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東京高等裁判所 平成16年(行コ)84号 判決 2004年6月30日

控訴人 A株式会社

代表者代表取締役 甲

訴訟代理人弁護士 大塚武一

同 横田哲明

補佐人税理士 鈴木茂行

同 飯沼洋子

被控訴人 長岡税務署長

柴田正文

指定代理人 西村圭一

同 引地俊二

同 大庭明夫

同 戸前美恵子

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人の平成6年10月1日から平成7年9月30日までの事業年度(本件事業年度)の法人税について平成10年11月25日付でした更正(本件更正処分)及び過少申告加算税賦課決定(本件賦課決定)を取り消す。

3  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

第2  事案の概要

1  本件は、被控訴人が控訴人の本件事業年度の法人税について、控訴人の元代表者乙(乙)が控訴人に対して有していた貸金合計7460万8477円の債務免除益があったとして、平成10年11月25日付でした更正及び過少申告加算税賦課決定(本件課税処分)について、控訴人が取消しを求めた事案である。

控訴人の現代表者甲(甲)は、乙の妹であるところ、平成6年12月14日、東京家庭裁判所において、原判決別紙記載の調停(本件調停)が成立し、その調停条項(本件調停条項)の5項には、「相手方(乙)は、申立外A株式会社(控訴人)に対して、昭和53年12月10日から平成6年9月30日までの間に両者間で締結された金銭消費貸借契約に基づいて有する合計金8000万円の貸付金債権を放棄する。」旨記載されている。

争点は、本件調停条項の5項に記載された、乙の控訴人に対する8000万円の貸金債権の放棄について、①前提となる貸金債権の存否(特に分譲売上高5880万円に関する債権の存否)、②同年度中の貸金債権放棄の有無、③仮に同年度中の債務免除益があったとして、本件事業年度の4期前の長岡市の店舗の権利金1500万円の損金処理の要否である。

原審は、①については、本件事業年度の確定申告書添付の勘定科目内訳明細書中の「借入金及び支払利子の内訳書」の記載どおり7460万8477円の貸金債権(本件貸金債権)の存在を認め、分譲売上高5880万円に関する債権は存在しないとの主張については、経緯が明確ではなく不存在とは認められないとして排斥し、②については、調停の合意の成立により債権放棄の意思表示が到達したものと認め、③については、1500万円が当該年度の損金とすべきものであったとは認められないとして、控訴人の請求を棄却した。

控訴人は、上記①、②の判断について不服を主張して控訴した。

2  「前提事実」、「争点」及び「争点に関する当事者の主張」は、控訴人の当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」第2の1ないし3に摘示されたとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決8頁19行目の「丁」を「丁」に改める。)。

(控訴人の当審における主張)

(1) 控訴人の第10期(昭和60年10月1日から昭和61年9月30日まで)の総勘定元帳(甲7の1ないし3)によれば、5880万円の乙の分譲売上高が存在しないことは明らかである。これは、当時、控訴人が売上を過大に計上しすぎたために売上を減らそうとしていたところ、内金3900万円については、丁に対する分譲売上高を取り消した際、誤って乙からの長期借入金を増額する処理をしたものであり、残金1980万円については、Hに対する分譲物件の変更とこれに関する経理処理の誤りから派生した架空のものである。控訴人の帳簿は乙が一切を管理していたものであり、意図的に行ったものか否かは不明であるが、乙は簿記会計の原理原則に則った会計処理をしていない。

(2) 本件貸金債権の放棄は存在しない。本件調停においては、控訴人は当事者になっておらず、第三者として受益の意思表示もしていない。本件調停の翌年である20期(平成7年10月1日から平成8年9月30日まで)の控訴人の決算報告書には、乙を借入先とする5968万7122円の貸金債権が存在しており、現在も債権放棄されずに存在している。

第3  当裁判所の判断

1  当裁判所も、控訴人の請求は、理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほか、原判決「事実及び理由」第3に説示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張に対する判断)

(1) 本件貸金債権の存在について

控訴人は、本件貸金債権のうち5880万円について、乙に対する同額の分譲売上高が修正受入されたものであるところ、乙に対する分譲売上高が存在しないことは明らかであるから、債権も存在しないと主張する。

しかしながら、控訴人の主張は、「修正受入」という会計処理自体趣旨が明らかなものとは言い難い上に、その原因とする控訴人の第10期(昭和60年10月1日から昭和61年9月30日まで)における乙の夫である丁に対する3900万円の分譲売上高の取消しも、Hに対する分譲物件の変更とこれに関する経理処理の誤りも、これを認定し得る具体的な会計帳票の裏付けがなく、過去の決算報告書に添付された総勘定元帳の記載の一部から、本件貸金債権の一部の不存在を仮定して行った推論にすぎないというべきであり、直ちに採用することはできない。

かえって、本件貸金債権は、控訴人の代表者であった乙自身の債権であり、それ故に当然乙としては、債権の存在及び金額等に強い関心を抱いていたはずであるから、本件事業年度の確定申告書添付の勘定科目内訳明細書における自己の債権額の記載は、結論的な金額自体は信用性が高いものということができる。

また、甲と乙は、クラブ等の飲食業を長年互いの夫婦共同で営み、経理は主に乙が担当してきたこと、本件調停は、平成5年ころ仲違いしたことから、それぞれ弁護士を代理人とし、夫を利害関係人として、互いの関係を清算する趣旨で成立したものであり、それまで甲が経営していた東京都中野区のEビルを管理するE株式会社と、乙が経営していた新潟県長岡市のAビルを管理する控訴人とを交換することを主眼としたものであることが認められるところ(甲32)、本件調停条項の1項の(2)には、「申立人ら及び相手方らは、前項株式の交換が等価によって行われ課税対象外となることを相互に確認する。」とあり、課税問題についても互いに十分意識し、それを踏まえて成立したものであることが認められる。したがって、本件調停条項の5項も、他の条項による利害得失をも考慮に入れた上で、本件貸金債権の存在を前提として、合計額は利息等を含めても8000万円には至らないとの判断のもとに、双方が了承した債権額を8000万円として、これを放棄する旨の合意が成立したものと認められる。

(2) 本件貸金債権の放棄について

控訴人は、本件調停においては、控訴人は当事者になっておらず、第三者として受益の意思表示もしていないし、本件調停の翌年の控訴人の決算報告書には、乙を借入先とする5968万7122円の貸金債権が存在しており、現在も債権放棄されず存在していると主張する。

確かに、控訴人は、本件調停には利害関係人として加わっていないから、調停そのものの効力として債権放棄の効果が生じることはない。しかしながら、乙は当時控訴人の代表者であり、本件調停条項の5項は後日改めて債権放棄を行うことを予定した文言にはなっていないことからすれば、乙は、本件調停成立と同時に、本件調停条項の履行として、その場で直ちに控訴人代表者たる乙に対して本件貸金債権を放棄したものと認められ、乙も、本件調停成立当時、そのような認識であったことが認められる(乙3)。したがって、第三者のためにする契約であることを前提とする控訴人の受益の意思表示は問題とならず、その後の控訴人の決算報告書の記載も、会計処理が適正に行われていないということにすぎないというべきである。

控訴人は、その他るる主張するが、いずれも上記認定判断を左右するものではない。

2  よって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大藤敏 裁判官 髙野芳久 裁判官 佐藤道明)

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