東京高等裁判所 平成16年(ネ)741号 判決 2004年7月13日
控訴人
甲野太郎
上記訴訟代理人弁護士
森利明
被控訴人
株式会社損害保険ジャパン
上記代表者代表取締役
平野浩志
上記訴訟代理人弁護士
宍戸博之
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は,控訴人に対し,金300万円及びこれに対する平成14年3月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
3 この判決は,第1項(1)に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,金300万円及びこれに対する平成13年5月11日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,入院先の病院内において,検査技師が,喉に気管切開チューブを装着して人工呼吸器による呼吸管理をされていた控訴人の妻甲野花子(以下「花子」という。)に対し,心電図検査を実施するために上体を起こした位置にあったベッドを平坦にしようとしてベッドの背もたれを倒した際,花子に装着されていた気管切開チューブを逸脱させたことにより,花子が呼吸不全に陥って死亡した事故(以下「本件事故」という。)について,この死亡が急激かつ偶然な外来の事故によるものであるとして,控訴人が,保険会社である被控訴人との間で締結していた積立家族傷害保険契約(以下「本件保険契約」という。)に基づき,被控訴人に対し,死亡保険金300万円とこれに対する花子が死亡した日の翌日である平成13年5月11日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は,本件事故が,本件保険契約に基づき死亡保険金が支払われるべき急激かつ偶然な外来の事故に当たり,花子が本件事故によって身体に傷害を負い,事故の日から180日以内に死亡したことを肯定したが,本件保険契約の約款(以下「本件保険約款」という。)において定められていた疾病治療免責条項である「被保険者の妊娠,出産,早産,流産,または外科的手術その他の医療措置」によって生じた傷害に当たり,被控訴人は給付義務を免責されるとして,控訴人の請求を棄却した。
本件事案の概要は,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」欄に記載のとおりであるから,これを引用する
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,本件事故が急激かつ偶然な外来の事故ということができ,また,花子は本件事故によって身体に傷害を被ったといえると判断するが,その理由は,原判決の「事実及び理由」中の「第3当裁判所の判断」欄の一,二(原判決6頁10行目<編注 本号313頁左段35行目>から8頁4行目<同314頁左段1行目>まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 そこで,被控訴人が,本件保険約款において定められた疾病治療免責条項によって免責されるか否かを判断する。
(1) 本件保険約款の疾病治療免責条項は,「被保険者の妊娠,出産,早産,流産または外科的手術その他の医療処置」によって生じた傷害に対しては保険金を支払わないことを定めているが,上記条項は,その文言上からみれば,免責される「医療処置」について,医師の過失の有無,患者の承諾の有無及び予測の有無等何らの限定を付していないから,これらを問題とすることなく,医療処置によって生じた傷害については,いずれの場合においても,保険者を広く免責することを定めたものと解し得ないではない。
しかしながら,証拠(甲12,17)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人が編者となっている本件保険約款の解説書である「傷害保険の理論と実務」には,疾病治療免責条項に関して,「妊娠することによって妊娠が身体の傷害(疾病)をきたすことはあるが,妊娠という状態には外来性がないため,それにより傷害が生じたとしても普通保険約款第1条の要件を満たさず免責となるものであり,念のための規定である。出産,流産については,妊娠の当然の結果である。出産,流産に起因して傷害を被ることがあるが,外来性,偶然性がないため免責としている。外科的手術その他の医療処置については,被保険者の意思が存在し偶然性に欠けるため,普通保険約款第1条の要件を満たさず免責となるものである」との記載があり,また,本件保険と同様の保険を販売している東京海上火災保険株式会社が編者となっている「損害保険実務講座第7巻」にも,疾病治療免責条項に関して,「これらはいずれも被保険者が同意ないし予期して行われるものであって,そもそも偶然性もなく保険事故にもあたらないことから免責とされている。」との記載があることが認められる。
本件保険約款については,被控訴人において,本件保険契約と同様の保険契約を締結する多数の契約者との間で,統一的,一般的に適用されるべきものとして,策定したものであるから,被控訴人において,個別の事案により,その方が合理的であるからといって,この約款の内容を解釈によって変更できる性質のものではない。したがって,本件約款の解釈に当たっては,約款の文言に忠実であるだけでなく,その約款を策定した被控訴人の趣旨を尊重したものであることを要し,これから離れて解釈することによって,保険契約者に不利な結果となることは相当ではないというべきである。
そうすると,本件保険約款の疾病治療免責条項については,上記解説書等に記載のとおり,医療処置が,被保険者の意思が存在し,その同意ないしは予期に基づき行われるところから,外来性,偶然性に欠けるものであり,本来本件保険約款1条の要件をも満たさないことになるため,疾病治療免責条項は,このことを明らかにするため,念のために定められた規定にすぎないと理解すべきである。
次に,疾病治療免責条項が定める「医療処置」の内容について検討するに,本件保険約款においては,外科的手術が例示として挙がっているだけであり,上記解説書等でもこの点について明らかにするところはないが,その例示として,外科的手術だけが挙げられており,医療処置の準備行為が医療処置に含まれると解すべき文言は存在しない。また,疾病治療免責条項は,本件保険約款6条1項本文の「当会社は,次の各号に掲げる事由のいずれかによって生じた傷害に対しては,保険金を支払いません。」という規定に続いて,6号において「被保険者の妊娠,出産,早産,流産または外科的手術その他の医療処置」と定めているから,疾病治療免責条項は,その定め方自体からして,医療処置によって生じた傷害を免責する規定であり,医療処置を行うに際して生じた傷害を広く免責する趣旨の規定であるとは解されない。以上によると,疾病治療免責条項が定める「医療処置」は,検査,診断,投薬,治療等の医療処置そのものを指し,医療処置を行うための準備行為,あるいは医療処置の際に行われたがそれ自体を医療処置とはいえない行為は含まない趣旨と解すべきである。
(2) ところで,本件事故は,花子の心電図モニター上での心拍数が毎分130台を示し,また,血清CKの数値が高値を示し続けていたことから,発熱と脱水の影響と不整脈を含めた心臓評価のために心電図検査を実施することが必要と考えた医師の指示に基づき,本件病院の検査技師が,上記検査を実施するために,花子の上体を起こした位置にあったベッドを平坦にしようとしてベッドの背もたれを倒したところ,不注意によって花子に装着されていた気管切開チューブを逸脱させたものであるが,検査技師が,心電図検査を実施するために花子のベッドの背もたれを倒した行為は,検査の準備行為として行われたものにすぎず,検査とはいえないから,疾病治療免責条項が定める「医療処置」に当たるものとは認められない。
加えて,花子は,急激かつ偶然な外来の事故によって身体に傷害を被ったというべきであって,本件保険約款1条の要件を満たしていることは,前記1に判示したとおりである。そして,本件保険約款の疾病治療免責条項は,上記(1)に判示したとおり,本件保険約款1条の要件を満たさない事故について,念のために定められた規定にすぎないから,そもそも急激かつ偶然な外来の事故として本件保険約款1条の要件を満たす本件事故は,疾病治療免責条項によって免責される,医療処置によって生じた傷害には当たらないというべきである。
したがって,疾病治療免責条項によって免責されるとの被控訴人の主張は採用できない。
3 そうすると,控訴人の被控訴人に対する保険金請求は認容されるべきところ,控訴人は,保険金300万円について花子が死亡した日の翌日である平成13年5月11日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を請求しているが,上記保険金請求債権は,期限の定めのない債権と解されるから,甲10の1,2によって,控訴人が被控訴人に対し履行の請求をした日の翌日である平成14年3月27日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は失当である。
4 以上の次第であるから,これに従って原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・森脇勝,裁判官・前田順司,裁判官・綿引穣)