東京高等裁判所 平成16年(行コ)76号 判決 2004年12月08日
控訴人兼被控訴人 甲(以下「第1審原告」ともいう。)
訴訟代理人弁護士 鳥飼重和
好美清光
多田郁夫
今坂雅彦
内田久美子
間瀬まゆ子
松本賢人
堀招子
呰真希
木山泰嗣
鳥飼重和補佐人税理士 原木規江
佐野幸雄
窪澤朋子
被控訴人兼控訴人 横浜南税務署長
小田満(以下「第1審被告」ともいう。)
指定代理人 植田浩行
別所卓郎
伊藤英一
佐藤昌永
岡本勝秀
伊倉博
小林健二
主文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 本件各控訴費用は、各控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 第1審原告
(1) 原判決中、第1審原告敗訴部分を取り消す。
(2) 第1審被告が、第1審原告に対し、平成12年4月20日付けでした第1審原告の平成9年分の所得税に係る更正処分のうち、課税総所得金額1597万3000円、納付すべき税額204万5400円を超える部分を取り消す。
(3) 第1審被告が、第1審原告に対し、平成12年4月20日付けでした第1審原告の平成10年分の所得税に係る更正処分のうち、課税総所得金額3億4710万5000円、納付すべき税額1億6701万4730円を超える部分を取り消す。
(4) 訴訟費用は第1、2審とも第1審被告の負担とする。
2 第1審被告
(1) 原判決中、第1審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 前項に係る第1審原告の請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は第1、2審とも第1審原告の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は、第1審原告の平成9年分及び平成10年分の所得税の申告に対し、第1審被告が第1審原告に生じた海外親会社からのストック・オプション(会社が、自社又は子会社等(孫会社である場合を含む。以下同じ。)の従業員、役員等(以下「従業員等」という。)に付与する自社株式を一定の期間内にあらかじめ定められた権利行使価額で購入することのできる権利。株式時価が同価額よりも高額であれば、購入価額との差は、購入者にとって利益となる。)の権利行使利益(株式時価と権利行使価格との差額分の経済的利益。以下「本件権利行使利益」という。)の所得区分が、所得税法第34条第1項所定の「一時所得」ではなく、同法第28条第1項所定の「給与所得」に当たるとして更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)をしたことから、第1審原告が、本件権利行使利益について一時所得に当たるからこれらの各処分はいずれも違法である旨主張して、上記各処分のうち、一時所得として算定した金額等を超える部分の取消しを求めた事案である。原審は、第1審原告の請求について、本件各更正処分に関して棄却し、本件各賦課決定処分について認容したため、双方当事者は、各敗訴した部分の判断に不服があるとしてそれぞれ控訴した。
2 基礎となる事実、本件各課税処分の根拠に関する当事者の主張、争点及び争点に関する当事者の主張は、当審における当事者の主張として、3のとおり加えるほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第3 基礎となる事実」、「第4 本件各課税処分の根拠に関する当事者の主張」、「第5 争点」及び「第6 争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。
3 当審における当事者の主張
(1) 第1審原告
ア 本件権利行使利益は、給与所得と解することはできない。その理由は、次のとおりである。
(ア) 第1審原告が享受した本件権利行使利益は、ストック・オプションの付与会社から付与されたものではない。第1審原告が付与されたのは、「ストック・オプション」という権利であって、「権利行使利益」の給付を受けたのではない。権利行使利益は、与えられたオプションの含み益にすぎない。ストック・オプションは、従業員等に、株価の値上がり益によって利益を得る機会を与えることにより、付与会社が費用を負担することなく優秀な人材を確保することを目指した制度であって、その後従業員等がそれを行使したことによって得られる利益は、市場から得られるものである。そこには、付与会社の損失によって従業員等に利益が得られる給与所得の性質が入る余地がない。
(イ) 第1審原告が享受した本件権利行使利益は、付与会社からの低額譲渡とはいえない。すなわち、ストック・オプション付与時に付与会社が権利行使価格で株式を付与することを約していることに着目すれば、その時点で会社は当該合意に拘束され、自社株を任意の価額で処分することはできなくなるから、もともと付与会社が「得べかりし利益」を有することはない。そうすると、本件の場合も、米国A社が控訴人に本件権利行使利益を支給したとはいえず、給与所得の性質を有しない。
(ウ) ストック・オプションは、その付与時に課税が可能である。所得税法第36条第2項は、「金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額は、当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受した時における価額とする」旨を定めている。したがって、第1審原告が付与会社から交付されたストック・オプションは、その権利の取得時における価額が所得となり得るというべきである。第1審被告は、ストック・オプションの権利行使利益が給与所得である旨主張するが、給与所得と主張するならば、ストックオプションの付与時に課税することも十分考えられる。そして、ストック・オプションの付与時の価額は、例えば、ブラック・ショールズモデル等により、計算することは可能である。
(エ) 税法は、給与所得について、給与の支給者と使用者とは同一であることを前提としている。すなわち、所得税法第9条第1項第6号は、「給与所得を有する者がその使用者から受ける金銭以外の物(経済的な利益を含む。)でその職務の性質上欠くことができないもの」は非課税とし、租税特別措置法第29条第1項では、「給与等又は……退職手当等の支払を受ける居住者で、その支払者(以下この条において「使用者」という。)の……役員その他政令で定める者に該当しない者(以下この条において「給与所得者等」という。)が自己の居住の用に供する住宅等……の取得に要する資金に充てるため、その使用者から当該資金の貸付けを使用人である地位に基づき無利息又は低い金利による利息で受けた場合における経済的利益……」については非課税としているのである。非課税とするのは、「使用者」から受ける経済的利益である旨明文をもって定めている。なお、後記第1審被告が主張する所得税法施行令第84条や租税特別措置法第29条の2の規定は、第1審原告が本件権利行使利益に対する課税がなされた後に立法化されたものであるから、法令上の根拠にはならないというべきである。
イ 仮に、本件権利行使利益が一時所得であるという主張が認められないとしても、二重所得法の理論から、本件課税処分は違法である。
(ア) 二重所得法の理論とは、課税の対象となる所得の中に、性質の異なる複数の所得が含まれていることを認め、それぞれの性質に応じて課税する方法である。二重所得法の理論は、所得の実態に合致した課税方法であり、納税者にとって課税上過酷な結果を避けられるし、裁判所にとって事件の処理が容易になるという利点がある。
(イ) ストック・オプションは、株式の購入選択権、すなわちあらかじめ定められた一定の価額で株式を購入することのできる権利であるが、被付与者の権利行使利益は、ストック・オプション付与時の権利そのものと株価の値上がりと権利者の投資判断によって取得できた運用益からなる。そして、就労を動機や誘因として支給された給与所得としての性質を有するストック・オプションの権利自体の部分と被付与者の投資判断によって取得できたという運用益の部分すなわち一時所得としての性質を有する部分があり、その権利行使利益には、複数の所得が混在しているというべきである。
(ウ) 権利行使利益が複数の所得を包含することから、それを一つの所得区分により、しかも納税者に酷な所得区分で課税することが許されてはならない。本件権利行使利益は、給与所得と一時所得の両方の性質を有するのであって、まさに二重所得法の理論が適用されるべき場面である。
ウ 仮に、本件権利行使利益が給与所得であったとしても、本件各賦課決定処分は違法である。すなわち、第1審原告には、所得税法第65条第4項所定の「正当な理由」があるからである。
(ア) 昭和59年ころ、海外親会社から付与されたストック・オプションの権利行使利益に係る課税区分について、当時の国税庁直税部審理課の乙課長補佐は、「一時所得」に当たると回答した。その後、昭和60年5月6日付け週刊税務通信1881号において、当時の国税庁審理室補佐丙は、同様の見解を明らかにし、昭和60年版以降平成9年版まで東京国税局職員が執筆した「回答事例による所得税質疑応答集」において、繰り返し「一時所得」であるとの説明がなされた。
ところが、平成11年の中ごろから、突如として「給与所得」として過去に遡る課税処分が行われるようになった。この際、多くのケースにおいて過少申告加算税及び延滞税をも賦課するようになった。この見解の変更に際し、国税庁は、「当局の見解は以前から給与所得として一貫している」旨強弁するなどしていた。
しかし、その後課税庁による過少申告加算税と延滞税の取消決定が相次いだ。
このように、国税庁は、海外親会社から日本子会社の役員等に付与されたストック・オプションに係る課税について、昭和59年ころに初めて見解を明らかにして以来、立法による本来的解決をする機会を有していたにもかかわらず、法律改正などは一切なく、通達すら作成しようとしなかった。通達への記載がなされたのは、平成14年6月になってからである。それも、所得税基本通達23~25共-6に「(注)(1)及び(2)の取扱いは、発行法人が外国法人である場合においても同様であることに留意する。」の1文だけであった。
(イ) 課税庁は、昭和59年から平成10年にわたって、約15年にわたりストック・オプションの権利行使利益を一時所得とする見解を採り続けた。第1審原告は、平成9年分及び平成10年分の所得税の確定申告に際し、本件権利行使利益が一時所得に当たるものとして課税されるとの信頼を有していたといえる。
(ウ) 第1審原告は、平成元年から平成5年の間に米国A社からストック・オプションを付与された。第1審原告が、このストック・オプションを初めて行使したのは、日本Aを退職して4年が経過した平成9年のことで、平成10年と合わせてストック・オプションの権利行使は2回している。第1審原告は、ストック・オプションがどのような条件なのかを把握していなかったし、退職して数年経過していたため、ストック・オプションの権利行使利益の確定申告について情報を得る機会がなかった。平成11年12月になって、第1審原告は、日本A社から権利行使利益が課税対象になるため申告するよう促す書面を受け取り、ストック・オプションの権利行使利益を日本において申告する必要があることを知った。
税金に精通していない第1審原告は、平成12年3月に日本A社の元顧問税理士に相談したところ、従来からA社の社員は、一時所得で申告すればよいとの助言を受けたので、本件権利行使利益を一時所得として修正申告したところ、同年4月20日、本件各更正処分を受けたものである。同年3月当時、直接明文をもって定めた法令もなく、平成14年6月の前記通達改正がなされるまで明文の通達すら存在しておらず、課税現場も混乱していた。また、裁判所において最初に下された判断は、一時所得というものであった(最初に給与所得である旨の判断がされたのは、平成16年1月21日であった。)。
(エ) そうすると、第1審原告が本件権利行使利益を給与所得として税額の計算の基礎としなかったことについては、国税通則法第65条第4項にいう「正当な理由」があるというべきである。
(2) 第1審被告
ア 本件権利行使利益は、第1審原告が日本A社において精勤を継続したことに対し、実質的に、米国A社の損失において、第1審原告に移転した経済的利益ということができるから、所得税法第28条第1項所定の給与所得に該当するというべきである。
イ 第1審原告は、予備的主張として、本件権利行使利益は、給与所得と一時所得の二つの性質を併有しており、二重所得法の理論が適用されるべきである旨述べる。しかしながら、本件ストック・オプションにおける課税の対象は、本件権利行使利益のみであって、その一時性・偶然性は、給与所得としての権利行使利益にもともと内在する要素といえるのであって、それだけで一時所得の要素があるとはいえない。そもそも二重所得法の理論は、立法的観点からの提言として位置づけられるのであって、所得税法の解釈として一般的に妥当するものではない。
ウ 第1審原告が本件権利行使利益を給与所得として税額の計算の基礎としなかったことについて、国税通則法第65条第4項にいう「正当な理由」には該当せず、本件各賦課決定処分は、いずれも適法である。
(ア) 過少申告加算税は、申告納税方式による国税において、納税者の申告が納税義務を確定させるために重要な意義を有するものであることにかんがみ、申告に係る納付すべき税額が過少であった場合に、当初から適法に申告・納税した者とこれを怠った者との間に生ずる不公正を是正することにより、申告納税制度の信用を維持し、もって適正な期限内申告の実現を図ろうとするものである。国税通則法第65条第4項は、「正当な理由」がある場合には、過少申告加算税を賦課しない旨定めているが、その有無の判断に当たっては、① 過少申告をした納税者の「正当な理由」に該当する個別具体的な事実の存在、② 納税者の過少申告と上記「正当な理由」に該当する個別具体的な事実間の因果関係の存在、③ 過少申告行為が納税者の責めに帰することができないと評価できるかどうか、という点が重視されるべきである。
(イ) 第1審原告は、課税庁の過去の取扱いに基づいて一時所得としての申告をしているわけではなく、それとは無関係に、自らの独自の判断に基づいて本件権利行使利益を一時所得として申告しているのであるから、課税庁が過去にストック・オプションに係る権利行使利益を一時所得として取り扱っていた事実を重視すべきではない。また、日本A社からAストック・オプショニー各位あての文書に添付された「Aストック・オプションに係わる税金の取扱いQ&A」のA8(乙47の別添2)には、「最近の税務当局の取扱いによれば、(ストック・オプションの権利行使利益は)給与所得として取り扱われる」旨の記載があることに照らすと、第1審原告が日本A社の元顧問税理士から、権利行使利益を一時所得として申告すればよいとの助言を受けていたとしても、その言を信じたことに合理的な理由はないというべきである。さらに第1審原告は、平成12年2月から行われた本件各更正処分に係る調査の際、丁係官が第1審原告に対して、第1審原告の当該各年分の本件権利行使利益に申告漏れがあることを指摘し、ストック・オプションの権利行使利益の所得区分は給与所得であることを再三にわたり説明したにもかかわらず、当該申告漏れに係る本件権利行使利益を一時所得とする平成9年分及び平成10年分の所得税の各修正申告書を提出するなどして税額を過少に申告したものである。
(ウ) したがって、第1審原告が平成9年分及び平成10年分の所得税の各修正申告をするに当たり、本件権利行使利益を一時所得として申告したことが第1審原告の責めに帰することができないとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も、本件各更正処分は適法であるから、同処分の取消しを求める第1審原告の請求は理由がなく、本件各賦課決定処分は違法であるから、同処分の取消しを求める第1審原告の請求は理由があるものと判断する。その理由は、当審における当事者の主張に対する判断として2のとおり加えるほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第7 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。
2 当審における当事者の主張に対する判断
(1) 第1審原告は、「本件権利行使利益を給与所得と解することはできない理由として、第1審原告が享受したストック・オプションの権利行使利益は、ストック・オプションの付与会社から付与されたものではなく、市場から得られたものである」旨主張する。
しかしながら、ストック・オプションの付与会社は、当該自社株式をその市場価額で売却する権利を行使して権利行使利益を得る機会を失ったことになるのであって、これは、付与会社の損失(機会ロス)において、被付与者である従業員等に利得を得させるものであるから、従業員等の得る権利行使利益は、ストック・オプションの付与会社から付与された利益ということができる。第1審原告の上記主張は採用しない。
(2) 第1審原告は、「ストック・オプションの権利行使利益は、その付与時に付与会社が権利行使価格で自社株式を付与することを約していることに着目すれば、その時点で付与会社は当該合意に拘束され、自社株式を任意の価額で処分することはできなくなるから、付与会社が得べかりし利益を有することはない」旨主張する。
しかしながら、得べかりし利益の経済的利益算出の可否に当たり付与会社と被付与者との合意を重視することは相当ではない。付与会社は、ストック・オプション付与契約時に、被付与者である従業員等に権利行使利益を付与する目的で当該ストック・オプションを付与しているのであって、ストック・オプションの付与はその手段にすぎない。ストック・オプション制度の中心に位置すべきなのは、飽くまでも権利行使利益というべきである。そうすると、付与会社にも、得べかりし利益を観念することは可能というべきであり、ただ、観念された当該ストック・オプションについて、付与会社と被付与者との合意に基づき、付与会社が当該自社株式を処分することができなくなるにすぎない。第1審原告の上記主張は採用しない。
(3) 第1審原告は、「ストック・オプションについて、付与時に課税が可能である。例えば、ブラック・ショールズモデル等により、ストック・オプションの価額を計算することは可能である」旨主張する。
しかしながら、本件ストック・オプション制度の趣旨・目的は、付与会社が被付与者である従業員等に対し、職務精勤の対価としてストック・オプションの権利行使利益を取得させることであることにかんがみると、所得税法第36条第2項所定の「当該利益を享受する時」に当たる権利行使時を基準に課税することが最も合理的であり、権利行使利益を得させるための手段にすぎないストック・オプション付与時に課税するのは相当とはいえない(また、ブラック・ショールズモデル等による価額の計算は、様々な仮定を前提にしているのであって、あらゆる場面に適応できるモデルとまではいえない。)。そうすると、本件ストック・オプションの付与時に課税するのは相当ではなく、第1審原告の上記主張は採用しない。
(4) 第1審原告は、「税法は、給与所得について、給与の支給者と使用者とは同一であることを前提としている」旨主張する。
しかしながら、第1審原告は、米国A社の100パーセント子会社であるAの100パーセント子会社である日本A社の従業員ないし役員として勤務した者であって、日本A社の利益・業績の向上が米国A社の業績に一定の影響を与えうる立場にあるということができる。すなわち、本件ストック・オプションの付与によって、第1審原告の精勤意欲の向上やその勤務継続を目的ないし動機付けとすることができる。そして、給与所得に関する所得税法第28条の文言が給与の付与者と被付与者との間に直接的な雇用関係を要求していない上、第1審原告は、Aグループの従業員等として同グループの空間的・時間的支配を受ける者であることも明らかであり、その「働いた対価としての利益」としてストック・オプションの権利行使利益を得ることができるというべきである。また、租税特別措置法第29条の2が付与会社がその発行株式の総数の100分の50を超える数の株式を直接又は間接に保有する関係のある法人の取締役又は使用人等に付与されたストック・オプションについても、非課税特例の対象にしていることに照らすと、同条は、付与会社と被付与者との間に直接の雇用関係がある場合に限らず、子会社等の従業員等に付与されたストック・オプションに係る権利行使利益についても、給与所得に該当することを前提にしているものと解することができる。(同条の規定の立法化の時期が本件権利行使利益に対する課税の後になされたとしても、所得税法の法体系上十分参考になるというべきである。)。また、第1審原告は、「所得税法第9条1項6号や租税特別措置法第29条の規定は所得税法にいう使用者を直接の給与支払者に限ることを前提としている」旨主張するけれども、上記各規定から、直ちに所得税法にいう使用者を給与の直接支払者と限定して解釈しなければらならないとはいえない(なお、租税特別措置法第29条第1項所定の「その支払者」は、この「条」についていう旨限定されている。)。
(5) 第1審原告は、「ストック・オプションの権利行使利益には、就労の動機や誘因として支給された給与所得としての性質を有する部分と被付与者の投資判断によって取得できた一時的・偶発的な性質を有する部分を有しており、給与所得と一時所得の複数の所得が混在しているから、二重所得法の理論が適用されるべきであり、これからすれば、本件各課税処分は違法である」旨主張する。
しかしながら、米国A社のストック・オプション制度の趣旨・目的にかんがみると、本件権利行使利益の一時的・偶発的な側面は、その給与所得に内在する要素であって、そのことから直ちに本件権利行使利益中に一時所得が混在しているということはできない。また、租税法律主義の原則からしても、租税の性質は一義的に定まる必要があるというべきであって、二重所得法の理論は、立法的観点からはともかく、これを解釈論に持ち込むことには無理があるといわざるを得ない。第1審原告の上記主張は理由がない。
(6) 第1審被告は、「第1審原告が本件権利行使利益を給与所得として税額の計算の基礎としなかったことについて、国税通則法第65条第4項にいう「正当な理由」には該当せず、本件各賦課決定処分はいずれも適法である」旨主張する。
ア 過少申告加算税は、納税者の行うべき申告及び納付の義務の履行について、国税に関する法律の適正な執行を妨げる行為等を防止し、納税者がその申告義務を適正に行うことを担保するため、過少な申告を行った納税者に対し、行政上の制裁として税の形式で賦課されるものである。しかしながら、過少申告について、国税通則法第65条第4項にいう「正当な理由」がある場合には、上記加算税を課さない旨定められているところ、「正当な理由」とは、過少に税額を申告したことが納税者の責めに帰すことができない客観的な障害に起因する場合など、当該申告がやむを得ない理由によるものであって、納税者に過少申告加算税を課することが不当になる場合をいうものと解される。
イ そこで検討するに、原判決掲記の証拠に証拠(甲51、乙47、51)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(ア) 海外親会社から子会社等の従業員等に対して付与されたストック・オプション又はその権利行使利益に関する課税上の取扱いについては、本件課税処分後に至るまでの間、直接明文をもって定められた規定は存在せず、平成14年6月まではこれに関する通達の定めも存在しなかった。そして、平成9年以前の課税実務では、海外親会社から子会社等の従業員等に対するストック・オプションの権利行使利益について、一時所得とする例が多かった。
(イ) 東京国税局直税部長監修、同国税局所得税課長編の昭和60年版所得税質疑応答集には、海外親会社からストック・オプションを与えられた場合の課税は、現実に権利を行使した本年分の一時所得として課税される旨の記載があり、この記載は、平成6年版までの所得税質疑応答集まで同様であった。しかし、平成10年版所得税質疑応答集には、海外親会社から付与されたストック・オプション行使に係る課税関係は、株式の市場価額と権利行使価額との差額が給与所得として課税される旨の記載に変更された。
(ウ) 昭和60年5月6日付け週刊税務通信には、国税庁審理室補佐の回答として、株式購入選択権が与えられた場合の課税関係について、株式の時価と選択権の行使価額との差額は、原則として一時所得として課税されるものになると考える旨の記載がある。
(エ) 第1審原告は、本件各係争年分(平成9年分及び平成10年分)の所得税の確定申告において、本件権利行使利益を所得として申告しなかった。日本A社は、平成11年12月及び平成12年2月、第1審原告に対し、権利行使利益が課税対象になるため、未申告の場合は申告をするよう促す書面を送付した。この書面には、権利行使利益について、課税庁は、最近は給与所得として取り扱っている旨の記載がある。
(オ) 第1審原告は、平成12年3月ころ、日本A社の元顧問税理士に相談したところ、日本A社の社員は従前から権利行使利益を一時所得として申告してきたから、第1審原告も一時所得として申告すればよい旨の助言を受けた。そこで、第1審原告は、本件権利行使利益をいずれも一時所得として修正申告しようとしたところ、横浜南税務署個人税部門の丁係官から、給与所得として申告するように説得された。しかし、第1審原告は、この説得に納得せず、同月31日、本件権利行使利益を一時所得として記載した本件各係争年分の修正申告書を提出した。
(カ) 平成14年6月、「(注)(1)及び(2)の取扱いは、発行法人が外国法人である場合においても同様であることに留意する」旨が記載された所得税基本通達23~25共-6が発せられ、海外親会社からのストック・オプションによる権利行使利益の課税区分が給与所得である旨の公的見解が初めて示された。
ウ 確かに、第1審原告は、税務署係官から本件権利行使利益を給与所得として申告するように説得を受けたものの、この説得に従わず、一時所得であることを前提にして記載された本件各係争年分の修正申告書を提出しているのであって、この点だけをとらえれば、それは納税者である第1審原告の税法の不知とか主観的な事情に基づく誤解によるものにすぎないというようにも見える。しかしながら、第1審原告が本件権利行使利益を一時所得として修正申告したのは、日本A社の元顧問の原税理士との相談の結果であり、同税理士は、課税庁の過去の取扱い例を第1審原告に正しく紹介したものである。そして、海外親会社からの従業員等に対するストック・オプションの権利行使利益の所得区分に関する課税庁の過去の取扱い例が、平成9年分までは、多くの場合、一時所得としていたものであった上、公的見解とまではいえないが、それに準ずる権威のある東京国税局直税部長監修ないし国税庁審理室補佐の回答も同様の見解であったのであるから、第1審原告が本件権利行使利益を一時所得として申告したのは、課税庁の過去の取扱いに起因しているというべきである。そして、平成9年ころまでの課税庁の取扱いは権利行使利益について一時所得としたものが多かったのであって、平成10年ころに至りようやく給与所得と取り扱うことに統一されたこと、平成14年6月に所得税基本通達23~25共6において、海外親会社からのストック・オプションの権利行使利益の所得区分が給与所得である旨が示されたが、それ以前は、このような公的見解が示されたことはなかったこと、海外親会社からのストック・オプションの権利行使利益が一時所得に該当するとする見解にも一応の根拠がないとはいえないこと、平成9年分及び平成10年分のストック・オプションの権利行使利益に関する課税区分の誤りに対しては、過少申告加算税を賦課しなかったり、賦課してもこれを取り消している事例が少なくないことなどの諸事情にかんがみると、税務署係官の第1審原告に対する説得があったことなどを考慮しても、本件修正申告において、本件権利行使利益を一時所得として申告したことは、納税者の責めに帰すことができない客観的な障害に起因し、当該申告がやむを得ない理由によるものであって、納税者に過少申告加算税を課することが不当になる場合というべきである。第1審被告の前記主張は採用しない。
3 よって、原判決は相当であるから、本件各控訴をいずれも棄却することとし、各控訴費用の負担につき、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第67条第1項、第61条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 根本眞 裁判官 持本健司 裁判官 小宮山茂樹)