東京高等裁判所 平成17年(ネ)3981号 判決 2006年6月29日
控訴人
甲野花子
同訴訟代理人弁護士
小林譲二
同
橋本佳子
同
上条貞夫
同
井上幸夫
同
板倉由実
被控訴人
一橋出版株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
飛田秀成
被控訴人
株式会社マイスタッフ
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
河本毅
同
上松信雄
同訴訟復代理人弁護士
鎌田豊彦
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求める裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決を取り消す。
(2) 控訴人と被控訴人らとの間において,控訴人が労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
(3) 被控訴人らは,控訴人に対し,各自,金167万4684円及びこれに対する平成15年11月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(4) 被控訴人らは,控訴人に対し,各自,平成15年11月以降毎月25日限り金35万1093円及びこれらに対する毎月26日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(5) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
(6) 上記(2)ないし(5)につき仮執行宣言
2 控訴の趣旨に対する被控訴人らの答弁
(1) 被控訴人一橋出版株式会社(以下「被控訴人一橋出版」という。)
ア 控訴人の被控訴人一橋出版に対する本件控訴を棄却する。
イ 控訴費用は控訴人の負担とする。
(2) 被控訴人株式会社マイスタッフ(以下「被控訴人マイスタッフ」という。)
ア 控訴人の被控訴人マイスタッフに対する本件控訴を棄却する。
イ 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
本件は,人材派遣業者である被控訴人マイスタッフから被控訴人一橋出版に派遣された控訴人が,被控訴人らが一体である等として,被控訴人一橋出版との間における黙示の雇用契約の成立を主張し,労働契約上の使用者は派遣先である被控訴人一橋出版であり,かつ,被控訴人マイスタッフと控訴人との間の派遣労働契約の派遣期間満了による控訴人と被控訴人らとの間の労働契約関係の終了の効力を争い,被控訴人ら各自に対し,被控訴人マイスタッフとの間の派遣労働契約の存在及び被控訴人一橋出版との間の労働契約の成立を前提とする労働契約上の地位の確認を求めるとともに,同契約に基づき,未払賃金として計167万4684円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年11月21日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金,並びに平成15年11月以降毎月25日限り35万1093円及びこれらに対する毎月26日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金のそれぞれ支払いを求める事案である。
原審は,控訴人の本件請求をいずれも棄却したので,これを不服とする控訴人が控訴した。
なお,控訴人は,当審において,被控訴人一橋出版が,その子会社である被控訴人マイスタッフの法人格と労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)を濫用しているから,控訴人との関係において被控訴人マイスタッフの法人格が否認され,被控訴人一橋出版と控訴人との間の労働契約の成立が是認できるとして,被控訴人マイスタッフと控訴人との間の派遣労働契約の派遣期間満了による控訴人と被控訴人らとの間の労働契約関係の終了の効力を争う旨の追加主張をするとともに,仮に,被控訴人一橋出版の控訴人に対する労働契約関係上の使用者性がなく,控訴人が被控訴人マイスタッフの派遣労働者にすぎないとしても,被控訴人マイスタッフによる控訴人の派遣労働契約の更新拒絶(いわゆる雇い止め)あるいは解雇が無効である旨の追加主張をした。
1 前提事実(末尾に証拠等を掲げた事実のほかは,当事者間に争いがない。)
(1) 控訴人
控訴人(昭和27年*月*日生)は,昭和49年3月に大学卒業後,同年4月に東京法令出版株式会社に就職し,昭和61年に同社を退職したが,昭和62年に被控訴人マイスタッフの入社試験を受けてスタッフ登録を受けた後,被控訴人マイスタッフから派遣されて同年から平成2年ころまで並びに平成11年から平成13年ころまで各種出版社で短期の派遣労働者(以下「派遣社員」ともいう。)として就業した。
なお,控訴人が被控訴人一橋出版と関わりを持ったのは,被控訴人マイスタッフが,控訴人との間で,平成12年9月29日ころ,控訴人を派遣社員として,派遣先を被控訴人一橋出版の企画センター,業務内容を編集業務(家庭科教科書校正及びそれに付随する業務),雇用期間を同年10月3日から同月13日まで,賃金を時間給1700円等とする条件で雇用する旨の派遣労働契約を締結した上,控訴人に対し,同年9月29日付け派遣社員就業通知書(甲13)を送付し,同年10月3日から控訴人を被控訴人一橋出版に派遣し,同期間上記編集業務に従事させたことが最初であった。
(甲12,13,19,乙B3,6,原審における証人Cの証言,原審における控訴人の供述)。
(2) 被控訴人ら
ア 被控訴人マイスタッフ
(ア) 被控訴人マイスタッフは,昭和53年4月19日に設立され,昭和61年11月に現在の商号「株式会社マイスタッフ」に変更した,労働者派遣法に基づく人材の派遣事業,出版物の編集,制作,その他文書の分類,整理など事務処理業務の請負等を目的とする株式会社であって,現在の資本金は1000万円である。
昭和61年11月23日にB(以下「B」という。)が被控訴人マイスタッフの代表取締役に就任し,以後現在に至っている。
また,D(以下「D」という。)は,昭和61年11月23日に被控訴人マイスタッフの取締役に就任し,平成14年11月30日に退任している。
(甲2の①ないし⑩,乙B3,原審における証人Cの証言)
(イ) 被控訴人マイスタッフは,昭和62年4月,労働者派遣法施行と同時に事業認可を受け,一貫して一般労働者派遣事業を営んでおり,平成17年3月現在の従業員は12名であって,派遣希望の登録スタッフは編集経験者を中心に累計1000名を超え,平成15年5月当時には編集者として合計約140名等を各社に派遣し,被控訴人一橋出版には編集者約7名のほか,事務系約18名を派遣していた。なお,被控訴人マイスタッフの売上高に占める被控訴人一橋出版の割合は,平成15年5月当時,約15パーセントであった。(乙B3,原審における証人Cの証言,弁論の全趣旨)。
イ 被控訴人一橋出版
(ア) 被控訴人一橋出版は,昭和31年2月29日,学術書,教科書の出版及び販売,学習用教材の出版又は製作及び販売等を目的として設立された株式会社であって,現在の資本金は9000万円であり,現在の代表取締役は平成13年10月30日に就任したAである。
そして,Bは,昭和62年10月29日から平成12年7月25日までの間,被控訴人一橋出版の代表取締役に就いていた。
また,Dは,上記のように被控訴人マイスタッフの役員に就いていたところ,平成元年10月24日から被控訴人一橋出版の取締役に就任し,平成9年10月31日に被控訴人一橋出版の代表取締役に就任し,一時はBと共同して代表取締役に就いていたが,平成13年10月30日に退任した。
(甲1の①ないし⑨,2の⑩,乙A3,9,原審における証人Eの証言)
(イ) 被控訴人一橋出版は,平成15年5月当時,被控訴人マイスタッフの発行済株式の17.5パーセントを保有していた(原審における証人Cの証言)。
(3) 控訴人が被控訴人一橋出版に派遣されるまでの経過等
ア(ア) 被控訴人マイスタッフは,平成13年4月初旬ころ,被控訴人一橋出版から,被控訴人一橋出版との間の労働者派遣に関する基本契約に基づき,本件編集業務等の遂行のための派遣社員1名の派遣依頼を受けたが,派遣希望登録者に適当な人材がなかったことから,同月15日,「急募!!編集者」の表題で次のとおりの派遣社員の募集広告(甲4。以下「本件募集広告」という。)を朝日新聞に掲載した(甲4,乙B2,3,原審における証人C及び同Eの各証言)。
資格 大卒45歳位までの編集経験者
教科書,教材経験あれば尚可
業務 家庭科教育書編集
時給 2200円以上(能力経験考慮す)
交通費不支給 社保完備
勤務 9:00〜17:00 土・日・祝休
期間 長期
応募 4月20日まで,履歴書(写真貼付)
職務経歴書必着郵送(書類不返)
書類選考後,面接日通知します。
◇出版業界専門人材派遣◇株式会社マイスタッフB係
(イ) 被控訴人マイスタッフの業務部長であるC(以下「C」又は「C部長」という。)は,被控訴人マイスタッフの派遣社員として登録していた控訴人に対し,平成13年4月中旬ころ,上記朝日新聞の募集広告を告げて「今回の募集に応募してみてはどうか」と連絡した(甲4,19,乙A1ないし9,乙B3,原審における証人Cの証言,原審における控訴人の供述)。
イ 控訴人は,被控訴人マイスタッフに対し,平成13年4月17日ころ,履歴書を送付して上記募集に応募した上,被控訴人マイスタッフの書類審査を経て,同月25日,被控訴人マイスタッフの会議室において,他の応募者18名とともに,筆記試験(第1次試験)とCの面接を受け,次いで同年5月8日,被控訴人一橋出版の会議室において,同試験を通過した他の応募者5名とともに,被控訴人マイスタッフの取締役兼被控訴人一橋出版の参与であるF(以下「F」という。)及びCによる面接試験(第1次面接試験。ただし,採用試験としては第2次試験となる。)を受けた。
さらに,控訴人は,被控訴人マイスタッフ作成の同年5月9日付け「ご連絡票」と題する書面(甲5。以下「本件連絡票」という。)により最終面接の連絡を受けた。本件連絡票には「5月14日(月曜)14:00,前回,お出でいただいた一橋出版本社で最終面接を行います。ご出席いただきたくお願い申し上げます。今回は会長,社長ともご面談いただきますが,会長が高齢で,この日時しか出社できませんので,諸事お繰り合わせの上,ご出席いただきますよう,重ねてお願い申し上げます。」と記載されていた。そこで,控訴人は,同月14日,被控訴人一橋出版の会議室において,DとFの面接試験(第2次面接試験。ただし,採用試験としては第3次試験となる。)を受けた。なお,同面接試験にBは欠席したが,被控訴人一橋出版の取締役で編集部長であるG(以下「G編集部長」という。)が同席した。
そして,同年5月15日,控訴人の採用が決定された。
(甲4,5,6の①,19,31,乙A3,9,乙B3,6,原審における証人C及び同Eの各証言,原審における控訴人の供述)
ウ 他方,被控訴人マイスタッフは,平成13年5月16日ころ,被控訴人一橋出版との間で,派遣社員数を1名,派遣期間を同月21日から同年11月20日までの6ケ月間,就業場所を被控訴人一橋出版,派遣料を時間単価2625円,業務内容を本件編集業務等とする旨の労働者派遣契約を締結した(甲6の①,7,8,乙A3,9,乙B3,原審における証人C及び同Eの各証言,弁論の全趣旨)。
さらに,被控訴人らは,本件編集業務等の遂行のため,順次平成13年11月13日ころ,平成14年5月13日ころ及び同年11月11日ころ,派遣期間を6ケ月間として,上記同様の条件で労働者派遣契約を締結した(乙B3,6,原審における証人C及び同Eの各証言,弁論の全趣旨)。
2 争点
(1) 被控訴人一橋出版と控訴人との間の黙示の労働契約の成否
(2) 法人格否認の法理による被控訴人一橋出版と控訴人との間の労働契約の成否
(3) 被控訴人一橋出版が上記(1)又は(2)における労働契約関係上の使用者である場合,被控訴人らと控訴人との間の労働契約終了の有無
(4) 被控訴人一橋出版が上記(1)又は(2)における労働契約関係上の使用者でない場合,被控訴人マイスタッフと控訴人との間の労働契約終了の有無
(5) 被控訴人らの控訴人に対する未払賃金の有無
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(被控訴人一橋出版と控訴人との間の黙示の労働契約の成否)について
(控訴人の主張)
次のとおり,控訴人と被控訴人一橋出版との間に黙示の労働契約が成立しているので,控訴人と被控訴人らとの間において,被控訴人マイスタッフとの間の派遣労働契約の存在及び被控訴人一橋出版との間の労働契約の成立を前提として,控訴人が労働契約上の権利を有する地位にある。
ア 被控訴人マイスタッフの被控訴人一橋出版に対する名目性・形式性(派遣元の相対的非独立性)について
(ア) 被控訴人一橋出版は,昭和61年11月25日,人件費削減を企図して,従前の子会社を被控訴人マイスタッフに商号変更して人材派遣会社としたものであり,本件最後の派遣労働契約の雇用期間満了日である平成15年5月20日当時,被控訴人一橋出版の出版業務に従事する被控訴人マイスタッフからの派遣,有期雇用労働者は,業務部11名,編集部6名,社長室1名,経理部2名,営業部3名,営業管理室2名,漢字検定2名の合計27名であって,他社からの派遣はなかった。これらの派遣,有期雇用労働者については,後記のとおり,その採用につきすべて被控訴人一橋出版が事前特定行為を行って採用し,時給計算の派遣労働者の賃金・一時金の決定も被控訴人一橋出版が行い,更に雇用管理もすべて被控訴人一橋出版が行って,被控訴人一橋出版の根幹をなす教科書編集業務等に従事させていた。そして,被控訴人マイスタッフの被控訴人一橋出版への派遣料も,他の出版社への派遣料と較べて著しく低廉で,実質的には派遣労働者の賃金そのものとなっていたので,被控訴人マイスタッフは,被控訴人一橋出版に対して独立性がなく,形式的・名目的な存在となっていた。
(イ) 被控訴人一橋出版は,被控訴人マイスタッフの17.5パーセントの発行済み株式を所有している。しかも,両社の創業者で筆頭個人株主であるBは,平成12年まで両社の代表取締役を兼任し,控訴人が被控訴人マイスタッフに採用された平成13年当時は,被控訴人一橋出版の相談役であると同時に被控訴人マイスタッフの代表取締役でもあって,被控訴人らの従業員の採用に至るまで決定している。
また,被控訴人マイスタッフが人材派遣事業を開始した時点の取締役は,F及びDであった。Fは,平成7年ころまで両社の取締役を兼任し,同年10月30日,被控訴人一橋出版取締役を退任後,その参与となり,その編集業務に従事しているが,平成15年11月現在も被控訴人マイスタッフの取締役である。そして,Dは,平成元年10月,被控訴人一橋出版の取締役に就任し,平成9年10月,同代表取締役となり,平成13年10月,同代表取締役及び取締役を退任したが,平成14年11月まで被控訴人マイスタッフの取締役であった。さらに,Fは,被控訴人一橋出版参与として,Dは,被控訴人一橋出版代表取締役社長として,派遣を受ける者の面接に立ち会ったりしていた。
このように,控訴人が被控訴人マイスタッフに採用された当時,被控訴人マイスタッフの取締役4名のうち3名が両社の取締役等の役員を兼任し,被控訴人マイスタッフの残り1名の取締役も被控訴人一橋出版の元取締役であるとともに,監査役として両社をしばらく兼任し,人的関係において被控訴人一橋出版が被控訴人マイスタッフを事実上支配していた。
このため,両社は,オーナーであるBによって事実上経営されており,被控訴人マイスタッフが被控訴人一橋出版に対して独立した意思決定を行うことができる状況にはなかった。すなわち,たとえ被控訴人マイスタッフが,被控訴人一橋出版以外の会社との間で通常の労働者派遣契約を締結していたとしても,被控訴人一橋出版と被控訴人マイスタッフの筆頭個人株主と役員がほぼ同一の人物によって構成されているので,派遣元において派遣先に対して主体的な意思決定を行うことはできず,被控訴人一橋出版との関係では独立した意思決定を行い得る状況にはなかった。
(ウ) したがって,被控訴人マイスタッフは,被控訴人一橋出版への当該労働者派遣という場面における独立性,つまり派遣先とされる被控訴人一橋出版との関係の中で,派遣元としての独立した企業又は使用者としての実質を持つという意味においては,相対的な独立性がなかった。
イ 被控訴人一橋出版の控訴人に対する採用決定について
(ア) 被控訴人マイスタッフの本件募集広告は,業務が家庭科教育書編集とされ,時給額・労働時間・休日等主な労働条件が記載されており,被控訴人マイスタッフが被控訴人一橋出版の代わりに募集広告を出したのと変わらない。
(イ) 控訴人は,平成13年4月,Cから,被控訴人一橋出版への派遣募集に応募するように連絡を受けて,これに応募し,同月24日,被控訴人マイスタッフの会議室において,ペーパーテスト(マークシートの適性試験)とCによる5分程度の簡易面接を受けた。その後の被控訴人一橋出版における面接試験全体でみれば,被控訴人マイスタッフにおける同日の試験は,被控訴人一橋出版が面接試験を行うための事前の準備行為にすぎなかった。そして,被控訴人一橋出版は,控訴人に対し,被控訴人一橋出版の役員及び管理職により,同年5月8日に第1次面接,次いで同月14日に第2次面接を行った上で,控訴人の採用を決定している。
すなわち,控訴人は,同年5月8日,被控訴人一橋出版の会議室において,FとCによる第1次面接試験を受けたが,面接の主体はFであった。また,控訴人は,被控訴人マイスタッフから本件連絡票によって第2次面接試験の通知を受けたが,同書面には「今回は会長,社長ともご面談いただきます」等と記載されており,「会長」は被控訴人一橋出版の会長Bを,「社長」は被控訴人一橋出版代表取締役社長のDをそれぞれ意味するから,被控訴人一橋出版の役員による面接通知である。さらに,控訴人は,同月14日,被控訴人一橋出版の会議室において,D,F及びG編集部長による第2次面接試験を受け,これまでの仕事,家族,大学での専攻と今回の仕事との関係,残業に対する家族の理解の有無などを質問された。しかも,当日の会場案内等は被控訴人一橋出版の社長秘書が行うなど,派遣先である被控訴人一橋出版が控訴人の面接試験の設営とその実施をしていた。
(ウ) 控訴人は,同月15日,被控訴人マイスタッフから採用通知を受け,同月16日付けで派遣社員就業通知書を渡されたが,同通知書の「派遣先責任者」欄には被控訴人一橋出版参与であるFの名前が記載されていた。
(エ) したがって,控訴人の募集・採用手続の主体は被控訴人一橋出版であって,被控訴人一橋出版が控訴人を直接面接して採用決定したものである。仮に,被控訴人一橋出版が上記募集・採用手続をしていないとしても,被控訴人一橋出版の控訴人の採用手続においては,労働者派遣法26条7項所定の派遣労働者に対する採用前の事前特定行為禁止の違反の程度は著しく,被控訴人一橋出版は厚生労働省見解の「事前面接により,派遣労働者の採用を決定した場合」に該当するので,派遣先である被控訴人一橋出版と控訴人との雇用関係を否定することはできない。
ウ 被控訴人一橋出版による賃金の決定等について
被控訴人一橋出版が被控訴人マイスタッフに対して控訴人の派遣料名目で支払った額は,控訴人の時給に5パーセント上積みしたものにすぎず,格段に低率である上,控訴人の賃金は実質的に被控訴人一橋出版が決定していた。
すなわち,被控訴人一橋出版が被控訴人マイスタッフに対し支払っていた派遣料が,被控訴人マイスタッフの主張するように,(控訴人の時間給+残業代+社会保険の使用者負担分)×1.05(被控訴人マイスタッフの利益相当分を加えた額)×1.05(消費税相当分を加えた額)であるとしても,被控訴人マイスタッフのこのような粗利益率5パーセントは,被控訴人マイスタッフが他の出版社に労働者を派遣する場合の粗利益率20ないし30パーセントと比較して著しく低廉であり,これから募集費用等を差し引くと,ほとんど利益がない。このように,被控訴人一橋出版が被控訴人マイスタッフに支払っている「派遣料」の実体は,控訴人ら派遣労働者の賃金に限りなく近く,被控訴人マイスタッフは,採算を度外視してまでして被控訴人一橋出版に労働者を派遣しているというべきであるから,実質的には被控訴人一橋出版が「派遣料」の名目で「賃金」を決定しているにすぎないことになる。なお,一橋出版労働組合は,被控訴人マイスタッフから被控訴人一橋出版に派遣されていた時給計算の経理・総務の労働者の時給について,平成14年の春闘時に正社員並3パーセントの賃上げの要求をしていたが,これに対する回答として,被控訴人一橋出版は,「時給20円アップ」(時給800円ないし1000円に対して,2ないし2.5パーセントの増額)を回答し,平成15年冬及び平成16年冬の一時金を半額にする旨の回答もしていたから,このことからも,被控訴人一橋出版が被控訴人マイスタッフからの派遣労働者の賃金を決定していたということができる。
以上のように,実質的に控訴人ら派遣労働者の賃金を決定しているのは,被控訴人一橋出版であって,被控訴人マイスタッフは,単なる賃金支払代行機関にすぎず,被控訴人らの間には実質的な支配従属関係があり,控訴人の賃金は実質的に被控訴人一橋出版が決定している。
エ 控訴人の就労の実体等
(ア) 控訴人が被控訴人一橋出版において担当した本件編集業務等は,退職した正規労働者(以下「正社員」という。)が担当していた新課程家庭科教科書関係が中心であり,控訴人は,その責任者であった。しかも,控訴人は,必要な編集会議等の企画,設定,業務委託の交渉,関係者との折衝,被控訴人一橋出版の建物の鍵の管理等も正社員と同様に行い,被控訴人一橋出版の職員である旨記載された名刺及び身分証明書の交付も受けていた。また,残業,出張,休日出勤に関しても,被控訴人マイスタッフの関与は全くなく,G編集部長等の決裁を受け,その指示に従っていた。残業命令,休日出勤命令,出張命令等の事項は,労働者派遣法上も基本的債権としての労務給付請求権・指揮命令権として派遣元に留保されている権利であるが,被控訴人マイスタッフのC部長は,平成17年7月,控訴人に対し,残業,休日出勤,出張等については,被控訴人一橋出版のG編集部長等の指示に従うように指示した。
したがって,控訴人の就労状況は被控訴人一橋出版の正社員と同様であった。
(イ) ところで,被控訴人マイスタッフは,控訴人に対し,次のとおり派遣就業通知書を交付した。
① 平成13年5月16日付け 雇用期間同月21日から同年11月20日まで
② 同年11月13日付け 雇用期間同月21日から平成14年5月20日まで
③ 平成14年5月13日付け 雇用期間同月21日から同年11月20日まで
④ 同年11月11日付け 雇用期間同月21日から平成15年5月20日まで
しかし,実際には,各派遣就業通知書作成前にCから控訴人に対し契約を更新する旨の打診は全くなく,各派遣就業通知書が控訴人に交付された時期も,雇用期間の始期を過ぎていたことが度々であった。
オ 以上のとおり,被控訴人らの筆頭個人株主及び役員の共通性並びに被控訴人マイスタッフの被控訴人一橋出版に対する派遣状況等からすると,出版業務において被控訴人らが一体であり,そして,控訴人の募集・採用手続,控訴人の就労状況及び控訴人の派遣料と控訴人の賃金の関係等にかんがみると,被控訴人一橋出版が控訴人の実質的使用者であり,控訴人と被控訴人一橋出版との間に黙示の労働契約が成立している。
なお,被控訴人マイスタッフは,控訴人と被控訴人一橋出版との間に労働契約が成立し,本件派遣労働契約が形式にすぎず,無効であるとしても,自らの名で控訴人を募集して雇用している以上,信義則上も,本件派遣労働契約に従い使用者(雇用主)としての責任を負うべきである。
(被控訴人マイスタッフの主張)
ア 控訴人の主張について
控訴人の主張は,すべて否認ないし争う。ただし,被控訴人マイスタッフが本件派遣労働契約の使用者(雇用主)であったことは認める。
被控訴人マイスタッフと被控訴人一橋出版は,それぞれ独立した法人格を有する企業であり,独自の定款,事業目的,組織をもって独自の運営を行っており,被控訴人マイスタッフは,被控訴人一橋出版の子会社ではない。
被控訴人マイスタッフの主たる業務は出版関連業界への労働者派遣であって,約140名を派遣しているが,平成15年5月当時に被控訴人一橋出版に派遣していた編集者は約7名であり,同時期の被控訴人マイスタッフの売上高に占める被控訴人一橋出版の割合は,約15パーセントにすぎなかったから,このような事実からも,被控訴人マイスタッフが被控訴人一橋出版と一体でないことが明らかである。なお,被控訴人マイスタッフは,被控訴人一橋出版に対し,派遣料として,5パーセントの利益を加算し,更に消費税5パーセントを上乗せして請求している。利益率を5パーセントとしたのは,長期的視点からの経営判断に基づくものであるから,第三者が容喙すべきことではない。
G編集部長は,平成13年5月14日,被控訴人一橋出版の会議室において,DとFの控訴人に対する面接試験に立ち会っているが,これは業務内容の説明をするために備えるとともにオブザーバーとして出席したにすぎない。また,派遣先の会社が派遣社員に派遣先の社名の入った名刺を持たせたり,派遣先の身分証明書を発行することは,派遣社員が対外的に活動する場合は通例であるから,控訴人が被控訴人一橋出版の社名入りの名刺及び身分証明書などを保有することをもって被控訴人一橋出版の正社員ということはできない。
イ(ア) 控訴人の採用及び派遣について
被控訴人マイスタッフは,被控訴人一橋出版から労働者派遣に関する基本契約に基づき,高等学校家庭科教材の編集,制作及びこれに付随する業務の遂行のために1名の派遣社員の派遣依頼を受けた。
そこで,被控訴人マイスタッフは,本件募集広告によって派遣社員を募集した上で控訴人と面接し,その採用を決定後,被控訴人一橋出版との間の労働者派遣契約に基づき,控訴人を被控訴人一橋出版に派遣した。
被控訴人マイスタッフは,平成13年5月8日及び14日,被控訴人一橋出版の会議室において,控訴人に対し面接を実施しているが,これは,被控訴人一橋出版の役員でもあった被控訴人マイスタッフの代表取締役であるB,同取締役であるD及びFらの利便性を考慮して同会議室を無償で借りたにすぎない。派遣社員の採用面接の場所をどこにするかは,諸般の事情を考慮して被控訴人マイスタッフがその裁量で決定すべき事柄である。なお,被控訴人一橋出版の社長秘書が受付,案内,お茶だしなどをしたことは,被控訴人一橋出版の社屋に来訪した者に対する常識的な対応にすぎない。
(イ) 控訴人は,被控訴人マイスタッフとの間で,上記決定に当たり厳格に雇用期間を6ケ月とする派遣労働契約を締結し,その後も本件編集業務等の遂行のため,雇用期間を平成13年11月21日から平成14年5月20日まで,次いで同年同月21日から平成15年5月20日までとする派遣労働契約(以下,「本件最後の派遣労働契約」といい,控訴人と被控訴人マイスタッフとの間で締結された本件編集業務等の遂行のための上記各派遣労働契約を一括して「本件派遣労働契約」という。)を順次締結し,その都度,被控訴人マイスタッフが発行した派遣社員就業通知書を受領し,同書面記載の条件を承諾して就労している。
そして,本件募集広告においては,被控訴人マイスタッフの記載はあるが,被控訴人一橋出版の記載はないのみならず,本件連絡票の作成名義は被控訴人マイスタッフであり,本件派遣労働契約に係る派遣社員就業通知書(甲6の①ないし③,11)及び平成13年5月16日付け就業通知書の補足説明書(甲7)の各作成名義は被控訴人マイスタッフである。また,控訴人の給与や賞与も被控訴人マイスタッフが決定して,支給していた。したがって,使用者は,被控訴人マイスタッフであって,被控訴人一橋出版と解する余地はない。なお,上記派遣社員就業通知書の派遣先責任者としてFの名前が記載されたり,本件連絡表における控訴人主張の「今回は会長,社長ともご面談いただきます」の記載部分は,いずれも誤記であって事務手続上の誤りにすぎない。
本件派遣労働契約の雇用期間中,控訴人から,派遣社員であることに対する異議は一切なく,しかも,被控訴人マイスタッフによる上記採用当初から控訴人自身が被控訴人一橋出版に直接雇用されたという認識を持っていたことをうかがわせる言動は皆無であった。また,控訴人は,被控訴人マイスタッフの派遣社員として,その健康保険,厚生年金保険,雇用保険に加入していた。
このように,控訴人は,被控訴人マイスタッフの派遣社員であることを熟知し,かつ了解の上で,上記のとおり本件派遣労働契約を締結して通算2年間にわたり,派遣社員として被控訴人一橋出版に派遣されていた。
(ウ) 控訴人は,本件最後の派遣労働契約が終了間際となり,被控訴人マイスタッフに対しても,「派遣社員という身分での就労ゆえ,一旦は,契約打ち切りもやむを得ないと考えました」と記載した平成15年5月13日付け書簡(乙B1)を送っているが,この文面自体からも控訴人が被控訴人マイスタッフの派遣社員にすぎず,被控訴人一橋出版に直接雇用されていたものではないことを理解していたことが明らかである。
(エ) 控訴人は,もともと被控訴人マイスタッフを通じて数年にわたり,数社で派遣社員として職務に従事し,他方,被控訴人マイスタッフは,控訴人の能力的,経験的及び社会的な派遣社員としての適性を評価して採用を続け,その職場を提供してきたものであって,控訴人と派遣先である被控訴人一橋出版との間に雇用関係を認めるような事情は全くない。
(オ) 以上のとおり,控訴人の主張はその前提を欠いており失当である。
(被控訴人一橋出版の主張)
ア 控訴人の主張はすべて争う。
被控訴人一橋出版と被控訴人マイスタッフは別個の法人であり,両社が一体であるとか,被控訴人マイスタッフが被控訴人一橋出版の賃金支払代行機関とみなすことはできない。
控訴人は,被控訴人マイスタッフが,その派遣社員として募集し,採用したものである。
G編集部長が,平成13年5月14日,被控訴人一橋出版の会議室において,DとFの控訴人に対する面接試験に立ち会ったのは,オブザーバーとして出席したにすぎず,採用者の選定に参加したり,控訴人の労働条件を決定したことはない。
次に,被控訴人マイスタッフは控訴人に対する第1,2次面接試験を被控訴人一橋出版の会議室で行っているが,これは面接担当者の便宜のためにすぎず,被控訴人一橋出版が上記試験を行ったことにはならない。また,被控訴人一橋出版は,被控訴人一橋出版の職員である旨記載された名刺及び身分証明書を発行しているが,これは家庭科教科書の検定に関連して文部科学省に出入りする際に身分証明書の提示が必要であるため発行しただけであって,上記名刺及び身分証明書によって被控訴人一橋出版の「社員」であることを認める趣旨ではない。
イ(ア) 被控訴人一橋出版は,被控訴人マイスタッフとの間の労働者派遣契約に基づき被控訴人マイスタッフから派遣された控訴人を労働に従事させたにすぎず,被控訴人一橋出版が使用者(雇用主)として控訴人を使用したり,あるいは賃金を支給した事実はなく,その他,被控訴人一橋出版が控訴人に対して使用者(雇用主)として行動したことはないから,控訴人との間に雇用関係はない。
(イ) 被控訴人一橋出版が,被控訴人マイスタッフに対して支払う派遣料としての「時間単価」は2625円であるが,控訴人の社会保険料を支払ったことはない。また,控訴人の賃金については,被控訴人マイスタッフが控訴人に対して直接支給し,その給与支払明細書(甲10の①ないし③)も交付している。なお,被控訴人一橋出版は,一橋出版労働組合に対し,派遣社員の賃上げについては,管轄外のことなので回答できないと応答していたが,一橋出版労働組合が調査して答えるように求めたので,被控訴人マイスタッフに照会し,その結果を伝えたにすぎず,上記賃上げに同意したことはない。
(ウ) 以上のとおり,控訴人の主張はその前提を欠いており失当である。
(2) 争点(2)(法人格否認の法理による被控訴人一橋出版と控訴人との間の労働契約の成否)について
(控訴人の主張)
被控訴人一橋出版は,以下のとおり,被控訴人マイスタッフの法人格及び労働者派遣法を濫用しているので,控訴人との関係において被控訴人マイスタッフの法人格が否認され,被控訴人一橋出版と控訴人との間の労働契約の成立が是認されるから,控訴人は,被控訴人らとの間において,労働契約上の権利を有する地位にある。
ア 被控訴人一橋出版と被控訴人マイスタッフとの関係
(ア) 被控訴人一橋出版は,上記のとおり,昭和61年11月25日に子会社である被控訴人マイスタッフの商号変更をし,労働者派遣法に基づく人材派遣事業を行う会社として以後,自社の教科書編集等の出版業務については,もっぱら被控訴人マイスタッフの従業員を労働者派遣あるいは編集業務の請負という形態で従事させてきた。そして,被控訴人一橋出版は,被控訴人マイスタッフの親会社であり,一方,被控訴人マイスタッフは,被控訴人一橋出版の子会社の地位にある。
(イ) 被控訴人一橋出版の被控訴人マイスタッフに対する出資比率は,17.5パーセントであるが,被控訴人一橋出版及び被控訴人マイスタッフの創業者であるBは,被控訴人一橋出版及び被控訴人マイスタッフの筆頭株主であり,両社の代表取締役を兼任し,平成12年7月に被控訴人一橋出版代表取締役を退任した以後も被控訴人一橋出版の会長,相談役として日常的業務については電話で,重要事項については役員を自宅に赴かせて指示してきた。
(ウ) Fは平成7年10月30日まで被控訴人一橋出版及び被控訴人マイスタッフのナンバー2として取締役を兼任しており,両社の取締役については,B,Fを中心にして,D及びHらが両社の取締役を恒常的に兼任するなどしてその経営に当たってきた。とりわけ,Fは,もともと被控訴人一橋出版編集部長であり,平成7年10月に被控訴人一橋出版の専務取締役を退任したが,以後被控訴人一橋出版取締役経験者の役職である参与に就任し,各種編集業務に従事してきた。
イ 被控訴人マイスタッフの派遣労働者の採用は形式のみである。
(ア) 控訴人のような編集労働者の採用については,恒常的に被控訴人一橋出版の役員による面接が行われた上で,その採用が決定されている。そして,その面接役員が被控訴人マイスタッフの役員も兼任しており,控訴人に対する面接の実態はまさに被控訴人一橋出版の役員としての行動である。
(イ) 被控訴人一橋出版から被控訴人マイスタッフに支払われる派遣料は,上記のとおり,派遣労働者の賃金に5パーセント上乗せした額にすぎないため(他の出版者への派遣の場合には20ないし30パーセント),被控訴人マイスタッフの被控訴人一橋出版への派遣による利益は0あるいは赤字である。したがって,被控訴人マイスタッフは,少なくとも被控訴人一橋出版への派遣については独立した営業活動をしていない。
(ウ) そもそも,被控訴人一橋出版と被控訴人マイスタッフの間では,労働者派遣個別契約が締結されていない。すなわち,労働者派遣に際し,労働者派遣基本契約書の他に,上記個別契約を締結することは労働者派遣法26条所定の基本的義務であるにもかかわらず,被控訴人マイスタッフと被控訴人一橋出版は,同法に違反し,労働者派遣の最も基本的な個別派遣契約書さえ作成していないのであって,この事実は,両社双方に独立した企業間の取引という意識がないことを示している。
(エ) 被控訴人一橋出版と一橋出版労働組合の交渉において,被控訴人マイスタッフから被控訴人一橋出版へ派遣されている事務職派遣労働者の賃上げについて,被控訴人一橋出版の管理職が回答をしている。
(オ) 控訴人の業務実態をみても長時間残業を含めて正社員と全く変わらない。
(カ) したがって,少なくとも被控訴人マイスタッフの被控訴人一橋出版に対する派遣に関する限り,被控訴人マイスタッフからの派遣は形式にすぎず,実質的には被控訴人一橋出版が直接雇用しているものと何ら変わりはないから,被控訴人マイスタッフの実態は,被控訴人一橋出版の採用手続の代行機関・賃金支払代行機関にすぎない。
ウ 被控訴人一橋出版による被控訴人マイスタッフの法人格の濫用
(ア) 被控訴人一橋出版と被控訴人マイスタッフの実態は,Bが筆頭株主として被控訴人一橋出版と被控訴人マイスタッフの経営を支配し,人材派遣業者である被控訴人マイスタッフをして,他の出版社に人材を派遣して利益を上げさせると同時に,教科書出版社である親会社の被控訴人一橋出版に対しては,もっぱら「派遣労働者」という形態で安定的で低廉な労働者を供給させることを企図し,被控訴人マイスタッフの法人格を濫用している。
すなわち,実質的には被控訴人一橋出版が採用し,正社員と同様の業務管理と労務管理を行っているにもかかわらず,形式的には被控訴人マイスタッフからの「派遣」という形をとることにより,労働者を直接雇用するよりもはるかに低賃金・低コストで,しかもいつでも当該労働契約の更新拒絶,つまり雇い止めができる不安定な有期雇用により,直接雇用による使用者としての責任を回避してきた。
(イ) 以上のとおり,被控訴人一橋出版は,労働者派遣という雇用制度を悪用し,派遣会社である被控訴人マイスタッフを上記のような直接雇用の責任回避という不当な目的を実現するために利用しているから,その範囲で被控訴人マイスタッフの法人格を濫用している。
したがって,被控訴人マイスタッフの法人格は被控訴人一橋出版への労働者派遣の限りにおいて否定されるので,被控訴人一橋出版が被控訴人マイスタッフからの派遣労働者に対して直接雇用の使用者としての責任を免れない。よって,被控訴人一橋出版は,控訴人を直接雇用したものとして労働契約上の使用者である。
(被控訴人マイスタッフの主張)
ア 控訴人の主張はすべて争う。
イ 上記(1)の被控訴人マイスタッフの主張のイのとおり,控訴人の主張は失当である。
(被控訴人一橋出版の主張)
ア 控訴人の主張はすべて争う。
イ 上記(1)の被控訴人一橋出版の主張イのとおり,控訴人の主張は失当である。
(3) 争点(3)(被控訴人一橋出版が争点(1)及び(2)における労働契約上の使用者である場合,被控訴人らと控訴人との間の労働契約終了の有無)について
(被控訴人マイスタッフの主張)
被控訴人マイスタッフと控訴人との間の本件最後の派遣労働契約は,以下のとおり終了したので,控訴人の主張する被控訴人らと控訴人との間の労働契約関係もすべて終了した。
ア 雇用期間満了による終了
被控訴人マイスタッフは,控訴人との間で,平成14年11月11日ころ,控訴人を派遣社員として,雇用期間を同月21日から平成15年5月20日までの6ケ月,派遣先を被控訴人一橋出版等とする条件で本件最後の派遣労働契約を締結した。
したがって,本件最後の派遣労働契約は,同月20日の経過により,雇用期間の満了により終了した。
イ 合意による終了
Fは,控訴人に対し,本件最後の派遣労働契約に係る雇用期間満了前の平成15年4月16日,今後派遣労働契約を締結しない旨通告したところ,控訴人は,Fに対し,「私は,派遣社員であるからやむを得ない。」と述べて,上記雇用期間満了による本件最後の派遣労働契約の終了を承諾した。
すなわち,被控訴人マイスタッフと控訴人は,その間の雇用契約を同年5月20日をもって合意解約した。
ウ 派遣先の業務の不存在による終了
被控訴人マイスタッフは,平成15年3月末,被控訴人一橋出版から,今後本件編集業務等を被控訴人一橋出版の正社員のみで行い,派遣要請を打ち切る方針である旨通告された。そのため,被控訴人マイスタッフは,本件最後の派遣労働契約に係る雇用期間満了前である同年4月16日,控訴人に対し,今後派遣労働契約を締結しない旨通告した。
したがって,本件最後の派遣労働契約は,同年5月20日,上記雇用期間満了により終了した。
(被控訴人一橋出版の主張)
被控訴人一橋出版は,控訴人と労働契約関係になく,被控訴人マイスタッフとは別会社であるから,後記の控訴人の主張に係る本件解雇あるいは雇い止めの問題には無関係である。
(控訴人の主張)
ア 被控訴人らの主張はすべて争う。
イ 被控訴人一橋出版と控訴人との間の黙示の労働契約及び被控訴人マイスタッフと控訴人との間の派遣労働契約について
(ア) 控訴人と被控訴人一橋出版との間の黙示の労働契約及び控訴人と被控訴人マイスタッフとの間の派遣労働契約は,以下のとおり,実質的に期間の定めのない契約である。
① 本件募集広告において,雇用期間は「長期」と記載されていた。
② 被控訴人らの控訴人に対する採用試験の面接では,正社員に仕事を引き継ぐ形で1年間やってもらうことになる旨の話があり,6ケ月との雇用期間は形式にすぎなかった。
③ 控訴人の募集・採用手続は,被控訴人一橋出版の正社員に対する以上に慎重な手続であった。
④ 被控訴人マイスタッフ作成の平成13年5月16日付け就業通知書の補足説明書(甲7)には,「取敢えず6ヶ月間としますが,特別の事情がない限り,当初の6ヶ月で終了ということはありません。」と記載されていた。
⑤ 控訴人は,本件派遣労働契約につき就労後約1年を経た時点で,G編集部長に対し,せめて副教材が終わるまでは続けたい旨申し出たところ,G編集部長は「そんなこと言わずにずっといてください」と言った。
⑥ 書籍の編集業務は,性格上継続性を有し,まして本件編集業務等は長期間を要するから,被控訴人一橋出版が控訴人を本件編集業務等に配置したことは,その雇用期間を1年に限定する意思がなかったことを意味する。
⑦ 本件派遣労働契約の更新手続は形式的であり,雇用期間満了前に控訴人へ更新についての問い合わせがなく,新たな雇用期間の始期が経過した後に派遣社員就業通知書が届けられたこともあった。
⑧ 被控訴人一橋出版は,景気の変動に関係なく派遣社員を就労させ,正社員と同様に有給休暇等の取得を認めたり,正社員に登用することもあった。
(イ) Fが控訴人に対し平成15年4月16日に行った今後派遣労働契約を締結しない旨の通告は,当該労働契約の更新拒絶(いわゆる雇い止め)であり,実質的には,被控訴人らと控訴人との間の労働契約に係る解雇(以下「本件解雇」又は「雇い止め」という。)である。しかし,被控訴人らは,控訴人に対し,本件解雇の具体的理由を全く明らかにしておらず,控訴人を解雇する合理的理由はないから,上記解雇は無効である。
ウ 法人格否認の法理による被控訴人一橋出版と控訴人との間の労働契約及び被控訴人マイスタッフと控訴人との間の労働契約について
(ア) 被控訴人マイスタッフの法人格は,被控訴人一橋出版への労働者派遣の限りにおいて否定されるので,控訴人と被控訴人一橋出版との間には直接の労働契約関係が成立するが,当該労働契約は期間の定めのない労働契約である。
なお,労働者派遣法26条本文により,派遣元と派遣先との間では,基本派遣契約のほかに,当該労働者派遣の際に個別労働者派遣契約を締結しなければならないが,被控訴人一橋出版と被控訴人マイスタッフとの間では6ケ月ごとの個別の派遣契約を締結した形跡がなく,この点からも被控訴人一橋出版が控訴人との契約関係について6ケ月という期間を限定する意思がなかったことは明らかである。
(イ) 被控訴人一橋出版と控訴人との労働契約関係は,被控訴人マイスタッフと控訴人との間の労働契約関係の影響を受けない。
すなわち,被控訴人マイスタッフと控訴人との派遣就業通知書には期間が6ケ月ごととされており,期間の定めがある契約にみえるものの,被控訴人マイスタッフと控訴人との労働契約は,本来,職業安定法(以下「職安法」という。)44条に違反して無効であるから,控訴人は,被控訴人マイスタッフとの労働契約の拘束は受けず,また,派遣期間の効力を主張することは,信義則上許されない。
(ウ) 仮に,被控訴人マイスタッフと控訴人との労働契約の期間についての条項が,被控訴人一橋出版と控訴人との労働契約関係に影響を与える場合でも,控訴人と被控訴人らとの間の労働契約は実質的に期間の定めのない労働契約と実質的に異ならない状態,あるいは少なくとも雇用継続に合理的期待を有する場合であるから,解雇権濫用法理の類推適用をすべきである。
そして,①控訴人が担当した業務は,もともと正社員が担当していた家庭科編集業務であり,指導要領の改定,検定,改訂が続く限り,長期間の就業が予定される業務である。②このような業務の性格から,平成13年5月16日付け就業通知書の補足説明書(甲7)には,上記のとおり,「取敢えず6ヶ月間としますが,特別の事情がない限り,当初の6ヶ月で終了ということはありません。」と記載されており,もともと被控訴人マイスタッフ自身が長期雇用を前提とした書面を交付していた。③被控訴人一橋出版は,控訴人の採用後も,景気の変動に関係なく6名程度の編集労働者の派遣を受けて就労させていた(甲3)。④被控訴人一橋出版には派遣された編集労働者の場合,6ケ月の期間満了によって雇い止めされたものはおらず,いずれも長期にわたって雇用を継続してきた。⑤控訴人は,正社員と同様に有給休暇等を取得していた。⑥被控訴人一橋出版においては,派遣労働者の体裁を取っていた労働者が正社員に登用された例があった。⑦控訴人のほか,雇用期間を6ケ月とされた他の編集労働者も,雇用期間とされた6ケ月間で契約が終了するなどと考えて就労した者はいなかった。⑧本件派遣契約に係る控訴人の3回の更新手続もごく形式的であり,Cから期間満了前に控訴人への問い合わせなどなかったばかりか,派遣社員就業通知書が雇用期間の始期経過後に届けられた例もたびたびであった。⑨上記のとおり……本件派遣労働契約につき就労後約1年を経たころ,G編集部長は,控訴人に対し「そんなこと言わずにずっといてください」と発言した。
したがって,被控訴人マイスタッフが控訴人に交付した本件派遣労働契約に係る派遣社員就業通知書に記載された「6ケ月」という雇用期間については,その雇用期間を限定する意味がなかったから,控訴人と被控訴人マイスタッフとの間の派遣労働契約については,実質的に期間の定めがない労働契約と異ならない状態であり,少なくとも被控訴人らとの労働契約関係において雇用継続に合理的な期待を有している。よって,本件解雇は,解雇の法理又は少なくとも解雇権濫用法理の類推適用を受ける雇い止めと解すべきである。
(エ) 本件解雇ないし雇い止めは,以下のとおり,客観的合理性,社会的相当性を有しないから,無効である。
① 被控訴人らの主張によっても,本件解雇ないし雇い止めが,整理解雇であるのか,勤務成績・能力を理由とする解雇であるのか,非違行為を理由とする解雇なのか自体の区別すらされていない。本件解雇ないし雇い止めは,それだけで,社会的相当性・客観的な合理性を欠くものとして無効である。
② 被控訴人マイスタッフの主張する派遣労働契約は,上記のとおり,もともと職安法44条違反として無効なものであるから,控訴人は期間の点についての拘束を受けないと解すべきである。また,被控訴人マイスタッフの設定した6ケ月の期間の限定には,上記のとおり合理的な理由がないから,期間が満了したとの理由だけでは解雇理由の主張にすらならず,失当である。
③ 控訴人は,平成15年5月時点で被控訴人らとの労働契約を合意解約する意思は全くなかったから,労働契約を合意解約をしていない。
④ 被控訴人マイスタッフは,派遣先の業務の不存在を主張するが,これが整理解雇ないし経営上の理由による解雇なのか否かが不明であるとともに,控訴人が行っていた家庭科教科書編集の業務の性質上,検定合格は業務の区切りとはなるものの,更に検定が継続する上,改定,訂正,読者対応等が残るなど,終了がなく,実際にも,控訴人の担当業務は,被控訴人マイスタッフから被控訴人一橋出版に派遣されている他の派遣労働者が行っているから,控訴人が担当すべきその業務は存在している。
(4) 争点(4)(被控訴人一橋出版が争点(1)及び(2)における労働契約上の使用者でない場合,被控訴人マイスタッフと控訴人との間の労働契約終了の有無)について
(被控訴人マイスタッフの主張)
ア 被控訴人マイスタッフと控訴人との間の本件最後の派遣労働契約は,上記(3)の被控訴人マイスタッフの主張のとおり既に終了しているから,控訴人は労働契約上の権利を有する地位にはない。
イ 後記の控訴人の主張はすべて争う。
なお,控訴人が継続して被控訴人一橋出版において就労できる合理的理由はない。そして,被控訴人マイスタッフは,平成17年4月7日から同年8月5日まで,被控訴人一橋出版の編集部に対してIを派遣したが,同人の担当業務は被控訴人一橋出版のホームページの内容更新であり,家庭科教材とは無関係である。また,被控訴人マイスタッフは,Iの交代要員として,同年8月22日,被控訴人一橋出版に対してJを派遣したが,同人の業務は同様にホームページの内容更新であるから,控訴人の主張は失当である。
(控訴人の主張)
ア 被控訴人マイスタッフの主張はすべて争う。
イ 被控訴人一橋出版と控訴人との間における直接の労働契約上の有無にかかわらず,被控訴人マイスタッフは,以下のとおり労働契約上の責任がある。
(ア) 派遣労働者は,派遣元との間に労働契約を締結しているのであり,その限りにおいて派遣でない通常の労働契約と変わることはないから,派遣労働者についても,反復継続して更新が繰り返され,実質的に常用型派遣労働者と同視し得る場合には,いわゆる解雇法理が適用される。
そして,派遣先と派遣労働契約が解除された後は,派遣元は派遣先で働かせることができなくなるのは当然であるが,それはあくまでも派遣先と派遣元の経済関係に基づく契約であり,それによって,派遣労働者と派遣元との間の労働契約が当然に消滅するものではない。派遣元が更新を反復継続して常用型派遣労働者と同視し得る派遣労働者については,別の派遣先に派遣することによって雇用を維持しなければならない。
したがって,派遣元は,雇用継続するために他の事業所を紹介するか,それができない場合はその間の賃金を負担すべきである。なお,新たな派遣先を紹介した場合には,それに対して派遣労働者が不当な理由で拒否した場合は雇用関係終了の正当事由となる。
(イ)① 本件派遣労働契約においては,更新の繰り返しに加え,次のとおり,もともと長期間の雇用が予定されていた。
a 被控訴人一橋出版は,控訴人の採用に際し,今後1年間に控訴人と一緒に担当する正社員を1名採用し,仕事を引き継ぐ予定である旨告げたが,結局,1回募集したものの,採用せず,その後募集も正社員の採用もしなかった。
b 上記のとおり,被控訴人マイスタッフ作成の平成13年5月16日付け就業通知書の補足説明書(甲7)には,「取敢えず6ヶ月間としますが,特別の事情がない限り,当初の6ヶ月で終了ということはありません。」と記載されており,これは労働基準法が定める解雇予告期間「1ケ月」よりもはるかに長期であるから,控訴人の場合の期間の定めは形式にすぎないといわざるを得ない。
② 被控訴人マイスタッフから被控訴人一橋出版に対し,控訴人の担当業務について新たな派遣をしている。
すなわち,控訴人が行っていた家庭科教科書及び関連図書編集業務について,控訴人の後は編集部長代理のEが行っていたが,更に従前から被控訴人マイスタッフから派遣されていた労働者及び新たに派遣された労働者が担当している。
したがって,被控訴人一橋出版から被控訴人マイスタッフに対し,従前控訴人の担当業務について派遣依頼があったはずであるから,被控訴人マイスタッフとしては最も適切な労働者として控訴人を派遣することができたのであり,そうすべきであった。
③ 労働者派遣法は,常用代替防止の観点から同一の派遣先への長期間の継続派遣を予定することは禁止している。しかし,現実に長期にわたって働いている派遣労働者の雇用を保護することは別の問題であり,労働者派遣法はそれを禁じているものではない。しかも,労働者派遣契約そのものが解除された場合,派遣元との間の継続雇用を認めることにより派遣労働者の保護を図ることによって,派遣先の労働者に何ら影響を与えるものではないから,派遣先の常用代替防止とは何ら関係がない。
なお,控訴人の派遣は編集業務であり,いわゆる労働者派遣法の「26業務」に該当し,派遣期間の制限はないから,派遣先の常用代替防止は問題とならない。
(ウ) 以上のとおり,被控訴人マイスタッフは,控訴人を被控訴人一橋出版に派遣すべきである。
なお,被控訴人一橋出版は,現に控訴人の仕事を被控訴人マイスタッフからの派遣労働者が行っているから,被控訴人マイスタッフはまず控訴人を被控訴人一橋出版の原業務である家庭科教科書・教材の編集業務に就業させるべきである。そして,それが不可能となった場合には,その他の出版社に控訴人の従前の派遣労働契約の条件と同様の条件で派遣すべきであり,それが困難なときは控訴人に対し,所定の賃金を支払うべきである。
(5) 争点(5)(被控訴人らの控訴人に対する未払賃金の有無)について
(控訴人の主張)
ア 控訴人の賃金は,時給2500円,支払時期は毎月15日締め当月25日払いであり,本件解雇前3か月の平均賃金は月額35万1093円である。
そして,本件解雇後の平成15年6月分(本件解雇日までの8万01781円は支払済み)から同年10月分までの未払賃金は計167万4684円である。
イ よって,控訴人は,被控訴人ら各自に対し,未払賃金として計167万4684円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年11月21日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金,並びに平成15年11月以降毎月25日限り35万1093円及びこれらに対する毎月26日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(被控訴人マイスタッフの主張)
控訴人の主張はすべて争う。
(被控訴人一橋出版の主張)
控訴人の主張はすべて争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被控訴人一橋出版と控訴人との間の黙示の労働契約の成否)について
(1) 労働契約も他の私法上の契約と同様に当事者間の明示の合意によって締結されるばかりでなく,黙示の合意によっても成立し得るところ,労働契約の本質は使用者が労働者を指揮命令及び監督し,労働者が賃金の支払いを受けて労務を提供することにあるから,黙示の合意により労働契約が成立したかどうかは,明示された契約の形式だけでなく,当該労務供給形態の具体的実態により両者間に事実上の使用従属関係があるかどうか,この使用従属関係から両者間に客観的に推認される黙示の意思の合致があるかどうかによって判断するのが相当である。
そして,労働者派遣法所定の労働派遣は,自分の雇用する労働者を,その雇用関係を維持したまま,他人のために,その他人の指揮命令を受けて,労働に従事させることであるが(同法2条1号),労働者が派遣元との間の派遣労働契約に基づき派遣元から派遣先へ派遣された場合でも,派遣元が形式的存在にすぎず,派遣労働者の労務管理を行っていない反面,派遣先が実質的に派遣労働者の採用,賃金額その他の就業条件を決定し,配置,懲戒等を行い,派遣労働者の業務内容・期間が労働者派遣法で定める範囲を超え,派遣先の正社員と区別し難い状況となっており,派遣先が,派遣労働者に対し,労務給付請求権を有し,賃金を支払っており,そして,当事者間に事実上の使用従属関係があると認められる特段の事情があるときには,上記派遣労働契約は名目的なものにすぎず,派遣労働者と派遣先との間に黙示の労働契約が成立したと認める余地があるというべきである。
(2) 控訴人と被控訴人マイスタッフとの派遣労働契約の締結経過等
そこで,本件派遣労働契約とは別個に控訴人と被控訴人一橋出版との間で黙示の労働契約が成立したと認められるか否かについて検討する。
上記前提事実と後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
ア 被控訴人マイスタッフは,労働者派遣法に基づく人材の派遣事業,出版物の編集,制作,その他文書の分類,整理など事務処理業務の請負等を目的とする株式会社であり,他方,被控訴人一橋出版は,学術書,教科書の出版及び販売,学習用教材の出版又は製作及び販売等を目的として設立された株式会社であって,両社はそれぞれ別個の会社として営業を行っており,その収入,経費等の会計も全く別個独立に行っている。
そして,被控訴人らの創業者であり,筆頭個人株主であるBは,被控訴人マイスタッフが労働者派遣を主目的とした昭和61年11月23日から被控訴人マイスタッフの代表取締役に就任し,以後現在に至っており,また,昭和62年10月29日から平成12年7月25日までの間,被控訴人一橋出版の代表取締役に就いていた。
Dは,昭和61年11月23日から平成14年11月30日までの間,被控訴人マイスタッフの取締役に就き,また,平成9年10月31日から平成13年10月30日までの間,被控訴人一橋出版の代表取締役に就いていた。
Fは,昭和61年11月23日から被控訴人マイスタッフの取締役に就任し,以後現在に至っており,また,昭和62年10月29日から平成7年10月30日までの間,被控訴人一橋出版の取締役を兼任し,以後被控訴人一橋出版取締役経験者の役職である参与に就任して,各種編集業務に従事している。
なお,E(以下「E」という。)は,平成8年12月に被控訴人一橋出版の営業課長,平成13年8月に執行役員営業部長,同年10月に編集部長代理,更に平成14年3月に労務担当兼任等に就いている。
(甲1の①ないし⑨,2の①ないし⑩,乙A3,乙B3,原審における証人C,同E及び同Kの各証言)
イ 被控訴人マイスタッフは,出版関連業界へ労働者を派遣しており,被控訴人一橋出版以外に常時約100名ないし140名程度を派遣している。
一方,被控訴人一橋出版編集部の体制は,平成13年5月当時(控訴人採用時),担当役員1名,管理職1名,正社員4名であり,本件最後の派遣労働契約の雇用期間が満了となる平成15年5月当時,担当役員1名,管理職2名,正社員2名であった。そして,同月当時の被控訴人マイスタッフの被控訴人一橋出版に対する編集者の派遣者数は約7名,事務系の派遣社員は約18名であり,出版業界派遣総数の5パーセント弱であって,被控訴人一橋出版に対する売上高の比率(業務受託分を含む。)は,同当時で約15パーセントであった。ただし,被控訴人一橋出版に他社からの派遣社員は1名もなかった。
(甲1の①,2の①,18,乙B3,原審における証人Cの証言)
ウ 被控訴人マイスタッフは,平成13年4月初旬ころ,被控訴人一橋出版から,本件編集業務等を担当する派遣社員1名の派遣依頼を受け,派遣希望登録者に適当な人材がなかったことから,同月15日,朝日新聞に本件募集広告を掲載した。そして,被控訴人マイスタッフの業務部長であるCは,同月中旬ころ,控訴人のほか1,2名に対し,本件募集広告を告げて「今回の募集に応募してみてはどうか」と連絡をした。
これに対し,控訴人は,同月17日ころ,被控訴人マイスタッフに対して履歴書を送付して上記募集に応募したところ,被控訴人マイスタッフの書類審査を経て,採用試験日の通知を受けた。
そこで,控訴人は,同月25日,被控訴人マイスタッフの会議室において,他の受験者18名とともに適性試験(第1次採用試験)である筆記試験とCの面接を受け,控訴人を含む6名が同試験を通過した。
(甲4,19,乙B3,6,原審における証人Cの証言,原審における控訴人の供述)
エ 控訴人は,同年5月初旬ころ,被控訴人マイスタッフから第1次面接試験(第2次採用試験)の通知を受けた。
同面接試験は,同月8日,被控訴人一橋出版の会議室において,被控訴人マイスタッフ取締役兼被控訴人一橋出版の参与であるF及びCによって,控訴人を含む受験者6名に対し実施された。
(甲4,5,19,31,乙B3,6,原審における証人C及び同Eの各証言,原審における控訴人の供述)。
オ 控訴人は,被控訴人マイスタッフから同月9日付けで本件連絡票(甲5)により,第2次面接試験(第3次採用試験)の通知を受けた。本件連絡票に記載の「今回は会長,社長ともご面談いただきますが,会長が高齢で,この日時しか出社できませんので,諸事お繰り合わせの上,ご出席いただきますよう,重ねてお願い申し上げます。」と記載されており,「会長」とは被控訴人一橋出版会長であるBを,「社長」とは被控訴人一橋出版代表取締役社長であるDを意味していた。
同面接試験は,同月14日午後2時から,被控訴人一橋出版の会議室において,被控訴人マイスタッフ取締役兼被控訴人一橋出版代表取締役であるDと被控訴人マイスタッフの取締役兼被控訴人一橋出版の参与であるFにより,控訴人を含む受験者3名に対し実施された。その場には,G編集部長も出席したが,Bは体調不良により欠席した。控訴人は,同面接試験において,これまでの仕事,家族,大学での専攻と今回の仕事との関係,残業に対する家族の理解の有無などを質問された。なお,当日の会場案内等は被控訴人一橋出版の社長秘書が行った。
(甲5,19,31,乙B3,6,原審における証人C及び同Eの各証言,原審における控訴人の供述)
カ 被控訴人マイスタッフは,同年5月15日,控訴人の採用を決定した上,同月16日ころ,被控訴人一橋出版との間で,派遣社員数を1名,派遣期間を同月21日から同年11月20日までの6ケ月間,就業場所を被控訴人一橋出版,派遣料を時間単価2625円,業務内容を本件編集業務等とする旨の労働者派遣契約を締結した(甲6の①,7,8,乙A3,9,乙B2,3,原審における証人C及び同Eの各証言,弁論の全趣旨)。
キ 被控訴人マイスタッフは,平成13年5月16日ころ,控訴人との間で,控訴人を派遣社員として,派遣先を被控訴人一橋出版,業務内容を本件編集業務等,雇用期間を同月21日から同年11月20日までの6ケ月間,賃金を時間給2500円等とする条件で雇用する旨の派遣労働契約を締結した上,控訴人に対し,同年5月16日付け派遣社員就業通知書(甲6の①)及び平成13年5月16日付け就業通知書の補足説明書(甲7)を送付し,同月21日から控訴人を被控訴人一橋出版に派遣して本件編集業務等に従事させた。
上記派遣社員就業通知書(甲6の①)には,「あなたを当社派遣社員として下記の条件で雇用します。」「1.派遣先 一橋出版株式会社」「2.就業場所 派遣先編集部」「3.業務内容 編集業務・高校家庭科教材の編集及びこれに付随する業務」「4.雇用期間 平成13年5月21日から同年11月20日まで(6ヶ月間)」「5.派遣先責任者 参与F様」「6.派遣先業務命令者 編集部長G様」「7.派遣元責任者業務部長C」「8.就業条件 就業日・土曜,日曜,祝日及び派遣先休業日を除く毎日,就業時間・9時00分〜17時00分(実働7時間00分),休憩時間・上記時間内に60分間,時間外勤務・派遣社員の同意のもとに法定範囲内で命じることがある,休日勤務・同上」「9.賃金 時間給・2500円,支払日毎月15日締切り,同月25日支払い」「12.届出義務①派遣社員は定期締切日または雇用期間終了後,速やかに派遣先承認済みの勤務記録票を当社に提出すること。②欠勤する場合は事前に派遣先および当社に届け出ること。無断欠勤は厳禁する。」「14.特定事項 なし」等と記載されていた。
また,上記補足説明書(甲7)には,「この度は当社派遣社員として,一橋出版(株)への就業をご承諾いただき,まことに有難うございました。」「1.就業初日は,同社編集部(本館2階)G部長をお訪ねください。」「2.雇用期限 取敢えず6ヶ月間としますが,特別の事情がない限り,当初の6ヶ月で終了ということはありません。終了の場合は極力,6ヶ月前に通知するようにします。」「3.出勤時間はタイムカードの打刻をお願いします。」「5.残業について:①残業は原則的に事前届け出制です。所定書式で部長に届け出,承諾を得てください。やむを得ない場合は事後でも可。②原則として,日常の残務処理的な10分,20分などの延長は残業扱いとはなりません。」「6.社会保険加入の場合は,年金手帳,過去加入されていた雇用保険の保険者証または離職票をご提出ください。(年金手帳はすぐにお返しします)」等と記載されていた。
(甲6の①,7,19,乙A1ないし9,乙B3,6,原審における証人C及び同Eの各証言,原審における控訴人の供述)
ク そこで,控訴人は,被控訴人一橋出版の本社2階編集部において,G編集部長,E(ただし,上記のとおり平成13年10月から編集部長代理として異動。),その他の正社員らとともに就労し,本件編集業務等を行い,編集会議の設定,編集業務関連以外の会議の出席のほか被控訴人一橋出版の建物の鍵の管理等も正社員とほぼ同様にしていた(甲19,乙A3,9,原審における証人E及び同Kの証言,原審における控訴人の供述)。
本件編集業務等は,平成13年5月15日に被控訴人一橋出版を退職した正社員L(以下「L」という。)が担当していた高校家庭科教科書の編集等を引き継ぐものであって,Lは,文部科学省に対し,同省が公表する指導要領をもとに作成して完成させた申請図書(表紙デザインがなされていない白表紙)を提出していたので,控訴人は,それ以後の同省の検定意見通知に基づく2次にわたる修正(各修正期間は35日以内であり,2次修正期間には同省の検定担当調査官と幾度か打ち合わせを行う。),検定教科書として合格通知を受けた後40日以内に見本本(表紙デザインがついたもの)を同省に提出し,さらに訂正申請を行って,その承認を得る業務に従事した(甲9,19,20,乙A3,9,原審における証人C及び同Eの各証言,原審における控訴人の供述)。
控訴人は,徹夜も含む残業や休日出勤をしつつ,上記申請図書について,平成13年10月12日から同年11月16日の35日間の第1次修正,同年11月17日から同年12月21日の35日間の第2次修正を経て,平成14年3月10日,検定に合格させ,修正終了時点から準備していた訂正申請(2色刷りから4色刷りへの変更及び資料更新等の訂正申請)を行い,同年4月に見本本を完成させた。このほか,控訴人は,関連の指導書,学習ノート,指導ノート等の編集,指導書作成の編集会議,引用転載許可に伴う著作権者との折衝等も行った。(甲9,19,乙A4ないし8,原審における控訴人の供述)
なお,被控訴人一橋出版は,控訴人に対し,「一橋出版株式会社 編集部 甲野花子」と印刷した名刺(甲15の②)及び「下記の者は,当社(店・校)の職員であることを証明する。」「氏名 甲野花子」「発行者 社(店・校)名 一橋出版株式会社」等と記載した同年7月4日付け身分証明書(甲15の①)を交付した。控訴人は,上記名刺及び身分証明書を使用して,本件編集業務等に当たった。(甲15の①②,19,原審における控訴人の供述)
ケ 控訴人に対する業務の指示は,主に,G編集部長からなされ,適宜,Eらからもなされた。
控訴人は,出退勤時間を被控訴人一橋出版のタイムカードに打刻し,超過勤務,休暇,欠勤等を届け出るに当たっては,被控訴人一橋出版の所定用紙を使用し,G編集部長あるいはEの認印を受けて,それを被控訴人マイスタッフにファックス送信してから,各届を被控訴人一橋出版に提出していた。また,控訴人は,毎月15日,就業時間を記入した勤務記録票を被控訴人マイスタッフにファックス送信し,その後,勤務記録票にG編集部長の認印を受けて,G編集部長に提出していた。
控訴人は,平成13年7月ころ,G編集部長から神戸出張を指示された際,C部長からG編集部長の指示を仰ぐように言われたため,以後,C部長の指示を仰ぐことはなく,C部長からも,被控訴人一橋出版での勤務当初,仕事はどうかと問い合わせがあったものの,その後,被控訴人一橋出版での業務に関する指示,問い合わせはなかったが,深夜残業が頻繁になったころ平成13年秋以降,被控訴人マイスタッフから残業が多いことに関して確認の電話があった。
(甲19,乙A3,9,原審における証人C及び同Eの各証言,原審における控訴人の供述,弁論の全趣旨)
コ 被控訴人マイスタッフは,通常,他の出版社に対する派遣労働者への賃金につき20ないし30パーセント加算した派遣料を設定していたが,被控訴人一橋出版からは,控訴人の派遣料として時間単価2625円(本件派遣労働契約における賃金の時間単価2500円+その5パーセント相当額)にその消費税5パーセントを加えた額の支払いを受けていた(乙B3,原審における証人Cの証言,弁論の全趣旨)。
サ その後,被控訴人マイスタッフは,控訴人との間で,平成13年11月13日ころ,本件編集業務等の遂行のため,上記同様の条件で雇用期間を同月21日から平成14年5月20日までとする派遣労働契約を締結し,平成13年11月13日付け派遣社員就業通知書(甲6の②)を送付し,同期間控訴人を被控訴人一橋出版に派遣して本件編集業務等に従事させた。
次に,被控訴人マイスタッフは,控訴人との間で,平成14年5月13日ころ,本件編集業務等の遂行のため,上記同様の条件で雇用期間を同月21日から同年11月20日までとする派遣労働契約を締結し,同年5月13日付け派遣社員就業通知書(甲6の③)を送付し,同期間控訴人を被控訴人一橋出版に派遣して本件編集業務等に従事させた。
さらに,被控訴人マイスタッフは,控訴人との間で,平成14年11月11日ころ,本件編集業務等の遂行のため,上記同様の条件で雇用期間を同月21日から平成15年5月20日までとする派遣労働契約(本件最後の派遣労働契約)を締結し,平成14年11月11日付け派遣社員就業通知書(甲11)を送付し,同期間控訴人を被控訴人一橋出版に派遣して本件編集業務等に従事させた。
(甲6の①ないし③,11,乙B3)
シ 一橋出版労働組合は,被控訴人一橋出版に対し,派遣及びパート労働者についても正社員並みの賃金増額や一時金支給を要求していたところ,平成14年4月25日の春闘の際,当時の被控訴人一橋出版の労務担当であったEは,上記労働組合に対し,時間給の派遣及びパート労働者について,時給が20円(率は2パーセント)増額される旨回答し,そのとおり実施された(甲17の①②,18,原審における証人E及び同Kの各証言,弁論の全諏旨)。
なお,被控訴人マイスタッフは,控訴人に対し,賃金を支払い,健康保険,厚生年金保険,雇用保険についても控訴人を被控訴人マイスタッフの派遣社員として加入し,所得税,社会保険等の徴収手続を行っていたが,控訴人に対して支払った本件派遣労働契約に係る平成13年6月分から平成15年5月分(本件最後の派遣労働契約の期間満了時)までの賃金はいずれも時給2500円で計算されており,増額されていない(甲6の①ないし③,10の①ないし③,11,19,乙B3,原審における証人Cの証言,原審における控訴人の供述)。
ス 被控訴人一橋出版は,本件編集業務等が一段落したことから,平成15年3月下旬ころ,被控訴人マイスタッフに対し,同年5月20日の契約期間満了をもって本件編集業務等に関する被控訴人マイスタッフとの間の労働者派遣契約を終了する旨を通告した(乙A3,9,乙B3,6,原審における証人C及び同Eの各証言)。
Fは,被控訴人マイスタッフの取締役として,本件最後の派遣労働契約の雇用期間満了前である平成15年4月16日,控訴人に対し,口頭で今後派遣労働契約を締結しない旨通告した(甲19,乙A3,9,乙B3,6,原審における証人C及び同Eの各証言,原審における控訴人の供述)。
これに対し,控訴人は,被控訴人らに対し,同年5月13日付けで,「本年4月16日にF参与より,次の契約更新はしない旨,通告がありました。派遣社員という身分での就労ゆえ,一旦は,契約打ち切りもやむを得ないと考えました。しかし,この2年間,家庭科教科書担当者として,精一杯力を尽くしてきたことを思い返し,正直な気持ちを伝えさせていただくことにいたします。」,及び「一橋出版編集部での雇用を継続していただき,蓄積を次に生かしていきたいという思いを強くしております。どうぞご検討をお願いいたします。契約満了まで時間がありませんので,できましたら今週中にお返事をいただければ幸いです。」と記載した書簡(以下「本件書簡」という。)を送付した(乙B1,3,原審における証人Cの証言,原審における控訴人の供述)。
(3) 被控訴人一橋出版との黙示の労働契約の成否について
ア 本件においては,上記のように被控訴人マイスタッフと控訴人との間において,派遣労働契約が締結されているから,それにもかかわらず,被控訴人一橋出版が控訴人の実質的使用者であり,控訴人との間に黙示の労働契約が締結されたと認め得るためには,上記(1)のようにその就労の具体的実態から,派遣先と派遣労働者との間に事実上の使用従属関係があるといい得ることが必要であるので,以下において,上記(2)の認定事実等に基づき,このような具体的実態について検討する。
イ 派遣元である被控訴人マイスタッフの独立性の有無について
上記前提事実と上記(2)の認定事実によると,被控訴人らの筆頭株主及び役員等の共通性から,被控訴人らが密接な関係にあるということができるが,被控訴人一橋出版の被控訴人マイスタッフに対する出資比率は17.5パーセントにとどまるのみならず,被控訴人マイスタッフは,資本金1000万円の株式会社であり,平成17年3月現在の従業員は12名であり,派遣先として,被控訴人一橋出版以外に常時約100名ないし140名程度の労働者を派遣しており,被控訴人一橋出版に対する売上高の比率も15パーセント程度であって,その収入,経費等の会計も全く別個独立に行っているなど,被控訴人一橋出版とは別個独立の企業として営業活動をしているから,形式的かつ名目的な存在とはいえず,派遣先である被控訴人一橋出版との関係においても,実質的にも派遣元として独立した企業・使用者であるということができ,したがって,出版業務においても被控訴人らが一体であるということはできない。
ウ 控訴人の募集・採用手続について
(ア) 上記前提事実と(2)認定事実に加えて,甲4,5,乙B3,6,原審における証人Cの証言によると,(ア)控訴人の募集手続においては,平成13年4月15日の本件募集広告(甲4)には,被控訴人マイスタッフが応募先とされており,派遣社員の募集であると記載されているが,派遣先が被控訴人一橋出版である旨の記載はないこと,(イ)被控訴人マイスタッフ作成名義の平成13年5月9日付け本件連絡票(甲5)には「一橋出版,家庭科教科書編集(派遣就業)にご応募戴きました」との記載がある(甲5)こと,(ウ)被控訴人マイスタッフは,特定の派遣先から特定業務に対する派遣要請があった場合,これに適する人材を求めて募集し,採用試験を実施することが多く,本件においても,被控訴人一橋出版から家庭科教材編集という特定業務に対する派遣要請があり,派遣希望登録者に適当な人材がなかったため,新たに募集したことが認められる。
したがって,本件募集広告において,業務が家庭科教育書編集とされ,そして,たとえ勤務時間や休日が被控訴人一橋出版のそれと同じであったとしても,上記募集広告を目して,被控訴人マイスタッフが被控訴人一橋出版の代わりに行ったものということはできず,他に被控訴人一橋出版が控訴人の募集手続の主体であると認めるに足りる証拠はない。
(イ) 次に,控訴人の採用手続についてみると,本件のように派遣元の役員が派遣先の役員や役員に準ずる参与等の地位(以下一括して「役員等」という。)を兼任している場合,これらの者が派遣元の役員として応募者の面接を行っても,これによって直ちに派遣先の役員等としても面接を行ったことになるものではない。もっとも,このような場合には,実質的に派遣先が派遣を受ける者を決定したと評価される余地が全くないわけではない。
しかし,甲1の⑧及び⑨,2の⑨及び⑩並びに弁論の全趣旨によれば,控訴人の面接当時,被控訴人らの役員等を兼任していない者はいなかったことが認められるから,被控訴人らの役員等を兼任しているF及びDが派遣元である被控訴人マイスタッフの役員という立場で面接を行ったことをもって,被控訴人一橋出版が実質的に控訴人の採用試験を行ったということはできない。
また,上記(2)エ及びオのとおり,被控訴人マイスタッフは,控訴人の第1,第2次面接試験を派遣先である被控訴人一橋出版の会議室で行い,その際,被控訴人一橋出版社長秘書が会場案内等をしたものである。
しかし,乙B3,6,原審における証人C及び同Eの各証言並びに弁論の全趣旨によれば,Dは被控訴人一橋出版取締役でもあり,Fはその参与でもあって,被控訴人一橋出版においても執務していたので,被控訴人マイスタッフは,その利便性を考慮して,被控訴人一橋出版の会議室を無償で借り受けてこれを使用したことが認められるから,上記各面接試験が被控訴人一橋出版の会議室で行われたこと等から,実質的に被控訴人一橋出版が主体になって控訴人の採用試験を行ったと推認することはできない。
なお,原審における控訴人の供述中には,被控訴人一橋出版の取締役でもあるG編集部長が控訴人の面接に同席し,F及びDと同様に,控訴人に対し,質問をしたという供述部分があり,これに沿う甲19の記載部分があるが,その具体的な質問内容や回数等は不明である。のみならず,乙B3,6,原審における証人C及び同Eの各証言によれば,G編集部長は,被控訴人一橋出版の業務内容の説明のためにオブザーバーとして上記同席をしたと認められることに照らすと,上記控訴人の供述部分及び甲19の記載部分を直ちに採用することはできず,G編集部長が同席したことから,被控訴人一橋出版が実質的に控訴人の採用試験を行ったと認めることはできない。
(ウ) そして,上記(ア)のとおり,本件募集広告は被控訴人マイスタッフが行ったと認められ,また,上記(2)キのとおり,被控訴人マイスタッフ作成の本件派遣労働契約に係る派遣社員就業通知書(甲6の①)には「派遣先 一橋出版株式会社」と,また,就業通知書の補足説明書(甲7)には「この度は当社派遣社員として,一橋出版(株)への就業をご承諾いただき」との記載があるから,これら事実によれば,被控訴人マイスタッフが,控訴人の募集,採用手続を行い,控訴人の採用を決定したと認めることができる。
もっとも,上記(2)オのとおり,被控訴人マイスタッフの第2次面接試験の通知には「今回は会長,社長ともご面談いただきます」と記載されており,「会長」とは被控訴人一橋出版会長Bを,「社長」とは被控訴人一橋出版代表取締役社長Dを意味しており,上記(2)キのとおり,本件派遣労働契約に係る派遣社員就業通知書の「派遣先責任者」欄にF参与の名前が記載されていたものである。しかし,上記(ア)及び(イ)の控訴人の募集・採用手続等と,乙B3,6,原審における証人C及び同Eの各証言並びに弁論の全趣旨によると,これら記載は,BやDが被控訴人両社の取締役を兼務していたことがあったことから生じた,被控訴人マイスタッフにおける事務手続上の誤記というべきものであって,これら記載によって被控訴人一橋出版が実質的に控訴人の採用試験を行ったと推認することは相当ではないというべきである。
そして,他に,被控訴人一橋出版が実質的に控訴人を募集・面接して,その採用を決定した事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
(エ) 以上のとおり,控訴人の募集・採用手続の主体が被控訴人一橋出版であると認めることはできない。そして,被控訴人マイスタッフの控訴人の募集・採用手続においては,被控訴人一橋出版による労働者派遣法26条7項所定の派遣労働者に対する採用前の事前特定行為禁止の違反があったものと断定することはできない。また,本件派遣労働契約が職安法44条に違反するものと認めることもできない。
エ 控訴人の就労状況について
(ア) 上記(2)キ及びケのとおり,控訴人は,被控訴人一橋出版に対し,超過勤務,休暇,欠勤等の届け出を提出していたが,被控訴人マイスタッフに対しても,これらをファックス送信しており,また,控訴人は,被控訴人マイスタッフに対し,毎月15日に勤務記録票をファックス送信しており,そして,被控訴人マイスタッフにこれら超過勤務等の届出や定期締切日に勤務記録票を提出をすることは,本件派遣労働契約の内容となっていたから,被控訴人マイスタッフは,これらにより控訴人の具体的な勤務状況を把握して,労務管理をしていたものと認められる。
もっとも,甲19,原審における証人Cの証言,原審における控訴人の供述及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,従前,残業等就業通知書に書かれていない事項について,逐一C部長等の指示を仰いでおり,本件においても,平成13年7月ころ,G編集部長から命じられた神戸出張について,C部長に確認したところ,G編集部長の指示に従うように言われ,問い合わせても仕方がないというニュアンスのようであったことから,以後,C部長に指示を仰がなかったこと,C部長からも残業や出張等の労務実態について問い合わせがなかったことが認められ,被控訴人マイスタッフが十分に適切な労務管理を行っていたか否かにつき疑問がないではない。
しかし,甲6の②③,11,19及び弁論の全趣旨によれば,深夜残業が頻繁になった平成13年秋以降,被控訴人マイスタッフから残業が多いことについて確認の電話があり,以後,控訴人に対する同年11月13日付け,平成14年5月13日付け及び同年11月11日付け各派遣社員就業通知書には「14.特定事項時間外勤務及び休日勤務について。①原則として事前に業務命令者またはその代理人に文書で届け出て,承認を得ること。」との記載が付加されたことが認められる。
そして,甲12,13,19,乙B3,6,原審における証人Cの証言及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人マイスタッフは,従前控訴人を派遣した場合と比べ,控訴人の就労状況の確認を細かくしなかったが,従前の控訴人の派遣は,短期が多く,一定期間に一定量の仕事を処理することが厳格に義務付けられ,派遣先がわずかな遅刻等も看過しなかったが,本件の場合は,期間が6ケ月であり,若干の遅刻等は直ちに問題とならないことから,管理が多少緩やかになったものであり,もっとも,被控訴人一橋出版から特に残業について厳格に管理するよう要請があったため,遅刻,早退,残業などについて被控訴人一橋出版の用紙を提出させていたことが認められる。
(イ) したがって,被控訴人マイスタッフが派遣元として控訴人の労務管理を行っていなかったということはできず,他方,上記のように被控訴人一橋出版は,控訴人に対する業務指示,労働時間等の管理をしていたことが認められるが,派遣先である被控訴人一橋出版のG編集部長らが控訴人に対する業務指示をすること自体は,労働者派遣法の予定するところであり(同法2条1号),被控訴人一橋出版がこのような限度を超えて控訴人を本件派遣労働契約の内容と異なる別部署へ配置転換したり,あるいは懲戒・解雇等をする権限を有していたと認めるに足りる証拠はないから,控訴人についての労務管理や業務指示の点から,被控訴人一橋出版が控訴人の実質的使用者であることを根拠づける事情はないというべきである。
なお,本件編集業務等の中心である書籍等の制作編集は平成11年11月7日の法律第84号による労働者派遣法の改正以前から労働者派遣事業の適用対象業務として認められており(労働者派遣法施行令4条19号),派遣社員の担当業務が従前正社員が担当していた派遣先の重要な業務であること,あるいは派遣先の正社員と同様の就労状況であることをもって,直ちに被控訴人一橋出版が控訴人の実質的使用者である根拠とすることはできない。
また,上記(2)クの認定事実と甲15の①②,原審における証人C及び同Eの各証言並びに弁論の全趣旨によれば,上記のとおり,被控訴人一橋出版が,控訴人に対し,名刺及び身分証明書を交付しているが,これは,控訴人が教科書検定手続のため文部科学省を訪れるなど,対外的業務を遂行する上での便宜のために発行したにすぎないことが認められるから,上記名刺及び身分証明書を交付したことが,被控訴人一橋出版において控訴人をその正社員として取り扱う趣旨であったと認定することはできない。
オ 控訴人の賃金の決定及び支払い等について
(ア) 控訴人の賃金については,上記(2)シのとおり,被控訴人マイスタッフが,控訴人に対し,賃金を支払い,所得税,社会保険等の徴収手続を行っていたことが認められる。
ところで,上記(2)シのとおり,平成14年春闘の際,当時の被控訴人一橋出版の労務担当Eが,労働組合との間の団体交渉において,時間給の派遣及びパート労働者に対する時給が増額される旨回答したことが認められる。
しかし,甲17の①②,乙A9及び原審における証人Eの証言によれば,Eは,被控訴人一橋出版への派遣社員の賃金を知らないのはおかしいという労働組合の指摘があったため,被控訴人マイスタッフに確認の上回答したにすぎないこと,そして,組合の2002年(平成14年)5月7日付け労働組合ニュースに,上記団体交渉において,被控訴人「一橋出版は派遣について基本的に「マイスタッフと派遣の方々の関係であるため分からない」という対応」であったとしていること(甲17の①)が認められるから,上記春闘におけるEの回答から,被控訴人一橋出版が控訴人の賃金を決定していたと認めることはできない。
そして,被控訴人一橋出版が控訴人に対し実質的に賃金を支払っていたと認めるに足りる証拠はない。
(イ) 次に,原審における証人Cの証言によると,被控訴人マイスタッフは,他の派遣社員との均衡や業務内容を考慮して,その経営の裁量に基づいて,控訴人の時給を2500円と決定したのであり,被控訴人一橋出版から控訴人の賃金額について指示はなく,また,被控訴人マイスタッフが,通常他の出版者への派遣の場合には利益分として20ないし30パーセントの上乗せをしていたが,被控訴人一橋出版についてはこれを5パーセントとしたのは,被控訴人一橋出版から財務的に苦しいという事情により派遣料を抑えてほしい旨の要請があったので,長期的視野に立ってこれを了承したためであることが認められる。そして,上記(2)アのような被控訴人マイスタッフと被控訴人一橋出版との関係に照らすと,被控訴人一橋出版の利益分の上乗せを,被控訴人一橋出版については5パーセントとしたことが直ちに合理性を欠くものということはできない。
(ウ) そこで,上記(ア)及び(イ)の事実並びに上記ウの控訴人の募集・採用手続に照らすと,被控訴人マイスタッフが被控訴人一橋出版の採用手続の代行機関・賃金支払代行機関であると認めることはできない。
カ 本件最後の派遣労働契約終了の通告等について
上記(2)スのとおり,被控訴人一橋出版は,被控訴人マイスタッフに対し,平成15年3月下旬ころ,同年5月20日の契約期間満了をもって本件編集業務等に関する被控訴人マイスタッフとの間の労働者派遣契約を終了する旨を通告したところ,Fは,被控訴人マイスタッフの取締役として,本件最後の派遣労働契約の雇用期間満了前である平成15年4月16日,控訴人に対し,口頭で今後派遣労働契約を締結しない旨通告し,そこで,同通告を受けた控訴人は,被控訴人ら宛てに本件書簡を送付しているが,被控訴人らに対し,本件解雇あるいは雇い止めである旨の主張をして抗議をした形跡はない。
そうすると,本件書簡の文面自体に照らしても,控訴人が,本件最後の派遣労働契約の雇用期間が同年5月20日に満了するものであり,しかも,自己が被控訴人マイスタッフの派遣社員にすぎないことを認識し,被控訴人一橋出版に直接雇用されていたものではないことを理解していたということができる。
キ 以上のとおり,被控訴人マイスタッフは,形式的かつ名目的な存在ではなく,派遣先とされる被控訴人一橋出版との関係においても,派遣元としての独立した企業又は使用者としての実質を有しており,具体的な被控訴人一橋出版への労働者派遣という場面においても一体ではなく,その企業又は使用者としての独立性があり,本件全証拠によっても,被控訴人一橋出版が実質的に控訴人の募集・採用を行い,賃金,労働時間等の労働条件を決定して控訴人に賃金を支払っていたと認定することはできず,そして,控訴人も自己が被控訴人マイスタッフの派遣社員であることを理解していたのであるから,就労の具体的実態から,被控訴人一橋出版と控訴人との間に事実上の使用従属関係があり,労働契約締結の黙示の意思の合致があったものと認めることはできない。
したがって,控訴人と被控訴人一橋出版との間に黙示の労働契約が成立したと認めることはできない。
2 争点(2)(法人格否認の法理による被控訴人一橋出版と控訴人との間の労働契約の成否)について
(1) 一般に,法人格濫用の法人格否認の法理は,法人格を否認することによって,法人の背後にあってこれを道具として支配している者について,法律効果を帰属させ,又は責任追求を可能にするものであるから,その適用に当たっては,法人を道具として意のままに支配しているという「支配」の要件とともに,法的安定性の要請から,「違法又は不当な目的」という「目的の要件」も必要であると解される。
(2) そして,控訴人は,被控訴人一橋出版と被控訴人マイスタッフの実態は,Bが筆頭株主として被控訴人一橋出版と被控訴人マイスタッフの経営を支配し,人材派遣業者である被控訴人マイスタッフをして,他の出版社に人材を派遣して利益を上げさせると同時に,教科書出版社である親会社の被控訴人一橋出版に対しては,もっぱら「派遣労働者」という形態で安定的で低廉な労働者を供給させることを企図し,被控訴人マイスタッフの法人格を濫用していると主張する。
しかし,上記前提事実と1(2)認定の事実のとおり,ア被控訴人一橋出版は,平成15年5月当時,被控訴人マイスタッフの発行済株式の17.5パーセントを保有しているにすぎず,被控訴人マイスタッフは,被控訴人一橋出版と別個独立に存在して営業活動を行い,派遣先も被控訴人一橋出版以外に常時約100名ないし140名程度の労働者を派遣し,会計上の処理も別個独立であったこと,イ平成15年5月当時における被控訴人マイスタッフの被控訴人一橋出版に対する編集者の派遣者数は約7名,事務系の派遣社員は約18名であり,出版業界派遣総数の5パーセント弱であって,被控訴人一橋出版に対する売上高の比率(業務受託分を含む。)は,同当時で約15パーセントにすぎなかったこと,ウBは,被控訴人一橋出版の代表取締役を平成12年7月25日に退任していること,エ被控訴人マイスタッフは,通常,他の出版者への派遣の場合には,派遣労働者への賃金に20から30パーセント加算した派遣料を設定していたものの,被控訴人一橋出版からは,控訴人の派遣料として時間単価2625円(本件派遣労働契約における賃金の時間単価2500円とその5パーセント相当額)にその消費税5パーセントを加えた額の支払いを受けていたが,これは,被控訴人マイスタッフの経営判断であり,これが直ちに不当に低廉な派遣料であるということはできないこと,オ被控訴人マイスタッフは,控訴人に対し,賃金を支払い,健康保険,厚生年金保険,雇用保険についても控訴人を被控訴人マイスタッフの派遣社員として加入し,所得税,社会保険等の徴収手続を行っていたことが認められるのであって,このような事実に基づけば,被控訴人一橋出版が被控訴人マイスタッフを支配していると認めることはできないから,その法人格を濫用しているということはできない。また,被控訴人一橋出版が被控訴人マイスタッフから派遣社員の派遣を受け,これがその経営上有益であったとしても,これは労働者派遣法による派遣を受けた効果であって,同法を潜脱するものということはできないから,上記事実も考慮すると,被控訴人一橋出版が,もっぱら「派遣労働者」という形態で安定的で低廉な労働者を供給させることを企図し,被控訴人マイスタッフを道具として意のままに支配しているということはできない。
なお,控訴人は,被控訴人一橋出版と被控訴人マイスタッフとの間で労働者派遣個別契約が締結されていないと主張する,しかし,上記前提事実によると,被控訴人マイスタッフは,平成13年5月16日ころ,被控訴人一橋出版との間で,派遣社員数を1名,派遣期間を同月21日から同年11月20日までの6か月間,就業場所を被控訴人一橋出版,派遣料を時間単価2625円,業務内容を本件編集業務等とする旨の労働者派遣契約を締結し,さらに,被控訴人らは,本件編集業務等の遂行のため,順次平成13年11月13日ころ,平成14年5月13日ころ及び同年11月11日ころ,派遣期間を6か月間として,上記同様の条件で労働者派遣契約を締結したことが明らかである。
(3) 次に,控訴人は,控訴人マイスタッフの被控訴人一橋出版に対する派遣に関する限り,被控訴人マイスタッフからの派遣は形式にすぎず,実質的には被控訴人一橋出版が直接雇用しているものと何ら変わりはないから,被控訴人マイスタッフの実態は,被控訴人一橋出版の採用手続の代行機関・賃金支払代行機関であり,被控訴人一橋出版が労働者派遣法を濫用している旨主張する。
しかしながら,上記1(3)のとおり,被控訴人マイスタッフの控訴人の募集・採用手続においては,被控訴人一橋出版による労働者派遣法26条7項所定の派遣労働者に対する採用前の事前特定行為禁止の違反はなく,また,本件派遣労働契約が職安法44条に違反するものではない。のみならず,上記のとおり,被控訴人一橋出版が実質的に控訴人の募集・採用を行い,賃金,労働時間等の労働条件を決定して控訴人に賃金を支払っているものではなく,被控訴人マイスタッフの実態が,被控訴人一橋出版の採用手続の代行機関・賃金支払代行機関であるとは認められないから,控訴人の上記主張は理由がない。
(4) さらに,控訴人は,被控訴人一橋出版が控訴人を採用し,正社員と同様の業務管理と労務管理を行っていたものであり,被控訴人一橋出版が労働者派遣という雇用制度を悪用し,派遣会社である被控訴人マイスタッフを上記のような直接雇用の責任回避という不当な目的を実現するために利用していると主張する。
しかし,上記1(3)のとおり,被控訴人マイスタッフにおいては,被控訴人一橋出版への労働者派遣という場面においても独立性があり,他方,被控訴人一橋出版は,被控訴人マイスタッフとの間の労働者派遣契約に基づき,労働者の派遣を受けていたものであって,本件全証拠によっても,被控訴人一橋出版が労働者派遣という雇用制度を悪用し,派遣会社である被控訴人マイスタッフを上記のような直接雇用の責任回避という不当な目的を実現するために利用していることを具体的に裏付ける事情を認定することはできないから,控訴人の上記主張はその前提を欠いており失当である。
(5) 以上のとおり,被控訴人一橋出版が,被控訴人マイスタッフの法人格と労働者派遣法を濫用しているとは認められないから,控訴人の主張する法人格否認の法理により被控訴人一橋出版と控訴人との間の労働契約の成立を認めることはできない。
3 争点(3)(被控訴人一橋出版が争点(1)及び(2)における労働契約上の使用者である場合,被控訴人らと控訴人との間の労働契約終了の有無)について
上記1及び2のとおり,被控訴人一橋出版は,被控訴人マイスタッフとの間の労働者派遣契約に基づき,労働者の派遣を受けていたものであって,控訴人との間に労働契約が成立したとは認められないから,控訴人の被控訴人一橋出版との関係における本件解雇あるいは雇い止めの無効の主張は,その前提を欠いており,したがって,被控訴人一橋出版と控訴人との間の労働契約を前提として,控訴人の被控訴人らとの間の労働契約が終了していないとする控訴人の主張は,失当であって,採用することができない。
4 争点(4)(被控訴人一橋出版が上記(1)又は(2)における労働契約関係上の使用者でない場合,被控訴人マイスタッフと控訴人との間の労働契約終了の有無)について
(1) 一般に,有期の労働契約が単に反復継続して更新されたとしても,特段の事情のない限り,当該契約が期間の定めのない契約に転化するとは認められないが,有期の労働契約が当然更新を重ねるなどしてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在している場合,あるいは期間満了後も使用者が雇用を継続すべきものと期待することに合理性が認められる場合,当該労働契約の更新拒絶(いわゆる雇い止め)をするに当たっては,解雇の法理を類推すべきであり,当該労働契約が終了となってもやむを得ない合理的理由がない限り,更新拒絶は許されないというべきである。
そこで,本件最後の労働契約の終了につきやむを得ない合理的理由があるか否かについて,以下,検討する。
(2) 上記前提事実と後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア Fは,控訴人に対し,平成13年5月14日の第2次面接試験の際,今後1年間に控訴人と一緒に担当する正社員を1名採用し,仕事を引き継ぐ予定がある旨告げていたが,被控訴人一橋出版は,平成13年5月16日ころの被控訴人マイスタッフとの間の労働者派遣契約に基づき,被控訴人マイスタッフから控訴人の派遣を受けた後,新聞広告によって1回募集したものの,その後,上記募集も正社員の採用もしなかった(甲18,19,原審における証人Kの証言,原審における控訴人の供述)。
イ 控訴人が被控訴人マイスタッフから,本件派遣労働契約の締結当初である平成13年5月16日ころ,派遣社員就業通知書とともに渡された平成13年5月16日付け就業通知書の補足説明書(甲7)には,「雇用期限 取敢えず6ヶ月間としますが,特別の事情がない限り,当初の6ヶ月で終了ということはありません。」と記載されていた。
そして,本件派遣労働契約は,平成13年5月16日付け,同年11月13日付け,平成14年5月13日付け及び同年11月11日付け各派遣社員就業通知書(雇用期間はいずれも各日付の月の21日から6ケ月間)をもって更新され,C部長が,上記各作成日付ころ,被控訴人一橋出版編集部まで赴き,控訴人に対し,上記各派遣社員就業通知書を交付したが,その交付は,雇用期間の始期を過ぎたこともあった。
(甲6の①ないし③,甲11,乙B3,6,原審における証人Cの証言,原審における控訴人の供述)
ウ 被控訴人一橋出版は,被控訴人マイスタッフとの間の労働者派遣契約の契約期間及び本件最後の派遣労働契約の雇用期間満了前である平成15年3月下旬ころ,被控訴人マイスタッフに対し,本件編集業務等はほぼ収束状態にあり,若干残るとしても,正社員で片付けられると申し入れ,同労働者派遣契約の終了を通告した。そして,被控訴人らは,同年5月20日の期間満了をもって,被控訴人一橋出版と被控訴人マイスタッフとの間の労働者派遣契約を終了することとしたので,被控訴人マイスタッフにおいては,派遣社員である控訴人の雇用を継続できないことから,本件最後の派遣労働契約の雇用期間満了前である同年4月16日,Fが,控訴人に対し,今後派遣労働契約を締結しない旨を通告した。(乙B3,6,原審における証人C及び同Eの各証言)
(3) 控訴人は,本件派遣労働契約の期間は形式的なものであって,期間の定めのない派遣労働契約と実質的には異ならない旨主張する。
確かに,平成11年11月7日の法律第84号による改正の労働者派遣法は書籍等の制作編集業務について派遣期間を1年に限定していなかった上,上記(2)ア及びイの認定事実によると,本件派遣労働契約締結の当初から本件編集業務は6ケ月では終わらない見通しであったことが認められる。
しかし,上記前提事実と甲6の①ないし③,11によると,本件派遣労働契約に係る派遣社員就業通知書には,契約の更新に関する記載はないことが認められる。また,上記(1)イ及びサの認定事実と乙B3,6,原審における証人Cの証言,原審における控訴人の供述によると,被控訴人マイスタッフは,控訴人に対し,本件派遣労働契約に係る派遣社員就業通知書記載の雇用期間が終了する都度,新たに雇用期間を6ケ月とする派遣社員就業通知書を作成し,これを交付していたが,これに対し,控訴人は,契約の相手方,雇用期間等に異議を述べたり,疑問を呈したことはなかったこと,そして,被控訴人マイスタッフにおいては,業務が継続する場合,雇用期間の満了した派遣社員を同じ派遣先に派遣することが通例であり,契約期間満了の都度,被控訴人一橋出版から派遣依頼があり,控訴人を替えてほしい旨の要請もなかったので,引き続き本件派遣労働契約が締結されたことが認められ,これに反する証拠はない。
さらに,甲9,19,乙A3,原審における証人K及び同Eの各証言並びに弁論の全趣旨によれば,ア教科書検定スケジュールは,4年を1サイクルとする編集,検定,採択・供給の過程に分けることができること,イ本件編集業務等は,平成11年度から編集が始まり,平成12年度半ばから平成13年度末までの検定,平成14年度の採択・供給をもってサイクルが終了し,平成15年度から同様のスケジュールによる新たなサイクルが始まる予定であって,控訴人は,前任者であるLが上記サイクルの3年目に入った平成13年5月15日に退職したため,同月21日から被控訴人一橋出版に派遣され,上記サイクルの終了時点で本件派遣労働契約が期間満了により終了し,本件編集業務等によって完成した教科書は平成15年4月から学校現場において使用されたこと,ウそこで,新たなサイクルによる次の教科書検定に向けた新しい教科書の企画・編集作業が始まった場合,それと平行して既刊の教科書(前のサイクルの教科書)の訂正申請,読者照会への回答等従前からの業務があることが認められる。
そうすると,当初の予定に反して控訴人が引き継ぐべき正社員の採用がなされなかったとしても,控訴人について,平成15年度以降の新たなサイクルによる就業が当然予定されていたと認めることはできず,また,既刊の教科書の訂正申請,読者照会への回答等従前からの業務を,本件最後の派遣労働契約の期間満了後も控訴人を雇用して引き続き担当させることまで予定されていたと認めることはできないというべきである。
したがって,4回の6ケ月間という期間の定めのある本件派遣労働契約が締結され,控訴人が被控訴人一橋出版で継続して通算2年間就労したこと,及び本件派遣労働契約に係る各派遣社員就業通知書の交付が各雇用期間の始期を過ぎてなされたことがあったとしても,これにより直ちに本件派遣労働契約があたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたものと断定することは相当でないというべきである。
なお,原審における控訴人の供述中には,本件派遣労働契約を更新する際,事前にC部長からその旨の打診はなかったとの供述部分があるが,原審における証人Cの証言中には,C部長は,控訴人の雇用期間終了の1か月前か半月前に6ケ月間契約することについて口頭で控訴人に了承を得ていたと思うとの証言部分があるので,控訴人の上記供述を直ちに採用することはできない。
(4) 次に,控訴人は,当初の予定に反して控訴人が引き継ぐべき正社員の採用がなされている旨主張する。
しかし,乙A13,乙B4ないし6によると,被控訴人マイスタッフは,平成17年4月7日から同年8月5日まで,被控訴人一橋出版の編集部に対してIを派遣したが,同人の担当業務は被控訴人一橋出版のホームページの内容更新であり,家庭科教材とは無関係であり,さらに,Iの交代要員として,同年8月22日,被控訴人一橋出版に対してJを派遣したが,同人の業務は同様にホームページの内容更新であることが認められるから,控訴人の主張は失当である。
(5) ところで,4回の本件派遣労働契約が継続して通算2年間にわたり締結されたこと,及び当初の予定に反して控訴人が引き継ぐべき正社員の採用がなされなかったことなどにかんがみると,控訴人は,今後派遣労働契約を締結しない旨通告された平成15年4月16日当時,新たな雇用の継続をある程度期待しており,更に被控訴人らに対して本件書簡(乙B1)を送付したものといえなくもない。
しかしながら,労働者派遣法は,派遣労働者の雇用安定のみならず,派遣先の常用労働者の雇用安定も立法目的とし,派遣期間の制限規定を設ける(労働者派遣法40条の2)などして上記目的の調和を図っており,同一の労働者を同一の派遣先へ長期間継続して派遣することは常用代替防止の観点から本来同法の予定するところではないから,労働者派遣契約の存在を前提とする派遣労働契約について,派遣ではない通常の労働契約の場合と同様に雇用継続の期待に対する合理性を認めることは,一般的に困難であるというべきである。
そして,上記前提事実と上記(2)ウの認定事実によると,ア本件派遣労働契約は,被控訴人らの間の労働者派遣契約を前提として存在すること,イ被控訴人マイスタッフは,同労働者派遣契約の契約期間及び本件最後の派遣労働契約の雇用期間満了前である平成15年3月下旬ころ,被控訴人一橋出版から本件編集業務等への派遣打ち切りの申し入れを受け,同労働者派遣契約を同年5月20日の契約期間満了をもって終了することになったため,以後,派遣社員である控訴人の雇用を継続できないことから,本件最後の派遣労働契約の雇用期間満了前である同年4月16日,Fを通じて,控訴人に対し,今後派遣労働契約を締結しない旨通告したことが認められるから,本件最後の派遣労働契約については,控訴人が雇用期間満了後も雇用が継続されると期待することに合理性が認められる場合には当たらないというべきである。
なお,控訴人が,本件派遣労働契約の採用から1年経過後,G編集部長に対し,せめて副教材が終わるまでは続けたい旨申し出たところ,G編集部長において,「そんなこと言わずにずっといてください。」と発言したとしても,これをもって被控訴人マイスタッフと控訴人との間の本件派遣労働契約の継続を期待することにつき合理性があると認めることはできない。
(6) 以上のとおり,本件派遣労働契約が期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在している場合,あるいは本件最後の派遣労働契約の期間満了後も使用者が雇用を継続すべきものと期待することに合理性が認められる場合には当たらないというべきであるから,被控訴人マイスタッフによる当該労働契約の不当な更新拒絶(いわゆる雇い止め)はなく,解雇の法理を類推すべき前提も欠いているので,平成15年5月20日,同雇用期間満了により本件最後の派遣労働契約も他の本件派遣労働契約と同様に有効に終了したというべきである。
したがって,控訴人の本件請求のうち,被控訴人らに対する労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求は理由がない。
5 争点(5)(被控訴人らの控訴人に対する未払賃金の有無)について
上記1ないし4のとおり,被控訴人一橋出版が争点(1)及び(2)における労働契約上の使用者であると認めることはできず,また,控訴人と被控訴人マイスタッフとの間の派遣労働契約もすべて終了しているので,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の主張する未払賃金を認めることはできないというべきである。
したがって,控訴人の本件請求のうち,被控訴人らに対する未払賃金の支払請求は理由がない。
第4 結論
よって,控訴人の本件請求をいずれも棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,控訴費用の負担につき民訴法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・大喜多啓光,裁判官・園部秀穗,裁判官・河野清孝)