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東京高等裁判所 平成18年(ネ)3293号 判決 2006年11月15日

名古屋市<以下省略>

控訴人・附帯被控訴人(被告)

大起産業株式会社(以下「一審被告」という。)

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三﨑恒夫

神奈川県<以下省略>

被控訴人・附帯控訴人(原告)

X(以下「一審原告」という。)

訴訟代理人弁護士

荒井哲朗

髙木篤夫

主文

1  本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は一審被告の,附帯控訴費用は一審原告の各負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  一審被告の控訴の趣旨

(1)  原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  一審原告の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも一審原告の負担とする。

2  一審原告の控訴の趣旨に対する答弁

(1)  一審被告の控訴を棄却する。

(2)  訴訟費用は,第1,2審とも一審被告の負担とする。

3  一審原告の附帯控訴の趣旨

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  一審被告は,一審原告に対し,5404万9915円及びこれに対する平成16年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも一審被告の負担とする。

4  一審被告の附帯控訴の趣旨に対する答弁

(1)  一審原告の附帯控訴を棄却する。

(2)  訴訟費用は,第1,2審とも一審原告の負担とする。

第2原判決(主文)の表示

1  一審被告は,一審原告に対し,金4046万7436円及びこれに対する平成16年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  一審原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを4分し,その3を一審被告の,その余を一審原告の各負担とする。

4  上記1及び3につき仮執行宣言。

第3事案の概要

1  本件は,一審原告が,商品取引員である一審被告と平成15年1月15日に商品先物取引の委託契約を締結し,同日から平成16年3月15日までの間に原判決別紙1建玉分析表全銘柄(以下,単に「別紙1建玉分析表」という。なお,別紙2ないし4は,平成17年9月30日付一審原告準備書面2添付の各銘柄ごとの建玉分析表であり,別紙2は東京穀物商品取引所のアラビカコーヒー生豆の,別紙3は東京工業品取引所の白金の,別紙4は東京穀物商品取引所のNON-GMO大豆の建玉分析表である。)記載のとおりの各商品先物取引(以下,総称して「本件取引」という)を行ったことに関し,一審被告従業員らが適合性原則違反,断定的判断を提供した違法な勧誘,説明義務違反,一任売買禁止義務違反,新規委託者保護義務違反,過当な頻繁売買,特定売買等を行ったと主張し,右行為が不法行為(民法709条)に該当し,一審被告が使用者責任(民法715条)を負うと主張して,不法行為に基づき,一審被告に対し,本件取引により生じた損害である5404万9915円の損害賠償(うち500万円は弁護士費用)及びこれに対する平成16年3月15日(不法行為後の日である本件取引終了日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求する事案である。

原審は,一審被告従業員による違法行為を認定して一審被告の使用者責任を認め,一審原告の過失割合を2割5分と認めて過失相殺し,一審被告に対し,一審原告に金4046万7436円(うち368万円は弁護士費用)及びこれに対する平成16年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう命じたので,一審被告が控訴し,一審原告は,附帯控訴した。

2  前提事実は,原判決の「事実及び理由」欄中「第二 事案の概要」の二項に記載(原判決2頁18行目から3頁13行目まで。別紙を含む。)のとおりであるから,これを引用する。

3  争点及びこれに対する当事者の主張は,下記4に付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄中「第二 事案の概要」の三項に記載(原判決3頁14行目から同14頁4行目まで)のとおりであるから,これを引用する。

4  当事者の主張

(1)  一審被告

一審原告は,平成15年7月以降,特に投機家認定申出書(乙18)の作成前のころから,一審被告従業員の提案によらずに自主的に取引を行っていたから,一審被告従業員には違法な点はなく,一審被告は,不法行為責任を負わない。

(2)  一審原告

本件は,商品取引員である一審被告従業員が断定的判断を提供し,説明義務を尽くさず,投機にふさわしくない資金を委託させ,一任状況に乗じて特定売買に該当することすら説明しないという異常な状態で過当取引を行い,一審原告に巨額の金銭的損害を与えたものである。一審被告は,巨額の手数料収入を得ているのに対し,一審原告は,公金を横領し,退職せざるを得なくなり,退職金を取得することもできず,刑事責任の追及を免れるために,親類中に頭を下げて金銭を工面したのであり,一審原告は多額の借金(親類から4000万円足らず,サラ金から800万円程度)を抱えていること,また,年齢のこともあり,1年たってようやく再就職できたが,収入は,従前の約半額にまで落ち込んでいることからすると,一審原告の被害は,金銭的なものに留まらないものである。このような点を考えると,一審原告の経歴や職業上の地位等の属性を基に過失相殺することは相当でない。また,確かに,一審被告の顧客管理室からの質問に対しては,一審原告は余裕資金があるかのごときうその回答をしているが,顧客管理室の者はともかく,直接の担当者は一審原告の経済状態を十分知っていたのであるし,公金を横領しているということをおおっぴらに言うことができないのは当たり前であるから,一審原告が余裕資金があるかのごとき回答をしたことをとらえて,過失相殺するのも相当でない。

第4当裁判所の判断

1  当裁判所も,一審原告の一審被告に対する本件請求は,損害金相当額3678万7436円及び弁護士費用相当額368万円の合計金4046万7436円及びこれに対する平成16年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払の限度で理由があり,その余は,理由がないものと判断する。そのように判断する理由は,下記2及び3に付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄中「第三 争点についての判断」記載のとおり(原判決14頁5行目から同30頁3行目まで。ただし,下記(1)及び(2)のとおり付加訂正する。)であるから,これを引用する。

(1)  原判決15頁25行目末尾に「なお,一審被告は,アラビカとロブスタ,原油とガソリン,原油と灯油のように統計学上,商品価格の動向の相関性が高い商品を組み合わせて,かつ,従前集積していたデータをもとに,その相場の相関関係の数値がデータと異なる数値となったときを取引の目安とする取引手法を「ハイブリッド取引」と称し,単品の商品先物取引よりもリスクを多少おさえた手法であるとも説明していた。」を付加する。

(2)  原判決21頁10行目の「125番と126番,」及び同頁14行目の「38番と39番,」を削除する。

2  一審被告は,一審原告が商品先物取引について判断能力を有し,自らの判断で取引を継続していたと主張し,その証拠として投機家認定申出書(乙18)を挙げる。

しかしながら,原判決説示のように,一審原告は,本件取引以前に商品先物取引,株式取引の経験は全くなかったところ,最初は一審被告従業員である高瀬らから鞘取り取引は比較的安全だとの説明を受けて,商品取引に誘い込まれ,以後,一審被告の従業員の言うがままに取引を続けたものと認めるのが相当である。

確かに,一審原告は投機家認定申出書を一審被告に提出しているが,これは,原判決説示のように,一審被告の従業員の言うがままに提出したにすぎないから,原審の認定を覆すには至らない。

したがって,この点の一審被告の主張は,採用できない。

3  一審原告は,一審原告に過失はなく,過失相殺は相当でないと主張する。

そこで,検討すると,原判決説示のように,一審原告は,大学の経済学部を卒業し,年齢も53歳と壮年であり,かつ,a社の総務課長として公金出納を取り扱うなどしていたのであるから,その経歴,経験等からして,商品先物取引の仕組みやリスク等について一応の認識を持った上で,取引を開始したものであると認められることや,一審被告の従業員の求めに応じたものであるにせよ,投機家認定申出書を提出したり控訴人の顧客管理室にまだ資金に余裕があるようなうその回答をするなどして取引の継続に積極的な姿勢を示し,公金まで注ぎ込んでずるずると取引を続けたといえる面があることを勘案すると,確かに本件では一審被告側の態様は相当悪質ではあるが,原判決説示のとおり,2割5分の過失相殺をするのが相当である。

4  以上によれば,一審原告の一審被告に対する本件請求は,金4046万7436円及びこれに対する不法行為後の日である本件取引終了日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は理由がないからこれを棄却すべきところ,これと同旨の原判決は,相当であり,本件控訴及び本件附帯控訴は,いずれも,理由がないから,棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大坪丘 裁判官 宇田川基 裁判官 中山直子)

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