東京高等裁判所 平成17年(ネ)5818号 判決 2006年3月29日
控訴人・被控訴人(1審原告)
ゾア・プランニング株式会社
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁護士
新堀富士夫
同
海野秀樹
同
新名広宣
同
田中克郎
同
千葉尚路
同
菊田行紘
同
手島厚
同
太田知成
被控訴人・控訴人(1審被告)
株式会社ファイブ・フォックス
代表者代表取締役
B
訴訟代理人弁護士
大川宏
同
福山洋子
同
藤田城治
主文
1 1審原告の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 1審被告は,1審原告に対し,別紙目録記載の会計帳簿及び会計資料を,東京都渋谷区千駄ヶ谷<番地略>所在の1審被告の事務所において,営業時間内に限り,閲覧及び謄写させよ。
(2) 1審原告のその余の請求を棄却する。
2 1審被告の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを2分し,その1を1審原告の,その余を1審被告の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 1審原告
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 1審被告は,1審原告に対し,原判決別紙目録(2)記載の会計帳簿及び資料を,東京都渋谷区千駄ヶ谷<番地略>所在の1審被告の事務所において,営業時間内に限り,閲覧及び謄写させよ。
2 1審被告
(1) 原判決中1審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 1審原告の請求を棄却する。
第2 事案の概要
1 本件は,1審被告の株式の100分の3以上である12.9パーセントの2万株を保有する1審原告が,1審被告に対し,1審被告の取締役らが1審被告とその関連会社3社(下記2の(1)ないし(3))との取引において1審被告に多額の損害を被らせている疑いがあると主張して,商法293条ノ6第1項に基づき,平成7年10月期から平成16年10月期までの会計帳簿及び資料の閲覧謄写を求めた事案である。
原審は,本件請求の対象文書のうち,1審原告が問題にする関連会社3社との取引に関する原判決別紙目録(1)記載の部分に限定して本件請求を認容したところ,双方が控訴した。
2 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり前提事実を付加するほか,原判決「事実及び理由」第2の2ないし4に摘示されたとおりであるから,これを引用する。
(前提事実として付加する事実)
(1) 株式会社ユー・ティー(以下「ユー・ティー」という。)は,1審被告とリース取引を行っている会社であり,平成16年9月末時点の1審被告との取引残高は36億3400万円であり,1審被告のリース取引残高の5分の1を占めている。ユー・ティーは,1審被告代表者B(以下「B」という。)及び取締役副社長のC(以下「C」という。)が平成9年9月5日に設立した会社であり,Bが代表取締役,Cが取締役に就任し,株式は,Bが90パーセント,Cが10パーセントを保有している。所在地は1審被告と同一であるが,同所にはユー・ティーの表示はなく,ユー・ティーの取引先は1審被告のみであり,2人いる従業員も1審被告の従業員が兼ねている。ユー・ティーは,1審被告に対し,月額50万円の業務委託料を支払っており,平成15年10月期の決算書には給与,賞与等,人件費の類の経費が全く計上されておらず,電話代等の通信費,消耗品費,運賃等,通常の会社運営に必要な経費も全く計上されていない。1審被告は,ユー・ティーの株式会社UFJ銀行に対する35億円の債務等の連帯保証人となったことがあるが,現在は解除されている。平成14年9月,ユー・ティーからの役員報酬として,Bは2400万円,Cは1200万円を受け取っている。
(甲4の7ないし9,58,61,62,120ないし125,弁論の全趣旨)。
(2) 株式会社コムサ(以下「コムサ」という。)は,平成8年8月26日に設立され,「カフェ・コムサ」という屋号で1審被告の店舗の一角を使用するなどして喫茶店を経営している会社である。B及びCは取締役であり,株主でもある。1審被告の他の取締役がコムサの代表取締役,取締役,監査役となっている。
(甲4の13,14,弁論の全趣旨)。
(3) 株式会社イーストボーイ(以下「イーストボーイ」という。)は,婦人,紳士,子供服の企画,製造,卸売及び小売業を営むアパレル会社であるところ,1審被告は,昭和60年5月ころからイーストボーイの支援を開始し,平成12年3月ころには株式の60パーセントを取得して子会社にした。1審被告は,イーストボーイの借入金債務の連帯保証人として42億円を支払い,同額の求償債権を取得し,その保全,回収について第二東京弁護士会の仲裁手続を利用した。
(甲4の10ないし12,67,弁論の全趣旨)
第3 当裁判所の判断
1 閲覧謄写請求の理由の具体的記載の有無(争点(1))について
当裁判所も,1審原告が1審被告に対してした会計帳簿及び資料の閲覧謄写請求の請求書の理由の記載は,具体的なものと認められるが,対象文書については別紙目録記載の限度に留めるのが相当であると判断する。その理由は,次のとおり原判決を訂正し,判断を補足するほか,原判決「事実及び理由」第3の1ないし3に説示されたとおりであるから,これを引用する。
(原判決の訂正)
(1) 原判決8頁11行目<編注 本号272頁左段11行目>の冒頭<「判決・」の後>に「民集58巻5号1214頁・」を加える。
(2) 原判決10頁10行目<同272頁右段33行目>の「証拠(甲4の7,甲4の13)によれば」を「上記前提事実として付加する事実(1),(2)のとおり」と改める。
(3) 原判決11頁13行目<同272頁左段23行目>から14行目<同頁同段24行目>の「これをもって,原告代理人がかかる発言をしたとまでは認定し得ない。」とあるのを削る。
(判断の補足)
(1) 1審原告は,1審被告が設立された昭和51年12月8日から平成17年1月20日まで一度も株主総会を開催していなかったこと,平成4年10月期以降,大会社として会計監査人の監査を受け,監査役会の監査を受ける必要があったにもかかわらず,平成17年に至るまでいずれも行っていなかったこと,取締役会による取締役の利益相反行為等の監督もされていない可能性が高いことを理由に,その監督是正は株主による共益権の行使しかないとし,閲覧謄写請求権の対象となる帳簿等の範囲も株主による監督是正権が十全に発揮できるよう判断されるべきであると主張する。
しかしながら,商法293条の6の規定に基づく会計帳簿等の閲覧謄写を請求する書面に附すべき理由は具体的に記載されなければならないこと,この理由記載の趣旨は,株主の権利の保護と会計情報の漏洩,不当利用による不利益とを調整という観点から,閲覧謄写を認めるべき会計帳簿等の範囲を明確にすることにあることは,原判決説示のとおりである。1審被告について上記のような事情があることは,1審原告が本件申請において明らかにした関連会社3社との間の不明朗な会計処理の疑いの一般的可能性を高めるものとはいえるが,上記のような事情があることから理由の記載の具体性が直ちに緩和されたり,閲覧謄写の対象となる情報の範囲に関する限定を除去すべき理由になるものではない。
(2) 1審原告は,株主は会社内部の記帳の状況を知り得ない立場にあるから,閲覧謄写請求の理由によって閲覧謄写できる帳簿等の範囲が限定されるとすると,会社が閲覧の範囲を制限する口実になるとして,株主は一切の会計帳簿等の閲覧を求めることができ,会社は株主が殊更に不必要な帳簿等の閲覧を求めたときにこれを立証して拒みうるにすぎないと主張する。
しかしながら,上記のとおり,商法293条の6第2項は,会計帳簿等の閲覧謄写を請求する書面に具体的な理由の記載を求めることによって株主の権利と会社の経営の保護との調整を図ったものと解され,1審原告の主張は採用することができない。
もっとも,閲覧謄写の範囲は,判決の主文において客観的に明確でなければならず,これが曖昧であるときは,その履行強制にも問題を残すことは,1審原告の指摘するところである。その意味で,原判決が閲覧謄写の範囲を画するために加えた「株式会社ユー・ティーとのリース取引に関する部分」,「被告が株式会社ユー・ティーの借入金債務を連帯保証したことに関する部分」,「被告が株式会社コムサに対し,被告の洋服販売店に併設する形で喫茶店を経営することを業務委託したことに関する部分」,「被告の株式会社イーストボーイに対する求償債権の処理に関する部分」との限定は一義性を欠くものというべきである。ところで,会計の帳簿とは営業上の財産とその価額及び損益の状況を示すものであり(商法32条,33条),換言すれば,金銭と財を含む財貨の状況と移動を示すものであり,1審被告の所有財の静的状況は財貨移動の結果であるから,原審は,会計帳簿のうち1審被告と関連3社との間の財貨の移動に関するものにつき,さらに上記限定を加えたものということになるが,上記限定は広狭の解釈が可能であり,ある取引に関する会計処理が別の名目で処理されている場合もあり得るとすれば,上記限定は,閲覧謄写の範囲を曖昧にするだけでなく,閲覧謄写させる義務の履行における実効性も乏しいものという外ない。
したがって,閲覧謄写を許すべき会計帳簿の範囲は,1審被告と関連3社との間の財貨の移動に係る部分に限定すれば足り,それ以上の限定は不適当というべきである。なお,この場合でも,1審原告の論旨に照らせば,閲覧謄写を許すべき会計帳簿の範囲が狭きに過ぎると失するとの主張が予想される。しかし,商法293条の6は,株主の権利として証拠の探索あるいは渉猟を認めるものではなく,請求の理由による閲覧謄写の範囲の限定が株主の権利と会社経営の保護との調整機能を有することからすれば,株主としては,閲覧謄写を認められた会計帳簿等を検討するなどした結果,さらに他の部分も閲覧謄写する必要が具体的に明らかになれば,これを理由にさらに会計帳簿等の閲覧謄写を請求することができるのであるから,終局的には株主側の権利が損なわれることはないというべきである。
(3) その他,1審原告は,会社の会計帳簿等は複式簿記の理論に則って作成されていることなどを理由に,閲覧対象を帳簿の一部に限定した場合,その一部だけから経理処理が適切にされているかどうか確認することは不可能である等と主張する。
しかし,1審原告の閲覧謄写請求の理由からすれば,閲覧謄写請求を認める会計帳簿及び資料の範囲は上記の範囲に限定するのが相当であり,会計帳簿の一体性等による不都合については,上記(2)に述べたとおり重ねて閲覧謄写を請求することにより解消され得るものというべきである。
(4) 1審被告は,当審においても,原審と同様の理由により1審原告には商法293条の7の事由があると認められるべきであると主張するが,これを認めるに足りる証拠はないことは原判決説示のとおりである。1審被告の当審におけるその余の主張も,上記判断を左右するものではない。
2 よって,1審原告の控訴に基づき,原判決を上記のとおり変更し,1審被告の控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・富越和厚,裁判官・桐ヶ谷敬三,裁判官・佐藤道明)
別紙目録
下記会計帳簿及び会計資料のうち,1審被告と株式会社ユー・ティー,株式会社コムサ及び株式会社イーストボーイとの間の財貨の移動に係る部分
1 1審被告の第19期(平成7年10月期)から第28期(平成16年10月期)までの下記帳簿(下記帳簿が電磁的記録をもって作成されている場合には,電磁的記録を含む。)
ただし,株式会社ユー・ティーについては,1審被告の第19期及び第20期に属する会計帳簿を除き,株式会社コムサについては,1審被告の第19期に属する会計帳簿を除く。
(1) 総勘定元帳
(2) 仕訳帳
(3) 会計用伝票
(4) 現金仕訳一覧表
(5) 預金残高一覧表
(6) 売上実績表
(7) 在庫高実績表
(8) 売掛金元帳
(9) 買掛金元帳
(10) 固定資産台帳
2 上記1の会計帳簿を作成する材料となった契約書,信書,請求書,覚書,領収書,発注書,納品書,請書等の資料(上記資料が電磁的記録をもって作成されている場合には,電磁的記録を含む。)