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東京高等裁判所 平成18年(ネ)372号 判決 2006年3月30日

控訴人

Y株式会社

被控訴人

代理人

青木優子

井上文

ほか2名

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

第2事案の概要

1  本件は,被控訴人が,平成15年4月9日に破産宣告を受けた株式会社A(以下「破産会社」という。)に対して有する租税債権に基づき,同年3月14日に破産会社の控訴人に対する埼玉県<所在省略>ほか所在の<省略>店舗(以下「本件建物②」という。)及び<所在省略>所在の<省略>店舗(以下「本件建物④」という。)の各賃貸借契約に基づく敷金返還請求権合計1018万6402円を差し押さえ(以下「本件差押え」という。),同日,控訴人に対し債権差押通知書を交付したことにより,控訴人に対し,国税徴収法67条に基づき,上記金員及びこれに対する被差押債権が発生した日の後である日(うち768万6330円について平成15年5月23日,うち250万0072円について同月29日)から各支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  これに対し,控訴人は,以下のとおり主張した。

(1)  控訴人と破産会社は,本件建物②及び④の各賃貸借契約において,同各契約に基づき破産会社から控訴人に対し差し入れられた敷金が,破産会社に対して賃貸した他の物件に関するものを含め,控訴人が破産会社に対して取得する一切の債権を担保することを合意したので,本件建物②及び④の各賃貸借契約に基づく敷金1018万6402円は,埼玉県<所在省略>所在の<省略>店舗(以下「本件建物①」という。)及び<所在省略>所在の<省略>店舗(以下「本件建物③」という。)についての各賃貸借契約に基づく,控訴人の破産会社に対する未払賃料債権,賃料相当損害金,賃貸借契約解除に伴う約定損害金,原状回復義務不履行による損害金合計1081万0504円の債権をも担保するものである。

(2)  控訴人は,平成15年7月24日,破産会社の破産管財人に対し,控訴人の破産会社に対する本件建物①の賃貸借契約等に基づく債権381万1295円及び本件建物③の賃貸借契約等に基づく債権699万9209円の合計1081万504円(以下「本件自働債権」という。)をもって,本件建物②及び④の各賃貸借契約に基づく敷金返還債務合計1018万6402円(以下「本件敷金」と総称する。)と対当額で相殺する旨の意思表示をした。本件自働債権は,控訴人の破産会社に対する本件建物①及び③の各賃貸借契約に基づく基本権たる債権として存在しており,以後,具体化された支分債権が将来発生するにすぎないから,その発生時期は,本件建物①について平成2年12月4日,本件建物③について平成6年11月16日の各賃貸借契約の目的物を引き渡したときであり,被控訴人が控訴人に対し債権差押通知書を交付した平成15年3月14日より前であるから,民法511条により,控訴人の相殺が被控訴人の差押えより優先するというべきである。

(3)  本件差押えが本件相殺より優先するとの被控訴人の主張は,権利の濫用であって許されない。

3  原判決は,控訴人の主張をいずれも認めず,被控訴人の本件請求を認容したので,控訴人がこれを不服として控訴した。

4  本件事案の概要は,以下のとおり付加,訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるからこれを引用する。

(1)  原判決2頁13行目の「破産廃止決定が確定した。」を「破産廃止決定がされた。」と改める。

(2)  同5頁8行目の末尾に「(<証拠省略>)」を加える。

(3)  同10頁14行目から15行目にかけての「契約締結日」及び15行目から16行目にかけての「契約締結日」をいずれも「目的物引渡日」と改める。

(当審における控訴人の主張)

(1)  本件建物②及び④の各賃貸借契約(<証拠省略>)の敷金に関する本件契約条項のうち,各8条2項と各8条4項の文言の比較からすると,各8条2項は,破産会社に賃貸借契約上の債務不履行があった場合に,控訴人が当該建物について差し入れられている敷金からその不履行分の金額を控除し,債務不履行を解消し,当該賃貸借契約を存続させることができ,破産会社は,その場合不足することになった敷金を補充しなければならないことを規定しているのに対し,各8条4項は,破産会社に賃貸借契約上の債務不履行があったか否かに関係なく賃貸借契約が終了する場合の敷金の取扱いを規定している条項であることが明らかであるから,各8条2項と各8条4項とを結び付けて,本件建物②及び④の各賃貸借契約の敷金が同契約以外の破産会社の控訴人に対する一切の債務を担保するものと認めることは困難であるとの結論を導いた原判決は,各8条2項と各8条4項が全く違ったことを規定している事実を無視した解釈をしたものであり誤りである。

そして,各8条4項は,破産会社が本件建物②及び④をそれぞれ明け渡し,控訴人に対する一切の債務を完済した後に,控訴人が敷金を返還すると規定しているのであるから,控訴人が,当該建物の賃貸借契約に基づく債務のみならず,その余の建物の賃貸借契約に基づく未履行債務を敷金から控除して,その残金を返還することを規定したものであり,その余の建物の賃貸借契約上の債務をも担保する旨を規定したものと解すべきである。

以上によれば,本件建物②及び④の各賃貸借契約の本件契約条項のうち各8条4項は,本件建物①及び③の各賃貸借契約に基づく控訴人の破産会社に対する本件自働債権をもって本件建物②及び④の各賃貸借契約に基づく本件敷金返還債務を相殺できるという,相殺の特約を規定したものというべきであり,このような相殺の特約が破産会社の債権者である被控訴人に対し対抗できないとする理由はない。

(2)  最高裁昭和45年6月24日大法廷判決・民集24番6号587頁(以下「昭和45年最高裁大法廷判決」という。)は,民法511条について,「同条は,第三債務者が債務者に対して有する債権をもって差押債権者に対し相殺をなしうることを当然の前提としたうえ,差押後に発生した債権または差押後に他から取得した債権を自働債権とする相殺のみを例外的に禁止することによって,その限度において,差押債権者と第三債務者との間の利益の調節を図ったものと解するのが相当である。」と判示し,差押えと相殺の問題について,無制限説を採ることを明らかにしたのであるが,上記「差押後に発生した債権」の意義については,債権譲渡についての民法468条2項とパラレルに考えるべきであり,本件自働債権の基礎が本件差押えまでに生じていれば,本件差押え後であっても,相殺適状になれば相殺できると解すべきであって,本件自働債権が弁済期未到来の債権であっても停止条件付債権であっても,「差押え後に発生した債権」ではないし,「差押え後に他から取得した債権」でもない。

そして,控訴人が破産会社に対し,本件建物①及び③の各賃貸借契約に基づき賃料を請求できるのは,本件建物①及び③を賃貸して引き渡したからであり,本件建物①については平成2年12月4日に,本件建物③については平成6年11月16日に引き渡したから,控訴人は,上記各日時に,破産会社に対する本件建物①及び③の各賃貸借契約に基づく基本権たる賃料債権を取得しているというべきであり,その後の賃料支払時期は弁済期となるにすぎない。また,賃料相当損害金についても,賃貸借契約の解除により賃料の法的性質が変わったものにすぎず,破産会社が本件建物①及び③を使用収益していることには,契約解除日以前とその翌日以降において何の変わりもないから,本件建物①及び③を使用収益している対価であって,賃料と同じものというべきである。そうすると,賃料債権と同様,控訴人が,本件建物①及び③を貸し渡したときにその基礎が発生したというべきである。したがって,未払賃料及び賃料相当損害金は,いずれも控訴人が破産会社に対し,本件建物①及び③を引き渡した時点において,基本権たる債権が発生しており,毎月の賃料及び賃料相当損害金は,その支分債権であって,その弁済期が本件差押え後に到来したにすぎない。

賃貸借契約の解除に伴う約定損害金についても,「差押え後に発生した債権」でも,「差押え後に他から取得した債権」でもなく,本件建物①及び③の各賃貸借契約によって合意された損害金であり,本件差押え後に条件の成就する停止条件付債権というべきである。同様に,原状回復義務不履行による損害金も,賃貸借契約の解除の効果によって発生するものではなく,賃貸借契約そのものの内容に基づいて発生する債権であるというべきである。そうすると,解除に伴う約定損害金及び原状回復義務不履行による損害金についても,本件建物①及び③を引き渡した時点において控訴人の停止条件付債権は発生しており,契約の解除により条件が成就し,これらの弁済期が到来したものである。

以上により,控訴人は上記各債権をもって相殺ができるというべきである。

(被控訴人の反論)

(1)  本件建物②及び④の各賃貸借契約の本件契約条項のうち,各8条2項は賃貸借契約上の債務不履行があっても賃貸借契約が存続する場合の,各8条4項は賃貸借契約が終了する場合の,それぞれの敷金の取扱いを規定したものであり,1個の敷金に関する定めである以上,その担保すべき債権の範囲も同一と解するのが相当であり,それが主たる契約が終了したのを境に,従前は当該契約に基づく債権のみを担保していたものが,終了後は当該契約に基づく債権以外の債務をも担保することになるというのは整合性を欠くといわなければならない。加えて,控訴人も,被控訴人に対する債務承認書の「支払いができない理由」欄において,敷金について「解除日の翌日から本区画明渡し日までの賃料相当損害金(金額未定),未払賃料(未定),原状回復費相当額(未定),その他賃貸借契約上当社に対する全ての債務」を担保する趣旨を記載しており,本件敷金の被担保債権の範囲が当該賃貸借契約に基づく債務に限定されると認識していたことがうかがわれる。

(2)  昭和45年最高裁大法廷判決が採用した無制限説は,既に存在する債権で,弁済期が未到来のものについては弁済期の先後にかかわらず相殺を認めたものであって,いまだ存在していない債権を自働債権とする相殺までを容認したものではないことは,同判決が民法511条の文言にもかかわらず,「差押え後に発生した債権」による相殺が禁止される旨を判示していることから明らかである。

控訴人が差押えと相殺の優劣についてパラレルに考えるべきあるとする民法468条2項も,債務者が譲受人に対抗できる事由として「譲渡の通知・・・を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由」としており,自働債権が譲渡通知前に存在することが必要とされ,賃料債権の譲渡の通知後に賃貸借契約が終了した場合,賃借人は,敷金返還請求権をもって譲受人に相殺を主張できないとされている(大審院昭和10年2月12日判決・民集14巻204頁)。

本件自働債権のうち,支分権としての具体的な賃料債権は個々の使用収益期間に対応する弁済期が到来した日に発生する。また,賃料相当損害金は,賃貸借契約終了後,賃借人が目的物権を無権原で占有していることによって生じる継続的不法行為に基づく損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権であり,賃貸借契約の解除の翌日から発生する。そして,解除に伴う約定損害金は,賃貸借契約を賃借人の帰責事由に基づき解除する旨の賃貸人の意思表示を,原状回復義務不履行による損害金は契約解除によって発生した原状回復義務を履行することなく目的物件を返還することを,それぞれ停止条件として発生するものであり,この停止条件の成就は本件差押え後であることは明らかであるから,本件自働債権は,本件差押えの後に発生したものとして相殺は許されないというべきである。

第3当裁判所の判断

1  控訴人は,控訴人と破産会社が,本件建物②及び④の各賃貸借契約における本件契約条項により,本件敷金が本件建物①及び③の各賃貸借契約に基づく控訴人の破産会社に対する本件自働債権を担保する旨を合意した,あるいは,本件自働債権と本件建物②及び④の各賃貸借契約に基づく本件敷金返還債務との相殺特約を合意した旨主張するので,この点を判断する。

(1)  前記第2,4で訂正の上引用した原判決認定事実によれば,本件建物②の賃貸借契約において,破産会社は,敷金として1151万6000円を差し入れており,同建物の明渡し当時,控訴人に対し,同賃貸借契約に係る債務として,未払賃料,未払電気料及び賃料相当損害金として合計382万9670円を負担していたから,これらを控除した後の768万6330円について,控訴人に対する敷金返還請求権が発生し,本件建物④の賃貸借契約において,破産会社は,敷金として449万6400円を差し入れており,同建物の明渡し当時,控訴人に対し,同賃貸借契約に係る債務として,未払賃料,未払共益費,賃料相当損害金及び共益費相当損害金として合計199万6328円を負担していたから,これらを控除した後の250万0072円について,控訴人に対する敷金返還請求権が発生したこと,他方,控訴人は,破産会社に対し,本件建物①の明渡し当時,平成15年4月1日から同月4日までの未払賃料3万4999円(消費税込),同月5日から同年7月2日までの賃料相当損害金73万2796円,賃貸借契約解除に伴う約定損害金150万円,原状回復義務不履行による損害金154万3500円(消費税込)の合計381万1295円の債権を有していたこと,また,本件建物③の明渡し当時,未払倉庫設置料6963円,賃料相当損害金228万8420円及び解除に伴う約定損害金775万7826円の合計1005万3209円の債権を有しており,本件建物③の賃貸借契約に係る敷金305万4000円を上記未払倉庫設置料に6963円,約定損害金に304万7037円をそれぞれ充当した結果,平成15年4月5日から同年5月28日までの賃料相当損害金228万8420円,解除に伴う約定損害金471万0789円の合計699万9209円の債権を有していたが認められる。

(2)  賃貸借契約における敷金契約は,授受された敷金をもって,賃貸借存続中の賃料債権のみならず,賃貸借終了後の目的物の明渡しまでに生ずる賃料相当の損害金債権,その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することとなるべき一切の債権を担保することを目的とする賃貸借契約に付随する契約であり,敷金返還請求権は,目的物の返還時において,それまでに生じた上記の一切の被担保債権を控除し,なお残額があることを条件として,残額につき発生する(最高裁昭和48年2月2日第二小法廷判決・民集27巻1号80頁,同平成14年3月28日第一小法廷判決・民集56巻3号689頁参照)ところ,敷金契約の上記性質や賃貸人の地位が移転したときには敷金の法律関係もまた移転するとされている(最高裁昭和44年7月17日第一小法廷判決・民集23巻8号1610頁)ことからして,敷金は当該賃貸借契約により生じる債務を担保することにその本質があるというべきである。

ところで,本件建物②び④の各賃貸借契約における本件契約条項の各8条4項において,敷金返還債務に関し,賃貸人である控訴人は,賃借人である破産会社が「本区画を完全に明け渡し」,かつ,控訴人に対する「一切の債務を完済した後に」,敷金を破産会社に返還する旨規定されているが,上記に判示した敷金の本質や,本件契約条項の各8条2項には,敷金をもって充当する範囲として,「乙に賃料その他賃貸借に基づく債務の不履行があるとき」,若しくは「原状回復を乙が自らしないとき」と規定されていることなどをかんがみると,本件契約条項の各8条4項において定められた「一切の債務」とは,「当該賃貸借契約に基づく破産者の控訴人に対する一切の債務」を意味するものと理解すべきであり,それが当事者の合理的な意思であったと認められ,上記各条項が,敷金の本質とは異なる,他物件の賃貸借契約に基づく債務,さらには,賃貸借契約以外の契約に基づいて破産会社が控訴人に対して負担している一切の債務をも担保する特別な条項と認めることはできない。

控訴人は,本件契約条項の各8条4項が,各8条2項との文言の比較からして,当該賃貸借契約のみならず,他の賃貸借契約に基づく債務,さらには,賃貸借契約以外の契約に基づいて破産会社が控訴人に対して負担している一切の債務を完済した後に,敷金を返還する規定であると主張するが,そのような理解は,上記に述べた敷金の本質からして不合理な解釈といわざるを得ず,採用することはできない。

(3)  以上によれば,本件契約条項は,本件敷金が本件建物②及び④の各賃貸借契約により生じる債務のみをそれぞれ担保することを規定しているというべきである。したがって,本件契約条項が,本件建物②及び④の各賃貸借契約に基づき差し入れられた敷金について,敷金の有する本質を超えて賃借人の賃貸人に対する当該賃貸借契約により生じた債務以外の一切の債務を担保することを規定し,あるいは,本件自働債権と本件建物②及び④の各賃貸借契約に基づく本件敷金返還債務との相殺特約を規定したものであると解することはできない。

よって,控訴人の上記各主張は失当である。

2  次に,控訴人は,控訴人の本件自働債権による相殺が被控訴人の本件差押えに優先するし,また,本件差押えが本件自働債権による相殺に優先するとの被控訴人の主張は権利の濫用であり許されないと主張するが,当裁判所も,本件自働債権は,いずれも本件差押えがあった平成15年3月14日の後に発生したものであり,被控訴人の本件差押えが控訴人の上記相殺に優先すると認められるし,被控訴人の主張が権利濫用に当たるとは認められないと判断するが,その理由は,以下のとおり訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の2に記載のとおりであるからこれを引用する(ただし,)原判決18頁15行目から16行目にかけての「解除の意思表示が停止条件となっていることが明らかであるから,」と,19頁3行目から4行目にかけての「上記事実が停止条件となっていることは明らかであるから,」を削除する。)。

当審における控訴人の主張にかんがみ付言する。

控訴人は,昭和45年最高裁大法廷判決が,差押えと相殺の問題について,無制限説を採ることを明らかにしたものであり,昭和45年最高裁大法廷判決が判示する「差押後に発生した債権」とは,債権譲渡についての民法468条2項とパラレルに考えるべきであり,本件自働債権の基礎が本件差押えまでに生じていれば,本件差押え後であっても相殺適状になれば相殺できるというべきであると主張する。しかしながら,昭和45年最高裁大法廷判決は,第三債務者がその債権が差押え後に取得したものでないかぎり,第三債務者の債務者に対する債権(自働債権)と債務者の第三債務者に対する被差押債権(受働債権)との弁済期の前後を問わず,相殺適状に達しさえすれば,差押え後においても自働債権と受働債権との相殺をもって差押債権者に対抗できること(いわゆる無制限説を採用すること)を明らかにしたものであって,本件自働債権の基礎が本件差押えまでに生じていれば,それが「差押後に発生した債権」に当たらないということまでを判示したものではない。

そして,控訴人が破産者に対して有する本件自働債権が,本件差押えの前に控訴人と破産者との間で締結された本件建物①及び③の各賃貸借契約に基礎を置くものであることは控訴人の主張のとおりであるが,それによって,控訴人が本件自働債権を本件建物①及び③の各賃貸借契約締結時ないし本件建物①及び③の引渡時に取得したということはできず,賃貸目的物が現に使用収益されることの対価である未払賃料債権については,個々の使用収益期間に対応する弁済期が到来した日に発生し,賃料相当損害金も,賃貸借契約終了後,賃借人が目的物件を無権原で占有している時点において発生し,賃貸借契約解除に伴う約定損害金は,各賃貸借契約を賃借人の帰責事由に基づいて解除する旨の意思表示がされた時に初めて発生し,原状回復義務不履行による損害金は,賃借人が契約解除によって発生した原状回復義務を履行することなく目的物件を賃貸人に返還することにより初めて発生するものと解すべきであることは,上記に訂正の上引用した原判決が判示するとおりである。

なお,相殺の制度は,自働債権の債権者において,受働債権についてあたかも担保権を有するにも似た地位を与えられるという機能を営むものであるが,本件建物②及び④の各賃貸借契約に基づいて差し入れられた敷金に関して,その敷金としての本質からして,控訴人が破産者に有する本件建物①及び③の各賃貸借契約に基づく本件自働債権を担保したものとみることができないことは,前記1に判示したとおりであり,かかる点からしても,本件自働債権による相殺が本件差押えに優先するものと解することはできない。

よって,控訴人の主張は採用することはできない。

3  以上によれば,被控訴人の控訴人に対する本件請求は理由があり,原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 太田幸夫 前田順司 森一岳)

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