東京高等裁判所 平成16年(う)987号 判決 2004年9月22日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中130日を原判決の本刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、事実誤認及び量刑不当の主張である。
第1 事実誤認の主張について
1 所論は、要するに、本件被害者を殺害したとされる具体的状況は、被告人が原審第6回公判以降に述べたとおりであって(以下、「被告人の変更後の供述」ということがある。)、本件共犯者Aの会社である「誠興社」から殺害現場とされる場所までの間、粘着テープを用いて被害者の目及び口を塞ぎ、両手足を縛って拘束したという事実はなく、被害者は、当該現場に到着した後、同じく本件共犯者のBが「顔を見られたからしょうがない。」旨発言したのを聞き、危険を察知して乗っていた自動車から飛び出し、自ら崖の方向に逃げて落下したのであり、逃げ出した被害者に向けて、B又はAがけん銃を一発発射したが、これが被害者に当たったかどうかは被告人にはわからないのであり、被害者の頸部をロープで締め付けて死亡させたという事実はないから、主に、捜査段階及び原審第5回公判までの被告人の供述(以下、併せて「被告人の自白」ということがある。)に依拠して罪となるべき事実を認定した原判決には事実誤認がある、というのである。
そこで検討するに、原判決挙示の関係証拠によれば、原判示の各事実を認めることができ、原判決が「事実認定等の補足説明」の項(以下、「補足説明」という。)において認定説示するところも是認することができる。原判決に所論のいう事実誤認を認めることはできない。すなわち、被告人の捜査段階における供述は、犯行状況等の細部までにわたる具体的かつ詳細なものであり、場面場面における自分自身の心理状態等についても述べるなど迫真性に富んでおり、その内容自体に不自然、不合理な点は認められないこと、Bの指示で被害者の頸部に巻き付けたロープを引いたことなど自己の刑責に決定的に不利な事実を認める一方、その直前までBらが被害者を殺害する意図であったことを知らなかったことや、Bからけん銃を渡されることを拒んだことなど自分に有利な事実についても述べており、犯行状況の核心部分についてはAの捜査段階における供述とも合致していて、互いに補強し合う関係にあること、また、被告人は、原審第5回公判までは、捜査段階の供述とほぼ同じ内容の供述を維持しており、本件殺人及び死体遺棄に関与した事実を認める理由に関して、自分がやったことは自分で責任をとらなければならないと思って全部本当のことを言っている、せめて自分くらいは本当のことを言わなければ被害者も浮かばれないなどと納得できる供述をしていることなどからすると、その自白には高度の信用性を認めることができる。これにAの捜査段階における供述、その他これらを裏付ける関係証拠を総合すると、原判示の各事実を認めることができるというべきである。
2 所論にかんがみ、以下において補足して説明する。
(1) 所論は、以下のとおり、被告人の自白には信用性がないと主張する。すなわち、<1>被告人らが被害者を粘着テープで緊縛したとする「誠興社」の敷地内は、側道から見渡せるような場所であり、そのような所で被害者を拘束することは不自然であるし、その必要性があったともいえない。また、被害者の殺害後に粘着テープをはがしたというのは不自然であり、そのような事実があるならば、被告人はその際の被害者の様子を間近に観察できたはずであるのに、そのような供述をしていないのも不自然である。<2>被害者の頸部をロープで絞めた事実は、被告人らにとって極めて印象的な場面であるにもかかわらず、その点に関する被告人とAの供述には食い違いがあり、その信用性には疑問を持たざるを得ない。また、Bはけん銃を調達していたのであるから、最初からけん銃を用いて殺害行為に及ばなかったというのは不自然極まりなく、けん銃を持っていながらロープまで準備し、被告人らにけん銃を差し出したところ拒絶されたためにロープで絞殺しようとするのはあまりにも唐突で不自然であるし、被告人の供述するロープの引っ張り方も不自然である。以上のような被告人の自白の不自然さは、被害者を粘着テープで緊縛した事実及び同人の頸部をロープで絞めた事実がいずれも存在しなかったからである、というのある。
なお、所論は、身長178センチメートル、体重65キログラムの被害者の遺体をシートに乗せたまま揺すって勢いをつけるのは不可能であり、遺体を約45度の斜面に立っている木の枝にひっかけるためには、相当の高さまで投げ上げる必要があり、シートに乗せた状態ではできるはずがないから、死体遺棄に関する自白は信用できない、ともいうが、被告人及びAはいずれも、捜査段階で、被害者の遺体がひっかかった木の枝の位置が遺体を投棄した道路よりも下であったという趣旨の供述をしており(乙11、甲105)、相当な高さまで投げ上げる必要があるという所論は誤解であり、明らかに前提を欠いており失当である。大人2人がかりであれば、被害者の遺体を崖下に投棄することはもとより可能であり、本件遺棄行為の態様が不可能とはいえない。
ア 所論<1>の点について
関係証拠によれば、本件犯行に実行犯として関わった被告人、A及びBの3名のうちで主犯格ともいえるBは、当初から被害者を殺害する意図の下に被害者を拉致するに至っているのであるから、誠興社において車を乗り換える際、そのBの意向が暗黙のうちに働いて、被害者を粘着テープで緊縛することになったとしても不自然ではないし、その場合に被害者を緊縛する必要性は、それまでの被害者の態度とは何ら関連しないことである。被告人自身、捜査段階では、被害者をテープで縛る必要性に疑問を持ちながらも、「なるほど、今までは抵抗しなかったけど、何かの原因で暴れ出したりするとまずいし、それに、やはり騒がれたり、あるいは周りの様子を見られて、どこに拉致されているのか分かってもらってはまずいのかな、という意識だった」旨供述しているのである(乙6)。また、関係証拠(甲66、67)により認められる誠興社の地理的位置や敷地内の状況、犯行の時間帯などからすると、同所が被害者を緊縛する場所としてふさわしくないなどとはいえない。被告人も、捜査段階で、犯行後に誠興社に戻った際、敷地内でけん銃が暴発する音を聞いたことに関連して、誠興社はゴミの山に囲まれているし、人通りもないようなところなので特に心配しなかった旨述べているところである(乙13)。
次に、被告人は、被害者の体を緊縛していた粘着テープをその殺害後にはがした理由について、被害者を粘着テープで巻いたまま捨てるというのは気の毒だという思いがあった上、粘着テープを巻いたのは自分であり、しかも素手であったため、粘着テープには自分の指紋が残っているはずだったので、そのような状態で死体が発見されれば自らの犯行が直ちに発覚することを恐れたからである旨十分納得できる供述をしており(乙10、原審第2回)、すなわち被告人にとっては一種の証拠隠滅行為でもあったというのであるから、むしろ被害者の殺害にまで加担してしまった者の行動として合理的であるとさえいえる。なお、被告人が死体に何らかの証拠が残ることを懸念していたことは、被害者に対してけん銃を発射したBに対し、「死んでんのに何でそんなことすんだよ。弾が残るぞ。」と言った旨の供述(乙9、原審第2回)からもうかがわれるところである。粘着テープをはがした際の状況に関する被告人の自白が出血の有無など被害者の様子の詳細までには及んでいないことは、所論指摘のとおりであるが、被告人は、本件殺害現場の明るさについて、真っ暗ではなく、立っている位置などによって差はあるが、互いに5メートルほど離れた距離であれば顔の識別くらいはつく感じで、それ以上離れるとぼやけてしまう、周囲に街灯などがあったという記憶はなく、おそらく月明かりがあったと思う旨供述しており(乙11)、そのような暗がりの中で、突如被害者殺害に加担することになり、その後、Bから遺体を捨てるよう指示され、せかされながらも、自己の犯行の証跡を残さないために粘着テープをはがしているという状況で、被告人が被害者の様子について子細に観察していなかったり、その記憶が残っていなかったとしてもこれを格別不自然であるとはいえない。被告人は、そのような中にあっても、被害者の表情について印象の残っていることを率直に述べているのであって(乙10、原審第2回)、被告人がそれ以上のことを述べていないからといって、その供述が信用できないなどとはいえない。
以上によれば、所論<1>の指摘する諸点をもって被告人の自白には信用性がなく、それは被害者を緊縛した事実がなかったことの証左であるなどとはいえない。所論<1>は採用できない。
イ 所論<2>の点について
被告人の自白及びAの供述によれば、Bは、本件殺害現場においてけん銃を取り出すと、被告人に差し出して被害者を殺害するよう指示しており、また、被害者の頸部をロープで絞める際にも、自ら率先して被害者の頸部にロープを巻き付けてその一方を握った上、もう一方を被告人の方に放り投げて「おい、そっちを引っ張れ。」などと命じて加担を余儀なくさせ、Aに対しても「お前手伝え。」などと命じているのであり(乙9、原審第2回及び第3回、甲104)、被害者が粘着テープで体を緊縛され抵抗できない状態下にあったことも併せ考えると、このような一連のBの態度からは、被害者殺害の実行役を被告人に押し付けるか、少なくとも被告人らを殺害行為そのものに加担させようとするBの意図がはっきりと見て取れる。Bがそのような意図を持っていたとすれば、けん銃を用意していたものの、その受け取りを被告人が拒絶し、Aもたじろぐなどしていたために、被告人らに殺害行為への関与を余儀なくさせようとして、ロープを用いて頸部を絞める方法で被害者を殺害しようと企てたとしても何ら不自然ではない。実際に、被告人は、Bの意図したとおり、Bからロープの片方を投げられ、引っ張るように指示されて被害者を殺害するもやむなしとの心境となり、殺害行為それ自体に加担するに至ったというのである(乙9、原審第2回)。そうすると、けん銃を持っていたBが最初からそれを用いて殺害行為に及ばなかったのが不自然であるとか、殺害方法の変更が唐突で不自然であるなどという所論は当を得ていない。
被害者の頸部をロープで絞めた状況についての被告人の自白とAの供述に食い違いがあることは所論の指摘するとおりであり、殺害現場における状況についてのAの捜査段階の供述は、その他にも、Bが被害者の頸部にロープを巻き付けたとされる状況や、被告人が被害者に巻かれていた粘着テープをはがしたとする状況は見ていない旨述べ、Bがけん銃を1発発射した後、いわゆる噛んだ状態になったけん銃を渡され、自動車内でこれを直していたところ、「処分しろ。」という声が聞こえて外に出るとBと被告人が被害者の遺体をシートの上に乗せたままで運んでいたなどと述べている点が、粘着テープを切るための切り出しナイフをAから受け取った、BにせかされてAと2人で被害者の遺体をシートに乗せたまま崖際まで運んだ旨の被告人の自白と食い違っている。Aのこのような供述状況からは、被害者殺害及び死体遺棄への自己の関わりをできるだけ従属的なものに印象づけようとする態度が見て取れないでもない。また、そもそもAの捜査段階での供述中には記憶があいまいであるとする点が多々認められ、同人が、事件後、肝硬変、糖尿病などで入退院を繰り返していたことや、会社の経営に行き詰まるなどして精神的に不安定な状態にもなっていたことなどに照らすと、その供述の信用性に疑問がないわけではない。
しかしながら、Aは、一連の経過を相当具体的に供述しているし、Bと被告人がロープで被害者の頸部を絞めているのを手伝ったり、途中からではあるが死体遺棄行為を手伝い、崖下への投棄自体は自分と被告人とで行った旨明確に認めている上、殺害現場に到着する前の段階でBから被害者を殺害する意図を聞かされてこれを了承したことなど、自己の刑責に決定的に不利な事実についても認める供述をしているのであるから、Aの供述中、少なくとも、被告人の自白と符合している一連の犯行の核心部分、とりわけ、被害者を粘着テープで緊縛した事実、B及び被告人が被害者の頸部を絞め、Aがこれを手伝った事実、その後、Bが被害者の身体に向けてけん銃を発射した事実及び被害者の遺体を崖下に投棄した事実については、基本的に信用できるというべきである。これらの点に関して、被告人は、変更後の供述において、Aとは警察の取調べを受けた次の日に打合せをし、自分の供述に追随するよう話をした旨供述し、そのために両者の供述内容が符合するに至ったかのようにいうが、被害者殺害及び死体遺棄の場面に限ってみても、両者の供述内容に一致しない部分があることは前述のとおりであるほか、その中には、Aが取調べの中で被告人との供述との関係で自己の記憶にこだわった部分も見受けられるのであって、Aが、被告人の供述に追随してその供述内容を合わせていたとは考え難い。
そうすると、所論の指摘するAの供述部分も、被告人の自白の信用性に疑いを生じさせるとまではいえない。他方、被告人が供述するロープの引っ張り方も、やむを得ず殺害行為に加担することとなったという被告人の心境に照らすと、殊更不自然であるともいえない。所論<2>の点も採用できない。
ウ 以上によれば、被告人の自白内容に所論のいう不自然さを認めることはできず、被告人の自白には高度の信用性が認められるとの判断は動かない。
なお、所論は、被告人は、本件により任意の取調べを受けていた当時、歯の治療を行っており、警察官から逮捕した後も歯の治療は公費で行うから心配しなくてもよい旨言われ、本件犯行を認める内容の供述調書を作成することに協力すれば歯の治療を受けられると考え、警察官に迎合して調書を作成してもよいという心理状態にあり、警察官の約束を信じ、早急に取調べを終わらせて早く治療を受けたいとの心理状態の下で供述調書を作成しているのであるからその供述は任意性を欠いている、と主張し、被告人もこれに沿うかのような供述をしているが、捜査段階から歯の治療を警察官に約束してもらっていたにもかかわらず、起訴後、被告人質問の機会などに臨んでもそのことには一切触れることなく経過し、それまでの自白を覆す段になり、歯の治療を約束していたはずであるなどと唐突に主張し始めたということ自体、あまりにも不自然であり、この点に関する供述は信用性に乏しいといわざるを得ない。また、被告人は、捜査段階で虚偽の自白をした理由について、Aをかばうためや、Bに対する憤りの気持ちがあったことなどからあえて自己に不利益な事実を認めた趣旨の供述をしており、歯の治療をする約束と引き換えに自白したと述べているわけでもなく、しかも原審第5回公判までは、前述のとおり、捜査段階と同様の供述、すなわち自白を維持していたのであって、仮に被告人の供述するようなやりとりが警察官との間であったとしても、被告人の自白が所論のいうような心理状態、影響下でなされたとは認められず、被告人の自白の任意性に疑いを抱かせるに足る事情とはいえない。所論は採用できない。
(2) 所論は、被告人は、Aをかばう目的やBの供述に対する憤りの気持ちなどから逮捕される直前にAと打合せをし、ロープを使用して被害者を絞殺したことにし、そのためには事前に被害者が拘束されている必要があるために粘着テープで緊縛したことにしたというのであり、いずれ事実が明らかになると考えて公判でも捜査段階の供述を維持していたが、予期に反して、殺害現場の特定や遺体の発見がなされないまま経過し、客観的事実とは異なる事実認定に基づいて判決が言い渡されようとしたために、真実を語るべくそれまでの供述を変更したのであり、被告人が罪状認否を変えたのは刑事責任を免れようとする意図ではなく、合理性が認められる、という。
しかしながら、原審第5回公判まで虚偽の供述をしていた理由及び同第6回公判においてそれまでの供述を変更した理由について被告人の述べるところはいずれも信用できず、合理性も認め難いことは、原判決が「補足説明」の項「4」において説示するとおりである。被告人は、被害者の頸部をロープで絞めたと供述したのは、Aが被害者をけん銃で撃ったのは自分である旨周りに吹聴していたので、それを打ち消すために自分が頭の中で作った話であるなどとも述べているが、共犯者のCは、事件の約10か月後ころに、Aから、被害者は自分が絞殺した旨打ち明けられたというのであり(甲75)、被告人の前記供述をそのまま受け取ることはできない。いずれにしても、被告人が述べる捜査段階で虚偽供述をした理由はどれも納得できるものではない。また、被告人が、原審公判において、共犯者との共謀関係や殺意の有無について争いながらも、論告弁論が予定された期日に至るまで自白を維持し、積極的に供述していたことは、それが被告人のいうように全く虚偽の自白であったとすれば、およそ理解し難い応訴態度といわざるを得ない。被告人は、捜査段階で虚偽の自白をした理由に関連して、遺体が発見されれば自分の供述が虚偽であることがすぐに判明すると考えた旨述べてはいるが、実際に被告人のいう客観的事実に反する自白によって殺人罪等の重罪で起訴され、かつその自白に依拠して審理が進められている段階にあっては、「真実」に基づいて判決を受けたいという気持ちがあるのならば、遺体の発見とは関係なく、早期に、自ら進んでその「真実」を明らかにしようとするのが自然な態度であり、本件審理のどの時点においても、被告人はそれをなし得たはずである。ましてや、被告人の変更後の供述によれば、被告人は殺人及び死体遺棄の罪に問われることにはならないというのであるからなおのことである。応訴態度を変更するのを遺体の発見まで待つことに何らの合理性もなく、これをいう所論は失当である。
また、被告人は、原審第5回公判までの被告人質問において、単に捜査段階と同様の供述を繰り返すだけではなく、被害者に対して謝罪の意思を表し、訴訟関係者に対しては、自らの供述の信用性を強調してさえいるのであるが、その一方では、Aの供述との食い違いを指摘されて、「そしたら、私、全部この事件を否定しますよ。そんな細部にわたって、そんな小さなことでがたがた言う。」と述べたり、殺害現場に到着するまでに、被害者を殺害することにうすうす気付いていたのではないかなどと問われて、「そういう前提で話をされたんじゃ、私はこの話はもう話として成り立たないですよ。そしたら、ロープもないし、テープもないし、そういう話、全部うそになりますよ。そしたら、それ全部否認しますよ。この裁判、全部引っ繰り返します。言われてもいません、ロープで首も絞めてませんと言ったら、どうしますか。そしたら証拠を出してくださいよ。そういうふうに言ったらどうするんですか、この裁判。」(いずれも原審第3回)などと述べており、原審第5回公判においても、「…引っ繰り返そうと思えば引っ繰り返せるんですよ、はっきり言って。殺すの知っていて手伝ったんだとかそういうこと言われれば、全部否認しますよ。全部引っ繰り返しますよ。」、「私は自分のやっちゃったことだからしょうがないと往生したつもりで潔く言っていると思っているわけですよ。それを否定されるんだったら、私は自分の言ったことを全部否定しますよ。」などと述べた上で、犯行場所の特定、遺体の発見に至らずに第1審判決を受けることについて、「…私の供述を柱にしてこの裁判を開いているんだと思いますけど、また言いたいことを言って、そんなことないと、うそだったと、全部私が書いたストーリーですと、これは私の頭の中で考えたストーリーですよと、そう言っちゃったらどうするんですか、という話は、それは疑問に感じますよ、何の証拠もないじゃないですかとなりますよ。」などと述べていた。このような供述態度からは、被告人が、本件の証拠状況を把握し、中でも自己の自白の重要性を理解した上で、それが少しでも自己に不利に疑われるのであれば、いつでも供述を翻す構えでいたことが優にうかがわれ、その供述変更がAに対する論告・求刑の直後であったことも併せ考えると、自らに対する求刑あるいは量刑判断を見据えた上での態度変更ではなかったかとの疑いを抱かざるを得ない。
加えて、そもそも、被告人の変更後の供述は、その内容自体不自然で信用性できないことは、原判示のとおりである。被告人は、当審において、山中に到着してからの状況について、ある程度具体的に供述するに至っているが、被害者を拘束していない状態であるにもかかわらず、Bと被告人との間で、被害者殺害を示唆するような会話を大きな声で交わしたとするなど、その不自然さはより増したといえる。また、仮に、被告人の述べるところこそが真実であるとすれば、被害者の殺害及び死体遺棄への関与を否認していたBこそ、捜査段階でこれと同趣旨の供述をしていてもよさそうであるのに、そのBでさえ、本件現場では、被害者をけん銃で至近距離から射殺するという殺害行為が行われ、その遺体は崖下に遺棄されたことを前提とした供述をしているのであり、この点からも、被告人の変更後の供述は信用性に乏しいといわざるを得ない。
以上のとおり、被告人の供述の変更に合理性があるとの所論は採り得ないし、被告人の変更後の供述それ自体は、それまでの被告人の自白の信用性を何ら揺るがすものではない。
(3) 所論は、本件では被害者の殺害場所が特定に至っていないほか、遺体も発見されていないし、凶器として使用されたけん銃、ロープについても同様であり、被告人らの供述に高度な信用性があるとはいえない、殺人及び死体遺棄の事実については、被告人やAの供述の真実性を担保するに足りる証拠はなく、被害者が死亡したことについて合理的疑いを容れる余地があり、原判決には証拠評価を誤った事実の誤認がある、ともいう。
しかしながら、被告人らの被害者殺害場所に関する供述がいずれも断片的で、決定的な手がかりを欠いていること、その対象地域が広範囲に及んでいること、被告人らの供述に基づいて捜索を始めた時点で既に事件発生から約1年数か月を経過していたことなどに照らすと、未だ犯行場所の特定、遺体の発見に至らないことには相応の原因があり、そのことが同人らの供述の信用性を揺るがすとまではいえないというべきである。被害者が勤務先からの帰宅途中に被告人らによって拉致された事実についてはこれを裏付ける証拠が優に認められる上、関係証拠から認められる被害者の人柄、生活及び家族の状況、勤務状況などに照らすと、仮に被害者が生存しているとすれば、事件後既に2年半以上を経過した現時点まで、家族に安否すら知らせずにいることはおよそ考えられず、被害者の遺体が発見されていないことが、その死亡の事実について合理的疑いを抱かせるものでもない。また、被告人らは、犯行後、凶器等について罪証隠滅を図っているのであるから、本件においては、それらの発見されないことが被告人らの供述の信用性を減殺すると考えるのも相当ではない。
本件は、現時点においても被害者の遺体が発見されていないいわゆる遺体なき殺人事件であり、犯行に用いられたとされる凶器等も発見されていないなど物的証拠に乏しい事案であることは所論の指摘するとおりである。そのため、原判決は、被害者殺害行為及び遺体遺棄行為の具体的態様については、主として被告人の自白をはじめとする実行犯らの供述に依拠しているのであって、このような証拠状況においては、仮に今後遺体が発見されるなどした場合に原判示の犯行態様と客観的にそぐわない証跡が判明する可能性が全くないとはいえない。共犯者や被告人らの身近な者の中には、本件犯行後に、被告人を含む実行犯から直接、被告人の自白内容とは異なる犯行状況を聞いた者もいる上、被害者の殺害及び遺体遺棄の具体的状況の細部については、被告人の自白とA供述との間にも食い違いが認められることは前述のとおりである。また、被告人の原審公判での供述態度なども併せ考慮すると、被告人の自白それ自体に意識的な虚偽供述の含まれている可能性も完全には否定できないところである。
しかしながら、これらの諸事情も、被告人の自白には、既に見たように、その信用性を支える諸事情の認められることに照らすと、その自白の核心部分の信用性に合理的疑いを抱かせるまでには至らないというべきであり、原判決の被告人の自白に対する信用性評価に誤りを認めることはできない。結局、本件における証拠状況においては、被告人の自白が客観的証拠による裏付けの乏しいことを踏まえても、そのことによって、原判示各事実を認定するにつき合理的疑いが残るとまではいえない、というべきである。
事実誤認の論旨は理由がない。
第2 量刑不当の主張について
本件の量刑判断にあたって考慮すべき事情は、原判決が「量刑の事情」の項において適切に説示するとおりである。すなわち、本件は、栃木県鹿沼市の廃棄物行政担当官であった被害者の存在をかねてから疎ましく思い、その殺害を企てた廃棄物処理業等を営む首謀者及びその下請業者の共犯者から被害者殺害の依頼を請け負った暴力団組織の構成員であるBと、同人に誘われ首謀者らの存在等を知らないで加担したBの舎弟分のA及びBの知人であった被告人が敢行した逮捕監禁、営利略取、殺人及び死体遺棄の事案である。その犯行態様は、勤務先から帰宅途中の被害者を待ち伏せし、道案内を求めるかのように装って油断させ、いきなり襲いかかって無理矢理自動車内に押し込めるなどして車内からの脱出を不可能にし、さらに、粘着テープで被害者の目や口を塞ぎ、両手足を緊縛した状態で自動車に乗せて長時間にわたり被害者の自由を奪った末、山中に連行し、抵抗できない状態の被害者の頸部にロープを巻き付け、2人掛かりで両方向からロープを引いて絞め付けてその殺害を図った上、止めを刺すべく至近距離からけん銃を発射したというもので、殺害後は、遺体を山中に無造作に投票する行為にも及んでおり、冷酷非道で残忍極まりないというほかない。自らの権益を維持するために、公務員として適正な職務執行に努めていた被害者の抹殺を企て、市の行政を恫喝や力ずくで歪めて意のままにしようとした首謀者らの犯行動機に酌量の余地など全くない。
被害者は、鹿沼市の廃棄物行政を担当する責任ある立場として、本件首謀者の執ような恫喝等にも屈せず、それまでの歪んだ行政の姿を適正かつ健全なものへと取り戻すべくその職務に精励していたのであって、もとより凶行の対象とされるような筋合いは全くない。家族とともに充実した生活を送っていたところを勤務先からの帰宅途中に突然拉致され、目、口を塞がれ両手足を緊縛されたままの状態で長時間にわたって監禁された挙げ句、無抵抗のままに殺害されて非業の死を遂げた被害者が味わった苦痛、恐怖には想像を絶するものがあり、その無念さは察するに余りある。家族は現時点においても、遺体との対面すら叶わない状況にあり、その悲しみの深さとともに処罰感情が峻烈を極めていることも十分に首肯できる。
加えて、本件が、鹿沼市民はもとより、鹿沼市の行政に携わる職員に対して多大な影響を与えたであろうことは容易に推測できるところであり、その意味でも、本件凶行が引き起こした結果は極めて重大である。
もっとも、被告人は、首謀者と被害者との関係など本件犯行の背景を知らずに、Bから人を拉致して依頼者に引き渡す話である旨聞いて犯行に加担しており、Bらの被害者殺害の意図はその実行の直前まで知り得なかったのであって、被告人に刑事責任を問うにあたり、既に述べた本件犯行の背景や、首謀者らの動機の悪質さを考慮することは相当ではない。しかしながら、被告人は、多額の報酬を得ることを目当てに、全く見ず知らずの被害者を拉致監禁するというそれ自体凶悪な犯行に加わり、その準備段階から積極的に関与し、実行にあたっては、帰宅途中の被害者を引き留め、自動車内に無理矢理押し込めるなど中心的な役割を果たしているのであって、このことのみをもってしても、その刑事責任は相当に重いというべきである。さらに、被害者を連行した山中において、予期しなかったこととはいえ、Bから被害者を殺害することを告げられ、その指示の下、殺害行為の重要な一部に加担するに至り、その後は死体遺棄行為にも及んでいることも併せて考慮すると、被告人の刑事責任は極めて重いといわなければならない。
そうすると、被告人が殺人及び死体遺棄の犯行にまで加担するに至ったのは、Bにうまく騙されてしまった結果とも見うること、当該犯行においてはBの指示の下に行動しており、中心的な役割を担ったとはいえないこと、本件はいわゆる死体なき殺人の事案であり、物的証拠にも乏しく、被告人の詳細な自白が事案解明に大きく寄与していることは否めないこと、殺人及び死体遺棄の事実については原審公判の最終段階で否認に転じ、無責任ともいえる発言をしているものの、被害者に対する謝罪の気持ちを示してはいること、被告人の前科はいずれも10年以上前のものであることなど原判決も説示する被告人のために酌むべき諸事情を十分しん酌してみても、被告人を懲役17年(求刑・懲役20年)に処した原判決の量刑はやむを得ないものであって、これが重過ぎて不当であるとは認められない。なお、共犯者らは、本件犯行につき、それぞれ第1審判決において、Bについては無期懲役に、首謀者の意向の下、Bに被害者の殺害を依頼したCについては懲役18年に処せられていることに照らすと、被告人に対する原判決の量刑が共犯者間の均衡を失しているともいえない。
量刑不当の論旨も理由がない。
よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却し、刑法21条を適用して当審における未決勾留日数中主文掲記の日数を原判決の本刑に算入し、当審における訴訟費用については刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。