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東京高等裁判所 平成18年(行コ)125号 判決 2007年3月28日

主文

1  原判決中,控訴人の敗訴部分を取り消す。

2  上記取消しにかかる部分の被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  本件附帯控訴をいずれも棄却する。

4  訴訟費用及び参加により生じた費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨及び附帯控訴の趣旨

1  控訴の趣旨

主文1,2及び4項と同旨

2  附帯控訴の趣旨

(1)  原判決中,被控訴人らの敗訴部分を取り消す。

(2)  控訴人は,控訴人補助参加人a土地区画整理組合に対し,3713万4913円及び原判決別紙1,2の「損害額」欄記載の金額に対する「支払日」欄記載の各支払日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を請求せよ(原審で認容された分を含む。)。

(3)  控訴人は,控訴人補助参加人bに対し,3713万4913円及び原判決別紙1,2の「損害額」欄記載の金額に対する「支払日」欄記載の各支払日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を請求せよ(原審で認容された分を含む。)。

(4)  訴訟費用及び参加により生じた費用は,第1,2審とも,控訴人及び控訴人補助参加人らの負担とする。

(5)  仮執行の宣言

第2事案の概要

1  埼玉県久喜市の住民である被控訴人らは,久喜市が,(1)市の職員2名を控訴人補助参加人a土地区画整理組合に派遣し,上記職員2名に対して給料及び職員手当を支出したこと(以下「本件給与支出」という。)は,地方公務員法35条,地方自治法204条の2,公益法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律(平成12年法律第50号。平成14年4月1日施行。以下「公益法人等派遣法」という。)2条,6条等に反し違法である,(2)上記組合に対して交付した補助金の支出(以下「本件補助金支出」という。)は,地方自治法232条の2に定める「公益上必要がある場合」に当たらないから違法であるなどとし,それらの違法行為の結果,久喜市に(1)の本件給与支出及び(2)の本件補助金支出相当額の損害が生じたと主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,控訴人に対し,上記組合に不当利得返還の請求を,当時市長として各支出に関わった控訴人補助参加人b個人に損害賠償の請求をするようそれぞれ求めた(第1事件及び第2事件)。なお,第1事件(被控訴人c及び被控訴人dが当事者)は,平成14年6月から平成15年5月までの間の上記職員2名に対する給与支給額(804万7244円と661万8294円の合計1466万5538円)及び平成14年度の補助金(394万1000円)の支出額を対象とし,第2事件(被控訴人ら3名が当事者)は,平成15年6月から平成16年3月までの間の上記職員2名に対する給与支給額(791万8599円と666万8776円の合計1458万7375円)及び平成15年度の補助金(394万1000円)の支出額を対象とした。

原審は,本件給与支出に関しては,条例による適式な手続を踏まずに上記職員2名を上記組合に派遣し,その組合の事務に従事させたことは,地方公務員法35条,30条の趣旨に反する違法なものであり,違法な公金支出に当たる,そして,公益法人等派遣法施行後も,漫然と従前のやり方をしていた市長に過失があり,上記b個人が損害賠償義務を,上記組合が不当利得返還義務をそれぞれ負う(不真正連帯債務)とし,上記職員2名の事務量全体からみて毎月の支給額の5割相当として算定した損害額1462万6451円につき,控訴人に控訴人補助参加人らそれぞれに対する支払請求をせよとの限度で認容し,本件補助金支出に関しては,平成14年6月12日支出の197万0500円に係る部分が監査請求期間徒過により不適法であるとして却下し,その余の部分については補助金額決定の過程や支出に関する手続に違法があるとはいえず,また公益上の必要や公益性を欠くとはいえないとして請求を棄却した。

これに対し,それぞれの敗訴部分を不服として,控訴人が控訴し,被控訴人らが附帯控訴した。

2  基本的事実関係については,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」2に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決9頁5行目の次に行を変えて,次を加える。

「(7) 久喜市議会における権利放棄の議決

ア  久喜市長は,平成18年6月5日付けをもって,次の(ア),(イ)の債権(本件第1事件及び第2事件で被控訴人らの請求対象となる債権)について「議案第64号」として,久喜市議会に対し,地方自治法96条1項10号の権利放棄の提案をした(乙30)。

(ア) 久喜市が平成14年6月18日から平成16年3月31日までの間において,久喜市職員である本件職員に対し,支出した給与(給料及び職員手当)の合計2925万2913円について,①久喜市がbに対して有する利息(遅延損害金)等を含む一切の損害賠償請求権,②久喜市が本件組合に対して有する利息(遅延損害金)等を含む一切の不当利得返還請求権ないし損害賠償請求権

(イ) 久喜市が平成14年度及び平成15年度において,本件組合に対して支出した補助金の合計788万2000円について,①久喜市がbに対して有する利息(遅延損害金)等を含む一切の損害賠償請求権,②久喜市が本件組合に対して有する利息(遅延損害金)等を含む一切の不当利得返還請求権ないし損害賠償請求権

イ  久喜市議会は,久喜市長の上記「議案第64号」について,平成18年6月29日の本会議においてこれを可決した(以下「本件議決」という。乙31,32)。」

3  主な争点,争点に関する当事者の主張の概要については,次の4及び5のとおり付け加えるほか,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」3及び4に記載のとおりであるから,これを引用する。

4  控訴人及び参加人らの当審における主張(追加的・補充的)

(1)  本件議決による権利放棄(控訴人及び参加人ら)

ア 本訴請求に係る損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権については,仮に発生していたとしても,久喜市が同各請求権を放棄する旨の本件議決により同請求権が消滅した。権利放棄の議決をするには被控訴人らの主張する「公益上の必要」を始めとしてなんらの要件も定められておらず,議会の議決事項としたのは,住民意思をその代表者を通じて直接反映させるとともに執行機関の専断を排除する趣旨を含むものであるから執行機関による相手方への意思表示等の執行行為を要するものではない。

イ 久喜市が本件議決により放棄したことは相応の理由がある。本件議決には,地方自治法96条1項10号が権利の放棄を議会の議決にゆだねた趣旨に明らかに背いてされたものと認め得るような特別の事情があるとは認められず,議会にゆだねられた権限を濫用し,又はその範囲を逸脱した違法なものということはできない。

(2)  争点2について

ア (控訴人)

乙24(総務省自治行政局公務員部公務員課担当官の解説)には,公益法人等派遣法1条等が規定する「専ら従事」の解釈について「本来の職務を全面的に免除されて,派遣先の業務にのみ従事すること」との記載があり,また,「公益法人等を勤務場所とする場合であっても,派遣先の業務に従事するのではなく,地方公共団体の職務の一環として派遣先の指導・助言に当たる場合には職務命令により対応することとなる」との記載もある。本件職員の行った事務は,土地区画整理法123条に根拠を有する点からも,久喜市の固有の事務と本件組合に対する援助事務である。

イ (参加人b)

① 公益法人等派遣法1条等が規定する「専ら」従事の解釈は,同法4条2項「派遣職員は,その派遣期間中,派遣時に就いていた職を保有するが,職務に従事しない。」との規定,総務省の従前からの見解(担当者の解説・乙24)からすると,立法目的として,職員を他団体の事務に従事させる場合であっても,他団体の業務と合わせて地方公共団体の職務にも従事する場合等は上記制度の対象外とされている。また,同法に関する政令で規定されている団体には,同法に基づく派遣も許されるとする趣旨で制定されたにすぎず,同法によらない派遣を許さないとする趣旨ではない。

② 本件職員が従事した事務の内容は久喜市の固有の事務と援助事務であり,土地区画整理組合に対する援助事務は法律によって市の事務とされているから,久喜市の事務であることは明らかである。したがって,これに従事する職員の職務は久喜市の職務そのものと位置づけられるし,服務管理,それ以外の人事管理,職務遂行上の指揮監督は,久喜市の職員と同一のものであった。

③ 本件職員に対して庶務課長の専決によって給与が支給されているところ,庶務課長(時間外手当は都市整備課長)としては,本件職員がその職務として本件組合の業務に従事した以上,当該職員に給与を支出する措置を執るべき義務があったものであり,違法な財務会計上の行為はない。

ウ (参加人本件組合)

土地区画整理法123条の趣旨は,土地区画整理組合に対する援助を通じて,土地区画整理事業を後押しすることにより,地方公共団体の存立目的に資するものとなり,本件組合が高度の公共性・公益性を有する団体である特質を有することからすれば,本件職員の本件組合における事務従事は久喜市の事務と評価すべきものである。地方公務員法35条,30条の趣旨に反するか否かは,職務専念義務に関する同条の解釈により決すべきであり,本件組合に対する援助事務であることはその趣旨に反しない。

(3)  争点3について

ア (控訴人)

久喜市は,担当部局を含めて十分な検討を行い久喜市公益法人等派遣条例(乙10)を制定し,条例の対象団体につき,財団法人e,社会福祉法人fのみとしたが,担当部局が,検討にあたり乙24を参考とし上記の判断をしているのは,やむを得ない判断であり,市長に過失はない。

イ (参加人b)

ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し,実務上の取扱いも分かれていて,そのいずれについても相当の根拠が認められる場合には,公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を執行したときは,後にその執行が違法と判断されたからといって,直ちに上記公務員に過失があったものとするのは相当ではない(最高裁平成16年3月2日第三小法廷判決)。また,本件事務従事が行われた経緯,すなわち,関係部署において,従来の状況につき土地区画整理組合の特性,事務内容等を具体的に検討した上で,派遣条例の対象団体としないこととし,各事務分掌等を十分点検して判断したこと,平成14年2月の久喜市議会において総務部長が説明したこと等からすると,bは慎重な検討を踏まえて本件事務従事を決めたといえる。

(4)  争点4について

(参加人本件組合)

本件組合事務所で事務従事する市職員の給与等はすべて久喜市が負担し,本件組合は負担しない旨の協定ないし合意があるというべきである。仮にこの合意が地方公務員法35条,30条に違反するかどうかの問題があるとしても,上記条項が,地方公共団体と私人間との間に締結された契約の効力に直ちに影響を及ぼす強行規定であると解することはできない(最高裁平成16年1月15日第一小法廷判決参照)から,同条項により上記合意が直ちに私法上無効であるとはいえない。そして,本件の具体的事情からすると,上記合意等が公序良俗に反するものとはいえないし,地方公務員法35条,30条の趣旨に反することが明白であって,これを無効としなければ各規定の趣旨を没却する結果となる特段の事情があったともいえない。

5  被控訴人らの当審における主張(追加的・補充的)

(1)  本件議決による権利放棄は,権利の濫用となり,当然無効となる。

ア 地方公共団体の有する損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権については,地方公共団体の長や議会は,その事務を誠実に管理し執行すべきものとされ,住民の付託を受けてその財産権を尊重する義務を負っているので,公益上の必要性がある場合のみその権利放棄が許される。すなわち,権利放棄の議決は,当該権利放棄により何らかの公益が増進される,償われる利益が存在するため,あるいは権利放棄してもやむを得ない事情がなければならないが,本件決議ではその必要性の要件を欠いている。

イ 本件決議は,次の各理由で久喜市にとって害悪をもたらすものであり相当性がない。

① bは,久喜市の首長としての立場を利用して,久喜市の自分に対する損害賠償請求権の放棄に係る議案を提出したもので,地方自治法117条,238条の3の利益相反行為や特別利害関係の排除の原則に反し,専ら特定の個人の利益を図る目的をもってしたものである。

② 久喜市は財政再建中であるにもかかわらず相当額の歳入をもたらす権利について本件決議をすることは不当である。

③ 本件組合が久喜市に対して公共施設用地に係る8200万円余の清算金請求権を有するところ,久喜市は本件組合に対する損害賠償請求権との相殺が可能であるのにこれをしないで放棄することは不当である。

④ 住民訴訟で提訴請求されている権利について議会の決議により放棄されると,財務会計行為が法令に適合するかどうかについて司法判断を求め,違法な財務会計行為の是正,損害の回復を図るとの住民訴訟の趣旨が没却されるおそれがある。

⑤ 地方自治法240条,同施行令171条の7第1項には地方公共団体の長が行う,債務の履行期限の延長,債権及びこれに係る賠償金等の免除につき徴収停止等ができる場合を厳格な要件を課して規定されており,これとの比較からすると,権利放棄一般についても一定の制約を課している。

⑥ 久喜市長が権利放棄の議案を議会に提出するに当たり,当該権利放棄につき公益上の必要がある具体的な理由を当該権利の発生原因である違法行為等の実態の開示を含め十分説明しなければならない。しかるに,本件議決の審議過程は,久喜市議会において「本件給与支出が土地区画整理事業の実施に伴うものであり,b及び本件組合の私的利益のためになされたものでないこと」「本件職員による本件組合に対する人的援助は土地区画整理事業の推進に不可欠であって,久喜市に損害を与えたと判断されるようなものではないと確信している」「土地の本件支出の適否に関する一切の疑義を解消する」と市長から述べられただけであり,いずれも上記要件に適うものではないから,本件決議は違法である。

⑦ 本件給与支出は,公益法人等派遣法違反という法形式面においてのみならず,本件土地区画整理事業が換地計画の認可申請及び換地登記申請等において違法かつ杜撰なもので実質的に違法である。

ウ 権利放棄の効果は,その放棄が許されないことが何人の目にも明らかである場合や,相手方が知り,又は知りうべかりし場合のように特段の事情が認められる場合には無効である。本件では,相手方の信頼を保護する必要性はない。

(2)  争点2について

ア 公益法人等派遣法1条等が規定する「専ら」従事の解釈は,大部分が公益法人等の業務に従事するとの意味と解釈するのが素直な文理解釈である。仮に控訴人ら主張の解釈をとるとしても,本件では,①本件職員が組合事務所に直行・直帰,常駐していたこと,②出勤簿が組合事務所にあったこと,③従事していた9割超が本件組合の事務であったこと,④本件職員が本件組合理事長の指揮監督のもとに事務従事していたのであるから,専らといってよい。

イ ある団体の事務が地方公共団体の事務と重なる場合に,その団体への援助を地方公共団体の事務そのものと位置付け,職員がその団体の事務に従事することが同法の適用ないし職務専念義務免除の対象とならないとすれば,公益法人等派遣法が事務従事につき規制を設けた意味がなくなる。また,控訴人らが援助事務としている事務は,本件組合施行で土地区画整理事業が営まれる以上当然に組合固有の事務である。

(3)  争点3について

ア 本件組合への本件職員の派遣は,公益法人等派遣法に反し,参加人bは,行為の違法性を当然に認識しうるから過失がある。仮に同法に違反しないとしても,職員の職務専念義務を免除せずに行われているから過失がある。

イ 本件訴訟の対象は,平成15年度と平成16年度の本件給与支給であるところ,平成16年早々には,平成15年度の支給分について,監査請求,本件訴訟(第1事件)提起もされていながら,控訴人は,漫然と本件職員の派遣を続けたのであるから,どんなに詭弁を弄しても平成16年度途中から過失を免れることはできない。

(4)  争点4について

久喜市と本件組合との間に,本件組合において事務従事する市職員の給与等をすべて久喜市が負担するとの協定ないし合意については明確な立証がない。また,地方公務員法違反が私法上の契約にいかなる影響を与えるかを判断する際に考慮するのは,契約の相手方が法令に違反するおそれがあることを了知しているかどうかであるところ,本件組合の理事長は,久喜市市議会議員を務め,地方公務員法違反,公益法人等派遣法違反であることを十分了知していたはずである。

(5)  争点5について

本件職員の勤務形態,本件組合事務所で従事していた業務内容等に照らすと,本件職員は本件組合に派遣され専ら本件組合の業務に従事していたから,土地区画整理法123条による援助の意義を重視して損害が本件給与の5割に相当する額とする見解は不当である。本件職員は,土地区画整理法123条の趣旨に沿った援助事務の職責を果たしていれば,換地計画に関連する一連の事務で本件組合理事長が換地処分登記において電磁的公正証書原本不実記録,同供用で罰金刑を受ける違法行為に及んだことを始めとする杜撰な事務処理の発生を防止できたにもかかわらず,違法かつ杜撰な事務処理を見て見ぬ振りの態度に終始した。上記援助があったとは到底認められない。

(6)  争点7について

本件補助金支出の目的は,土地区画整理事業の施行の促進及び健全な市街地の造成にあるのに,本件組合で発生した本件組合理事長に対する前記起訴処分,また換地計画に係る一連の杜撰な事務による住民に与えた損害等から,本件組合が補助金を受ける団体として不適格であることは明らかである。

第3当裁判所の判断

1  争点1について

第1事件に係る訴えと第1次監査請求の対象の同一性についての判断は,原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」1(33頁16行目冒頭から34頁16行目末尾まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

2  争点2について

(1)  事実関係

本件事務従事及び本件給与支出の違法性の有無について判断するに当たって前提となる事実関係については,原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」2(1)(34頁18行目冒頭から44頁18行目末尾まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決34頁19行目の「適宜掲記する」の次に「,各枝番を含む」を加え,同36頁10行目の「平成14年5月」を「平成14年6月」に,同11行目から12行目にかけての「平成15年5月」を「平成15年6月」に,同14行目の「平成14年5月」を「平成14年6月」に,同15行目の「平成15年5月」を「平成15年6月」に,同41頁23行目の「道路埋設物」を「道路埋設物構造図」に,同42頁24行目の「g」を「証人g」にそれぞれ改める。

(2)  本件事務従事及び本件給与支出の違法性の有無について判断する。

ア 地方公務員法35条は,「職員は,法律又は条例に特別の定がある場合を除く外,その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い,当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない」といわゆる職務専念義務を規定しているところ,上記規定は,「すべて職員は,全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し,且つ,職務の遂行に当つては,全力を挙げてこれに専念しなければならない」とする同法30条の規定を具体化したものである。したがって,法律又は条例に特別の定がある場合は,地方公共団体が当該地方公共団体以外の団体へ職員を派遣し,その業務に従事させることは許されることは明らかである。また,法律又は条例に特別の定がない場合であっても,職務専念義務に反しないと認められる場合又はあらかじめ職務専念義務の問題が生じないような措置がとられた場合には許されるというべきであり,具体的には,派遣先での職員の事務が例えば団体に対する指導,監督,助言等の範ちゅうに属しそれ自体市の事務と評価できるとか,当該団体の事務がその性質や内容等に照らし地方公共団体の事務と同一視し得るような特段の事情が認められ,かつ,職員に対する地方公共団体の指揮監督が及んでいると認められるような場合であれば,職員を地方公共団体以外の団体に派遣しその事務に従事させることは違法とならないものというべきである。

イ これを本件についてみるに,まず,土地区画整理事業は都市計画事業の一つとして実施されるものであり,健全な市街地の造成を図りもって公共の福祉の増進に資することを目的とするものであって(土地区画整理法1条),土地区画整理組合は市長等に対し土地区画整理事業の施行等のために専門的知識を有する職員の技術的援助を求めることができ(同法75条),さらに市長等は,土地区画整理組合に対し,土地区画整理事業の施行の促進を図るため必要な勧告,助言若しくは援助をすることができる(同法123条1項)とされているところ,本件土地区画整理事業は,前認定のとおり,JR東北線及び東武伊勢崎線α駅より東北約1kmにある約83.9ha(市域の約33分の1)の区域を土地区画整理するというものであり,法的には本件組合の組合施行の土地区画整理事業であるものの,土地区画整理事業それ自体高度の公益性,公共性を有する特質があるとともに,市の所掌する都市計画事業と極めて密接な関連を有していることは明らかである。本件においては,前認定のとおり,①本件職員は,平成14年4月1日以降平成16年3月31日まで本件組合の事務所において直行直帰の形態で勤務し,市役所に赴くのは2人で週に1度程度であったが,服務管理や人事管理の面において久喜市の指揮監督下にあり,②本件職員は,上記期間,土地区画整理組合補助金交付の申請・審査,県等から久喜市に対する照会文書等についての処理,土地区画整理法76条申請(建築物の新築等)に係る許可,市役所で行われる会議や職員研修への出席,市長への手紙及びEメール処理等市が地方公共団体の立場で処理すべき久喜市の固有の事務に従事したほか,③本件組合の目的である換地計画に関連した諸事務,すなわち県との協議,換地計画許可申請のための添付書類の作成,認可に伴う市との協議,換地処分通知事務,換地された土地の地目調査,清算金に関し県への審査請求による資料収集等,清算金に関する問い合わせや苦情処理,市に引き継がれるべき街路等公共施設に関する引継資料の作成,それら施設の点検修理その他組合員らに対する窓口相談等の本件組合に対する援助事務に従事していたものであり,本件職員は,久喜市における固有事務又は同法123条1項にいう援助事務に従事していたものと評価することができる。そして,本件職員は,久喜市における固有事務については同市職員として当然なすべき事務であり,また同法123条1項の援助事務についても,上記法律に特別の定がある場合に該当し,久喜市の事務として遂行すべきものである。仮に,上記事務が久喜市における固有事務又は同法123条1項の援助事務に該当しないとしても,上記の各事情,特に,土地区画整理法の上記規定が地方公共団体の区域内において土地区画整理組合の施行する土地区画整理事業に対する援助を当該地方公共団体の公共事務とする趣旨の規定であることや,本件組合の土地区画整理事業の公益性や本件職員の事務内容に照らすと,本件組合の施行する土地区画整理事業における援助事務は,少なくとも,実質的に久喜市の事務と同一視しうるような特段の事情があり,かつ本件職員に対する久喜市の指揮監督が及んでいる場合であると認めることができる。なお,本件職員が,本件組合において久喜市の固有事務及び同法123条1項の援助事務以外の事務を行ったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって,本件の場合,久喜市が本件職員を本件組合でその事務に従事させることは地方公務員法35条,30条に反する違法なものであることにはならないと解すべきである。

ウ ところで,前記のとおり,平成14年4月1日から施行された公益法人等派遣法,同法に関する政令によれば,派遣の対象となる団体の一つとして土地区画整理組合が規定され,当該組合等の業務にその役職員として専ら従事させるために職員の派遣を行い,給与を支給する場合には条例を定めるなどの諸種の手続を踏むことが求められているが,同年3月26日に制定された久喜市公益法人等派遣条例の2条において,当該団体の業務にその役職員として専ら従事させるために職員を派遣することができると規定している団体の中に本件組合は規定されていない。

しかしながら,公益法人等派遣法4条2項は,同法に基づく派遣職員について,「派遣職員は,その職員派遣の期間中,職員派遣された時就いていた職又は職員派遣の期間中に異動した職を保有するが,職務に従事しない。」と規定していて,派遣先団体の業務に従事しながら一部につき地方公共団体の事務に従事するなどの派遣形態が予想されていないことからすると,同法の対象とする「公益法人等の業務に専ら従事させる」場合については,本来の職務を全面的に免除されて,派遣先の業務にのみ従事することであり,地方公共団体の職務に従事しつつ公益法人等の業務にも従事する兼業の場合には,その対象外としていると解される。そして,本件職員は,上記イで検討したように,その業務の内容から見る限り,久喜市の事務のほか本件組合の施行する土地区画整理事業における援助事務であり,土地区画整理法123条1項に根拠を有する事務,少なくとも,久喜市の事務と同一視しうるような事務を行っているものであって,久喜市の事務(公務)ではない本件組合の業務に専ら従事させたものとはいえない。したがって,本件は,公益法人等派遣法で予定された職員派遣について条例による手続を踏むことが要請されているものではないから,本件組合における本件職員の事務従事について,久喜市公益法人等派遣条例に定めがないことをもって,違法であるということはできない。

(3)  被控訴人らは,本件のように地方公共団体が公益法人への援助を地方公共団体の事務そのものと位置付け,職員がその団体の事務に従事することが公益法人等派遣法の適用ないし職務専念義務免除の対象とならないとすれば,公益法人等派遣法が事務従事につき規制を設けた意味がなくなると主張する。しかし,公益法人等派遣法は,各地方公共団体がその行政目的を達するため,広く他団体と連携する必要があるが,その業務が必ずしも派遣元の地方公共団体の事務と同一視できないような団体に対して派遣する場合に明確な根拠を与える必要があるために制定されたものであり,この立法趣旨からすると,本件の場合には,公益法人等派遣法によらず,派遣職員に対して指揮監督を及ぼして職務命令により派遣することも許されるとしても,その趣旨に反するものではない。したがって,被控訴人らの上記主張は理由がない。

(4)  以上のとおり,本件職員の事務従事に違法性はなく,本件職員は職務としてその事務に従事していたものであるから,本件給与支給は違法な支出には当たらない。

3  争点6について

本件補助金支出の一部について監査請求期間を徒過しているかどうかについての判断は,原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」6(56頁17行目冒頭から57頁22行目末尾まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

ただし,原判決57頁7行目末尾に「この点,地方自治法242条2項本文が財務会計上の行為の法的安定性の要請とその目的のため,監査請求期間の始期を画一的に定めているが,他方で,その趣旨を貫くのが住民監査請求や住民訴訟制度の趣旨とする法適合性確保の要請からして相当でないこともあることから,同項ただし書で正当な理由があるときは例外的に期間を経過しても監査請求ができるとしているところ,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に財務会計上の行為の存在又は内容を知ることができなかった場合には,同項ただし書の適用が問題となりうるところである。」を,同頁16行目末尾に「したがって,被控訴人d及び同cは,平成14年6月12日の本件補助金が支出された時点においては,本件組合に対する補助金交付という財務会計上の行為の存在及び内容について知ることができたというべきである。」をそれぞれ加える。

4  争点7について

(1)  本件補助金支出における違法性の有無についての判断は,原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」7(57頁23行目冒頭から60頁24行目末尾まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  被控訴人らは,本件組合の理事長が,本件組合の土地区画整理事業として施行された換地処分により換地計画に関連する一連の事務で換地処分登記において電磁的公正証書原本不実記録,同供用で罰金刑に処せられる違法行為に及ぶなど本件補助金交付に関して違法な手続がなされていると主張する。

確かに,証拠(甲55の1)によれば,本件組合理事長が平成14年10月28日ころ換地処分を原因とする地番等の変更登記申請をするに際し,その地目を畑又は田とする内容虚偽の換地証明書を添付した土地区画整理事業換地処分公告の通知書を真正なもののように装って提出する虚偽の申請をして,情を知らない地方法務局支局の登記係官をして,登記簿ファイルの磁気ディスク装置に上記各土地の地目畑又は田とする不実の記録をさせた上,同支局に備え付けさせて登記簿の原本としての用に供したという,電磁的公正証書原本不実記録,同供用の罪で略式起訴されて,平成18年3月6日に罰金刑に処せられたことが認められるが,本件補助金交付の時点(最終が平成15年6月2日)で,本件組合理事長の上記行為が刑事処罰に値するものとして問題とされていたものでもなく,また,その行為が本件土地区画整理事業の公益性等について影響を与えて本件補助金交付の公益性を欠くと直ちに認めることもできないし,本件補助金支出の手続に違法があるともいえない。本件補助金支出に関する前記判断を左右するに足りない。

5  当審における追加的主張(本件議決による権利放棄)について

(1)  本件においては,上記説示のとおり,本件職員に対する本件給与支出及び本件組合に対する本件補助金支出については,いずれも違法な支出に当たらないが,本件議決による権利放棄についても念のため判断することとする。

地方自治法96条1項10号は,議会の議決事項として,「法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合を除くほか,権利を放棄すること」と規定し,法令や条例の定めがある場合を除いて,広く一般的に地方公共団体の権利の放棄については,執行機関である地方公共団体の長ではなく,議会の議決によるべきものとしている。この点,地方公共団体の長が議会の議決を経ずに請求権の放棄をし得る要件については,地方自治法施行令171条の7で詳細に定められているが,これに対し議会の議決により放棄する場合の要件については,具体的な定めが何もない。権利の放棄とは,地方公共団体の有する財産権その他の権利を地方公共団体の意思によって対価なく消滅させる行為であり,本件給与支給及び本件補助金交付の違法を原因とする損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権の放棄については,法令又は条例になんら特別の定めがないから,仮にそれらが違法であって,久喜市がb及び本件組合に損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権を行使しうるとしても,議会は,権限を濫用し,又はその範囲を逸脱しない限り,本来有する権限に基づき自由に権利の放棄の議決をなしうるものというべきで,その損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権は,本件権利放棄の議決により消滅したものというほかはない。

(2)  被控訴人らは,権利の放棄には議会の議決を得た上で執行機関による相手方への意思表示が必要であると主張するが,地方自治法96条1項10号が,権利放棄を議会の議決事項としたのは,住民意思をその代表者を通じて直接反映させるとともに執行機関の専断を排除する趣旨を含むものであるから,議会の議決以外に執行機関の執行行為を要するものではない。

(3)  また,被控訴人らは,本件訴訟提起後,しかも認容する旨の原判決があった後に,訴訟対象となった損害賠償等請求権についてされた本件議決は,住民訴訟の意義を没却するものであり,権利の逸脱・濫用であり,無効である旨を主張する。

確かに,住民訴訟の制度は,執行機関又は職員の財務会計上の行為又は怠る事実の適否その是正の要否について,地方公共団体の判断と住民の判断が相反して対立し,当該地方公共団体がその回復の措置を講じない場合に,住民がこれに代わって提訴をして,自らの手により違法の防止又は是正をし,もって地方公共団体の被るべき損害の防止又は回復を図ることに意義があるものの,それが限界でもあって,さらにそれを超えて,住民訴訟が提起されたからといって,住民の代表である地方公共団体の議会がその本来の権限に基づいて,新たに当該住民訴訟における個別的な請求と抵触する議決に出ることまでを妨げられるものでもない(住民訴訟が一審で勝訴し控訴審で係属中,あるいはさらに勝訴判決が確定した後においても,勝訴判決に係る権利について,議決により放棄することを妨げられる理由はない。一審判決が正当な場合において権利放棄をすることは,議会が権限を濫用又は逸脱したかどうかの判断材料となるとしても,判決の存在自体が議会の権限を奪うものではない。)のであって,いずれにしても,住民訴訟の提起又は係属により,当該地方公共団体が管理処分権を喪失し又は制限されることはないというべきである。

(4)  特に,本件補助金交付については,前記説示したとおり,違法性は認められないのであるから,本件議決による権利放棄は何ら問題がなく,権限の逸脱・濫用であるとはいえない。

また,本件給与支給についても,前記説示したとおり,違法性は認められないから,本件議決による権利放棄は問題がない。

なお,本件職員の従事した事務は久喜市の事務であるので実質的には違法でないが,仮に,本件職員を本件組合に派遣して久喜市が給与を負担するについては久喜市公益法人等派遣条例による定めが必要であり,形式的に瑕疵があるとした場合でも,議会の議決(条例の制定)なくして派遣職員の給与を久喜市が負担したという手続上の瑕疵が問題とされているものであるから,これによる損害賠償請求権も議会の議決による判断にかからしめることが本来的に適合しているものであり,市議会において本件議決をしたことは,実質的に本件給与支給を久喜市が負担すべきものとする意思決定がされたものであり,議会の有する権限によりその条例を定めたと同じ趣旨の議決がされたものにほかならない。したがって,本件議決による権利放棄には何ら問題がなく,権限の逸脱・濫用であるとはいえない。

(5)  被控訴人らは,損害賠償請求権の債務者となるべき参加人b自身が権利放棄の議案を提出したことを利益相反行為として問題とするが,権利放棄についての地方公共団体の意思は,議会の議決によってなされるものであるから,上記提案と本件議決との効力は係わりがなく,その主張は理由がない。

(6)  その他,被控訴人らは,本件議決が違法又は無効であるとして,るる主張するが,いずれも失当であって,採用できないし,また,被控訴人らが当審において提出した証拠も,上記認定・判断を何ら左右するに足りない。

6  以上のとおり,本件第1事件に係る訴えのうち,平成14年6月12日に支出された補助金197万500円の交付に係る部分については,監査請求を欠くものであるからこれを却下すべきであるし,その余の本件補助金交付に係る請求,本件給与支給に係る請求については,その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却すべきものである。

第4結論

よって,本件控訴に基づき,控訴人の敗訴部分を取り消した上で,その取消し部分にかかる被控訴人らの請求をいずれも棄却することとし,被控訴人らの附帯控訴については理由がないからこれをいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 南敏文 裁判官 安藤裕子 裁判官 生野考司)

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