東京高等裁判所 平成18年(ネ)4142号 判決 2007年2月27日
控訴人
甲野花子
同訴訟代理人弁護士
豊嶋福之
被控訴人
東京都
同代表者知事
石原慎太郎
同指定代理人
松下博之
外3名
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は,控訴人に対し,1000万円及びこれに対する平成16年6月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(4) 仮執行の宣言
2 被控訴人
(1) 主文と同旨
(2) 仮執行の宣言を付するのは相当ではないが,仮にその宣言を付される場合は,担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。
第2 事案の概要
1 本件は,警視庁池袋警察署(以下「池袋署」という。)留置場内の接見室(以下「本件接見室」という。)で自殺した甲野太郎(以下「太郎」という。)の妻である控訴人が,池袋署の管理者である被控訴人に対し,太郎の死は,池袋署の留置係員らの義務違反又は本件接見室の設置・管理の瑕疵の結果であるとして,国家賠償法1条1項又は国家賠償法2条1項に基づき,太郎に生じた損害の相続分,控訴人固有の損害及び弁護士費用の合計5607万4231円のうち1000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成16年6月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は,控訴人の主張をいずれも排斥し,その請求を棄却したところ,控訴人がこれを不服として控訴した。
2 本件における前提事実及び当事者の主張は,当審における控訴人の主張を次のとおり加えるほかは,原判決事実及び理由の「第2 事案の概要」欄の1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。
(当審における控訴人の主張)
(1) 原判決は,池袋署の留置係員らに太郎を本件接見室に留置することを避けるべき義務があったといえない旨判示するが,原判決が認めているように,本件接見室は通常の留置室より自殺の危険性が高いのであるから,池袋署の留置係員らは,自殺を窺わせる兆候などという曖昧かつ主観的な懸念の有無にかかわらず,被拘禁者は潜在的な自殺の危険性をはらんでいるものとして,自殺の危険性の高い本件接見室に留置人を収容することは当然回避すべき義務があったというべきであり,かかる義務を否定した原判決の判断は誤りである。
(2) 原判決は,被疑者留置規則6条本文にいう「留置場」には留置場内の接見室も含まれるとして,太郎を本件接見室に収容することも許容される旨判示するが,「留置場」という文言の中に留置室や接見室のほか諸々の留置管理施設が含まれるとしても,上記規定の解釈として,留置場内ならどの施設に収容してもよいというような結論を導き出すのは相当でなく,いわゆる「留置場」の中には留置管理業務を遂行するため,それぞれの役割を担った設備があり,特に留置人を収容するために独自の設備構造を維持した「留置室」が設けられているのであるから,これに収容することがゆるがせにできない基本原則であり,わずかに同条ただし書で特別に例外が認められているにすぎないから,上記原判決の見解は容認できない。
(3) 原判決は,留置場内のいかなる場所に留置人を留置するかは管理者の合理的裁量に委ねられているというが,本件接見室は,その構造上,留置人の自殺防止を想定して作られたものでなく,原判決が指摘するように通常の留置室より自殺の危険性が高い場所であるから,太郎を本件接見室に収容することは認められるはずはなく,この点に関し留置担当者の裁量の余地などあり得ず,原判決の上記判断は不当である。殊に,原判決は,当夜太郎を留置室に入れるためには,他の入房者を起こさねばならず,その場合トラブルが起こる懸念があったとして,太郎を本件接見室に収容した留置係員らの処置を是認しているが,このような単なる杞憂という程度の薄弱極まりない事由が正規の収容施設である留置室への収容を回避し,自殺の危険性の高い本件接見室への収容の妥当性たり得るはずはない。
(4) 原判決は,池袋署の留置係員らが太郎に対し身体検査を行い,危険物等の所持品を取り上げ,引き裂き強度の強い敷布団カバーを供与するなど自殺に対する一定の配慮をしているとして,池袋署の留置係員らの太郎に対する安全配慮義務違反を否定するが,原判決が列挙する上記配慮は,日常的に行う留置係員らの通常の義務にすぎず,これで足りるのは通常の方法で太郎を留置室に収容した場合であり,本件接見室に収容するという異常な処置を執ったケースにおいては,留置係員らにはより高度の監視義務があったというべきであるから,留置係員らにこのような高度の監視義務があったといえないとして,安全配慮義務違反を否定した原判決の判断は不当である。
また,本件において,池袋署の留置係員らは,太郎に対し通常の監視さえ十分に実行せず,他房の監視にかまけて,太郎は本件発見当日の午前4時半から午前5時ころまでの約30分も無監視状態で放置されていたものであり,太郎の死亡状況からして,この空白の時間帯に自殺を遂行したものと判断されるから,通常の監視義務を前提としても,池袋署の留置係員らに監視義務の懈怠があったことは明らかであり,この点からも留置係員らの安全配慮義務違反を否定した原判決の判断は不当である。
(5) 控訴人は,本件自殺事故が本件接見室を本来の用法から逸脱して留置場所として使用したことに起因するもので,施設の用法の誤りであり,公の営造物管理(用法)に重大な瑕疵があると主張したものであるが,原判決は,これについて子細に検討することなく,本件自殺事故が留置係員らに予想し得ない事故であるから本件接見室への収容は施設の用法上の誤りではないとして控訴人の主張を排斥している。しかし,本件接見室は,周囲から密閉遮断された密室であり,僅かに小窓があるのみで監視には極めて不適な構造であるのみならず,収容施設としては無用かつ不適切な接見台など留置人の不慮の行動を誘因しかねない工作物があることなど,諸般の事情を考慮すれば,収容施設としての機能や安全性を備えていない本件接見室に太郎を収容したこと自体に営造物管理(用法)上の重大な瑕疵があり,しかも,池袋署の留置係員らは,公務として留置業務に携わる以上,自殺等不慮の事態の可能性は否定できず,接見室使用による潜在的危険性は十分認識すべきであり,本件自殺事故が留置係員らに予想し得なかった事故であるとする原判決の評価も相当ではない。
(6) 仮に本件接見室が接見のための施設であるだけでなく,留置人を収容できる公の営造物であるとしても,本件接見室は上記のとおり留置人の収容施設として求められる安全性を欠如しており,瑕疵ある施設といわざるをえないものであり,この点は施設に内在する客観的物理的瑕疵であるから,留置係員らの主観的な認識や予見可能性などに関わらないものであるのに,原判決は,本件接見室での自殺などが通常予想し得るものとはいえないとか,太郎に自殺を窺わせるような状況が認められなかったといった主観的事情に言及するのみで,物的瑕疵については何ら判断していないから,原判決には理由不備の違法がある。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,控訴人の請求は理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおり補正し,当審における控訴人の主張(ただし,控訴人の主張(2)を除く。)に対する判断を次項のとおり加えるほかは,原判決事実及び理由の「第3 当裁判所の判断」欄の記載と同旨であるから,これを引用する。
(1) 原判決16頁9行目の「第22号証」を「第22,第24号証」に,同頁15行目の「小山一郎」を「古山一郎」に,同21頁8行目の「午後5時10分」を「午前5時10分」に,同頁12行目の「午後5時15分」を「午前5時15分」に,それぞれ改める。
(2) 同23頁16行目から同24頁15行目までを次のとおり改める。
「(2) 本件接見室は,天井に換気口があるため,首を吊るための紐を掛けることが可能な構造となっており,また,共同房と異なり,他の留置人による相互監視がされないことから,通常の留置室と比較して,留置人が自殺を敢行しようとした場合,それが比較的容易であるということはできる。しかしながら,本件接見室に留置される前,太郎は,取調べや身体検査等にも素直に応じ,警部補春野に対して,平成7年ころの不眠症による通院歴を述べたものの,自殺を窺わせるような言動は何ら認められなかったのであり,太郎を取り調べた捜査員ら及び太郎を留置した留置係員らは,いずれも太郎が自殺することを予想だにしなかったのであるから,太郎に対する安全確保義務として,留置係員らに,本件接見室への留置を避けるべき義務があったということはできない。なお,医師上村公一ら作成の鑑定書(乙第19号証)中には,太郎が逮捕手続中に大声で騒ぎ立てた旨の記載があるが,これは,太郎がビックカメラ池袋本店で警備員らに現行犯逮捕された当初,大声を出して騒いでいたことが,太郎の司法解剖に立ち会った警察官を通じて上村医師に報告されたことから,このような記載がされたものであり(乙第23,第24号証),ここに記載された太郎の言動も自殺の兆候を窺わせるものとはいえない。
控訴人は,留置人である太郎を留置室ではなく,本件接見室に留置したこと自体を問題にするところ,確かに,上記のような本件接見室の構造からすれば,本件接見室が留置室(留置場の中で,通常被疑者をその中で起居,就寝させる目的で設けられた部屋)と同等の被疑者を起居,就寝させるのに最適の部屋ということはできない。なお,被疑者留置規則6条本文にいう「留置場」は,同規則中の他の条文中の「留置場」(例えば,3条1,2項,4条1,2項,5条,9条1項,14条,16条1項,17条1,2項,21条1項,23条1項,26条1,2項,28条1項,30条1,2項,31条1項,35条1項)と同じく,警察施設(警察本部,警察署,派出所等)に留置業務を行うための施設として設けられた,他の事務室,取調室等と区分された部分を指すものと解するのが相当であり,上記の意味での留置室に限られるものではないというべきである。そして,被疑者留置規則6条本文は,被疑者を留置する場合には,そのような意味での「留置場」を使用すること,即ち,取調室,事務室,その他の施設を使用しないことを定めているものであり,「留置場」の中のどの部分に被疑者を起居,就寝させるかを定めたものではない。また,乙第1号証によって認められる池袋署の留置場の構造によれば,本件接見室(第1接見室の留置人側)は,留置場出入口から留置場内に入った位置に唯一の出入口があることが認められるから,本件接見室は上記の意味での留置室の一部を構成するものと認められる。
したがって,太郎を本件接見室を使用して留置することは,被疑者留置規則6条本文に反するものではない。そうだからといって,留置場内であればどの部分に被疑者を起居,就寝させても良いものでないことは当然であり,被疑者を起居,就寝させるのは原則としてそのための施設である留置室に限られるというべきである(被控訴人(警視庁)にこの点を定めた内部規範がある可能性はあるが,その存否,存在する場合の内容は本件記録上明らかではない。)。しかしながら,同規則6条ただし書は,「疾病その他特別の理由があるときは,適宜他の場所に留置することができる。」と定めており,特別の理由がある場合,留置人(被疑者)を留置場でない場所に留置することを認めているのであるから,特段の事情がある場合には,被疑者を留置場内の留置室でない場所に起居,就寝させることも許されないわけではないというべきである。そして,本件においては,(Ⅰ)予定していた留置室に太郎を就寝させるには,熟睡中の他の留置人を起こす必要があったこと,(Ⅱ)そのような場合,留置人間にトラブルが生ずる可能性があったこと,(Ⅲ)当時,池袋署の留置室はいずれも定員の余裕がなかったこと,(Ⅳ)起床時間まで4時間程度しかなかったこと,(Ⅴ)その時点では,太郎が自殺を企てることを予想し得るような状況は何ら認められなかったことからすれば,太郎を起床時間まで,留置室でない本件接見室で就寝させることが許容される特段の事情があったものというべきであり,太郎を本件接見室で就寝させた警部補春野の判断に特段不合理な点は認められず,池袋署の留置係員らが太郎を留置場に留置するに際し,本件接見室に就寝させたこと自体を違法とすることはできない。
2 当審における控訴人の主張に対する判断
(1) 控訴人は,本件接見室が通常の留置室より自殺の危険性が高いと認められる以上,池袋署の留置係員らは,自殺を窺わせる兆候などという曖昧かつ主観的な懸念の有無にかかわらず,被拘禁者は潜在的な自殺の危険性をはらんでいるものとして,自殺の危険性の高い本件接見室に留置人を収容することは当然回避すべき義務がある旨主張する。
しかし,留置人を含む被拘禁者に常に自殺の危険性があるといえないことは明らかであり,被拘禁者一般に自殺の危険性があることを前提とするかのような控訴人の上記主張は,その前提において誤りがある。そして,本件においては,前記のとおり,太郎を留置場に留置するに当たり,通常の留置室ではない場所に就寝させることが許容される特段の事情があったものであり,特に,太郎には自殺を予想し得るような状況は何ら認められなかったのであるから,池袋署の留置係員らが本件接見室で太郎を就寝させることを避けるべき義務があったといえないことは明らかであり,控訴人の上記主張は採用できない。
(2) 控訴人は,本件接見室が,その構造上,留置人の自殺防止を想定して作られたものでなく,通常の留置室より自殺の危険性が高い場所であるから,太郎を本件接見室で就寝させることは認められるはずはなく,この点に関し留置担当者の裁量の余地などあり得ない旨主張する。
しかし,前記のとおり,被疑者留置規則6条ただし書は,「疾病その他特別の理由があるときは,適宜他の場所に留置することができる。」として,被疑者(留置人)を,控訴人がいう自殺防止を想定して作られたものではない場所を含む留置場以外の場所に留置することができることを定めていることの対比からしても,特段の事情がある場合,留置人を通常の留置室ではない本件接見室で就寝させることができることは明らかであり,控訴人の上記主張は,前提となる法令の解釈を誤っている。また,留置場所の決定は,事件の概要,共犯者や関連被疑者の有無,留置人の年齢・性格・精神状態・健康状態・過去の犯歴・言動等や,他の留置人とのトラブルのおそれ,自殺,自傷・他害のおそれ,逃走や通謀のおそれ等を検討した上で,各留置室の収容状況を考慮し,留置人ごとに個別具体的に判断すべきものであるところ,前記認定事実(原判決を引用)によれば,留置人を留置する留置室を指定する立場にあった警部補春野は,当夜の各留置室の収容状況や起床時間まで4時間程度しかないという収容の時刻などから,太郎の留置については,本件接見室で就寝させることが許されるものと考え,また,留置人の就寝場所を接見室とすることは以前に,早朝5時ころ,酔って大声を上げる留置人を就寝させることで1度試みたことがある方法であったことや太郎に自殺を予想させるような状況が認められなかったことなどから,太郎の就寝場所を本件接見室と決定したものであり,この判断は,当夜の個別具体的な状況下においては必ずしも不合理・不適当なものであるとはいえない。
したがって,太郎につき,自殺の危険性が高い場所である本件接見室への収容は認められるはずがなく,この点に関する留置場管理者の裁量の余地はないとする控訴人の上記主張は採用できない。
(3) 控訴人は,太郎を自殺の危険性が高い本件接見室に収容するという異常な処置を執った以上,池袋署の留置係員らにはより高度の監視義務があった旨主張する。
しかし,留置人に対する監視強化の必要性やその程度は,前述した留置場所の決定と同様に,事件の概要,留置人の特性等の事情や監視業務に従事できる留置係員の人数,留置場所等を総合勘案した上で個別具体的に判断すべきものであり,本件においては,太郎に精神状態が不安定であるとか,自殺を予想し得るような状況は認められなかったのであるから,留置係員らに,自殺防止のため通常より高度の動静監視を行わなければならない義務がなかったことは明らかであり,控訴人の上記主張は採用できない。
また,控訴人は,池袋署の留置係員らは,太郎に対し通常の監視さえ十分に実行せず,他房の監視にかまけて,30分にも及ぶ監視の空白を作った旨主張するところ,確かに,池袋署の留置係員が平成15年10月11日午前4時30分過ぎに本件接見室の小窓から太郎の動静を確認した後,同日午前5時ころの本件発見に至るまでの約30分間は,太郎に対する監視を行っていなかったことは前記認定(原判決を引用)のとおりである。しかし,前記認定のとおり,池袋署の留置係員らは,太郎を本件接見室に留置した平成15年10月11日午前2時30分ころから同日午前4時ころまでは,交代で概ね15分おきに本件接見室を含む池袋署の留置場内の見回りを行っており,また,同日午前4時過ぎ,4時20分ころ及び4時30分過ぎにも本件接見室の小窓から太郎の動静を確認しているし,そのいずれの場合も太郎に特段の異常は認められなかったものであり,また,証拠(証人夏川二郎)によれば,その後の本件発見に至る約30分間については,池袋署の留置係員らは,特異留置人や毛布を頭までかけて寝てしまう癖のある者の監視を重点的に行っていたものと認められるから,結果的にその間に太郎が自殺をしたからといって,池袋署の留置係員らが太郎に対し通常の監視を怠っていたとはいい難く,控訴人の上記主張は採用できない。
(4) 控訴人は,本件接見室が周囲から密閉遮断された密室であり,僅かに小窓があるのみで監視には極めて不適な構造であるのみならず,収容施設としては無用かつ不適切な接見台など留置人の不慮の行動を誘因しかねない工作物があることなど諸般の事情を考慮すれば,収容施設としての機能や安全性を備えていない本件接見室に太郎を収容したこと自体に営造物管理(用法)上の重大な瑕疵がある旨主張する。
しかし,国家賠償法2条1項にいう「公の営造物の設置・管理の瑕疵」とは,営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態をいい,その瑕疵の有無は,営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して判断すべきであるから(最高裁判所昭和45年8月20日第一小法廷判決・民集24巻9号1268頁,最高裁判所昭和53年7月4日第三小法廷判決・民集32巻5号809頁各参照),本件接見室に太郎を留置すること自体に管理上の瑕疵があるか否かの判断も,通常の用法に従った使用を前提とした上で危険発生の可能性があるか否によって決せられるべきものであり,通常の用法に従わない行動によって事故が発生した場合,設置管理者において,その行動を通常予想し得ない場合には,それを防止する設備を欠いていたとしても,その安全性に欠けることはないと解するのが相当である。そして,本件においては,前記認定(原判決を引用)のとおり,危険物を預かるなどの措置をとった上で留置された留置人が,一般のシーツの約8倍の強度の貸与された敷布団カバーを引き裂いて紐状にした上で,接見台に上がり,天井の換気口に紐を結んで自殺を敢行することは,たとえ自己の意思に反し逮捕されて留置場での就寝場所と指示された被疑者であっても,その通常の用法に従わない行動であることは明らかであり,太郎に自殺を予想し得るような状況は何ら認められなかったことなどからすると,池袋署の留置係員らにとって,太郎のそのような行動を通常予想し得ないというべきであるから,本件接見室に太郎を留置したことをもって,営造物管理(用法)上の瑕疵があったということはできない。
また,控訴人は,本件接見室が留置人を収容できる公の営造物であるとしても,本件接見室は留置人の収容施設として求められる安全性の欠如した瑕疵ある施設であり,この点は施設に内在する客観的物理的瑕疵である旨主張するが,前述したとおり本件接見室は被疑者留置規則6条本文にいう「留置場」内の1つの施設であるが,本来被疑者を起居,就寝させるための場所ではなく,特段の事情がある場合に限って,被疑者を就寝させることが許されないわけではない施設(場所)であり,留置場における被疑者の自殺の防止は,被疑者を収容する施設の構造を自殺に利用しにくいものとすることのみによるのではなく,自殺の手段となる器物の持込み禁止,留置係員による監視等を総合して行うものであるから,本件接見室に通常の留置室と同様の構造が備わっていないとしても,これをもって本件接見室に物理的瑕疵があったといえないことは明らかである。
以上のとおり,本件接見室につき営造物の設置・管理の瑕疵があるとする控訴人の上記主張はいずれも採用できない。
3 よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 小池喜彦 裁判官 窪木稔)