東京高等裁判所 平成16年(ネ)2453号 判決 2004年11月16日
控訴人
A
控訴人
B
控訴人
C
上記三名訴訟代理人弁護士
吉田健
同
藍谷邦雄
被控訴人
エーシーニールセン・コーポレーション株式会社
同代表者代表取締役
D
同訴訟代理人弁護士
寺前隆
同
牛嶋勉
同
岡崎教行
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人らが当審において拡張した請求をいずれも棄却する。
3 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人Aに対し,43万2000円並びに内金1万8000円について平成14年4月25日から,内金1万8000円について同年5月25日から,内金1万8000円について同年6月25日から,内金1万8000円について同年7月25日から,内金1万8000円について同年8月25日から,内金1万8000円について同年9月25日から,内金1万8000円について同年10月25日から,内金1万8000円について同年11月25日から,内金1万8000円について同年12月25日から,内金1万8000円について平成15年1月25日から,内金1万8000円について同年2月25日から,内金1万8000円について同年3月25日から,内金1万8000円について同年4月25日から,内金1万8000円について同年5月25日から,内金1万8000円について同年6月25日から,内金1万8000円について同年7月25日から,内金1万8000円について同年8月25日から,内金1万8000円について同年9月25日から,内金1万8000円について同年10月25日から,内金1万8000円について同年11月25日から,内金1万8000円について同年12月25日から,内金1万8000円について平成16年1月25日から,内金1万8000円について同年2月25日から及び内金1万8000円について同年3月25日からいずれも各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。(従前の請求を拡張)
3 被控訴人は,控訴人Bに対し,7万8000円並びに内金6500円について平成14年4月25日から,内金6500円について同年5月25日から,内金6500円について同年6月25日から,内金6500円について同年7月25日から,内金6500円について同年8月25日から,内金6500円について同年9月25日から,内金6500円について同年10月25日から,内金6500円について同年11月25日から,内金6500円について同年12月25日から,内金6500円について平成15年1月25日から,内金6500円について同年2月25日から及び内金6500円について同年3月25日からいずれも各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。(従前の請求を拡張)
4 被控訴人は,控訴人Cに対し,10万8360円並びに内金9030円について平成15年4月25日から,内金9030円について同年5月25日から,内金9030円について同年6月25日から,内金9030円について同年7月25日から,内金9030円について同年8月25日から,内金9030円について同年9月25日から,内金9030円について同年10月25日から,内金9030円について同年11月25日から,内金9030円について同年12月25日から,内金9030円について平成16年1月25日から,内金9030円について同年2月25日から及び内金9030円について同年3月25日から,いずれも各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。(従前の請求を拡張)
5 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
との判決及び仮執行宣言を求める。
二 被控訴人
主文と同旨の判決及び仮に控訴人らの請求を認容する判決に仮執行宣言が付される場合には仮執行免脱宣言を求める。
第二事案の概要
本件の事案の概要は,次のとおり,原判決を補正するほかは,原判決「事実及び理由」の「第2 当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。
一 原判決5頁9行目冒頭から11行目末尾までを削除する。
二 原判決5頁14行目の「旧会社」から16行目末尾までを「旧会社から被控訴人に対して営業譲渡がされたことに伴い,旧会社とその被用者との間の労働契約上の地位は,当然に被控訴人に承継されることとなった。」に改める。
三 原判決6頁12行目の後に,改行して次のとおり加える。
「ウ 以上によれば,控訴人らに適用されていた旧会社の就業規則等は,控訴人らと被控訴人との間においても効力を有することになるところ,新人事制度を定める平成12年12月1日付けの就業規則及び給与規定等(以下「新給与規定等」という。)は,旧会社の就業規則等を従業員に不利益に変更するものであって,その変更には合理性が認められないから,新給与規定等は,控訴人らに対して効力を有しない。」
四 原判決7頁8行目の後に,改行して次のとおり加える。
「ウ したがって,新給与規定等は,控訴人らに対しても効力を有するというべきである。」
五 原判決7頁9行目の「降給の有効性」を「本件降給措置と不当労働行為の成否」に改め,その後に改行して,次のとおり加える。
「(控訴人らの主張)
控訴人らの所属する労働組合の組合員は,その能力や経験に比して低いレベルのバンドに格付けされており,その結果,指定されたバンドの給与範囲と基本給との差額は不正常な賃金として取り扱われることとなった。また,控訴人ら組合員に対する人事考課は,一部例外はあるものの,総体的には低レベルとされているが,このような人事考課の結果にも合理性はなく,労働組合の新人事制度に対する対応への報復であるといわざるを得ない。したがって,控訴人らに対するバンドの格付け及び人事考課は,控訴人らが加入する労働組合を弱体化するための不利益な取扱であり,不当労働行為に当たる。」
六 原判決9頁1行目の「原告Cは」から2行目の「あり」までを「控訴人Cの基本給は,バンド5の給与範囲の上限額を超えており」に改め,4行目の「適正に行われた」の後に,「のであって,労働組合の組合員である控訴人らについて,不利益な取扱をするものではないから,不当労働行為には当たらず,控訴人らに対する降給が有効であることは明らかである」を加える。
七 原判決9頁5行目冒頭から8行目末尾までを削除する。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所も,控訴人らの請求(当審において拡張した請求を含む。)はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,次のとおり,原判決を補正するほかは,原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」に説示のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決9頁11行目の「<証拠・人証略>」を「<証拠・人証略>」に改める。
2 原判決11頁20行目の末尾に「旧会社の他の従業員についても,自ら退職を希望した3名を除き,全員本件誓約書を提出し,平成12年12月1日付けで被控訴人の従業員として転籍した。なお,転籍に当たって,旧会社から従業員に対して退職金は支払われておらず,転籍時の金額が一定のポイントに換算されて被控訴人に承継された。」を加える。
3 原判決12頁7行目冒頭から13頁17行目末尾までを次のとおり改める。
「 そもそも使用者がその営業を他に譲渡した場合には,使用者と営業譲渡の対象とされた業務に従事していた被用者との間の労働契約上の地位は,営業譲渡当事者間において特段の定めをしない限り,譲受会社に承継され,この場合の労働条件については,譲受会社の就業規則の定めその他の労働条件が転籍した被用者に当然に適用されるものではなく,転籍した被用者にその適用がされるためには,当該被用者がこれらの労働条件に同意することが必要であると解するのが相当である。
これを本件についてみるに,前記認定事実によれば,旧会社と被控訴人との間の平成11年8月31日付け営業譲渡契約書には,旧会社がすべての従業員を引き続き雇用し,これらの従業員は,旧会社と被控訴人との間のサービス契約に従って,被控訴人の営業譲渡後の小売インデックス業務に従事することとし,被控訴人は,労働関係法令が許容する範囲で,従業員に関していかなる責任も権限も引き受けないものとされていることが認められ,被控訴人が,旧会社との間で,営業譲渡の対象とされた業務に従事する従業員との間の労働契約上の地位を承継しない旨の定めがあると見られなくもない。しかしながら,他方で,上記サービス契約は,平成12年12月1日,旧会社と被控訴人との間で,終了する旨の合意がされていること,被控訴人は,同年11月20日,旧会社の全従業員を被控訴人に受け入れるとの基本方針を示しており,現に自ら希望して退職した3名を除く全従業員に対し,被控訴人におけるバンドの格付けと新基本給を記載した「新ブロード・バンド及び新基本給与の詳細」と題する書面を交付し,平成12年12月1日付けで転籍させていること,旧会社の退職金は一定のポイントに換算をした上で被控訴人に承継されていることが認められ,これらの事情に照らすと,被控訴人は,遅くとも平成12年11月20日までに,改めて,旧会社との間で,同年12月1日付けで営業譲渡の対象とされた業務に従事する従業員との間の労働契約上の地位を承継する旨の合意をしていたと認めるのが相当である。
そして,前記認定事実によれば,転籍を希望する旧会社の従業員は,全員,本件誓約書を提出することによって,新人事制度の下でのバンド及び新たな基本給に同意するとともに,新人事制度を規定した新給与規定等の遵守に努める旨の意思を表明しており,新給与規定等に対して個別的な同意を与えていたことが認められるから,控訴人らを含む転籍者の労働条件は,新給与規定等によって規律されることになると解すべきである。
これに対し,控訴人らは,被控訴人が新人事制度の下では旧会社における給与額を減額することはないと明言し,新人事制度について今後も継続協議とすることを了承していたことから,少なくとも新人事制度に関する労使協議がまとまるまでは基本給の減額はないという認識の下に,本件誓約書を提出したにもかかわらず,労使協議が行われないまま基本給が減額されたとして,本件誓約書による新給与規定等に対する同意は錯誤に基づく意思表示であって無効である旨主張する。
しかしながら、前記認定事実及び証拠(<証拠略>,控訴人A本人)によれば,被控訴人において目標設定による人事評価制度(PMPないしPFPs)を導入することは,平成11年12月15日付けで発表され,旧会社の従業員に対して説明会が開催されるとともに,従業員の質問については回答書が配布され,これらの経過の中で人事評価が昇給に反映されることが明らかにされていること,被控訴人の代表取締役ないし担当者は,控訴人らが加入する労働組合と旧会社との団体交渉においても,この制度による評価が賃金に反映する旨を述べており,これに対して,組合側が反対していたこと,平成12年11月に開催された新人事制度の説明会の資料や同月27日に配布された給与規定においても,同制度の下では,昇降給は,従業員が位置づけられたバンドの給与範囲と評価との相関関係によって決まり,降給となる場合もあることが示されていたこと,控訴人A自身,新人事制度の下では将来基本給が下がる可能性があるとの認識をしており,これを容認することができないとして,団体交渉の対象として継続的な協議を要求していたことが認められる。なお,平成12年11月に開催された新人事制度の説明会に用いられた資料(<証拠略>)中には,「現行基本給+諸手当(除く通勤手当)は補償する。」との記載があったことは前示のとおりであるけれども,この部分は,「現行給与から新『基本給』への置き換え」との表題の下に記載されているものであって,新人事制度の導入当初の基本給の額の決定方式を説明するにすぎないことは明らかである。したがって,控訴人らは,新人事制度の下においては,導入時の基本給こそ従前の金額が維持されるものの,その後の評価如何によっては降給もあり得ることを当然の前提として認識した上で本件誓約書を作成したものと認めるのが相当であるから,控訴人らの錯誤の主張は採用することができない。
以上によれば,新給与規定等は,控訴人らに対しても効力を有するというべきである。」
4 原判決13頁18行目の「降給の有効性」を「本件降給措置と不当労働行為の成否」に,21行目の「<証拠・人証略>」を「<証拠・人証略>」にそれぞれ改める。
5 原判決14頁22行目の後に,改行して次のとおり加える。
「 なお,平成12年12月1日に新人事制度が導入された当初において,各従業員が位置づけられたバンドは,原則として従前の資格・等級に見合うものであったが,従前の基本給と諸手当(通勤手当を除く。以下同じ。)がバンドの給与範囲の上限を超えるなどの一定の場合には,従前の基本給と諸手当の合計額を新基本給とし,一つ上位のバンドに格付けすることとされた。そして,新人事制度の下では,昇降給は,各従業員の基本給のバンドの給与範囲における位置と評価区分とから成るマトリックス昇給表によって定められ,基本給が高い者ほど昇給には高い評価を要求され,低い評価を受けると降給しやすい仕組みになっていた。」
6 原判決14頁23行目の「原告Aは,平成12年12月1日に,」を「控訴人Aは,旧会社における資格・等級をスライドさせるとバンド4に格付けされるところ,従前の基本給と諸手当がバンド4の給与範囲の上限を超えることから,」に,24行目の「52万8000円」を「52万8400円」に,26行目の「原告Bは,同日に,」を「控訴人Bは,旧会社における資格・等級をスライドさせるとバンド2に格付けされるところ,従前の基本給と諸手当がバンド2の給与範囲の上限を超えることから,」に,15頁3行目の「原告Cは、同日の被告採用時に,」を「控訴人Cは,旧会社における資格・等級をスライドさせるとバンド4に格付けされるところ,従前の基本給と諸手当がバンド4の給与範囲の上限を超えることから,」にそれぞれ改める。
7 原判決17頁13行目,15行目,20行目の「同行調査」を「同行教育」に改める。
8 原判決18頁12行目冒頭から20頁16行目末尾までを次のとおり改める。
「4 本件降給措置と不当労働行為の成否について
前記のとおり,控訴人らは,成果主義による給与制度を内容とする新給与規定等の適用を受けるものであるところ,このように,労働契約の内容として,成果主義による給与制度が定められている場合には,人事考課とこれに基づく給与査定は,基本的には使用者の裁量に任されているというべきである。しかしながら,ある従業員が,給与査定の結果,降給の措置を受け,当該降給措置が,不当労働行為に当たると認められるときは,公序良俗に反するものとして無効となるものと解される。
これを本件についてみるに,前記認定事実によれば,控訴人らは,いずれも,従前の基本給と諸手当がバンドの給与範囲の上限を超えるなどの一定の場合には,従前の基本給と諸手当の合計額を新基本給とし,一つ上位のバンドに格付けすることとするという新賃金制度の定めに従って,旧会社における従前の資格・等級に比して一つ上位のバンドに位置づけられたことが認められ,バンドの格付けにおいて,控訴人らのみが不利益に取り扱われたと認めることはできない。また,控訴人らに対する人事考課が,新人事制度の手続に則って行われたことは前示のとおりであり,控訴人らについて低い評価がされたのは,控訴人らが新人事制度において定められている上司との面談を拒否したため,上司によって設定された目標やそのウエイトについて控訴人らの意見が反映されなかったことや,もともと従前の資格・等級に比して一つ上位のバンドに位置づけられたため,より高い目標の達成を求められたことによるものと認められ,現に,控訴人らが所属する労働組合の組合員の中には,高い評価を得てバンドの昇格や昇給の措置を受けた者も複数いることも勘案すれば,控訴人らに対し,労働組合の組合員であることを理由に不利益な人事考課がされたとは認められない。
そうすると,控訴人らに対する本件降給措置が不当労働行為として無効となるものと解することはできないといわざるを得ない。」
二 以上によれば,本件控訴及び控訴人らが当審において拡張した請求は,いずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村上敬一 裁判官 矢尾渉 裁判官 岡崎克彦)