東京高等裁判所 平成17年(う)2578号 判決 2006年4月06日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中200日を原判決の懲役刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人萱野一樹作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから,これを引用する。
第1 自首が成立するという論旨について
論旨は,要するに,原判決は,原判示第7の1のけん銃の加重所持及び実包の所持の各犯行について鉄砲刀剣類所持等取締法上の自首が成立しないと判示しているが,事実の誤認及び法令の解釈適用の誤りがある,というのである。
1 そこで,検討するに,原判決挙示の関係各証拠によれば,自首の成否に関して,原判決が(弁護人の主張に対する判断等)の項の第2の2(12頁以下)で認定摘示する事実を含め,以下の事実が認められる。
(1) 丙下一男は,平成15年10月22日,けん銃の加重所持,覚せい剤等の営利目的所持の被疑事実により逮捕され,取調べを受けた際,被告人に対して,覚せい剤等の薬物を有償譲渡した事実のみならず,けん銃と実包についても,それまで3回くらい取引をして譲渡したことを具体的に供述し,被告人は,丙下の上記供述等に基づいて,平成16年3月8日,原判示第4及び第5の覚せい剤の営利目的譲受けの各被疑事実により逮捕された。
(2) 被告人は,かねてから,福岡市博多区内のアパート「シャトー○○」105号室(被告人が,同室に保管している物が摘発されれば15年間の服役を覚悟しなければならない,とかつて冗談で言ったことから,関係者の間で「15年倉庫」と呼ばれていた部屋)と,福岡県山田市内の丁上和人管理に係る倉庫(関係者の間で「山田の倉庫」と呼ばれていた倉庫)との二つに分けて,原判示第7の1,2の本件けん銃,実包及び覚せい剤を保管していたが,本件けん銃等が捜査機関に発見されるに至ることを恐れ,同月13日ころ,原審の分離前相被告人甲野春子(当時被告人の妻であった乙川春子のこと,以下「春子」という。)に対し,事情を知らない弁護人を介して,「倉庫の荷物を動かしてくれ。」などと指示した。
(3) そこで,春子は,同日,夏野空に対し,被告人の上記指示を伝え,原審の分離前相被告人秋山大地は,同日,夏野からの指示を受けて本件けん銃等を預かり,同人方のプレハブ小屋でこれらを保管して所持することになった。
(4) 被告人は,同月23日,捜査官に対し,原判示第5の覚せい剤の営利目的譲受けの犯行について,丙下から入手した品物は,夏野に指示して秘密の倉庫に保管している,などと述べ,初めて覚せい剤の営利目的所持を自認する趣旨の供述をしたことから,捜査官から,更に「丙下から入手したのは,薬物だけではないだろう。」などと追及を受けた。しかし,被告人は,「丙下がそこまで話しているんですか。否定はしませんが,けん銃の件については考えることがあるので,もう少し待ってください。時期が来たら,いずれはっきりさせますから。」などと答えるにとどまった。
(5) 被告人は,同月30日ころ,春子から,面会者を介して「荷物はどうするのか。このまま置いておいていいのか。」などと尋ねられたので,春子に対し,「ガオーと荷物は,冬彦に渡すように言ってくれ。」と伝言して指示した。そこで,春子は,系列の組の準構成員である寒冬彦に被告人の上記指示を伝え,寒は,同日,秋山から本件けん銃等を預かり,寒が使用している車のトランクに入れて保管した。
(6) 夏野は,同月29日,覚せい剤の営利目的譲受けの被疑事実により逮捕され,翌30日,捜査官に対し,逮捕事実は認めたものの,けん銃の所持については被告人がどのような供述をしているのか,ということを気にかけており,同年4月2日,捜査官に対し,同様に,けん銃についての被告人の供述内容を気にかけながらも,逮捕される前に,けん銃と実包,覚せい剤1キログラムを人に預けた,ということを自認する供述をするに至った。
(7) 被告人は,同年4月1日,東京地方裁判所で勾留質問を受けるため同行室にいた際,夏野と一緒になり,同人と二言三言会話を交わしたことから,本件けん銃等は秋山の関与によって現在山田市内に移動されている,とそのとき理解したが,本件けん銃等が具体的に山田市内のどこにあるか,まではわからなかった。
(8) 捜査官は,同月4日,被告人に対し,「君が現在けん銃と覚せい剤をどこかに所持していることは,これまでの捜査で察知している。この件で夏野を取り調べているが,夏野は,親父の了解がなくてはすべてを話せないと言って相当悩んでいる。夏野の気持ちを和らげる意味でも,君が夏野よりも先に提出の意思表示をするのが筋ではないか。」などと話して,説得を繰り返し,その結果,被告人は,同日,けん銃と覚せい剤は,自分の責任において提出しますので,警察で回収してください,などと記した上申書を作成した。しかし,被告人は,組長の自分が本件けん銃等を自発的に警察に提出することは差し障りがあったことから,配下の夏野をして本件けん銃等を提出させることに決め,捜査官に対し,「けん銃等は,(私が逮捕された後)夏野が他の場所に移動させているかもしれないので,けん銃等の所在は夏野に聞いてください。」などと述べた。
(9) 夏野は,同日,捜査官から被告人が書いた上記上申書を見せられたことから,被告人が保管していたけん銃2丁と覚せい剤約1キログラムを友達に預けた旨の上申書を作成し,同月7日,本件けん銃等を秋山に預けたので,警察で秋山から一日も早くこれらを回収してもらいたい旨の上申書を再度作成した。
(10) そこで,警察官は,被告人及び夏野作成の上記各上申書に基づき,同月8日,山田の倉庫,15年倉庫,秋山方,被告人方,夏野方等を捜索したが,本件けん銃等を発見することはできなかった。
(11) 警察官は,同月11日,春子に対し,被告人及び夏野各作成の上記上申書を示すなどしながら,本件けん銃等の所在についての事情聴取を行ったところ,春子は,その後,寒に電話を掛け,けん銃,覚せい剤をすぐに持って来るように告げ,寒から,本件けん銃等を受け取った上,同月12日,これらを警察官に対し任意提出した。
2 以上の事実関係に照らすと,被告人は,当初は丙下の供述に基づき,夏野が逮捕されてからは同人の供述をも得て,被告人が本件けん銃等を隠匿所持しているとの嫌疑を深めた捜査官から,一度ならず追及され,同年4月4日に本件けん銃等の所持を自認する上申書を作成するに至ったことが認められるのであって,原判決(17頁)が説示するとおり,被告人が捜査機関に対して,原判示第7の本件けん銃及び実包所持の犯罪事実を自発的に申告したということはできない。所論は,組長である被告人には,自ら本件けん銃等を警察に提出して捜査に協力するとすれば上部組織から厳しい制裁を受けるなどの組織上の規律から生じる反対動機があったにもかかわらず,これを押し切って4月4日に捜査機関に対し本件けん銃等の所持の事実を申告したのであるから,犯罪事実の申告に強い自発性が看取される,というのであるが,上記1の(8)でみたとおり,被告人は,本件けん銃等を配下の夏野を通じて提出させる形をとって,所論がいう組織上の規律との抵触を避けようとしたのであるから,被告人が反対動機を押し切って自発的に犯罪事実を申告したといえないことは明らかである。
加えて,銃砲刀剣類所持等取締法31条の5及び10が規定する自首減軽は,けん銃や実包の提出を促してその早期回収を図り,当該けん銃等の使用による危険の発生を極力防止しようという政策的な考慮に基づくものであるところ,被告人は,当時,妻に指示を与えて本件けん銃等の保管場所を転々とさせながら,他方で,自ら本件けん銃等を捜査機関に対し提出することには躊躇があって,被告人が自己の責任において本件けん銃等を提出する旨の上申書を作成したものの,本件けん銃等の保管場所を変更するよう改めて指示したことや,この変更に当時の妻や系列の組の準構成員を関わらせたことなどを捜査官に明かすことはせず,身柄を拘束された配下の組員から保管場所を聞いて欲しい,と言ったにとどまっているのであって,その後,現に,被告人及び同組員各作成の上申書等の情報を基に実施された捜索でも本件けん銃等の発見には至らず,捜査官が改めて被告人の妻を呼びだして事情を聴取し,同女が捜査に協力したことから,被告人が上記上申書を作成してから1週間以上経ってやっと本件けん銃等が警察に提出されるに至った,という経過をたどったことにも照らすと,被告人がけん銃及び実包を提出して自首したということもできないというべきである。
3 原判示第7の1のけん銃の加重所持及び実包の所持の各犯行について銃砲刀剣類所持等取締法上の自首が成立しないと判示した原判決には事実の誤認も法令の解釈適用の誤りも認められない。
論旨は理由がない。
第2 覚せい剤の量に関して重大な事実の誤認があるという論旨について
論旨は,要するに,原判示第7の2の営利目的で被告人が所持した覚せい剤約1083.473グラムには不純物が含まれている疑いがあるのに,このすべてが塩酸フェニルメチルアミノプロパンであると認定した原判決には判決に影響を及ぼす事実の誤認があるというのである。
しかしながら,本件覚せい剤についての鑑定書32通(本件覚せい剤はビニール袋32袋に小分けされており,その1袋ごとに鑑定書が作成されている。)のいずれにおいても,ビニール袋に入った鑑定資料は,塩酸フェニルメチルアミノプロパンであると明記されており,当審で取り調べた検1号証によっても明らかなように,この記載は,鑑定資料に塩酸フェニルメチルアミノプロパン以外の物(不純物)が含まれていないことを意味するものである。各鑑定書作成者が,このような鑑定結果を導いたのは,各鑑定資料からサンプル少量を取り出して各種試験を実施したところ,各サンプルからは塩酸フェニルメチルアミノプロパンだけが検出され,それ以外の物(不純物)が検出されなかったからであり,各鑑定書作成者は,この試験結果から,残余の鑑定資料も含めてすべてが塩酸フェニルメチルアミノプロパンであると推定して上記鑑定結果を導いているものである。そして,各鑑定書作成者が行ったこの推定はもとより合理性が十分認められる。そうすると,上記鑑定結果の信用性に疑問はないから,この鑑定結果を用いてなされた原判決の上記認定に事実の誤認があるとはいえない。
論旨は理由がない。
第3 量刑不当をいう論旨について
論旨は,要するに,被告人を懲役17年及び罰金200万円に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,というのである。
本件は,暴力団の組長である被告人が,(1)系列の組の準構成員と共謀の上,普通乗用自動車1台(積載物を含め,時価合計約43万5000円相当)を窃取し(原判示第1),(2)いわゆるみかじめ料を支払わない会社に報復しようと企て,同系列の組長や被告人の自己の組の組員らと共謀の上,東大阪市所在の同社経営に係るパチンコ店において,けん銃1丁をこれに適合する実包4発と共に携帯して所持するとともに,けん銃実包4発を所持し,かつ,多数の遊技客が遊技中の同店内で弾丸4発を発射して店内の天井石膏ボード等を損壊し(原判示第2の1,2),(3)いずれも配下の組員らと共謀の上,薬物犯罪を犯す意思をもって大麻様の植物片約1キログラムを代金70万円で譲り受けたほか,2回にわたり,営利の目的で覚せい剤合計約1キログラムを代金合計1500万円で譲り受け(原判示第3ないし第5),(4)覚せい剤を加熱気化させ吸引して使用し(原判示第6),(5)配下の組員や当時の妻らと共謀の上,けん銃5丁をこれに適合する実包168発と共に保管して所持するとともに,けん銃実包2発を所持し,同時に,営利の目的で覚せい剤約1083.473グラムを所持した(原判示第7の1,2),という事案である。
検討すると,原判決が(量刑の理由)の項で詳細に説示するところは正当として是認できる。上記(2)の犯行が,被告人がみかじめ料を支払わない会社に対し報復目的で敢行された極めて危険かつ悪質なものであること,上記(1)の犯行が,上記(2)の犯行の際に使用する車両を調達するため被告人が系列の組の準構成員に命じて及んだもので,その動機,経緯に酌量の余地がないこと,上記(3)(5)の薬物犯罪が,組の収入を維持するために敢行された組織的かつ常習的な犯行で,その量も極めて多いこと,上記(4)の犯行が,被告人が常習的に及んだものであること,上記(5)のけん銃,実包の所持量も多いこと,被告人が以上の多岐にわたる犯行を約8か月の間に次々と敢行していることなどに照らすと,被告人の刑責は誠に重い,というほかない。
そうすると,被告人が本件各犯行に及んだことを認めるなどして反省の情を示していること,原判示第1については自首が成立し,原判示第7については,自首は成立しないものの,被告人の上申書を捜査官から見せられるなどした当時の妻が捜査に協力したことからけん銃,実包が押収されるに至っていること,上記(2)の被害会社は,単に建物損壊の損害にとどまらず,パチンコ店の経営上も多額の損害を被ったことがうかがえるところ,被告人は,原判決後,その損害賠償金の一部として合計100万円を同社に支払ったことなどの事情を被告人のために十分斟酌しても,原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。
論旨は理由がない。
第4 結論
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審における未決勾留日数の算入について刑法21条を適用することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・須田贒,裁判官・井口修,裁判官・波床昌則)