東京高等裁判所 平成18年(行コ)112号 判決 2008年1月23日
※判決末尾に更正決定あり
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が平成16年6月1日付けで控訴人に対してした控訴人所有の原判決別紙物件目録(別紙1)記載の土地及び建物に係る平成16年度分の固定資産税及び都市計画税賦課処分を取り消す。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文と同旨
第2事案の概要(略語等は,原則として,原判決に従う。)
1 本件は,宗教法人である控訴人が,原判決別紙物件目録(別紙1)記載の土地及び建物のうち,動物の遺骨を収蔵保管している建物部分及びその敷地相当部分の土地は,非課税の対象となる「宗教法人が専らその本来の用に供する宗教法人法第3条に規定する境内建物及び境内地」(地方税法348条2項3号)に該当するにもかかわらず,これを課税対象とした被控訴人の上記土地建物に係る平成16年6月1日付け平成16年度分の固定資産税及び都市計画税賦課処分(本件賦課処分)は違法であるとして,その取消しを求めた事案である。
2 原審は,控訴人の請求を棄却した。
当裁判所は,原審と異なり,控訴人の請求を認容すべきものと判断した。
3 関係法令,前提事実等,争点及び争点に係る当事者の主張は,次項に当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決の事実及び理由の「第2 事案の概要」1から4まで(原判決2頁6行目から12頁20行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
4 当審における当事者の主張
(控訴人)
(1) 地方税法348条2項3号の宗教法人が「専らその本来の用に供する」境内建物及び境内地とは,当該施設について,宗教法人が,専ら「宗教の教義をひろめ,儀式行事を行い,及び信者を教化育成する」用に供していたかどうかによって決められるべきである。
控訴人は,1657年の創建以来,連綿と,本来的宗教活動の一環として動物供養を行ってきていたものであり,回向堂及び供養塔もその活動のために使用している。
(2) 被控訴人は,回向堂・供養塔の一部であるロッカー部分(本件ロッカー部分)を不自然に切り分け,固定資産税等の課税対象とするが,回向堂・供養塔は,本件ロッカー部分も含め一体として設計され,一体として控訴人が専らその宗教活動に使用する施設として使用してきたものである。
(3) 民間業者と類似の事業を行っている公益法人につき,公益法人税制を租税回避的に利用することに対し,民間企業と同列に競争させよとのいわゆる「イコール・フィッティング論」があるが,本件では,民間業者が公益法人と類似の行為を行なった場合であって,控訴人が江戸時代から連綿と行ってきた動物供養という本来的宗教行為につき,昨今のペットブームの中,これに追随する民間業者が出てきたことをもって,宗教法人が「専らその本来の用に供する」ものではなくなったと解するのは,不合理であることは明らかである。
(被控訴人)
(1) 人に対する供養と動物に対する供養とは,社会的評価において顕著な差異があることは明白である。非課税の対象となる固定資産は,本来的「宗教」活動に使用されるものに限定される上,たとえ宗教的意義を有する行為であっても,同時に民間事業者の実施する「収益活動」類似の行為としての性格を併有する行為の用に供する固定資産は,地方税法348条2項3号の「専らその本来の用に供する」ものとはいえない。
控訴人の主張に従えば,同じ宗教法人が控訴人と同様に対価を得て動物の遺骨の保管を行った場合,その施設及び敷地が非課税となるか否かは,その教義,沿革及び宗教活動実施状況の如何に依存することとなる。しかし,このような宗教法人の教義等の実態に対する行政による強制的な調査は,信教の自由を保障した憲法20条1項の趣旨から許されないと解される。現に宗教法人法84条は,公租公課の賦課徴収に関する宗教法人に対する調査について,信教の自由を妨げることがないように特に留意すべき旨を定めている。したがって,非課税規定の適用に当たっては,各宗教の個別の教義に対する仔細な調査を前提とせず,社会通念に照らし,社会共通の認識としてあらゆる宗教に共通の中核的要素を基準として,客観的に判断することが求められる。
動物の遺骨の保管行為は,心情的に宗教的な意義を見いだすことができるものではあっても,本来的な客観的な宗教行為であると社会的に認知される状況にない。
(2) 本件ロッカー部分については,動物遺骨保管用のロッカーの設置部分と仏像安置部分の区域が物理的に区別できるものであり,両者が不可分一体となっていて,これを区別して評価することができないような事情は認められないし,動物の遺骨と人の遺骨とはその宗教性において社会的評価が大きく異なっている。
(3) 控訴人の動物の遺骨保管事業は,民間業者の動物霊園事業と,施設の外形,提供するサービスの内容,料金設定において類似しており,その料金が対価性を有するから,非課税の優遇措置を受けるべきではない。民間業者が行っている事業と類似の事業を宗教法人が行う場合,その事業に使用する固定資産を事業者が宗教法人であることのみを理由として非課税としたのでは,競争上,民間業者は不当に不利益な立場に立たされることになるが,法がこのような事態を容認しているとする根拠はない。
第3当裁判所の判断
1 控訴人の縁起,動物供養の受け入れ,供養方法及び回向堂・供養塔の使用状況については,以下のとおり付加するほかは,原判決の事実及び理由の「第3 当裁判所の判断」1(1)から(3)まで(原判決12頁22行目から15頁12行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決13頁7行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。
「控訴人の過去帳には,天保年間に松平伊豆守の奥方らによって動物の供養が申し出られたことが記されており,江戸時代の山東京山の黄表紙「朧月猫之草紙」の中に「火消し坪へこの身を隠しAにて一ぺんの御えこうたのむ」との記述があり,また,江戸時代の戯作者の大田南敏(蜀山人)の「一話一言」という書物にも,江戸の町中で猫が600匹も流行病で死んでしまったため,Aに葬られたことが記載されているほか,天明4年(1784年)のAの御開帳を描いた図版には「如是畜類寒鳥発菩提心」との記載があり,江戸時代から,控訴人において動物回向をしていたことが認められる(甲9,10,24,25,27,34)。
このように,控訴人は,江戸時代から動物供養を行ってきたが,昭和37年に回向堂を建立し(昭和63年に再建),諸動物の遺骨をロッカーで安置するという方法を採用し,そして,昭和57年には,1657年に建立された馬頭観音堂を前身とする供養塔を建立し,動物の遺骨を保管・供養するとともに,堂下において動物の遺骨を合祀するようになった(甲7,8,11,12,34,38から40まで,弁論の全趣旨)。
控訴人の境内地には,江戸幕府11代将軍家斉の時代に設けられた「猫塚」,江戸幕府15代将軍慶喜の時代に設けられた「唐犬八の塚」,大正15年に設けられたオットセイの供養塔,昭和3年に設けられた「動物慰霊の碑」,昭和10年に設けられた三味線・琴等の楽器に使われて死亡した動物を供養する「三味観世音犬猫供養塔」,昭和32年に設けられた犬猫供養塔,昭和39年に設けられた「小鳥供養塔」等が混在している(甲18,26,52の1・2)。」
(2) 原判決13頁16行目の「受け入れており」を,「受け入れているが,浄土宗以外の教義・作法による供養は行っていない。」と改める。
2 以上の認定事実をもとに,本件ロッカー部分及びその敷地部分が地方税法348条2項3号の「宗教法人が専らその本来の用に供する宗教法人法第3条に規定する境内建物及び境内地」に該当するかについて検討する。
(1) 地方税法348条2項本文は,「固定資産税は,次に掲げる固定資産に対しては課することができない。」と規定し,その3号で「宗教法人が専らその本来の用に供する宗教法人法第3条に規定する境内建物及び境内地」を掲げ,また,同法702条の2第2項は「市町村は,第348条第2項(中略)の規定により固定資産税を課することができない土地又は家屋に対しては,都市計画税を課することができない。」と規定している。そして,宗教法人法3条は,境内建物とは,第1号に掲げるような宗教法人の同法2条に規定する目的のために必要な当該宗教法人に固有の建物及び工作物をいい,境内地とは,同条2号から7号までに掲げるような宗教法人の同法2条に規定する目的のために必要な当該宗教法人に固有の土地をいうものと規定し,同法2条は,「宗教の教義をひろめ,儀式行事を行い,及び信者を教化育成すること」を宗教団体の目的として掲げている。
上記各規定からすると,地方税法348条2項3号にいう非課税とされる境内建物及び境内地とは,宗教法人が,専らその本来の用に供し,宗教の教義をひろめ,儀式行事を行い,及び信者を教化育成するために必要な当該宗教法人の固有の境内建物及境内土地をいうものと解される。
そして,当該境内建物及び境内地が,同号にいう「宗教法人が専らその本来の用に供する境内建物及び境内土地」に当たるかどうかについては,当該境内建物及び境内地の使用の実態を,社会通念に照らして客観的に判断すべきである。
(2) これを本件についてみると,前記認定の事実によれば,控訴人においては,江戸時代の開祖以来動物の供養を行ってきたこと,控訴人において動物を供養することが世間一般に広く受け入れられ庶民の信仰の対象となってきたこと,控訴人は,回向堂及び供養塔において動物の遺骨の安置をするとともに,毎日勤行で動物の供養を行うほか,月1回あるいは年3回の動物供養の法要を行っていることが認められるのであるから,これらの使用状況からみれば,回向堂及び供養塔は,本件ロッカー部分のみならず,その敷地部分も含めて全体が宗教法人である控訴人が専ら宗教目的に使用する施設であって,その宗教活動のために欠くことができないものであるというべきである。
したがって,回向堂及び供養塔は,その敷地部分も含めて,地方税法348条2項3号の「宗教法人が専らその本来の用に供する宗教法人法第3条に規定する境内建物及び境内地」に該当するものと認められる。
(3) 被控訴人は,人に対する供養と動物に対する供養とは社会的評価が大きく異なるとして,回向堂及び供養塔は「専らその本来の用に供する」ものといえないと主張する。
確かに人の墓地の設置や埋葬行為については,墓地,埋葬等に関する法律が制定されているのに対し,動物の遺骨及び埋葬については格別の法的な規制がされていない。そして,一般的に人が供養される場合と動物が供養される場合とで社会的な評価が異なることは否定できないところである。
しかしながら,前記認定のとおり,控訴人においては,江戸時代の開創以来動物の供養が長年月にわたって行われてきたものであり,宗教活動が継続され,社会的にも定着して現在に至り,その間,地域住民からも動物供養の寺として厚い信仰の対象とされてきたこと,そして,動物を供養するための宗教施設として回向堂及び供養塔が建立されたことが明らかであるから,上記使用実態に照らすと,回向堂及び供養塔における動物の供養については,客観的にみて,その宗教性について社会的な認知が得られているものということができる。
また,控訴人の使用実態については,Aのしおり(甲18)及び前記認定のとおりの境内地の客観的状況により明らかであり,特別に強制的な子細な調査を要せず,客観的に判断することができるものである。
したがって,被控訴人の上記主張は採用することができない。
(4) 被控訴人は,控訴人の動物の遺骨保管事業は,民間業者の動物霊園事業と類似しており,その料金が対価性を有するから,非課税の優遇措置を受けるべきではないと主張する。
ところで,動物を埋葬する民間業者の実態としては,動物が死亡し,亡骸を焼却した後の焼骨の扱いについては,①他のペットと共に1つの供養塔や碑に納める(合祀),②納骨堂(ロッカーや棚が一般的)に預ける,③ペット(飼い主)別に独立した墓を設ける方式等が採られているが,火葬の点も含めいずれも有料とされていること,動物霊園の納骨堂の料金は,サンプリング調査の結果では,年間平均1万7333円とされているが,霊園による相違もあり,霊園によっては,骨壺代や管理料を別途設定しているものも多いこと,ほとんどの霊園が「宗旨・宗派を問わない」としていること,民間業者は,宣伝に比較的積極的であるが,料金等の詳細については問い合わせによることとしているものもあることが認められる(甲21から23まで,乙12,13,弁論の全趣旨)。
これに対し,控訴人の動物の安置・供養については,前記認定のとおり,控訴人は,民間のペット霊園が多数開業する以前の昭和37年からロッカー形式による遺骨の安置を開始していたこと,檀家だけでなく,一般の動物愛好家の飼育していた諸動物の供養も受け入れているが,浄土宗以外の教義・作法による供養は行っていないこと,回向堂及び供養塔のいずれも馬頭観世音菩薩像がその中心に位置し,動物の遺骨を安置した本件ロッカー部分が仏像を取り囲むように配置され,その間に仕切りはなく,空間的には仏像と不可分一体の構造として設計されていること,控訴人においては,基本的に合祀を勧めており,火葬の後,一年間遺骨を無償で預かり,その後も合祀を勧め,それでも気持ちの整理がつかず個別の安置を申し出た者につき,有料で遺骨の保管をするが,合祀については管理費等の費用はかからないこと,宣伝広告は一切しておらず,リベートを伴う民間業者の紹介にも応じていないこと(甲34)等,民間業者との相違が認められ,これらの事情を考慮すると,控訴人が,年間5万円,3万5000円,2万円の三段階の定額制で動物の霊の供養料を徴収していることをもって,控訴人の動物の安置保管が,民間業者の行う霊園事業と同様の営利的なものとまではいうことができない。
したがって,控訴人の動物の遺骨の保管行為が,民間業者のそれと類似しているから,控訴人は非課税の優遇措置を受けるべきでないとの被控訴人の主張は採用することができない(なお,控訴人の動物の遺骨の安置保管については,これが法人税法上の収益事業に当たるものと認められるが,そのことが直ちに上記地方税法348条2項3号の非課税該当性を否定するものではない。)。
(5) そうすると,本件賦課処分は違法であるから,その取消しを免れないものというべきである。
第4結論
以上によれば,控訴人の請求を棄却した原判決は不当であるから,原判決を取り消し,控訴人の請求を認容して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 一宮なほみ 裁判官 土屋文昭 裁判官 小野瀬厚)
※更正決定の表示
主文
1 上記判決主文第2項に「原判決別紙物件目録(別紙1)記載の土地」とあるのを「原判決別紙物件目録(別紙1)記載の土地(本決定別紙記載の土地部分を除く。)」と,主文第3項に「3」とあるのを「4」とそれぞれ更正し,主文第2項の次に改行の上「3 控訴人のその余の請求を棄却する。」を加える更正をする。
2 上記判決2頁12行目に「認容すべきもの」とあるのを「一部を除き認容すべきもの」と,9頁初行に「控訴人の請求を認容して」とあるのを「控訴人の請求のうち本決定別紙記載の土地部分に係るものを除く部分を認容し,その余の請求を棄却して」とそれぞれ更正する。
平成20年4月2日
(裁判長裁判官 一宮なほみ 裁判官 土屋文昭 裁判官 小野瀬厚)