東京高等裁判所 平成16年(ネ)1950号 判決 2005年3月30日
当事者
別紙当事者目録記載のとおり
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人らに対し,原判決別紙一覧表「損害金額合計」欄記載の各金員を支払え。
3 被控訴人が,平成11年8月10日付けで,控訴人X1及び同X2に対して行った原判決別紙配転命令目録記載の各配転命令がいずれも無効であることを確認する。
4 控訴人X1及び同X2が,被控訴人において原判決別紙配転命令目録の「旧業務」欄記載の各業務に従事する労働契約上の地位にあることを確認する。
第2事案の概要
1 被控訴人(本店の所在地東京都品川区)は,昭和14年12月20日設立された通信機器,制御機器などの製造販売を業とする株式会社であり,本件訴えが提起された平成11年12月当時,信州工場及び野沢分工場(いずれも長野県佐久市)等を置いていたほか,信州工場で行っている継電器製造に関連して,千曲通信工業株式会社(以下「千曲通信工業」という。)等の子会社を有していた。
控訴人らは,いずれも被控訴人に勤務する従業員及び定年で退職した元従業員であり,控訴人X3を除き,全日本金属情報機器労働組合(JMIU)長野地方本部高見沢電機支部(以下「労働組合」という。)の組合員である。控訴人X1は,平成10年1月に野沢分工場にある信州工場化工課に配属され,第1鍍金係員として化学研磨作業等の業務に従事し,控訴人X2も,同じ時期に同課に配属され,第2鍍金係員として電気メッキ自動機によるメッキ作業等の業務に従事していた。
被控訴人は,昭和34年3月21日実施の給与規定(以下「昭和34年給与規定」という。)で「昇給は年1回5月21日に定期に行い,その範囲は本給表に基づき,標準4号とし,最高6号とする。」と定め,昭和38年7月21日実施の給与規定(以下「昭和38年給与規定」という。)で上記昇給基準に関する部分を削除した。その後,昭和41年6月21日実施の給与規定(以下「昭和41年給与規定」という。)で「昇給は年1度,3月21日定期とする。」と改訂し,その後の改訂を経て,平成4年3月21日実施の現行給与規定においても,定期昇給に関し「昇給は年1度,3月21日定期とする。」と定めているが,上記昇給基準が削除されて以降,その具体的昇給額については給与規定上の定めがない。
被控訴人は,平成10年に至るまで定期昇給を実施してきたが,平成11年3月21日の定期昇給については,業績の悪化を理由にこれを実施しなかった。
それとともに,被控訴人は,労働組合及び同組合員以外の従業員により組織されている高見澤電機従業員組合に対し,事業再建策(以下「本件事業再建策」という。)を提示して労使交渉を経て同年7月からこれを実施した。そして,被控訴人は,信州工場のリレー製造に関する営業の一部を千曲通信工業に譲渡したことに伴い,化工課(野沢分工場)のメッキ製造に関する事業についても,選別・均し工程業務を除く全てを千曲通信工業に営業譲渡し,選別・均し工程業務及びこれに必要な製造設備については,同年8月10日,信州工場部品課にこれを移管,移設するとともに,控訴人X1を信州工場部品課溶接係主任に,控訴人X2を同係にそれぞれ異動させる旨の配転命令(以下「本件配転命令」という。)を発令した。
控訴人らは,被控訴人の給与規定上,定期昇給を実施することが義務付けられており,平成10年に至るまで35年以上もの長期間,定期昇給を毎年実施し,その基準を4号俸とするという労使慣行が確立していたから,平成11年度の定期昇給を実施しなかったのは違法であると主張して,被控訴人に対し,債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を求めるとともに,控訴人X1及び同X2(以下「控訴人X1ら2名」という。)は,本件配転命令が労使協定による合意を得ないで発令されたものであるなどと主張して,その無効確認と原判決別紙配転命令目録の「旧業務」欄記載の各業務に従事する労働契約上の地位にあることの確認を求めた。
2 原判決は,現行の就業規則,給与規定には,定期昇給の具体的基準が定められておらず,これについては被控訴人と労働組合との間の毎年の団体交渉による合意によって定められていたが,平成11年度定期昇給に関して団体交渉が行われたものの合意に至らなかったものであり,また,定期昇給4号俸を実施する旨の労使慣行も存在しないとして,定期昇給の不実施による控訴人らの損害賠償請求を棄却した。また,控訴人X1ら2名の請求のうち上記「旧業務」の業務に従事する労働契約上の地位にあることの確認を求める訴えについては,被控訴人においては上記「旧業務」が存在しないから,確認の利益を欠く不適法な訴えとして却下し,さらに,本件配転命令無効確認請求については,その効力を否定することはできないとしてこれを棄却した。控訴人らは,これらを不服として控訴した。
3 前提事実と争点及びこれに関する当事者の主張は,4において当審における控訴人らの主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要」の1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。
4 当審における控訴人らの主張
(1) 定期昇給義務について
昭和34年から昭和38年までの賃上げにおいては,昭和34年給与規定で定期昇給を「標準4号とし,最高6号までとする。」ことが明記され,定期昇給基準が4号俸であることを当然の前提として,これを超える要求である臨時昇給の扱いをめぐって労使の協議が進められて合意が成立した時点で昇給の実施がなされていたものであって,定期昇給の基準まで労使の協議と合意により定めていたものではない。このように給与規定で「標準4号,最高6号」と明記され,定期昇給基準を4号俸とすることは当然の前提として労使間で毎年確認されていたが,定期昇給基準に幅があったため,被控訴人は,労働組合から最高6号俸の要求が出されることを嫌って,これをなくして定期昇給基準を4号俸に限定するために昭和38年給与規定で定期昇給に関する上記規定を削除した。しかし,被控訴人と労働組合との間では,定期昇給基準を4号俸とすることは確定していたため,被控訴人は,昭和39年から平成10年までの35年間にわたり(ただし,昭和50年を除く。),賃上げ交渉の初回に決まって定期昇給4号俸を回答し,実施してきたものであり,労使の交渉は,専ら臨時昇給を何号俸にするか,一律金額等をいくらにするかをめぐってなされていた。なお,昭和50年度においては,被控訴人は,当初,定期昇給不実施の回答をしていたが,これは大幅な受注減により被控訴人の経営が厳しい状況にあった上,その当時,第一次争議の最中で,解雇をめぐる訴訟で敗訴するなど窮地に立たされていたことから,上記の回答をしていたものである。その際,被控訴人は,就業規則上,定期昇給を実施しなければならないことを認識していたからこそ,その不実施の申入れをするのと同時に,就業規則の改定についても考えている旨の回答をしたものである。その後,団体交渉の中で,被控訴人は,定期昇給3号俸の回答をし,最終的には,定期昇給4号俸の回答をしたものであり,このような経緯からすると,定期昇給4号俸実施義務を十分認識しながら,敢えてこれを回避しようとしたものであって,最終的には,定期昇給4号俸を実施したばかりでなく,その経緯を見れば,定期昇給4号俸の実施義務を当然のこととして認識していたことは明らかである。
したがって,被控訴人の給与規定で定期に昇給を行う旨の定めがある以上,被控訴人は,毎年5月21日又は3月21日以降,定期昇給を実施する義務を負っており,その基準を4号俸とすることが労使慣行として定着確定していたから,平成11年度においても,定期昇給4号俸を実施すべきであった。このように,就業規則(給与規定)に定期昇給を行う旨明記され,その基準を4号俸とする労使慣行が法的効力を持つ程度に確立しているのであるから,被控訴人が定期昇給を実施しないのであれば,就業規則を変更しなければならず,これがなされていない以上,定期昇給を実施しないのは違法である。
ところが,原判決は,<1>昭和34年度から昭和38年度において,被控訴人と労働組合との団体交渉を経て,給与規定に定める昇給基準と異なる定期昇給が実施されており,<2>このように定期昇給の基準は各年度ごとに労使間の団体交渉で協議して合意していたことから,定期昇給については,団体交渉で協議して定めるという認識に至り,その結果,昭和38年給与規定の改訂により定期昇給の基準額が削除され,<3>その後の定期昇給は,各年ごとに,労働組合からの要求,団体交渉,合意による協定により,昇給基準及び実施日を決めてきたと判示した。しかし,上記経過等に照らすと,原判決のこのような判断は事実誤認であり,法令の解釈適用に誤りがあるというべきである。
(2) 本件配転命令の効力等について
被控訴人は,労働組合との間で,昭和52年11月14日,「会社は,企業の縮小・閉鎖・分離・合併・新機械の導入などにより,組合員の労働条件を変更する必要が生じた場合は,労働条件の変更については,事前に所属組合と協議し,合意の上実施する。」旨の協定(以下「本件協定」という。)を締結して協定書を取り交わし,この協定書の内容の解釈に関し,上記「労働条件」とは主として労働時間,賃金,勤務形態を指す旨の覚書を取り交わした。これによれば,本件配転命令は,企業の縮小,閉鎖,分離に伴ってなされたものであり,その業務内容,勤務形態が(ママ)変更するだけでなく,二交替勤務による手当の支給がなくなるという不利益もあるから,労使が協議して合意に達することが必要になる。これまでにも交替制勤務から平常勤務への変更については,本件協定に基づき「事前に合意が必要である」との共通認識の下で,労使の合意を得て実施されてきたものであり,RAリレー製造部門で交替制勤務から平常勤務へ変更した際にも,その変更について労使交渉を経て合意に達した後実施された。また,事前合意条項の運用については,直ちに個々の労働者の労働条件の変更を伴わない場合であっても,「企業の縮小,閉鎖,分離,合併,新機械の導入など」経営上の変更を行う場合には,労働組合との合意に基づいて実施するという運用が定着していた。
ところが,被控訴人は,労働組合に対し,平成11年3月30日,本件事業再建策を提示し,同年7月,その反対を押し切って強行実施したもので,本件配転命令も,労働組合と誠実な交渉を行わないで発令したものである。控訴人X1ら2名は,本件事業再建策実施以前は,信州工場化工課(野沢分工場)に勤務し,二交替制でメッキ業務に従事していたが,メッキ製造に関する事業が,被控訴人の本件事業再建策の強行により,千曲通信工業に対し,営業譲渡がなされた結果,メッキ業務の職場はなくなり,交替勤務で操業する職場もなくなってしまった。本件事業再建策の強行実施及びこれにより発生した組合員の労働条件の変更を伴う本件配転命令は,明らかに本件協定及び労使慣行に違反しており,無効である。
これに対し,原判決は,控訴人X1ら2名の異動を「課間異動の性格を持つ異動」であるとした上で,このような異動は就業規則上認められているものであり,交替制勤務から平常勤務に異動することは労働条件の変更に当たらないというべきであり,しかも,被控訴人と労働組合の団体交渉が控訴人X1ら2名の主張するように専ら形式的な交渉に終始したとはいえないと判示したが,これは事実誤認である。
また,被控訴人が実施した本件事業再建策は,実質的には全員を解雇し,労働条件の異なる企業で再雇用するというものであり,本件協定により所属組合との合意が必要であることは明白である。したがって,本件配転命令についても,所属組合である労働組合の同意が必要である。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所は,控訴人らの本件控訴はいずれも理由がなく,これを棄却すべきであると考える。その理由は,2において原判決を訂正し,3において当審における控訴人らの主張に対する判断を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第3 争点に対する判断」に記載のとおりであるから,これを引用する(なお,控訴人X1ら2名の確認請求については,配転命令の無効と地位の確認の二つの請求を同時にする限り両者は重複しているといわざるを得ず,いずれか一方は無用のものとして訴えの利益を否定せざるを得ないが,本件においては原判決の述べる結論のとおりに解しても不都合はないというべきである。)。
2 原判決の訂正
(1) 原判決6頁10行目の「同月17日」を「平成11年3月17日」と訂正する。
(2) 原判決9頁24行目から25行目にかけて「同年」を「平成11年」と訂正する。
(3) 原判決34頁17行目の「51」を「50」と訂正する。
3 当審における控訴人らの主張に対する判断
(1) 定期昇給義務について
ア 控訴人らは,昭和34年から昭和38年までの賃上げにおいては,昭和34年給与規定に基づいて,定期昇給が4号俸であることを当然の前提として,これを超える要求である臨時昇給の扱いをめぐって労使の協議が進められて合意に至っていたものであり,定期昇給そのものの昇給基準まで労使の協議と合意により定めていたものではない旨主張する。しかし,前記認定の事実及び証拠(<証拠略>)によれば,<1>昭和34年の昇給については,被控訴人は,労働組合の要求に対し,同年3月17日に「加給7割,昇給は標準4号に多少考慮」と回答し,団体交渉の結果,同月20日,加給割合に加えて定期昇給につき組合の意向を尊重する旨の合意が成立して協定書(甲200)を取り交わしたこと,<2>被控訴人は,同月21日,労働組合との間で労働協約を締結するとともに,同日から「昇給は年1回5月21日に定期に行い,その範囲は本給表に基づき,標準4号とし,最高6号までとする。」旨の昭和34年昇給規定を実施したこと,<3>昭和35年の昇給については,同年5月21日,労働組合との間で,上記労働協約122条(この協約の有効期間中であっても,双方の合意によりこの協約を改廃することができる。)に基づき「昭和35年度定期昇給に限り標準(4号)最高(6号)の枠を夫々1号引上げ標準(5号)最高(7号)とする。」旨の協定書(甲131)を取り交わしたこと,<4>昭和36年の昇給については,労働組合の要求(3月22日から1300円の賃上げ)により団体交渉が行われた結果,同年4月1日,「昭和36年度の定期昇給は現行協約(給与規定)に定める年1回の定期昇給制度を基調とし(中略)今年に限り次の通り協定実施する。」とした上,「昇給額標準8号 最高10号 最低5号」とする協定書(乙73)を取り交わしたこと,<5>昭和37年の昇給については,労働組合の要求(基本給一律2000円と実施日3月21日)に基づいて交渉を行った結果,同年5月12日,「昭和37年度の定期昇給及び臨時分として次の如く支給する。一律1000円プラス定期昇給」とする協定書(甲130)を取り交わしたこと,<6>昭和38年の昇給については,労働組合から,「一律2500+体系是正分+定昇。ただし,定昇は3号を下らない。」旨の要求が出され,その要求に基づいて交渉を行った結果,同年5月14日,「今年に限り定期昇給を次の通り決定したので協定する。」とした上で「最低5.85号平均7.85号 最高9.85号」とする協定書(乙74)を取り交わしたことが認められる。これらの経過及び協定書の内容等によれば,控訴人らが主張するように定期昇給が4号俸であることを当然の前提とし,これを超えて要求した臨時昇給の扱いをめぐって労使の団体交渉が行われていたと認めることはできず,定期昇給の基準については各年ごとに労働組合の要求に基づいて団体交渉が行われていたものであり,その結果,昭和34年給与規定の定期昇給基準と異なる内容の合意が各年ごとに成立し(なお,昭和35年の昇給については,労働協約の変更手続をとった。),上記各協定書が取り交わされた上,これに基づいてそれぞれ定期昇給が実施されてきたものということができる。
イ 控訴人らは,昭和34年以降,定期昇給基準4号俸が毎年確認されていたため,昭和38年給与規定で「標準4号俸,最高6号俸」とする部分が削除されたが,年1回の定期昇給については給与規定に明記され,その後も,被控訴人が労働組合と交渉するまでもなく賃上げ交渉の初回に決まってその基準を4号俸と回答し(ただし,昭和50年を除く。),平成10年までの35年間にわたり定期昇給4号俸を実施してきたものであり,これが労使慣行として定着確定していたから,被控訴人には平成11年についても定期昇給4号俸を実施すべき義務がある旨主張している。
しかし,上述のとおり,定期昇給については昭和34年給与規定で定められた後もこれに従って昇給を取り決めたことはなく,昭和38年の給与規定の改定に至るまでの5年間は,被控訴人と労働組合との間で,団体交渉により,その定めと異なる内容の昇給基準の合意が成立し協定書を取り交わして,これに基づいて定期昇給が実施されてきた。確かに,それまでの協定書においては昭和34年給与規定の昇給基準を上回る内容の合意がされており,上記規定上の基準を前提としていたとみることもできるが,わずか5年間の実績の後に昭和38年給与規定で「標準4号俸,最高6号俸」がわざわざ削除されているのである。上記のような労使交渉で昇給が決定され,その期間が短いことに照らせば,昭和34年給与規定上の昇給基準の定めが当時既に確定したため実質上不要になったものとは到底認められないのであって,それにもかかわらず昭和34年給与規定の改定で昇給基準を削除して具体的昇給基準に関する定めがされなかったことからすると,この改定により定期昇給に関する具体的基準はなくなったものと認めるほかない。結局のところ,労使間で定期昇給基準を4号俸とすることがその時点で既に確定していたと考えるには無理があるといわざるを得ない。
そして,昭和39年以降の昇給については,原判決説示のとおり(34頁12行目から24行目まで(27頁右段22~38行目)),被控訴人が労働組合から賃上げの要求を受け,団体交渉の場で回答し,合意に達した段階で昇給基準,実施日等について協定書(妥結書)を取り交わして定期昇給を実施してきたものである(ただし,昭和51年は,妥結書は取り交わされず,労使の合意による妥結書案に従って定期昇給が実施された。)。現に,昭和39年の昇給については,被控訴人は,労働組合から「定期昇給6号」を要求されたことに対し,「定期昇給4号」を回答し,団体交渉の結果,同年4月16日に「定期昇給4号(1096円)+一律1000円+調整給(1000円)=3096円」とする内容で妥結して協定書を取り交わした(<証拠略>)。また,昭和50年度の昇給については,被控訴人は,前年より売上げが減少し経営の状態が悪化していたため,当初,定期昇給不実施の回答をしていたが,労働組合がこれに強く反発したことから,3号俸を回答し,労使交渉の結果,最終的には定期昇給4号俸とする旨の合意が成立して協定書を取り交わしたものである(<証拠略>,原審における被控訴人代表者)。この点に関し,控訴人らは,被控訴人が,就業規則上,定期昇給を実施しなければならないことを認識していたから,その不実施の申入れをするのと同時に,就業規則の改定を考えている旨の回答もしていたが,その後,定期昇給3号俸の回答をし,最終的には,定期昇給4号俸の回答をしたものであり,このような経緯からすると,定期昇給4号俸実施義務を十分認識しながら,敢えてこれを回避しようとしたものである旨主張し,当審における控訴人X4の供述(甲270の陳述書を含む。)中には,これに沿う部分がある。しかし,その供述によっても,昭和50年度においては上記のように交渉がなされた結果,最終的に定期昇給4号俸で妥結したことが認められ,当然に定期昇給4号俸を前提にしていたとまでいうことは困難である。
ウ また,原判決の説示するとおり,昭和39年度,昭和40年度の定期昇給の実施日については,昭和38年給与規定で「昇給は年1度5月21日定期とする」旨定められていたにもかかわらず,被控訴人と労働組合は,3月21日に実施する旨合意し,これに基づいて定期昇給を実施した。また,その後の定期昇給実施日につき,昭和41年に給与規定が改訂され,昇給は毎年3月21日とする旨定められ,現行給与規定においても,同様の定めがなされているところ,労使交渉の結果,協定書には記載されていないものの,昭和48年度,昭和52年度,昭和54年度ないし平成5年度,平成8年度,平成12,13年度が5月26日以降の日とされ,平成6年度,平成7年度,平成9年度,平成10年度が4月28日とされた(ただし,その他の年度については,明らかでない。)。なお,定期昇給は,給与規定上,3月21日と改訂されていることからすると,その日から実施する場合は4月28日に支給すべきことになるが,定期昇給をこの日に支給しなかった年度に労働組合から支給日につき異議が出たことはなかった。
エ 以上のとおり,定期昇給については,昭和34年給与規定において,「標準4号,最高6号」と定められていたが,実際には,団体交渉により,上記規定とは異なる内容の定期昇給基準を合意するに至り,被控訴人がこれについての協定書に基づいて定期昇給を実施していた。昭和38年給与規定において,上記基準が削除されて具体的昇給基準がなくなった後も,被控訴人が労働組合から賃上げの要求を受け,団体交渉の場で回答し,合意に達した段階で,昇給基準,実施日等について協定書(妥結書)を取り交わし,この協定に基づいて定期昇給を実施してきた。また,定期昇給実施日についても,労使交渉の結果,給与規定と異なる日について合意がなされ,これに基づいて実施されていたものである。これらの諸事情を併せ考えると,給与規定において定期昇給の定めがあったからといって,具体的昇給基準の定めがないから,これを根拠に定期昇給4号俸の実施義務があると認めることはできず,また,昭和39年から平成10年までに35年間にわたり定期昇給4号俸が実施されてきたものの,これは各年ごとの団体交渉で妥結した結果によるものであり,定期昇給を4号俸とする取扱いが団体交渉によるまでもなく労使慣行として成立し,これが法的拘束力を有するに至ったとまで認めることはできない。なお,控訴人らは,定期昇給4号俸の労使慣行が成立していた根拠として,以上のほか,被控訴人が昭和38年の段階で定期昇給を4号俸とするモデル賃金表を作成しており,また,定年延長に関する昭和63年10月27日付け協定書で「満58歳以降の昇給は定期昇給(4号俸)を除く臨時昇給相当額とする」を定めていたことなどを挙げているが,この点は原判決の説示するとおり(40頁14行目から41頁11行目まで),控訴人らの主張する労使慣行の成立の根拠にはなり得ないというべきである。
そうだとすれば,平成11年度において4号俸の定期昇給義務があったことを前提にその不実施を理由とする控訴人らの損害賠償請求は,その前提を欠き,失当であるといわざるを得ず,その請求を棄却した原判決の判断は正当として是認することができる。
(2) 本件配転命令の効力等について
控訴人X1ら2名は,被控訴人が,本件協定及び労使慣行に反し労働組合の同意を得ないで労働条件変更の伴う本件配転命令を発令したから,無効である旨主張する。被控訴人の就業規則(甲4)は「会社は業務上の必要にもとづき,従業員に転勤,出向または配置転換,職種の変更あるいは職階または資格の昇降進についての異動を命ずることがある。」と定めていることに加えて,本件協定(甲8)は「会社は,業務の都合により,本人の能力,適性,意志その他を考慮して組合員に異動を命ずることがある。異動を命ぜられた組合員は,特別の事情のない限り,これに従わなければならない。」と定めており,上記就業規則及び本件協定は,その性質上,被控訴人と控訴人X1ら2名との労働関係を規律するものと認められる。そして,本件においては,被控訴人は,平成11年7月21日,千曲通信工業に対し,野沢分工場のメッキ製造のうち選別・均し工程業務を除く全ての営業を譲渡し,選別・均し工程業務及びこれに必要な製造設備を信州工場内の部品課に移管,移設するとともに,希望退職や転社をしないで被控訴人に残った従業員を他部門へ異動させることとし,職種や勤務場所が限定されていない控訴人X1ら2名に対し,本件配転命令を発令したことは原判決の説示するとおりであるから,信州工場部品課への異動は,上記就業規則及び本件協定の定めに従ったものということができる。
もっとも,本件協定は「会社は,企業の縮小・閉鎖・分離・合併・新機械の導入などにより,組合員の労働条件を変更する必要が生じた場合は,労働条件の変更については,事前に所属組合と協議し,合意の上実施する。」と定め,これと同時に交わされた覚書(甲9)は「異動について,会社が本人と協議している間は,組合はこれに介入しない。また,会社は,組合と協議することについて合意している間は,発令しないこととする。」と定めているから,本件配転命令は,この定めに基づき,所属組合との合意がなければ実施できないと考える余地がないわけではない。しかしながら,本件配転命令については事前の合意は必要でないというべきである。すなわち,被控訴人と労働組合との間では,これまで上記「労働条件の変更」に当たる場合としては,二交替制勤務を導入するとか,平常勤務を二交替制勤務に変更するように,平常勤務以外の勤務形態に変更することを念頭に置いていたものであり,交替勤務から平常勤務に異動することは上記「労働条件の変更」に当たるものと考えられていなかったことがうかがわれ,現に,労働組合も平常勤務を二交替制勤務に変更することは基本的にはこれに反対していたが,三交替勤務から二交替勤務への移行は労働の軽減であると捉えて了解し,交替勤務から平常勤務への発令をした場合,労働組合から何らの異議が述べられず実施されたこともあった(<証拠略>,原審における被控訴人代表者)。しかも,本件配転は,原判決説示のとおり(43頁6行目から11行目まで)課間異動の性格をもつ異動であり,課間異動によって異なる業務に就いたことによって交替勤務が平常勤務になったにすぎず,その結果,交替勤務手当が支給されなくなったとしても,被控訴人との間で職種や勤務形態を限って労働契約を締結したものではない控訴人X1ら2名については,労働契約の定める労働条件の範囲内のものである。以上の事実に照らせば,本件配転命令は,本件協定中の所属組合との合意を定めた規定に違反するものではないというべきである。
これに対し,控訴人X1ら2名は,本件配転命令が「企業の縮小」に伴う配転であり,「勤務形態の変更」に該当するから,本件協定の事前合意条項を適用すべき場合であり,これまでにもRAリレー製造部門で交替制勤務から平常勤務への変更については,本件協定に基づき「事前に合意が必要である」との共通認識の下で,労使の合意を得た上で実施された旨主張する。確かに,RAリレー製造部門で交替制勤務から平常勤務への変更について労使交渉を経て合意に達し,議事録を取り交わしたことがある(<証拠略>)。しかし,勤務形態の変更が常に労働条件の変更を伴うものと解することはできないし,RAリレー製造部門での交替制勤務から平常勤務への変更につき労使交渉がなされ議事録が取り交わされたからといって,被控訴人と労働組合との間においてそれが当然に本件協定に定められている「労働条件の変更」を意味するとの確たる共通認識があったということも困難であるから,これを根拠に本件配転命令について労働条件の変更であるとして労働組合の事前の合意を要するものであるということはできない。
さらに,控訴人X1ら2名は,本件営業譲渡等につき被控訴人が労働組合と誠実な交渉を行わないで本件配転命令を発令した旨主張する。しかし,原判決が認定した本件配転命令の発令に至る経緯,団体交渉の経緯などに照らすと,被控訴人は,控訴人X1ら2名の異動の必要性等を説明していたものであり,専ら形式的な交渉に終始したとみることは相当でない。また,控訴人X1ら2名は,本件事業再建策の実施自体につき労働組合の同意が必要であった旨を主張するが,本件事業再建策の内容,その必要性等は原判決の説示するとおり(46頁22行目から48頁まで)であって,本件事業再建策の実施につき本件協定に基づく労働組合の同意が必要となるものではない。したがって,控訴人X1ら2名の上記主張は採用できない。
第4結論
以上によれば,本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 打越康雄 裁判官 吉田健司 裁判長裁判官相良朋紀は差支えのため署名押印できない。裁判官 打越康雄)
(別紙) 当事者目録
控訴人 X5
(ほか96名)
上記97名訴訟代理人弁護士 鍛治利秀
鷲見賢一郎
岩下智和
滝澤修一
町田清
内村修
松村文夫
相馬弘昭
上條剛
武田芳彦
木下哲雄
被控訴人 株式会社高見澤電機製作所
代表者代表取締役 A
訴訟代理人弁護士 青山周
以上