東京高等裁判所 平成16年(う)99号 判決 2004年7月14日
本籍略
住居略
会社役員
Y
昭和○年○月○日生
上記の者に対する証券取引法違反被告事件について、平成一五年一一月一一日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官太田修出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、主任弁護人小林英明及び弁護人押久保公人共同作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官太田修作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
所論は、共謀共同正犯の成立に関する事実の誤認及び法令適用の誤りの主張と追徴に関する法令適用の誤りの主張である。
第1 共謀共同正犯の成立に関する主張について
所論は、要するに、原判決は、被告人が、原判示第1の相場操縦(証券取引法違反)の犯行についてBと、原判示第2の相場操縦の犯行についてB及びCとそれぞれ共謀したことを認め、各犯行について被告人を共同正犯と認定しているが、被告人は、B又はCと共謀した事実はなく、同人らが相場操縦の各犯行を行うことも認識していなかったのであり、いずれの事実についても無罪であるから、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認及び共同正犯についての法令適用の誤りがある、というのである。
そこで記録を調査して検討すると、原判示第1、第2の各事実について被告人を共同正犯と認めた原判決は正当であり、原判決がその点について「事実認定上の補足説明」の項で認定、判示するところもおおむね正当として是認できる。以下、所論にかんがみ、補足して説明する。
1 事案の概要
原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、被告人は、<1> Bと共謀の上、東京証券取引所が開設する有価証券市場に上場されている志村化工株式会社(以下「志村化工」という。)の株式(以下「志村化工株」という。)について、その株価の高値形成を図り、同有価証券市場における同株式の売買を誘引する目的をもって、平成一三年一月一〇日、同市場において、a社名義で、証券会社七社を介し、連続した成行又は高指値注文を行って高値を買い上がるなどの方法により、同株式合計六五万二〇〇〇株を買い付け、さらに、証券会社五社を介し、大量の下値買注文を入れて下値を支えるなどの方法により、同株式合計七八万株の買付けの委託を行い、同株式の株価を四四七円から五二一円まで高騰させるなどし、もって、同株式の売買が繁盛であると誤解させ、かつ、同株式の相場を変動させるべき一連の売買及びその委託をし(原判示第1)、<2> B及びCと共謀の上、志村化工株について、<1>と同様の目的をもって、同月一二日から同月一九日までの間、前後六取引日にわたり、同市場において、Cほか四名義で、証券会社一一社を介し、<1>と同様の方法により、同株式合計一〇〇八万五〇〇〇株を買い付ける一方、同株式合計二四四万七〇〇〇株を売り付け、さらに、Cほか一名義で、証券会社二社を介し、<1>と同様の方法により、同株式合計一五八万四〇〇〇株の買付けの委託を行い、同株式の株価を五四六円から七一九円まで高騰させるなどし、もって同株式の売買が繁盛であると誤解させ、かつ、同株式の相場を変動させるべき一連の売買及びその委託をするとともに、他人をして同株式の売買が繁盛に行われていると誤解させるなど同株式の売買の状況に関し他人に誤解を生じさせる目的をもって、同月一五日から同月一八日までの間、前後四取引日にわたり、同市場において、同株式合計三四万一〇〇〇株について、Cのする売付けと同時に別途同人において買付けをし、もって、同株式につき権利の移転を目的としない仮装の売買をし、さらに、同月一二日から同月一八日までの間、前後三取引日にわたり、同市場において、同株式合計一一九万二〇〇〇株について、Cのする売付け又は買付けと同時期にこれと同価格においてBらが買い付け又は売り付けることをあらかじめCとBらとがそれぞれ通謀の上、売付け又は買付けをし、もって、同株式につき馴れ合い売買をした(原判示第2)、というものである。
本件に関する基本的な事実経過は、原判決が「事実認定上の補足説明」の第2において判示するとおりである。若干補足しつつその要点を摘記すると、
ア 被告人は、本件当時、永久磁石の開発等を事業目的とするa株式会社(平成七年一二月設立。以下「a社」という。)の取締役であり、会長として実質的経営者の地位にあるとともに、設立以来、同社に対し多額の出資をしてきたものである。また、Bは、本件当時、投資顧問業を目的とするb社(以下「b社」という。)の東京支店の代表者で、b社が設立したcファンド・リミテッド(以下「cファンド」という。)の常任代理人を務めていた。
イ 被告人は、平成一一年半ばころ、当時E証券会社東京支店日本株営業本部長であったBと知り合った。Bは、a社がそのころ進めていた磁石の事業化に必要な資金調達方法について種々の提案をし、後記のとおり、志村化工との提携、同社の第三者割当増資を成功させるなどしたことから、同人の手腕を高く評価し、大きな信頼を寄せていった。
ウ 志村化工は、従来のニッケル事業に将来性が乏しいことなどから、新規事業を模索していたところ、Bからの提案を受けて、a社が開発した磁石等の特許についての独占的通常実施権を同社から買い取り、その事業化を進めることとし、その資金調達のため、平成一二年三月一五日、cファンドを引受人とする二七〇〇万株の第三者割当増資(一株当たり二〇五円)を実施して五五億三五〇〇万円の資金を調達した。そして、同年五月二六日、上記特許実施権の対価の内金二一億三〇〇〇万円(残額二〇億円)と磁石等の生産設備発注費用二〇億円、合計四一億三〇〇〇万円をa社に支払った。
エ 被告人は、志村化工に対する影響力を確保するため、上記第三者割当増資の際の一〇億二五〇〇万円(五〇〇万株分)に加え、志村化工から支払を受けた上記四一億三〇〇〇万円のうちの約三八億円をcファンドに出資し、平成一二年六月上旬の時点で、cファンドが取得した志村化工株二七〇〇万株のうち約二二一〇万株を実質的に保有するに至った。その後、被告人は、そのうちの一六〇〇万株を順次cファンドから払い戻し、平成一二年一一月までに、このうちから二四五万株が被告人を介してcファンドに出資した者らに交付され、三〇〇万株が五億円の、一〇〇万株が二億五〇〇〇万円の各融資を受ける際の担保に供され、さらに一〇〇万株が上記五億円の融資の追加担保に供され、別途三〇〇万株が知人が融資を受けるための担保として提供されるなどした。
オ 志村化工の株価は、平成一二年一月ころには業績不振からおおむね二〇〇円台で低迷していたが、上記第三者割当増資の実施もあって上昇し、同年三月下旬ころには一〇〇〇円台をつけた。しかし、同年四月、同社が日経二二五銘柄から外されて株価は急落し、同年九月ころまでは七、八百円台で推移したものの、翌一〇月には一時三〇〇円台まで落ち込み、翌一一月にはやや持ち直したものの、同年末ころには四〇〇円台にまで落ち込んでいた。
カ そのころ、Bは、高額の負債を抱える一方、b社からの報酬の支払がないなど、経済的に追い詰められた状態にあるとともに、志村化工の株価に強い危機感を持っており、このまま大幅な下落が続き、上記第三者割当増資に関与したb社及び自己に対する評価が決定的に失墜するのを避けたいと考え、志村化工の株価を意図的に上昇させ、その際の売却益によって自らの経済的苦境も打開しようと考えた。
キ 平成一三年一月上旬ころ、Bは、被告人に対し、志村化工株多数を信用買いするために、被告人が実質的に所有する同社の株券を担保として貸してくれるように依頼し、被告人の了承を得た。
ク そして、同月一〇日、Bは、被告人から借り受けた株券を証券会社に代用有価証券として差し入れた上、原判示第1の変動操作を行った。その結果、志村化工の株価は大幅に上昇し、五二一円でストップ高となった。しかし、Bは、証券会社の担当者から、信用取引による同一銘柄の株式の買付け数を八〇万株程度に制限しているなどと言われたため、証券会社に大きな信用枠を有する者に相場を引き継いでもらうことを考えた。そこで、翌一一日、知人の仲介でCと会い、志村化工株の相場操縦への協力を依頼したところ、Cはそれを了承した。そして、翌一二日から同月一九日までの間、Bから順次受け取った志村化工の株券を代用有価証券として証券会社に差し入れた上、原判示第2の変動操作、仮装売買、馴れ合い売買を行った。
以上の事実については、原判示の各相場操縦行為の外形的事実を含め、争いがなく、関係証拠によって容易に認めることができる。
2 所論とその検討
以上のとおり、本件は、志村化工株について信用取引により相場操縦行為が行われたという証券取引法違反の事案である。所論は、本件相場操縦の実行行為に及んだB及びCとの間の共謀の成立を争うものであるが、Cとの間の共謀は、それが成立するとしても、Bを介した順次共謀であり、所論が実質的に争う点は、Bとの間の共謀の成否である。その主たる主張は、Bが相場操縦行為を行うことの認識とBを介して相場操縦を実行する意思の存在を争うものと解されるが、信用取引による本件各犯行の実行には担保(信用取引における委託保証金として金銭に代えて預託する代用有価証券)とすべき大量の株券が必要であったところ、被告人は、Bの依頼を了承して保有する志村化工の株券をBに貸し渡し、現にB及びCがその株券を担保として信用取引による本件各犯行に及んでいることが争いなく認められるのであり、Bの行為についての被告人の認識や意思も多くは被告人がBの株券貸与の依頼を了承した経緯等にかかるものであるから、その点を中心にして、所論の主たる主張を検討することとする。
(1) Bが株券貸与を依頼し、被告人がこれを了承した事実経過等について
被告人が株券貸付を了承した経緯等についてのBの原審供述の要旨は、原判決が「事実認定上の補足説明」の第3の1に記載したところと同旨であるが、その要点を摘記すると、「私は、cファンドの運用成積に直結する志村化工の株価に常に注意を払っていたが、平成一二年一〇月末、同社の株価が四〇〇円台に入ったころから、まとまった売り物が出てくれば、株価が下落しかねないとの危機感を抱くようになった。株価が下落すれば、同社の磁石等の事業に支障を来すのみならず、予定されていた二回目の第三者割当増資の調達コストも高くなるなどと思うとともに、志村化工株を買い上がって高くなったところで売り抜けることにより売買差益を得たいという気持ちもあったことから、同年一二月中旬ころ、志村化工の株価を意図的に上昇させることを考えるようになった。しかし、それにはまとまった資金が必要であり、自分一人の力では不可能であったことから、当時、同社の株を一〇〇〇万株以上保有していた被告人の協力を得ようと考えた。志村化工の株価を上げることは、同社の二回目の第三者割当増資の円滑な実現に寄与するほか、被告人にとってもその実質的に保有する同社株の資産価値を高め、被告人が同社株を担保として資金調達する際に有利であり都合がよいと思った。そこで、同月下旬ころから平成一三年一月の正月明けころにかけて、数回にわたり、被告人の事務所等において、被告人に対し、志村化工の株価を意図的に上昇させる必要性やメリットを説明し、被告人が保有している同社の株券を貸してくれるように頼んだ。具体的には、志村化工の株価が四〇〇円を割ると大量の売りが出る可能性があり、そうなれば、志村化工の新事業がマーケットにつぶされ、もはや第三者割当増資どころではなくなってしまう上、被告人の保有する志村化工株の資産価値も大幅に目減りしてしまうので、被告人の保有する株を担保に、腰の入った二、三百万株の買いを入れていく、株価が安定すれば、海外の機関投資家が買いに入ってくるので、借りた株は二十日ないし一月で返せるなどと、被告人が関心を持つと思われることをいろいろ述べ、何とか被告人の了解を得ようと努力したが、被告人は、「自分を相場に巻き込むな。」などと言って承諾しなかった。後日同様の説明をした際には、志村化工株については信用残の水準が高いことなどから、追い証に追われて売りが売りを呼ぶ展開になり、場合によっては二〇〇円割れもあり得る、そこで慌てて一〇〇万株くらいの買いを入れても、一度折れてしまった相場を戻すのは難しいなどと話したが、やはり被告人の了解は得られなかった。しかし、平成一三年一月の正月明けの取引で、志村化工の株価が下落したため、一層強い危機感を抱き、同月七日ないし同月九日ころに、新宿のホテルで、被告人に同様の説明をして株券の貸与を懇請し、決断を迫ったところ、被告人は、「じゃあ株券を預けるから、間違いなく返せよ。」などと言って承諾した。「エクイティ・ファイナンス 実現に向けて―その2」と題する書面(証拠略)は、基本的には被告人に説明する自分の考えを整理するために作成したものであり、これらと同趣旨の書面を被告人の所へ持参し、テーブルの上に置いて記載内容と同趣旨の説明をした。書面は、被告人が受け取ってざっと斜め読みしたこともあったが、ほとんどが眺める程度でテーブルの上に置き、後は私の説明を聞くという形だった。同月一〇日の取引終了後、被告人と話をした際、被告人からピッチが早いのではなどとストップ高を心配するようなことを言われたが、「これは作戦です。大丈夫ですよ。」などと答えた。また、翌一一日には、前日に買い付けた株のうち六万株を売った旨報告したが、被告人から疑問等は出されなかった。翌一二日以降も、取引終了後に被告人に電話を入れ、Cに協力してもらうことになった経緯を説明した上、「順調に買い上がっており、株価も予定どおり上がっています。」などと報告していた。さらに、同月一七日に志村化工の株価が下落した際には、被告人から「下がったけど大丈夫か。」などと尋ねられ、「ここら辺りで一休みした方がむしろ自然です。これも作戦のうちです。」などと報告したことがあった。」というのである。
Bのこの供述は、原判決も判示するとおり、基本的に信用することができるものであり、とりわけBが説明したとする内容が上記書面二通(証拠略)の記載内容とおおむね符合し、客観的な裏付けがあること、供述内容が具体的かつ詳細で、体験した者でなければ供述し得ない迫真性を有し、格別不自然、不合理な点も見当たらないこと、Bが被告人に殊更不利益な供述をすることは考え難いこと、現にBは被告人に不利な供述を避けようとする態度を示しているのに、上記供述内容についてはおおむね明確に供述していることなどからすれば、その信用性は高いというべきである。
所論は、これに対し、<1> 被告人は、「エクイティ・ファイナンス 実現に向けて―その2」と題する書面(証拠略)は見せられていない、それらを示した、又は渡したという旨のBの供述は、そもそも示した、あるいは渡したという供述の趣旨自体が一貫しておらず、時期の点等において変遷があることなどから信用できない、<2> 被告人に対して、志村化工株の担保価値を高めるために株価を上げた方が良いなどと言ったとのBの供述は、あいまいで変遷している上、上記「エクイティ・ファイナンス 実現に向けて―その2」と題する書面にもこの点は何ら記載されていないから、Bは、被告人に対し志村化工株の担保価値の減少には言及していない、<3> 被告人は、Bの話を聞き流しており、また、Bから書面の内容に沿った説明を受けておらず、Bの説明内容を認識していたかどうか疑わしい、などと主張する。
しかし、<1>については、上記書面の記載内容からすれば、それが、被告人に対する口頭での説明の補助とする意図もあって作成されたものであることが十分にうかがわれる(末尾に「A会長のご決断を御願い致します」又は「A様のご決断を御願い致します」という文言も入っており、口頭での説明を補足するため、被告人に手渡す書面として作成されたと理解するのが合理的である。)。のみならず、そのような説明書面を被告人に示したかどうか、渡したかどうかについてのBの供述には、同様の書面を何枚も作成したことによる混乱や時日の経過による記憶の希薄化のせいか、あるいは随所に見せる特に記憶のあいまいな点について被告人に不利な供述を避けようとする姿勢のせいか判然としないものの、あいまいで一貫性に欠ける面があることは否定し難いが、それでも、Bが株券の貸与を被告人に懇請する際に、「エクイティ・ファイナンス 実現に向けて―その2」と題する書面二通(証拠略。第三者割当増資の払込期日が「本年二月末」と記載されており、Bの供述も併せると、これらの書面自体は平成一三年に入ってから作成されたものと考えざるを得ない。)と同趣旨の内容が記載された書面を被告人に渡し、被告人がテーブルの上にその書面を置いた状態で、Bがその記載内容と同旨の説明をしたことが少なくとも一回はあったという点ではほぼ一貫しているといってよいのであり、上記書面二通(証拠略)と同旨の書面を被告人に渡したというBの供述の信用性は十分に肯定できる。そして、被告人が、渡された書面をよく読んだかどうかは分からないものの、捜査段階で、Bが上記書面二通(証拠略)の内容と実質的に同じ趣旨のことを言っていたことは間違いないと供述していること(検察官調書(証拠略))も考え併せると、いずれにしても、被告人がBから上記書面二通(証拠略)の内容と同旨の説明を受けたことに疑問を入れる余地はないのである。<2>については、志村化工株の担保価値を高めるというのは極めて分かりやすい説得材料であり、Bが被告人の理解を得ようとするのにこの点に触れないことはおよそ考え難い。<3>については、確かに、Bの供述によれば、被告人が説明を聞き流していたり、書面もよく読んでいないような状況もうかがわれるが、被告人が深い利害関係を有する事柄であることは明らかであること、また、Bが、被告人にできるだけ詳しく説明し、できる限り的確な理解を得ようとしていたと供述していること、さらに、被告人がBに大きな信頼を寄せていたことなども併せ考慮すると、被告人が少なくともBの説明の要点は聞き逃しておらず、その内容も理解していたと認めることができる。
(2) Bが相場操縦を行うことの認識について
所論は、被告人は、株取引に関する知識が乏しい上、Bから単に株を買うというくらいの説明しか受けていなかったから、ある程度の数量を買うので株価が上がっていくという程度の認識しかなかったのであり、Bが、事情を知らない一般投資家を株取引に誘い込む目的をもって、経済的合理性に反する取引をすることにより、株価を意図的に引き上げようとしていたことは認識しておらず、Bが相場操縦を行うことについて概括的認識すら有していなかった、と主張する。
確かに、被告人の原審供述は所論に沿うものであるほか、Bも、原審公判廷で、相場操縦の具体的な手法については被告人に話しておらず、すぐに値下がりを許容するような買い方ではなく、持続的にある程度まとまった数の株を買っていくような買い方という意味で、抽象的な「腰の入った買い」といった表現を使って説明したが、被告人は、相場操縦の具体的な手法については理解できなかったと思う旨供述しており、「エクイティ・ファイナンス 実現に向けて―その2」と題する書面にも、「腰の入った買い三〇〇万株」(証拠略)とか「腰の据わった買い二〇〇万株」(証拠略)という言葉以外には、相場操縦の手法に関する記載はない。さらに、Bが株券の貸与を依頼した際の説明内容についての被告人の捜査段階における供述(その要旨は、おおむね原判決の「事実認定上の補足説明」の第4の1(1)に記載されたとおりである。)を見ても、相場操縦の手法にかかわるのは、「まとまった買いを入れて買い上がっていく。」「他の投資家からの買いも巻き込んで、目標株価の辺りで株価が安定させる。」という程度であり、本件では、仮装売買や馴れ合い売買といった形態の取引も行われたこと、被告人が株取引に通じていたとは認め難いことも併せ考えると、被告人が、相場操縦の手法について、(一定の想像は働かせていたことは当然あったとしても)具体的に理解、認識していたと見るのはいささか無理があるといわなければならない。しかしながら、Bは、被告人に対し、一月九日から始めて一〇日間ほどの間に八〇〇円くらいにまで株価を上昇させることができる旨説明したと明確に供述している上、上記各書面(証拠略)にも「一月九日をスタート日とし一月一九日(金曜日)頃までに八〇〇円を実現」との文言が記載されていてこれを裏付けており、当時の志村化工の株価が四〇〇円台だったことからすれば、このBの説明から、Bが同社の株価を短期間に大幅に引き上げようとしていることは明瞭に看取できるのみならず、株価が低迷し、格別株価を直ちに引き上げるほどの好材料もない当時の志村化工の情勢も考えると、株式の買付けによって短期間で大幅にその株価を引き上げようとすることは、必然的に、経済的合理性に反した株取引により、事情を知らない一般投資家を株取引に誘い込んで意図的、人為的に株価を引き上げようとすることを意味するのであり、そのことは、株取引に格別通じていなくとも容易に認識できることといえるのである。被告人が捜査段階で「大量に株を買えば基本的には株価は上がるはずだが、四〇〇円台の株価を短期間にその倍あるいは倍近い七〇〇円ないし八〇〇円台まで上げるというのは、本来の株式市場の性質からしてそう容易ではないはずであり、意図的、人為的な取引によって、一般投資家に、志村化工株の取引は盛んでこのまま株価が上がり続けるだろうと思わせ、そのような一般投資家の思惑によって、一般投資家の買い注文を巻き込むなどする必要があるはずで、Bは相当な無理をしてでも株式市場を人為的にそのように導き、株価をつり上げようとしているのではないかと思った。」などと供述している(証拠略)のは、いかにも自然であり、信用性が高いというべきであって、被告人は、Bが意図的、人為的に一般投資家を株取引に誘い込み志村化工の株価を引き上げようとしていることを認識していたと認められる。そして、相場操縦の故意を認めるのに、その具体的な手法までの認識は必要でないと解されるから、Bが相場操縦行為に及ぶことについて被告人の認識、故意に欠けるところはないと認められる。
(3) 被告人自身の志村化工の株価を引き上げようとする意思について
所論は、被告人は、志村化工の株価を引き上げようと考えたことはないとして、<1> Bが、被告人に対し、平成一三年二月末に第三者割当増資を実施するために株価を引き上げる必要がある旨説明したと供述していることについては、その時期に第三者割当増資を行うことは、第三者割当増資による資金調達の目的、志村化工の資金繰り状況等から見て必要性がないし、そのような第三者割当増資を行う準備もされておらず、また、第三者割当増資を行うのに株価を引き上げる必要はない、<2> 仮に被告人が第三者割当増資を行うために株価を上げようとの意図の下にBに株券を貸与しているのであれば、その関心は、株価の推移、動向、第三者割当増資の時期、段取り等にあるはずなのに、被告人は、専ら貸与した株券の所在、数とそれが自分の手元に無事返却されるかどうかに関心があった、<3> 被告人は、原審公判廷において、株を買って株価を上げようとすることを望まないし、必要もないとはっきり言った、相場のことに自分を巻き込むなと何度も繰り返し言って断った、金属微粒子事業のサンプルができて量産体制に入り、そのことを発表すれば、市場が技術を評価してくれて自然に株価は上がり、そうなれば、増資に応じる投資家も集めやすいから、その時に第三者割当増資を行えば足りると思っていた、などと供述しており、その供述からも分かるように、被告人は、株価を引き上げることには関心がなく、事業を進めていくことに関心を寄せていた、<4> 被告人は、保有する志村化工株の担保価値を上げようなどと考えてはいない、<5> 被告人が、ストップ高となった一月一〇日の取引終了後にBと話した際、急激に買い上がり過ぎて、息切れするのではないかと(上がり幅が大き過ぎて、あるいはスピードの早さを)心配する発言をしたことについて、もし被告人が株価を上げようとしていたのであれば、マスコミの注目を集めようとして行っているBの意図が当然分かるはずであるから、このようなことを心配するのは理解できない、などと主張する。
しかし、<1>については、確かに、原判決も判示しているように、客観的には、平成一三年一月当時、志村化工が同年二月末を払込期日とする第三者割当増資を実施しなければならない切迫した事情があったとはいえない。しかし、志村化工は、当時銀行からの融資等は望めなかったのであるから、より早期に有利な条件で第三者割当増資が実施できることは、志村化工に二〇億円の債権を有しているa社、ひいては被告人にとっても、大きな利益である上、自己の窮状を打開するため、何としてでも株券を貸してほしいと考えていたBが、被告人への説得材料として客観的状況より先走った説明をしたとしてもあながち不自然とはいえない。そして、「エクイティ・ファイナンス実現に向けて―その2」と題する書面(証拠略)には、平成一三年二月末を払込期日とする第三者割当増資の実施が明示されている上、被告人がBの提案する第三者割当増資が時期尚早であるなどと明示的に根拠を示して否定した形跡もうかがわれず、被告人が志村化工の第三者割当増資の実施条件等について適切に判断し得るかどうか自体疑問であることも考慮に入れると、被告人は、一回目の第三者割当増資を成功させるなどして大きな信頼を寄せていたBの説明については、第三者割当増資の実施に株価の引き上げが必要であるとか、これ以上下がるとその実施が困難になるなどといった内容も含め、一応信用していたと見るのが自然であって、少なくとも二月末に第三者割当増資を実施するために株価の引き上げが必要であるとのBの説明に被告人が納得したはずがないなどとはいえない。この点について、被告人は、捜査段階において、Bの提案を了承した理由の一つとして、「志村化工には第三者割当増資を実施して早くa社に対して特許実施権の残代金二〇億円を支払える状態になってほしいが、第三者割当増資は、志村化工の株価が更に下がるとほとんど不可能になり、高くなれば円滑にいくだろうと思った。」などと供述しているのである(証拠略)。<2>については、先に引用したBの原審供述(特に本件犯行当時のBとの電話でのやりとりにおける被告人の発言に関するもの)によれば、被告人が志村化工の株価の推移、動向に関心を向けていたことは明らかである上、被告人が関心のあった貸与した株券の返却は、株価の引き上げがうまくいけばいくほど、その実現可能性が高くなる関係にあったのであり、その意味で被告人にとっても志村化工の株価の引き上げは関心事であったはずである。<3>については、確かに、Bの原審供述も被告人の弁解に沿うものであり、被告人は、a社が当時主として手掛けていた金属微粒子の製造事業の進展に主たる関心を持ち、株価の意図的な引上げに当初は必ずしも関心があったわけではなく、あるいは積極的ではなかったことがうかがわれ、実際の株価操作の過程でも、被告人は具体的なことはBに任せており、積極的な指示をしていないことは明らかである。しかし、被告人が最終的にはBの株券貸与の依頼を了承しており、その際Bの説明を被告人なりに理解した上でそれを受容していることも否定できないのであり、所論は、この点を軽視しており、説得力に乏しいといわざるを得ない。<4>については、被告人が保有する志村化工の株価が上がれば、これを大量に保有する被告人の資産が増加することになり、他方、その株価が下がれば、被告人の資産が減少し、融資の担保に供されているものについては追加担保が求められるなどの不利益が生じることになるのであって、当然のことながら、被告人がその株価の上昇を歓迎すべきことと見ていたことは想像に難くない。そして、それが、志村化工の株価を引き上げようと考える動機となり得ることも明らかである。この点についても、被告人は捜査段階で認めているところである(証拠略)。<5>については、相場操縦は、相場に人為的な操作を加えて、見せかけの需給関係を作りながら、他の投資家には、その相場が自然の需給関係によって形成されたものであると誤解させて、当該株取引に巻き込ませるというものであり、犯罪であるとともに、株価の変動が人為的な操作によるものではなく自然なものに見えなければ(すなわち相場操縦行為によるものであることが看破されあるいは強く疑われるようでは)所期の目的を達しないものである。株価の急激かつ大幅な上昇は、そのことだけでもそれが人為的な相場操縦によるものではないかとの疑いを生じさせやすい上、それがBの買い上がりによることを知っていれば、なおさら露骨な買い上がりが相場操縦の疑いを強めることは容易に分かるのであるから、相場操縦の発覚等を恐れて不安を覚えるのは何ら不自然なことではない。むしろ、被告人は、Bが相場操縦を行っていることを認識していたからこそ、その露骨な買い上がり等のやり方に不安を覚えたと見る方が合理的であり、目立ち過ぎてまずいのではないかと気になったと述べる被告人の捜査段階の供述(証拠略)は自然である。
ところで、被告人を本件相場操縦の共同正犯と認めるためには、単にBが意図的、人為的に(違法に)株価を引き上げる相場操縦行為を行うことを認識していたと認められるだけでなく、それを自己の犯罪として実現しようとする意思、すなわち、自らもBらの行為を介して違法に株価を引き上げようとする意思を有していたことが必要であり、所論は、要するに、被告人にはそのような意思がなかったとの主張であると解される。そこで、その点について改めて見てみるに、以上のように、被告人は、Bが、具体的な根拠を挙げて志村化工の株価を意図的に上昇させる必要性やメリット等を説明し、保有する志村化工の株券の貸与を依頼したのを受けて、志村化工の株券を貸与していること、貸与された志村化工の株券を代用有価証券として証券会社に差し入れなければ、Bらが相場操縦を目的とした株式の信用買いを行うことが事実上不可能であったと考えられるのであり、被告人による株券の貸与は、本件各犯行の実行にとって極めて重要かつ不可欠なものであったといえること、被告人が、本件各犯行が実行された期間中、志村化工の株価の状況についてBから日々報告を受けており、原判示第1の犯行時の急激な株価の上昇や株価の一時的下落を見た際に懸念を示すなど、時には株価の状況について心配する言動もしていたことなど、被告人の本件への関与の経緯、態様に加え、被告人が、多数の志村化工株を保有し、その一部を資金調達の糧としてきているとともに、将来的にも志村化工株を使用した資金調達の必要性が見込まれる状況にあって(ちなみに、a社は、経済的信用力が乏しく、金属微粒子等の製造機械設備等の購入も、平成一二年一二月二八日の合意に基づき、株式会社Fを介してその与信を受ける形で行うことになったが、同社に対するa社の機械設備等の購入代金債務については被告人が連帯保証人になっているほか、平成一三年三月五日、a社保有の志村化工株二〇〇万株を譲渡担保(一〇億円を極度額とする根担保)の目的としてFに差し入れている(証拠略)。)、志村化工の株価が上がれば、資全繰りを楽にする効果がある一方、株価が下がれば、追加担保を入れる必要が生ずるなど資金繰りが苦しくなるという効果をもたらすのであり、また、被告人が貸与した志村化工の株券の返却も志村化工の株価が上昇することにより確実性が増す(逆に志村化工の株価が下落すれば、追い証を求められ、株券を更に貸与しなければならなくなり、貸与株券の返却は一層困難となる。)など、被告人が志村化工の株価に対して極めて深い利害関係を有していたことなどの諸事情を総合考慮すると、被告人は、自らもBと同様に、事情を知らない一般投資家を誘い込み、人為的に志村化工の株価を上昇させるという目的、意図をもち、それを実現するためにBに対し株券の貸与を了承したと推認することができるのであり、Bとの間に本件相場操縦につき共謀を遂げたものと認められる。
なお、被告人が株券貸与を了承した経緯、理由として原審において供述するところは、平成一三年二月末に二回目の第三者割当増資をする必要があり、それを有利に進めるためには株価が高い方が良い、そのために株を買う必要があるので、株を貸してほしいというBの申し出を断ったが、更にBが泣きついてきて、これまでBに志村化工とa社の提携の際にファンドマネージャーとして尽力してくれたので、貸してやってもいいと思うようになっていたところ、Bは、借りた株券を担保に株式を購入し、それを長期的に保有してくれる海外のファンドに買い取ってもらうと言い、そうなれば、短期間のうちに利益だけを持っていこうとする投資家と異なり、経営に口出しをされることもなく事業を進められ、それに越したことはないなどと考えた、そして、Bは、第一回目の第三者割当増資のときも海外の投資家から資金を集めてきた実績があったことなどから、買付株式を海外のファンドに買い取ってもらうことによって、貸した株は間違いなく返還されると思ったというのである。海外の機関投資家にも買わせるという筋書きは、Bの原審供述にも、またCの供述にも見られるが、いずれにせよ、被告人の上記供述は、被告人も株価を意図的に引き上げることについて了承し、これに積極的な意思を有していたと解される内容であり(海外の機関投資家の株式購入の話は上記の貸与株券の返却ともかかわる。)、この供述は、被告人が相場操縦の意思を有していたとの認定を左右するものではない。また、所論は、Bにはほかに重要な個人的な目的があり、自己の多額の負債と生活困窮のおそれ、自分が知人に勧めた志村化工株の株取引のための追い証のための貸付金回収の必要性、自分が志村化工株の株取引を勧めた知人らからのクレームへの対処等であり、本件当時ころ、Bにとってこれらの問題は切迫した状況にあった、などと主張する。確かに、Bに所論指摘のような個人的な事情があり、相場操縦行為により自己の経済的利益のためにした面があり、被告人にはそのような事情を話していないことがうかがわれるが、そのことは、被告人自身が志村化工株の相場操縦の意思があったかどうかを含め、本件相場操縦行為についてBと共謀したかどうかを直ちに左右するものではない。
なお、所論は、被告人の検察官調書は、本件共謀に係る主要部分において、Bの原審供述や当時の客観的状況と矛盾するばかりか、不合理な点がある上、被告人の当時の健康状態をも考え併せると、信用性がないと主張するが、既に見てきたとおり、関係証拠を検討すれば、原判決が「事実認定上の補足説明」の第4において、被告人の捜査段階における供述は基本的に信用できるとした、その判断に誤りはない。
その他、所論あるいは被告人がるる主張するところを検討しても、原判示の認定に誤りがあるとは認められない。
3 結論
以上によれば、被告人が本件相場操縦行為につきBと共謀した事実が認められ、被告人はBを介してCとも共謀したことが優に認められるから、被告人を原判示第1、第2の犯行の共同正犯と認めた原判決に所論のような事実誤認及び法令適用の誤りがあるとは認められない。
本論旨は理由がない。
第2 追徴に関する主張について
所論は、要するに、原判決は、証券取引法一九八条の二(以下「本条」ともいう。)所定の必要的没収・追徴について、相場操縦においては個々の売買取引により得た買付株式及び株式の売却代金のすべてがその対象になると解した上で、本条一項ただし書を適用し、没収・追徴の範囲を売却代金から買付代金相当額を控除した売買差益相当額に限定して、被告人に金一億二〇八〇万九〇〇〇円の追徴を科しているが、<1> 買付株式とその株式の売却代金とは実質的に同一であり、これらを合算すると常に二重評価になるのであるから、そもそも買付株式及び株式の売却代金のすべてが没収・追徴の対象になるという解釈自体が不当であり、売買差益だけが没収・追徴の対象となると解釈されるべきである、<2> 一連の売買取引行為が相場操縦行為になると考えるべきであるから、没収・追徴の対象は全体の損益で考えるべきである、<3> 信用取引においては買付株式及び売却代金をその売買時に取得できず、あらかじめ定めた期限に精算して初めてその利益や損失が現実化するものであるから、差損が生じた場合にはこれを没収・追徴額から控除すべきであり、また、信用取引の追加担保に供した分は没収・追徴額から除外されるべきである、<4> 原判決は、犯行前に買い付けた株式を犯行期間中に売却した場合にもその売買差益を追徴の対象としているが、その差益は、いつどの値段で買い付けたかによって異なってくるものであり、買付行為自体は違法な行為ではないのであるから、相場操縦とは関連性がなく、不当である、<5> 被告人は、相場操縦の実行行為をしていないし、相場操縦による株式の売買差益を得る意図も差益を受ける事前の約束もなく、さらに、売買差益の存在についての認識もなく、犯行後相場操縦による利得を受けた事実もなかったのであるから、被告人から追徴するのは不当である、などと主張する。
そこで検討するに、証券取引法一九八条の二は、同法一九七条一項七号(原判示の変動操作、仮装売買、馴れ合い売買を含む。)等の罪の犯罪行為により得た財産は没収する、ただし、その取得の状況、損害賠償の履行の状況その他の事情に照らし、当該財産の全部又は一部を没収することが相当でないときは、これを没収しないことができる(一項)、没収すべき財産を没収することができないときは、その価額を犯人から追徴する(二項)旨規定しているところ、同規定の趣旨は、原判決も判示しているとおり、「相場操縦等の犯罪行為により得た利益を犯人から残らず剥奪し、不公正取引に対する抑止力を強化する」というものであり、より明確にいうならば、相場操縦等の犯罪行為により得た財産(積極財産)を犯人から残らず剥奪し、不公正取引を厳に規制しようとするものと解すべきである(原判決は「利益」という用語を使用しているが、これは原価、費用、損失等を控除したものを示すものではないと解される。)。このことを前提に各所論を見ると、<1>については、株式の買付け、売却のそれぞれが「犯罪行為」である相場操縦行為に該当すると解される上、買付け、売却が常に一対で相場操縦行為となるわけではなく、株式の買付け又は売却の一方のみが相場操縦行為に該当することがあり、その場合にその買付株式又は売却代金を没収・追徴の対象とすべきことは当然であることも考えると、二重評価となるかどうかをそもそも没収・追徴の対象となるかどうかの判断基準とする根拠は乏しいといわねばならない。また、<2>については、証券取引法一五九条二項一号所定の「相場を変動させるべき一連の上場有価証券売買等又はその委託等若しくは受託等」(変動操作)に該当する「一連の売買」とは「社会通念上連続性の認められる継続した複数の売買取引」であると解されるとしても、それを構成する個々の売買がそれぞれ「犯罪行為」であることに疑いの余地はなく、一連の売買全体のみが「犯罪行為」であると解するのは相当でない。本条の趣旨に照らし、原則として買付株式及び株式の売却代金すべてが没収・追徴の対象となるとの原判決の解釈は正当である。<3>については、ここでいう信用取引(上場会社の株式の売買に関するもの)とは、証券会社が顧客から上場株式の売買の委託を受けるに際し、顧客にその買付代金又は売付株式を貸し付けて行うものであり、確かに、その売買による買付株式や売付代金は、証券会社が担保として押さえているため、顧客は、売買を行っても直ちに買付株式や売付代金を手元に収められるわけではないが、犯罪行為である相場操縦に該当する売買自体は、証券会社が買付代金や売付株式を立て替えて決済を終えており、顧客と証券会社との間に株式又は代金の貸借関係の清算(証券会社に対する株式又は代金の返済)が残っているにすぎないのであって、信用取引による買付株式や売付代金を顧客が取得しているといえることは明らかである。所論は前提を欠く。<4>については、株式の売却行為自体が犯罪行為である相場操縦行為に該当し、その売却代金は、売却した株式の入手方法にかかわらず、犯罪行為により得た財産として没収の対象となるというべきであるから、所論の指摘は当を得ない。<5>については、まず、上記本条の趣旨に照らせば、原則として、相場操縦の実行行為をしていない共謀共同正犯に対しても、相場操縦行為により得た財産の没収又はその没収ができないときのその価額の追徴を言い渡さなければならないものと解される。また、同様に、上記本条の趣旨に照らせば、所論指摘の収益の分配、帰属、利得の有無、収益ないし利得に関する認識の有無などの事情は、いずれも追徴の言い渡しの可否には影響しない。もっとも、追徴の執行段階では、共犯者から現実に追徴がされた分について被告人から重ねて追徴することはできないのは当然である。
所論のその余の主張も逐一検討したが、いずれも合理的な根拠に欠けるか、乏しいものであって、採用の限りでない。
本論旨も理由がない。
よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高橋省吾 裁判官 景山太郎 裁判官小原春夫は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 高橋省吾)