東京高等裁判所 平成18年(ネ)1708号 判決 2006年11月28日
控訴人
A野太郎
同訴訟代理人弁護士
流矢大士
被控訴人
B山花子
同訴訟代理人弁護士
南敦
主文
一 控訴人の控訴及び被控訴人の当審における反訴請求の減縮に基づき、原判決を次のとおり変更する。
二 控訴人と被控訴人との間において、控訴人が別紙物件目録記載八の土地について、貸主を宗教法人C川院とする賃借権を有することを確認する。
三 控訴人のその余の本訴請求をいずれも棄却する。
四 控訴人と被控訴人との間において、被控訴人が別紙物件目録記載五の土地について、貸主を宗教法人C川院とする賃借権を有することを確認する。
五 被控訴人のその余の反訴請求を棄却する。
六 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その三を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 本訴請求について
ア 控訴人と被控訴人との間において、控訴人が別紙物件目録記載七の土地について、貸主を宗教法人C川院とする賃借権を有することを確認する。(当審において請求を減縮した。)
イ 被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録記載五の土地上の建物を収去し、同土地を明け渡せ。
ウ 被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録記載六の土地上の建物を収去せよ。
(3) 反訴請求について
被控訴人の反訴請求を棄却する。
(4) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
(5) (2)項のイ及びウにつき仮執行の宣言
二 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二事案の概要
一 本件は、①別紙物件目録記載一及び二の土地(原判決別紙物件目録記載一及び二の土地と同じ)の一部を宗教法人C川院(以下「C川院」という。)から賃借している控訴人(原審本訴原告・反訴被告)が、同じくC川院から隣接地を賃借している被控訴人(原審本訴被告・反訴原告)に対して、控訴人が別紙物件目録記載三の土地(原判決別紙物件目録記載三の土地と同じ)について賃借権を有することの確認を求めるとともに、賃借権に基づく妨害排除請求として別紙物件目録記載五の土地(原判決別紙物件目録記載五の土地と同じ)上にある被控訴人の建物の一部を収去して同土地を明け渡すよう求め、さらに、民法二三四条に基づき別紙物件目録記載六の土地(原判決別紙物件目録記載六の土地と同じ)上にある被控訴人の建物の一部を収去するよう求めた事案であり(本訴請求)、②これに対し、被控訴人が、反訴を提起して、控訴人に対し、被控訴人が別紙物件目録記載四の土地(原判決別紙物件目録記載四の土地と同じ)について賃借権を有することの確認を求めた事案である(反訴請求)。
原審は、控訴人の本訴請求をいずれも棄却し、被控訴人の反訴請求を全部認容した。そこで、控訴人が原判決を不服として控訴した。
当審において、控訴人は、本訴請求の賃借権確認の範囲を被控訴人との間で争いのある範囲(別紙物件目録記載七の土地)に減縮し、被控訴人も、反訴請求の賃借権確認の範囲を控訴人との間で争いのある範囲(別紙物件目録記載七の土地)に減縮した(以下、別紙物件目録記載七の土地を「本件係争地」という。)。
二 前提となる事実は、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の一(原判決二頁一五行目から三頁三行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決二頁二〇行目の「借地権」を「その敷地の借地権(貸主はC川院)」に改め、同頁二二行目の「収用され」を「東京都に買収され」に改め、三頁二行目の「同月三〇日、」を「同年一〇月三〇日までに」に改める。
三 争点
(1) 控訴人と被控訴人の本来の各賃借権の範囲、すなわち、本件係争地をC川院から賃借しているのは控訴人か被控訴人か。(以下「争点一」という。)
争点一についての当事者の主張は、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の二(1)のア及びイ(原判決三頁七行目から四頁七行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(2) 本件係争地のC川院からの本来の賃借人が控訴人と認められる場合に、被控訴人が本件係争地の賃借権を時効取得したか否か。(以下「争点二」という。)
争点二についての当事者の主張は、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の二(2)のア及びイ(原判決四頁一一行目から五頁一行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決四頁二〇行目から二一行目にかけての「中間線付近に旧建物を所有することにより占有しており」を「中間線を越えた別紙図面の8点とオ点とを直線で結ぶ線及びク点とテ点とを直線で結ぶ線まで旧建物の屋根の先端が存在していたことにより別紙物件目録記載三の土地を占有しており」に改める。
(3) 本件係争地のC川院からの本来の賃借人が被控訴人と認められる場合に、控訴人が本件係争地の賃借権を時効取得したか否か。(以下「争点三」という。)
ア 控訴人の主張(当審における新主張)
仮に、本件係争地のC川院からの本来の賃借人が被控訴人と認められるとしても、以下のとおり控訴人には賃借権の取得時効が完成しているから、控訴人は本件訴訟においてこれを援用する。
(ア) 松夫は、昭和三八年二月ころE田とともに二軒長屋を取り壊した際に、E田との間で、C川院からの松夫の借地部分とE田の借地部分との境界を別紙図面のウ・8・オ・カ・キ・ク・テ・ケの各点を順次直線で結んだ線とすることを合意した。
(イ) 松夫(昭和四三年三月二六日死亡)とその相続人である控訴人は、昭和三八年六月中旬に旧建物を建築して以来、別紙物件目録記載三の土地をC川院から賃借しているとの意思で平穏かつ公然と継続的に占有してきており、この土地をC川院から賃借しているとの前提のもとにその賃料を支払ってきた。
(ウ) したがって、昭和三八年六月中旬の旧建物の建築から二〇年が経過したことによって、別紙物件目録記載三の土地の一部である本件係争地について、控訴人のC川院に対する賃借権の取得時効が完成した。
イ 被控訴人の主張
(ア) 控訴人主張の(ア)の事実は否認する。
(イ) 控訴人主張の(イ)の事実も否認する。
昭和三八年の長屋の取壊時あるいはその直前の土地買収時に確定した松夫とE田の各賃借地の境界は、別紙図面のA・B・C・Dの各点を順次直線で結んだ線であり、松夫及びE田の双方がその認識を有していた。したがって、本件係争地について松夫及び控訴人が賃借の意思を有していたはずがない。また、松夫及び控訴人は本件係争地についての賃料を支払っていない。本件係争地についての賃料を支払ってきた者はE田及び被控訴人である。控訴人が主張する「別紙図面の8点とオ点とを直線で結ぶ線及びク点とテ点とを直線で結ぶ線まで旧建物の屋根の先端が存在していた」との事実は不知、「被控訴人の建物が別紙図面の8点とオ点とを直線で結ぶ線及びキ点とト点とを直線で結ぶ線までしか来ていなかった」との事実は認める。
第三当裁判所の判断
一 認定事実
本件の事実経過については、以下のとおり付加、訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」の一(原判決五頁三行目から七頁七行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決五頁一二行目の「賃料」の次に「(一か月五四六円)」を加える。
(2) 原判決五頁一六行目の「現在は同五〇八番八の土地。以下「五〇八番八の土地」という。」を「現在は同五〇八番九の土地。以下「五〇八番九の土地」という。」に改め、同頁一七行目から一八行目にかけての「現在は同五〇八番九の土地。以下「五〇八番九の土地」という。」を「現在は同五〇八番八の土地。以下「五〇八番八の土地」という。」に改める。
(3) 原判決五頁二五行目の末尾に「旧建物は昭和三八年六月中旬ころ完成した。」を加える。
(4) 原判決六頁四行目及び五行目を次のとおり改める。
「E田も、松夫と原告が旧建物を建築した後の昭和三八年秋ころに建物(現在の被告宅居宅)を新築し、松夫と原告が建築した旧建物の基礎にほぼ接するようにブロックを積み上げて外壁を造った(この外壁の外面は、別紙図面の8点とオ点とを直線で結ぶ線及びキ点とト点とを直線で結ぶ線まで達していた。)(甲一五の一・二、二〇、二三、乙一一、弁論の全趣旨)。」
(5) 原判決六頁六行目の「旧建物は、」の次に「昭和三八年一〇月八日に同年九月一六日建築を原因として表示登記がなされ、同年一〇月一二日受付により」を加える。
(6) 原判決六頁末行の「平成九年一〇月三〇日、」を「平成九年一〇月三〇日までに」に改める。
(7) 原判決七頁三行目の末尾に「現建物は平成一〇年五月ころ完成した。」を加える。
(8) 原判決七頁五行目の「暫定借地境界線を定め」を「暫定借地境界線を現在の建物間の中心線である別紙図面のA・B・C・Dの各点を順次直線で結んだ線と定め」に改める。
二 争点一について
(1) 当裁判所も、C川院からの控訴人と被控訴人の各賃借地の本来の境界は現在の建物間の中心線である別紙図面のA・B・C・Dの各点を順次直線で結んだ線であると認めるのが相当であり、したがって、控訴人のC川院からの本来の賃借地の範囲は別紙図面のア・イ・A・B・C・D・サ・アの各点を順次直線で結んだ線で囲まれる土地一三二・六九平方メートル(四〇・一三坪)であり、被控訴人のC川院からの賃借地の本来の範囲は別紙物件目録記載四の土地一〇七・八六平方メートル(三二・六二坪)であるから、本件係争地のC川院からの本来の賃借人は被控訴人(E田の妻竹子からの賃借権の譲受人)であると判断する。その理由は、以下のとおり付加、訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」の二(原判決七頁九行目から一〇頁一三行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
ア 原判決八頁一二行目から一三行目にかけての「五〇八番九の土地」を「E田の借地の一部であった五〇八番八の土地」に改め、同頁の一三行目の「五〇八番八の土地」を「松夫の借地の一部であった五〇九番の土地」に改める。
イ 原判決九頁一八行目の末尾に次のとおり加える。
「前記一(4)に認定のとおり、E田が松夫及び原告が旧建物を建築した直後の昭和三八年秋ころに建物(現在の被告宅居宅)を新築した際に松夫と原告が建築した旧建物の基礎にほぼ接するようにこれとの間に間隔を開けずにブロックを積み上げて外壁を造ったことも、E田が松夫と原告が建築した旧建物の基礎の位置をC川院からのE田と松夫の各賃借地の境界とすることに不満を持っていたことを窺わせるものといえる。」
(2) 控訴人は、「原判決は、①昭和二二年にA田梅夫がC川院から賃借していた三棟の二軒長屋の敷地面積の測量が行われた事実、②その測量の結果、松夫とE田の居住する二軒長屋の敷地面積が八四坪二合二勺となった事実、③松夫とE田の借地面積である四二坪一合一勺が測量に基づくものである事実、を推認して、控訴人がC川院から賃借している土地の範囲は別紙図面のア・イ・A・B・C・D・サ・アの各点を順次直線で結んだ線で囲まれた部分一三二・六九平方メートル(四〇・一三坪)であると認定したが、昭和二二年に測量が行われた事実はないのであるから、二軒長屋の敷地面積が八四坪二合二勺となった事実もなく、松夫とE田の各借地面積「四二坪一合一勺」が測量に基づくものであった事実もない。原判決の上記認定判断は誤っている。」旨を主張する。
しかしながら、ここで重要なことは、昭和二二年に実際に測量が行われたか否かということではなく(当裁判所も測量は実際に行われたものと考える。)、昭和三〇年八月の土地賃貸借契約更新の際にC川院から松夫及びE田にそれぞれ賃貸するとされている各土地の面積がいずれも「四二坪一合一勺」であって同面積であり、賃料も同額の月額五四六円であって(甲七、乙八)、これによれば、C川院が松夫とE田に賃貸した各土地の面積は同一であったと認められることである。しかるところ、別紙図面のA・B・C・Dの各点を順次直線で結んだ線を各賃借地の境界とすれば、昭和三八年二月に東京都に買収される直前の松夫の賃借地の面積は一三八・三〇平方メートル(一三二・六九m2+五・六一m2)となり、E田の賃借地の面積は一三九・二六平方メートル(一〇七・八六m2+三一・四〇m2)となって、ほぼ同一面積となるのである。そうであれば、別紙図面のA・B・C・Dの各点を順次直線で結んだ線を各賃借地の境界とすべきものである。控訴人の主張する境界線では、松夫の賃借地の面積が一四六・一〇平方メートル(一三二・六九m2+五・六一m2+七・八〇m2)となり、E田の賃借地の面積が一三一・四六平方メートル(一〇七・八六m2+三一・四〇m2-七・八〇m2)となって、一四・六四平方メートル(四・四三坪)もの広狭の差があり、これは、昭和三〇年八月の土地賃貸借契約更新の際に作成された各契約書(甲七、乙八)の面積が同一となっていることに照らして、不合理である。
結局、控訴人の上記主張は、控訴人のC川院からの借地の範囲が別紙図面のア・イ・A・B・C・D・サ・アの各点を順次直線で結んだ線で囲まれる土地一三二・六九平方メートル(四〇・一三坪)であると認定した原判決の結論をなんら左右するものではなく、したがって、本件係争地のC川院からの本来の賃借人が被控訴人(E田の妻竹子からの賃借権の譲受人)であるとする上記(1)の結論をなんら左右するものでもない。
なお、控訴人は、当審においてC川院と松夫との間の賃貸借地の面積を「四二坪」と記載した昭和三〇年八月一四日付けの土地賃貸借契約書(甲三七)を提出するが、なぜに原審ではそれを提出せずに賃貸借地の面積を「四二坪一合一勺」とした同日付けの土地賃貸借契約書(甲七)のみを提出したのか、また、なぜにこのような二種類の賃貸借契約書が存在するのか、明らかではない。しかし、両契約書において賃料がいずれも一か月五四六円と記載されていることからすると、当審で提出された上記の土地賃貸借契約書(甲三七)の「四二坪」の記載は賃貸借地の面積の端数を切り捨てて切りの良い数字で表示した以上に意味はないものと認めるのが相当であって、C川院が昭和三〇年八月の土地賃貸借契約更新の際に松夫とE田に対して同一面積の土地を賃貸したとする上記の認定を左右するものではないというべきである。
三 争点三について
上記二のとおり、本件係争地のC川院からの本来の賃借人は被控訴人と認められるので、控訴人が本件係争地についてC川院に対する賃借権を時効取得したか否かについて検討する。
(1) まず、控訴人は、「松夫は、昭和三八年二月ころ、E田とともに二軒長屋を取り壊した際に、E田との間で、C川院からの松夫の借地部分とE田の借地部分との境界を別紙図面のウ・8・オ・カ・キ・ク・テ・ケの各点を順次直線で結んだ線とすることを合意した。」旨を主張するが、本件全証拠によってもこの事実を認めることはできない。
(2) しかしながら、前記一で認定した事実によれば、松夫と控訴人が昭和三八年六月中旬ころに建築した旧建物の基礎は別紙図面の8点とオ点とを直線で結ぶ線や同図面のキ点とト点とを直線で結ぶ線にまで達していたものと認められるから、これによれば、松夫(昭和四三年三月二六日死亡)及びその相続人である控訴人は、旧建物が完成した昭和三八年六月中旬ころ以降、旧建物を所有することによって、別紙図面のア・イ・A・ウ・8・オ・カ・キ・卜・コ・D・サ・アの各点を順次直線で結んだ線で囲まれる土地を賃借地として占有してきたものと認めることができ、したがって、本件係争地のうちの別紙物件目録記載八の土地についても、これをC川院からの賃借地の一部として平穏かつ公然と占有してきたものと認めることができる。他方、本件係争地のうちの別紙物件目録記載八の土地以外の部分(すなわち別紙物件目録記載五の土地)については、これを松夫あるいは控訴人において占有してきたことを認めるに足りる証拠はない。
(3) 賃借権の時効取得が成立するためには、他人の土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、その用益が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されていることが必要である(最高裁判所昭和四三年一〇月八日第三小法廷判決・民集二二巻一〇号二一四五頁、最高裁判所昭和六二年六月五日第二小法廷判決・判例時報一二六〇号七頁)。本件において、別紙物件目録記載八の土地については、①上記(2)のとおり、松夫及びその相続人である控訴人による継続的な用益という外形的事実が存在しており、②そして、松夫及び控訴人は、旧建物の建築・所有によって、本来の自己の賃借地(別紙図面のア・イ・A・B・C・D・サ・アの各点を順次直線で結んだ線で囲まれる土地)に加えて、本来はE田の賃借地である本件係争地のうちの別紙物件目録記載八の土地(別紙図面のA・B・C・D・コ・卜・キ・カ・オ・8・ウ・Aの各点を順次直線で結んだ線で囲まれる土地)をもC川院からの賃借地として用益し(控訴人の本来の賃借地の範囲とE田の本来の賃借地の範囲は、面積がともに四二坪一合一勺であることは明確であったものの、現地においてどこが境界線であるかは明確ではなかった。)、これらの両土地を区別することなく客観的にも一体のものとして用益し続け、外形的にはその一体的な用益の賃料としてC川院との賃貸借契約で定められた賃料を払い続けてきたと認められるから(弁論の全趣旨)、そうとすれば、松夫及びその相続人である控訴人の別紙物件目録記載八の土地についての用益はC川院からの賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているものと評価すべきである。たとえ、松夫と控訴人が昭和三八年四月に敷地面積を四三・七三坪(この面積は、昭和三〇年八月のC川院と松夫との間の土地賃貸借契約更新の際の松夫の借地面積である四二坪一合一勺を超えるものである。)とする旧建物の建築確認申請をしているとしても、また、松夫及び控訴人が昭和三八年六月中旬ころ以降にC川院に対して支払い続けてきた賃料の額が本来の賃借地の面積に相応するものであってこれ以外に別紙物件目録記載八の土地に相応するものは含まれていなかったとしても、外形的には松夫と控訴人が別紙物件目録記載八の土地上に旧建物を建築・所有したことによって以後は同土地の用益の対価をも含めた趣旨でC川院との賃貸借契約で定められた賃料を支払い続けてきたと認められる以上、また、「賃借の意思」は用益者の内心の意思にかかわらず用益開始の原因たる事実によって外形的客観的に認定すべきものである以上、別紙物件目録記載八の土地についての松夫及び控訴人の用益がC川院から賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているものと評価する上記の判断の妨げとはならないものというべきである。
そうすると、昭和三八年六月中旬ころの旧建物の建築から二〇年が経過したことにより、本件係争地のうちの別紙物件目録記載八の土地については控訴人のために取得時効が完成し(民法一六三条)、本件訴訟においてこれを援用した控訴人は、被控訴人との間においては、別紙物件目録記載八の土地につきC川院に対する賃借権を時効取得したことを被控訴人に主張し得るものというべきであり、他方、被控訴人は、控訴人との間においては、控訴人が別紙物件目録記載八の土地についての賃借権を時効取得したことにより反射的に同土地についての賃借権を失い、控訴人に対してはもはや自己が同土地の本来の賃借人であることを主張することができないものというべきである。
控訴人の前記第一の一の(2)アの請求は、上記の限度において理由がある。
(4) 前記(2)のとおり、本件係争地のうちの別紙物件目録記載五の土地については松夫あるいは控訴人においてその用益が認められないのであるから、控訴人に同土地についての賃借権の時効取得を認める余地はない。したがって、別紙物件目録記載五の土地については、被控訴人がC川院からの本来の賃借人として同土地についての賃借権を控訴人に主張することができ、控訴人の同土地上の建物の収去等を求める前記第一の一の(2)イの請求は理由がない。
四 控訴人の民法二三四条に基づく建物収去請求について
当裁判所も、控訴人の民法二三四条に基づく別紙物件目録記載六の土地上の建物の収去請求(前記第一の一の(2)ウの請求)は理由がないものと判断する。その理由は、原判決の「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」の三(原判決一〇頁一五行目から一一頁一六行目まで)の説示のとおりであるから、これを引用する。この判断は、控訴人が本件係争地のうちの別紙物件目録記載八の土地について被控訴人との関係でC川院に対する賃借権を時効取得したことによって左右されるものではない。
五 まとめ
(1) 以上の検討によれば、控訴人の本訴請求については、賃借権確認請求(減縮後)のうち別紙物件目録記載八の土地についての請求は理由があるからこれをその限度で認容すべきであるが、その余の賃借権確認請求並びに別紙物件目録記載五の土地上の建物収去と土地明渡しの請求及び別紙物件目録記載六の土地上の建物収去請求はいずれも理由がないものとして棄却すべきである。
(2) また、被控訴人の反訴請求(減縮後)については、そのうち別紙物件目録記載五の土地についての請求は理由があるからこれをその限度で認容すべきであるが、その余の請求は理由がないものとして棄却すべきである。
第四結論
よって、上記と一部異なる原判決を控訴人の控訴及び被控訴人の当審における反訴請求の減縮に基づき変更することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 原田敏章 裁判官 氣賀澤耕一 渡部勇次)
<以下省略>