東京高等裁判所 平成17年(う)432号 判決 2005年5月25日
主文
原判決を破棄する。
被告人に対し刑を免除する。
本件公訴事実中道路交通法違反の点については、被告人は無罪。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人飯野信昭作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
第一業務上過失傷害(原判示第一事実)の事実誤認の主張について
論旨は、要するに、被害者とされるB及びCが被告人運転車両(以下「被告人車両」という。)により受傷したとの立証がなされていないのに、これを認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というものに解される。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、原判決が掲げる関係各証拠によれば、原判示第一事実を優に認定することができ、したがって、所論が指摘する関係では、被告人が被告人車両後部をB及びCに衝突させ、よって、Bに加療約三日間を要する腰部挫傷の傷害を、Cに加療約二週間を要する腰部挫傷、右股関節捻挫の傷害をそれぞれ負わせたことを認定することができ、原判決が(争点に対する判断)第三の一及び三で認定・説示するところも、おおむね正当として是認することができるから、原判決には所論指摘の事実誤認は認められない。
すなわち、B及びCの各原審証言によれば、本件当時、両名が、原判示第一の駐車場(コンビニエンスストアA野千葉畑町店敷地内駐車場。以下「本件駐車場」という。)の駐車区画店舗建物側にある車輪止めに店舗建物に向かい並んで座っていたところ、駐車のため後退してきた被告人車両後部がそれぞれの腰辺りに当たり、それぞれ腰が痛くなったこと、Cについては、翌日の朝くらいから右の股関節も痛くなったことなどが認められる。BとCは、本件当時いずれも中学二年生であったが、両名の各証言に特に不自然なところもなく、Bが、衝突直後に下車してきた被告人に対し、車が当たった趣旨の文言を述べたことは、Bが証言し、かつ、被告人も原審公判等で認めるところである。Bは、被告人がコンビニエンスストア店内に入っていった後、被告人車両のナンバープレートを携帯電話のカメラで撮影したり、家に電話をかけて姉から警察に電話するよう助言を受けたりして、被告人が本件駐車場を立ち去った後、本件事故から一〇分くらい後の同日午後五時二一分ころには警察に通報しているという、本件事故後にBがとった行動等からも、B及びCの各証言の信用性に疑いはない。そして、衝突の結果、それぞれに生じた傷害及びその加療期間については、被害者両名が通院した接骨院の回答(甲二〇、二一)をそのまま採用せず、当初、両名が受診した病院の整形外科医の診断書等(甲五、六、弁一、二)を主な根拠として上記のとおり認定した原判断も相当である。所論は、るる主張して両名の証言の信用性を争い、原判決の上記認定を争うが、検討しても、採用できる主張はない。
論旨は理由がない。
第二道路交通法違反(原判示第二事実)の事実誤認ないし法令適用の誤りの主張について
論旨は、要するに、①被告人には、B及びCに傷害を与えたとの認識が存しないのに、それに関して未必的な認識があったと認めた原判決は、事実を誤認したものであり、②本件事故が発生した場所は、道路交通法が規定する「道路」ではないから、道路交通法一一七条、一一九条一項一〇号、七二条一項前段、後段違反の罪は成立しないのに、その成立を認めた原判決は、事実を誤認したか、法律の解釈・適用を誤ったものであり、これらが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というものに解される。
そこで、始めに、本件において、道路における交通事故があったといえるかどうか検討する。関係証拠によれば、以下の事実が認められる。本件駐車場は、別紙図面(甲一六添付の交通事故現場図を縮小コピーしたもの)のとおりであり、コンビニエンスストア店舗建物北東側及び東南側に、自動車駐車区画が区画線及び建物側に設置された車輪止めにより明示されている。駐車区画の周囲が通路部分である。東南側道路と本件駐車場との境部分には有蓋側溝があるだけで、自動車の出入りを妨げる物はない。北東側道路(主要地方道穴川天戸線)の歩道との境部分には、同じく有蓋側溝があるだけで、しかも、車道との境も二か所ガードパイプ及び縁石の切れ目があるので、そこから自動車の出入りができる。そして、コンビニエンスストア店長Dの原審証言によれば、コンビニエンスストアに接する東南側道路から北東側道路に左折するときに、本件駐車場通路部分及び上記二か所の切れ目のいずれかを通過していく自動車があること、その逆の経路を通過する自動車もあること、平成一二年四月にDが同店店長になってから、そのような自動車を何度か見ており、D自身もそうしたことがあることなどが認められる。そうすると、本件駐車場の通路部分については、不特定の自動車や人が自由に通行することが認められており、かつ、客観的にも、上記の者の交通の用に供されている場所といえるから、道路交通法二条一項一号にいう「一般交通の用に供するその他の場所」に該当するといえる。しかし、そうであっても、本件事故は、被告人が、本件駐車場通路部分を通り抜けようとしていた際の事故ではなく、店舗を利用するため、駐車区画部分に駐車しようとして、被告人車両を後退させる際の事故であり、業務上過失傷害罪の被告人の注意義務も車両後方左右の安全を確認して後退すべき義務であるところ、被告人は、これを怠って時速約二ないし三キロメートルで後退中、本件衝突事故を起こしたというもので、衝突地点も、駐車区画最深部の店舗建物に沿って設置されている車輪止め上であるから、衝突当時、被告人運転車両の先頭部分が区画線の先端をいくらか超えていたとしても、本件事故が、本件駐車場の通路部分における自動車の交通に起因するものであったと認めることは相当でないというべきである。しかるに、原判決は、被告人は、被告人車両を本件駐車場通路部分に停止し、その場で数回切り返しつつ、本件駐車区画に後退させ、本件事故を発生させたこと、その際、被告人車両後方左右の安全確認という業務上の注意義務を怠ったことからすれば、本件事故は、本件駐車場通路部分における被告人の過失を伴う被告人車両の運転に基づき発生したものであり、「道路」における被告人車両の交通に起因するものであったといえるとしたが、是認することができない。関係証拠によれば、被告人は、通路部分において、二回切り返しを行ったことが認められるが、その後は、後退して駐車区画に進入し、本件事故に至ったものであるから、それを、通路部分における被告人車両の交通に起因した事故であると認めることは相当でない。結局、原判決は、本件事故の「道路」交通起因性に関する事実を誤認したか、道路交通法七二条一項前段、後段(同法一一七条、一一九条一項一〇号)の解釈・適用を誤って、いわゆる救護・報告義務違反罪の成立を認めたものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
論旨のうち②部分は理由がある。
第三破棄自判
そうすると、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は、その全部について破棄を免れない。そこで、刑訴法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄した上、同法四〇〇条ただし書を適用して、更に次のとおり判決する。
(法令の適用)
原判決が適法に認定した罪となるべき事実第一に法令を適用すると、被告人の行為は被害者ごとにいずれも刑法二一一条一項前段に該当するところ、これは一個の行為が二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重いCに対する業務上過失傷害罪の刑で処断することとするが、B及びCに生じた傷害及びその加療期間は原判示のとおりであり、いずれの傷害も軽いこと、保険により、治療費及び慰謝料等として、Cに金四五万七五五〇円が、Bに金一九万九四九〇円が支払われるなど既に十分な損害賠償がなされていること、被告人がとった本件後の対応に関してみても、被告人に、B及びCに対して傷害を負わせたことにつき確かな認識があるのに現場から立ち去ったとまでは認められないことなどの情状により、同法二一一条二項を適用して、被告人に対しその刑を免除することとする。
(一部無罪の理由)
本件公訴事実中道路交通法違反の点の公訴事実の要旨は、「被告人は、平成一五年九月一四日午後五時一〇分ころ、千葉市花見川区畑町《番地省略》先所在の路外駐車場において、普通乗用自動車を運転中、B及びCに傷害を負わせる交通事故を起こしたのに、直ちに車両の運転を停止して、同人らを救護する等必要な措置を講ぜず、かつ、その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を、直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかったものである。」というものであるが、すでに述べたとおり、本件事故が、道路における被告人車両の交通に起因するものであったと認めることはできないので、被告人の行為は、罪とならないから、刑訴法三三六条により被告人に対し上記公訴事実につき無罪の言渡しをすることとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川武隆 裁判官 後藤眞知子 小川賢司)
<以下省略>