに係る文書が専ら原状回復又は損害賠償に係る訴えの立証のためのものであるか否かによって、同一の文書についての「所持者」に差異が生じるような不自然な結果は生じないことからも、裏付けられるものというべきである。

したがって、本件文書の所持者は、国であると解するのが相当である。

2 本件申立ての必要性について

被告及び国税不服審判所長は、本案事件においてAに対する証人尋問が既に実施されていることから、国税不服審判所の担当審判官に対する同人の答述を記載した本件文書を証拠として取り調べる必要性がない旨主張する。

しかしながら、Aは、証人尋問において、好日地所からコンサルティング業務を受託したことはなく、申立人の仲介業務のコンサルティングを請け負ったにすぎない旨の供述をしているのに対し、申立人による審査請求の段階においては、国税不服審判所の担当審判官に対し、好日地所から仲介業務のみならず、コンサルティング業務も委託された旨答述していた可能性を否定することはできないところ、Aの供述に上記のような変遷が認められた場合、同人の証人尋問における供述の信用性には疑問の余地が生じるのみならず、本件文書に記載された同人の答述の内容いかんによっては、この答述の方が信用性が高いと認められる可能性がないとはいえない。

このようなことからすれば、申立人としては、Aの証人尋問における供述の信用性を弾劾し、同人の正しい認識を明らかにするために、本件文書について、文書提出命令を申し立てる必要性があるとの申立人の主張は理由があるというべきである。

3 本件文書が法律関係文書に該当するか否かについて

(1) 民事訴訟法220条3号後段が、文書提出義務が生じる場合として、「法律関係が記載されているとき」と定めるのではなく、「法律関係について作成されたとき」と規定していることに照らせば、同号後段の法律関係文書とは、当該文書が挙証者と文書の所持者との間の法律関係の発生、変更、消滅を基礎付け、又はこれを裏付ける事項を明らかにする目的の下に作成されたものであることを要すると解される。

したがって、これとは異なり、専ら自己使用を目的として作成された内部文書は、同号の法律関係文書には該当しないというべきである。

(2) そこで、本件文書について上記の点を検討すると、本件文書の作成を義務付けた法令の規定存在しないこと、本件文書は国税通則法96条2項その他の法令の規定により閲覧の対象となる文書に該当しないことにも照らせば、本件文書は、国税不服審判所において、申立人による審査請求に対する審理及び裁決を行う際の資料とするために、担当審判官が内部的に作成したものというべきであって、審査請求に対する審理及び判断手続の過程を対外的に明らかにしたり、これらの手続や審査請求に対する裁決の適法性、適正さを担保するために作成された文書ではなく、専ら国税不服審判所の内部において組織的利用に供する目的で作成された文書ということが相当である。

(3) したがって、本件文書は、民事訴訟法220条3号後段の法律関係文書に該当しないというべきである。

4 本件文書が民事訴訟法220条4号ロの提出義務除外文書に該当するか否かについて

(1) 申立人は、本件文書に係る文書の提出義務の原因として、民事訴訟法220条4号を掲げるところ、被告及び国税不服審判所長は、本件文書が同号ロに規定する「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」に該当することから、提出義務が除外される旨主張する。

(2) そこで検討するに、被告及び国税不服審判所長は、本件文書が民事訴訟法220条4号ロに規定する文書に該当する理由として、本件文書が、国税不服審判所の担当審判官が部外に漏らさないという信頼に基づいて参考人から得られた答述を記載した文書であり、参考人や第三者のプライバシー、企業秘密等に係わる情報を含むものであるから、本件文書を提出することとなれば、今後、国税不服審判所の審理において、参考人等の答述を得ることが困難となり、国税不服審判所長の職権調査機能が阻害され、公務の遂行に著しい支障を生じるおそれがある旨主張する。

この点について、申立人は、本件文書について、国税不服審判所の担当審判官に対して参考人として答述したA自身がこれを証拠として提出することに同意していることから、本件文書が同人のプライバシーに係わる情報を記載していることを理由に、公務員の職務上の秘密に関する文書に該当するものということはできない旨主張しているが、本件の全証拠等を検討しても、Aが本件文書を証拠として提出することに同意している事実を認めることはできないから、申立人の上記主張は理由がないといわざるを得ない。

しかしながら、本件文書に記載されているAの答述は、申立人の平成6年2月1日から平成7年1月31日までの事業年度における法人税に係る更正処分等に関するものであるところ、Aは、既にこれらの処分等の取消しを求める訴訟である本件において証人として出廷し、宣誓のうえで上記事項に関して証言を行ったものである(当裁判所に顕著な事実)。そうすると、仮に本件文書に記載された答述の内容に上記証言と異なる部分があったとしても、本件文書に記載された答述と同一の事項についてAが既に証人として証言をしている本件のような場合においては、裁判所の文書提出命令に従って本件文書が提出されることになったとしても、そのことにより、国税不服審判所において答述の内容をみだりに部外に漏らさないという参考人等の信頼が損なわれるとか、今後、国税不服審判所がこのような参考人等の信頼に基づいて答述を得ることが困難になるとは認め難いから、本件文書を提出することにより、国税不服審判所長の職権調査機能が阻害されることを理由として、国税不服審判所における公務の遂行に著しい支障を生じるおそれがあると認めることはできない。

さらに、本件文書について、第三者のプライバシー、企業秘密等に係わる情報が含まれていることから、公務員の職務上の秘密に関する文書に該当する可能性があるとしても、このような秘密等に係る情報を含む文書を提出することにより公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生じることを認めるに足りる具体的な主張、立証はない。

(3) したがって、本件文書は、民事訴訟法220条4号ロの提出義務除外文書に該当するものと認めることはできず、本件文書については、同号を原因とする提出義務を認めることができる。

5 結論

以上によれば、本件申立ては理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 市村陽典 森英明 丹羽敦子)

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