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東京高等裁判所 平成17年(行コ)154号 判決 2007年4月19日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  本件訴えのうち,控訴人らが,被控訴人静岡県知事に対し,Aに対して静岡県に2906万3900円並びにうち35万3900円に対する平成13年9月28日から,及びうち2871万円に対する同年11月8日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求することを求める請求に係る部分を却下する。

(2)  被控訴人Bは,静岡県に対し,2906万3900円並びにうち35万3900円に対する平成13年9月28日から,及びうち2871万円に対する同年11月8日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  控訴人らの被控訴人Cに対する請求及び被控訴人静岡県知事に対するその余の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,第1審及び第2審を通じ,控訴人らと被控訴人Bとの間においては,控訴人らに生じた費用の5分の1を被控訴人Bの負担とし,その余は各自の負担とし,控訴人らとその余の被控訴人らとの間においては,全部控訴人らの負担とする。

3  本件訴訟のうち控訴人Dに関する部分は,平成18年12月15日同控訴人の死亡により終了した。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人C及び同Bは,静岡県に対し,各自2906万3900円並びにうち35万3900円に対する平成13年9月28日から,及びうち2871万円に対する同年11月8日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人静岡県知事は,E,F及びAに対し,静岡県に対し各自2906万3900円並びにうち35万3900円に対する平成13年9月28日から,及びうち2871万円に対する同年11月8日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

第2事案の概要

1  本件は,静岡県の住民である控訴人らが,静岡県は,退職した教職員に退職手当を支給する際,退職手当について源泉徴収した所得税(後記引用に係る原判決中では「本件源泉所得税」と言い換えている。)の国に対する納付が静岡県教育委員会(後記引用に係る原判決中では「県教委」と言い換えている。)財務課所属の職員の事務処理上の過誤により遅滞したために,国に延滞税35万3900円(以下「本件延滞税」という。)及び不納付加算税2871万円(以下「本件不納付加算税」という。)を納付しなければならなくなり,これらを国に納付したことにより同額の損害を被り,第一次的には民法第709条,第二次的には地方自治法第243条の2第1項に基づき,静岡県知事である被控訴人C,当時静岡県教育委員会財務課長であった被控訴人B,同課所属の職員であったE,同F及び同Aに対して不法行為による損害賠償請求権を有しているにもかかわらず,その行使を違法に怠っているとして,①地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの) 第242条の2第1項第4号に基づき,静岡県に代位して,怠る事実に係る相手方である被控訴人C及び同Bに対し,静岡県に対して損害賠償として控訴の趣旨第2項のとおりの金員を支払うことを求めると共に,②上記改正後の地方自治法第242条の2第1項第4号に基づき,被控訴人静岡県知事に対し,怠る事実に係る相手方であるE,F及びAに対し静岡県に対して控訴の趣旨第2項のとおり損害賠償の請求をすることを求める住民訴訟である。

原判決は,控訴人らの請求をいずれも棄却した。これを不服とする控訴人らが本件各控訴を提起した。

2  法令の定め

次に掲げる法令の本件に適用される規定及び関係する規定は,地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの) 第242条の2第1項第4号及び 第243条の2第9項の規定のほかは,現行の規定と同一であり,改正前の規定ではないが,参照の便宜のためにここに掲げる。平成14年法律第4号の施行期日は平成14年9月1日である。漢数字は算用数字に,読点はカンマにそれぞれ改め,促音はいずれも現在の表記によった。なお,後記引用に係る原判決中では「地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの)」を「旧法」と言い換え,また,「地方自治法」(現行の地方自治法)を「法」と言い換えることを旨としている。

(1)  地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの)

(住民訴訟)

第242条の2

第1項 普通地方公共団体の住民は,前条第1項の規定による請求をした場合において,同条第3項の規定による監査委員の監査の結果若しくは勧告若しくは同条第7項の規定による普通地方公共団体の議会,長その他の執行機関若しくは職員の措置に不服があるとき,又は監査委員が同条第3項の規定による監査若しくは勧告を同条第4項の期間内に行わないとき,若しくは議会,長その他の執行機関若しくは職員が同条第7項の規定による措置を講じないときは,裁判所に対し,同条第1項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき,訴えをもって次の各号に掲げる請求をすることができる。ただし,第1号の請求は,当該行為により普通地方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそれがある場合に限るものとし,第4号の請求中職員に対する不当利得の返還請求は,当該職員に利益の存する限度に限るものとする。

第4号 普通地方公共団体に代位して行なう当該職員に対する損害賠償の請求若しくは不当利得返還の請求又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に対する法律関係不存在確認の請求,損害賠償の請求,不当利得返還の請求,原状回復の請求若しくは妨害排除の請求

第11節 雑則

(職員の賠償責任)

第243条の2

第1項 出納長若しくは収入役若しくは出納長若しくは収入役の事務を補助する職員,資金前渡を受けた職員,占有動産を保管している職員又は物品を使用している職員が故意又は重大な過失(現金については,故意又は過失)により,その保管に係る現金,有価証券,物品(基金に属する動産を含む。)若しくは占有動産又はその使用に係る物品を亡失し,又は損傷したときは,これによって生じた損害を賠償しなければならない。次の各号に掲げる行為をする権限を有する職員又はその権限に属する事務を直接補助する職員で普通地方公共団体の規則で指定したものが故意又は重大な過失により法令の規定に違反して当該行為をしたこと又は怠ったことにより普通地方公共団体に損害を与えたときも,また同様とする。

第1号 支出負担行為

第2号 第232条の4第1項の命令又は同条第2項の確認

第3号 支出又は支払

第4号 第234条の2第1項の監督又は検査

第2項 前項の場合において,その損害が二人以上の職員の行為によって生じたものであるときは,当該職員は,それぞれの職分に応じ,かつ,当該行為が当該損害の発生の原因となった程度に応じて賠償の責めに任ずるものとする。

第9項 第1項の規定によって損害を賠償しなければならない場合においては,同項の職員の賠償責任については,賠償責任に関する民法の規定は,これを適用しない。

(2)  地方自治法

(住民監査請求)

第242条

第1項 普通地方公共団体の住民は,当該普通地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該普通地方公共団体の職員について,違法若しくは不当な公金の支出,財産の取得,管理若しくは処分,契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担がある(当該行為がなされることが相当の確実さをもつて予測される場合を含む。)と認めるとき,又は違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実(以下「怠る事実」という。)があると認めるときは,これらを証する書面を添え,監査委員に対し,監査を求め,当該行為を防止し,若しくは是正し,若しくは当該怠る事実を改め,又は当該行為若しくは怠る事実によつて当該普通地方公共団体のこうむつた損害を補填(てん)するために必要な措置を講ずべきことを請求することができる。

第2項 前項の規定による請求は,当該行為のあつた日又は終わった日から1年を経過したときは,これをすることができない。ただし,正当な理由があるときは,この限りでない。

(住民訴訟)

第242条の2

第1項 普通地方公共団体の住民は,前条第1項の規定による請求をした場合において,同条第4項の規定による監査委員の監査の結果若しくは勧告若しくは同条第9項の規定による普通地方公共団体の議会,長その他の執行機関若しくは職員の措置に不服があるとき,又は監査委員が同条第4項の規定による監査若しくは勧告を同条第5項の期間内に行わないとき,若しくは議会,長その他の執行機関若しくは職員が同条第9項の規定による措置を講じないときは,裁判所に対し,同条第1項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき,訴えをもって次に掲げる請求をすることができる。

第4号 当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを当該普通地方公共団体の執行機関又は職員に対して求める請求。ただし,当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方が第243条の2第3項の規定による賠償の命令の対象となる者である場合にあっては,当該賠償の命令をすることを求める請求

(3)  所得税法

第3章 退職所得に係る源泉徴収

(源泉徴収義務)

第199条

居住者に対し国内において第30条第1項(退職所得)に規定する退職手当等(以下この章において「退職手当等」という。)の支払をする者は,その支払の際,その退職手当等について所得税を徴収し,その徴収の日の属する月の翌月10日までに,これを国に納付しなければならない。

3  基本的な事実,争点及び争点に対する当事者の主張は,次のとおり訂正し,後記4のとおり当事者の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄中の「第3 事案の概要等」の1から3まで(原判決3頁26行目から19頁24行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決4頁17行目から26行目までを次のとおり改める。

「普通地方公共団体は,普通地方公共団体の長及びその補助機関たる常勤の職員等に対し,給料及び旅費を支給しなければならず(地方自治法第204条第1項),同項の職員は,退職年金等を受けることができることとされている(同法第205条)。普通地方公共団体は,上記の職員に対して給料を支払う際,所得税法第183条第1項により所得税を徴収して同項所定の期限(その徴収の日の属する月の翌月10日)までに国に納付しなければならず,退職した職員に対して退職手当を支払う際にも同法第199条により所得税を徴収して同項所定の期限(その徴収の日の属する月の翌月10日)までに国に納付しなければならない。上記の給料の支払及び退職手当の支払は,普通地方公共団体の長が発する支出命令を受けて行われるのであるが,源泉徴収した所得税の納付は期限が翌月10日と定められているため,上記所得税はいったん歳入歳出外現金として出納長が保管することとなり,普通地方公共団体の長が発する出納通知(払出通知)を受けて,出納長が上記所得税を支払うことにより国に納付されることになる。

静岡県財務規則によれば,静岡県知事が行う歳入歳出外現金及び保管有価証券の出納通知は,所管の課長が専決処理することができることとされ(第183条),出納通知者は,歳入歳出外現金の払出しをしようとするときは,歳入歳出外現金払出票(様式第95号)によらなければならないこととされている(第187条)。静岡県が教職員に対して支払う給料から源泉徴収する所得税の出納通知(払出通知)は出納局集中化推進室長が専決で行っており,退職した教職員に支払う退職手当から源泉徴収する所得税の出納通知(払出通知)のみを教育委員会財務課長が専決で行っていた。上記各払出通知は歳入歳出外現金払出票によって行われるのであり,退職した教職員に支払う退職手当から源泉徴収する所得税の払出通知をするための歳入歳出外現金払出票については,教育委員会財務課所属の担当者がこれを起案して決裁に上程し,払出しを通知する専決権限を有する財務課長が決裁印を押捺することによって作成されていた。このようにして作成された歳入歳出外現金払出票は出納長に回付され,出納長は上記所得税を国に納付することとされていた。

平成13年4月及び5月当時,静岡県が退職した教職員に支払う退職手当から源泉徴収する所得税の出納通知(払出通知)を行う文書である歳入歳出外現金払出票は,教育委員会財務課所属の経理担当副主任であるEがこれを起案して決裁に上程し,払出通知を専決で行う権限を有する教育委員会財務課長である被控訴人Bが決裁印を押捺することによって作成することとされていた。被控訴人Bが不在の場合は,教育委員会財務課課長補佐であるAが代決で行うこととされていた。」

(2)  原判決5頁20行目から21行目を次のとおり改める。

「(1) 本件監査請求は,地方自治法第242条第2項所定の監査請求期間を遵守した適法なものであるといえるか。」

4  当事者の主張

(1)  控訴人らの請求の原因

ア 住民訴訟の原告適格

控訴人らは,静岡県の住民である。

イ 静岡県による退職手当の支払及び源泉徴収した所得税の歳入歳出外現金としての受入れ

静岡県は,平成13年4月23日,同年3月末日付けで退職した教職員に退職手当合計額191億5613万8361円を支払うと共に,源泉徴収した所得税合計5億7420万9700円を歳入歳出外現金として受け入れた。静岡県は,所得税法第199条により,同年5月10日までに上記所得税を国に納付すべき義務があった。

ウ 静岡県教育委員会財務課長が専決により行う静岡県知事の払出通知と源泉徴収した所得税の出納長による国への納付

出納長が上記所得税を国に納付するためには静岡県知事の払出通知が必要であり,上記払出通知は,静岡県教育委員会財務課長が専決によりこれを行う権限を有していた。

エ 静岡県が受けた損害

しかるに,静岡県教育委員会財務課所属の職員の事務処理上の過誤のために上記の払出通知がされるのが遅延し,ようやく平成13年5月15日に至って本件払出通知がされ,上記所得税は同日国に納付された。その結果,静岡県は,国に延滞税35万3900円及び不納付加算税2871万円を納付しなければならなくなり,これらを国に納付したことにより同額の損害を被った。

オ 被控訴人Bの責任

被控訴人Bは,平成13年5月10日当時,静岡県教育委員会財務課長であり,静岡県が退職した教職員に支払う退職手当から源泉徴収した所得税を出納長が国に納付するために必要な静岡県知事の払出通知を専決により行う権限を有していたのであるから,上記教職員に対する退職手当の支出命令をすれば,所得税法第199条により,その支払の際,その退職手当について所得税を徴収し,その徴収の日の属する月の翌月10日までにこれを国に納付しなければならないことを知っていたか,又は当然知らなければならなかったのであり,出納長が上記納付期限までに上記所得税の納付を完了することができるように自己の補助職員に対する必要な指揮監督を行い,適時に払出通知をすべき義務があったというべきである。にもかかわらず,被控訴人Bは,日頃から上記の払出通知をする事務の遂行を部下に任せ切りであり,決裁文書に押印するだけであって,担当者に職務懈怠がないかおもんぱかって必要な措置を執ることをしなかったのであって,払出通知をする文書である歳入歳出外現金払出票を作成する上で自己を直接補助する職員であるEが,所定の期間内に歳入歳出外現金払出票又は緊急払出票を作成して決裁に上程すべき職務を怠っていることを看過し,未然に適切な措置を執らなかったのであるから,上記作為義務に違反し,自己の補助職員に対する必要な指揮監督を怠り,その結果出納長が上記納付期限までに上記所得税の納付を完了することができなかったというべきであって,静岡県が受けた上記の損害を賠償する責任を免れない。

カ 被控訴人Cの責任

被控訴人Cは,平成13年5月10日当時,静岡県知事であり,前記所得税を国に納付するために必要な払出通知をする本来的権限を有していたのであるから,上記の払出通知をするについて専決権限を付与した職員が適正に権限を行使するように啓発,教育すべき義務があった。しかるに,被控訴人Bは,オのとおり,上記の歳入歳出外現金払出票を作成する事務の遂行を部下に任せ切りであり,決裁文書に押印するだけであって,担当者に職務懈怠がないかをおもんぱかって必要な措置を執ることをしなかったのであるから,被控訴人Cには,被控訴人Bに対する指揮監督上の過失があり,損害賠償責任がある。

キ Eの責任

Eは,平成13年5月10日当時,静岡県教育委員会財務課に所属し,教育委員会財務課長であった被控訴人Bが専決により前記所得税を国に納付するために必要な払出通知を行うについてこれを直接補助する職員であり,上記所得税の払出通知の決裁文書の起案担当者であった。Eは,出納長が上記納付期限までに上記所得税の納付を完了することができるように,情報システム室から送信される所得税集計表を出力し,内容を確認した上,歳入歳出外現金払出票を起案し,決裁に上程すべき義務を負っていたところ,同年4月27日に情報システム室から教育委員会財務課の財務会計端末に所得税集計表がメール配信されることを知っていたのであるから,同日に財務会計端末を開き,メール配信画面を見て,所得税集計表のメールが配信されているかどうかを調べ,所得税集計表のメールが配信されていない場合には上司にその旨を報告し,指示を仰ぐべき作為義務があった。しかるに,Eは,同日は財務会計端末のメール配信画面を見ず,同年5月7日に至るまでメール配信画面を見なかったのであるから,上記作為義務に違反したというべきである。そして,Eは,同月7日から10日まではメール配信画面を見て,所得税集計表のメールが配信されていないと認識していたのであるから,上司にその旨を報告し,指示を仰ぐべき作為義務があったのであり,同月10日の直近には緊急払出票を作成すべき作為義務があった。しかるに,Eは,同僚や上司に何ら相談せず,関係部署に何ら照会をせず,上司に全く報告もせず,情報システム室から所得税集計表が送信されるのを待って歳入歳出外現金払出票を起案して決裁に上程すれば足りると漫然と考え,緊急払出票も作成しないまま,上記納付期限の4日後の平成13年5月14日になって同僚から上記所得税の払出しをしたか尋ねられて初めて事の重大性に気が付くまで,何らの措置を執らなかったのであるから,静岡県教育委員会財務課長の前記の職務を直接補助する職務を行うについて重大な過失によりこれを怠ったというべきであって,静岡県が受けた前記の損害を賠償する責任を免れない。

ク Fの責任

Fは,平成13年5月10日当時,静岡県教育委員会財務課教育予算班経理担当経理主査であり,Eの直近の上司としてEが担当する事務を支援して事務の進行管理をすべき職責を負っていた。Fは,Eが前記所得税の払出通知の起案文書を適時に起案するように指導すべき職責を負っていたのであり,これに必要な当該事務に関する知識を身に付けた上で,出納長が上記納付期限までに前記所得税の納付を完了することができるように,Eが,情報システム室から送信される所得税集計表を出力し,内容を確認した上,歳入歳出外現金払出票と所得税納付書を起案し,決裁に上程するように指導すべき義務を負っていた。しかるに,Fは,上記の作為義務に違反し,重大な過失によりこれを怠ったというべきであるから,静岡県が受けた前記の損害を賠償する責任を免れない。

ケ Aの責任

Aは,平成13年5月10日当時,静岡県教育委員会財務課課長補佐兼教育予算班長であり,直近の部下であるFに対してはもちろん,Eに対しても,担当する職務に遺漏のないよう指示及び注意を行うなど,執務状況について進行管理をすべき職責を負っていたのであり,教育委員会財務課長の専決の権限を代決する権限も有していたのであるから,Fを通して又は直接に,Eに対し,同人が前記所得税の払出通知の起案文書を適時に起案するように必要な指導をすべき職責を負っていたのであり,これに必要な当該事務に関する知識を身に付けた上で,出納長が上記納付期限までに前記所得税の納付を完了することができるように,Eが,情報システム室から送信される所得税集計表を出力し,内容を確認した上,歳入歳出外現金払出票と所得税納付書を起案し,決裁に上程するように,Fを通して又は直接に指導すべき義務を負っていた。しかるに,Aは,上記の作為義務に違反し,重大な過失によりこれを怠ったというべきであるから,静岡県が受けた前記の損害を賠償する責任を免れない。

コ 財産権の行使を怠る事実

静岡県は,以上のとおり,退職した教職員に退職手当を支給する際,退職手当について源泉徴収した所得税の国に対する納付が静岡県教育委員会財務課所属の職員の事務処理上の過誤により遅滞したために,国に延滞税35万3900円及び不納付加算税2871万円を納付しなければならなくなり,これらを国に納付したことにより同額の損害を被り,第一次的には民法第709条,第二次的には地方自治法第243条の2第1項に基づき,静岡県知事である被控訴人C,当時静岡県教育委員会財務課長であった被控訴人B,同課所属の職員であったE,同F及び同Aに対して不法行為による損害賠償請求権を有しているにもかかわらず,その行使を違法に怠っている。

サ よって,控訴人らは,① 地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの) 第242条の2第1項第4号に基づき,静岡県に代位して,怠る事実に係る相手方である被控訴人C及び同Bに対し,静岡県に対して損害賠償として控訴の趣旨第2項のとおりの金員を支払うことを求めると共に,② 上記改正後の地方自治法第242条の2第1項第4号に基づき,被控訴人静岡県知事に対し,怠る事実に係る相手方であるE,F及びAに対し静岡県に対して控訴の趣旨第2項のとおり損害賠償の請求をすることを求める。

(2)  請求の原因に対する被控訴人らの認否

ア 請求の原因アの事実は不知。同イ及びウの事実は認める。

イ 同エの事実は認め,主張は争う。

ウ 同オ(被控訴人Bの責任)の事実のうち被控訴人Bが平成13年5月当時静岡県教育委員会財務課長であり,静岡県が退職した教職員に支払う退職手当から源泉徴収した所得税を出納長が国に納付するために必要な静岡県知事の払出通知を専決により行う権限を有していたことは認めるが,主張は争う。

控訴人らの主張する作為義務は,一般的,抽象的なものであるにすぎず,本件において被控訴人Bの責任を根拠付けるものとはならない。被控訴人Bは,常に教育施策の立案から実施に至る過程にかかわって,所属職員を指揮監督してそれを支える職責を果たしていたが,その総括的立場から,日常において個々の支払や払出しといった業務について決裁は行うものの,直接その進行について指揮することはなかった。財務課長の職務は事務の総括にあり,日常の個々の支払や払出しといった業務については何らかの問題が発生しない限り,具体的な注意喚起,指導を行うことはなかった。被控訴人Bが,平成13年5月14日以前において,財務会計端末の配信画面における所得税集計表の出力,払出票の作成,出納局への回付といった具体的な事務について直接担当者に指示し,本件払出手続の遅延を回避することは現実的には不可能であったといわざるを得ない。さらに,わずかでも遅延すれば多額の延滞税及び不納付加算税の納付という重大な結果が発生することについて予見することも不可能であった。したがって,被控訴人Bに過失責任を負わせることはできない。

エ 同カ(被控訴人Cの責任)の事実のうち被控訴人Cが平成13年5月当時静岡県知事であり,前記所得税を国に納付するために必要な払出通知をする本来的権限を有していたことは認め,その余の主張は否認し,主張は争う。被控訴人Cは,前記所得税を国に納付するために必要な払出通知をする本来的権限を有しているものの,所得税の払出業務については,静岡県財務規則第183条により,県知事の権限である歳入歳出外現金の払出通知を所管の室(課)長が専決処理することができることとなっていることから,金額の多寡にかかわらず,すべて処理は専決権者にゆだねているものであって,個々の払出通知について被控訴人Cが関与することはない。

オ 同キの主張(Eの責任)は争う。Eは,平成13年4月12日に情報システム室から「平成13年4月分所得税集計表のメール出力について」という通知を受け,これにより,退職手当から源泉徴収した所得税の払出については同月27日に所得税集計表がメール配信されること,それを基に同年5月10日までに支払われなければならないことは,一般的知識としては分かっていたが,当時,担当者である自分が払出票を作成し,起案して決裁を受けない限り,源泉徴収した所得税が国に納付されないというシステムを十分理解するまでに至っていなかった。Eは,同年4月27日には,同年5月8日に控えた義務教育費説明会や決算見込み関係の事務に従事しており,財務会計端末を他の職員が使用していたことから,結果的に財務会計端末を使用しなかった。また,Eは,同月2日には,出納整理期間内であったことから多くの者が財務会計端末を使用しており,なかなか使用できそうもない状況であったため,上記の義務教育費説明会や決算見込み関係の事務に従事し,結果的に財務会計端末を使用しなかった。また,Eは,所得税集計表のメールは誰かが一度取り出すと翌日には消えてしまうことを知らなかったため,同月7日以降に財務会計端末の配信画面を見たときも,所得税集計表のメールに具体的に接しなかったことから,遅れているのだろうといった認識しかなかった。こうした状況で,Eは,同月8日に控えた義務教育費説明会や決算見込み関係の事務に専ら従事し,所得税集計表を確認する機会を失ってしまったものである。そのため,同月7日以降に財務会計端末の配信画面を見たときも,緊急払出の前提となるべき遅延の事実の認識をせず,上司に報告し,指示を仰がなければならない事態であるという認識をしていなかった。本件における不作為の違法性を判断する前提となる作為義務違反を考えるに当たっては,当該問題時点までにおける結果回避措置の普及度と当該公務員の置かれている具体的状況の下で,そのような状況下にある者であれば,当該結果回避措置の存在を知っており,あるいは当然知るべきであって,その結果,結果の発生を回避するための一定の行為をすべきであったと判断されることが必要である。すなわち,上記の者にとって結果の発生等が具体的に予見可能であることを要する。しかるに,Eは,新任者であり,引継ぎが十分でなかったこと,4月及び5月の業務課題が多かったこと,初めての払出票の起案であったこと等から,財務会計システムについて十分理解するまでに至っていなかったこと,Eの周囲にも新任者が多く,Eが十分なサポートを得られない状況にあったこと,所得税集計表のメールは一度取り出すと翌日には消えてしまう仕組みになっており,財務会計システムの仕組みそのものにミスが生じやすいという問題があったこと,さらに,Eは,わずかでも遅延すれば多額の延滞税及び不納付加算税を科されるという重大な結果が発生することについて予見することができなかったこと等の事情が存在したものであって,Eが本件の結果発生を予見してその発生を防止することは不可能であったから,Eに控訴人ら主張の作為義務違反はなく,過失責任を負わせることはできない。

カ 同クの主張(Fの責任)は争う。

キ 同ケの主張(Aの責任)は争う。

ク 同コ(財産権の行使を怠る事実)は争う。

ケ 同サは争う。

第3当裁判所の判断

1  判断の前提となる事実関係は,次のとおり訂正するほかは,原判決「事実及び理由」欄中の「第4 当裁判所の判断」の1(原判決19頁26行目から30頁8行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決20頁1行目の「乙1から9」を「乙1~9,12」に改める。

(2)  原判決20頁25行目から21頁3行目までを次のとおり改める。

「静岡県財務規則によれば,静岡県知事が行う歳入歳出外現金及び保管有価証券の出納通知は,所管の課長が専決処理することができることとされ(第183条),出納通知者は,歳入歳出外現金の払出しをしようとするときは,歳入歳出外現金払出票(様式第95号)によらなければならないこととされている(第187条)。静岡県が教職員に対して支払う給料から源泉徴収する所得税の出納通知(払出通知)は出納局集中化推進室長が専決で行っており,退職した教職員に支払う退職手当から源泉徴収する所得税の出納通知(払出通知)のみを教育委員会財務課長が専決で行っていた。上記各払出通知は歳入歳出外現金払出票によって行われるのであり,退職した教職員に支払う退職手当から源泉徴収する所得税の払出通知をするための歳入歳出外現金払出票については,教育委員会財務課所属の担当者がこれを起案して決裁に上程し,払出しを通知する専決権限を有する財務課長が決裁印を押捺することによって作成されていた。このようにして作成された歳入歳出外現金払出票は出納長に回付され,出納長は上記所得税を国に納付することとされていた。平成13年4月及び5月当時,静岡県が退職した教職員に支払う退職手当から源泉徴収する所得税の出納通知(払出通知)を行う文書である歳入歳出外現金払出票は,教育委員会財務課所属の経理担当副主任であるEがこれを起案して決裁に上程し,払出通知を専決で行う権限を有する教育委員会財務課長である被控訴人Bが決裁印を押捺することによって作成することとされていた。被控訴人Bが不在の場合は,教育委員会財務課課長補佐であるAが代決で行うこととされていた。」

(3)  原判決22頁5行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「平成13年4月27日から同年5月15日までの間におけるEの認識及び行動は,別紙「平成13年4月27日~同年5月15日におけるEの認識及び行動の経過」のとおりである。」

(4)  原判決28頁5行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「平成13年4月27日から同年5月15日までの間におけるEの認識及び行動は,前記のとおり,別紙「平成13年4月27日~同年5月15日におけるEの認識及び行動の経過」参照」

2  控訴人らによる本件監査請求と地方自治法第242条第2項所定の監査請求期間の遵守(本案前の争点(1))

地方自治法第242条第2項は,①監査請求の対象事項のうち財務会計上の行為については当該行為があった日又は終わった日から1年を経過したときは監査請求をすることができないものと規定しているが,②上記の対象事項のうち同条第1項にいう怠る事実についてはこのような期間制限を規定しておらず,怠る事実が存在する限りはこれを制限しないこととするものと解される。もっとも,特定の財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法であるか又はこれが違法であって無効であるからこそ発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実を対象として監査請求がされた場合には,これについて上記の期間制限が及ばないとすれば,同条第2項の規定の趣旨を没却することとなる。したがって,このような場合には,当該行為のあった日又は終わった日を基準として同項を適用すべきものである(最高裁昭和57年(行ツ)第164号同62年2月20日第二小法廷判決・民集41巻1号122頁参照)。しかし,怠る事実については監査請求期間の制限がないのが原則であることにかんがみれば,監査委員が怠る事実の監査をするに当たり,当該行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にない場合には,当該怠る事実を対象としてされた監査請求に上記の期間制限が及ばないものとすべきであり,そのように解しても,同項の規定の趣旨を没却することにはならない(最高裁平成10年(行ヒ)第51号同14年7月2日第三小法廷判決・民集56巻6号1049頁参照)。

前記引用に係る原判決の認定事実(前記訂正部分を含む。)によれば,控訴人らは,平成14年6月28日,静岡県監査委員に対し,本件監査請求をしたものであるところ,甲第9号証によれば,本件監査請求は,払出通知をする権限を有する静岡県教育委員会の財務課長その他の職員が重大な過失により払出通知をするのが遅延したため,静岡県が源泉徴収した所得税を納付期限までに納付することができなかったことによって損害を受けたことを理由に,静岡県は上記職員らに対して損害賠償請求権を行使すべきであるのにこれを怠っているという事実を対象とするものであることが認められる。これによれば,本件監査請求は,本件払出通知が違法であるか又は無効であるからこそ実体法上の請求権が発生するという論理的な関係にある場合にされたものではなく,本件払出通知は適法であるが,それがされるのが遅延したことが違法であり,遅延したことによって損害賠償請求権が発生するという場合に,損害賠償請求権が発生したとし,これを前提に損害賠償請求権の行使を怠っているとしてされたものである。したがって,本件監査請求は,地方自治法第242条第1項にいう怠る事実を対象とするものであるから,同条第2項所定の期間制限は及ばず,適法なものであるというべきである。

なお,仮に財務会計職員が財務会計上の行為を行うことを遅延した場合について,地方自治法第242条第2項にいう「当該行為の(中略)終わった日」を観念することができるとして,最高裁昭和57年(行ツ)第164号同62年2月20日第二小法廷判決・民集41巻1号122頁の示した法理に類似する法理の適用が考えられるとしても,財務会計職員が財務会計上の行為を行うことを遅延したことに基づいて発生する損害賠償請求権が,遅延していた当該行為が結局されるに至った時点では,いまだ発生するに至っておらず,又はこれを行使することができない場合には,上記損害賠償請求権が発生し,これを行使することができることになった日を基準として同項の規定を適用すべきであるとする法理(平成6年(行ツ)第206号同9年1月28日第三小法廷判決・民集51巻1号287頁参照)に類似する法理の適用があると解するのが相当である。そして,前記引用に係る原判決の認定事実(前記訂正部分を含む。)によれば,静岡税務署長は,平成13年8月28日,静岡県に対し,本件不納付加算税の賦課決定を通知したこと,静岡県は,同年9月28日,本件延滞税を納付したものの,本件不納付加算税の賦課決定については,静岡税務署長に対する異議申立て,国税不服審判所長に対する審査請求をし,いずれも棄却されたため,平成14年5月31日,本件不納付加算税を納付したこと,控訴人らは,同年6月28日,本件監査請求をしたこと,以上のとおり認められるのであり,これによれば,上記のとおり本件不納付加算税を納付した日を基準として同項の規定を適用すべきであるというべきである。したがって,本件監査請求は適法である。

3  本件各訴えの適法性(本案前の争点(2)及び争点(3))

(1)  本案前の争点(2)について

普通地方公共団体が職員又は第三者の違法な行為により損害を受けた場合において,当該普通地方公共団体が加害者に対する損害賠償請求権の行使を怠っているときには,地方自治法第242条第1項にいう「財産の管理を怠る事実」があるときに該当するのであり,上記違法行為が財務会計上の行為である場合に限って同項にいう「財産の管理を怠る事実」があるときに該当するということはできない。この点に関する被控訴人らの主張は採用することができない。

(2)  本案前の争点(3)について

前記引用に係る原判決の認定事実(前記訂正部分を含む。)によれば,Aは,平成13年5月10日当時,静岡県教育委員会財務課課長補佐兼教育予算班長であり,教育委員会財務課長の専決の権限を代決する権限を有していたのであって,地方自治法第243条の2第3項の規定による賠償の命令の対象となる者であったというべきである。したがって,控訴人らは,地方自治法第242条の2第1項第4号ただし書により,被控訴人静岡県知事に対し,Aに対して当該賠償の命令をすることを求める請求をしなければならないにもかかわらず,これを求めずにAに対して損害賠償の請求をすることを求める請求をしているのであって,本件訴えのうち上記請求に係る部分は不適法であるといわざるを得ない。

4  本案についての判断(被控訴人B及び同Cに対する請求)

(1)  普通地方公共団体がその職員に対して支給する給料等から源泉徴収した所得税について普通地方公共団体の長等がする払出通知と地方自治法第243条の2第1項第3号にいう「支出」

普通地方公共団体は,普通地方公共団体の長及びその補助機関たる常勤の職員等に対し,給料及び旅費を支給しなければならず(地方自治法第204条第1項),同項の職員は,退職年金等を受けることができることとされている(同法第205条)。普通地方公共団体は,上記の職員に対して給料を支払う際,所得税法第183条第1項により所得税を徴収して同項所定の期限(その徴収の日の属する月の翌月10日)までに国に納付しなければならず,退職した職員に対して退職手当を支払う際にも同法第199条により所得税を徴収して同項所定の期限(その徴収の日の属する月の翌月10日)までに国に納付しなければならない。上記の給料の支払及び退職手当の支払は,普通地方公共団体の長が発する支出命令を受けて行われるのであるが,源泉徴収した所得税の納付は期限が翌月10日と定められているため,上記所得税は,いったん歳入歳出外現金として受け入れられ,普通地方公共団体の長が発する出納通知(払出通知)を受けて国に納付されることになる。歳入歳出外現金の出納は,出納長がその職務権限を有し(地方自治法第170条第1項,第2項第1号),歳計現金の出納の例によりこれを行わなければならないとされているから(地方自治法施行令第168条の7第3項),地方自治法第243条の2第1項第3号にいう「支出又は支払」に該当すると解されるところ,出納長は,普通地方公共団体の長の通知がなければ,歳入歳出外現金の出納をすることができないこととされているのであるから(地方自治法施行令第168条の7第2項),普通地方公共団体の長の出納通知(払出通知)は,歳入歳出外現金の出納の不可欠の前提であり,これと密接不可分の関係にあるものとして,地方自治法第243条の2第1項第3号にいう「支出又は支払」に包含されると解するのが相当である。

(2)  地方自治法第243条の2第1項後段所定の同項各号に掲げる行為をする権限を有する職員又はその権限に属する事務を直接補助する職員で普通地方公共団体の規則で指定したものを直接補助する職員の補助行為が法令の規定に違反し,かつ,当該補助行為に関する違法が同項各号に掲げる行為の違法を構成する関係にある場合における同項の適用

地方自治法第243条の2第1項後段は,「次の各号に掲げる行為をする権限を有する職員又はその権限に属する事務を直接補助する職員で普通地方公共団体の規則で指定したものが故意又は重大な過失により法令の規定に違反して当該行為をしたこと又は怠ったことにより普通地方公共団体に損害を与えたときも,また同様とする。」と規定している。これを同項前段の規定と対比しつつ,地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの) 第243条の2第9項(上記改正後の地方自治法第243条の2第14項)の規定の趣旨にかんがみれば,同条第1項各号に掲げる行為に関し,同項各号に掲げる行為をする権限を有する職員又はその権限に属する事務を直接補助する職員で普通地方公共団体の規則で指定したものの補助職員の補助行為が法令の規定に違反する場合において,当該補助行為に関する違法が同項各号に掲げる行為の違法を構成する関係にあるときには,同項所定の要件の下に損害賠償責任を負うのは,同項各号に掲げる行為をする権限を有する職員又はその権限に属する事務を直接補助する職員で普通地方公共団体の規則で指定したものに限られ,同項の適用上は,同項各号に掲げる行為をする権限を有する職員の権限に属する事務を直接補助する職員であっても,普通地方公共団体の規則で指定したものに該当しないものは,自らは損害賠償責任を負わず,その者の行為は,同項各号に掲げる行為をする権限を有する職員又はその権限に属する事務を直接補助する職員で普通地方公共団体の規則で指定したものが予見可能な範囲内のものである限り,これらの者の行為と同視され,これらの者が当該行為を行い,又は怠ったものとして重大な過失があるかどうかが評価されるものと解するのが相当である(最高裁平成9年(行ツ)第62号同14年10月3日第一小法廷判決・民集56巻8号1611頁参照。なお,最高裁昭和58年(行ツ)第132号同61年2月27日第一小法廷判決・民集40巻1号88頁,最高裁平成2年(行ツ)第137号同3年12月20日第二小法廷判決・民集45巻9号1455頁及び最高裁平成2年(行ツ)第138号同3年12月20日第二小法廷判決・民集45巻9号1503頁は,上記と異なる趣旨を判示したものではないと解するのが相当である。)。そして,同項各号に掲げる行為をする権限を有する職員又はその権限に属する事務を直接補助する職員で普通地方公共団体の規則で指定したものは,その権限に属する事務を補助職員に行わせた場合であっても,単に自ら事務を執らないことを理由としてその責めを免れることができないものと解するのが相当である(会計法第41条第2項参照)。

(3)  被控訴人Bの損害賠償責任について

これを本件についてみると,前記引用に係る原判決の認定事実(前記訂正部分を含む。)によれば,静岡県は,平成13年4月23日,同年3月末日付けで退職した教職員に退職手当合計額191億5613万8361円を支払うと共に,源泉徴収した所得税合計5億7420万9700円を歳入歳出外現金として受け入れたのであるから,所得税法第199条により,同年5月10日までに上記所得税を国に納付しなければならなかったのであり,静岡県教育委員会財務課長は,出納長が上記所得税を国に納付するために必要な県知事の払出通知を専決により行う権限を有するのであるから,同県の退職した教職員に対する退職手当の支出命令をすれば,所得税法第199条により,その支払の際,その退職手当について所得税を徴収し,その徴収の日の属する月の翌月10日までにこれを国に納付しなければならないことを当然心得ておかなければならない職責を負っているのであり,出納長が上記納付期限までに上記所得税の納付を完了することができるようにその払出通知をすべき義務があったというべきである。前記引用に係る原判決の認定事実(前記訂正部分を含む。)によれば,当時静岡県教育委員会財務課長であった被控訴人Bがその職務を怠り上記の義務に違反したことは明らかであり,直接補助する職員であるEが適時に歳入歳出外現金払出票を起案して決裁に上程することを怠る事態が起こり得ることや,その結果,前記所得税の納付が遅延して静岡県が多額の延滞税及び不納付加算税を納付しなければならない事態が起こり得ることは,上記の地位にあった者として被控訴人Bが予見することが可能であったというべきである。被控訴人Bが,日常の個々の支払や払出しといった業務については何らかの問題が発生しない限り,具体的な注意喚起,指導を行うことはなかったとしても,そのことを理由に,被控訴人Bが上記の事態を予見することができなかったということはできない。そこで,被控訴人Bの上記職務懈怠について被控訴人Bに重過失があったと評価することができるかどうかを検討すると,前記引用に係る原判決の認定事実(前記訂正部分を含む。)によれば,Eは,上記所得税の払出通知をする文書である歳入歳出外現金払出票を起案して決裁に上程する担当者であり,当時静岡県教育委員会財務課長であった被控訴人Bが専決により上記の職務を行うについてこれを直接補助する職員であって,出納長が上記納付期限までに上記所得税の納付を完了することができるように,情報システム室から送信される所得税集計表を出力し,内容を確認した上,歳入歳出外現金払出票を起案し,決裁に上程すべき義務を負っていたのであるが,自らは上記納付期限の前日までに所得税集計表が送信されなかったと認識していたにもかかわらず,情報システム室からの所得税集計表のメールの送信が遅延しているものと速断し,これが送信されるのを待って歳入歳出外現金払出票を起案すれば足りると漫然と考え,同僚や上司に何ら相談せず,情報システム室その他の関係部署に何ら照会をせず,上司に全く報告もせず,上記納付期限の4日後の平成13年5月14日になって同僚から上記所得税の払出しの件を尋ねられて事の重大性に気が付くまで何らの措置を執らなかったのであるから,静岡県教育委員会財務課長の前記の職務を直接補助する職務を行うについて重大な過失によりこれを怠ったというほかはない。地方自治法第243条の2第1項の適用上は,同項各号に掲げる行為をする権限を有する職員の権限に属する事務を直接補助する職員であっても,普通地方公共団体の規則で指定したものに該当しないものは,自らは損害賠償責任を負わず,その者の行為は,同項各号に掲げる行為をする権限を有する職員又はその権限に属する事務を直接補助する職員で普通地方公共団体の規則で指定したものの行為と同視され,評価されるものと解するのが相当であることは,前記のとおりである。したがって,Eは,上記の重大な過失による職務懈怠について損害賠償責任を負うものではないが,Eが重大な過失によりその職務を怠ったことは,当時静岡県教育委員会財務課長であった被控訴人Bが前記の職務を怠ったことについて重大な過失があったと同視し,評価する根拠となるというべきであるから,被控訴人Bは,地方自治法第243条の2第1項第3号により,静岡県に対して与えた損害を賠償すべき義務を免れないというべきである。

前記引用に係る原判決の認定事実(前記訂正部分を含む。)によれば,被控訴人Bは,静岡県に対し,2906万3900円並びにうち35万3900円に対する平成13年9月28日から,及びうち2871万円に対する同年11月8日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うというべきである。したがって,控訴人らの被控訴人Bに対する請求は理由があるから,これを認容すべきである。

(4)  被控訴人Cの損害賠償責任について

被控訴人Cは,平成13年5月10日当時,静岡県知事であり,出納長が前記所得税を国に納付するために必要な払出通知をする本来的権限を法令上有していたが,上記通知については補助職員である被控訴人Bに専決の権限が付与されていた以上,被控訴人Bの作為義務違反が生じないようにすべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失によりこれを行わなかったときに限り,静岡県が被った損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当である(最高裁平成2年(行ツ)第137号同3年12月20日第二小法廷判決・民集45巻9号1455頁参照)。前記引用に係る原判決の認定事実(前記訂正部分を含む。)の下では,被控訴人Cが被控訴人Bの作為義務違反が生じないようにすべき指揮監督上の義務に違反したものということはできない。したがって,被控訴人Cは賠償責任を負うものではなく,控訴人らの被控訴人Cに対する請求は理由がないから,これを棄却すべきである。

5  本案についての判断(被控訴人静岡県知事に対する請求)

地方自治法第243条の2第1項の適用上は,同項各号に掲げる行為をする権限を有する職員の権限に属する事務を直接補助する職員であっても,普通地方公共団体の規則で指定したものに該当しないものは,自らは損害賠償責任を負わず,その者の行為は,同項各号に掲げる行為をする権限を有する職員又はその権限に属する事務を直接補助する職員で普通地方公共団体の規則で指定したものの行為と同視され,評価されるものと解するのが相当であることは,前記のとおりである。E及びFは,地方自治法第243条の2第1項各号に掲げる行為をする権限を有する職員の権限に属する事務を直接補助する職員であるが,普通地方公共団体の規則で指定したものに該当しないから,職務懈怠について損害賠償責任を負うものではないというべきであり,控訴人らが,被控訴人静岡県知事に対し,E及びFに対して静岡県に対し損害賠償を支払うよう求める請求は理由がないというべきである。

6  以上によれば,本件訴えのうち控訴人らが被控訴人静岡県知事に対しAに対して静岡県に2906万3900円並びにうち35万3900円に対する平成13年9月28日から,及びうち2871万円に対する同年11月8日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求することを求める請求に係る部分については,不適法であるから,これを却下すべきであるが,本件訴えのうちその余の部分は適法であるところ,控訴人らの被控訴人Bに対する請求は理由があるからこれを認容すべきであり,控訴人らの被控訴人Cに対する請求及び被控訴人静岡県知事に対するその余の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却すべきである。

第4結論

よって,本件各控訴は一部理由があり,上記判断と抵触する限度で原判決は不当であるからこれを変更することとし,なお,記録によれば,控訴人Dが平成18年12月15日死亡したことが明らかであり,本件訴訟のうち同控訴人に関する部分は,同控訴人の死亡により終了したものというべきであるから,主文においてその旨を宣言することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浜野惺 裁判官 高世三郎)

裁判官遠藤真澄は,差し支えのため署名押印することができない。裁判長裁判官 浜野惺

別紙 平成13年4月27日~同年5月15日におけるEの認識及び行動の経過(登載省略)

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