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東京高等裁判所 平成16年(行ケ)127号 判決 2004年7月28日

原告

オステオミータ・ビオテク・A/S

訴訟代理人弁理士

奥山尚一

有原幸一

松島鉄男

佐藤秀昭

河村英文

被告

特許庁長官小川洋

指定代理人

大橋信彦

一色由美子

涌井幸一

井出英一郎

宮下正之

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判

「特許庁が不服2003-16941号事件について平成15年10月30日にした審決を取り消す。」との判決。

第2事案の概要

本件は,特許出願をした原告が,拒絶査定を受けたので,上記査定に対する審判を請求したところ,法定期間の経過後にされた不適法な請求であるとして,審判請求を却下する旨の審決があったため,同審決の取消しを求めた事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  原告は,平成8年3月21日,優先権主張日を平成7年3月24日(グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国)として,発明の名称を「体液中のタンパク質断片の検定方法」とする特許出願をした。

(2)  平成15年5月27日に拒絶査定があり,その謄本は同年6月4日に原告の出願代理人に送達されたので,出願代理人は,同年9月3日に拒絶査定に対する審判を請求したところ(不服2003-16941号事件として係属),特許庁は,同年10月30日に,下記理由により,「本件審判の請求を却下する。」との審決をし,同年12月1日にその謄本を原告の出願代理人に送達した。

2  審決の理由

審決が本件審判の請求を却下した理由は,次のとおりである。

「本願に対して平成15年5月27日に拒絶査定がされ,その査定の謄本は平成15年6月4日に本件審判請求人である出願人の代理人に送達されたことは郵便物配達証明書により明らかである。

その拒絶をすべき旨の査定に対する審判の請求は,特許法121条の規定により査定の謄本の送達があった日から90日以内である平成15年9月2日までにされなければならないところ,本件審判の請求は平成15年9月3日にされているので,上記法定期間経過後の不適法な請求であり,その補正をすることができないものである。

したがって,本件審判の請求は,特許法第135条の規定により却下すべきものである。」

3  原告主張の審決取消事由

(1)  原告が在外者であったので,被告は,職権により,拒絶査定に対する審判を請求することができる期間を60日延長し,これにより,原告は,謄本の送達があった平成15年6月4日から90日以内である平成15年9月2日までにその請求をすればよいことになった。

ところで,期間の延長といっても,その期間が日をもって定められたり,月をもって定められたりしており,本件において,期間の延長が月をもって定められていたとすれば,その期間内に審判を請求したことになる。原告の出願代理人は善意の事務管理を行っていて,期間の不遵守は錯誤によるものであり,上記のように,期間の延長が区々に定められていることからすれば,これを原告に帰責することは過酷である。しかも,在外者は,日本国内に住居所を有する代理人によらなければ,手続をすることができない(特許法8条1項)ところ,代理人として一般に選任されるのは弁理士であるが,知的財産権関係事案の大量化,複雑化,国際化とこれに伴う弁理士事務所の実務の変容からすれば,錯誤による期間の不遵守,それも1日程度のものは救済されてしかるべきである。

したがって,原告は,その責めに帰することができない理由により拒絶査定の謄本の送達があった日から90日以内に本件審判の請求をすることができなかったものであるから,特許法121条2項に規定する期間内にした本件審判の請求は適法である。

(2)  仮に原告についてその責めに帰することができない理由があったとは認められないとしても,(1)に述べた事情によれば,本件審決は,日本国民と比較して,在外者である原告に実質的に不利益を与えるものであって,特許取得手続における内国民との平等を定めたパリ条約2条に規定に違反し,憲法32条の規定の趣旨にも反する。また,ヨーロッパ特許条約122条やドイツ特許法123条等には,出願人の善良な管理のもとでの期間の不遵守に対する救済を規定しているところ,日本においてのみ,期間の不遵守に対する救済を一切認めないというのは,知的財産基本法17条の「国際的に整合の取れた知的財産に係る制度の構築に努める」との規定に明らかに反するから,請求を却下した本件審決は,違法である。

第3当裁判所の判断

1  証拠(甲2,8,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,(1)本件の特許出願は,出願人である原告が在外者であったので,大阪市内に事務所を有する弁理士が代理人として手続をした,(2)本件の拒絶査定の謄本は,平成15年6月4日に上記代理人の事務所に送達され,同事務所の事務員は,拒絶査定に対する審判請求の期限として,国内人向けの期限である「平成15年7月4日」と包袋に記載した,(3)担当弁理士は,原告が在外者であり,期間が延長されていたので,上記記載を訂正しようとしたが,その際,60日を加えるべきであったのに,誤って2か月を加えてしまい,その結果,月欄の「7」を「9」と訂正したにとどまった,(4)同弁理士は,実父が同年の盆明けに郷里の病院に入院したので,見舞い等のために,9月までの間に4回,事務所のある大阪市と郷里とを往復するなど心身ともに多忙を極めていた,(5)同弁理士は,同年8月8日には依頼者側から審判を請求する旨依頼され,同月27日には審判請求書の原案を送付した,(6)同弁理士は,平成15年9月3日,審判請求書を被告に提出した,以上の事実が認められる。

以上の事実によると,原告が法定期間経過後に本件審判の請求をしたのは,原告の代理人である担当弁理士が,在外者のために付加された期間が60日であるのに,これを2か月と誤り,そのまま事務処理をしたことによるものというべきであるから,特許法121条2項に規定する「その責めに帰することができない理由」があったということはできない。なお,担当弁理士は,実父の見舞い等のために事務所のある大阪市と郷里とを往復するなど多忙を極めており,その間,業務に従事することが困難であったことがうかがわれるが,同年8月27日の時点までに,審判請求すること自体については,依頼者側から確たる意向を示されていたことにかんがみると,期間の計算を誤ることさえなければ,法定期間内に本件審判の請求をすることができたと考えられるから,上記の事情をもって,「その責めに帰することができない理由」があったということはできす,他に「その責めに帰することができない理由」があったことをうかがわせるような事情は証拠上認められない。

原告は,原告の出願代理人は善意の事務管理を行っていて,期間の不遵守は錯誤によるものであり,上記のように,期間の延長が月又は日によって区々に定められていることからすれば,これをすべて原告に帰責することは過酷であると主張する。しかし,上記判示のとおりであるから,原告に帰責することが過酷であるとはいえず,原告の主張は採用することができない。

また,原告は,知的財産権関係事案の大量化,複雑化,国際化とこれに伴う弁理士事務所の実務の変容からすれば,錯誤による期間の不遵守,それも1日程度のものは救済されてしかるべきであると主張する。しかし,原告の主張するような事情が存在することは想像されないでもないが,そうであるからといって,「その責めに帰することができない理由」について,特別に寛大に解釈運用すべきであるということにはならない。原告の主張は,採用の限りでない。

2  原告は,審判請求を却下する旨の審決は,日本国民と比較して,在外者である原告に実質的に不利益を与えるものであり,特許取得手続における内国民との平等を定めたパリ条約2条の規定に違反し,憲法32条の規定の趣旨にも反すると主張する。しかし,本件審判の請求が法定期間経過後の不適法な請求であるとされた理由は,上記判示のとおり,担当弁理士が付加期間を誤解したからであり,それ以外の理由ではない。したがって,原告の主張は,採用することができない。

また,原告は,ヨーロッパ特許条約122条やドイツ特許法123条等には,本件のような出願人の善良な管理のもとでの期間の不遵守に対する救済を規定しているところ,日本においてのみ,期間の不遵守に対する救済を一切認めないというのは,知的財産基本法17条の「国際的に整合の取れた知的財産に係る制度の構築に努める」との規定に明らかに反するから,請求を却下した本件審決は,違法であると主張する。しかし,特許法121条2項は,「その責めに帰することができない理由」による期間の不遵守に対する救済を規定しているのであって,期間の不遵守に対する救済を一切認めないというものではない。原告の主張は,その前提を欠くものであって,採用することができない。

3  結論

以上のとおりであって,原告の主張する審決取消事由は理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 塩月秀平 裁判官 髙野輝久)

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