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東京高等裁判所 平成16年(行コ)163号 判決 2005年3月09日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は,控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人(当時は建設大臣)が平成9年1月31日付けでした,昭和電工株式会社(昭和電工)に対する原判決別紙許可目録記載1ないし3の各許可処分(本件許可処分)をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,被控訴人(当時は建設大臣)が平成9年1月31日付けで昭和電工に対してした,長野県大町市内の河川及び湖からの水力発電用水の各取水許可処分(本件許可処分)について,大町市内に居住する8名の住民及び同市内に活動の拠点を有する2つの権利能力なき社団が,本件許可処分は,河川・湖沼の機能を破壊し,河川法に違反する違法なものであるとして,その取消しを求めた事案である。

原審では,原告適格ないし訴えの利益の有無が問題となった。控訴人らは,本件許可処分の取消しを求める原告適格があることの根拠として,①漁業権侵害,②防火用水の不足による火災発生の危険性,③各種排水の希釈浄化が妨げられることによって生じる悪臭・病害虫による健康阻害,④井戸水の汚濁による地下水利用権の侵害,⑤自然享有権・環境権の侵害を主張し,控訴人P7,控訴人P9及び控訴人P8の3名(控訴人P7ら)の漁業権ないし漁業を営む権利は,本件許可処分に優先するから,訴えの利益があると主張した。

原審は,控訴人P7らについては,漁業を営む権利を有する者として原告適格を認めた上,控訴人P7らの権利は本件許可処分により新たな制約を受けるものではないとして訴えの利益を否定し,その余の1審原告らについては,原告適格を否定して,本件訴えをいずれも却下したところ,控訴人ら6名が控訴した。

2  「関係法規等」,「前提事実」及び「争点に関する当事者の主張の要旨」は,次のとおり,原判決を訂正し,控訴人らの当審における主張の要旨を付加するほか,原判決「事実及び理由」第3の2,3及び第4に摘示されたとおりであるから,これを引用する。

(原判決の訂正)

(1) 原判決2頁17行目の「この許可申請があった場合には」を「水利使用に 関し23条の許可申請があった場合には」に改める。

(2) 同4頁13行目冒頭から同15行目末尾までを削る。

(3) 同18行目の「平成9年」を「平成11年」に改める。

(4) 同10頁3行目から同6行目までを削る。

(5) 同13頁16行目及び同23頁9行目から同10行目の「第1ないし第3原告ら」を「控訴人ら」に改める。

(6) 同33頁16行目の「第2原告ら及び第3原告ら」を「控訴人P5,同P2及び同P3」に改める。

(7) 同18行目の「第3原告らは」から同21行目の「関係河川使用者」の前までを削る。

(8) 同38頁6行目の「食品衛生法」の前に「平成15年法律第55号による 改正前の」を加える。)。

(控訴人らの当審における主張の要旨)

(1) 本件訴えは,国策の下に進められた昭和電工という一企業のための発電用水の取水により,瀬切れ現象(河に水が流れない場所が生じていること)を生じる等,失われてしまった本来の川と湖を取り戻すために,住民が起こしたものである。

(2) 被控訴人は,昭和40年4月1日施行の現行河川法1条に基づき,流水の正常な機能を維持するために,魚族の生存繁殖が維持されるよう河川を管理しなければならない義務を負うことになった。北安中部漁協は,昭和39年1月1日から免許に基づく漁業権を有していたのであるから,本件許可処分は,控訴人P7らの北安中部漁協の漁業権に基づく漁業を営む権利を侵害するものである。

(3) 平成9年の河川法改正により,河川法1条に法の目的として新たに「河川環境の整備と保全」が加えられたが,本件の問題である「発電水利権の期間更新時における河川維持水量の確保」ということとの関連においては,従前から河川法1条の目的に含まれていたものが確認的に規定されたものであって,新たに創設されたものではない。控訴人らの防火用水としての河川流水の利用は,慣行水利権に基づく許可や届出とは関わりのないものであり,控訴人らの安全の確保は,既存の防火設備では不十分である。排水希釈の問題も,河川環境の整備と保全という河川法の目的から検討されるべきであり,希釈水は現に不足しているのである。

(4) 本件許可処分は,平成9年1月31日にされたものであり,この時点において,青木湖に関係する控訴人らに係る地下水が侵害されているか否かを判断しなければならない。本件許可処分により昭和電工に取水が許可されているのは,青木湖の水だけであり,青木湖周辺の陸地の地下水まで取水許可がされているわけではない。仮に,昭和電工が昭和27年4月22日以降,青木湖から取水していることを考慮するとしても,半世紀も経った今日において,湖面の水位が最大で21メートルも低下することによる周辺地の地下水の減退を,今後も許容し続けるべきか否かについては,再検討がされるべきである。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,本件許可処分の取消訴訟について,控訴人らは,いずれも原告適格を有しないものと判断する。その理由は,次のとおり,原判決を訂正し,控訴人らの当審における主張に対する判断を付加するほか,原判決「事実及び理由」第5の1に説示されたとおりであるから,これを引用する。

(原判決の訂正)

(1) 原判決43頁25行目冒頭から同44頁17行目末尾までを次のとおり改める。

「(3) 関係河川使用者の原告適格について

ア 関係河川使用者

河川法は,河川について,洪水,高潮等による災害の発生が防止され,河川が適正に利用され,流水の正常な機能が維持されるようにこれを総合的に管理することにより,国土の保全と開発に寄与し,もって公共の安全を保持し,かつ,公共の福祉を増進することを目的としており(1条),河川は,公共用物であって,その保全,利用その他の管理は,前条の目的が達成されるように適正に行わなければならない(2条)旨規定し,河川法が究極的には公共の安全を保持し,公共の福祉を増進することを目的とすることを明らかにするとともに,公共用物として公の目的のために供されることを宣言し,河川の流水に私権の成立することを否定している。その上で,河川法23条は,河川の流水を占用しようとする者は,河川管理者の許可を受けなければならない旨,同法24条は,河川区域内の土地を占用しようとする者は,河川管理者の許可を受けなければならない旨規定し,同法38条は,本文で,河川管理者は,水利使用に関し23条又は26条(工作物の新築等の許可)1項の許可の申請があった場合においては,当該申請が却下すべきものである場合を除き,申請者の氏名,水利使用の目的その他建設省令で定める事項を23条から29条までの規定による許可を受けた者及び政令で定める河川に関し権利を有する者(関係河川使用者)に通知しなければならない旨規定している。そして,河川法39条は,前条の通知があったときは,関係河川使用者は,河川管理者に対し,当該水利使用によりその者が受ける損失を明らかにして,当該水利使用について意見を申し出ることができる旨,同法40条1項は,河川管理者は,水利使用に関し,23条又は26条1項の許可をしようとする場合において,前条の申出をした関係河川使用者で当該申請に係る水利使用により損失を受けるものがあるときは,当該水利使用を行うことについて当該関係河川使用者のすべての同意がある場合を除き,次の各号の一に該当する場合でなければ,その許可をしてはならない旨規定し,1号で,当該水利使用に係る事業が関係河川使用者の当該河川の使用に係る事業に比し公益性が著しく大きい場合,2号で,損失を防止するために必要な施設を設置すれば関係河川使用者の当該河川の使用に係る事業の実施につき支障がないと認められる場合を挙げている。さらに,河川法は,当該水利使用に関する許可を受けた者による当該許可に係る損失の補償(41条),水利使用の許可を受けた者と関係河川使用者との損失の補償に関する協議,河川管理者の裁定(42条),損失の補償までの間における流水の貯留又は取水の制限(43条)について規定している。その一方で,河川法38条は,ただし書において,当該水利使用により損失を受けないことが明らかである者及び当該水利使用を行うことについて同意をした者については,この限りでない旨規定し,これらの者に対しては通知を要しないものとしている。

以上のような河川法の規定によれば,河川法は,関係河川使用者のうち,当該水利使用により損失を受けないことが明らかである者及び当該水利使用を行うことについて同意をした者以外の者については,上記のとおりの河川法所定の水利使用の申請があったことの通知,損失を明らかにした意見の申出,水利使用の許可に係る制限,損失の補償義務,損失の補償に係る協議及び裁定,流水の貯留等の制限等の規定を通じて,それらの者の利益を個別的利益としても保護しているものと解されるから,かかる関係河川使用者は,河川法23条又は26条に基づく許可処分について,行政事件訴訟法9条にいう「法律上の利益を有する者」に該当するものというべきである。

イ 北安中部漁協の漁業権と控訴人P7らの原告適格

河川法施行令21条は,河川法38条の政令で定める河川に関し権利を有する者は,漁業権者及び入漁権者とする旨規定している。これは,漁業権者及び入漁権者が行う河川の使用は,河川法24条又は26条1項の許可を受けて区画漁業を行っている場合を除き,一般的には自由使用であって,河川法上権利としては認められないものであるが,漁業権及び入漁権が漁業法23条及び43条によって物権とみなされており,水利使用によってそれが影響されることが多いことから,それらの者を関係河川使用者と定め,水利使用との調整を図ったものである。

北安中部漁協は,本件河川について第五種共同漁業権(漁業法6条5項5号。内水面又は湖沼に準ずる海面を共同で利用して営む漁業であって1号に掲げるもの以外のもの)を有する漁業権者であるから,河川法所定の関係河川使用者に該当することは明らかである。そして,控訴人P7らは,北安中部漁協の組合員であるから,北安中部漁協が制定した漁業権行使規則に規定する資格に該当する限りにおいて,北安中部漁協の共同漁業権の範囲内において,水産動植物の採捕又は養殖の事業としての漁業を営む権利を有する(漁業法2条1項,8条。前提事実(1)ア及び(5))。

ところで,漁業権は,都道府県知事の免許によって設定されるものであり(漁業法10条),北安中部漁協は,前提事実(5)記載のとおり,平成5年12月20日に長野県知事から免許を得たのであるから(乙1の1・2),北安中部漁協の漁業権に基づく控訴人P7らの漁業を営む権利も,同日発生したものである。

控訴人P7らは,明治時代以前からの慣行漁業権を有している旨主張するが,仮に,控訴人P7らが現行漁業法(昭和24年法律第267号)施行前に何らかの漁業権を有していたとしても,漁業法施行法1条により,現行漁業法施行の際現に存する漁業権については,同法施行後2年間は,同法の規定にかかわらず,旧漁業法(明治43年法律第58号)の規定は,なおその効力を有するとされ,旧漁業法は,漁業法附則2項により廃止されたのであるから,現行漁業法が施行された昭和25年3月14日から2年が経過した後は,現行漁業法施行の際現に存する漁業権は,消滅するものとされたことが明らかであり,これに伴い,消滅する漁業権者等に対しては,補償金を交付することとされたものである(漁業法施行法9条)。長野県においては,昭和26年10月15日付け長野県漁業権補償委員会公告第1号により,総額5585万8000円の漁業権等補償計画が定められており,その中には「専用漁業権 北安中部漁業会 北安曇郡α 451,000」との記載もある(乙5)。したがって,漁業法施行後2年経過後は,従前の漁場の権利関係は,河川に関する慣行漁業権も含め,かつ,慣行漁業権の内容によって区分されることなく,全て一律に消滅したものであって,その後は,漁業法に基づいて設定された権利関係のみが存続しているものである。

以上のとおり,北安中部漁協の漁業権は,平成5年に設定されたものであるところ,前提事実(3)ウ記載のとおり,漁業権設定当時,既に昭和41年許可がされていたものである。そうすると,北安中部漁協の漁業権は,昭和41年許可がされていることを当然の前提とする権利ということができるが,昭和41年許可と本件許可処分とを比較すると,本件許可処分の内容は,原則として従前の昭和電工の水利使用の継続を許可したものであるが,更に従前の許可処分に加えて,各河川の流量が,高瀬川の常盤発電所大出取水所地点で0.49立方メートル毎秒を,高瀬川の広津発電所取水口(常盤発電所放水口地点)で0.54立方メートル毎秒を,農具川の広津発電所取水地点で0.69立方メートル毎秒を,それぞれ超える場合に,その超える部分の範囲内で取水を行うこととする取水制限を新たに課したものであって,本件許可処分により,本件河川の流量は従前よりも改善されたことになるのであるから,昭和41年許可を超えて北安中部漁協の漁業権が法律上の不利益ないし制約を受けることになるものではない。

したがって,北安中部漁協は,漁業権者として関係河川使用者には該当するが,本件許可処分に係る水利使用により損失を受けないことが明らかである者に当たるから,本件許可処分の取消しについて原告適格を有する漁業権者には該当しないというべきであり,控訴人P7らは,当該漁業権を有する者ではないから,そもそも河川法38条所定の関係河川使用者には当たらない上,北安中部漁協の漁業権に基づいて漁業を営む権利を有するにすぎないから,原告適格は認められないというべきである。」

(2) 同49頁13行目冒頭から同20行目末尾までを削る。

(3) 同53頁9行目の「第1ないし第3原告ら」を「控訴人ら」に改める。

(控訴人らの当審における主張に対する判断)

(1) 控訴人らは,本件訴訟の目的を,発電用水の取水により失われてしまった本来の川と湖を取り戻すために住民が起こしたものであると主張する。失われた自然環境を取り戻すことを希求する本件訴えの目的は,もとよりそれ自体は正当なものであるが,それによって直ちに原告適格が認められることになるものではなく,原告適格の有無は,当該行政法規の趣旨・目的,当該行政法規が当該処分を通じて保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきものである。

(2) 控訴人らは,昭和40年4月1日施行の現行河川法1条に基づき,被控訴人は,流水の正常な機能として,魚族の生存繁殖が維持されるよう河川を管理しなければならない義務を負うことになったとした上で,控訴人P7らの権利が北安中部漁協の漁業権に基づくものであるとしても,北安中部漁協は,昭和39年1月1日から免許に基づく漁業権を有していたから,本件許可処分は,控訴人P7らの漁業権に基づく漁業を営む権利を侵害するものであると主張する。

河川法1条の河川法の目的には,「流水の正常な機能が維持され」ることが含まれており,流水の正常な機能には,水性動植物の生存繁殖等も含まれるものと解され,漁業権者が関係河川利用者とされていることは上述したとおりであるが,北安中部漁協が,昭和39年1月1日に共同漁業権の免許を得ていたとしても(甲88),漁業権の存続期間は法定されていて,共同漁業権については10年であり,その更新は認められていない(漁業法21条)から,法定の存続期間の経過により消滅するものと解される(最高裁平成元年7月13日第一小法廷判決・民集43巻7号866頁参照)。したがって,昭和39年に免許を得た漁業権は,10年の経過により消滅しており,これに基づいて控訴人P7らの漁業を営む権利も消滅しているから,本件許可処分がこれを侵害する余地はない。

(3) 平成9年6月の河川法の改正により,河川法1条に,河川法の目的として新たに「河川環境の整備と保全」が加えられたところ,控訴人らは,本件の問題である「発電水利権の期間更新時における河川維持水量の確保」ということとの関連では,従前から河川法の目的に含まれていたものが確認的に規定されたものであって,新たに創設されたものではないし,河川の流水による排水希釈の問題も,河川環境の整備と保全という目的から検討されるべきであると主張する。

しかしながら,この改正は,改正前の河川法1条が,「洪水,高潮等による災害の発生が防止され」るという治水と,「河川が適正に利用され,及び流水の正常な機能が維持される」という利水を河川法の目的として規定したものであって,具体的には,洪水,高潮その他の異常な天然現象による災害,通常の河川の状態において発生する河床の上昇・低下,河岸の侵食等に起因する地盤沈下による溢水等の災害の防止,並びに各種排水の希釈浄化,塩害の防止,河道の維持,河口の埋塞防止,既得水位の取水等のための水位の維持,水性動植物の生存繁殖を図ることを目的とするものであり,河川環境については,明確に位置づけたものになってはいなかった。しかし,近年の豊かな自然環境を残し,うるおいのある生活環境を求める国民のニーズの高まりを背景として,河川環境の一層の整備及び保全を図るため,「河川環境の整備と保全」が河川法の目的として新たに加えられたものであり,具体的には,流水に生息・繁茂する水性動植物,流水を囲む水辺地等に生息・繁茂する陸生動植物の生態系及び流水の水質,水と緑の景観等の整備と保全をいうものであって,この改正の効果は,もとより改正後に生ずるものである。

また,河川は,本来自然の一部であり,無目的なものであるが,社会的には公共用物として,国民の共同の利益となるように管理されるべきものであるところ,改正後の河川法1条は,河川環境だけを特別に重視すべきものとしたのではなく,河川について,治水,利水と併せてこれを総合的に管理することにより,国土の保全と開発に寄与し,もって公共の安全を保持し,公共の福祉を増進することを河川法の目的としたものであり,実際には,治水・利水の目的と環境整備等の目的とが相反する場合もあり得るのである。

したがって,改正の前後を問わず,河川法1条を根拠として直ちに,控訴人ら個々人の個別的利益が保護されたものと解することはできず,これによって原告適格が基礎づけられることになるものではないのであり,少なくとも,河川法1条が,改正の前後において,特に発電水利権との関係で河川維持水量の確保を河川法の目的としたものと解すべき根拠はない。

防火用水としての河川流水の利用についても,河川の適正な利用として,総合的な河川管理の一環として考慮すべき場合もあり得ると考えられるが,消防水利については,河川法は,何ら具体的な規定を置いておらず,消防水利に係る利益は,河川において,公共用物であることに基づく一般的公益として位置づけているものと解される。なお,控訴人らが,本件許可処分の対象河川について,防火用水としての利用につき慣行水利権を有するものとは認められない。既存の防火設備が控訴人らの安全上十分なものかどうかも,消防法に基づいて判断し,対処されるべき問題である。

河川の流水による排水希釈の問題についても,同様であり,流水の正常な機能として,総合的な河川管理の一環として考慮すべき場合もあり得ると考えられるが,これについて河川法は,何ら具体的に規定するところがないのであり,控訴人ら個々人の個別的利益が保護されたものと解することはできず,これによって控訴人らの原告適格が基礎づけられるものではない。

(4) 控訴人らは,本件許可処分は,平成9年1月31日にされたものであり,この時点において青木湖に関係する控訴人らに係る地下水が侵害されているか否かを判断しなければならないと主張する。

しかしながら,本件許可処分は,実質的には昭和41年許可の許可期間を更新したものである。河川法23条に基づく流水の占用許可について,存続期間を定めた規定は存在しない。もっとも,同法90条は,河川管理者は,この法律又はこの法律に基づく政令若しくは都道府県の規則の規定による許可又は承認には,必要な条件を附することができる旨規定しており,同法23条の流水の占用許可については,条件として,水利使用規則において許可期間が定められるのが通例であり,昭和41年許可においても,昭和71年(平成8年)3月31日が許可期限とされている。

しかし,工作物を設置して取水をしようとする者は,半永久的に取水を継続することを前提として流水の占用の許可を申請し,河川管理者もそのようなものとして許可しているものというべきである。許可に付されている許可期間は,当初予期しなかった事情が生じた場合に見直しをし,又は遊休水利権を排除する等の機会を河川管理者に与えるため,一定の期間ごとに改めて流水の占用の許可を受けるべきことを命じた条件と考えるべきであり,許可期間の満了により許可の効力が当然に失効することを予定したものとは解されない。これは,昭和41年許可に添付された水利使用規則11条(甲5)において,許可が失効する場合の一つとして,「許可期間の更新の許可の申請がなされた場合において,当該許可期限後に当該許可を拒否する処分があったとき」と規定し,許可期限経過後もなお,従前の占用許可の効力が存続することを前提としていることからも明らかである。

以上のとおり,本件許可処分は,実質的には昭和41年許可の許可期間を更新したものにすぎず,同許可の内容は,新たに取水制限を課したものであることは上述したとおりである。したがって,控訴人らに対する権利利益侵害の有無は,当初許可と昭和41年許可との連続性はひとまずおくとしても(河川法施行法20条),少なくとも昭和41年許可を前提として判断されるべきであるところ,青木湖に関係する控訴人らが,青木湖畔に住居を構え,井戸を掘削したのは,控訴人らの主張によれば,昭和50年以降であり,昭和電工の青木湖からの取水を前提として井戸を設置したものであるから,本件許可処分により青木湖に関係する控訴人らの権利利益が侵害されることはないというべきである。

控訴人らは,本件許可処分により昭和電工に取水が許可されているのは,青木湖の水だけであり,青木湖の周辺の陸地の地下水まで取水許可がされているわけではないと主張する。しかし,そもそも,河川法は,地下水の利用の保護について何ら具体的な規定は置いていないのであり,河川からの取水による地下水の利用に対する影響は,河川が公共用物であることに伴う一般的公益の問題と解すべきであることは,原判決説示のとおりである。

また,控訴人らは,昭和電工が昭和27年4月22日以降,青木湖から取水していることを考慮しても,半世紀も経った今日においては,再検討されるべきであると主張する。しかし,年月の経過による事情の変化の有無とこれに対する対応の要否は,河川管理者において検討すべきことではあるが,それによって本件について控訴人らの原告適格が認められることになるものではない。

(5) 控訴人らは,その他,るる主張するが,いずれも上記判断を左右するものではない。

なお,平成17年4月1日施行の平成16年法律第84号による改正後の行政事件訴訟法9条2項が規定する当該法令の趣旨・目的及び当該処分において考慮されるべき利益の内容・性質等を考慮するとしても,河川法の趣旨目的及び本件許可処分の内容等は上述したとおりであり,河川法と目的を共通にする関係法令は見当たらず,仮に本件許可処分に河川法に違反する点があった場合に害されることとなる控訴人らの利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度を勘案しても,本件許可処分は,河川及び湖からの水力発電用水の取水を許可するものであり,洪水,高潮等による災害の発生の防止という治水に関わるものではないから,控訴人らに原告適格を認める余地はない。

2  よって,控訴人らの本件訴えをいずれも不適法として却下した原判決は,結論において相当であるから,本件控訴をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大藤敏 裁判官 桐ヶ谷敬三 裁判官 佐藤道明)

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