東京高等裁判所 平成17年(行コ)77号 判決 2006年9月27日
主文
1 控訴人の本件控訴及び当審において追加された請求をいずれも棄却する。
2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,Aに対し,81万4648円の損害賠償を請求せよ。
第2当審において追加された請求
被控訴人は,B及びCに対し,81万4648円の賠償命令をせよ。
第3 事案の概要(略語等は,原則として,原判決に従う。)
1 本件は,東京都の住民である控訴人が,被控訴人に対し,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,①北多摩北部建設事務所長D(D所長)が,東京都清瀬市を流れる空堀川の河川区域のうち埋立工事により廃川敷地となった区域において,河川管理権限に基づく止水壁撤去工事等を実施するため,同工事に係る請負契約を締結し,同事務所庶務課長B(B庶務課長)が同契約に基づき支出命令を行い,東京都出納長C(C出納長)が同支出命令に基づき工事請負代金を支出したことは,いずれも法令の根拠に基づかない違法な財務会計行為であるとして,庶務課長B及びC出納長に対し,工事請負代金相当額の賠償命令を行うことを求めるとともに,②東京都知事の職にあるA(A知事)が上記の違法な財務会計行為につき指揮監督上の義務に違反したとして,同人に対し,同額の損害賠償請求を行うことを求める事案である。
なお,控訴人は,原審では上記②の請求のみを行い,当審において,上記①の請求を追加した。
2 原審は,止水壁の撤去工事等が行われた区域が廃川敷地となっているとは認められないとして,控訴人の上記1の②の請求を棄却した。
当裁判所は,当該区域は埋立工事により廃川敷地となり,これにより都知事の河川管理権限は喪失しており,止水壁の撤去等工事に係る請負契約は,権限なくして締結されたものといわざるを得ないが,B庶務課長の支出命令,C出納長の支出行為に違法はなく,A知事にも控訴人主張の義務違反はなく,控訴人の請求をいずれも棄却すべきものと判断した。
3 前提事実(後掲証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1)当事者
ア 控訴人は,清瀬市ab丁目c番地所在の父E所有建物(原判決別紙図面1及び図面2に「E」と記されている部分)に居住している。
イ A知事は,平成14年当時,東京都知事の職にあった。
(2)空堀川
ア 空堀川は,東京都武蔵村山市に端を発し,東京都東大和市及び東京都東村山市を経て,清瀬市a地区で一級河川柳瀬川に合流する延長約15kmの河川であり,「河川法第4条第1項の水系及び一級河川を指定する政令」(昭和40年政令第43号)により,荒川水系の一級河川に指定されている。(乙1)
イ 空堀川は,昭和40年3月29日,河川法(昭和39年法律第167号。法)9条2項に基づき,「河川法第9条第2項の規定により一級河川の指定区間を指定する件」(昭和40年建設省告示第901号)により法9条2項の指定区間の指定がされ,これに伴い,東京都知事が,機関委任事務(「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」(平成11年法律87号)施行後は法定受託事務)として,空堀川の河川管理者として管理を行っている。そして,東京都組織規程33条・別表3により,清瀬市等の区域における道路,橋梁,広場,河川及び運河等の管理及び建設に関する事務は,本件建設事務所の所掌事務とされ,東京都建設事務所長委任規則(昭和44年東京都規則第209号)2号により,東京都知事の同河川管理権限に属する事務のうち,空堀川における法19条の附帯工事の施行,同法24条及び26条に係る許可を与えること等が本件建設事務所長に委任されているほか,東京都契約事務の委任等に関する規則(昭和39年東京都規則130号)11条2項により,同建設事務所の所掌に係る事項に関する契約のうち,8千万円未満の工事(設備工事を除く。)の請負契約に関する事務が同所長に委任されており,東京都会計事務規則(昭和39年東京都規則88号)6条1項2号及び東京都建設事務所処務規程3条2項により,同建設事務所の庶務課長に同建設事務所に属する支出の命令に関する事務が委任されている。(甲3の2,乙2から4,26,44,46)
ウ 東京都は,空堀川における洪水を防止するため,東京都知事による東村山都市計画河川の変更を内容とする都市計画事業(本件都市計画事業)の決定(昭和46年東京都告示第1212号)及び建設大臣による本件都市計画事業の承認(昭和46年建設省告示第2080号)により,清瀬市内の空堀川に架かる石田橋付近から分岐して柳瀬川に合流する新たな流路(空堀川新川)を開設することとした。(甲3の2,乙5,6)
エ 本件建設事務所は,昭和53年ころ,空堀川の洪水を防止するための河川管理施設として,清瀬市内を流れる空堀川の石田橋付近から柳瀬川との合流地点に至る延長約510mの区間(原判決別紙図面1の赤色部分。空堀川旧川)の護岸上に6か所の止水壁を設置した。(甲3の2,乙11)
オ 昭和56年,本件都市計画事業として空堀川新川の整備改修工事が始まり,昭和59年に完成した。同工事完成後,空堀川上流の水流は空堀川新川及び空堀川旧川を流下していた。(乙7,弁論の全趣旨)
(3)空堀川旧川の埋立等について
ア 清瀬市は,一般公募に基づく案により,埋立て後の空堀川旧川の敷地上に公園を設置することとし,東京都が実施すべき河川改修整備との調整のために,「柳瀬川等水辺環境整備連絡会」を設置し,平成6年11月から平成10年3月26日まで7回にわたり,東京都の間で検討を行い,平成10年9月30日,東京都建設局河川部長から「清瀬市都市公園(仮称)空堀川自然学習園整備計画」(空堀川自然学習園整備計画)の承認の通知を受けた。(甲6の2,乙10,40)
イ 本件建設事務所は,平成10年12月28日から平成11年3月31日にかけて,「空堀川(a地区)旧川整備工事」(本件整備工事)を実施し,空堀川旧川を完全に埋め立て,その地下に周辺地域の雨水等を流す管きょ(本件地下埋設管きょ)を埋設するとともに,昭和53年ころに設置された止水壁6か所のうち,控訴人宅付近に設置されている延長約41mの止水壁(原判決別紙図面2に「本件止水壁」と記されている青色部分。本件止水壁)及び官民境界として存置された1か所を除く4か所の止水壁を撤去した。同工事により,空堀川上流からの水流は,空堀川新川のみを通水することとなった。(甲3の2,乙11,33,34)
ウ 清瀬市長は,空堀川自然学習園整備計画を実施するため,平成11年6月22日,本件建設事務所長に対し,原判決別紙図面2の赤色斜線部分を含めた空堀川旧川の河川区域全部(空堀川旧川区域)につき,法24条,26条に基づく土地の占用及び公園施設の設置の許可申請を行った上,同月29日から平成12年8月17日にかけて,「(仮称)空堀川自然学習園整備工事」を実施し,空堀川旧川区域に清瀬市立清瀬G公園を設置した。なお,上記占用等許可申請に対しては,同年7月28日,許可がされた。(甲4の1から4まで,乙12,37)
エ 平成12年9月2日開園の清瀬G公園には水流があるが,同水流は,汲み上げられた地下水が人工的に流されているものである。(甲8)。
オ 本件建設事務所は,控訴人の父Eから,平成13年6月1日付けで,同人宅に接した本件止水壁南側の土地(原判決別紙図面3に「本件土地」と記されている緑色部分。本件土地)の払下げ申請を受け,同年11月8日付けで,本件土地を払い下げる計画はない旨回答した(甲21,22)。
カ 平成14年4月1日,D所長は,有限会社Fとの間で本件止水壁の撤去及び仮柵の設置工事(本件止水壁撤去工事(請負代金額68万6569円))並びに本件土地上に存在する物件の除去工事(本件物件除去工事(請負代金額12万8079円)。本件止水壁撤去工事と併せて「本件止水壁撤去等工事」(請負代金額合計81万4648円)という。)等を内容とする河川維持工事単価契約(同契約のうち本件止水壁撤去等工事に関する部分を「本件工事契約」という。)を締結し,Fは,本件工事契約に基づき,同年6月27日,本件止水壁撤去等工事を行った。(甲15の2から5まで,乙14,17,18,22,42)
キ 清瀬市長は,平成14年7月22日から同年8月21日にかけて,空堀川旧川区域内に存在する本件土地上にG公園の境界柵等を設置する工事を行った。(乙19から21,43)
ク 東京都会計事務規則6条1項,東京都建設事務所処務規程3条2項により東京都知事から支出の命令に係る権限の委任を受けたB庶務課長は,平成14年10月17日,本件工事契約に基づき,Fに対して本件止水壁撤去等工事代金81万4648円に消費税相当額を加え,更にその他の工事代金額を加えた合計960万0927円の支出を命ずる支出命令(本件支出命令)を発し,C出納長は,平成14年10月22日,同命令に従い,Fに対し,当該支出(本件支出)を行った。(乙22,23)
(4)本件訴訟に至る経緯について
ア Eは,平成14年4月22日,東京都監査委員に対し,本件止水壁撤去工事の差止め及び空堀川旧川区域の廃川手続の履行を求める監査請求をし,同年6月20日付け書面により,上記監査請求に理由がない旨の監査結果の通知を受けた。(甲3の1及び2)
イ 控訴人は,平成15年6月20日,東京都監査委員に対し,本件止水壁撤去等工事のために支出した81万4648円の返還をA知事に命じるとともに,空堀川旧川区域の廃川手続の履行を求める監査請求をしたが,同年7月11日付け書面により,前記アの監査の結果をもって監査結果とする旨の通知を受けた。(甲2の1及び2,乙24)
ウ 控訴人は,平成15年8月21日,本件訴えを提起した。
4 当事者の主張の要旨
(1) 控訴人
ア 空堀川旧川区域は,本件整備工事及びG公園設置工事によって,空堀川の流水が継続して存することも,また,同流水に反復して覆われることもなくなり,空堀川河川区域としての実態を喪失し,法91条の廃川敷地となった。
本件地下埋設管きょは,空堀川の水流とは全く無関係に設置されているもので,空堀川の氾濫時はもとよりいかなる状況下においても空堀川の水流が流入することはなく,空堀川の水流に何らかの影響を与えるものではない以上,「空堀川の流水によって生ずる公利を増進し,又は公害を除却し,若しくは軽減する効用を有する施設」(法3条2項)に当たらないから,空堀川旧川区域は,同法6条1項2号の河川区域にも該当しない。
イ 空堀川旧川区域は,上記のとおり遅くとも平成12年8月17日(清瀬G公園設置工事完了の日)には廃川敷地すなわち国土交通省所管の国有地(普通財産)となり,A知事は,同区域の河川管理者の地位を喪失し,本件止水壁撤去等工事を実施する権限も喪失した。法91条1項は,河川区域の変更又は廃止があった場合,従前の河川区域内の土地は,従前当該河川を管理していた者が1年を超えない範囲において政令で定める期間(河川法施行令50条により,10か月と定められている。)管理しなければならない旨定めているが,これは,当該廃川敷地の管理が放置されることの不都合を避けるための措置にすぎない。
ウ 仮にA知事が空堀川旧川区域に係る河川管理者としての地位を喪失していないとしても,河川維持工事として実施された本件止水壁撤去等工事は,廃川敷地において,空堀川の水流とは無関係に行われたものであり,法8条の河川工事に当たらない。
エ 以上のとおり,本件止水壁撤去等工事は,法令の根拠のない違法なものであり,当該工事に関して行われた支出負担行為(本件工事請負契約の締結),本件支出命令行為及び本件支出行為は,いずれも法令の根拠に基づくことなく行われた違法な財務会計行為である。
オ A知事は,本件止水壁撤去等工事実施当時,法7条及び9条により,空堀川に係る河川管理権限を有しており,地方自治法138条の2及び149条により,東京都の事務を自らの判断と責任において誠実に管理及び執行する義務を負い,予算の執行ないし財産の取得又は管理及び処分等の広範な財務会計上の行為を行う権限を有する者であり,財務会計上の行為を特定の吏員に委任している場合であっても,地方自治法242条の2第1項4号にいう「当該職員」に該当する。
A知事は,①前記前提事実(3)オのとおり,Eから本件土地の払下申請を受けており,同申請書には空堀川旧川区域の状況が記載されていること,②Eから,空堀川旧川区域を河川区域として扱うことは法に違反することを指摘する平成13年12月21日付け書面(甲23の1)及び同月18日付け書面(甲23の2)を受領していること,③Eが,平成14年4月22日にした本件止水壁撤去等工事の差止めを求める旨の住民監査請求の審理において,東京都監査委員に対し,空堀川旧川区域は河川区域であり廃川手続を行っていないとしても違法ではない旨の記載がある同年6月5日付け「住民監査請求に対する局説明について」と題する書面(甲9の2)を提出したこと,④Eから,司法判断の結果が出るまで本件止水壁撤去等工事を控えることを要請する14年6月24日付け通知書(甲10)を受領していること等によれば,D所長による本件止水壁撤去等工事の実施及びこれに係る財務会計行為が行われることを事前に認識していたというべきであり,それにもかかわらず,それらの行為を阻止せず,漫然と行わせたことには,指揮監督上の義務違反がある。
(2) 被控訴人
ア 地理学的に,河川とは,水源に端を発し,地表面に落下した雨や雪等の水を集めながら,幹となる河川に集まり,海に注ぐ流れのことをいう。流域雨水等の流下は,川沿いの土地を水没や浸水から守る河川の重要機能である。空堀川については,昭和56年から昭和59年にかけて空堀川新川が整備されたが,同新川には空堀川旧川周辺の雨水等を受ける機能がなく,同周辺地域の雨水等の流下機能は,引き続き空堀川旧川が担っていた。空堀川旧川を形成していた水流のうち,周辺流域の雨水等を集めた水流が本件地下埋設管きょの水流であり,柳瀬川との合流点へと流下している。したがって,本件地下埋設管きょ内の水流及び水面は,河川法上の河川である空堀川の一部を形成しており,本件地下埋設管きょの中に流れる流水の存する敷地部分は,法6条1項1号に規定する河川区域である。
イ ダム,堤防等の河川管理施設の敷地である土地の区域は,法6条1項2号の河川区域とされている。同号に定める土地は,当該施設が直接区画している土地の範囲に限定されるものではなく,当該施設を保全するために必要な土地も含まれる。本件地下埋設管きょ自体が河川管理施設であるが,空堀川旧川には,本件地下埋設管きょに周辺地域の雨水等を導くための枝管が埋設されており,これも河川管理施設である。
さらに,地下に設置された河川管理施設を保全するためには,地下施設直上部の土地のみならず,上部からの圧力や隣接地における掘削等の影響をしゃ断するために,一定の幅の土地が必要である。また,地下施設を維持・補修するための管理用の土地が必要である。空堀川旧川区域の地下には,本件地下埋設管きょ及び枝管が設置されるとともに,これらの施設を保全するために人孔が設置されており,一定の幅の河川区域が必要である。
本件止水壁が存在する敷地を含め,空堀川旧川区域は,本件地下埋設管きょ及び枝管という河川管理施設の敷地として,法6条1項2号に規定する河川区域に該当する。
ウ 以上のとおり,空堀川旧川区域は,法6条1項1号又は同項2号に規定する河川区域であり,河川の維持・管理の一環として行った本件止水壁撤去等工事の費用の支出は適法なものである。
エ 仮に空堀川旧川が廃川敷地であっても,普通財産として財務大臣に現に引渡し,引受けがされるまでは,管理及び処分権は財務大臣に移行しない。そして,「管理」には財産保全に必要な保存行為が含まれ,不法占拠状態の排除はこれに該当する。本件止水壁は,本件止水壁撤去工事時点において,すでにその機能を失い,不要物件となっていた。したがって,本件止水壁撤去工事等は,河川管理者の管理権に基づいて適法に行い得るものである。
オ 本件工事契約は,東京都契約事務の委任等に関する規則に基づき適正に締結されており,本件止水壁撤去等工事の費用は,東京都会計事務規則に基づき適正に支出されている。本件止水壁撤去等工事の費用の支出は,財務会計法規上の義務に違反するものではない。
カ A知事は,本件工事契約に係る財務会計行為をD所長,B庶務課長に委任しており,同知事にその権限はない。支出については出納長の権限であり,もとよりA知事にその権限はない。
また,仮に本件工事契約の締結が違法であるとしても,A知事から支払命令につき委任を受けたB庶務課長には,本件止水壁撤去等工事を中止する権限がなく,同工事が著しく合理性を欠き,予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵があるとはいえず,本件工事契約が無効とはいえないことからすると,同庶務課長には,同契約を尊重し,その内容に応じた財務会計上の措置を執る義務があったというべきである。したがって,A知事が本件止水壁等工事代金の支出命令につき専決を任された同庶務課長に対し,本件支出命令を発することを阻止すべき指揮監督上の義務はない。
キ 仮に本件支出負担行為等が違法であっても,本件整備工事によって河川管理上不必要な施設となり,国有地の不法占拠の誘因にもなり,清瀬G公園の整備にも支障となっていた本件止水壁の撤去工事を実施したことにより,河川環境の整備と保全という東京都の河川行政の目的に沿った成果が得られたのであるから,東京都には財産的損害は生じていない。
第4当裁判所の判断
1 空堀川旧川区域と法6条1項の河川区域
(1) 法91条1項は,「河川区域の変更又は廃止があった場合においては、従前の河川区域内の土地又は当該区域内の河川管理施設であって河川管理施設として管理する必要がなくなったもの(国有であるものに限る。以下「廃川敷地等」という。)は、従前当該河川を管理していた者が一年をこえない範囲内において政令で定める期間、管理しなければならない。」と定め,法6条1項は,「河川区域」とは,「河川の流水が継続して存する土地及び地形、草木の生茂の状況その他その状況が河川の流水が継続して存する土地に類する状況を呈している土地(略)の区域」(1号),「河川管理施設の敷地である土地の区域」(2号),及び「堤外の土地(略)の区域のうち、第一号に掲げる区域と一体として管理を行う必要があるものとして河川管理者が指定した区域」(3号)をいうとしており,法6条1項1号の河川区域については,同号に規定する実態を喪失した土地,同項2号の河川区域については,河川管理施設の効用がなくなった当該施設及びその敷地が,同3号の河川区域については,河川管理者の河川区域の変更又は廃止により当該河川区域から除外された土地がそれぞれ廃川敷地等となる。
(2) 空堀川旧川区域が法6条1項の河川区域又は廃川敷地等のいずれに当たるかにつき検討するに,前記前提事実((2)オ,(3)イ,ウ)のとおり,昭和59年に本件都市計画事業として実施された空堀川新川整備改修工事の完成により,空堀川旧川とは異なる位置に空堀川新川が設けられた後,平成10年12月28日から平成11年3月31日にかけての本件整備工事により空堀川旧川が埋め立てられ,空堀川上流からの水流は空堀川新川のみを流下するようになったのであるから,本件整備工事により,空堀川旧川区域は「河川の流水が継続して存する土地」でも,「河川の流水が継続して存する土地に類する状況を呈している土地」でもなくなり,法6条1項1号の河川区域に該当しなくなったというべきである。空堀川旧川区域に空堀川の流水が存在しない以上,同区域内にある施設が河川管理施設であると認めることはできず,同区域が法6条1項2号に基づく河川区域であると認めることもできない。さらに,同3号の河川区域は,1号の区域の存することを前提とするものであるから,1号の河川区域が存しない場合には,3号の河川区域が存することもない。したがって,空堀川旧川区域は,本件整備工事により廃川敷地等となったと認められる。
被控訴人は,本件地下埋設管きょ内の空堀川旧川周辺の雨水等を集めた水流は,河川法上の河川である空堀川の一部を形成しており,同水流の存する敷地部分は法6条1項1号の河川区域である旨主張する。
しかし,本件地下埋設管きょは,道路側溝の導管から流入した雨水を下流の柳瀬川に流下させる機能を有するにすぎない(甲3の2,9の2,39)。道路上の雨水等を流下させる機能しか有しない施設は,下水道となんら異なるところはなく,本件地下埋設管きょ内の水流をもって,「河川」と認めることはできず,本件地下埋設管きょ内の水流の存する土地をもって「河川が継続して存する土地」と認めることもできない。
2 廃川敷地等の管理権限
(1) 法91条1項は,河川区域の変更又は廃止による廃川敷地等については,従前当該河川を管理していた者が1年を超えない範囲内において政令で定める期間,管理しなければならないと定め,河川法施行令50条により,廃川敷地等の管理者は,廃川敷地等が生じた日から起算して10か月間その管理を行うこととされている。
これらは,河川は自然公物であり,河川が自然的・客観的状態においてその実態を喪失したときは,従来の河川の敷地等は,なんらの行政行為を待つことなく,河川区域から除外され,当該区域が国有地である場合には,普通財産として,国有財産法(昭和23年6月30日法律73号)8条の規定により,財務大臣に引き継ぐことを要するが,河川行政の円滑な執行のため,又は過去における費用負担との調整を図るため,国有財産法の特例として法92条(廃川敷地等の交換)及び93条(二級河川に係る廃川敷地等の譲与)の規定が設けられていることに鑑み,当該区域の管理を直ちに国有財産法の規定によって行うこととすることが不適当であるとして定められたもので,廃川敷地等の管理権限は,法91条1項によって新たに授与されたものである。
(2) 廃川敷地等の管理者は,廃川敷地等を国有財産として管理するのであり,「管理」とは,当該財産を,法に基づき処分(92条に基づく交換等)するほか,管理期間が終了するまで適正な状態において維持保存することをいうと解されるところ,廃川敷地等の管理者は,廃川敷地等を国有財産法8条の規定に従い,普通財産として円滑に財務大臣に引き継ぐ必要があることに照らし,廃川敷地上に占用物件等が存在しない状態で引継を行うために当該占用物件等を撤去することもその管理権限に基づいて行うことができると解するのが相当である。
なお,「河川法の施行について」(河川局長通達昭和40年6月29日建河発245号))8(7)において,「法92条若しくは93条又は施行法18条の規定により処分する場合を除き,廃川敷地等は,法91条1項の期間が満了したときは,国有財産法8条の規定により処理するものであること。この場合において,同条1項本文の規定による引継ぎは,所轄財務局長に対して行うものとされていること。なお,引継ぎは,できるだけ従来の占用物件等の存しない状態で行えるよう,あらかじめ,措置しておくこと。」と定められている。
前提事実によれば,本件止水壁は,本件整備工事により空堀川旧川区域が廃川敷地となったことにより,その本来の機能を喪失しており,廃川敷地等の管理の引継ぎに当たっては,従来の河川管理者において,撤去しておくことが要請されているものというべきである。したがって,空堀川旧川区域が廃川敷地となった平成11年3月31日(本件整備工事完了日)から10か月間のうちに本件止水壁等撤去工事を行うことは,従来の河川管理者が法91条1項によって与えられた権限内の行為である。
しかし,同期間を超えた場合には,特段の事情がない限り,従前の河川管理者は,与えられた廃川敷地等の管理権限を喪失しており,平成14年4月にされた本件工事契約及び同年6月に実施された本件止水壁等撤去工事は権限なくして行われたものといわざるを得ないところ,廃川敷地になってから3年以上を経過した後に締結され実施された本件工事契約及び本件止水壁等撤去工事につき特段の事情があったと認めることはできない。
3 B庶務課長及びC出納長の賠償責任について
(1) 前提事実((2)イ)のとおり,東京都契約事務の委任に関する規則11条2項により,本件建設事務所の所掌に係る事項に関する契約のうち,8千万円未満の工事(設備工事を除く。)の請負契約に関する事務が本件建設事務所長に委任されているが,そもそも,都知事の有していた空堀川旧川区域に係る管理権限(法91条1項によって与えられたものを含む。)は,本件整備工事から10か月を経過した時点で喪失しており,D所長の本件工事契約を締結した行為は,法令の根拠に基づかない違法なものといわざるを得ない。
(2) しかし,被控訴人は,本件工事契約に基づき本件支出命令を発したB庶務課長に対し,地方自治法243条の2第3項による賠償命令をすることができない。その理由は次のとおりである。
ア 財務会計上の行為を行った職員に対し,地方自治法243条の2第3項による賠償命令をすることができるのは,先行する原因行為に違法事由がある場合であっても,当該原因行為を前提にしてされた当該職員の行為自体が,故意又は過失により財務会計法規上の規定に違反してされた違法なものであるときに限られる(最高裁平成13年(行ヒ)第40号平成17年3月10日第一小法廷判決・裁判所時報1383号3頁参照)。
前提事実のとおり,B庶務課長は,東京都会計事務規則6条1項2号及び東京都建設事務所処務規程3条2項により,本件建設事務所に属する支出の命令に関する事務を委任されているが,東京都契約事務の委任等に関する規則11条2項により,本件建設事務所の所掌に係る事項に関する契約のうち,8千万円未満の工事(設備工事を除く。)の請負契約に関する事務を委任されたD所長の締結した本件工事契約を解除する等の権限を有していたとはいえず,本件工事契約が著しく合理性を欠き,そのために予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵があるときでない限り,これを尊重し,その内容に応じた財務会計上の措置を執る義務を負う。
イ 証拠(甲3の2,9の2)によれば,Eが平成14年4月22日にした監査請求に基づき実施された監査において,東京都建設局は,概要次のとおりの説明をしたことが認められる。
① 空堀川上流からの流水は,空堀川新川に一本化できる見通しとなったことから,都は,平成6年,清瀬市と空堀川旧川の利用方法等につき協議を開始した。
② この協議において,清瀬市が従来から空堀川旧川周辺流域の道路雨水(本件流域雨水)を空堀川旧川に放流しており,本件流域雨水を排除する公共下水道整備計画がないため,都は,本件流域雨水を柳瀬川に流下させる役割を空堀川旧川に引き続き担わせることとし,既設護岸の上部撤去,本件流域雨水を柳瀬川に流下させる管きょの敷設,埋立て等を行い,埋立て後の上部は,清瀬市が公園として利用することとした。
③ 本件建設事務所は,平成10年度において本件整備工事を実施し,上流からの流水を空堀川新川に一本化するとともに,空堀川旧川において,本件流域雨水を柳瀬川に流下させる管きょを埋設し,埋立工事を実施した。
④ 本件整備工事により,空堀川旧川は,上流からの流水はなくなったが,本件流域雨水を柳瀬川に流下させる役割を果たしているから,廃川手続を行っていないとしても違法とはいえない。
⑤ 清瀬市は,平成11年7月,本件建設事務所長から空堀川旧川区域全域につき占用許可を受けたが,本件止水壁が残されており,かつ,その外側部分約84m2が不法に占用されているため,本件止水壁の外側部分を整備できないまま,清瀬G公園を開園し,現在に至っている。このため,同事務所は,不法占用状態の解消に向けて取り組んでいるところである。
⑥ 本件建設事務所長は,本件止水壁は不要となり,公園整備を阻害しているため,河川区域全域を公共の用に供するため,本件止水壁を撤去することとしたものであり,このことは何ら違法・不当なものではないと考えている。
ウ 平成14年当時の東京都建設局の見解が上記のようなものである以上,B庶務課長としては,本件工事契約の締結が著しく合理性を欠き,そのために予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵があると判断することは極めて困難であったというべきであるから,B庶務課長としては,本件工事契約を前提としてこれに伴う所要の財務会計上の措置を執る義務があるというべきである。そうすると,本件工事契約の内容に従って行われた本件支出命令が財務会計法規上の義務に違反してされた違法なものであるということはできない。
エ D所長のした本件工事契約の締結が違法であっても,B庶務課長のした本件支出命令につき財務会計法規上違法と認められない上記事情は,C出納長についても同様というべきであり,本件支出命令に従って行った請負代金の支出行為が財務会計法規上の義務に違反してされた違法なものであるということはできない。
4 A知事の損害賠償責任について
(1) 普通地方公共団体の長の権限に属する財務会計上の行為を,委任を受けた補助職員が処理した場合は,当該長は,補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失により当該補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り,普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負う(昭和62年(行ツ)第148号,平成5年2月16日第三小法廷判決・民集47巻3号1687頁参照)。
(2) 証拠(甲9の2,10,21,22,23の1及び2)及び弁論の全趣旨によれば,①Eは,都に対し,申請者をEとし,被申請者をA知事とする平成13年6月1日付け「都有地払い下げについての申請書」と題する書面を提出し,同書面において,空堀川旧川区域が廃川敷地となった旨を記載していること,②Eは,都に対し,A知事宛の同年12月21日付け回答書及び同月28日付け「回答書(2)について」と題する書面を提出し,同書面において空堀川旧川区域を河川区域として扱うことは河川法に違反することを指摘していること,③Eが平成14年4月22日にした本件止水壁撤去等工事の差止めを求める旨の住民監査請求の審理において提出されたA知事名義の同年6月付け「住民監査請求に対する局説明について」と題する書面において,空堀川旧川区域は河川区域であり廃川手続を行っていないとしても違法ではない旨の記載があること,④Eは,都に対し,A知事宛の同年6月20日付け通知書を送付し,司法判断の結果が出るまで本件止水壁撤去等工事を控えることを要請していることの各事実が認められる。
しかし,東京都のような大規模な普通地方公共団体においては,長宛の書面のすべてが長の目に触れる訳ではないこと,長名義の書面がすべて長の実質的な判断を経て作成されているとは限らないこと等は自明のことである。現に上記①及び②の各書面に対しては,D所長が担当者としてE宛に回答書(甲22)あるいは「東京都の意見」と題する書面(甲26)を送付しており,上記事実から直ちにA知事がE提出の書面を目にしていると認めることもできず,またそのこと自体が非難されるべきことともいい難い。さらに,前記のとおり,空堀川旧川区域が廃川敷地ではないとするのが当時の都の建設局の意見であったことからしても,A知事がD所長による本件工事契約の締結及びB庶務課長による本件支出命令を阻止しなかったことにつき,その指揮監督上の義務に違反したものと認めることはできない。
5 まとめ
上記のとおりであるから,控訴人の請求はいずれも理由がない。
第5結論
よって,原判決は相当であり,当審において追加された請求は理由がないから,本件控訴を棄却し,当審において追加された請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 江見弘武 裁判官 植垣勝裕 裁判官 市川多美子)