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東京高等裁判所 平成16年(ラ)1297号 決定 2004年8月04日

抗告人(債権者) 株式会社CSK

同代表者代表取締役 A

同代理人弁護士 久保利英明

同 原秋彦

同 松山遙

同 上山浩

同 山下丈

同 森山義子

同 大塚和成

同 西本強

同 大西千尋

同 水野信次

相手方(債務者) 株式会社ベルシステム24

同代表者代表取締役 B

同代理人弁護士 新保克芳

同 上野保

同 村田真一

同 松村昌人

同 塩川哲穂

同 加藤祐一

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。相手方が平成16年7月20日に開催した取締役会の決議に基づいて現に発行手続中の普通株式520万株の発行は、仮にこれを差し止める。申立費用は相手方の負担とする。」との裁判を求めるというものであり、その理由は、別紙記載のとおりである。

第2当裁判所の判断

1  前提事実

原決定の「理由」中の第3、1記載のとおりであるから、これを引用する。

2  被保全権利の有無

(1)ア  まず、抗告人は、抗告の趣旨に係る株式発行(以下「本件新株発行」という。)が、相手方には1030億円もの資金需要は存在しないにもかかわらず、相手方の現経営陣の一部がその支配権を維持し、抗告人の支配権を侵奪することを唯一の目的として行われているものであり、商法280条ノ10所定の「著シク不公正ナル方法」による株式発行に当たる旨主張する。

イ  確かに、前記前提事実のとおり、平成16年の初めころから、抗告人代表者は相手方代表者に対して相手方の経営戦略の見直しをするよう再三にわたって迫り、同年6月に入ると相手方の経営に直接抗告人が関与するべく、相手方の取締役の過半数を抗告人側の関係者とするように提案を行ったが、相手方代表者はこれらの提案に直ちに応じず、相手方の経営方針や役員構成を巡って両者の間で対立が生じていた。

また、新株発行の検討開始から取締役会決議に至る経緯をみても、相手方代表者は、抗告人から次期定時株主総会において相手方の取締役の変更を求める議案提案を受けた後になってはじめて、相手方取締役のCらに対して新株発行の検討を指示したものであり、その指示に当たっても、事業の内容の検討に先立ち、あらかじめ増資の規模が示されており、相手方が本件新株発行に係る増資の資金使途としている本件業務提携に係る事業計画(以下「本件事業計画」という。)の検討が開始されたのはその後であった。しかも、本件事業計画が相手方の将来の方向性を左右するような大きな案件であり、本件新株発行に係る増資は相手方のそれまでの総資産の約2倍に当たる1000億円を超す巨額なものであるにもかかわらず、その検討期間は1か月にも満たないものであって、発行を決議した本件取締役会より前に取締役会で審議が行われたことは一度もなく、また、相手方側から相手方の社外取締役でもある抗告人代表者に対して本件新株発行について事前の説明は全くなく、むしろ社外取締役である抗告人代表者から取締役会の議題である「重要事業計画」について事前説明を求められたにもかかわらず、相手方は何らの回答も行わなかった。

さらに、相手方は、本件新株発行の払込期日の翌日に基準日を設定し、同年8月末に予定している第23回定時株主総会において、本件新株発行により新たに株主になったNPIに議決権の行使を認める旨の公告をしている。

そして、本件新株発行は、相手方のそれまでの発行済株式総数以上の数の新株を発行するものであり、本件新株発行により抗告人の相手方株式の保有割合が約39.2パーセントから約19.0パーセントへと著しく低下し、他方で、新株を引き受けたNPIの保有割合が約51.5パーセントと過半数に達することとなって、抗告人は相手方の筆頭株主の地位を失うことになる。

以上の各事実を総合すれば、本件新株発行において、相手方代表者をはじめとする相手方の現経営陣の一部が、抗告人の持株比率を低下させて、自らの支配権を維持する意図を有していたとの疑いは容易に否定することができない。

ウ  しかしながら、本件事業計画に関する前記認定事実及び本件記録によれば、以下の事実が認められる。

まず、本件事業計画はSBBから提案されたものであり、平成16年7月1日にSBBから書面(乙10)による具体的な計画が提案されて以降、相手方とSBBとの間で本格的な交渉が開始され、交渉は、双方の会社関係者、双方の代理人である弁護士、SBBのアドバイザーであるゴールドマン・サックス証券、新株を引き受ける日興プリンシパルインベストメンツ等多数の関係者を交えて行われ、この交渉の結果、例えば当初のSBBの提案では投資規模が約2000億円であったものが自己資金分も含めて1280億円まで圧縮され、インバウンド業務の独占的業務委託に関して最低保障ブース数が設定されるなど、相手方の利益の確保につながる修正も行われた上、基本合意書(乙6)の調印に至っている。

この過程で、日興プリンシパルインベストメンツは新株引受の最終決定を行うに際して本件事業計画の詳細な分析を行っているところ(乙15、16の1)、それによると、本件事業計画の実施により相手方はソフトバンクグループのクレジットリスクに曝されることになるが、総合的にみれば許容すべきリスクであり、その他既存顧客との取引が喪失するリスク等諸リスクを考慮しても、連結ベースでの一株当たり利益は向上し、投資収益が確保されることから、全体として経済合理性に適う計画であると判断されている。さらに、相手方から依頼を受けた公認会計士は、詳細な分析に基づき、SBBから相手方が譲り受けるBCCの株式の譲受価格が、相手方の株主にとって財務的な観点から妥当である旨判断している(乙21の1・2)。そして、相手方の本件事業計画における収益予測では、5年間の営業利益として984億円を見込み、既存の通信情報サービス事業者との業務環境の変化による逸失営業利益を想定した場合でも5年間で880億円(連結ベース)の営業利益増を見込んでおり、その結果、相手方の一株当たりの純利益(EPS)は5年間に2倍近く向上し、株主資本利益率(ROE)も概ね維持されると見込んでいる(乙3、22)。

その他、証券アナリストの評価においても本件業務提携を積極的に評価する見方も少なからずある。

以上の各事実に加え、本件事業計画の内容に関して相手方が提出した各資料(乙3、4、14、23の1・2、24の1から4まで、25、26、34、39、40、41、42の1から21まで)を総合すれば、相手方には本件事業計画のために本件新株発行による資金調達を実行する必要があり、かつ、競業他社その他当該業界の事情等にかんがみれば、本件業務提携を必要とする経営判断として許されないものではなく、本件事業計画自体にも合理性があると判断することができ、抗告人の指摘する各点及び抗告人の提出に係る全資料を考慮してもこの判断を覆すには足りない。

エ  このように、本件事業計画のために本件新株発行による資金調達の必要性があり、本件事業計画にも合理性が認められる本件においては、仮に、本件新株発行に際し相手方代表者をはじめとする相手方の現経営陣の一部において、抗告人の持株比率を低下させて、もって自らの支配権を維持する意図を有していたとしても、また、前記イ記載の各事実を考慮しても、支配権の維持が本件新株発行の唯一の動機であったとは認め難い上、その意図するところが会社の発展や業績の向上という正当な意図に優越するものであったとまでも認めることは難しく、結局、本件新株発行が商法280条ノ10所定の「著シク不公正ナル方法」による株式発行に当たるものということはできない。

オ(ア)  これに対し、抗告人は、①本件新株発行に係る発行価額が約1030億円と甚だしく高額であるなど本件新株発行の内容自体が異常であること、②本件新株発行が抗告人から平成16年8月末の定時株主総会への株主提案が出された後に急遽検討を開始され、十分な審議や手続をとらないまま取締役会において決議されたこと、③違法な基準日の公告を行ってまで、本件新株発行により株主となる者に定時株主総会での議決権を付与しようとしていること、④本件新株発行による約1030億円の調達資金の大部分は相手方の定款で定めた事業目的の範囲外の行為であるリース事業のために使う予定とされていること、⑤調達資金の使途とされる本件業務提携自体、ソフトバンク・グループに巨額の資金を融資するためのスキームであり、相手方にとっては極めて不合理な内容であることからしても、本件新株発行は、相手方の現経営陣の一部の支配権維持及び抗告人の支配権侵奪を唯一の目的とすることが明らかである旨主張する。

しかし、発行価額が約1030億円と高額であることは抗告人指摘のとおりであるが、相手方は、かつて買収資金が800億円にも上る企業買収を計画したこともあったのであり(乙32)、そのような先例に比較しても、本件新株発行に係る発行価額が異常なほどに高額であるとまではいえず、その発行規模も本件新株発行が現経営陣の一部の支配権維持等を唯一の目的として行われたものであることを基礎付けるものではなく、他に本件新株発行の内容において、控訴人主張を基礎付けるような異常性は認められない。

また、本件新株発行に係る取締役会決議までの検討期間がその事業規模に比較して短期間であることは否定できないが、その事柄の性質上、その検討が隠密裡に遂行される必要があるものと考えられる上、前示のとおり、平成16年7月1日にSBBから具体的な計画が提案されて以降連日深夜に及ぶ交渉が続けられる中で本件業務提携の内容が討議、決定されていったものであり、検討期間が短期間であること自体が直ちにその検討の不十分さを裏付けるものではなく、ましてや本件新株発行の目的の不当性を推認させるものでもない。また、本件新株発行の決議に際しては、取締役会は1度開催されただけで、そこでの審議が短時間であったとしても、そのことが上記主張を基礎付けるものでもない。

さらに、本件新株発行の払込期日の翌日に基準日を設定することについて、それを違法とする事情もうかがえず、さらにこの事実をもって直ちに本件新株発行の目的を不当であるとの主張が基礎付けられるものではなく、前記エの判断を左右するものでもない。

なるほど、本件事業計画の中には、相手方の100パーセント子会社となることが予定されているBBCが日本テレコムに対しブースシステムや通信機器をリースするリース契約の締結が含まれている。しかし、リース事業は本件業務提携の中で他の業務に関連するものとしてその一部を構成するものであって、しかも、控訴人の定款の目的(2条)中には、「情報機器、システムを媒介とする業務代行サービス」、「情報管理処理サービス」、「通信機器のシステム設計および販売」、「工業所有権、著作権などの知的所有権の取得、譲渡、貸与および管理」のほか、「前各号に付帯する一切の業務」が掲げられているところ(甲3の3)、上記リース業も少なくともいずれかの目的を遂行する上で直接又は間接に必要なものということができ、直ちに目的の範囲内の行為に当たらないとはいえない(最高裁昭和45年6月24日判決・民集24巻6号625頁)。したがって、上記リース業が定款の目的の範囲外の行為であることを前提とする控訴人の主張は、その前提を欠き、採用することができない。

その他、本件業務提携や本件事業計画の内容が、抗告人主張のように、相手方にとって極めて不合理な内容のものであるとは認められないことは、前示のとおりである。

以上のとおり、抗告人の頭書の主張は直ちに採用することができない。

(イ) また、抗告人は、本件事業計画に係る事業の大半を占めるリース業は相手方の定款に定められた事業目的の範囲外の行為であるにもかかわらず、定款変更手続はとられておらず、同手続もとらないまま、当該リース事業を開始するために約984億円という相手方の総資産の2倍にも上る巨額の投資を実行しようとする本件事業計画には合理性がない旨主張する。

しかし、上記リース業が定款の目的の範囲内の行為に当たらないとはいえないことは前示のとおりであり、抗告人の主張は、その前提を欠き、採用することができない。

(ウ) そして、抗告人は、NPIの報告書(乙15)は、本件事業計画の合理性ではなく、相手方に投資することについての合理性を検証したものであって、相手方にとっての本件事業計画の合理性を裏付ける資料とはならないほか、公認会計士の意見書(乙21の1・2)も、その作成者はKPMGグループの監査法人ではなく、ファイナンシャルアドバイザーにすぎず、しかも、同意見書が前提とした情報は基本合意書だけであり、そもそも、基本合意書どおりにSBBが履行するかどうかが問題となる本件においては、その履行可能性を吟味することにこそ意味があるにもかかわらず、その吟味は一切行われていないから、本件事業計画の合理性を判断するための資料としては実質的に無意味なものである旨主張する。

しかし、投資会社が、投資先企業への投資の合理性を検証する上では、当該投資先企業の事業の内容を検証することは当然であり、本件事業計画に係る事業が相手方の将来の事業において極めて重要な部分を占める本件においては、投資会社であるNPIが相手方の事業、特に本件事業計画の合理性を検証しないものとは考え難く、現に上記報告書中でも、本件事業計画に係る事業による売上高や営業利益の予測を含め、多方面から相手方の将来の新規事業の合理性が検証されているのであって、同報告書が、本件事業計画の合理性を裏付ける証拠とならないとの抗告人の主張は到底採用することができない。また、上記意見書も、その作成者が監査法人ではなく、ファイナンシャルアドバイザーであることが直ちにその内容の信用性を否定することにつながるものではない上、仮に、同意見書において、SBBによる履行可能性が吟味されていなかったとしても、そのことが直ちに本件事業計画の合理性を判断する上での資料としての価値を否定することにつながるものではなく、抗告人の上記主張は採用することができない。

(エ) さらに、抗告人は、Cの手帳(甲35)中の「D教授」や「8/20までにTOB」といった記載から、相手方の役員が平成16年7月1日以前から基準日変更を意図して同年8月末に予定された定時株主総会の議決権操作を考えていたことが裏付けられる旨主張するが、その指摘の事実をもってしても未だ抗告人の主張する事実を裏付けるものということはできず、仮に、その主張どおりの事実が認められるとしても、前記エの判断を左右するものとはいえない。

(オ) その他、抗告人は、抗告理由において、種々主張するが、いずれも独自の見解に基づくものか、証拠の裏付けのない事実を基礎にするものであって、直ちに採用することができない。

(2)  また、抗告人は、相手方代表者や取締役のEが、本件新株発行の決議において、定款違反の事業を始めようとする意思決定を行ったものであり、しかも、その判断の前提事実に関する情報収集作業を一切行わず、判断する上で必要となる情報を一切開示せずに取締役会を開催し、その取締役会では非常勤取締役のAの質問にほとんど答えないまま、賛成3名、反対2名の僅差で本件新株発行につき決議しているのであり、本件新株発行の手続には代表取締役や取締役の善管注意義務違反があるから、本件新株発行は、商法280条の10所定の「法令ニ違反シ」て新株を発行する場合に当たる旨主張する。

しかし、定款違反を前提とする主張は、前示のとおり失当であり、その余の点も賛成3名、反対2名の僅差で本件新株発行につき決議された点を除き、これを認めるに足りる疎明はなく、むしろ、取締役会においては、本件業務提携の内容等について一定の情報が開示され、Aの質問にも一応の回答がされているのであり(甲22、30)、そもそも、同条の法令違反には、善管注意義務違反(商法254条3項、民法644条)や忠実義務違反(同法254条の3)は含まれるとするには疑義がないではない。したがって、抗告人の上記主張は、採用することができない。

3  以上のとおり、本件では被保全権利の存在についての疎明があったということはできず、抗告人の申立てを棄却した原決定は相当であるので、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 門口正人 裁判官 髙橋勝男 西田隆裕)

<以下省略>

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