東京高等裁判所 平成18年(行コ)109号 判決 2006年9月27日
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人外務大臣が控訴人に対して平成16年3月31日付けでした昭和48年4月付けで外務省条約局・アメリカ局が作成した「日米地位協定の考え方」及びその後の改定版に関する不開示決定を取り消す。
3 被控訴人国は,控訴人に対し,100万円及びこれに対する平成16年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件事案の概要は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決3頁11行目の「行政文書」の次に「(後記本件旧文書及び本件新文書)」を,14行目の「当該不開示決定」の次に「(後記本件決定)」を,18行目の次に行を改めて次のようにそれぞれ加える。
「原審は,控訴人の本件請求のうち,本件決定の取消請求については,本件決定時に外務省が本件旧文書を保有していたものと認めることができず,本件新文書は情報公開法5条3号所定の不開示事由に該当するとして,請求を理由がないものとし,損害賠償請求については,開示又は不開示の決定の遅滞は7日間であり,この程度の遅滞は社会通念上金銭賠償に値するほどのものと評価することができず,請求は理由がないとして,いずれも棄却したので,控訴人が控訴した。
当裁判所も,後記のとおり,控訴人の本件請求はいずれも理由がないものと判断する。」
2 原判決6頁1行目の「6日」を「16日」に,3行目の「判決」から4行目末尾までを「判決がされた(甲11)。なお,同判決は,同年7月1日確定した。」にそれぞれ改め,22行目の「後記」の前に「次に摘示するほか,」を加える。
3 原判決7頁5行目の次に行を改めて次のように加える。
「(控訴人の主張)
被控訴人外務大臣は,情報公開法に基づき,本件開示請求に対し平成15年11月7日までに本件各文書の開示又は不開示の応答をすべき義務があったにもかかわらず,平成16年3月31日に本件決定を行うまでの145日間その義務の履行を怠った。被控訴人外務大臣は,平成15年11月14日付けで当初不開示決定を行ったが,その瑕疵の存在を認め,これを職権で取り消したのであるから,当初不開示決定により本件開示請求に応答したということはできない。情報公開法に基づく開示請求に対し,行政機関が同法の許容する期限内に応答する義務を遵守することは適正手続の基本であって,上記のような恣意的な制度運用による応答の実質的遅延は,控訴人が同法に基づき行政文書の開示を求める法律上の利益を侵害するものであり,かつ,被控訴人外務大臣の故意又は過失によるものにほかならないから,被控訴人国は,控訴人が被った少なくとも100万円の損害を賠償すべき責任を負う。
(被控訴人国の主張)
ア 被控訴人外務大臣は,本件開示請求を受け付けた際,本件新文書の存在を公にすれば,日米地位協定に関して日米間で無用の議論を生じさせることとなり,米国との信頼関係を損ない,日米両国による安全保障体制の円滑な運用を阻害し,ひいては我が国の安全を害するおそれがあると判断し,平成15年11月14日付けで当初不開示決定を行った。その後,平成16年1月13日付けA朝刊において本件報道1がされ,同月30日,照屋寛徳衆議院議員提出の質問主意書に対する答弁書(乙16の2)において,昭和48年4月に作成したとされる「日米地位協定の考え方」と題する文書は保有していない,1980年代に作成された「日米地位協定の考え方」増補版に該当すると思われる文書は保有しているとの回答がされ,政府は,本件新文書の存在を明らかにしなかった従来の方針を変更した。被控訴人外務大臣は,そのような政府の方針変更を踏まえて,平成16年3月31日付けで,当初不開示決定を取り消し,本件決定を行った。
上記のとおり,情報公開請求に対し,事情の変更に応じて,当初の不開示決定の当否を検討し,より相当な開示又は不開示の判断をすることは,情報公開法10条に反するものではない。そうすると,被控訴人外務大臣が本件開示請求に応答したのが情報公開法の許容する期限経過後であったとしても,その遅滞は当初不開示決定までの7日間にすぎない。
イ 本件において,控訴人は精神的利益を侵害された旨主張するものと理解されるが,情報公開法の目的が適正な行政運用の監視,確保という国民全体の一般的利益の実現にあることに照らせば,控訴人の精神的利益は適正な行政権の発動に関する各人の正義感情の満足というような主観的な満足であって,情報公開法に基づく開示請求権の周辺的・派生的な事実上の利益にすぎず,国家賠償法上保護すべき権利利益とはいい難い。」
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(本件旧文書の存否)及び争点(2)(本件新文書の情報公開法5条3号該当性)について
本件決定の取消請求に関する当裁判所の判断は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第3 争点に対する判断」の1及び2(原判決7頁7行目から19頁12行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決7頁21行目の「昭和49年」から24行目末尾までを「昭和54年法律第69号による改正前の外務省設置法(昭和26年法律第283号。ただし,昭和43年法律第99号による改正後のもの)5条1項並びに昭和54年政令第295号による改正前の外務省組織令(昭和27年政令第385号。ただし,昭和44年政令第9号による改正後のもの)15条及び17条によれば,アメリカ局安全保障課であった(乙4,5)。」に改める。
(2) 原判決8頁1行目の「北米局安全保障課に」の次に「(乙6,7)」を,3行目の「北米局地位協定課に」の次に「(乙8)」をそれぞれ加え,4行目から5行目にかけての「北米局日米安全保障課に」を「北米局日米安全保障条約課に(乙9)」に,7行目の「北米局」から8行目末尾までを「北米局日米安全保障条約課に日米地位協定室が置かれ,同室がこれを所管することとなった(乙10)。」に,14行目の「日米安全保障条約課」から15行目末尾までを「北米局日米安全保障条約課日米地位協定室がこれを所管することとなった(乙11,12)。」に,17行目の「昭和49年」から19行目末尾までを「昭和59年政令第205号による改正前の外務省組織令(昭和27年政令第385号。ただし,昭和47年政令129号による改正後のもの)1条1項及び3条(昭和59年政令第205号による改正後においては15条1項及び18条)によれば,大臣官房文書課であった(乙5,7,8)。」にそれぞれ改め,22行目の「変更となった」の次に「(乙9)」を,24行目の「定められている」の次に「(乙11)」をそれぞれ加える。
(3) 原判決9頁2行目の「昭和36年9月1日施行」を「昭和6年5月18日制定,昭和36年9月13日改正」に,3行目から4行目にかけての「昭和36年9月1日施行」を「昭和6年5月18日制定,昭和36年8月30日改正」に,5行目の「引き継がれる前の文書は」を「引き継がれる前の文書の保管又は廃棄は」にそれぞれ改め,7行目の「訓令第6号」の次に「,同年7月1日施行」を,14行目の「弁論の全趣旨」の前に「乙16の1・2,」をそれぞれ加え,23行目の「既に廃棄されたとみるのは不自然ではない」を「本件開示請求がされた平成15年9月8日以前に既に廃棄済みとなっていたものと推認するのが相当である」に,末行の「本件旧文書の外形的内容及び本件新文書」を「控訴人は,本件各文書について,「昭和48年4月付で外務省条約局・アメリカ局が作成した「日米地位協定の考え方」およびその後の改定版」と特定しているところ(乙1),そのような作成時期,作成部局及び文書の表題等(以下,これらを「文書の外形的事実等」ということがある。)により一般に想定される本件旧文書の体裁及び内容や,後記2(1)ウ(原判決12頁)に認定されるような本件新文書」にそれぞれ改める。
(4) 原判決10頁3行目から4行目にかけての「これらによっても」の次に「前記推認を覆すことはできないというべきであって」を加える。
(5) 原判決14頁7行目の「本件報道2」から9行目末尾までを「控訴人は,情報公開法5条3号所定の不開示事由の前提となる「おそれ」があると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報というためには,当該情報が公になっていないことが要求され,既に一般に公開されている情報を不開示とすべき相当の理由はないというべきところ,本件新文書の内容は,本件報道2によって公にされており,情報公開法5条3号所定の「おそれ」が生じることはないから,本件新文書を不開示とすべき相当の理由はない旨主張する。」に,20行目の「上記(イ)と同様に」から21行目の「からである」までを「上記のような控訴人主張は,上記(イ)と同様に,情報公開法5条3号所定の情報を不開示情報として定めた同法の趣旨を没却することとなる審理及び判断を前提とするものであって,採用することができないというべきである」に,24行目の「これが」を「本件報道2が」にそれぞれ改める。
(6) 原判決15頁17行目の「第1回」から18行目の「協議内容については」までを「昭和35年の第1回日米合同委員会において,同委員会の公式議事録についてさえ,同委員会における協議内容について」に改める。
(7) 原判決18頁2行目の「なお」から13行目末尾までを削る。
2 争点(3)(控訴人の損害賠償請求の可否及びその額)について
(1) 控訴人は,被控訴人外務大臣は,情報公開法に基づき,本件開示請求に対し平成15年11月7日までに本件各文書の開示又は不開示の応答をすべき義務があったにもかかわらず,本件においては,平成16年3月31日に本件決定を行うまでの145日間,実質的に応答義務の履行を怠ったとして,そのような恣意的な制度運用による応答の実質的遅延は,控訴人が同法に基づき行政文書の開示を求める法律上の利益を侵害するものであり,国家賠償法1条1項所定の違法がある旨主張する。
(2) 情報公開法10条によれば,被控訴人外務大臣は,本件開示請求に対し平成15年11月7日までに本件各文書の開示又は不開示の応答をすべきであったものである。
ところで,当初不開示決定と本件決定は,別個独立の行政処分ではあるものの,いずれも本件開示請求に応答するものであり,当初不開示決定が「存否応答拒否」により不開示としたのに対し,本件決定は,本件旧文書について「不存在」,本件新文書について情報公開法「5条3号」該当により不開示とする旨理由を改めたものであって,当初不開示決定の取消しと本件決定は,上記のような不開示理由の変更に伴う処分の変更を控訴人に対し正確に告知したものにすぎず,証拠(甲10の1~3,乙16の1・2)及び弁論の全趣旨によれば,この処分変更の措置は,平成16年1月30日にされた政府の答弁書により,本件各文書の存否を明らかにしなかった政府の従来の方針が変更されたことを踏まえた結果であると認めることができる。また,上記政府の従来の方針の下においても,本件各文書につき「存否応答拒否」により不開示としたことが情報公開法8条の趣旨に照らし適正なものであったかどうか議論の余地はあるが,日米地位協定の日本国及びアメリカ合衆国双方に対して持つ政治的性格(前記のとおり補正の上引用の原判決15頁)を考慮すると,当初不開示決定及び同決定から本件決定への変更をもって,直ちに恣意的な制度運用と評価することはできないというべきである。
(3) そうすると,以上の事実関係の下においては,被控訴人外務大臣は平成15年11月14日付けの当初不開示決定の時点で本件開示請求に対する応答義務を履行したものというべきであり,被控訴人外務大臣が,上記のような政府の方針の変更という事態を踏まえ,文書の存否を明らかにして不開示理由の説明をすべく,平成16年3月31日,本件決定をするために当初不開示決定を取り消した事実をもって,控訴人主張のように,同日の本件決定までの間,恣意的な制度運用により本件開示請求に対する応答を遅延したものということはできない。
また,被控訴人外務大臣が,本件開示請求に対し平成15年11月7日までに応答すべきであったにもかかわらず,同月14日までの7日間その応答をしなかったことをもって,国家賠償法1条1項所定の違法があるということはできない。その理由は次のとおりである。
情報公開法1条によれば,同法は行政文書の開示を請求する権利につき定めるとし,同法3~6条,9~12条等によれば,同法4条に基づく開示請求があった場合,開示請求に係る行政文書を保有する行政機関の長は,同法の規定に従い,一定の期限内に開示請求に係る行政文書の全部又は一部について開示又は不開示の決定をしなければならないものと規定しているのであるから,開示請求者は,原則として同法10条所定の期限内にその開示請求に対する開示又は不開示の決定を受けるべき法律上の地位を与えられているものといわなければならない。しかし,その一方で,同法は,「行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により,行政機関の保有する情報の一層の公開を図り,もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに,国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資すること」を情報公開制度の目的としているのであって(同法1条),これによれば,開示決定等の期限の定めは,上記のような情報公開制度の窮極の目的である適正な行政運用の監視,確保という国民全体の一般的利益の実現に資するための目的的な規制であり,上記開示請求者の法律上の地位もそのような目的的な規制と表裏の関係にあるものにすぎないと解するのが相当である。そうすると,開示請求者が所定の期限内にその開示請求に対する開示又は不開示の決定を受けることができなかったとしても,それによって直ちに開示請求者の個人的な権利利益が侵害されたものと解すべきではなく,当該開示請求に対する開示又は不開示の決定の期限の不遵守が社会通念上一般人において受認すべき限度を超えない限り,国家賠償法上の違法行為を構成することはないと解するのが相当である。
そして,前記のとおり,本件開示請求に対する応答は情報公開法10条所定の期限よりも7日間遅れたものにすぎないから,そのような遅延は社会通念上一般人において受認すべき限度を超えていないものというべきである。そうすると,そのような応答の遅れをもって,国家賠償法1条1項所定の違法があるということはできない。
(4) したがって,控訴人の被控訴人国に対する国家賠償法に基づく損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
3 以上によれば,控訴人の本件請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当である。
よって,本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石川善則 裁判官 倉吉敬 裁判官 徳増誠一)