東京高等裁判所 平成15年(行タ)3号 決定 2003年4月25日
東京都千代田区<以下省略>
申立人
公正取引委員会
代表者委員長
竹島一彦
指定代理人
杉山幸成
同
冨本美知子
同
亀井愛子
徳島市<以下省略>
相手方
更生会社株式会社カンキョー管財人
Y
主文
申立人が平成13年9月12日にした審決(平成11年(判)第1号不当景品類及び不当表示防止法違反事件)について,相手方がその執行を免れるために供託した保証金の全額を没取する。
理由
1 申立の趣旨及び理由は,別紙1及び別紙2のとおりであり,それに対する相手方の意見等はない。
2 一件記録によると次の事実が認められる。
申立人が平成13年9月12日に被審人である相手方(なお,株式会社カンキョーの会社更生手続開始決定は平成11年3月1日である。)に対し行った審決を不服として,相手方が,同年10月12日,当裁判所に対し,審決取消請求訴訟を提起するとともに,同年11月3日,上記審決の確定までその執行を免除することを申し立て,同年12月14日,保証金として100万円を供託することによって上記執行を免れることができる旨の決定を得,平成14年1月4日上記保証金を供託した。
前記訴訟は,平成14年6月7日,請求棄却の判決があり,これに対し相手方は最高裁判所に上告したが,同年11月22日,上告棄却の決定があり,前記審決は確定した。
3 以上のような本件訴訟の経過,本件訴訟における相手方の主張内容,審決後その確定までに経過した期間,保証金の額等諸般の事情について,違反行為の速やかな排除という公益上の要請と審決の執行による回復困難な損害の回避という相手方(被審人)の利益保護の要請との調和を図り,安易な執行免除の申立てを抑制しようとする制度目的に照らし考慮すると,本件については,保証金全部を没取するのを可とすべきである。
4 株式会社カンキョーについては平成11年3月1日に会社更生手続開始決定を受けているが,保証金は,本件訴訟を追行するうえで審決の執行による回復困難な損害を回避するという更生会社の利益を保護するためにやむを得ない費用と認められるので,前記保証金全部の没取に関しては,平成14年法律第154号による改正前の会社更生法208条8号の「会社のために支出すべきやむを得ない費用」の弁済に準ずるものであるから,更生手続によらないで共益債権として処理できるものと解するのが相当である。
よって,本件保証金100万円全額を没取することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 納谷肇 裁判官 小川浩 裁判官 大野和明 裁判官 任介辰哉)
別紙1
申立ての趣旨
申立人が平成13年9月12日にした審決(平成11年(判)第1号不当景品類及び不当表示防止法違反事件)につき,相手方がその執行を免れるために供託した保証金の全額を没取するとの裁判を求める。
理由
1 相手方は,申立人である公正取引委員会が平成11年(判)第1号事件について平成13年9月12日に行った審決を不服として,平成13年10月12日,東京高等裁判所に対し,右審決取消請求の訴えを提起するとともに,その執行を免れるため,平成14年1月4日,同裁判所の定める保証金として金100万円を供託した。その後,平成14年6月7日に請求棄却の判決が言渡され,相手方が同年6月21日に上告を提起し,上告受理の申立てを行ったが,同年11月22日,上告を棄却し,上告を受理しない旨の決定がされたので,右審決は確定した。
2 本件審決の対象とされた行為は,不当景品類及び不当表示防止法第4条第1号に違反する行為であるところ,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)第8章第2節(手続)の適用について,前記違反行為は,同法第19条に違反する行為とみなされている(不当景品類及び不当表示防止法第7条第1項)ので,本件については,独占禁止法第8章第2節(手続)が適用されることになる。当委員会の審決は,独占禁止法第58条に規定されているとおり,審決書謄本が被審人に到達したときにその効力を生じ,確定前においてもその執行力を有するものであり,その効力は同法第97条の規定に基づく審決違反に対する過料により担保されているが,これは,同審決の命ずる被審人の違反行為を排除する措置はその性質上迅速に実現されるべきであるとの公益上の要請があるからである。他方において,右審決が被審人からの取消請求訴訟の結果取り消されることがあり,この場合には長期間経過後に審決が取り消されても既に審決の内容に拘束されていた被審人にとって原状を回復することは極めて困難であるか又は不可能であることが予想される。そこで,これらを調整するため同法第62条第1項の規定によって供託による執行免除制度が設けられているものである。したがって,審決が確定した場合には,特段の事情がない限り,同法第63条の規定に基づき保証金の全部を没取することが制度の目的に合致する。
けだし,もし保証金を没取しないということになれば,審決取消請求訴訟の経過いかんにかかわらず,相手方は審決確定まで審決の執行を免れるという利益を受けるばかりか,保証金の返還をも受け得ることとなり,不当に利益を受ける結果となって,安易な執行免除の申立てを防止することができなくなるからである。
本件の場合,本案について相手方の請求を棄却する旨の判決が言い渡されこれが確定したのであり,結果として相手方は理由のない審決執行免除の申立てをしたと同じことになったのであり,また,本件について保証金の全部又は一部について返還を認めるべき特別の事情も見当たらないので,その全部を没取すべきである。
別紙2
1 供託された保証金の没取の性格について
(1) 独占禁止法第63条の保証金の没取の性格については,「(審決取消訴訟の)請求に理由がないのに・・・執行免除を得させることは望ましくないので,同(独占禁止)法第63条の規定により,・・・審決の全部又は一部が確定したときは,その確定された内容に応じて,右保証金又は有価証券の全部又は一部を没取することができることとして,安易な執行免除の申立を牽制しているものと解される」(東京高裁昭和50年10月2日決定)とされており,供託させる目的は安易な執行免除の申立てを牽制することにあると解されている。
(2) 「そもそも審決が命じる被審人の違法行為を排除する措置は,その性質上迅速に実現されることが公益上の要請というべきであり」(前記東京高裁決定),波及性,昂進性が高く,したがって迅速な対応が何にもまして必要とされる違反行為類型である不当表示に対しては,なおさらそのような要請が強いと解せられる。このような迅速な違反行為排除という強い公益上の要請があるにもかかわらず,保証金を供託せしめることによりあえてその執行を免除するのであるから,保証金没取は公益実現の代償措置たる性格をも有するものと解せられる。
2 本件保証金が会社更生法上の共益債権(同法208条)に該当することについて
(1) 共益債権は,「更生手続開始後の原因に基づいて生じるのを原則とする」(兼子・三ヶ月「条解会社更生法」下306頁)とされている。本件では,株式会社カンキョーの会社更生法に基づく更生手続開始決定が平成11年3月1日に,また,同法に基づく更生計画認可決定が平成13年7月2日に,いずれも横浜地方裁判所によって行われている。他方で,本件供託を行う実体上の原因となった公正取引委員会の審判審決自体は平成13年9月12日に行われている。また,保証金の供託は平成13年12月14日の東京高裁による執行免除決定を受けて,翌平成14年1月4日に行われている。したがって,いずれの時点をとっても更生手続開始決定後であることは明白である。よって裁判所が,本件保証金を没取することは,更生手続開始後の原因に基づくものであり,共益債権としての前提条件を満たすものである。
(2) 次いで,共益債権と認められるためには,会社更生法208条各号のいずれかに該当する必要があるが,本件保証金は,更生手続開始後の各種租税債権等と同様,更生手続開始後,その事業活動継続に伴って支出(供託)された費用である。本件保証金は租税債権と同様公法上の義務の履行の一環として支出されるものであり,他方では,「全社一丸となって必死に信用回復のための諸施策を実施している最中にあって」,「致命的な打撃を蒙る」(平成13年11月2日,カンキョーによる「審決の執行免除の申立書」)という事態を回避し事業活動の継続そのものを目的として支出されたという意味においては租税債権以上に事業活動継続に必要不可欠の費用であったとも言い得る。一般に,租税債権は「更生手続開始後の会社の事業の経営・・・に関する費用」(208条第2号)に該当するとされている(兼子・三ケ月「条解会社更生法」下307頁)が,そうであれば,本件保証金供託も本号に規定する費用に該当すると考えられる。
(3) 仮に,本件供託金が会社更生法第208条第2号に該当しないとしても,以下のとおり,同法第5号又は第8号のいずれかに該当することは疑いがない。
ア 第5号には,「会社の業務・・・に関し,管財人が・・・更生手続開始後に権限に基づいてした資金の借入れその他の行為によって生じた請求権」とあるが,「その他の行為」について,「売買,賃貸借,雇用,請負,委任,運送,寄託,保険,手形行為等に基づく相手方の請求権は本号によって共益債権となる」(兼子・三ヶ月「条解会社更生法」下313頁)と解されている。保証金の供託は金銭の寄託たる性質を有しており,上記諸掲の法律行為に該当することは明らかであるので,この第5号にも該当するものと解せられる。
イ 念のため付言すれば,万が一,本件保証金の性質が以上のいずれの条項にも該当しないとしても,更生手続開始後に科せられた罰金や租税等について,「(更生手続)開始後も事業の経営等が行われ,一般人と同じ形で社会生活を営むのが常態である故,それに伴って刑事制裁として罰金等の請求権が新しく発生することもありうるが,それは共益債権として支出されてしかるべきものである(208条8号)」(罰金について兼子・三ヶ月「条解会社更生法」中476頁,租税について478頁)と考えられており,この理は本件保証金についても同様であると解せられる。したがって,208条8号の「会社のために支出すべきやむを得ない費用で,前各号に掲げるもの以外のもの」に該当するものと解せられる。
(4) なお,カンキョーは平成14年11月22日の最高裁による上告棄却により確定した同社に対する審決を執行するために,日刊新聞紙上に一般消費者の誤認を排除することを目的として訂正広告を掲載しており(疎甲第1,第2号証),そのために必要な費用(毎日新聞及び産経新聞の2紙の広告代が合計約300万円程度と見込まれる。)も横浜地方裁判所との間で何らの問題もなく支出している。本件保証金没取請求権も,上記判決が確定した時点でそれに基づき発生しているものと解せられることから(前記東京高裁決定参照),これだけを別異に扱う理由はない。
3 結論
以上のとおり,本件保証金は共益債権たる性格を十分に備えているものであって,一般更生債権又は劣後債権に該当しないことは明らかである。したがって,たとえ会社更生手続中の会社であっても,本件保証金を没取し国庫に帰属せしめることは可能である。
むしろ保証金が公益実現の代償措置であることからすれば,積極的に没取を行うべきであると解せられる。すなわち,仮に,本件において保証金を没取しないということになれば,安易な執行免除の申立てを牽制することができなくなり,前記のような公益上の要請を満たせないばかりか,相手方は審決確定までの審決の執行を免れるという利益を受け,かつ代償措置として供託された保証金の返還をも受け得ることとなり,不当に利益を受ける結果となる。