大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成16年(行コ)131号 判決 2004年11月24日

控訴人 甲

(旧姓甲)

訴訟代理人弁護士 鳥飼重和

同 好美清光

同 多田郁夫

同 村瀬孝子

同 今坂雅彦

同 橋本浩史

同 吉田良夫

同 権田修一

同 内田久美子

同 高田剛

同 小出一郎

同 間瀬まゆ子

同 國貞美和

同 佐藤香織

同 松本賢人

同 堀招子

同 福崎剛志

同 呰真希

同 堀博之

同 木山泰嗣

同 青戸理成

同 内藤雅子

補佐人税理士 原木規江

同 佐野幸雄

同 窪澤朋子

被控訴人杉並税務署長 永田弘之

指定代理人 市原久幸

同 兼田加奈子

同 信本努

同 伊倉博

同 伊藤英一

同 岡本勝秀

同 小林健二

上記当事者間の所得税更正処分取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人が控訴人に対して平成12年7月7日付けでした、控訴人の平成10年分所得税についての更正処分(以下「本件更正処分」という。)のうち、課税総所得金額6450万円、納付すべき税額2591万7200円を超える部分を取り消す。

(3)  訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文同旨

第2  事案の概要

本件は、控訴人が、本件更正処分は、所得区分の判断を誤った違法なものであるなどと主張して、本件更正処分のうち、控訴人の従前勤務していた日本法人A株式会社(以下「日本A」という。)の親会社であるアメリカ合衆国法人A(以下「米国A」という。)から付与されたストック・オプションを行使したことにより取得した利益(権利行使利益)を一時所得に区分して計算した課税総所得金額及び納付すべき税額を超える部分の取消しを求める事案である。被控訴人は、上記利益が、主位的には給与所得に、予備的には雑所得に該当すると主張するのに対し、控訴人は、上記利益は一時所得に該当すると主張している。

原判決は、上記利益は給与所得に該当すると判断して、控訴人の請求を棄却したため、控訴人が不服を申し立てたものである。なお、控訴人は、当審において、請求の趣旨を一部減縮した。

そのほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由中の「第二事案の概要」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

(控訴人の当審における主張)

1  原判決は、ストック・オプションそれ自体と権利行使利益とを混同し、また、労務の対価性を安易に認めるものであって、失当である。

すなわち、原判決は、ストック・オプションの権利行使利益を、親会社である米国Aから支給されたものと認定するが、誤りである。会社が与えるのはあくまでもストック・オプションという権利であって、権利行使利益は、いわば与えられたオプションの含み益にすぎず、これは、市場から得られるものであって、親会社から支給されるものではない。

その他、控訴人は、米国Aとは雇用関係がないことなどの事情があるにもかかわらず、原判決は、本件につき、給与所得であるとするものであるが、同様にストック・オプションの本質を誤解し、労務の対価性を安易に認めるものである。

2  被控訴人がした本件更正処分は、以下の事情から、信義則に違反してされた違法な処分であって、本件更正処分は取り消されるべきである。

(1) ストック・オプションの権利行使利益については、東京国税局の職員が執筆した「回答事例による所得税質疑応答集」の昭和60年版以降、平成9年版までにおいて、繰り返し「一時所得」との説明がされた。

このように、税務官庁は、納税者に対し、本件につき信義則の適用を考える前提となる信頼の対象としての公的見解の表示をしている。

(2) 控訴人は、ストック・オプションの権利行使利益に係る所得を一時所得とする公的見解の表示を信頼してストック・オプションを行使した。

控訴人は、平成10年に日本Aを退社したが、退社に当たり、同年10月から11月までの間に、付与されていたストック・オプションを行使した。控訴人は、一時所得としての納税で済むことを前提とし、納税すべき額を概算し、その額に基づき、権利行使をする時期等につき判断した上で、ストック・オプションの権利行使をするという行動をとっている。

(3) 控訴人は、上記権利行使に係る納税額を概算していたにもかかわらず、それより約2800万円多くの税額を納付することを余儀なくされた。この納付のため、控訴人は、ストック・オプションを行使して得た株式を売却することを余儀なくされ、この株式を控訴人の家族のために使い、また、控訴人自身の住居購入資金に当てる計画を断念せざるを得なくなった。課税当局が後になって、前記表示に反する課税処分を行い、そのために納税者である控訴人が経済的不利益を受けたことは明らかである。

(4) 控訴人に帰責事由がないことは明らかである。

(5) 平成7年分以前には、納税者がストック・オプションの権利行使利益を一時所得として申告することが許されていた。これら納税者との平等、公平を考えれば、平成8年分以降の所得税についても、一時所得として取り扱うべきである。

(6) 課税処分について信義則の法理の適用について判断した最高裁判例(最高裁第三小法廷昭和62年10月30日判決・判例時報1262号91頁)(昭和62年判決)は、信義則が適用される事情を例示したものであり、これに限定されるものではないと解されるところ、本件のストック・オプションの権利行使利益を給与所得であるとした本件更正処分については、信義則が適用されるべき特別な事情がある。

第3  当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人の請求は理由がないと判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由中の「第三 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決40頁4行目の「乙」を削り、原判決52頁4行目の「被付与社」を「被付与者」と改め、原判決67頁19行目の「あるとし、」を「あるとしても、」と改める。)。

(控訴人の当審における主張に対する判断)

1  控訴人は、ストック・オプションそれ自体と権利行使利益とを混同すべきではないこと、また、本件にあって、控訴人のしたストック・オプションの行使については労務の対価性を認めることはできないこと、したがって、本件のストック・オプションの権利行使利益を給与所得であるとすることはできず、せいぜい一時所得になるにすぎないと解すべきである旨主張する。しかし、ストック・オプション制度、特に米国Aのストック・オプションのプラン(乙12)において実施されているストック・オプション制度の実態を考慮した場合、本件のストック・オプションの権利行使利益についてはこれを給与所得であると解するのが相当であることは、引用に係る原判決の認定、判断のとおりである。

2  控訴人は、被控訴人のした本件更正処分は、信義則に違反している旨主張する。そして、控訴人は、本件については、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したこと、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したこと、後に前記表示に反する課税処分がされ納税者が経済的不利益を受けたことなど、昭和62年判決所定の要件がある旨主張する。

しかし、控訴人が表示に従ってした行為というものが、ストック・オプションの行使自体を指すと主張するものとすれば、控訴人は、平成10年8月26日に日本Aを退職したため、退職した日から3か月以内に行使しなければならなかったから、同年10月22日から11月10日までの間にこれを行使したにすぎず(甲2、57、乙12)、ストック・オプションの権利行使利益が一時所得に当たるからストック・オプションを行使したという関係にあるものではない。また、控訴人が表示に従ってした行為というものが、税務申告自体を指すのであれば、税務申告自体は、昭和62年判決がいう「信頼に基づいて行動したこと」に該当しない。

本件については、そもそも昭和62年判決が例示した要件に合致するとはいい難いというべきである。

租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、当該課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれている租税法律関係においては、上記法理の適用には慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するような特別の事情が存する場合に、初めて上記法理の適用の是非を考えるべきものである(昭和62年判決)。そうすると、課税処分について信義則の法理が適用され違法として取り消される場合があり得るとしても、それは極めて例外的な場合に限られると解される。

本件にあって、控訴人が、国税庁等の公式見解を信頼し、その信頼に基づいて行動したために経済的不利益を被ったものとは認め難いし、また、一時所得であるとする控訴人の租税法規の解釈には基本的な誤りがある。

したがって、控訴人がその他主張する諸般の事情を十分に斟酌しても、本件更正処分が信義則に違反するとは到底いえない。

第4  結論 よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原田和德 裁判官 北澤章功 裁判官 竹内浩史)

更正決定

控訴人 甲

(旧姓甲)

訴訟代理人弁護士 鳥飼重和

同 好美清光

同 多田郁夫

同 村瀬孝子

同 今坂雅彦

同 橋本浩史

同 吉田良夫

同 権田修一

同 内田久美子

同 高田剛

同 小出一郎

同 間瀬まゆ子

同 國貞美和

同 佐藤香織

同 松本賢人

同 堀招子

同 福崎剛志

同 呰真希

同 堤博之

同 木山泰嗣

同 青戸理成

同 内藤雅子

補佐人税理士 原木規江

同 佐野幸雄

同 窪澤朋子

被控訴人杉並税務署長 永田弘之

指定代理人 市原久幸

同 兼田加奈子

同 信本努

同 伊倉博

同 伊藤英一

同 岡本勝秀

同 小林健二

上記当事者間の平成16年(行コ)第131号所得税更正処分取消請求控訴事件につき、平成16年11月24日に言い渡した判決書に明白な誤りがあるので、職権により次のとおり決定する。

主文

前記判決書の当事者の表示中

「同 堀博之」とあるのを「同 堤博之」と更正する。

平成16年11月24日

東京高等裁判所第23民事部

裁判長裁判官 原田和德

裁判官 北澤章功

裁判官 竹内浩史

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例