東京高等裁判所 平成16年(行コ)248号 判決 2004年12月13日
控訴人 株式会社A
同代表者代表取締役 甲
同訴訟代理人弁護士 牛嶋勉
長屋憲一
菅原万里子
同補佐人税理士 守田啓一
鳥嶋唯男
福田浩彦
被控訴人 渋谷税務署長事務承継者
品川税務署長 大橋時昭
同指定代理人 藤澤裕介
山崎秀利
中尾守隆
花田孝幸
木村和久
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 渋谷税務署長が平成12年12月25日付けでした、控訴人の平成11年4月1日から平成12年3月31日までの事業年度の法人税に係る更正処分(ただし、平成14年3月18日付け裁決により一部取り消された後のもの)のうち、所得金額1億8693万9261円、納付すべき税額6042万4800円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。
第2 事案の概要
本件事案の概要は、本件事案の要旨を1項に、控訴人の当審における主張を2項に付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決14頁3行目の「であるところ、」を「である。」に、19頁20行目の「(3)」を「(2)」に、20頁19行目の「β版を作成し、」を「β版の作成を行ない」に、21行目から22行目の「打合せて作成」を「打合せて作成し」に、23行目から24行目の「β版のチェック後の仕様変更、β版チェック後の仕様追加」を「β版チェック後の仕様変更・追加」に改める。)。
1 事案の要旨
本件は、コンピュータソフトウエアの企画、制作及び販売等を目的とする株式会社である控訴人が、ゲームソフトウエアの開発業務を委託した委託先3社に対して支払った委託料(本件委託料)を平成11年6月から平成12年1月の間に手数料勘定に計上し、その全額を損金の額に算入したことについて、渋谷税務署長から、平成12年改正前の法人税法2条25号及びそれを受けた同年改正前の法人税法施行令14条1項9号ハ所定の繰延資産に該当するため償却超過額が発生するとして、平成12年12月25日付けで法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたため、本件委託料は法人税法上の繰延資産に該当しないから前記更正処分(ただし、平成14年3月18日付け裁決により一部取り消された後のもの)及び前記賦課決定処分は違法であると主張し、被控訴人(控訴人の本店の移転による渋谷税務署長事務承継者)に対し、その取消しを求める事案である。
原審は、本件委託料は法人税法上の繰延資産に該当するとして、控訴人の請求を棄却した。
そこで、控訴人が、原審の認定判断を争って本件控訴を提起した。
2 控訴人の当審における主張
(1) 控訴人はゲームソフトウエアの販売を主たる事業としているので、その販売用のソフトウエアの制作費は、売上げに対応する原価として法人税法22条3項1号により損金の額に算入されるべきである。
(2) 被控訴人の主張を前提にすると本件委託料を支出して受けた役務提供による成果物はゲームソフトウエア(製品マスター)になるが、それは、製品であるソフトウエアを制作するための原盤であり減価償却資産に該当する。したがって、本件委託料は、減価償却資産の取得に要した費用として、法人税法施行令14条柱書きにより繰延資産から除外される。そして、レコード制作のための原盤が耐用年数2年の減価償却資産として、一時の損金とすることが認められていることからすると、それ以上に販売期間が短いゲームソフトウエアの制作に要した本件委託料については、その全額が本件事業年度の損金の額に算入されるべきである。
(3) ソフトウエアとはコンピュータに一定の仕事を行なわせるためのプログラムであり、このプログラムは著作権上の著作物に該当する(著作権法10条1項9号)以上、本件ソフトウエアは、権利としての資産に該当し、繰延資産に該当することはあり得ない。
第3 当裁判所の判断
当裁判所も、本件委託料は法人税法上の繰延資産に該当すると認められるので、本件各処分は適法であり、その取消しを求める控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 本件委託料の支払が「役務の提供を受けるために支出する権利金その他の費用」の支出に該当するか否か(争点1)について
この点に関する判断は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」1(1)のアないしウ(原判決25頁10行目から31頁9行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決25頁12行目の冒頭から26頁11行目までを次のとおり改める。
「 そもそも、繰延資産は、その費用の支出が費用の前払の実質を有する場合について、費用収益対応の原則に立って、支出の年度にその全額を費用に計上するのではなく、その効果が持続する期間にわたって償却すべきものとする制度である。法人税法は、このような考え方に立って、法人が支出する費用のうち支出の効果がその支出の日以後1年以上に及ぶもので政令で定めるものを繰延資産とする旨規定しているところである(同法2条25号)。そして、これを受けて、前記「法令の定め等」記載のとおり、法人税法施行令14条1項9号ハは、「役務の提供を受けるために支出する権利金その他の費用」であり、かつ、その「支出の効果がその支出の日以後1年以上に及ぶもの」を繰延資産として掲げている。
そこでまず、一般にソフトウエアの開発費用が前記施行令の「役務の提供を受けるために支出する権利金その他の費用」に該当するかどうかについて検討するに、以上の考え方からすると、ソフトウエアの開発費用についても、その支出の効果がその支出の日以後1年以上に及ぶものは原則として繰延資産性が認められる筋合いであるが、自社で自らソフトウエアを開発した場合には、その開発に要した費用の額が判然としないことが多いことなどから、繰延資産として損金経理をしない取扱いにすることも考えられる。法人税法基本通達が前記「法令の定め等」(3)ア記載のとおり定めているのも、このような考え方に基づくものと解され、そのような取扱いは前記法人税法の規定の趣旨に沿ったものということができる。
ところで、ソフトウエアの開発については相応の専門知識を有する技術者等を相当数必要とし、自社従業員のみでそれを賄うのが困難な場合もあることにかんがみれば、外部の技術者等を利用してソフトウエアを開発した場合についても、当該技術者等を自社の指揮下に置き、自社の開発計画に従ってソフトウエアの開発に従事させるなど、自社従業員を利用して開発に当たったと同視し得るようなときには、自社開発の場合の損金経理との均衡を考慮して、そのために支出した費用を「役務の提供を受けるために支出する権利金その他の費用」に該当しないとして取り扱うことも前記法人税法の規定に照らすと、相応の合理性を有するものと解される。」
(2) 同27頁2行目の次に改行して
「 この点について、控訴人は、本件各契約書は、ソフトウエア開発経験のない業務部長・丙が同種事案についての契約書のひな形等を参考にして作成したものであって、控訴人と本件外注先との契約関係の実態を正確に反映したものではない旨主張し、証人丙はそれに沿った供述をする。しかしながら、後記c認定の本件各契約書上の本件委託料の額やロイヤリティの支払に関する定め及びそれらの定めに従って控訴人から本件外注先に対し実際に支払がされていることに徴すると、前記控訴人の主張及び丙の供述は採用できず、したがってまた前記控訴人の主張も採用できない。
このように、本件各契約書は、ゲームソフトウエアの開発委託をする旨の内容となっており、現に委託先に対する対価の支払もその契約書に則って行なわれていることにかんがみると、その開発が自社従業員を利用して行なわれた場合と同視し得るものと認めることには多大な疑問が残るといわざるを得ない。」
を加え、12行目の「Bが、」から17行目末尾までを
「「C」を開発するに当たり、その作業をだれの指揮下で行なったのか、また、その作業の具体的な内容がどのようなものであったのか等については争いがあるものの、Bが、草案の企画段階から関与し、仕様概要、仕様書、開発スケジュールの作成、仕様変更・追加・修正・削除、β版作成・チェック、バグチェック及びマスター完成までの作業に関与したこと自体については、当事者間に争いがない。」
に改める。
(3) 同28頁8行目の「企画書等を作成する上で」を「企画書等の作成過程で」に、21行目冒頭から同29頁1行目末尾までを
「 「E」を開発するに当たり、前記(a)と同じくその作業をだれの指揮下で行なったのか、また、その作業の具体的な内容がどのようなものであったのか等については争いがあるものの、Dが、前記ソフトにつきアーケードゲームからプレイステーションゲームへの移植作業を行い、基本的な全体工数を控訴人と事前に協議して開発スケジュールを作成し、仕様変更・修正に関与したこと自体については、当事者間に争いがない。」
に改める。
(4) 同29頁4行目冒頭から12行目末尾までを
「 「H」を開発するに当たり、前記(a)と同じくその作業をだれの指揮下で行なったのか、また、その作業の具体的な内容がどのようなものであったのか等については争いがあるものの、Gが、草案の企画段階から作業に関与し、仕様概要、仕様書、各セクションの開発スケジュールを両者で打合せて作成し、仕様変更・追加・修正・削除に関与し、グラフィックデータの作成、α版・β版の作成、β版のチェック、β版のチェック後の仕様変更・追加、バグチェックさらにマスター完成までの一連の作業に関与したこと自体については、当事者間に争いがない。」
に、17行目の「原告は」から19行目の「主張し、」までを「控訴人は、控訴人において本件外注先に詳細な指示などをしたのは本件外注先の有する開発能力が乏しかったからであり、本件外注先を利用したのは労働力を補うにすぎないものであって、まさに、控訴人が自らの従業員に行なわせる代わりに本件外注先の従業員を指揮下に置いて作業を行なわせたものである旨主張し、」に改める。
(5) 同30頁16行目冒頭から20行目末尾までを
「 このように、一人当たりの人件費の試算からみても、それが非常に高額であり、本件外注先間で大きな格差があること、さらには、本件外注先に対しては本件委託料の他に後記(c)認定のロイヤリティまでもが支払われていることに照らすと、本件委託料が単に本件外注先から派遣された技術者が提供した労働に対する対価にとどまるものとみることは困難である。」
に改める。
(6) 同31頁3行目冒頭から4行目末尾までを
「本件外注先の行なった作業が単なる労働力の提供にすぎないと認めることは困難であり、控訴人が自らの従業員に行なわせる代わりに本件外注先の従業員を指揮下に置いて作業を行なわせたものであるとの前記c(a)の控訴人の主張を採用することはできない。」
に、5行目の「以上の事実関係に照らせば、」から7行目から8行目の「困難であるから、」までを
「 以上認定の本件外注先との間で締結されている本件各契約の内容、本件外注先が行なった作業の実情、それに対し控訴人が支払った対価の額及びその内容等に照らすと、本件ソフトウエアの開発について、控訴人が本件外注先の技術者等を自社の指揮下に置き自社の開発計画に従ってソフトウエアの開発に従事せしめたと認めることはできない。そして、他に、この点を認めるに足りる証拠がないので、」に改める。
2 本件委託料が「支出の効果がその支出の日以後1年以上に及ぶもの」といえるか否か(争点2)について
この点に関する判断は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」2(1)及び(2)(原判決31頁11行目から33頁21行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決32頁13行目の次に改行して
「 控訴人は、繰延資産は、費用の期間配分を行なう概念であり、「費用収益対応の原則」に基づく概念ではないので、前記アの解釈は、その原則の名の下に法律上の根拠なく課税を容認するものであって、租税法律主義に反する旨主張する。しかしながら、法人税法2条25号、32条の規定に照らすと、法人税法上の繰延資産に関する規定は法人が支出する費用について「費用収益対応の原則」の考え方に立ってそれを具体化したものであることが明らかである。前記控訴人の主張は、独自の解釈であって、採用できない。」
を、20行目の「収受できる旨」の次に「(しかも、この期間は延長され得る旨)」を加える。
(2) 同33頁4行目の「原告は、」を削除し、11行目冒頭から21行目末尾までを次のとおり改める。
「ものである。こうしたことに、前記ア説示のゲームソフトウエアを巡る取引の実情のほか、繰延資産に該当する支出についてはその支出した事業年度において繰延資産に計上して損金経理をすべきであるという納税者側の税務処理上の要請及び課税実務における画一的取扱いの要請などを勘案すると、ゲームソフトウエアが一般的に有する性質に照らして繰延資産に該当するかどうかを決することが不合理であるとは解されない。したがって、その開発のために支出した費用については、前記ア説示のとおり繰延資産性を肯認することができるというべきであって、控訴人の前記主張は採用できない。
そして、その場合の償却期間についても、前記「前提となる事実」記載の各権利許諾契約の内容から推認されるゲームソフトウエアの取引に関する一般的な実情、その他以上において認定説示したゲームソフトウエアが一般的に有する性質のほか、納税者側の税務処理上の要請及び課税実務における画一的取扱いの要請をも勘案すると、その繰延資産としての償却期間を一律5年に設定することの合理性を否定することはできないものというべきである。
これを本件ソフトの販売の実情について見ると、現に、1年以上経過してもある程度の販売実績があり(甲8)、発売後5年経過した時点でも、控訴人はインターネット上のホームページにおいて本件ソフトの販売価格及びゲーム内容に関する情報を配信している(乙8の1ないし4)。また、Cについては、平成11年度に発売された後、平成12年8月にCの映画が上映されたことにより、その時期の前後において販売本数が増加し、少なくとも平成14年までの約4年間にわたり販売されている(甲8、証人丙)。こうした事実に照らしても、本件ソフトのようなゲームソフトウエアについて、その開発のために支出した費用の償却期間を5年間とすることが不合理であるとはいえないというべきである。
したがって、この点に関する控訴人の主張も、理由がない。」
3 新会計基準の適用によって本件委託料は繰延資産に該当しないこととなったか(争点3)について
この点に関する判断は、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」3(1)及び(2)(原判決33頁23行目から34頁21行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決34頁14行目の「「無形固定資産」の中に含まれること」を「「無形固定資産」に含ませること」に改め、19行目の「立法者が、」の次に「前記改正前から」を加える。)。
4 控訴人の当審における主張について
(1) 控訴人は、販売用ゲームソフトウエアの販売を主たる事業としているので、その販売用のソフトウエアの制作費は、売上げに対応する原価として、法人税法22条3項1号により損金の額に算入されるべきである旨主張する(控訴人の当審における主張(1))。しかしながら、以上に説示したように、本件委託料は、同法2条25号、同施行令14条1項9号ハ所定の繰延資産に該当すると認められる以上、控訴人主張に係る同法22条3項柱書きの「別段の定めがあるもの」に該当するから、それを同条により当該事業年度の損金の額に算入することができないことは明らかである。
よって、控訴人の主張は採用できない。
(2) 控訴人は、被控訴人の主張を前提にすると本件委託料を支出して受けた役務提供による成果物はゲームソフトウエア(製品マスター)になり、それは減価償却資産に該当するので、本件委託料は、その取得に要した金額として、法人税法施行令14条柱書きにより繰延資産から除外されるなどと主張する(控訴人の当審における主張(2))。
しかしながら、前記認定のとおり、平成12年改正前の法人税法及び同施行令のもとではソフトウエアの開発費用は繰延資産として扱われていたが、同改正によって税法上の資産区分の変更が行われ、ソフトウエアが無形固定資産とされるに至ったものであるから、控訴人の前記主張はその前提において失当である。
(3) 控訴人は、ソフトウエアとはコンピュータに一定の仕事を行なわせるためのプログラムであり、このプログラムは著作権上の著作物に該当する(著作権法10条1項9号)以上、本件ソフトウエアは、権利としての資産に該当し、繰延資産に該当することはあり得ない旨主張する(控訴人の当審における主張(3))。
しかし、本件で問題となっているのは本件委託料の繰延資産該当性であって、この点については以上に認定説示したとおり、本件委託料が法人税法2条25号及びそれを受けた同法施行令14条1項9号ハ所定の繰延資産に該当するものと認められるところである。このことに、前記(2)で説示したことを勘案すると、前記控訴人の主張は採用できない。
5 したがって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 赤塚信雄 裁判官 小林崇 裁判官 金井康雄)