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東京高等裁判所 平成16年(て)20号 決定 2004年3月29日

主文

本件は,逃亡犯罪人を引き渡すことができない場合に該当する。

理由

第1  本件審査請求の適法性

上記甲野太郎(以下「甲野」という。)は,平成13年5月8日,アメリカ合衆国(以下「米国」ともいう。)連邦法典18編371条,1831条(a)(1)項,同条(a)(2)項,2314条の共謀罪,経済スパイ罪,盗品州外輸送罪について,同国連邦地方裁判所オハイオ州北部地区東部支部に対して公訴を提起された逃亡犯罪人であるとして,平成14年3月8日,日本国とアメリカ合衆国との間の犯罪人引渡しに関する条約(以下「条約」という。)2条1項に基づき,米国から我が国に対して引渡しの請求がされたものであるところ,平成16年2月2日,東京高等検察庁検察官から当裁判所に対し,逃亡犯罪人引渡法(以下「法」という。)8条1項に基づき,上記引渡しについての審査の請求がなされた。そこで,一件記録を調査し,検察官,甲野及び補佐する弁護士(以下「補佐人」という。)の意見を聴いた上で検討するに,まず,本件審査請求の手続が条約及び法の規定に基づき適法になされたものであることは明らかである。

第2  引渡し拒絶事由の存否

1  嫌疑が必要とされる犯罪の意義

以下,本件が逃亡犯罪人を引き渡すことができる場合に該当するか否かについて検討する。問題となるのは,条約3条が引渡しの要件として犯罪の嫌疑を要求している点について,請求国の法令に基づく引渡犯罪の嫌疑が認められなければならないのか,それが認められなくても,被請求国の法令に基づく犯罪の嫌疑が認められれば足りるのかである。

条約3条は,「引渡しは,引渡しを求められている者が被請求国の法令上引渡しの請求に係る犯罪を行ったと疑うに足りる相当な理由があること又はその者が請求国の裁判所により有罪の判決を受けた者であることを証明する十分な証拠がある場合に限り,行われる。」と規定しており,法2条6号は,「引渡犯罪について請求国の有罪の裁判がある場合を除き,逃亡犯罪人がその引渡犯罪に係る行為を行ったことを疑うに足りる相当な理由がないとき」を引渡拒絶事由の一つとする旨規定しているところ,条約と法が,犯罪の嫌疑(それを行ったと疑うに足りる相当な理由があること)について異なる内容の規定を置いているとは解されず,「引渡しの請求に係る犯罪」と「引渡犯罪に係る行為」の意義は基本的に同様であると解される。ところで,逃亡犯罪人引渡しの手続において,請求国の側に一定の罪責立証を要求するか否かについては,各国の法制は一様ではなく,立法論的には議論の余地もあり得るところと思われるが,これを要求する制度を採る以上,その趣旨は,人権保障の見地から,引き渡される者が請求国の裁判で有罪とされる見込みがあるかどうかを被請求国において審査することにあると解するのが自然である。条約3条は「引渡しの請求に係る犯罪を行ったと疑うに足りる相当な理由があること」を「請求国の裁判所により有罪の判決を受けた者であること」と並べて規定しており,法2条6号もこれと同趣旨であるが,これらの規定は上記のような解釈になじむものである。また,条約8条2項(c)は,引渡しの請求に際して「引渡しの請求に係る犯罪の構成要件及び罪名を定める法令の条文」を添付資料とする旨を規定しており,ここにいう「引渡しの請求に係る犯罪」が請求国の法令に基づく引渡犯罪を意味することは明らかである。さらに,逃亡犯罪人引渡法による審査等の手続に関する規則(以下「規則」という。)5条2項3号は,審査請求書に「引渡犯罪にかかる行為に適用すべき請求国の罰条及び日本国の相当罰条」を記載することを義務付けており,ここにいう「引渡犯罪にかかる行為」が請求国の法令に基づく引渡犯罪及び被請求国の法令に基づく犯罪の双方を念頭に置いたものであることは明らかである。以上によれば,条約にいう「引渡しの請求に係る犯罪」と,法にいう「引渡犯罪に係る行為」とは,本来は請求国の法令に基づく引渡犯罪ないしこれに該当する行為を意味するが,場合によって,被請求国の法令に基づく犯罪ないしこれに該当する行為を含んで用いられることがあると解することができる。そうすると,少なくとも請求国の法令に基づく引渡犯罪の嫌疑が認められなければ,条約3条及び法2条6号が要求する犯罪の嫌疑が認められないことは明らかである。

検察官は,上記のような解釈に異を唱え,我が国の法の下で犯罪行為と評価される行為について嫌疑が認められれば足りると主張し,その根拠として以下のとおり主張している。

①  法2条6号は,条約3条と同趣旨の規定であるところ,法2条6号にいう嫌疑の対象は,法文上も明らかなとおり,「引渡犯罪に係る行為」であり,「引渡犯罪」そのものではない(法2条は,「引渡犯罪」と「引渡犯罪に係る行為」とを明確に区別して用いている。)。法2条6号は,我が国の裁判官に外国法令を解釈させるという困難を避け,我が国の法令に基づく判断を要求したものと考えられる。

②  東京高等裁判所平成元年3月30日決定(高刑集42巻1号98頁)は,「双罰性を考えるに当たっては,犯罪構成要件の規定の仕方は国によって異なる場合が少なくないので,単純に構成要件にあてはめられた事実を比べるのは相当でなく,構成要件的要素を捨象した社会的事実関係に着目して,その事実関係の中に我国の法の下で犯罪行為と評価されるような行為が含まれているか否かを検討すべきであると解される(法2条4号が引渡犯罪に係る「行為」との文言を使用していることに留意)。」旨判示しており,双罰性については,請求国における法的評価を離れ構成要件的観点を捨象した生の行為ないし自然的,社会的事実関係そのものについて判断すべきとされているところ,この判断は,法2条6号の「引渡犯罪に係る行為」に関しても同様に当てはまり,構成要件的要素を捨象した社会的事実関係の中にある日本国の法の下で犯罪行為と評価される行為について,これを行ったことを疑うに足りる相当な理由があるか否かを審査することになると解すべきである。

③  補佐人は,条約3条が「引渡しの請求に係る犯罪」と規定していることを根拠として,請求国における法令に基づく引渡犯罪そのものの嫌疑が必要である旨主張するが,条約は,4条1項(2)において「被請求国において引渡しの請求に係る犯罪について訴追されている場合」を引渡拒絶事由として掲げるなど,請求国及び被請求国のいずれにおける手続についても「引渡しの請求に係る犯罪」という用語を用いており,同用語を用いていることを理由に補佐人主張のような解釈を導くことには無理がある。

④  条約3条は,嫌疑の相当性判断の準拠法として「被請求国の法令上(according to the laws of the requested Party)」と明記しているのであるから,請求国の法令に基づく引渡犯罪についての嫌疑の相当性を判断すべしというのは特異な解釈である。

そこで検討するに,まず,法が「引渡犯罪」と「引渡犯罪に係る行為」を区別して用いていることは確かであるが,そのことが「引渡犯罪に係る行為」に「引渡犯罪」に該当する行為が含まれないと結論付ける根拠になるものでないことは既に述べたところから明らかである。また,検察官は,被請求国の裁判官が外国法令を解釈することは困難である旨主張しているが,審査の対象はあくまで事実の存否であり(規則10条1項,5条2項2号は審査請求書に「引渡犯罪にかかる行為」を記載することを義務付けている。),一定の法解釈を前提とするいわゆる規範的事実についても,もとより厳密な法解釈を前提にする必要はなく,文献や裁判例等を資料として相応の妥当性を有すると考えられる法解釈の範囲内で判断すれば足りるのであるから,上記のような立場を採っても被請求国の裁判官に特段の困難を強いるものとは解されない。

次に,検察官は,上記東京高等裁判所決定を自説の根拠として挙げるが,双罰性について,請求国の構成要件に該当する事実そのものではなくその背後にある自然的,社会的事実の中に我が国の法の下で犯罪行為と評価される行為が含まれているかどうかを検討するべきであるということから,請求国の構成要件に該当する事実についての嫌疑が不要であることが導かれるとするのは,明らかに論理の飛躍である。そして,上記東京高等裁判所決定の事案においては,我が国の法の下で犯罪行為と評価される行為が,請求国の法令に基づく引渡犯罪に該当する行為を包含する関係にあったことから,本件のような問題は生じなかったものであり,同決定は,その判示自体から明らかなように,もとより,引渡犯罪についての嫌疑が不要であるとの見解を示したものではないのである。また,これまでに東京高等裁判所においてなされた逃亡犯罪人引渡審査請求事件の各決定を見ても,そのような見解を示したものは見当たらない(文献についても同様である。)。

次に,検察官は,条約は,4条1項(2)において「被請求国において引渡しの請求に係る犯罪について訴追されている場合」を引渡拒絶事由として掲げるなど,請求国及び被請求国のいずれにおける手続についても「引渡しの請求に係る犯罪」という用語を用いている旨主張しているが,条約が請求国及び被請求国のいずれにおける手続においても「引渡しの請求に係る犯罪」という用語を用いているからといって,条約4条にいう「引渡しの請求に係る犯罪」が我が国の法の下で犯罪行為と評価される行為を意味することになるわけではない。すなわち,同条の趣旨は,請求国の法令に基づく引渡犯罪と(我が国における「公訴事実の同一性」と同じような意味における)事実の同一性が認められる被請求国の法令に基づく犯罪について被請求国において訴追されている場合等を引渡拒絶事由として定めるものと解されるところ,その要件を充足しているかどうかを検討する上では,まずもって請求国の法令に基づく引渡犯罪はいかなるものかを取り上げ,その上で,当該犯罪と被請求国において訴追されている犯罪とがいかなる関係にあるのかを考えることになるはずであるところ,仮に同条にいう「引渡しの請求に係る犯罪」が直接的に被請求国の法令に基づく犯罪を意味するとすると,同条の上で,当該犯罪と請求国の法令に基づく引渡犯罪との関係を規定する部分が存在しなくなってしまうのである。そうすると,ここにいう「引渡しの請求に係る犯罪」とは,あくまで請求国の法令に基づく引渡犯罪であり,その犯罪について被請求国において同一性の認められる犯罪によって訴追されている場合等という趣旨を,「引渡しの請求に係る犯罪「について」訴追されている場合」という文言で言い表したものと解されるのである。

次に,検察官は,条約3条が嫌疑の相当性判断の準拠法について「被請求国の法令上」(英文では「according to the laws of the requested Party」)と規定していることを指摘するが,当該条文全体の英文は,「Extradition shall be granted only if there is sufficient evidence to prove either that there is probable cause to suspect, according to the laws of the requested Party, that the preson sought has committed the offense for which extradition is requested or that the person sought is the person convicted by a court of the requesting Party.」というものであり,その文章からして,「被請求国の法令上」は「疑うに足りる相当な理由があること」に係ると解されるのであって,要するに,被請求国の法令に従って嫌疑を判断しなければならないとの趣旨にすぎないと解されるのである。(なお,条約7条2項が「請求国は,引渡しの理由となった犯罪を構成する基本的事実に基づいて行われる限り,第2条1の規定に従い引渡しの理由となるべきいかなる犯罪についても,この条約の規定に従って引き渡された者を拘禁し,訴追し,審判し,又はその者に対し刑罰を執行することができる。」と規定していることも問題となり得るが,条約7条2項は,同条1項とともに,いわゆる特定主義(請求国は引き渡された者を引渡しの理由となった犯罪以外の犯罪であって引渡しの前に犯されたものについて訴追等することができないという国際法上の原則)について定めた規定であるところ,特定主義をどのように定めるかは,そもそも罪責立証を必要としない法制においても問題になることであるから,罪責立証の範囲及び程度等と特に関連性を有するものではないと解される。)

2  嫌疑の有無

以上のとおりであるから,本件においては,請求国の法令に基づく引渡犯罪であるところの,引渡しの請求に係る各犯罪について,甲野がこれを行ったと疑うに足りる相当な理由があることを証明する十分な証拠がなければ,その余の点について判断するまでもなく,逃亡犯罪人を引き渡すことができない場合に該当することになる。

本件審査請求書によれば,上記引渡しの請求に係る各犯罪の要旨は,以下のとおりである(なお,引渡犯罪名は,共謀罪(下記第1の1及び2),経済スパイ罪(同第2及び第3),盗品州外輸送罪(同第4)である。)。

「甲野は,米国オハイオ州クリーブランド市所在のクリーブランド・クリニック財団(以下「CCF」という。)のラーナー研究所に勤務していたものであるが,

第1  1998年1月から1999年7月ころにかけて,

1  下記第2及び第3記載の経済スパイ罪に該当する違法行為を行うことを乙野次郎(以下「乙野」という。)らと共謀し,

2  下記第4記載の盗品州外輸送罪に該当する違法行為を行うことを乙野らと共謀し,

第2  乙野らと共謀の上,1999年7月ころ,日本国埼玉県に所在する特殊法人理化学研究所(以下「理研」という。)の利益に資することを意図し,又は知りながら,ラーナー研究所の第164号研究室において,CCFの研究者により開発された同財団の財産である実験用ガラス容器入りの10種類のDNAと細胞系の試薬等を窃取し,もって外国機関の利益に資することを意図し,又は知りながら営業秘密を窃取等し,

第3  乙野らと共謀の上,理研の利益に資することを意図し,又は知りながら,そのころ,同所において,CCFの研究者により開発された同財団の財産である実験用ガラス容器入りの20種類のDNAと細胞系の試薬等を損壊し,もって外国機関の利益に資することを意図し,又は知りながら営業秘密等を破壊し,

第4  乙野らと共謀の上,1999年7月ころ,窃取されたものであることの情を知りながら,CCFの研究者により開発された実験用ガラス容器入りDNAと細胞系の試薬を米国カンザス州カンザスシティ所在の乙野方に送付し,もって窃取されたものであることの情を知りながら,5000ドル以上の物品を州外に輸送した。」

(以下,上記各事実を「犯罪事実第1の1」などと表記する。)

検察官は,犯罪事実第2及び第3の各試薬等の所有権はCCFにあったのであり,甲野による上記試薬等の持ち出し,損壊行為は経済スパイ罪等に問擬される行為(以下便宜「経済スパイ活動」という。)であった旨主張しており,甲野が上記試薬等の持ち出し,損壊行為に及んだ状況や,その前後に度々電子メールで理研の関係者と連絡を取ったり,罪証隠滅工作と見られる行為に及んでいたことなどを内容とする,CCF関係者の宣誓供述書等を提出している。しかしながら,それらの資料は,甲野の側の言い分を踏まえた上で作成されたものではなく,主として一方当事者であるCCF側の主張や供述を取りまとめたものである。また,上記の電子メールの内容にも甲野の行為が経済スパイ活動であったことを推察させるような事項は含まれていない。他方,甲野及び補佐人は,甲野が上記試薬等の持ち出し,損壊行為に及んだ事実は基本的に争わないが,持ち出しあるいは損壊した試薬等の種類数を争い,また,それらの試薬等の所有権は上記第164号研究室の主任研究員であった甲野にあったのであり,少なくとも甲野はそのように認識していたのであるから,甲野の行為は営業秘密の窃取や破壊には当たらない,それらの行為は,甲野が,同研究室において甲野の下で研究をしていた博士研究員である丙野三郎(以下「丙野」という。)が自己に対して裏切り行為に及んだという同人に対する悪感情や,同人に自己の研究を乗っ取られたくないという気持ちから行った,幼稚な嫌がらせ行為にすぎず,経済スパイ活動などではない旨主張しており,補佐人は,甲野の陳述書や,上記持ち出し,損壊行為に係る試薬のほとんどが比較的容易に入手可能な材料から難易度の比較的低い高価でない技術によって作成されていると推測されることなどを記載した日本人研究者の陳述書等を提出している。このうち,甲野の陳述書は,甲野が1992年に渡米し,他の日本人研究者に従事してアルツハイマー病の研究を始めてから,1996年に「遺伝性アルツハイマー病の分子基盤」とのテーマで米国国立衛生研究所のグラント(科研費)を取得し,1997年にCCFに雇用された後も上記研究を継続していた状況や,研究の停滞に伴う心理的葛藤や丙野とのあつれきなどから,1999年2月か3月ころ,米国での研究者生活に見切りを付け,帰国して理研に就職することを決意するに至った心境,その中で,丙野に対する嫌がらせ等として上記試薬等の持ち出し,損壊行為に及んだ状況などを具体的かつ詳細に記述したものであり,甲野が理研の利益のために経済スパイ活動としてCCFの営業秘密を盗み出したり損壊したりしたのではないという甲野の言い分を,それなりの説得力を持って説明しており,甲野が理研の関係者と度々連絡を取っていたことや罪証隠滅工作と見られる行為に及んだことなどについても,理研への就職活動の目的や,丙野と結託していると思われたCCF関係者に理研への就職を妨害されたくなかったなどという意図との関係で,一応納得の行く説明を加えているものということができる。また,上記日本人の研究者の陳述書についても,それ自体疑わしい内容を含んでいるものと見るべき理由はなく,甲野が経済スパイ活動をしたとの推認に消極に働くものということができる。さらに,甲野がCCFから持ち出した試薬等が理研の研究に用いられるなどし,それが理研に多大の利益をもたらしたなどという事実があるとすれば,そのことは,甲野が上記試薬等の持ち出し,損壊行為に及ぶに際して理研の利益に資することを意図し,又はこれを認識していたことを推認させる事情ということができようが,そのような事実があったとは認め難い。

なお,通常の場合,逃亡犯罪人は文字どおり逃亡しているのであるから,請求国側があらかじめ逃亡犯罪人の言い分を知ることは困難であるということもできるが,本件においては,甲野側が,平成11年(1999年)10月以降,米国の検察側に対して,自己の言い分を聞いてほしい旨の申入れを再三行っていたのに,それが聞き入れられないままに,平成13年5月に起訴がなされたという事情がある(検察官はその旨の補佐人の主張を争っていない。)。さらに,条約8条7項は,「被請求国の行政当局は,引渡しを求められている者の引渡請求の裏付けとして提出された資料がこの条約の要求するところを満たすのに十分でないと認める場合には,自国の裁判所に当該引渡請求を付託するかどうかを決定する前に請求国が追加の資料を提出することができるようにするため,請求国に対しその旨を通知する。被請求国の行政当局は,その資料の提出につき期限を定めることができる。」と規定しているところ,平成14年3月に米国から我が国に対して引渡請求があった後,本件審査請求がなされるまでに約2年間を費やしているが,その間の平成14年5月から平成15年11月にかけて,補佐人と同一の弁護士が法務省に対して上記と概ね同趣旨の甲野側の主張ないし陳述を記載した意見書多数を提出していたという事情も認められる。

そこで,これらの事情も踏まえて,現時点において双方から提出された一切の資料を総合して検討すると,犯罪事実第2及び第3の経済スパイ罪について,甲野が,上記試薬等の持ち出し,損壊行為に及ぶに際して,理研の利益に資することを意図し,又はこれを知っていたと疑うに足りる相当な理由があるとは認められないというべきである。

さらに,犯罪事実第4の盗品州外輸送罪については,検察官自身,本件窃取及び損壊に係る試薬の市場価値を割り出すことは困難であるし,その意味もない,それらの商業的価値は算出不能である旨自認しており(平成16年2月9日付け意見書),犯罪事実第4の盗品州外輸送罪について,輸送に係る試薬が5000ドル以上の物品であったと疑うに足りる相当な理由があるとは認められないことが明らかである。

また,以上からすれば,犯罪事実第1の1及び2の共謀罪についても,甲野がこれらの罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があるとは認められないことが明らかである。

第3  結論

以上のとおりであり,本件は,条約3条の逃亡犯罪人が引渡しの請求に係る犯罪を行ったと疑うに足りる相当な理由があることを証明する十分な証拠がある場合に該当しないから,その余の点について判断するまでもなく,法10条1項2号により,逃亡犯罪人を引き渡すことができない場合に該当する旨の決定をすることとして,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官・須田 贒、裁判官・井口 修、裁判官・西田時弘)

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