大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成17年(行コ)94号 判決 2006年5月30日

控訴人

国鉄千葉動力車労働組合

被控訴人

中央労働委員会

同参加人

東日本旅客鉄道株式会社

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴を棄却する。

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が,中労委平成8年(不再)第8号,第10号各不当労働行為再審査申立事件につき,平成15年7月16日付けでした命令(以下「本件命令」という。)をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人及び同参加人の負担とする。

第2事案の概要

1  要旨

本件は,被控訴人参加人(以下「参加人」という。)の従業員を構成員とする労働組合である控訴人が,控訴人の実施したストライキに対する参加人の対応等が不当労働行為に当たるとして地方労働委員会に救済の申立てをし,その一部が認容されたので,双方から再審査の申立てがされ,その申立てに対し,被控訴人が,初審命令のうち認容部分を取り消す旨の命令を発したため,控訴人が,被控訴人に対し,同命令の取消しを求めた事案である。

(1)  控訴人は,参加人に対し,平成2年3月19日午前0時(ただし,本線乗務員については始発時,地上勤務者については始業時)から千葉,津田沼,館山,勝浦及び銚子の運転区並びに幕張電車区木更津支区(以下「木更津支区」という。)及び京葉運輸区において,48時間から72時間までのストライキ(以下「本件予定スト」という。)を予告していたが,その予告を繰り上げて同月18日正午からストライキを実施した(以下,この繰り上げて実施された部分のストライキを「本件繰上スト」といい,本件予定ストと本件繰上ストを合わせて「本件スト」という。)。参加人は,①本件ストにおいて,控訴人組合役員及び組合員に対して入構拒否,会社施設(休養室,乗務員詰所等)からの排除等を行い,また,本件繰上ストが違法であるとして,②その旨の社長談話の発表,新聞広告記事の掲載等の広報を行うとともに,③本件繰上スト参加の組合員の勤務の取扱いを「争議」ではなく,届出なく部分的に勤務を欠いた者に対する取扱いである「否認」又は届出なく出動しない者に対する取扱いである「不参」としたほか,④控訴人組合役員及びストライキ参加組合員に対し,他のストライキの際の行動をも合わせて,出勤停止等の処分をした。これに対し,控訴人は,上記①から④の各行為について,本件繰上ストが正当な争議行為であることを前提に,いずれも不当労働行為に当たるとして,千葉地方労働委員会(以下「千労委」という。)に対し,上記の争議準備行為の妨害等の禁止,広報の撤回,勤務取扱いの「争議」への変更,処分の撤回及びポストノーティスを内容とする救済の申立て(千労委平成2年(不)第3号)をした。

(2)  千労委は,平成8年4月16日付けで,参加人に対し,前記の申立てについて,本件繰上ストに参加した控訴人組合員の勤務扱いの「争議」への変更,処分の撤回及びポストノーティスを命じ,その余の申立てを棄却する命令(以下「本件初審命令」という。)を発した。

そこで,参加人は,被控訴人に対し,本件初審命令のうち控訴人の申立てを棄却した部分を除く部分を不服として再審査の申立て(中労委平成8年(不再)第8号)をし,他方,控訴人は,被控訴人に対し,本件初審命令のうち控訴人の申立てを棄却した部分を不服として再審査の申立て(同第10号)をした。

(3)  被控訴人は,平成15年7月16日付けで,本件初審命令のうち控訴人の申立てを認容した部分を取り消して同部分に関する控訴人の不当労働行為救済の申立てを棄却するとともに,控訴人の再審査申立てを棄却するとの命令(本件命令)を発した。

そこで,控訴人が,本件訴訟を提起して,本件命令の取消しを求めたものである。

原判決は,控訴人の請求を棄却し,控訴人が,これを不服として控訴した。

2  争いのない事実等,争点及び当事者の主張の要旨

争いのない事実等,争点及び当事者の主張の要旨は,原判決の「事実及び理由」中の「第2事案の概要」の1及び2に記載されたとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決4頁6行目の「総務課」を「総務課〔勤労課,企画室〕」に,同9行目の「津田沼」を「習志野」に,6頁23行目の「X1」を「X1」に,20頁末行の「転化し」を「転嫁し」に,原判決添付別紙2「本件処分一覧表」(省略)の「番号」5の項の「処分事由の概要」欄の「運転士」を「運転士等」にそれぞれ改める。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,本件入構拒否等は不当労働行為には該当せず,本件繰上ストは目的,手続及び態様において正当性を欠く違法な争議行為であり,本件広報,本件勤務扱い及び本件処分のいずれも不当労働行為には当たらないから,本件命令に係る被控訴人の判断は相当であって,控訴人の請求は理由がないものと判断する。

その理由は,後記2のとおり控訴理由に対する説示を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第3 争点に対する当裁判所の判断」に記載されたとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決30頁22行目の「原告乗務員詰所」を「乗務員詰所」に,同25行目の「午後4時45分」を「午後4時22分」に,34頁8行目の「被告」を「参加人千葉支社長Y1」に,同21行目の「正常運転になった場合の」を「正常運転になった場合に」に,35頁7行目から8行目までの「休養室の」を「勤務に就く者以外の入構を拒否し,休養室の」に,49頁11行目の「Y1」を「Y1」に,54頁6行目の「転化し」を「転嫁し」に,61頁6行目及び7行目の「,「申立人組合員の行動等一覧表」,「被処分者の争議関連非違行為等一覧表」は,いずれも」を「及び「申立人組合員の行動等一覧表」は,いずれも千葉支社勤労課が作成したもので,千葉支社対策本部において,本件ストの前日及び当日に現地各対策本部から電話で寄せられた情報を支社会議室の壁に貼った模造紙に逐一書き込んだ上,それらの情報を整理してB4版用紙に転記し,さらに,それを千葉県地方労働委員会に提出するため,同委員会における参加人の主張に沿って整理したものであり,「被処分者の争議関連非違行為等一覧表」は」にそれぞれ改める。

2  控訴理由について,以下のとおり,判断する。

(1)  控訴人は,参加人が,平成2年3月18日以前の段階で,ストライキ突入時期の前倒しがあることを十分に承知し,かつ,控訴人による戦術拡大の警告を12時間前倒しと理解した上で余裕を見込んで要員配置を整えていたにもかかわらず,原判決が,参加人において本件予定ストが繰上実施されることを予見できなかったとした上,本件繰上ストについて,手続・態様においても違法であるとしたことは,不当である旨主張し,その主張を裏付ける事情として,①参加人関係者にあっては,控訴人が第1波ストにおいて12時間の繰上実施を行ったことから,控訴人が同様の行動をとる能力も覚悟も有することを承知していたこと,②参加人側の対処をみても,控訴人が本件繰上ストに突入すると同時に代替乗務員が代替乗務していることやストライキの対策要員が早い時間帯から準備されていたことを指摘する。

たしかに,昭和60年11月28日正午から同月29日までの間に実施された第1波ストは,当初,同日午前0時から実施される予定であったものの,本件ストと同様に,12時間操り上げて実施されてるが,当時の経験のみから,参加人において,本件の場合についても,控訴人が12時間繰り上げてストライキを実施することが確実であると予見していたものということができないことはもとより,本件繰上ストに至る経緯を加えてみても,参加人において本件繰上ストを予見することが可能であるとして本件繰上ストを正当視することはできない。そもそも,第1波ストの際には,控訴人は,同月27日の夕刻に報道機関に対しストライキの繰上実施を発表していたものであり,そのことからすると,参加人が,控訴人においてストライキを繰上実施する場合でも,第1波ストと同様に,直前の通告ではなく,相当の猶予をもって通告をすると考えたとしても不自然ではなく,そのほかの事情も含めて,第1波ストと本件ストとでは,事情を異にするものであるから,第1波ストにおける繰上実施の事実が控訴人の主張事実を裏付けるものとはいえない。

次に,参加人が,千葉及び津田沼の運転区において,本件予定ストに備えて代替乗務員を確保していたこと,本件繰上ストの実施に伴い,一部で代替乗務員によって代替乗務がされたことは,原判決の認定するとおりであり,また,代替乗務員以外で平成2年3月18日午後0時から直ちにスト対策に参与した対策員が50名いるが,上記の事実が,参加人側において本件繰上ストを予測してある程度備えていたことを裏付け得る余地があるとしても,本件全証拠によってもこれらの者がどのような経緯で配置に付いたのかは必ずしも明らかではなく,参加人が同日より前に同日午後0時からのストライキの繰上実施を確定的に予見していたとか,そのための準備を計画的に整えていたことまで裏付けるものということはできない。むしろ,本件繰上ストの実施当日,千葉駅において,代替乗務員の迅速な手配ができなかったために列車の滞留が生じ,それに伴い列車の運行に大きな混乱が生じたことは(本判決で引用する原判決の第3の2(2)エ(ウ)),参加人において,本件繰上ストの実施を確実なものとして予見せず,代替乗務員の確保等において入念な準備態勢を整えることができていなかったことを端的に裏付けるものということができる。なお,運転経験と資格を有する助役3名及び指令員2名が,本件繰上ストの際に,代替乗務以外の駅の客対応若しくは警備又は指令の勤務に就いているが,運転経験と運転士の資格があっても,乗務する線区を常時運転している運転士と共に運転することを試みて初めて単独で乗務することができるのであり,上記の者らが列車の運転経験や資格を有するからといって,直ちに代替乗務が必要となる線区の運転を担当し得るものということはできず,上記事実が,代替乗務員の確保が十分にされていたことを基礎付けるものではない。

他に,控訴人の上記主張を認めるに足りる証拠はなく,同主張は,採用することができない。

(2)  控訴人は,参加人が,遅くとも,平成2年3月18日午前10時46分ころから開始された控訴人側(X2副委員長及びX3交渉部長)と参加人側(Y2勤労課長,Y3輸送課長ほか)との協議(以下「本件協議」という。)において控訴人側からストライキの繰上実施について言及された段階で,ストライキの繰上実施が必至であることを十分に認識していたにもかかわらず,原判決が,ストライキの繰上実施が5分前に通告された事実を本件繰上ストに正当性がないことの根拠として強調することは,不当である旨主張し,その主張を裏付ける事情として,①参加人側において,その主張のとおり,同日午前10時46分以降,同支社の責任者であるY1支社長やY4総務部長と連絡がとれない状況にあったとすれば,事前に,ストライキの繰上実施が控訴人側から示唆された場合にも既定方針を貫くことが決定されていたからであり,連絡がとれないことが偽りであるとすれば,決定済みの方針を明らかにせずに時間稼ぎをするためであったとみられること,②Y3輸送課長とY5総務課長は,本件協議終了時,午前11時30分ころ,ストライキの繰上げを予測した行動をとり,特にY5総務課長は,代替乗務員の手配の開始を指示していたことを指摘する。

たしかに,参加人においては,本件協議がされたころ,Y1支社長やY4総務部長と連絡がとれない状況にあったことが認められるが,本件全証拠によっても,その前後の事情や理由については明らかではない。また,Y3輸送課長は,本件協議の当日午前11時30分ころ,千葉支社対策本部から同勤労課に戻る途中で同運輸部に立ち寄り,正午以降ストライキの繰上げがあるかもしれないと伝えるとともに,Y5総務課長は,同じころ,千葉支社対策本部員に対し,正午以降ストライキの繰上げがあり得るとして代替乗務員の手配開始を各現業機関に連絡するよう指示している(本判決で引用する原判決の第3の2(2)ウ(ウ))。しかし,上記の各事実から,直ちに,参加人側においてストライキの繰上実施が控訴人側から示唆された場合にも既定方針を貫くことが事前に決定されていたものとまでは推認することができず,本件協議において,X2副委員長らが同日午後0時からのストライキの繰上実施に言及した段階で,ストライキの繰上実施が必至であることを認識していたということもできないのであり,他に,控訴人の主張事実をうかがわせる事情は見当たらず,指摘事実を認めるに足りる証拠もない。そもそも,原判決は,本件繰上ストの正当性について判断するに当たり,本件入構拒否等の正当な措置に対する抗議として行われたもので目的において正当ではないとした上,その手続について,控訴人が参加人側に対してストライキの繰上実施について明確に通知したのが5分前であった事実だけではなく,控訴人の設定した最終回答期限が平成2年3月18日午前11時35分ころで,その時点からみても繰上実施が約25分後に迫る突然のものであった事実を指摘するとともに,その態様について,本件繰上ストによって列車ダイヤ等に混乱を生じさせるものであったことや控訴人としてもそのことを十分予測できたこと等も合わせて考慮して,本件繰上ストが目的のみならず,手続・態様においても正当性を欠くとしたものであり,単にストライキの繰上実施について明確に通知したのが5分前であったことだけを考慮したものではなく,その判断は正当である。

したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。

(3)  控訴人は,千葉駅の内房線,外房線等の各ホームにおける列車滞留の原因について,参加人による代替乗務員確保や列車処理等に係る対応の不適切さと態勢の不備にあったにもかかわらず,原判決が,ストライキの繰上実施にあったとしたことは,著しい事実誤認である旨主張し,その主張を裏付ける事情として,①参加人において,ストライキの繰上実施を予見し,あるいは,十分予見することができたこと,②参加人は,X2副委員長の「途中は入れない」との発言について,午後0時以前に勤務に就いている者には当日の最後まで勤務させる趣旨でされたものと誤解したため,どの列車がストライキに入るかについてすら正確な認識を欠いたこと,③参加人としては,乗務員等の組合所属の実態を把握している千葉運転区等の現業区において,乗務割交番表や仕業表を参照して,千葉駅に入る列車の乗務員や乗継乗務員のうちストライキに入る者を割り出すことは極めて容易であったにもかかわらず,乗継乗務員の組合所属や乗継駅の洗い直し作業をいちいち現場に問い合わせたり,当日の勤務のダイヤを見て個別に把握するという極めて不合理かつ非能率的な対応をし,もって代替乗務員の確保に多大な時間を費やしたこと,④参加人においては,予備要員の合理化政策を採用したために,代替乗務員の確保を困難にしていた上,代替乗務員の配置の重点を千葉以西(総武緩行線・快速線)に置いて千葉以東を軽視したこと,⑤参加人は,乗継乗務員が控訴人に所属する組合員であって速やかに代替要員を確保できないことが判明した場合には,当該列車の運行を打ち切り,列車を本線上から近くの幕張電車区や引込線(東千葉の電留線)等に入線させることが可能であり,そうすべきであったにもかかわらず,滞留車両の的確な移動などの対応を怠ったことを指摘する。

しかし,①について,前示のとおり,指摘の事情を認めるに足りる証拠はない。②について,X2副委員長が,平成2年3月18日午後0時ころ,千葉支社を退出する際,Y2勤労課長からストライキに入れる対象について尋ねられ,「途中は入れない」と答え(本判決で引用する原判決の第3の2(2)ウ(オ)),Y2勤労課長を始めとする参加人側は,その発言を午後0時以前に勤務に就いている者はその日の最後まで勤務させる趣旨と理解したことは,控訴人の指摘するとおりである。しかし,X2副委員長の発言内容とその前後の事情に照らせば,Y2勤労課長らにおいて,その発言を上記のように解釈することが格別不合理ということはできず,控訴人の指摘するとおり,参加人側において控訴人による国鉄時代以来のストライキ戦術を認識していたであろうことを考慮しても,Y2勤労課長らの理解が不適切で,その結果として代替乗務員の手配に混乱を来したとまでいうことは困難である。そもそも,X2副委員長が上記発言をした趣旨について,乗務員にあっては行先地に着いた時点からストライキに入れることを意味するなど参加人側の上記の理解とは異なる意味であることを的確に裏付ける客観的証拠もない上,むしろ,ストライキに入れる対象について,X2副委員長が同日午後0時27分ころ,Y2勤労課長にわざわざ架電して,自区のある駅に戻ったときにストライキに入れると述べ,さらに,X3交渉部長が,同日午後0時35分ころY2勤労課長に架電して,乗務中の組合員は行先地に着いた時点でストライキに入れると述べていることからすると(本判決で引用する原判決の第3の2(2)ウ(オ)),X2副委員長の上記の発言は,Y2勤労課長らが理解した意味でされたものと解することが相当である。③について,控訴人の主張するとおり,乗務員等の組合所属の実態を把握している千葉運転区等の現業区において,勤務割交番表や仕業別作業標準を参照して,千葉駅に入る列車の乗務員や乗継乗務員のうちストライキに入る者を割り出すことは必ずしも困難ではないともみられるものの,参加人において,乗継乗務員の組合所属や乗継駅の洗直し作業等を現場に問い合わせるなどして個別に対応しているとしても,本件繰上ストが十分な予告時間をもって実施されなかったことをも考慮すると,参加人の上記の個別の対応をもって,直ちに,代替乗務員を迅速に手配することができなかった原因や千葉駅の各ホームにおける列車滞留の原因が専ら参加人の対応の不適切さにあったとまでいうことはできない。そもそも,上記のとおり,X2副委員長において,本件繰上ストの開始当初,午後0時以前に勤務に就いている者について当日の最後まで勤務させる趣旨の発言をしながら,その後,控訴人側から2度にわたってストライキに入れる対象を変更する旨の連絡がされたことが,参加人において代替乗務員の手配が円滑に進まなかった原因の一つとなったことも指摘されなければならない。④について,予備要員は,本件繰上ストが実施された当時,千葉駅においては,2名程度にとどまることが認められる。たしかに,予備要員が多ければ代替乗務員の確保がより容易になっていたことは否定できないとしても,他の事情を考慮することなく,将来の繰上ストライキの実施に備えて,より多くの数の予備要員を確保すべきであったとまではいうことができず,上記程度の予備要員にとどまったことをもって代替乗務員の手配が迅速に図られなかったことや千葉駅に列車が滞留したことの原因が専ら参加人にあったことを基礎付けることは難しい。また,千葉駅において,内房線及び外房線の着発線で満線の状況にあり,総武本線及び成田線においても列車の滞留が認められたが,千葉以東において,千葉以西に比べて代替乗務員を十分に配置しなかったことが,千葉駅における列車滞留につながったことを認めるに足りる証拠はない。⑤について,参加人において,列車を本線上から近くの幕張電車区や引込線(東千葉の電留線)等に入線させることが不可能ではなかったといえるものの,本件全証拠によっても参加人にとって代替要員を迅速に手配することができないことが判明した時期も明らかではなく,また,参加人がその入線を担当し得る乗務員を早期に手配できたことを認めるに足りる証拠もない上,列車の運行の打切りが当該列車を利用して,先の駅に行こうとする乗客に直接迷惑を掛けることからすると,列車の運行を打ち切っても後続列車の運行が確保されるなどのより効率的な方策を採ることができたことを認めるに足りる証拠もない本件においては,列車の運行を打ち切る措置を執らなかったことを非難して,千葉駅の列車滞留の原因を専ら参加人側の落ち度によるものと評価することは困難である。そのほか,控訴人の主張するとおり,代替乗務員の確保が,本件繰上ストの通告後の5分間に一斉にする必要がなく,本件スト参加組合員が各交番勤務ごとにストライキに突入するのに従い,順次に図られれば足りるとしても,ストライキの実施される場所に応じて臨機に代替し得る乗務員を当てることは,ストライキ実施の乗務員とその態様等をつぶさに把握することが必要であり,現に乗務中の組合員が当該行路の終着駅や乗務員の交代駅でストライキに入っていた状況等からみても,限られた時間内に,ストライキ実施の乗務員とその態様,実施の場所及び列車と関係線区及び他の運行との関わり等をすべて把握することは容易ではなかったということができる。

千葉駅の内房線,外房線等の各ホームにおける列車滞留の原因その他のダイヤの混乱等については,参加人による代替乗務員確保や列車処理等に係る対応の不適切さと態勢の不備が一部にあったとしても,専らストライキの繰上実施にあったというべきであり,原判決の認定判断は,正当である。

(4)  控訴人は,ストライキが労働力の集団的引揚げによって使用者の財産権に対抗する実力行使として現行法上肯認され,ストライキに伴う業務の阻害や利用客の迷惑といった結果が発生することは当然の前提となっているにもかかわらず,原判決が,本件ストライキによる業務遂行の混乱や利用客の迷惑を控訴人が予測できたとして,その手続・態様において正当性を欠くとしたことは,争議権保障の趣旨を理解しないものであって,不当である旨主張する。

争議行為は,正当なものである限り,市民法秩序を阻害することがあっても,刑事上及び民事上免責され得ることはいうまでもない。挙示証拠によれば,本件繰上ストが,参加人の業務を阻害し,利用客に多大な迷惑を与え,かつ,控訴人においてその事実を予測できたと認定することができ,原判決は,この事実に加えて,本件繰上ストが本件予定ストに係る事前の通告内容に反し,繰上げについての事前の通告も十分な猶予なく行われたこと等をも合わせ考慮して,その手続及び態様からみても正当性を欠くと判断したものであって,原判決の認定判断は,正当として是認することができる。

控訴人の上記主張は,原判決を正解しないものであって,失当である。

(5)  控訴人は,原審における主張を繰り返して,ストライキが労働組合という団体の意思決定に基づき,労働組合の行為として実行するものである趣旨に照らし,また,憲法の保障する団体行動権の行使を萎縮させたり,不当に制約させないために,ストライキが違法と評価される場合であっても,個々の労働者に責任を負わせるべきではなく,とりわけ,本件においては,本件繰上ストの正当性の判断に当たり,初審申立てから本件初審命令が発せられるまで6年,再審申立てから本件命令が発せられるまで7年を要していることからすると,きわめて困難な判断を個々の組合員に委ねた上,正当性を欠くとの事後的判断の下にストライキの責任を負わせることに帰すことになるから,控訴人の組合員個人に責任を負わせるべきではないとして,原判決が,違法な争議行為に参加して服務上の規律に違反した者について懲戒責任を免れることができないとしたことを非難する。

しかし,争議行為に参加した者の行為について,労働者の争議行為が集団的行動であることによって,参加者個人の行為としての面が当然に失われるものではなく,違法な争議行為に参加して服務上の規律に違反した者は懲戒責任を免れることができないと解するのが相当である(最三小判昭和53年7月18日民集32巻5号1030頁)。違法な争議行為に参加して服務上の規律に違反した者において,当該争議行為の正当性に係る判断を困難とする事情があったとしても,他に特段の事情がない限り,服務上の責めを免れず,違法なストライキに参加した組合員個人の責任を追及することが団体行動権の行使を萎縮させ不当に制約するものとも考えられないのであり,上記解釈を左右するものではない。

控訴人の上記主張は,独自の見解に基づくものであって,採用することができない。上記主張に関し,控訴人の引用する判例(最三小判昭和60年4月23日民集39巻3号730頁)は,事案を異にし,本件に適切ではない。

(6)  控訴人は,「集会状況及び滞留状況一覧表」と題する書面(以下「集会状況等一覧表」という。),「申立人組合員の行動等一覧表」と題する書面(以下「組合員行動等一覧表」という。)及び「被処分者の争議関連非違行為等一覧表」と題する書面(以下「非違行為等一覧表」という。)について,いずれも信用性がないにもかかわらず,原判決が,これらによって控訴人組合員らによる暴言及び滞留等の事実を認定して本件処分に係る処分事由の存在を肯定したことを非難し,その主張を基礎付ける事情として,①集会状況等一覧表及び組合員行動等一覧表については,広報班あるいは労働対策班に属する社員が現場から電話で報告を受けた内容を模造紙に書き付け,それを別の者がB4の紙に転記し,さらにそれらが本件スト後3年近く経過してまとめられたもので,電話の聴き取り,模造紙への書き付け,転記の各段階で誤りが混入する可能性があるのに,記載内容の真正を担保するための措置が講じられていないこと,②非違行為等一覧表についても,記載内容の真正を担保するための措置が講じられていないこと,③集会状況等一覧表と非違行為等一覧表を比べて,控訴人組合員が平成2年1月18日に館山駅ホームで乗務員に罵声を浴びせたとされる時刻と同日に館山駅ホームで嫌がらせ発言があったとされる時刻とが一致していないことを指摘する。

集会状況等一覧表及び組合員行動等一覧表は,いずれも平成4年9月1日付けで千葉支社勤労課によって作成されたもので,千葉支社対策本部において,本件ストの前日及び当日に現地各対策本部から電話で寄せられた情報を支社会議室の壁に貼った模造紙に逐一書き込んだ上,それらの情報を整理してB4版用紙に転記し,さらに,それを千葉県地方労働委員会に提出するため,同委員会における参加人の主張に沿って整理されたものであり,非違行為等一覧表は,同日付けで千葉支社人事課によって作成されたもので,後の懲戒処分等のために本件繰上スト参加者の非違行為を把握するために,現場管理者やスト対策員らが作成した現認報告書に基づき記載されたものであり,本件全証拠によっても,いずれの文書にもその作成過程に不審の念を起こし得る事情は見当たらない。たしかに,控訴人が上記③において指摘するとおり,集会状況等一覧表及び組合員行動等一覧表に掲げられた問題行動の発生時刻と非違行為等一覧表に掲げられた非違行為の発生時刻に一致しない部分が認められる。しかし,集会状況等一覧表及び組合員行動等一覧表は,前示のとおり,支社対策本部が本件繰上ストの前日及び当日における各現地の状況を把握する目的で,各現地対策本部から電話で報告を受けた情報をまとめたもので,現認報告書の報告内容を含まないものであり,一方,非違行為一覧表は,非違行為の行為者とその具体的内容を特定することを主眼とし,現認報告書に基づき作成されたもので,現に,本件処分は,現認報告書に基づいて行われたものであって(弁論の全趣旨),両者は,作成目的,作成経緯を異にするものであることからすると,集会状況等一覧表及び組合員行動等一覧表と非違行為等一覧表との間で,上記のような記載内容の不一致が生ずることも必ずしも不合理であるものと断定することはできず,それが,直ちに,上記各一覧表の信用性を否定することにつながるものではない。むしろ,集会状況等一覧表,組合員行動等一覧表及び非違行為等一覧表は,原判決も説示するとおり,いずれも現認ないし事情聴取等に基づくものであり,その内容自体も具体的かつ詳細なものであって,その作成過程において誤りが混入するおそれがあることは否定できないとしても,作成過程に不審の念を起こし得る事情も見当たらず,個別の記載内容について具体的な誤りを認め得る反証もないから,その真正を担保するための措置が講じられていないからといって,直ちにその信用性が否定されるものではなく,証拠として採用するに値するというべきである。

したがって,原判決が,上記各一覧表に基づき本件処分に係る処分事由の存在を認定したことは相当であって,控訴人の上記主張は,採用することができない。

(7)  控訴人は,原審における主張を繰り返して,本件処分の処分事由を構成するとされる原判決添付別紙5「非違行為一覧表」(省略)中の各発言等について,ストライキという労使の実力対決の場における一種の緊張関係又は対抗関係から生ずる言動として特に常軌を逸したものではなく,スト破りをした運転士や管理職らに対する発言に語気の荒いものがあったとしても,ストライキに対し対抗的又は敵対的な関係にある者らに対する抗議,批判,非難,説得等の意思表示としてされたものであるから,許容限度内のものと評されるべきものである旨主張する。

しかし,上記一覧表中の言動は,その内容や態様に照らし,原判決説示のとおり,いずれも言論による説得,抗議等の域を超え,参加人による業務遂行の継続を妨害するものとして処分を免れないものといわざるを得ない。このことは,代替乗務員が加入している鉄産労千葉地方本部及び東鉄労千葉地方本部からも,控訴人組合員からの嫌がらせなどにより業務遂行が妨害された等として,参加人に対し善処を求める申入れがされていること(本判決が引用する原判決の第3の1(2)イ(イ)及び(ウ)並びにエ(ア)及び(イ))からも裏付けられる。そのほか,本件処分の程度と個別の非違行為の内容において,均衡を失するとみられるような事情も見出せない。

控訴人の主張は,採用の限りでない。

(8)  控訴人は,転動防止措置の実施等に関して,控訴人に所属する運転士が業務の引継ぎに遺漏がなかったにもかかわらず,原判決が,本件繰上ストの実施において引継ぎが適切に行われなかったとしたのは,不当である旨主張し,その理由として,転動防止を施さなかったとされる列車はいずれも運行の途上に乗継駅でストライキに入ったものであるから,手歯止め等の転動防止措置が必要とされる車両の「留置」があったものではないこと,仮に留置時に準じた扱いが必要であったとしても,転動防止を施さなかったとされる列車が停車していた駅は,いずれも線路に勾配がなく,停車中の列車が自走する可能性が全くなかったから,手歯止めの必要もなかったことを指摘する。

しかし,原判決添付別紙4(省略)に記載されたX4運転士を除く各運転士は,乗務の途中でストライキに突入し,引き継がれるべき運転士がいつ到着するか分からない状況で,乗客が乗ったままの電車から離れたのであるから,運転席を離れる際に留置時に準じた扱いをすべきであったことは明らかである。そして,留置時の扱いでは,運転取扱心得等において,転動防止措置として,手歯止めは必要に応じて行うものとされていたものの,「手ブレーキ緊締」は必ず行うよう定められていたのであって,上記の運転士らは,いずれも手ブレーキ緊締を怠っている以上,手歯止めの必要性の有無にかかわらず,執務標準,作業標準等に定められた転動防止措置を怠ったものというべきであり,上記運転士らがそれらの規定及び指導に違反し,その違反に基づく処分も不当ではないとした原判決に何らの誤りもない。なお,X4運転士は,ストライキに入り運転室を離れる場合に運転する列車の発着時刻を記載した時刻表を駅の事務室に放置した者であるが,時刻表が列車を運転するに当たり準拠すべきものとして運転士の作業標準に当たるものというべきであるから,運転室を離れる場合にはこれを参加人側に引き継ぐべきであったにもかかわらず,これを怠り,もって引継ぎの不良があったものというべきであるから,その行為について処分を行ったことは正当である。

(9)  その他,控訴人は,種々主張して原判決の認定判断を非難するが,いずれも独自の見解に基づくものであるか,又は,証拠に基づかないものであって採用することができない。

3  よって,控訴人の請求は理由がなく,これを棄却した原判決は正当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

東京高等裁判所 第4民事部

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例